(平成30年7月9日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人E、同G、同Y及び同J(以下、順に「請求人E」、「請求人G」、「請求人Y」及び「請求人J」といい、これらを併せて「請求人ら」という。)が、相続により取得した建物について、これを収去して土地を明け渡す義務を履行するために負担した費用を債務として控除していなかったこと及びその他財産について過大に申告していた誤りがあったことなどを理由として相続税の各更正の請求をしたところ、原処分庁が、一部の財産の価額について過大であったことは認められるものの、建物収去義務は相続開始後に確定したものであって、確実と認められる債務ではないなどとして当該請求の一部を認める内容の各更正処分を行ったことに対し、請求人らがこれらの処分の一部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令等

  • イ 相続税法(平成27年法律第9号による改正前のもの。以下同じ。)第13条《債務控除》第1項は、相続により取得した財産について、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)及び被相続人に係る葬式費用の金額のうち、当該相続により財産を取得した者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定し、同法第14条第1項は、前条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る旨規定している。
  • ロ 相続税法第22条《評価の原則》は、相続により取得した財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による旨規定している。
  • ハ 相続税法基本通達14−1《確実な債務》は、債務が確定していなくても当該債務の存在が確実と認められるものについては、相続開始当時の現況によって確実と認められる範囲の金額だけを控除するものとする旨定めている。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 被相続人K(以下「本件被相続人」という。)は、平成23年5月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡した(これにより開始した相続を、以下「本件相続」という。)。
     なお、本件相続に係る法定相続人は、本件被相続人の妻であるL及び本件被相続人の子である請求人らである(以下、Lと請求人らを併せて「本件相続人ら」という。)。
  • ロ 本件被相続人は、昭和61年3月25日、M(以下「本件地主」という。)が所有するe市f町○−○の宅地(以下「本件土地」という。)について、本件地主との間で、賃料を一月30,685円、賃貸借の期間を同日から30年間とする土地賃貸借契約(以下「本件借地契約」という。)を締結し、平成3年4月23日、本件土地上に建物(家屋番号○番○の○。「N」と称する鉄骨造陸屋根5階建の店舗及び共同住宅。以下「本件建物」という。)を新築した。
     なお、本件地主と本件被相続人は、遅くとも平成13年3月までには、賃料を一月45,360円とする旨合意した。
  • ハ 本件地主は、平成18年12月分から本件土地の賃料の滞納を始めた本件被相続人に対して、数度にわたり支払の催告をしたものの、なお未払賃料全額の支払がなかったことから、平成22年5月8日に本件被相続人に到達した書面をもって、未払賃料の支払を催告し、同月21日に本件被相続人に到達した賃貸借契約解除通知書(以下「本件解除通知書」という。)をもって、本件借地契約解除の意思表示をした。
  • ニ 本件地主は、平成22年6月○日に死亡し、本件土地を相続したP(以下「本件地主承継人」という。)は、平成23年5月24日、本件被相続人を被告とし、本件借地契約を解除したとして、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと、解除の日(平成22年5月21日)までの未払賃料の支払及びその翌日から本件土地明渡しまでの賃料相当損害金の支払等を求める訴えをQ地方裁判所に提起した(Q地方裁判所平成○年(○)第○号建物収去土地明渡等請求事件)。
     なお、本件被相続人は、平成23年5月○日に死亡していたことから、本件地主承継人は、同年8月8日、上記各訴えの被告を本件相続人らとする旨の訴状訂正の申立てをした。
  • ホ Q地方裁判所は、平成24年○月○日、要旨、本件借地契約は本件解除通知書の到達した平成22年5月21日の経過で終了したことが明らかであり、本件相続人らは、本件建物を収去して本件土地を明け渡すとともに、未払賃料及び賃料相当損害金の支払義務を免れないとする判決(以下「本件判決」という。)を言い渡し、同判決は確定した。
  • ヘ 本件地主承継人は、平成25年6月19日、本件相続人らが本件判決による本件建物の収去義務を履行しないとして、Q地方裁判所に対し、債務者を本件相続人らとする本件建物収去命令及び代替執行費用支払の各申立てをした(以下、これらを併せて「本件各申立て」という。)。
  • ト Q地方裁判所は、平成26年○月○日、本件各申立てを相当と認めて、執行官が本件建物を本件相続人らの費用で収去することができる旨の決定及び本件相続人らはあらかじめ本件地主承継人に対し、本件建物の収去費用として合計8,265,000円を支払えとの決定をし、本件相続人らは、同年6月11日に同額を本件地主承継人に預託した。
  • チ 本件相続人らは、代替執行によらず、自ら本件建物を収去するため、平成27年3月13日、R社との間で、工期を同月27日から同年6月9日、請負金額を18,959,000円とする本件建物解体に係る工事請負契約を締結した。
     また、本件相続人らは、平成27年6月以後同年10月までの間に順次、見積合計金額をそれぞれ6,850,000円及び2,488,320円とする追加工事をR社が行うことについて承諾した。なお、本件相続人らは、R社に、本件建物の基礎となった既存の杭の引き抜き工事を依頼しなかったため、R社は、本件建物の解体工事のみを行った。
  • リ 本件相続人らは、本件建物の解体工事費用として、R社に対し、平成27年3月26日に9,459,000円、同年4月30日に4,750,000円、平成28年1月21日に14,088,320円をそれぞれ支払った(以下、これらの支払額の合計28,297,320円を「本件1負担額」という。)。
     本件1負担額の内訳は、R社による平成26年10月10日付の見積書(別表1−1。以下「R社当初見積書」という。)並びに平成27年2月27日付、同年6月11日付及び同年8月11日付の追加工事に係る各見積書(以下、これらを併せて「R社追加見積書」といい、それぞれを区別して指す場合は作成日付を付した略称を用いる。別表1−2ないし別表1−4)のとおりである。
  • ヌ 本件建物の解体後、本件土地には既存の杭が残されていたことから、本件相続人らは、平成28年4月23日、S社に当該杭の引き抜き工事(以下「本件杭抜き工事」という。)を48,600,000円で依頼した。しかしながら、本件杭抜き工事は、使用する重機を現地に搬入することができず、結果的に取りやめとなった。
  • ル 本件相続人らは、S社に対して、本件杭抜き工事に係る手付金及び中間金として平成28年4月25日及び同年5月13日に各10,000,000円を支払っていたところ、本件杭抜き工事の取りやめに伴い、その全額が返還されることはなく、S社において負担したとする諸経費を控除した後の7,000,000円が同年7月7日に本件相続人らに返還された(本件相続人らがS社に対して差し引き支払った13,000,000円の内訳は別表2のとおりであり、以下「本件2負担額」という。)。
  • ヲ 本件相続人らと本件地主承継人は、平成28年12月29日、本件建物自体は収去されたものの、本件杭抜き工事が不可能となり、本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務の一部が履行不能になったことにつき、金銭で解決することを目的として、要旨次の内容の合意をした。
    • (イ) 将来杭抜き工事が可能となった時点で、本件地主承継人が本件杭抜き工事を代替的に履行するため、本件相続人らは本件地主承継人に対し、連帯して38,691,864円(以下「本件3負担額」といい、本件1負担額ないし本件3負担額の総額を「本件負担総額」という。)の支払義務があることを認める。
    • (ロ) 本件地主承継人は、本件相続人らが、本件3負担額から本件地主承継人が預かり保管中である8,265,000円を控除した残額である30,426,864円を支払うことをもって、本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務が完全に履行されたものとする。
     なお、本件3負担額は、R社が作成した平成27年11月6日付の工事名を「杭引抜き撤去処分工事」とする見積書(別表3。以下「R社杭抜き工事見積書」という。)を根拠とするものであった。
  • ワ 本件相続人らは、上記ヲの(ロ)の合意により支払うこととされた金額を同月27日及び28日に本件地主承継人に支払った。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人らは、本件相続に係る相続税について、課税価格及び納付すべき税額をそれぞれ別表4の「申告」欄のとおりに記載した相続税の申告書を法定申告期限までに原処分庁に共同で提出した。
  • ロ 請求人らは、それぞれ、平成29年3月1日、原処分庁に対し、1本件建物を収去して本件土地を明け渡す債務(以下「本件債務」という。)は本件被相続人の債務として控除されるべきであり、また、2相続財産として申告していた一部の預金は遺産を構成するものではなく、3そのほか課税価格に異動を生じる事由があるなどとして、本件相続人らの課税価格及び納付すべき税額を別表4の「更正の請求」欄のとおりとする各更正の請求をした。
  • ハ 原処分庁は、上記ロの1及び2については更正をすべき理由があるとは認められないが、同3については更正をすべき理由があるとして、請求人E、請求人G及び請求人Yには平成29年6月28日付で、請求人Jには同年7月28日付で、それぞれ課税価格及び納付すべき税額を別表4の「更正処分」欄のとおりとする各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をした。
  • ニ 請求人らは、本件各更正処分のうち本件債務の債務控除を否認した部分(上記ロの1)を不服として、本件各更正処分の一部の取消しを求めて、平成29年9月27日に審査請求をした。
     なお、請求人らは、請求人Eを総代として選任し、同日、その旨を当審判所に届け出た。

トップに戻る

2 争点

本件債務は、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に該当するか否か。また、該当する場合、控除すべき債務の額はいくらか。

トップに戻る

3 争点についての主張

請求人ら 原処分庁
本件被相続人は、本件借地契約の終了により本件債務を負うことになったが、この債務は、本件被相続人の生前に発生していた本件被相続人の債務である。
 相続税法基本通達14−1は、そのなお書において「債務の金額が確定していなくても当該債務の存在が確実と認められるものについては、相続開始当時の現況によって確実と認められる範囲の金額だけを控除する」旨定めているところ、本件債務が本件相続開始時において確実に存在していたことは明らかである。
 そして、本件建物の状況等は、本件相続開始日の前後を通じて同様であり、本件相続人らは、本件建物自体の収去費用及び杭の撤去のための費用相当額である本件負担総額を負担したのであるから、この負担額は、本件相続開始当時の現況によって確実と認められる範囲の金額である。
本件債務のうち、本件土地に係る明渡義務は、本件借地契約の終了に伴い義務付けられたものであり、本件相続開始日において確実な債務である。
 そして、本件土地に係る明渡義務は、本件土地を本件地主承継人に明け渡すことであるから、その金額は零円となる。
 また、本件建物に係る収去義務は、本件借地契約の終了に伴い発生した債務であるが、本件相続開始日において、必ずしも本件建物を収去する必要はなく、本件建物を本件地主承継人に引き渡す方法が選択可能であった。
 そうすると、本件相続人らが本件建物を収去し、本件負担総額を負担したことは、本件相続後の事情というべきである。したがって、本件建物に係る収去義務については、履行が確実な債務とは認められず、本件相続開始日において確実な債務であるとはいえない。

トップに戻る

4 当審判所の判断

(1) 認定事実

請求人ら提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ R社について
    • (イ) R社について
       R社は、木造建築物の解体を主に取り扱っている業者であり、いわゆる「ビル」と呼称されるような鉄骨鉄筋造の中高層建築物の解体の取扱いは少ない。同社は、建物建屋の解体を行うのみであり、杭抜き工事を行うことは前提としていないことから、本件建物の解体工事を行った当時、常時取引のある杭抜き業者はいなかった。
    • (ロ) R社当初見積書及びR社追加見積書(別表1−1ないし同1−4)について
      • A 本件建物の登記記録上の床面積の合計は412.44平方メートル、そのうち1階部分の床面積は81.96平方メートルであり、前者が建屋解体工事面積(数量)に近似し、後者が基礎解体工事面積(数量)に近似するのが通常と認められるところ、R社当初見積書においては、建屋解体工事の数量を160坪(約528平方メートル)とし、基礎解体工事の数量を建物解体工事と同じ160坪としており、いずれも登記記録上の床面積を大きく上回る数量とされていた。なお、R社当初見積書のうち数量を160坪とあるところを登記記録上の床面積に変えて積算すると、その額はR社当初見積書の見積額を5,000,000円余下回るものになる(別表5)。
      • B 山留工事とは、建物の基礎の設置や撤去のため地下を掘削する際に周囲の土が工事現場に流れ込まないように周囲の地面を固める工事であるが、上記1の(3)のチ及びリのとおり、R社当初見積書においては見積額を495,000円とする「山留工」が既に工事内容に含まれていたにもかかわらず、平成27年6月11日付のR社追加見積書(別表1−3)において見積額の合計を6,490,000円(山留設置工、盛土工)とする山留工事費用が改めて計上され、R社当初見積書の「山留工」の金額は全額控除されており、さらに、同年8月11日付のR社追加見積書(別表1−4)において見積額を2,304,000円とする山留工事費用が再度見積もられた。
      • C R社は、R社当初見積書(別表1−1)において見積額を795,000円とする受水槽撤去処分ができないとして工事を中断したことから、本件相続人らは、平成27年9月、T社に受水槽の撤去工事の見積りを依頼した。同社が提示した受水槽解体費用は345,060円であり、当該費用を含む基礎解体工事の全費用は2,797,200円であったところ、当該見積額は、地中に残置されていた既存の山留杭の使用を前提とするものではあったものの山留施工費を含むものであった。これに対し、R社当初見積書における基礎解体工事に係る見積額は3,280,000円であり、当該見積額は、受水槽撤去処分や上記Bの山留工事の各費用を含まない金額であった。
      • D R社当初見積書には、本件杭抜き工事が工事内容に含まれていないところ、これは、本件相続人らは本件建物の解体に当たり、既存の杭の引き抜きの意向が強かったものの、R社は、杭抜き工事は専門ではなく、本件相続人らから当初図面の提供もなかったことから、請負契約において本件杭抜き工事を別途契約としたことによるものであった。
    • (ハ) R社杭抜き工事見積書(別表3)について
       R社は、杭抜き工事の実績が少なく、取引のある杭抜き業者もいなかったことから、杭抜き業者をインターネットで検索し、工事可能と回答のあった杭抜き業者の見積額に○%から○%の利益を上乗せしてR社杭抜き工事見積書を作成した。
       なお、R社杭抜き工事見積書は、本件土地の隣地の駐車場を使用せずに本件土地上で重機を組み立てて工事をするというものであったところ、本件相続人らは、以前から本件土地内に重機を設置すると重機の回転ができず、杭抜き工事ができない旨の話を聞いており、建物解体工事のときと同様に追加工事費用を請求されると当初見積額では収まらなくなるおそれがあったこと等から、R社に本件杭抜き工事を依頼することはなかった。
    • (ニ) 本件建物解体工事について
       R社による本件建物の解体工事は、平成27年3月の着工後、梅雨時期や夏の暑い時期に工事が中断し、工期は当初約2か月とされていたところが約9か月を要した。本件相続人らは、上記(ハ)のとおりR社に本件杭抜き工事を依頼しなかったため、本件杭抜き工事は行われることなく、本件建物の解体工事は同年12月に終了した。
  • ロ S社への支払額(本件2負担額)について
     S社は、隣接する駐車場に重機を設置して工事をすることを条件としており、本件相続人らは、隣接する駐車場の所有者から一時使用の許可を得ていたが、工事直前に駐車場が使用できなくなり、工事は取りやめとなった。
     S社は、平成28年4月23日以降の本件杭抜き工事受注後の対応について、近隣へのチラシ配布や隣接住宅への挨拶回り、隣接する建物の写真撮影、着工前の状態確認等の家屋調査、重機搬入のための道路通行許可手続、本件土地の試掘等を行ったとしているが、S社が行ったとする業務内容や本件杭抜き工事取りやめに係る精算金額(本件2負担額)の根拠は「御見積書(工事取止め精算費用)」(別表2)と題する文書以外にはない。
  • ハ U社の見積書(別表6)について
    • (イ) 請求人Yは、R社へ本件建物の解体工事の見積りを依頼する前に、U社に同解体工事と本件杭抜き工事の見積りを依頼しており、同社は、平成26年12月8日付で当該各工事の見積額を55,000,000円(消費税等を含まない。)とする見積書(別表6。以下「U社見積書」という。)を作成し、本件相続人らに提示した。
    • (ロ) U社は、一般社団法人V協会の会員であり、鉄骨鉄筋造の建築物の解体工事を主として、年間60件から70件程度の解体工事を取り扱っている建物解体工事の専門業者である。
    • (ハ) U社が行う建物解体工事は、作業部分によって専門業者が細分化されており、杭抜き業者、重機取扱業者、アスベスト等処理業者などが下請として工事を行う部分がある。U社見積書は、本件杭抜き工事部分について、杭抜き業者が図面による確認のほか現地確認を行った上で見積額を算定し、本件建物解体工事に組み入れたものであった。
       また、U社見積書の杭抜き工事部分の見積りは、重機の運搬や設置後の稼動スペースの確保が可能である隣接する駐車場の利用を前提としていた。
    • (ニ) なお、本件債務の履行に関してこれまで作成された見積書には、R社当初見積書やR社杭抜き工事見積書のように本件建物の解体工事と本件杭抜き工事を区々に見積もったものは複数あるものの、両工事を一括して見積もったものは、U社見積書以外にはない。

(2) 法令解釈等

相続税法第13条第1項は、相続又は遺贈により取得した財産の課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(同項第1号)のうち、当該相続により財産を取得した者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定し、同法第14条第1項は、同法第13条第1項の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る旨規定しているところ、同法第14条第1項の「確実と認められる」債務とは、相続開始当時の現況に照らし、その履行が確実と認められるものをいうと解される。
 なお、相続税は、財産の無償取得によって生じた経済的価値の増加に対して課される租税であるところから、その課税価格の算出に当たっては、取得財産と控除すべき債務の双方について、それぞれの現に有する経済的価値を客観的に評価した金額を基礎とするものであり、ただ、控除すべき債務については、その性質上客観的な交換価値なるものがないため、交換価値を意味する「時価」に代えて、その「現況」により控除すべき金額を評価する旨定められている(相続税法第22条)ものと解される。これを弁済すべき金額の確定していない債務の評価についていえば、評価の対象となる債務は確実と認められるものに限る(相続税法第14条第1項)のであるから、このような弁済額未確定の債務は、弁済すべきことが確実と認められる金額の限度で相続税法第22条にいう取得財産の価額から控除すべき債務として評価の対象となるのであり、そのような金額の債務として評価した結果により、控除すべき金額が決まることとなる(最高裁昭和49年9月20日第三小法廷判決・民集28巻6号1178頁)。

(3) 検討

  • イ 確実と認められる債務か否か
     本件債務は、上記1の(3)のハのとおり、本件相続開始日前の平成22年5月21日に本件借地契約が終了したことにより、本件被相続人が本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務を負ったものである。
     この点、原処分庁は、本件債務のうち、本件土地を明け渡す義務については本件相続開始日において確実な債務であるが、本件建物を収去する義務については、本件相続開始日において必ずしも本件建物を収去する必要はなく、本件建物を本件地主承継人に引き渡す方法が選択可能であったから、本件相続人らが本件建物を収去し、本件負担総額を負担したことは、本件相続開始日後の事情というべきであり、履行が確実な債務とは認められない旨主張することから、本件建物を収去する義務が確実と認められる債務か否かについて、以下検討する。
    • (イ) 上記(2)のとおり、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められる」債務とは、相続開始当時の現況に照らし、その履行が確実と認められるものをいうと解されるところ、本件債務は、本件相続開始日に現に存し、その履行を免れないものであるから、履行が確実な債務であったと認めるのが相当であり、これを覆すに足る証拠は見当たらない。原処分庁が述べるところは、確実な債務についての履行手段をいうものであって、これは本件相続開始日後の事情というほかなく、相続税法第22条が控除すべき債務の金額はその時の現況による旨規定している趣旨に照らし、採用できない。
    • (ロ) 以上のとおり、本件債務、すなわち本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務は、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に該当する。
  • ロ 控除すべき金額について
     上記イのとおり、本件債務は、その履行が確実と認められる債務であるところ、請求人らが主張する本件債務として控除すべき金額は、本件1負担額ないし本件3負担額の合計である本件負担総額であり、その内訳は、大別して本件建物の解体撤去に係るものと本件杭抜き工事に係るものであると認められる。
     この点、上記1の(3)のヌないしヲのとおり、本件債務の履行に当たっては、本件杭抜き工事の可否が障害となっていたことが伺われるところ、当該工事については、本件3負担額の根拠となったR社杭抜き工事見積書のほかにも複数の見積書が存在し、その見積額にも開差があることから、本件負担総額、すなわちR社の見積書における見積額に加え、その他の見積書における見積額を検証の上、いずれが上記(2)で述べた相続税法第13条及び第14条の趣旨に照らし、控除すべき債務の金額として認められるものであるかについて、以下検討する。
    • (イ) R社当初見積書には、上記(1)のイの(ロ)のとおり、建物解体工事や基礎解体工事の見積額の算定根拠となる数量について建物の床面積を大幅に上回る数量が記載されている(同A)。また、R社追加見積書においては、R社当初見積書において見積もられていた山留工事が複数回にわたり追加工事とされ、その額は工事請負金額(18,959,000円)のおよそ2分の1にも及ぶ相当に高額なものであり(同B)、基礎解体工事の見積額も同業者の見積額と相当な開差が認められる(同C)。したがって、本件1負担額については、根拠となる見積額の適正性について疑問を持たざるを得ず、本件建物の解体工事費用として適正な価額であるとは認め難い。
    • (ロ) 本件2負担額は、本件杭抜き工事の施工費用ではなく、上記1の(3)のヌ及び上記(1)のロのとおり、本件杭抜き工事に必要な重機搬入の時期を逸したことにより、工事を取りやめたために生じた精算金であり(上記1の(3)のル)、本件相続開始日後の事情により本件相続人らが負った債務というべきものである。
       また、精算金の内訳についても、想定利益損失分の計上がある上、記載内容も「仮囲い」の項目を除き、数量及び単位を「一式」とし、単価の記載もないものであって、極めて概算的な内容であり(別表2)、S社が行ったとする工事内容や同社が負担したとする諸経費の根拠も不明である。
    • (ハ) 本件3負担額は、本件相続人らにおいて本件杭抜き工事が不可能であるとして、本件地主承継人が将来杭抜き工事を代替的に履行するための費用として支払う旨合意した金額であり、当該金額の算定に当たっては、R社杭抜き工事見積書が根拠とされている(上記1の(3)のヲ)。
       しかしながら、上記(1)のイの(ハ)のとおり、R社杭抜き工事見積書は、杭抜き業者と取引のなかったR社がインターネットで検索し、工事可能と回答のあった業者の見積額に単に○%から○%の利益を上乗せしたものであったというのであり、その施工方法も、本件土地上で重機を組み立てて工事をするというものであって、本件相続人ら自身、その実現可能性に疑問を感じてR社に本件杭抜き工事の依頼をしていない。したがって、杭抜き工事の実績の少なかったR社が、かかる業者の見積額が適正な価額であるかを検証したのかは定かではなく、また施工方法が実施可能なものであるかについても疑わしいものといわざるを得ない。加えて、R社杭抜き工事見積書にある「H鋼打設工事」(金額5,049,000円)、「H鋼引抜工事」(金額3,927,000円)の各項目は、いずれも山留工事に係る費用と認められるところ、上記(イ)のとおり、山留工事は、本件建物解体時の追加工事として複数回計上されており、これは本件建物解体工事と本件杭引抜き工事を同時に施工した場合には重複して発生しないものと認められる。したがって、本件3負担額は、その根拠に乏しいことに加え、経済合理性にかなうものとは認め難い。
    • (ニ) 上記(イ)ないし(ハ)からすれば、本件1負担額ないし本件3負担額は、いずれも控除すべき債務の金額として採用することはできない。
    • (ホ) U社見積書(別表6)について
       本件建物解体工事と本件杭抜き工事を同時に施工した場合は、施工のたびに通常発生する仮設工事費用(養生費用等)、近隣対策費及び官庁申請費などの重複する費用が削減できることから、両工事を同時に施工することが経済合理性にかなうものと認められる。
       この点、本件建物解体工事と本件杭抜き工事を一括して見積もった見積書としては、U社見積書が唯一存在することから(上記(1)のハの(ニ))、その内容が合理的なものであるかについて、以下検討する。
      • A 工事費用全般について
         U社は、本件建物のような鉄骨造の建物解体の実績が豊富であり(上記(1)のハの(ロ))、U社見積書の数量及び単位は図面及び現地確認の結果を基にしたものであり、その結果を正確に反映したものと認められる。また、パネル養生や仮囲い等の仮設工事費用のほか、安全誘導員や諸官庁申請費用が詳細に盛り込まれている。なお、U社見積書においては、建物解体工事及び基礎解体工事の各見積額の算定根拠となる数量につき、それぞれ431平方メートルと91.50平方メートルとしており、本件建物の登記記録上の床面積(上記(1)のイの(ロ))に近似した相当な数量と認められる。
      • B 解体工事費用について
         U社見積書の解体工事費用には、R社が追加工事(別表1−2「屋上残地物撤去処分」)とした内容に相当する屋上プレハブ解体処分費などの図面だけでは確認できない費用も確実に見積もられており、また、スクラップ買取り分については、工事費用から適切に差し引かれている。
      • C 杭抜き工事費用について
         U社見積書における本件杭抜き工事部分については、杭抜き業者が図面による確認のほか現地確認を行った上で見積額を算定しており、工事施工に当たり隣接する駐車場への重機設置を前提としているなど、本件土地において実施可能であったと認められる工法により見積もられている(上記(1)のハの(ハ))。
    • (ヘ) 小括
       以上のことからすれば、U社見積書は、本件建物解体と本件杭抜き工事を同時に施工することを前提とした経済合理性にかなうものであり、工事の項目や数量及び単価も詳細かつ正確なものと認められ、本件杭抜き工事部分も実施可能な工法に基づくものであることから、その内容は合理的なものと認められる。
       したがって、本件債務として控除すべき金額は、U社見積書の見積額である55,000,000円に本件相続開始日当時の消費税等の額2,750,000円を加算した57,750,000円とするのが相当である。

(4) 本件各更正処分の適法性について

上記(3)のとおり、本件債務として控除すべき債務の額は57,750,000円とするのが相当であり、請求人らは本件債務について法定相続分に応じて負担することとしていたものと認められるから、当該金額を基に請求人らの課税価格及び納付すべき税額を計算すると、別表7の「審判所認定額」欄のとおりとなる。
 したがって、請求人らの課税価格及び納付すべき税額は、いずれも本件各更正処分の額を下回るから、本件各更正処分は、いずれもその一部を別紙2ないし別紙5の「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。
 なお、本件各更正処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

(5) 結論

よって、請求人らの各審査請求は、いずれも別紙2ないし別紙5の「取消額等計算書」のとおり取り消す限度で理由があるからこれらを認容する。

トップに戻る

トップに戻る