(令和2年4月17日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、滞納法人の納税保証人が死亡したことから、その配偶者である審査請求人(以下「請求人」という。)が納税保証人の納付義務を承継したとして、請求人名義の不動産を差し押さえたのに対し、請求人が、相続放棄を行ったから納付義務は承継していないとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

関係法令の要旨は、別紙のとおりである。
 なお、別紙で定義した略語については、以下、本文でも使用する。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人等の概要
    • (イ) 請求人は、平成31年1月○日に死亡したF(以下「本件被相続人」という。)の配偶者(平成27年6月23日婚姻)である。
       以下、本件被相続人の死亡により開始した相続を「本件相続」という。
    • (ロ) 本件被相続人は、G社において、少なくとも平成10年6月〇日から平成16年6月〇日まで、及び平成24年1月〇日から平成31年1月○日までの間、それぞれ代表取締役を務めていた。
       また、本件被相続人は、遅くとも平成28年頃から、H社の顧問として、H社から顧問料の支払を受けていた。
       以下、H社の本件被相続人に対する顧問料を「本件顧問料」という。
  • ロ 本件被相続人が負っていた滞納国税の納付義務
    • (イ) 本件被相続人は、平成21年10月21日、G社の滞納国税について、通則法第50条《担保の種類》第6号に規定する保証人となり、G社が本件被相続人の保証を担保として提供したことにより、G社は、国税徴収法第151条(平成26年3月法律第10号による改正前のもの。)《換価の猶予の要件等》第1項第2号の規定に基づき換価の猶予を受けていた。
       その後、原処分庁が、平成22年2月3日、G社が上記換価の猶予の猶予期間中に滞納国税を完納しないことが確定したとして、同換価の猶予を取り消したため、本件被相続人は、保証人として、G社の滞納国税の納付義務を負うこととなった。
    • (ロ) 原処分庁は、平成22年2月3日、本件被相続人に対して、上記(イ)の本件被相続人がG社の保証人として納付すべき国税について、通則法第52条《担保の処分》第2項の規定に基づき、同年3月3日を期限とする納付通知書により告知をしたが、同日までに本件被相続人が完納しなかったことから、同月4日、本件被相続人に対して、同条第3項の規定に基づき、納付催告書により督促した。
  • ハ 請求人名義の○○口座への振込み等
     請求人名義のJ銀行の○○口座(○○○○)(以下「本件○○口座」という。)の平成30年4月19日から平成31年3月31日までの間の入出金の状況は、別表1のとおりであり、H社の代表取締役であるKは、平成30年7月から平成31年2月までの間、毎月25日頃に、500,000円を振り込み、請求人は、同年1月の振込分まで、振り込まれた日又は数日以内に振り込まれた500,000円を出金した。
     以下、別表1の平成31年1月25日にKから本件○○口座に振り込まれた500,000円を「本件金員」という。
  • ニ 請求人からKへの送金
     請求人は、平成31年3月27日、本件○○口座から振込みの方法によりKに500,000円を送金した。
  • ホ d市e町の不動産の登記の状況
    • (イ) 別表2の順号1の土地(以下「本件土地」という。)の本件相続の開始日における登記簿上の所有者は、請求人であり、本件土地は、平成26年4月4日の売買を原因として、同月8日に請求人に対する所有権移転登記がされた。
    • (ロ) 別表2の順号2の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件各不動産」という。)の本件相続の開始日における登記簿上の所有者は、請求人であり、本件建物は、平成26年8月24日の新築を原因として、平成27年4月15日に表示登記がされ、同月20日に請求人に対する所有権保存登記がされた。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 原処分庁は、本件相続に伴い、平成31年2月4日付で、請求人を含む法定相続人全員に対して、本件被相続人の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)について、通則法第5条第1項及び同条第2項の規定に基づき、各法定相続分に応じて納付義務が承継される旨をそれぞれ通知した。
  • ロ 原処分庁は、平成31年2月12日、別表3の請求人が承継したとする滞納国税を徴収するため、国税徴収法第47条《差押の要件》第1項及び同条第3項の規定に基づき、同法第68条《不動産の差押の手続及び効力発生時期》第1項に規定する手続により、本件各不動産及び別表4の各不動産を差し押さえた(以下、これらの差押処分を併せて「本件各差押処分」という。)。
  • ハ 請求人は、民法第938条及び家事事件手続法第201条第5項の規定に基づき、L家庭裁判所に本件相続に係る相続放棄の申述を行い、同申述は、平成〇年〇月〇日付で平成○年(○)第○号事件として受理された。
  • ニ 請求人は、令和元年5月9日、本件各差押処分に不服があるとして審査請求をした。

2 争点

請求人は、請求人に民法第921条に規定する法定単純承認事由に該当する事実があるものとして、本件滞納国税の納付義務を承継するか否か。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
  請求人は、次のとおり、本件被相続人の相続財産の処分又は隠匿を行っており、法定単純承認事由に該当する事実があるため、本件滞納国税の納付義務を承継する。
(1)  本件金員について

イ 本件金員は、Kが代表者を務めているH社から本件被相続人が受け取るべき本件顧問料を原資としており、本件被相続人の相続財産に該当する。
 なお、平成30年7月から平成31年1月までにかけて行われたKから請求人への500,000円の振込みは、本件被相続人がKに対して500,000円の支払を委任したものとみることができ、Kが主体的に請求人に支払っていたのではなく、Kを経由して支払われていたにすぎない。

  請求人は、次のとおり、本件被相続人の相続財産の処分又は隠匿を行っておらず、法定単純承認事由に該当する事実はないため、本件滞納国税の納付義務を承継しない。
(1)  本件金員について

イ 本件金員は、H社から本件被相続人が受け取るべき本件顧問料をKが受け取り、それを請求人に振り込んでいたのであるから、一旦Kの個人財産となっている性質のものであり、振込名義人も実際の出捐者もH社ではなくKであることは明らかである。
 また、Kが、請求人から働き掛けられることなく、本件金員を振り込んでいた経緯からすると、相続財産であるとみる余地はない。

ロ 上記イのとおり、本件金員は相続財産であるところ、請求人が行った次の行為は、相続財産の処分に該当する。

ロ 仮に、本件金員が相続財産に該当するとしても、請求人が行った次の行為は、相続財産の処分に該当しない。

(イ) 請求人は、Kに、請求人への500,000円の振込みが継続されるか否かなどを確認している上、本件金員が本件被相続人の報酬としてKから請求人に振り込まれたもので、相続財産であることを認識していたにもかかわらず、何らの異議を述べずに受領していることからすると、当該受領した行為は相続財産の処分に該当する。

(イ) 請求人は、本件金員が本件被相続人の報酬であることを認識しておらず、また、Kが自発的に本件金員を振り込んでいた経緯からすると、請求人が本件金員を受領した行為は、相続財産の処分に該当しない。
 さらには、返納済みの本件金員が一時的に振り込まれた事実をもって相続財産の処分とみることは適切ではない。

(ロ) 請求人が本件金員を出金し、平成30年7月から同年12月までと同様に、生活費として自己の財産に組み入れた行為は、管理行為と考えられる限度を超えており、相続財産の処分に該当する。

(ロ) 請求人が本件金員を引き出した行為は、自らの金融機関との消費寄託契約に基づく寄託物返還請求権を行使したにすぎず、また、本件金員は、出金後、封筒に入れてそのままの状態で保管しており、日常的に使用する生活費用の口座に入金していないことから、生活費として自己の財産に組み入れておらず、相続財産の処分と評価する余地はない。

(ハ) 民法第940条《相続の放棄をした者による管理》第1項は、相続放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産を管理できるまで、相続財産を管理しなければならない旨規定しているところ、請求人は、Kに本件金員を返納しており、この行為は、同項の義務に反して行われた相続財産の処分に該当する。

(ハ) 請求人は、本件金員を相続財産と関係ないものと理解していたところ、原処分庁所属の職員から、本件金員が本件被相続人の給与の一部であり、請求人が相続したとみている旨の見解を述べられたことから、本件金員をKに返納した。これは相続放棄する者の行為として適切なものであり、相続財産の処分に該当しない。

(2) 本件各不動産について

イ 本件各不動産の取得資金は、本件被相続人が負担し、又は本件被相続人の意思により本件被相続人の関係会社等から支出されており、本件被相続人の意思によって、本件被相続人に帰属する財産として取得されたものの、本件被相続人の名義で契約及び登記できないことから請求人名義としたものであって、本件被相続人に帰属する財産である。
 そして、その後において、本件被相続人が死亡するまでに贈与等により帰属が変更した事実が認められないことから、本件被相続人が死亡する時点においても、本件被相続人に帰属しており、相続財産に該当する。

(2) 本件各不動産について

イ 本件各不動産は、請求人の所有物であり、仮に、本件被相続人が取得資金の一部を捻出していた事実があったとしても、それは、請求人が本件被相続人から貸付金の返済を受け、又は贈与を受けたものにほかならないから、相続財産に該当しない。

ロ 上記イのとおり、本件各不動産は相続財産であるところ、請求人が行った次の行為は、法定単純承認事由に該当する。

ロ 仮に、本件各不動産の一部が本件被相続人の所有に係る相続財産であるとしても、請求人には、次のとおり、法定単純承認事由に該当する事実はない。

(イ) 本件各不動産が請求人名義であることを奇貨とし、あたかも請求人固有の財産のように装っていた行為は、相続財産の一部の隠匿に該当する。

(イ) 請求人には、本件各不動産が相続財産であるという認識が微塵もなかったため、主観的要件に欠け、相続財産の一部の隠匿に該当しない。

(ロ) 本件各不動産を売却しようとした行為は、相続財産の処分に該当する。

(ロ) 法律上であるか事実上であるかを問わず、何らの処分行為がない以上、法定単純承認事由に該当する相続財産の処分は存在しない。

4 当審判所の判断

(1) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 本件金員について
    • (イ) 本件被相続人の破産
        本件被相続人は、平成〇年〇月〇日、債権者から破産手続開始の申立てを受け、平成〇年〇月〇日に破産手続開始が決定され、平成〇年〇月〇日付で免責許可の決定を受けた。
    • (ロ) H社と本件被相続人の間の契約等
        H社は、遅くとも平成28年頃には、本件被相続人との間で、顧問料を月額1,000,000円とする顧問契約を締結し、本件被相続人に対して、本件顧問料を支払うようになった。
        なお、本件被相続人は、本件被相続人名義の預金口座はいつ差し押さえられるか分からないとして、H社の代表取締役であるKに対し、本件顧問料を現金で渡してほしい旨申し出たところ、Kは、これを了承し、毎月、本件被相続人に本件顧問料のうち500,000円を現金で渡し、源泉徴収に係る所得税等を控除した後の残額は、H社の本件被相続人に対する貸付金の返済に充てることとした。
    • (ハ) Kの本件○○口座への振込みの経緯
      • A 本件被相続人は、平成30年6月頃、H社の代表取締役であるKに対し、上記(ロ)の現金で受け取ることとしていた本件顧問料のうちの500,000円について、本件○○口座に振り込むよう依頼した。
      • B Kは、H社と直接関係のない請求人名義の本件○○口座にH社から振り込むことにより後日問題が発生する可能性を回避するため、上記(ロ)の本件被相続人に現金で支払うこととしていた本件顧問料のうちの500,000円について、K個人の預金口座から本件○○口座に振り込むこととした。
    • (ニ) 本件被相続人のKに対する上記(ロ)及び(ハ)のA以外の依頼
        本件被相続人は、平成28年又は平成29年頃から、Kに対して、本件被相続人の死後、請求人との間の末子が成人するまで請求人の面倒を見てほしい旨依頼しており、本件○○口座に本件顧問料の一部を振り込むようになった平成30年7月以後においては、本件被相続人の死後も、請求人に毎月500,000円を振り込み、生活を援助するよう依頼していた。
    • (ホ) 本件相続の開始後におけるKによる本件○○口座への振込み
      • A Kは、平成31年1月25日、本件相続の開始前までと同様に、平成30年12月分の本件顧問料の一部として、同人名義の預金口座から本件金員を本件○○口座に振り込んだ。
      • B Kは、平成31年2月26日、同人名義の預金口座から自己資金にて500,000円を本件○○口座に振り込んだ。
    • (ヘ) 本件相続の開始後における請求人による本件○○口座からの出金等
      • A 請求人は、平成31年1月29日、本件○○口座から本件金員相当額を出金した。
      • B 請求人は、平成31年2月26日の本件○○口座への振込み500,000円がKの自己資金によるものであることを知り、同年3月12日、請求人の子の入学祝い金として受け取ることとした100,000円を控除した残額400,000円をKに振込みの方法により返金するとともに、100,000円を現金で出金した。
      • C 請求人は、平成31年3月26日、原処分庁所属の職員から、本件金員が本件被相続人の相続財産に該当する旨聞いたことから、同月27日、本件○○口座に500,000円を入金し、同口座から、振込みの方法により500,000円をKに送金した。
    • (ト) 請求人の認識
        請求人は、本件○○口座に毎月振り込まれる500,000円が、本件被相続人の給与の一部が生活費として振り込まれたものであると認識しており、本件金員が、平成30年12月分の本件被相続人の給与の一部が振り込まれたものであると認識していた。
    • (チ) 本件顧問料に係るH社の経理処理等
      • A H社は、平成30年7月から同年12月までの間において、毎月末日、本件顧問料として1,000,000円を、本件顧問料の源泉徴収に係る所得税等の預り金として102,100円を、本件被相続人に対する未払金として897,900円を、それぞれ計上した。
         そして、H社は、平成30年12月31日、同月分の本件顧問料に係る未払金として未払金勘定に897,900円を計上した。
         以下、平成30年12月31日に未払金勘定に計上された、本件被相続人の同月分の報酬債権を「本件報酬債権」という。
      • B H社は、別表5の「本件顧問料の支払日」欄のとおり、毎月26日から末日までの間において、H社の普通預金口座から897,900円を出金してKに支払っており、本件報酬債権については、平成31年1月31日、H社の普通預金口座から897,900円を出金してKに支払った。
    • (リ) 本件相続の開始前における請求人による預金の解約
        請求人は、平成30年12月25日、請求人名義のM銀行の預金を解約し、9,562,633円の現金を受け取った。
  • ロ 本件各不動産について
    • (イ) 取得契約等
      • A 本件土地について、平成25年11月26日、売主をN、買主を当時P社の取締役を本件被相続人と共に務めていたQ、売買代金を27,620,000円として、売買契約が締結された。
         なお、本件土地について、上記1の(3)のホの(イ)のとおり、平成26年4月4日売買を原因として同月8日にNからDへの所有権移転登記がされているが、当該登記に係る登記申請書には、登記原因証明情報として、売渡人をN、買受人をDとする、同月4日付の売渡証書が添付されている。
      • B 本件建物については、平成26年4月4日、発注者をD、請負者をR社(現商号は、S社である。)、請負代金を49,140,000円(工事価格45,500,000円、消費税及び地方消費税額3,640,000円)として、工事請負契約が締結された。
    • (ロ) 代金決済状況
      • A 上記(イ)のAの本件土地の売買契約については、売買契約が締結された当日に2,760,000円が現金で支払われ、残額については、平成26年1月27日、固定資産税及び都市計画税の精算分〇〇〇〇円を含めた〇〇〇〇円が、Q名義で、N名義の預金口座に振り込まれた。
      • B 上記(イ)のBの本件建物の工事請負契約については、別表6の「振込名義」欄のとおり、P社、T社の代表取締役であるU及び請求人の各名義で、追加工事に係る代金を含めて決済がされているところ、請求人名義の、平成27年2月5日の10,000,000円の振込みは、T社が振込名義人を請求人として振り込んだものであり、請求人名義の、同年3月6日の3,000,000円、同月27日の3,500,000円及び同年4月8日の40,000円の振込みは、いずれも、P社が振込名義人を請求人として振り込んだものである。

(2) 法令解釈

  • イ 民法第921条第1号は、相続人が単純承認をしない限りしてはならない行為があれば、黙示の単純承認があると推認できるし、また、第三者から見て単純承認があったと信ずるのが当然であるから、このような場合に、相続人の処分を信頼した相続債権者等の保護が必要であり、その保護を図ったものである。
     そのため、民法第921条第1号に規定する「処分」とは、相続人が自己のために相続が開始したことを知りながら相続財産を処分したか、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことが必要とされる。
     また、民法第921条第1号に規定する「相続財産の処分」は、相続人が相続財産であることを知って処分した場合にのみ適用があると解される。
     そして、「処分」には、相続財産を売却するなどの法律行為だけでなく、物品を壊すなどの事実行為も含まれ、処分といい得るためには、それが相続財産の経済的価値を減少させる行為であることが必要であると解される。
     加えて、民法第921条第1号は、相続の承認又は放棄を行っていない相続人が相続財産を処分した場合のみに関する規定であり、相続人が一旦有効に相続放棄を行った後に相続財産を処分した場合に適用される規定ではなく、相続人が一旦相続放棄を行った後に相続財産を処分したときは、これについて別にその責めを負うことがあるとしても、このために既に行った相続放棄を無効とすることはできないものと解されている。
  • ロ 相続人が相続放棄をする一方で、相続財産の隠匿等の行為をした場合には、被相続人の債権者等の利害関係人が相続財産を把握できない等の不利益を被ることになってしまうことから、民法第921条第3号は、このような相続人による被相続人の債権者等に対する背信的行為に関する民法上の一種の制裁として、相続人に単純承認の効果を発生させることとしたものである。
     したがって、民法第921条第3号に規定する相続財産の「隠匿」とは、相続人が被相続人の債権者等にとって相続財産の全部又は一部について、その所在を不明にする行為をいうと解され、また、同号を適用するためには、その行為の結果、被相続人の債権者等の利害関係人に損害を与えるおそれがあることを認識している必要があるが、必ずしも、被相続人の特定の債権者の債権回収を困難にするような意図、目的までも有している必要はないというべきであると解されている。
  • ハ 不動産に係る登記簿上の所有権の登記名義人は、反証のない限り、当該不動産を所有するものと推定すべきであると解されている。

(3) 検討

  • イ 本件金員が相続財産であるか否かについて
     本件報酬債権は、上記(1)のイの(チ)のBのとおり、本件相続の開始の時点において存在しているから、本件被相続人の相続財産に該当するところ、原処分庁は、上記3の「原処分庁」欄の(1)のイのとおり、本件金員は、H社から本件被相続人が受け取るべき本件顧問料が原資であるから、相続財産に該当する旨主張し、請求人は、上記3の「請求人」欄の(1)のイのとおり、本件金員は、一旦Kの個人財産となっている性質のもので、振込名義人も実際の出捐者もH社ではなくKであり、また、Kが請求人から働き掛けられることなく振り込んでいた経緯からすると、相続財産であるとみる余地はない旨主張するので、以下検討する。
    • (イ) Kは、本件被相続人から、本件顧問料のうち500,000円を毎月本件○○口座へ振り込んでほしいとの依頼を受け、平成30年7月以降、毎月500,000円を本件○○口座へ振り込んでいるところ、Kは、上記(1)のイの(ハ)のBのとおり、H社と関係のない請求人に対してH社から振り込むことにより後日問題が発生する可能性を回避するため、K名義で本件顧問料のうち500,000円を本件○○口座に振り込んだ。
       ところで、Kは、H社の代表取締役であるところ、会社法第349条《株式会社の代表》第4項の規定により、代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有するから、H社の業務に関するKの行為は、H社の行為であると認められる。
       加えて、K名義の預金口座を介しての本件顧問料の支払は、平成30年7月から本件被相続人が死亡するまでの間、半年間継続していたところ、当審判所の調査によっても、当事者である本件被相続人から異議が唱えられた形跡もないことから、当該支払は、本件被相続人からH社に対する委任事項に沿って、関係者の合意の下進められていたものと認められる。
       そうすると、本件○○口座へのK名義の振込みは、H社と本件被相続人との間の、H社が本件顧問料のうち500,000円を本件○○口座に振り込むという委任契約(以下「本件委任契約」という。)に基づき、KがK名義で本件顧問料の一部を振り込んだものであると認められる。
    • (ロ) そして、本件金員は、本件相続の開始後本件○○口座に振り込まれたものであるが、1上記(1)のイの(ニ)のとおり、本件被相続人は、Kに、本件被相続人の死後も請求人の生活の面倒を見るよう依頼しており、2上記(1)のイの(ホ)のAのとおり、本件金員は、本件被相続人の生前に本件委任契約に基づき支払われた本件顧問料と同様の方法により支払われ、3上記(1)のイの(チ)のとおり、H社は、本件報酬債権についても本件被相続人の生前と同様に経理処理をしていることからすれば、H社と本件被相続人の間に、本件被相続人の死亡によっても本件委任契約を終了させない旨の合意があったものと推認され、本件委任契約は、本件被相続人の死亡によって終了していないものと認めるのが相当であるから、本件金員は、本件委任契約に基づいて振り込まれたものであると認められる。
    • (ハ) 次に、本件金員は、平成31年1月25日に本件○○口座に振り込まれ、本件報酬債権は、同月31日にH社の普通預金口座から支払われているが、Kが、請求人の生活費に充てる金員であるから遅くならないように意識して振り込んでいた旨答述していることからすれば、本件金員は、本件委任契約に係る委任事務を遂行する便宜上、Kが500,000円を一時的に立て替えて、事前に本件顧問料の一部の振込みを行っていたものと認めるのが相当である。
    • (ニ) そうすると、本件金員は、本件委任契約に基づき振り込まれたものであり、その原資が本件報酬債権であることから、本件報酬債権の一部が化体した相続財産であると認められる。
  • ロ 本件金員を処分したか否かについて
     上記イの(ニ)のとおり、本件金員は、相続財産に該当するので、請求人が本件金員を処分したか否かについて、以下検討する。
    • (イ) 本件金員に対する請求人の認識
       民法第921条第1号に規定する「相続財産の処分」は、上記(2)のイのとおり、相続人が相続財産であることを知りながら処分した場合に適用があると解されるところ、請求人は、上記(1)のイの(ト)のとおり、本件○○口座に毎月振り込まれる500,000円が、本件被相続人の給与の一部が生活費として振り込まれたものであると認識しており、本件金員が、平成30年12月分の本件被相続人の給与の一部が振り込まれたものであると認識していたことからすれば、請求人は、本件金員が相続財産であるとの認識を有していたものと認められる。
    • (ロ) 本件金員の本件○○口座への振込み
       民法第921条第1号に規定する「相続財産の処分」とは、上記(2)のイのとおり、相続人自身がする処分であると解される。
       そうすると、平成31年1月25日の本件金員の本件○○口座への振込みは、上記(1)のイの(ホ)のAのとおり、H社の代表取締役であるKが、本件委任契約に基づいて振り込んだものであり、請求人の行為ではない。
       したがって、本件金員の本件○○口座への振込みは、相続財産の処分に該当しない。
    • (ハ) 本件金員相当額の本件○○口座からの出金
      • A 上記(1)のイの(ヘ)のAのとおり、請求人は、平成31年1月29日に本件金員相当額の500,000円を本件○○口座から出金しているところ、本件○○口座は、請求人名義であるため、本件金員相当額の500,000円を現金で出金しても、保管の態様が○○口座からの払戻請求権から現金に換わるだけで、費消されやすくはなるものの、占有者が変更されるわけではない。
         そうすると、請求人が、本件○○口座から本件金員相当額を出金したことのみでは、相続財産の処分には該当しない。
      • B そこで、請求人が本件○○口座から出金した本件金員相当額について、請求人の処分行為があったか否かについて、以下検討する。
         請求人は、1本件○○口座に平成30年12月までに振り込まれた500,000円は、本件○○口座から引き出して、その一部を公共料金等が引き落とされる別のJ銀行の口座に預け入れ、残りの現金は封筒に入れて自宅のたんすに保管し、その現金から生活費を支払っていたため毎月大体残額は無かった旨、2平成31年1月にd市から現住所地に引っ越した際に預金口座を解約した現金が5,000,000円程度あり、その現金から引っ越し代や生活費を支払っていたため、同月29日に本件○○口座から出金した500,000円は封筒に入れたまま使わずに残していた旨答述しているところ、上記(1)のイの(リ)のとおり、請求人は、平成30年12月25日、請求人名義のM銀行の預金を解約し、9,562,633円の現金を受け取っている事実が認められることからすると、本件○○口座から出金した500,000円は封筒に入れたまま使わずに残していた旨の請求人の答述は不合理とはいえず、当該答述の信用性を否定し、出金した500,000円を請求人が一部でも費消したことを認めるに足りる証拠はない。
         そして、当審判所の調査によっても、請求人が、平成31年1月29日に本件○○口座から出金した本件金員相当額の500,000円を費消していたという事実は認められない。
         そうすると、本件においては、請求人が、本件○○口座から出金した本件金員相当額の現金を、本件相続に係る相続放棄の申述が受理されるまでに一部でも費消したという事実が認められない限り、本件相続に係る相続財産の経済的価値を減少させる請求人の行為があったとは言い難いことから、請求人が本件○○口座から本件金員相当額の現金を出金したことのみでは、相続財産の処分に該当する事実があったとはいえない。
    • (ニ) Kに対する500,000円の送金
      • A 上記(2)のイのとおり、民法第921条第1号は、相続の承認又は放棄を行っていない相続人が相続財産を処分した場合のみに関する規定であり、相続人が一旦有効に相続放棄を行った後で相続財産を処分した場合に適用される規定ではないと解されている。
      • B 上記1の(4)のハのとおり、請求人の相続放棄の申述は平成○年○月〇日に受理されているところ、家事事件手続法第201条第7項の規定によれば、相続放棄の申述の受理の審判がされて、申述書にその旨が記載された時に当該申述の受理の効力を生ずるから、請求人の相続放棄の申述の受理は、同日に効力を生じた。
      • C そうすると、請求人は、上記(1)のイの(ヘ)のCのとおり、相続放棄の申述が有効となった平成○年○月〇日より後の同月27日に本件金員相当額の500,000円をKに送金しているが、仮に当該送金が本件金員の返金であり、「相続財産の処分」に該当する行為であるとしても、相続放棄の申述が有効となった同月○日より後の行為であるから、この行為に民法第921条第1号を適用することはできない。
    • (ホ) 小括
       上記(イ)のとおり、請求人は、本件金員が相続財産であるとの認識を有していたが、上記(ロ)から(ニ)までのとおり、本件金員について、民法第921条第1号に規定する相続財産の処分に該当する事実はない。
  • ハ 本件各不動産について
     上記1の(3)のホのとおり、本件各不動産の登記簿上の所有者は請求人であるところ、上記(2)のハのとおり、不動産に係る登記簿上の所有権の登記名義人は、反証のない限り、当該不動産を所有するものと推定すべきであると解されている。
     ところで、原処分庁は、上記3の「原処分庁」欄の(2)のイのとおり、本件各不動産の取得代金決済の状況から、本件各不動産が本件被相続人に帰属する財産である旨主張する。
     確かに、上記(1)のロの(イ)のAのとおり、本件土地の売買契約は、買主をQとして締結され、上記(1)のロの(ロ)のとおり、本件各不動産の取得代金が、請求人以外の名義で、又は請求人以外の者が振込名義人を請求人として決済されているものがあるものの、原処分庁が提出した証拠では、その資金を本件被相続人が出捐したこと、又は本件被相続人の意思によりQ等が支出したことを裏付けるには足りず、当審判所の調査によっても、本件各不動産が本件被相続人に帰属する財産であることを認めるに足りる証拠はない。
     よって、本件各不動産は、登記簿上の所有権の登記名義人である請求人が所有するものと認められ、本件各不動産が本件被相続人に帰属する財産、すなわち相続財産であると認めることができないから、相続財産の一部の隠匿及び相続財産の処分の有無のいずれの検討を行うまでもなく、本件各不動産について、法定単純承認事由に該当する事実はない。
  • ニ まとめ
     以上のとおり、本件金員は、相続財産であるものの相続財産の処分に該当する事実はなく、本件各不動産は、相続財産ではないから、本件金員及び本件各不動産について、請求人に法定単純承認事由に該当する事実はない。
     そして、請求人には、ほかに法定単純承認事由に該当する事実は認められないから、請求人の本件相続に係る相続放棄の申述は有効であり、民法第939条の規定により、請求人は、本件相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされ、本件滞納国税の納付義務を承継しない。

(4) 原処分庁の主張について

原処分庁は、上記3の「原処分庁」欄の(1)のロのとおり、1本件金員が本件被相続人の報酬として振り込まれたもので、相続財産であることを認識していたにもかかわらず、何らの異議を述べずに受領していることからすると、当該受領した行為は相続財産の処分に該当する旨、2請求人が本件金員を出金し、平成30年7月から同年12月までと同様に、生活費として自己の財産に組み入れた行為は、管理行為と考えられる限度を超えており、相続財産の処分に該当する旨、3相続放棄をした者は、民法第940条第1項により、その放棄によって相続人となった者が相続財産を管理できるまで、相続財産を管理しなければならないところ、同項の義務に反して行われた本件金員のKへの返納は相続財産の処分に該当する旨、それぞれ主張する。
 しかしながら、原処分庁が主張する上記@については、本件金員は、本件委任契約に基づいて本件○○口座に振り込まれたものにすぎず、本件金員の本件○○口座への振込みが相続財産の処分に該当しないことは、上記(3)のロの(ロ)のとおりであるから、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。
 また、上記2については、請求人が本件金員相当額を本件○○口座から出金したことのみでは相続財産の処分に該当せず、請求人が本件金員相当額の500,000円を一部でも費消した事実が認められない以上、相続財産の処分に該当しないことは、上記(3)のロの(ハ)のとおりであるから、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。
 そして、上記3については、相続放棄の申述が有効となった後の行為であり、当該行為に民法第921条第1号を適用することができないことは、上記(3)のロの(ニ)のCのとおりであるから、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。

(5) 本件各差押処分について

上記(3)のニのとおり、請求人は、本件滞納国税の納付義務を承継しないから、請求人が本件滞納国税の納付義務を承継したことを前提として行われた本件各差押処分は違法である。

(6) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分の全部を取り消すこととする。

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