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(平12.6.30裁決、裁決事例集No.59 282頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が平成7年7月22日に死亡したD(以下「本件被相続人」という。)名義の貸付信託等について、E地方裁判所(以下「E地裁」という。)の判決等により金融機関から払戻しを受けた法定相続分に相当する金員が、相続税法第19条の2《配偶者に対する相続税額の軽減》第2項ただし書に規定する「分割された財産」に該当するか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 別表1のとおり(以下、同表の更正の請求及び更正をすべき理由がない旨の通知処分をそれぞれ「本件更正の請求」及び「本件通知処分」という。)。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件被相続人の共同相続人は、本件被相続人の配偶者である請求人、姉であるF及び妹であるGの3名であり、請求人の法定相続分は、民法第900条第3号の規定により相続財産の4分の3である。
ロ 請求人は、相続財産のうち別表2に記載したH信託銀行(I支店扱い)の貸付信託、J銀行(本店債券部扱い)の割引興業債券並びにK銀行(L支店扱い、以下、3行を併せて「H信託銀行等」という。)の定期預金及び普通預金(以下、併せて「定期預金等」といい、別表2記載の財産を併せて「本件財産」という。)について、H信託銀行等から上記イの法定相続分に相当する金員(以下「本件金員」という。)の払戻しを受けているが、それぞれの払戻しの経緯は、以下のとおりである。
(イ)H信託銀行からの払戻しの経緯
A 請求人は、平成8年12月27日にH信託銀行を被告として、本件被相続人が有していた貸付信託の元本及び収益金のうち本件金員の払戻しを求める旨の訴えをE地裁に提起し、平成9年4月8日に「H信託銀行は請求人に対し本件金員を支払え」という旨の判決の言渡しを受けた。
B H信託銀行は、平成9年4月17日に請求人に対し、別表2のNo.1からNo.3までの貸付信託に係る本件金員12,824,592円(信託元本の償還による金額並びに償還期日前及び期日後の収益金の金額であり、税額控除後の金額。)並びに同表のNo.4及びNo.5の貸付信託に係る本件金員18,566,721円(信託元本の一部中途解約による金額及び買取りまでの収益金の金額であり、買取割引額及び税額控除後の金額。)の合計額から、当座貸越金328,121円及び同利息11,354円を控除して31,051,838円を支払った。
(ロ)J銀行からの払戻しの経緯
A 請求人は、平成8年12月27日にJ銀行を被告として、本件被相続人が有していた割引興業債券のうち本件金員の払戻しを求める旨の訴えをE地裁に提起したが、同行から請求どおり支払う旨の回答を受け、平成9年2月19日に訴えを取り下げた。
B J銀行は、平成9年2月19日に請求人に対し、別表2のNo.6及びNo.7の割引興業債券のうち額面金額1,121万円の買入消却をし、本件金員11,152,687円(割引債還付税額を含む。)を支払った。
(ハ)K銀行からの払戻しの経緯
A 請求人は、平成8年12月27日にK銀行を被告として、本件被相続人が有していた定期預金等のうち本件金員の払戻しを求める旨の訴えをE地裁に提起したが、同行から請求どおり支払う旨の回答を受け、平成9年2月25日に訴えを取り下げた。
B K銀行は、平成9年2月25日に請求人に対し、別表2のNo.8からNo.10までの定期預金等に係る本件金員23,542,603円(経過利息の額を含み、税額控除後の金額。)を支払った。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ E地裁は、上記1の(3)のロの(イ)のAのとおりH信託銀行に対し、請求人に本件金員の払戻しを命じる判決を言い渡した。
ロ 相続人が数人ある場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各相続人がその相続分に応じて権利を取得できることは、最高裁判所昭和29年4月8日第1小法廷判決(昭和27年(オ)第1119号損害賠償請求上告事件をいい、以下「本件最高裁判決1」という。)及び最高裁判所昭和30年5月31日第3小法廷判決(昭和28年(オ)第163号共有物分割請求上告事件をいい、以下「本件最高裁判決2」という。)により確定している。
ハ 相続税法施行規則第1条の3《配偶者に対する相続税額の軽減の特例の適用を受ける場合の記載事項等》第3項第2号に規定する財産の取得の状況を証する書類とは、必ずしも遺言書、遺産分割協議書等に限られるものではなく、金融機関は法的に分割相当であることを確認後に相続財産の支払に応ずるものであることから、金融機関からの財産の支払通知書等も財産の取得の状況を証する書類に含まれる。
ニ したがって、請求人は、E地裁の判決により本件金員の払戻請求が認められ、実際にH信託銀行等から払戻しを受けたのであるから、本件財産は分割されたというべきであり、原処分庁は、相続税法第19条の2第2項ただし書の規定を適用し、同法第32条《更正の請求の特則》第6号に規定する事由に基づいて本件更正の請求を認めるべきである。

(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 民法第898条は、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する」と規定し、分割前の遺産は共同相続人の共有に属することとしている。
 この場合の共有とは、遺産分割までの一時的過渡的な所有形態にすぎないもので、独立性をもたず、いわば仮の分け前である。
 このことから、相続財産は、遺産分割協議の成立や遺産分割の調停又は審判等により初めて抽象的な共有の状態から具体的に各共同相続人の所有に属することになり、相続財産が預貯金や貸付信託又は割引債券など(以下、これらを併せて「預金等」という。)であった場合においても同様であると解されるから、預金等は、遺産分割が行われるまでは各共同相続人の共有の債権になるものと解される。
 しかしながら、金融機関は、遺産分割が確定していない場合でも、共同相続人等の一部から預金等の一部払戻請求があった場合にその払戻しを行うことがあるが、これは、各共同相続人が相続分に応じた処分権を有していることから法律上支払を拒絶できないことによるものと解される。
ロ H信託銀行等は、請求人からの払戻請求の訴えに基づいて本件金員を支払ったものと認められるが、この支払は、本件財産について請求人が有している相続分に応じた処分権を行使したにすぎないものであり、本件金員が遺産分割により請求人に支払われたものとは認められない。
ハ したがって、H信託銀行等から払戻しを受けた本件金員は、相続税法第19条の2第2項ただし書に規定する「分割された財産」とは認められないことから、同条第1項の規定の適用はできず、本件更正の請求は、同法第32条第6号に規定する事由に基づくものとは認められないので、本件更正の請求に対する本件通知処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、相続税の申告書の提出時において未分割であった本件財産のうち払戻しを受けた本件金員が、相続税法第19条の2第2項ただし書に規定する「分割された財産」に該当するか否かにあるので、以下審理する。

(1)認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ H信託銀行等が、本件金員であるとして払い戻した金額等の計算については、次のとおりである。
(イ)H信託銀行の払戻金額等の計算
A 別表2のNo.1からNo.3までの貸付信託については、同表の「摘要」欄に記載したとおり払戻日において信託期間がいずれも満了しているため、全額を償還し、償還金額17,099,457円に法定相続分である4分の3を乗じて12,824,592円と算出している。
B 別表2のNo.4及びNo.5の貸付信託については、同表の「摘要」欄に記載したとおり払戻日において信託期間がいずれも満了していないため、それぞれの信託元本の金額(379万円及び1,946万円)に法定相続分である4分の3を乗じて、1万円未満の端数を切り捨てた後の信託元本(284万円及び1,459万円)を中途解約し、払戻額を3,146,946円及び15,419,775円の合計額18,566,721円と算出している。
C 当座貸越金及び同利息については、払戻日におけるそれぞれの金額(437,494円及び15,138円)に、法定相続分である4分の3を乗じて328,121円及び11,354円と算出している。
(ロ)J銀行の払戻金額の計算
 別表2のNo.6及びNo.7の割引興業債券については、同表の「摘要」欄に記載したとおり払戻日においてそれぞれ第693号及び第703号に乗り換えられ、額面金額は1,262万円及び234万円となっていたところ、乗換え後の額面金額に法定相続分である4分の3を乗じて、1万円未満の端数を切り捨てた後の額面金額(946万円及び175万円)を買入消却し、払戻額を9,409,862円及び1,742,825円の合計額11,152,687円と算出している。
(ハ)K銀行の払戻金額の計算
 別表2のNo.8からNo.10までの定期預金等については、払戻日における元利金の合計額(31,390,140円)に、法定相続分である4分の3を乗じて23,542,603円と算出している。
ロ 本件被相続人の相続に係る相続税についての相続税法第27条《相続税の申告書》第1項に規定する申告書の提出期限(以下「相続税の申告期限」という。)は平成8年4月22日であるが、請求人は、同日までに本件財産ほかの相続財産が共同相続人によって分割されていなかったため、同法第55条《未分割遺産に対する課税》の規定を適用し、次の書類を添付して相続税の申告書を提出した。
(イ)「申告期限後3年以内の分割見込書」と題する書面(以下「本件分割見込書」という。)。
(ロ)平成7年11月15日付でH信託銀行が発行した課税時期における評価額の記載のある「相続税に係る信託・預金評価計算書」と題する書面、平成7年11月13日付でJ銀行が発行した課税時期における評価額の記載のある「残高・評価額証明書」と題する書面並びに平成7年11月9日付でK銀行が発行した「残高証明書」と題する書面及び請求人が作成したK銀行の定期預金の評価額を記載した「定期預金・貸付信託等の評価明細書」と題する書面(以下、4通を併せて「本件評価明細書等」という。)。
ハ 請求人は、平成9年4月28日に本件更正の請求をし、原処分庁に次の書面を提出した。
(イ)平成9年4月17日付でH信託銀行が発行した払戻しに関する「計算書」と題する書面、平成9年4月16日付でJ銀行が発行した払戻しに関する「証」と題する書面、平成9年2月21日付でK銀行の代理人であるM弁護士が発行した定期預金等の払戻しのために通帳を預かる旨の「受取書」と題する書面、平成8年12月27日付のH信託銀行等に対する訴状3通及び平成9年4月8日付のE地裁判決書(以下、7通を併せて「本件支払通知書等」という。)。
(ロ)相続税法第19条の2第1項の規定による配偶者の税額軽減の特例の適用を受ける旨記載した「配偶者の税額軽減額の計算書」及び「申告又は通知に係る課税価格、税額等及び更正の請求による課税価格、税額等」と題する書面(以下、併せて「本件計算明細書」という。)。

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(2)関係法令等について

イ 相続税法第19条の2第1項は、被相続人の配偶者が当該被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した場合に納付すべき税額を軽減する旨規定し、同条第2項本文において、相続税の申告期限までに当該相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によってまだ分割されていない場合においては、分割されていない財産を、軽減の対象に含めない旨規定している。
 また、相続税法第19条の2第2項ただし書は、上記分割されていない財産が相続税の申告期限から3年以内に分割された場合には、その分割された財産を軽減の対象に含める旨規定し、同法第32条は、第6号において、上記ただし書の規定に該当したことにより、税額が軽減されることとなったことを事由とし、その事由が生じたことを知った日の翌日から4月以内に限り、国税通則法第23条《更正の請求》第1項の規定による更正の請求をすることができる旨規定している。
 そして、相続税法第19条の2第2項が、「分割されていない財産」を軽減の対象に含めないこととしているのは、配偶者が実際に取得した財産に限りその対象とする趣旨と解されることから、この「分割されていない財産」には、例えば、特定遺贈により取得した財産等、もともと分割の対象とならない財産は含まれないものと解されている。
ロ ところで、本件最高裁判決1及び本件最高裁判決2は、相続人が数人ある場合において、相続財産中に可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する旨判示しているが、他方、家庭裁判所における遺産分割審判においては、上記最高裁判決を前提としながらも、〔1〕可分債権も相続財産であり相続人等の当事者の認識として遺産分割の対象になると考えていることが多いこと、〔2〕可分債権を遺産分割の対象とすることによって分割が容易になる事例が存在すること等の事情から、可分債権についても遺産分割の対象になり得るとの見解に立ち、相続人全員が合意した場合には、遺産分割の対象に含める取扱いが定着しているものと認められる。
 そうすると、相続税賦課の観点からみるときは、上記最高裁判決を前提とし、相続財産が可分債権であることを考慮に入れてもなお、当該財産をもって分割の対象とならない財産とみることは相当ではない。さらに、当該財産に係る配偶者の相続分相当額といえども、相続開始の時点では配偶者が現実に取得した財産とはいえないことから、当該財産は、相続税法第19条の2第2項本文に規定する「分割されていない財産」に含まれると解するのが相当である。
 しかしながら、預金債権についてみた場合、相続人間で分割の合意をみずとも、配偶者が金融機関に対してその相続分相当額につき払戻請求を行い、相続税法第19条の2第2項本文に規定する相続税の申告期限までに実際に払戻しを受けたときには、配偶者は当該金員を実効支配するに至っていることから、払戻しを受けたその相続分相当額については、同項本文に規定する「分割されていない財産」からは除外されると解するのが相当である。
同様に、同項ただし書に規定する「分割された場合」には、申告期限後に預金債権について上記により配偶者が払戻しを受けた場合が含まれ、かつ、同項ただし書に規定する「分割された財産」には、配偶者が払戻しを受けたその相続分相当額が含まれるものと解するのが相当である。

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(3)本件金員の払戻しについて

 そうすると、本件財産の一部(本件金員)は、請求人がH信託銀行等に対して法定相続分に相当する金額についての払戻請求を行い、また、実際に当該請求に基づく払戻しを受けていることから、本件金員の払戻しを受けた時点において、「分割されていない財産」に含まれなくなったものというべきである。

(4)本件更正の請求について

 上記(3)のとおり、払い戻された本件財産の一部(本件金員)は、「分割されていない財産」に含まれないこととなり、また、本件金員の払戻しは相続税の申告期限である平成8年4月22日から3年以内である平成9年2月19日から同年4月17日までの間にいずれも行われていることから、相続税法第19条の2第2項ただし書に規定する「分割された財産」に該当することになる。
 そして、本件金員の払戻しは、いずれも平成9年2月19日以降に行われているところ、請求人は本件金員の払戻しがあったことを知った日の翌日から4か月以内である平成9年4月28日に本件支払通知書等及び本件計算明細書を添付して本件更正の請求を行っていること、また、相続税の申告書の提出と同時に本件分割見込書を提出するなどその手続にも違法はないことから、本件更正の請求は適法に行われているものと判断することができる。

(5)本件通知処分について

イ 上記(1)のイのとおり、払い戻された本件財産のうち、後述する中途解約されて払い戻された貸付信託及び割引興業債券以外のものについては、本件財産に係る各金額に請求人の法定相続分である4分の3を乗じて算出した金額がそれぞれ払い戻されていることから、請求人に分割された財産の価額は、相続税の課税価格に算入された価額に4分の3を乗じて算出した価額とするのが相当である。
ロ そして、H信託銀行は、上記(1)のイの(イ)のBのとおり、貸付信託のうち中途解約されるものについては、信託元本の金額に4分の3を乗じた金額の1万円未満の端数を切り捨てた後の金額のみ中途解約に応じていることから、請求人に分割された財産の価額は、信託元本の総額のうち中途解約された信託元本の占める割合を相続税の課税価格に算入された価額に乗じて算出した価額とするのが相当である。
ハ また、J銀行は、上記(1)のイの(ロ)のとおり、割引興業債券の額面金額に4分の3を乗じた金額の1万円未満の端数を切り捨てた後の金額のみ買入消却に応じているところ、払戻しの時における額面金額は、相続財産である部分と相続開始後の増加部分との合計額であり、請求人ほかの共同相続人は、相続開始後の増加部分についても相続財産と同様の法定相続分に相当する額についての権利を有しているのであるから、払戻しの時における端数切捨て後の額面金額についてのみ請求人に払戻しがなされたものと解するのが相当であり、具体的に請求人に分割された財産の価額は、払戻しの時の額面金額の総額のうち買入消却された額面金額の占める割合を相続税の課税価格に算入された価額に乗じて算出した価額とするのが相当である。
ニ そうすると、本件財産に係る相続税の課税価格に算入される価額が本件評価明細書等に記載された額であることに争いはなく、当審判所の調査の結果によっても相当と認められるから、本件財産のうち「分割された財産」の価額を算出すると別表3のとおりとなる。
ホ 以上の結果、請求人の相続税の課税価格及び納付すべき税額を算出すると別表4及び別表5のとおりとなるから、本件通知処分は、その一部を取り消すべきである。

(6)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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