(平成30年4月19日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、塗装業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、原処分庁から所得税及び復興特別所得税に係る更正処分等並びに消費税及び地方消費税に係る決定処分等を受けたのに対し、原処分庁所属の調査担当職員が行った調査の手続に違法がある、推計の必要性及び合理性がないなどと主張して、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令の要旨

  • イ 国税通則法(平成28年法律第15号による改正前のものをいい、以下「通則法」という。)第74条の2《当該職員の所得税等に関する調査に係る質問検査権》第1項は、税務署の当該職員は、所得税又は消費税に関する調査について必要があるときは、所得税法の規定による所得税の納税義務がある者等又は消費税法の規定による消費税の納税義務があると認められる者等に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件の提示若しくは提出を求めることができる旨規定している。
  • ロ 所得税法第156条《推計による更正又は決定》は、税務署長は、居住者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額(その者の提出した青色申告書に係る年分の不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額並びにこれらの金額の計算上生じた損失の金額を除く。)を推計して、これをすることができると規定している。

(3) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人は、平成21年3月○日以降、請求人の住所地において、「L」の屋号で塗装業を営んでいる(以下、請求人の営む事業を「本件事業」という。)。
     なお、請求人は、平成25年8月16日に、a市b町○−○から肩書地へ住所を移動した。
  • ロ 請求人は、平成24年12月4日に、原処分庁に対し、適用開始課税期間を平成25年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成25年課税期間」という。)、事業の内容を塗装業と記載した消費税法(平成27年法律第9号による改正前のもの。)第37条《中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例》第1項に規定する届出書(消費税簡易課税制度選択届出書)を提出した。
  • ハ 請求人は、平成26年3月17日に、原処分庁に対し、適用開始課税期間を平成27年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成27年課税期間」という。)と記載した消費税法(平成28年法律第15号による改正前のもの。)第57条《小規模事業者の納税義務の免除が適用されなくなった場合等の届出》第1項第2号に規定する届出書(消費税の納税義務者でなくなった旨の届出書)を提出した上で、平成27年課税期間の消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)の確定申告書を提出しなかった。
  • ニ 請求人は、平成25年分、平成26年分及び平成27年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、各確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までにそれぞれ申告した。
     次いで、請求人は、平成28年4月12日に、別表1の「修正申告」欄のとおりとする、平成27年分の所得税等の修正申告書を提出した。
  • ホ 請求人は、平成25年課税期間及び平成26年1月1日から同年12月31日までの課税期間(以下「平成26年課税期間」という。)の消費税等について、各確定申告書に別表2の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までにそれぞれ申告した。
     その際、請求人は、本件事業を消費税法施行令(平成26年政令第141号による改正前のもの。以下同じ。)第57条《中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例》第5項第5号に規定する第四種事業に当たるとして、平成25年課税期間及び平成26年課税期間における課税仕入れに係る消費税額を計算した。
  • ヘ 原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)は、平成28年9月2日に、請求人に対し、本件各年分の所得税等及び平成25年課税期間ないし平成27年課税期間(以下「本件各課税期間」という。)の消費税等に係る実地の調査を開始し、平成29年1月31日に、通則法第74条の11《調査の終了の際の手続》第2項及び第3項の規定に基づき、調査の結果の説明等を行った(以下、この一連の調査を「本件調査」という。)。
  • ト 原処分庁は、請求人の所得税等について、平成29年2月24日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおり、次の各処分をした。
    • (イ) 本件各年分の各更正処分(以下「本件所得税等各更正処分」という。)
    • (ロ) 平成25年分の過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件所得税等賦課決定処分」という。)
     なお、原処分庁は、所得税法第156条の規定に基づき、請求人の事業所得の金額を推計して、本件所得税等各更正処分をした。
  • チ 原処分庁は、請求人の消費税等について、平成29年2月24日付で、別表2の「更正処分等」欄及び「決定処分等」欄のとおり、次の各処分をした。
    • (イ) 平成25年課税期間及び平成26年課税期間の各更正処分
    • (ロ) 平成27年課税期間の決定処分(以下、上記(イ)の各更正処分と併せて「本件消費税等各更正等処分」という。)
    • (ハ) 平成25年課税期間及び平成26年課税期間の過少申告加算税の各賦課決定処分
    • (ニ) 平成27年課税期間の無申告加算税の賦課決定処分(以下、上記(ハ)の各賦課決定処分と併せて「本件消費税等各賦課決定処分」という。)
  • リ 請求人は、平成29年5月10日に、上記ト及びチの各処分のうち、上記チの(ロ)及び(ニ)の各処分を除くものを不服として、また、同月18日に、上記チの(ロ)及び(ニ)の各処分を不服として、それぞれ審査請求をした。
  • ヌ 当審判所は、通則法第104条《併合審理等》第1項の規定に基づき、上記リの各審査請求について、併合審理をする。

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2 争点

  • (1) 争点1 本件調査に係る手続に原処分の取消事由となる違法があるか否か。
  • (2) 争点2 事業所得の金額の計算上、推計の必要性が認められるか否か。
  • (3) 争点3 事業所得の金額の計算上、推計の方法に合理性が認められるか否か。

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3 争点についての主張

(1) 争点1(本件調査に係る手続に原処分の取消事由となる違法があるか否か。)について

請求人 原処分庁
次のとおり、本件調査に係る手続に原処分の取消事由となる違法がある。 次のとおり、本件調査に係る手続に原処分の取消事由となる違法はない。
イ 調査理由の開示
 本件調査担当職員は、請求人からの調査理由についての質問に対し、申告内容の確認という漠然とした回答をしただけで、具体的な調査理由を説明しなかった。
イ 調査理由の開示
 本件調査担当職員は、請求人に対し、通則法第74条の9《納税義務者に対する調査の事前通知等》第1項に規定する事前通知を適切に行っている。調査理由を説明しなければ調査が違法となる旨の規定はない。
ロ 取引先への調査
 本件調査担当職員は、本件調査における日程調整の際、取引先への調査を実施する旨発言したところ、請求人から、強権的な調査ではないかと質問されたため、強権的でない旨回答したが、その理由を一切説明せず、また、請求人からの取引先への調査の実施の必要性についての質問に対し、税務署の判断で行う旨回答し、具体的な説明を行わなかった。
ロ 取引先への調査
 本件調査担当職員は、通則法第74条の2第1項の規定に基づいて、請求人の取引先に対し適法に質問等を行っている。請求人に対し、取引先への調査の必要性を説明しなければ調査が違法となる旨の規定はない。
ハ 第三者の立会い
 本件調査担当職員は、平成28年12月2日の臨場時を除き、税務職員に課せられた守秘義務や裁量を理由に、請求人の求めに応じて同席した立会人の本件調査への立会いを認めなかった。
ハ 第三者の立会い
 税理士以外の法律上守秘義務を負わない第三者の立会いを認めるかどうかは、原則として、税務職員の裁量に委ねられているものと解されるから、本件調査担当職員が、請求人に対し、税理士資格のない立会人のいる前では話ができない旨説明し、当該立会人の退席を求めたことにより、本件調査に係る手続が違法となるものではない。
ニ 調査環境の整備
 本件調査担当職員は、1調査理由を尋ねた請求人に対し、言う義務はないと発言したり、2電話で調査日程を相談しているにもかかわらず、調査を進める旨発言するなど、請求人に不安を与える言動を繰り返しただけでなく、3上司に対し、本件調査担当職員、請求人及び立会人らの言動について、実際の言動とは異なる内容を報告するなど、調査を進めるための環境を整えようとしなかった。
ニ 調査環境の整備
 本件調査担当職員は、通則法の規定に基づき、本件調査に係る手続を進めている。
 通則法には、質問検査等の際に、課税庁側に税務調査を進める環境を整える旨を定めた規定はない。

(2) 争点2(事業所得の金額の計算上、推計の必要性が認められるか否か。)について

原処分庁 請求人
本件調査担当職員は、請求人に対し、帳簿書類等の提示を求めるとともに、帳簿書類等を提示する意思を確認した。しかしながら、請求人は帳簿書類等を提示せず、請求人の所得金額を実額により算定することが不可能であったことから、本件各年分の事業所得の金額を推計したものである。
 したがって、事業所得の金額の計算上、推計の必要性が認められる。
請求人は、本件調査を進めるための協力をしてきたが、本件調査担当職員は、上記(1)の「請求人」欄のとおり、調査手続を適法に進めず、調査環境を整えようとしなかった。そのため、請求人は、本件調査担当職員に対し、帳簿書類等を提示しなかったのであり、そのことについての責任は、本件調査担当職員にある。
 したがって、事業所得の金額の計算上、推計の必要性が認められない。

(3) 争点3(事業所得の金額の計算上、推計の方法に合理性が認められるか否か。)について

原処分庁 請求人
本件調査担当職員は、請求人の取引先を調査して確認した本件各年分の総収入金額を基礎数値として、本件事業と業種、業態、事業内容、規模、事業所所在地等において類似していると認められる個人事業者(平成25年分は10件、平成26年分は15件、平成27年分は18件)の総収入金額に対する必要経費の割合の平均値を使用して必要経費を算出し、本件各年分の事業所得の金額を推計した。
 塗装対象の相違のような同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値の計算において捨象される。
 したがって、推計の方法には合理性が認められる。
請求人は、塗装業を営んでおり、その対象物は、○○○○である。塗装の対象物が異なれば、たとえ業種が塗装業だとしても業態の差は大きく、業態の全く異なる事業を抽出して行われた推計課税は合理性を欠く。そして、本件調査担当職員が抽出した同業者の数からすると、請求人の業態と異なる塗装業者が含まれていることは明らかである。
 したがって、推計の方法には、合理性が認められない。

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4 当審判所の判断

(1) 争点1(本件調査に係る手続に原処分の取消事由となる違法があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
    • (イ) 通則法は、第7章の2《国税の調査》において、国税の調査の際に必要とされる手続を規定しているが、同章の規定に反する手続が課税処分の取消事由となる旨を定めた規定はなく、また、調査手続に瑕疵があるというだけで納税者が本来支払うべき国税の支払義務を免れることは、租税公平主義の観点からも問題があると考えられることからすれば、調査手続の瑕疵は、原則として課税処分の効力に影響を及ぼすものではないと解すべきである。
       もっとも、通則法は、第24条《更正》の規定による更正処分、第25条《決定》の規定による決定処分、第26条《再更正》の規定による再更正処分等について、いずれも「調査により」行う旨規定しているから、課税処分が何らの調査なしに行われたような場合には、課税処分の取消事由となるところ、これには、調査を全く欠く場合のみならず、課税処分の基礎となる証拠資料の収集手続(以下「証拠収集手続」という。)に重大な違法があり、調査を全く欠くのに等しいとの評価を受ける場合も含まれるものと解され、ここにいう重大な違法とは、証拠収集手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなどの場合をいうものと解するのが相当である。
       他方で、証拠収集手続自体に重大な違法がないのであれば、課税処分を調査により行うという要件は満たされているといえるから、仮に、証拠収集手続に影響を及ぼさない他の手続に重大な違法があったとしても、課税処分の取消事由となるものではないと解するのが相当である。
    • (ロ) 通則法第74条の2第1項は、税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、同項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査等の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査等の必要があり、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される(最高裁昭和48年7月10日第三小法廷判決・刑集27巻7号1205頁参照)。
  • ロ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 本件調査担当職員は、平成28年8月5日、請求人に対し、電話により通則法第74条の9第1項各号に規定する事項について事前通知を行い、調査の日時を同月30日午前10時とする旨約したが、同月25日、仕事を理由に請求人から調査日時の変更の申出があったため、同月31日、調査の日時を同年9月2日午後3時30分に変更した。
    • (ロ) 本件調査担当職員は、平成28年9月2日午後3時30分頃、請求人の自宅に臨場し、請求人及び税理士資格のない第三者4名と面談した。その際、本件調査担当職員は、請求人に対し、税務職員に課せられた守秘義務を理由に、税理士資格のない第三者の退席を求めたが、請求人はこれに応じなかった。
       その後、請求人は、本件調査担当職員に対し、具体的な調査理由の説明を求めたところ、本件調査担当職員は、申告内容の確認のためである旨説明し、帳簿書類等の提示を求めたが、請求人は、本件調査担当職員による調査理由の説明に納得がいかないとして、帳簿書類等を提示しなかった。
    • (ハ) 本件調査担当職員は、平成28年9月9日に、請求人に電話連絡し、次回の調査日時を同年10月14日午後3時30分とする旨約した。その際、本件調査担当職員は、次回の調査日時まで1か月以上間が空いてしまうため、独自に調査を進めるほか、必要があれば取引先に対する調査も行う旨告げたところ、請求人はそのようなことを電話で伝えることに納得がいかないし、勝手に調査を進めることは強権的であるから、強権的ではない理由を次回の調査日時までに考えてくるよう求めた。
    • (ニ) 本件調査担当職員は、平成28年10月14日午後3時30分に、請求人の自宅に臨場し、請求人及び税理士資格のない第三者2名と面談した。その際、請求人は、本件調査担当職員に対し、調査を進める旨発言したことについて強権的ではない理由を求めたところ、本件調査担当職員は強権的とは思っていない旨回答した
    • (ホ) 本件調査担当職員は、平成28年11月11日午後3時30分に、請求人の自宅に臨場し、請求人及び税理士資格のない第三者2名と面談した。本件調査担当職員は、請求人に対し、帳簿書類等の提示を求めたが、請求人は、本件調査担当職員が具体的な調査理由の説明及び調査を進める旨の発言が強権的ではないことの説明をしないことに納得がいかないとして、帳簿書類等を提示しなかった。
    • (ヘ) 本件調査担当職員は、平成28年12月2日午後3時30分に、請求人の自宅に臨場した際、請求人から、今後の調査展開について尋ねられたので、帳簿書類等の提示がないため、請求人の売上先等に対する調査を行う旨告げた。
       その際、請求人は、本件調査担当職員に対し、売上先等に対する調査を行うときは、あらかじめ請求人に連絡するよう申し出たが、本件調査担当職員はそのような約束はできない旨回答した。
    • (ト) 本件調査担当職員は、平成28年12月6日から同月26日までの間、本件各年分における請求人の事業所得に係る総収入金額を把握するため、請求人の売上先に対する調査(以下「本件売上先調査」という。)を実施した。
    • (チ) 本件調査担当職員は、平成28年12月26日に、請求人に対し、帳簿書類等を提示しないという考えに変わりがないか、電話で確認したところ、請求人は、上記(ヘ)のとおり、売上先等に対する調査を行うときはあらかじめ請求人に連絡するよう申し出たにもかかわらず、何ら連絡もないまま、本件売上先調査が行われたことを理由に、帳簿書類等を提示することはない旨回答した。
  • ハ 当てはめ及び請求人の主張について
     請求人は、前記3の(1)の「請求人」欄のとおり、本件調査担当職員が、1調査理由や取引先に対する調査の実施の必要性などについての説明を行わなかったこと、2請求人の求めに応じて同席した立会人の本件調査への立会いを認めなかったこと、3上司に対し、虚偽の報告をするなど、調査を進めるための環境を整えようとしなかったことは、それぞれ違法であり、本件調査に係る手続に原処分の取消事由となる違法がある旨主張する。
     しかしながら、1については、税務調査を実施する際に、調査理由を説明することや取引先に対する調査の実施の必要性を説明することは法令上規定されておらず、これを説明しなかったからといって違法となるものではない。また、質問検査等の範囲等の実施の細目については、上記イの(ロ)のとおり、質問検査等の必要があり、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解されるところ、上記ロに記載した事実を前提とすれば、本件調査担当職員の取引先に対する調査の実施については、社会通念上相当の限度を超えていると認める状況にはない。
     2の税務調査に関係のない第三者の税務調査への立会いについては、もとよりこれを認めなければならない旨を定めた法令上の規定はないほか、上記ロの(ロ)のとおり、本件調査担当職員が税理士資格のない第三者の立会いを認めなかったのは、法律上守秘義務を負わず、税務調査に関係のない当該第三者が請求人及び取引先等の営業に関する事項の秘密等を知り得る状態において調査を行うことは、国家公務員法第100条《秘密を守る義務》及び通則法第126条に規定する守秘義務に違反するおそれがある点を考慮すれば、合理的な判断といえるから、これを認めなかったからといって違法となるものではない。
     3については、本件調査担当職員が虚偽の報告をしたとの主張を認めるに足る証拠はなく、その他、本件調査による調査手続や本件調査担当職員による証拠収集手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなどと評価すると認めるに足る事実もない。
     したがって、本件調査に係る手続に原処分の取消事由となる違法はなく、これがあるとする請求人の主張には理由がない。

(2) 争点2(事業所得の金額の計算上、推計の必要性が認められるか否か。)について

  • イ 検討
     所得税法第156条は、税務署長が所得税につき更正をする場合において、所得金額を推計して課税することができる旨規定しているが、飽くまで課税処分における課税標準の認定は直接資料に基づく実額計算の方法によるのが原則であることからすれば、推計による課税が認められるのは、やむを得ず推計によらざるを得ない場合、すなわち、1納税義務者が収入及び支出を明らかにし得る帳簿書類を備え付けていないこと、2帳簿書類の備付けがあってもその記載内容が不正確であること、又は3納税義務者が資料の提供を拒否するなど税務調査に非協力であることなどにより、実額計算の方法による課税を行うことが不可能又は著しく困難な場合に限られると解される。
     これを本件についてみると、上記(1)のロの(ロ)、(ホ)及び(チ)のとおり、本件調査担当職員が、本件調査において、請求人に対し、少なくとも3回にわたって、帳簿書類等の提示の意思の確認又は帳簿書類等を提示するよう求めたにもかかわらず、請求人はいずれの求めに対しても、調査理由を説明しないことなどを理由として、本件調査担当職員に対し帳簿書類等を提示しなかったというのであり、これらの事実によれば、原処分庁としては、帳簿書類等の直接資料に基づき、請求人の本件各年分の事業所得の金額を実額計算の方法により計算することが不可能又は著しく困難であったといえるから、請求人の本件各年分の事業所得の金額の計算上、推計の必要性があったものと認められる。
     また、請求人は、当審判所に対しても、帳簿書類等の提示を行うなどして、請求人が本件各年分の所得税等について申告した事業所得の金額が正当であることを裏付ける具体的な説明をしないため、当審判所においても、帳簿書類等の直接資料に基づき、請求人の本件各年分の事業所得の金額を実額計算の方法により計算することができないから、推計の方法により本件各年分の事業所得の金額を計算する必要性が認められる。
  • ロ 請求人の主張について
     請求人は、前記3の(2)の「請求人」欄のとおり、帳簿書類等を提示しなかったのは調査環境を整えようとしなかった本件調査担当職員に責任がある旨主張するが、上記(1)のハ及び上記イのとおり、本件調査担当職員が調査環境を整えようとしなかったと認めるに足る事実はなく、本件調査担当職員に請求人が主張するような責任があるとは認められない。
     また、上記(1)のハのとおり、本件調査に係る手続について、原処分の取消事由となるような重大な違法は認められず、その他、請求人が帳簿書類等を提示しなかったことを正当化する事情も認められない。
     したがって、請求人の主張には理由がない。

(3) 争点3(事業所得の金額の計算上、推計の方法に合理性が認められるか否か。)について

  • イ 認定事実
     原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • (イ) 本件各年分における事業所得に係る総収入金額
       原処分庁は、別表3−1ないし別表3−3の各「原処分庁主張額」欄の各「合計金額」欄のとおり、本件売上先調査により、請求人の本件各年分の事業所得に係る総収入金額を把握した。
    • (ロ) 原処分庁の推計の方法
      • A 抽出基準
         原処分庁は、本件各年分ごとに、本件事業と業種、業態、事業内容、規模、事業所所在地等において類似していると認められる個人事業者として、以下の抽出基準を設定した。
        • (A) K税務署及びK税務署の管轄区域に隣接する税務署管内において、塗装業を営んでいる個人事業者であること。
        • (B) 所得税等の申告において青色申告の承認を受けており、青色申告決算書を提出していること。
        • (C) 事業所得に係る総収入金額が、請求人の当該金額の2分の1以上2倍以下の金額の範囲内であること。
        • (D) 仕入金額の計上がない及び事業専従者がいないこと。
        • (E) 給料賃金又は外注工賃の計上があること。
        • (F) 塗装業以外の事業を兼業していないこと。
        • (G) 年の途中において、開廃業、休業及び法人成り等の事情がないこと。
        • (H) 災害等により、経営状態が異常であるとは認められないこと。
        • (I) 税務署長から更正又は決定処分がされ、当該処分に対して不服申立て又は訴訟提起されて現在審理中ではないこと。
      • B 抽出方法
         原処分庁は、請求人の本件事業と類似している同業者として上記Aの条件の全てに該当する者を抽出し、平成25年分10件、平成26年分15件、平成27年分18件をそれぞれ選定した(以下、原処分庁において選定された本件各年分の同業者を「本件同業者」という。)。なお、上記Aの(A)の隣接する税務署として選定した署は、M税務署、N税務署、P税務署、Q税務署及びR税務署であった。
      • C 算定方法
         原処分庁は、上記(イ)で把握した総収入金額から、本件各年分における本件同業者の総収入金額に対する必要経費(青色申告に対してのみ認められる青色事業専従者給与等の特典による控除を除く。)の割合の平均値(以下、総収入金額に対する必要経費の割合を「必要経費率」といい、必要経費率の平均値を「平均必要経費率」という。)を上記総収入金額に乗じて算定した必要経費を控除して、本件各年分における請求人の事業所得の金額を算出した。
    • (ハ) その他
       K税務署の管轄区域に隣接する税務署は、M税務署、N税務署、P税務署及びQ税務署である。
  • ロ 判断及び請求人の主張等について
    • (イ) 推計の方法の合理性
       原処分庁は、上記イの(ロ)のCのとおり、請求人の本件各年分の事業所得の金額を算出しているが、一般に、業種、業態及び規模等において類似性がある同業者にあっては、特段の事情がない限り、同程度の収入からは同程度の所得が得られるものであり、このことは本件事業の場合であっても例外ではなく、かつ、本件においては上記の特段の事情があるとは認められない。
       また、同業者間に通常存する程度の営業条件等の差異については、各同業者の比率からその平均値を算定する過程において捨象されるものと認められることから、原処分庁が採用した上記イの(ロ)の推計の方法は、抽出された同業者に類似性が認められ、かつ、その基礎数値等が正確なものである限り、合理性を有するものと認めるのが相当である(なお、原処分庁が採用する本件同業者の抽出基準及び抽出方法自体に合理性があるか否かについては、後記(ハ)のとおりである。)。
    • (ロ) 本件各年分における事業所得に係る総収入金額の正確性
       原処分庁は、上記イの(イ)のとおり、本件売上先調査により本件各年分の事業所得に係る総収入金額を把握しているところ、当審判所の調査の結果においても、請求人の本件各年分の事業所得に係る総収入金額は、別表3−1ないし別表3−3の各「審判所認定額」欄の各「合計金額」欄のとおりであり、原処分庁が把握した額といずれも同額となるから、原処分庁が算定した本件各年分における事業所得に係る総収入金額は適正に算定されていると認められる。
    • (ハ) 選択した推計方法の合理性
       原処分庁は、上記イの(ロ)のAのとおり、業種の類似性、個人・法人の別、事業所の地理的条件、資料の正確性、事業規模の近似性及び業態の類似性等に係る基準を設けて、これらの条件に全て該当する者を抽出することとしているから、原処分庁が採用する本件同業者の抽出基準及び抽出方法自体は、後記(ニ)を除けば、合理性を有するものであると認められる。
    • (ニ) 本件同業者の抽出及び平均必要経費率の算定
       原処分庁は、上記イの(ロ)のBのとおり、R税務署管内の個人事業者をK税務署の管轄区域に近接していることを理由に、これを隣接しているものとして本件同業者に選定した。
       しかしながら、上記イの(ハ)のとおり、R税務署はK税務署の管轄区域に隣接しておらず、本件事業と類似している同業者としてR税務署管内の個人事業者を上記イの(ロ)のAの(A)に掲げる抽出基準に該当するものとして抽出することは合理性を欠く。また、本件同業者には納税地の異動によりK税務署の管轄区域に隣接しない税務署管内の個人事業者であった者も含まれていることからすれば、これらの者(平成25年分の5件、平成26年分の2件、平成27年分の4件)を本件同業者から除外した後の同業者(平成25年分は5件、平成26年分は13件、平成27年分は14件。以下、本件同業者から除外した後の同業者を「本件類似同業者」という。)をもって平均必要経費率を計算するのが相当である。
    • (ホ) 事業所得の金額の算出
       以上を基に請求人の本件各年分の事業所得の金額を計算した結果は、次のとおりである。
      • A 本件各年分の本件類似同業者の平均必要経費率
         当審判所において、本件類似同業者の平均必要経費率を算定すると、別表5の「審判所認定額」欄の各「平均必要経費率」欄のとおり、平成25年分が77.66%、平成26年分が72.81%、平成27年分が78.08%となる。
         なお、原処分庁は、本件各年分の平均必要経費率について、別表5の「原処分庁主張額」欄の各「平均必要経費率」欄のとおり算定しているが、本件同業者の必要経費率の計算に誤りが認められたことから、当審判所において、この点を是正した上で平均必要経費率を算定した(是正した結果は、別表5の「審判所認定額」欄の各「6必要経費率」欄に記載したとおりである。)。
         そして、上記(ロ)の総収入金額に上記の是正した平均必要経費率を乗じて請求人の本件各年分における事業所得に係る必要経費を算定すると、別表6の各「審判所認定額」欄の「3必要経費」欄のとおり、平成25年分が○○○○円、平成26年分が○○○○円、平成27年分が○○○○円となる。
      • B 本件各年分の事業所得の金額
         請求人の本件各年分における事業所得の金額は、上記(ロ)の総収入金額から上記Aの必要経費を控除した金額であり、平成25年分が○○○○円、平成26年分が○○○○円、平成27年分が○○○○円となる。
    • (ヘ) 請求人の主張について
       請求人は、前記3の(3)の「請求人」欄のとおり、塗装の対象物が異なれば業態の差は大きく、本件同業者には請求人と業態が異なる者が含まれていることが明らかであるから、原処分庁が採用した推計の方法には合理性が認められない旨主張する。
       しかしながら、同業者率による推計は、類型的にみて納税者との間に類似性のある同業者を選定して、その平均的な率をもって納税者の課税標準等を推計するものであるから、個々の業者について個別的にみれば、その事業内容や業態にある程度差異があることは、当然の前提とせざるを得ない。そして、上記(イ)のとおり、同業者間に通常存する程度の営業条件等の差異については、各同業者の比率からその平均値を算定する過程において捨象されるものであるから、原処分庁が採用した推計方法において、営業条件等の差異が当該平均値による推計自体を不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを考慮する必要はないと解するのが相当であるところ、請求人は塗装の対象物が異なれば業態の差は大きいなどと主張するが、塗装の対象物の差異が、本件同業者(本件類似同業者)の比率から算定された平均値による推計を不合理ならしめる程度に顕著なものであることを裏付ける証拠資料を提出しないため、当審判所においてその事実を確認することはできず、請求人と本件同業者(本件類似同業者も同様である。)との間には営業条件等につき顕著な差異があるとは認められない。
       したがって、請求人の主張には理由がない。

(4) 本件所得税等各更正処分の適法性

  • イ 総所得金額
     請求人の本件各年分における事業所得の金額は、上記(3)のロの(ホ)のBのとおりであり、また、請求人の本件各年分の総所得金額は事業所得の金額のみであると認められるから、請求人の総所得金額は、別表6の各「審判所認定額」欄の「5総所得金額」欄のとおり、平成25年分が○○○○円、平成26年分が○○○○円、平成27年分が○○○○円となる。
  • ロ 所得控除の合計額
     請求人の本件各年分の所得控除の合計額は、別表6の各「審判所認定額」欄の「H所得控除の合計額」欄のとおり、平成25年分が622,400円、平成26年分が802,880円、平成27年分が1,028,800円となる。
     なお、請求人の妻であるSの平成27年分の合計所得金額は○○○○円であり、所得税法(平成29年法律第4号による改正前のもの。以下同じ。)第2条《定義》第1項第33号に規定する控除対象配偶者に該当するから、同年分の所得控除の合計額は、同年分の修正申告書に記載された所得控除の合計額(648,800円)に、同法第83条《配偶者控除》第1項に規定する配偶者控除の額380,000円を加算した金額(1,028,800円)となる。
  • ハ 納付すべき税額
     上記イの総所得金額から上記ロの所得控除の合計額を控除した課税総所得金額(1,000円未満切捨て)に基づき、本件各年分における請求人の納付すべき税額を算出すると、別表6の各「審判所認定額」欄の「J納付すべき税額」欄のとおり、平成25年分が○○○○円、平成26年分が○○○○円、平成27年分が○○○○円となる。
  • ニ 小括
     本件各年分の総所得金額及び納付すべき税額は、別表6の各「審判所認定額」欄の「5総所得金額」欄及び「J納付すべき税額」欄のとおりとなり、各納付すべき税額はいずれも本件所得税等各更正処分の額を下回ることから、平成25年分及び平成26年分の所得税等の各更正処分はその一部を別紙1及び別紙2の各「取消額等計算書」のとおり、また、平成27年分の所得税等の更正処分はその全部を、それぞれ取り消すべきである。
     なお、本件所得税等各更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

(5) 本件所得税等賦課決定処分の適法性

平成25年分の所得税等の更正処分は、上記(4)のニのとおり、その一部を取り消すべきであるところ、過少申告加算税の計算の基礎となる税額は○○○○円(別表6の平成25年分の「審判所認定額」欄の「J納付すべき税額」欄の金額○○○○円から別表1の「確定申告」欄の平成25年分の「所得税等の納付すべき税額」欄の金額○○○○円を控除した額。)となるが、通則法第118条《国税の課税標準の端数計算等》第3項の規定により、附帯税の額の計算の基礎となる税額の全額が1万円未満であるときは、その全額を切り捨てることとなるので、本件所得税等賦課決定処分は、その全部を取り消すべきである。

(6) 本件消費税等各更正等処分の適法性

  • イ 課税資産の譲渡等の対価の額
     原処分庁は、上記(3)のイの(イ)で把握した本件各年分の事業所得に係る総収入金額を基に、別表4−1ないし別表4−3の各「原処分庁主張額」欄の「4課税資産の譲渡等の対価の額」欄又は各「6課税資産の譲渡等の対価の額」欄のとおり、本件各課税期間の課税資産の譲渡等の対価の額を算定しているところ、当審判所の調査の結果においても、本件各課税期間の課税資産の譲渡等の対価の額は、別表4−1ないし別表4−3の各「審判所認定額」欄の「4課税資産の譲渡等の対価の額」欄又は各「6課税資産の譲渡等の対価の額」欄のとおり、いずれも原処分庁が算定した額と同額となるから、本件各課税期間における課税資産の譲渡等の対価の額は、平成25年課税期間が○○○○円、平成26年課税期間が○○○○円、平成27年課税期間が○○○○円となる。
  • ロ 納付すべき税額等
     本件事業は、消費税法施行令第57条第5項第5号に規定する第四種事業に該当すると認められるところ、これに基づいて本件各課税期間における請求人の納付すべき税額を算出すると、本件消費税等各更正等処分の額(別表2の「更正処分等」欄及び「決定処分等」欄の各「納付すべき消費税額」欄及び各「納付すべき地方消費税額」欄の金額)と同額となることが認められる。
     なお、本件消費税等各更正等処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
     したがって、本件消費税等各更正等処分はいずれも適法である。

(7) 本件消費税等各賦課決定処分の適法性

本件消費税等各更正等処分は、上記(6)のロのとおりいずれも適法であり、平成25年課税期間及び平成26年課税期間の消費税等の各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が当該各更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する「正当な理由」があるとは認められず、また、請求人が平成27年課税期間の消費税等の期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとも認められないから、通則法第65条第1項及び第66条第1項本文並びに地方税法附則第9条の4《譲渡割の賦課徴収の特例等》及び第9条の9《譲渡割に係る延滞税等の計算の特例》第1項の規定に基づきなされた本件消費税等各賦課決定処分は、いずれも適法である。

(8) 結論

よって、原処分の全部又は一部を取り消すこととする。

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