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(平7.10.30裁決、裁決事例集No.50 91頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)はF(以下「被相続人」という。)の相続人であるが、被相続人は、昭和62年分の所得税の確定申告書(分離課税用)に次表の「確定申告」欄のとおり、また、特例適用条文欄に「所法642、措法35」と記載の上、これを法定申告期限までに原処分庁に提出した。
 原処分庁は、これに対し、昭和63年11月21日付で次表の「更正処分等」欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下これらの処分を併せて「本件更正処分等」という。)をした。

(単位 円)
区分確定申告更正処分等更正の請求
総所得金額2,725,5502,725,5502,725,550
分離長期譲渡所得の金額010,802,5110
納付すべき税額35,3002,201,60035,300
過少申告加算税の額299,0000

 被相続人は、上記本件更正処分等を不服として平成元年1月19日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年5月8日付で棄却の異議決定をした。
 被相続人は、異議決定を経た後の本件更正処分等に不服があるとして、平成元年6月6日に審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成2年2月13日付で棄却の裁決をした。
 被相続人は、本件更正処分等を不服として平成2年5月21日にW地方裁判所に所得税更正処分取消訴訟を提起したが、平成3年4月20日に死亡し、訴訟承継人となった請求人は、平成4年10月29日付で棄却の判決を受けた。
 その後、請求人は、所得税法第152条《各種所得金額に異動が生じた場合の更正の請求の特例》の規定に基づき、被相続人に係る昭和62年分の所得税について、上表の「更正の請求」欄のとおり記載した所得税の更正の請求書(以下この更正の請求を「本件更正請求」という。)を平成5年6月18日に原処分庁に提出したところ、原処分庁は、同年7月9日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
 請求人は、上記本件通知処分を不服として、平成5年9月7日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月2日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成6年1月4日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 被相続人は、代表取締役をしていた有限会社G(以下「G社」という。)がH株式会社(以下「H社」という。)との金銭消費貸借から生ずる20,000,000円の債務を保証するため、昭和60年2月1日に同人が所有するP市R町1丁目2569番12所在の登記面積261平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)に極度額23,500,000円の根抵当権を設定するとともに連帯保証人となった。
 ところが、被相続人は、G社の債務不履行を原因としてH社から保証債務の履行を迫られたので、昭和62年4月9日に本件土地を14,500,000円で譲渡し、その譲渡代金の全額をH社に弁済した結果、保証債務の履行に伴う14,500,000円の求償権(以下「本件求償権」という。)を取得したが、本件求償権の行使が不能であると判断し、G社に対し内容証明郵便により昭和63年3月11日付の債務免除通知書(以下「本件債務免除通知書」という。)を送付することにより本件求償権の放棄(以下「本件求償権放棄」という。)をした。
 以上の理由から、被相続人は、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の計算に当たり、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第2項に規定する特例(以下「保証債務の特例」という。)を適用し、分離長期譲渡所得の金額欄を零円と記載した昭和62年分の確定申告書を原処分庁に提出した。
 これに対し、原処分庁は、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の計算に当たり、保証債務の特例が適用できないとして本件更正処分等をしたので、被相続人は、異議申立て及び審査請求を経て訴訟で本件更正処分等の取消しを求めた(被相続人の死亡に伴い請求人が訴訟を承継)が、平成4年10月29日のW地方裁判所の判決によって、本件更正処分等は適法とされた。
ロ ところで、被相続人は、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の計算に当たり、保証債務の特例が適用できると信じて本件求償権放棄をしたものであり、結果的にこの特例が適用できないとすれば、本件求償権放棄は要素の錯誤に基づいて行われたものであるから無効となるため、請求人は、G社に平成5年1月30日付の債権放棄の取消通知書(以下「本件債権放棄取消通知書」という。)により本件求償権放棄を取り消す旨の通知を行ったので、G社に対しいまだ本件求償権を有していることとなった。
 これに対しG社は、請求人に対し、本件求償権は、平成4年5月8日に消滅時効が既に完成しており、かつ、G社は平成4年5月1日から平成5年4月30日までの事業年度末においても債務超過の状態で将来に向かっても本件求償権に係る債務は弁済不能であるとして、平成5年6月14日付の消滅時効を援用することの通知書(以下「本件消滅時効援用通知書」という。)により時効を援用し、本件求償権に係る債務は消滅した旨の通知を請求人にしてきた。
ハ また、G社は、近年の決算状態も悪く、過去10年以上も債務超過の状態にあり、G社から有効に求償を得ることは事実上不可能である。
ニ したがって、請求人には、G社の時効援用によって、本件求償権が平成5年6月14日に法律上も行使不能となり、また、現在も事実上行使不能であることから、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の計算に当たり、保証債務の特例に規定する適用要件に該当する事実(以下「本件保証債務の特例の適用要件事実」という。)が新たに生じたことになり、所得税法第152条の規定に基づき本件更正請求をすることができる。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 被相続人は、内容証明郵便により本件債務免除通知書をG社に送付し、本件求償権を放棄した事実は認められるが、本件債務免除通知書には、「被相続人は、G社に対し、J銀行への保証債務の履行に伴う求償権と本件求償権との総額36,076,000円を有しているところ、G社の現状からすれば総額36,076,000円の求償権を行使しても事実上全額回収する見込みは全くないが、事業を継続させる以上全額を回収できないとは言い難い状況にあるので、総額36,076,000円の求償権のうち21,576,000円はG社に対する被相続人の保証債務の履行に伴う求償権として残し、本件求償権の額14,500,000円は債務免除することとした旨、さらに、この結果G社の財務体質が改善されるであろう。」と記載されている。
ロ 請求人は、本件求償権放棄が要素の錯誤に基づく無効なものとなる旨主張するが、上記イのとおり、本件求償権放棄はG社の財務体質を改善させて事業を継続させるために行われたもので、保証債務の特例の適用を受けることを条件としてなされたものでないことは明らかであり、また、既に放棄された本件求償権がその放棄の取消しによって復活し、新たに時効により消滅することはあり得ないから、本件保証債務の特例の適用要件事実が新たに発生することもない。
ハ したがって、所得税法第152条の規定に基づいてなされたとする請求人の本件更正請求には理由がない。

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3 判断

 本件保証債務の特例の適用要件事実が生じたか否かについて争いがあるので、以下審理する。

(1)次の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によっても、その事実が認められる。

イ 被相続人は、代表取締役をしていたG社がH社との金銭消費貸借から生ずる債務を保証するため、昭和60年2月1日、本件土地に極度額23,500,000円の根抵当権を設定するとともに連帯保証人となったこと。
ロ 被相続人は、昭和62年4月9日に本件土地を14,500,000円で譲渡し、その譲渡代金の全額をH社に対し弁済し、保証債務の履行をしたことにより、G社に対して本件求償権を取得したこと。
ハ 被相続人は、G社に対し昭和63年3月11日付の本件債務免除通知書により本件求償権放棄をしたこと。
ニ 被相続人は、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の計算に当たり、保証債務の特例を適用し、分離長期譲渡所得の金額欄を零円と記載した昭和62年分の確定申告書を原処分庁に提出したこと。
ホ 原処分庁は、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の計算に当たり、保証債務の特例が適用できないとして昭和63年11月21日付で本件更正処分等をしたこと。
ヘ 被相続人は、平成元年6月6日に本件更正処分等の取消しを求める審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成2年2月13日付の裁決により、保証債務の特例が適用できないとして、当該審査請求をいずれも棄却したこと。
ト 被相続人は、本件更正処分等を不服として平成2年5月21日付でW地方裁判所に所得税更正処分取消訴訟を提起したが、平成3年4月20日に死亡し、訴訟承継人となった請求人は、平成4年10月29日付で棄却の判決を受けたこと。
チ 請求人は、被相続人の単独相続人となり、被相続人の債権、債務を相続したこと。
リ 請求人は、G社に対し平成5年1月30日付で本件債権放棄取消通知書により、本件求償権放棄は錯誤により無効であるから取り消す旨の通知をしていること。
ヌ G社は、上記リの通知を受けた後請求人に対し平成5年6月14日付の本件消滅時効援用通知書により、時効を援用し本件求償権に係る債務は消滅した旨の通知をしていること。
ル 請求人は、本件更正請求に係る所得税の更正の請求書の「請求の目的となった事実が生じた日」欄に、本件消滅時効援用通知書と同じ日付の平成5年6月14日と記載していること。

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(2)当審判所が請求人提出資料及び原処分関係資料を調査したところ、次の事実が認められる。

イ 被相続人がG社に昭和63年3月11日付で通知した本件債務免除通知書には、次のことが記載されていること。
(イ)G社は、金融機関の借入金が赤字の累増とともに多額となり、何らかの根本的な改善策をとり債務の整理をしなければ営業を継続できない状態に至ったので、金融機関及び関係者と協議の結果、倒産を回避して事業を継続するために被相続人所有の不動産(本件土地を含む。)を譲渡し、その譲渡代金をもってG社の借入金を返済した。
(ロ)被相続人は、G社に対し、J銀行への保証債務の履行に伴う求償権と本件求償権との総額36,076,000円を有していたところ、G社の現状からすればこれらの求償権を行使しても事実上全額回収する見込みは全くないが、事業を継続させる以上全額を回収できないとは言い難い状況にあるので、総額36,076,000円の求償権のうち21,576,000円の求償権を残し、本件求償権の額14,500,000円は求償権行使不能として債務免除する。
(ハ)この結果、G社の累積欠損金は幾分でも減少し、財務体質が改善されることと思う。
ロ G社は、昭和62年5月1日から昭和63年4月30日までの事業年度において、本件求償権の額14,500,000円を雑収入として経理処理し、それに基づき法人税の確定申告をしていること。
ハ G社は、昭和39年3月に設立された土木建設業を営む有限会社であり現在も事業を継続し、破産又は和議手続の開始などにより事業を閉鎖した事実はないこと。

(3)ところで、所得税法第152条は、同法第64条第2項に規定する事実が生じたことにより国税通則法第23条《更正の請求》第1項各号の事由が生じたときは更正の請求ができる旨規定している。

 また、保証債務の特例は、保証債務を履行するために資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使することができないこととなった金額に対応する金額は譲渡所得の金額の計算上なかったものとみなす旨規定している。
 そして、ここにいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」とは、当該求償権の相手方である主たる債務者について、破産若しくは和議開始の手続の開始、事業の閉鎖がなされたことはもちろん、債務超過の状態が相当期間継続し、金融機関及び大口債権者の協力が得られないため事業再建の見通しがないこと、その他これらに準じる事情が生じたことにより、求償権を行使してもその目的が達せられないことが客観的に確実となった場合をいい、求償権の行使が可能か否かの判断は、求償の相手方の資産状況、経営状態等を総合的に検討して行うべきであり、求償権が放棄によって法律上消滅したからといって、直ちに「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」に当たらないと解される。

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(4)また、民法第519条は、債権の免除について債権者が債務者に対し債務を免除する意思表示をしたときは、その債権は消滅する旨規定しているが、ここにいう債権の免除は、債権者の一方的な意思表示で成立し、その免除する旨の意思表示をした時にその債権は消滅し、また、その意思表示は撤回できないものと解されている。

(5)これを本件についてみると、次のとおりである。

イ 請求人は、被相続人は本件土地の譲渡が保証債務の特例の適用ができると信じてG社に対し、本件求償権放棄をしたものであるところ、当該特例の適用が認められないとすれば、本件求償権放棄は要素の錯誤に基づくもので無効であるから、請求人がG社に対し、これを取り消す旨の通知をしたことによりいまだ本件求償権を有していることとなったが、G社の時効援用により、本件求償権の行使が不能となった旨主張するので、以下検討する。
(イ)請求人は、本件求償権放棄は被相続人の錯誤に基づくものである旨主張するが、本件求償権は、上記(2)のイの本件債務免除通知書の記載内容のとおり、求償権行使不能として債務免除する旨記載されているのみで、他に何らに要件も記載されていない。このことから、本件求償権放棄は、保証債務の特例の適用を受けることが要件とされているものではなく、G社の財務体質を改善させ事業を継続させるために放棄されたものと認められ、本件債務免除通知書が錯誤により作成されたものとは認められない。
(ロ)なお、請求人は、本件求償権放棄は取り消し得る旨主張するが、本件求償権放棄は、上記(2)のロ及びハの各事実及び本件債務免除通知書が錯誤により作成されたものではなく、適法かつ有効に成立していると認められ、また、金銭債権の放棄であることから、上記(4)のとおり民法第519条の規定に該当すると認められる。
(ハ)そうすると、本件求償権は、(a)本件求償権放棄が適法かつ有効に成立していること、(b)本件債権取消通知書及び本件消滅時効援用通知書は存するものの、本件求償権放棄が上記(ロ)のとおり民法第519条の規定により、その意思表示をしたときに本件求償権は消滅し、また、その撤回はできないことから、被相続人が本件求償権放棄の意思表示をした昭和63年3月11日の時点で既に消滅していたと認められる。
(ニ)よって、被相続人が適法かつ有効に本件求償権放棄をしたことにより本件求償権が消滅している以上、請求人は被相続人から相続により本件求償権を取得したといえないので、これらの点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ 請求人は、G社は近年の決算状態も悪く、過去10年以上も債務超過の状態にあり、求償を得ることは不可能である旨主張するが、上記イの(ロ)ないし(ニ)のとおり、被相続人の本件求償権放棄は有効であり、これにより本件求償権は昭和63年3月11日に既に消滅しているから、平成5年6月14日においては、請求人が主張する本件保証債務の特例の適用要件事実は何ら発生していないと認められるので、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(6)以上審理したところによれば、平成5年6月14日には本件保証債務の特例の適用要件事実は何ら発生しておらず、所得税法第152条に規定する適用要件にも該当しないから、本件更正請求には更正をすべき理由がないとした本件通知処分は適法である。

(7)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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