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(平14.4.10裁決、裁決事例集No.63 495頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、平成7年8月30日に死亡したD(以下「被相続人」という。)の同族会社に対する債権が相続開始の時において存在するか否かが争われた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 審査請求人(以下「請求人」という。)は、被相続人の共同相続人であり本件相続に係る相続税について別表の「申告」欄のとおり記載した申告書を法定申告期限までに申告した。
 その後、請求人は、平成11年3月8日に共同相続人の間で本件被相続人の遺産につき調停が成立し、請求人の取得する相続財産が減少したとして、また、被相続人の合資会社E(以下「E」という。)に対する未収入金(以下「本件未収入金」という。)及び貸付金(以下「本件貸付金」といい、本件未収入金と併せて「本件債権」という。)は、消滅時効により相続開始の時においては、存在していないとして、平成11年5月10日に別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
 原処分庁は、平成11年8月30日に、相続開始の時において本件債権は存在するとして、本件債権に係る部分以外の請求人の更正の請求を認め、当初の申告を減額する更正処分を行った。
ロ 請求人は、この処分を不服として、平成11年9月16日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月24日付で審査請求をすることができる旨の教示をした。
 そこで、請求人は、国税通則法第75条《国税に関する処分についての不服申立て》第5項の規定により、異議決定を経ないで平成12年1月14日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 被相続人の共同相続人は、請求人、F、G並びに昭和60年10月8日に死亡したHの代襲相続人であるJ、K及びL(以下「相続人ら」という。)である。
ロ 昭和46年5月27日に、被相続人及び亡Hを無限責任社員、請求人を有限責任社員として、これら3名の社員からなるE(設立時は合資会社○○○、昭和48年9月14日に商号変更。)が、P県Q市R町○丁目○番○号(設立時は○○市○町○番地)に設立された。
ハ 商業登記簿によれば、Eの代表社員は、設立時から昭和56年6月20日まで被相続人及び亡Hが共同してこれにあたり、昭和56年8月26日から昭和56年9月8日までM、昭和56年9月8日から昭和60年10月26日までH、昭和60年10月26日から平成11年4月8日までM、同日以後はJが代表社員である。
 被相続人は、Eを退社した平成7年7月25日まで無限責任社員であった。
 また、請求人は、Eを退社した平成元年2月1日まで有限責任社員であり、この間、昭和54年1月22日に、P県S市○○番地からT県U市V町○番地○に住所を移転している。
ニ Eの平成2年5月1日から平成3年4月30日までの事業年度(「平成3年4月期」といい、以下この例による。)から平成9年4月期までの法人税の確定申告書に添付された勘定科目内訳明細書(以下「勘定明細書」という。)には、被相続人に係るものとして次表のとおり、記載されている。

ホ 平成11年3月8日に、申立人を請求人、F及びG(以下「申立人」という。)とし、相手方をJ、K及びL(以下「相手方」という。)とする遺産分割調停申立事件(○○家庭裁判所○○支部平成○年(○)第○○号。以下「本件調停申立事件」という。)の調停が成立した。
へ 本件調停申立事件の調書(以下「本件調停調書」という。)に係る調停条項の1の(6)に、「申立人及び相手方全員は、別紙目録二記載の番号1本件未収入金並びに番号2本件貸付金が消滅時効の完成により消滅しており、Eに対して請求権が存在しないことを相互に確認する。」と記載されており、別紙目録二には、被相続人のEに対する本件未収入金18,565,263円及び本件貸付金8,894,000円と記載されている。
ト 原処分庁は、本件債権のうち請求人の法定相続分に相当する金額を、請求人が被相続人から取得した財産の価額に含めて更正処分を行った。

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2 主張

(1)請求人原処分は、次の理由により違法であるから、その一部の取消しを求める。

イ 本件調停調書に係る調停条項の1の(6)に、本件債権は消滅時効の完成により消滅しており、申立人及び相手方全員は、Eに対して請求権が存在しないことを相互に確認するとあり、相続人全員がこれに同意している。
 すなわち、平成11年3月8日に成立した調停により被相続人の遺産についてその分割が行われるとともに、本件債権については、本件調停申立事件において時効が援用されて、その効力が時効の起算日(本件債権は昭和53年頃から帳簿に記載されていたということからその頃)に遡るため、相続開始の時には本件債権は存在しないこととなった。
 そこで、請求人は、平成8年5月30日付の相続税の申告の是正を求めて、平成11年5月10日付で更正の請求をしたものである。
ロ 原処分庁は、Eの法人税の確定申告書等の記載内容はすべてめいりょうで、何ら疑義がないものとし、これらの記載内容を根拠に、相続開始の時において本件債権は存在すると主張するが、次の事実が示すとおり、そもそも本件債権の存在に疑義があるからこそ、上記イのとおり、Eに対する請求権の不存在につき相続人全員が確認し同意しているのである。
(イ)Eの経理事務を担当されていたW税理士事務所の職員X(以下「X」という。)は、本件調停申立事件において本件未収入金について、「長期未払金は(被相続人である)D氏に聞いてもわからなかったため、調整勘定として使用した。また、平成7年4月期において現金預金6,501,737円と長期未払金を相殺した。現金預金と相殺したのは、設立時の資本金(現金)9,150,000円が、実際には入金されておらず、形式だけのものであったからである。」旨の発言を行っていること。
 すなわち、W税理士事務所は長期未払金勘定を単なる調整勘定として使用していたこと。
(ロ)被相続人の相続課税財産における現金預金は、Y信用金庫○○支店、Z銀行○○支店及びa銀行○○支店の普通預金並びにZ銀行○○支店の積立式定期預金の計4,815,590円であるが、そのいずれにも平成7年4月期に行われたというEの被相続人に対する長期未払金の減少額(6,501,737円)が反映された形跡がないこと。
(ハ)本件貸付金について、正式な金銭消費貸借があったのかどうかが不明確であり、利息が約定されているのであれば、原処分庁が主張する平成3年4月期及び平成5年4月期以外の事業年度において計上がされるべきであるが、計上されているのかどうか不明であること。

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(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 請求人は、本件債権は消滅時効完成により相続開始の時には存在しない旨主張するが、Eは、毎期、次のとおり本件債権を勘定明細書に記載することなどにより本件債権の存在を承認し、かつ、被相続人はEの無限責任社員であることから、これを確認し承知していたものと認められる。
 したがって、本件債権は、毎期、消滅時効についてはこれが中断されているから、相続開始の時においては存在する。
(イ)Eは、平成3年4月期から平成9年4月期まで、Eの法人税の確定申告書に添付された勘定明細書に、被相続人に対する長期未払金及び被相続人からの長期借入金について、上記1の(3)の表のとおり記載し、平成10年4月期は、Jに対する長期未払金18,421,394円、同人からの長期借入金8,894,000円と記載し、確定申告をしていること。
(ロ)長期借入金に対する利息が、平成3年4月期の勘定明細書に300,000円と平成5年4月期の勘定明細書に600,000円と記載されていること。
(ハ)長期未払金は、平成7年4月期において6,501,737円(相手科目は現金2,476,724円及び当座預金4,025,013円)、平成8年4月期において86,269円(相手科目は現金)、平成9年4月期において57,600円(相手科目は立替金)が、それぞれ減少していること。
ロ 請求人は、本件債権のうちの本件貸付金につき正式な金銭消費貸借があったかどうか不明であることなどを理由に、本件債権の存在には疑義がある旨主張する。
 しかしながら、代表社員とその経営する法人との間の金銭消費貸借については、あえて契約書まで作成しないのが一般的であることを考えると、金銭消費貸借契約を締結しなかったとしても不自然とはいえず、また、請求人らがとった相続開始後の次の一連の行動はすべて相続開始の時における本件債権の存在を前提にしたものであり、相続開始の時において本件債権は存在しないとする請求人の主張は失当である。
(イ)相続人らは、本件債権の存在を認めて相続税の申告をしていること。
(ロ)請求人らが、本件調停申立事件において、相続開始の時における本件未収入金は18,565,263円、本件貸付金は8,894,000円であることを確認していること。
(ハ)Eは、平成11年4月期において、債務免除益27,315,394円(長期未払金18,421,394円と長期借入金8,894,000円との合計)を計上し、確定申告をしていること。

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3 判断

 本件は、相続開始の時において、本件債権が被相続人の遺産に含まれるものとして存在したか否かに争いがあるので、審理したところ、以下のとおりである。

(1)認定事実

イ 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ)昭和46年5月25日付「合資会社○○○定款」は、無限責任社員及びその職務について次のとおり定めていること。
第5条 無限責任社員D、無限責任社員Hは業務執行社員とし当会社の業務を執行するものとする。
第8条 業務執行社員は毎営業年度の終りにおいて計算し左にかかげる書類を各社員に提出してその承認を求めなければならない。
一 財産目録
二 貸借対照表
三 営業報告書
四 損益計算書
五 利益の配当に関する議案
(ロ)平成10年4月期のEの法人税の確定申告書に添付された勘定明細書に、Jに対する長期未払金18,421,394円、Jからの長期借入金8,894,000円と記載されていること。
(ハ)上記(ロ)について、Xは異議調査担当者に「被相続人に対する長期未払金及び被相続人からの長期借入金を相続人J名義に振り替えて、平成10年4月期の勘定明細書に記載し、法人税の確定申告書を作成したものである。」旨申述していること。
(ニ)平成11年4月期のEの法人税の確定申告書に添付された勘定明細書に、Jに対する長期未払金及びJからの長期借入金の記載はなく、債務免除益27,315,394円が損益計算書の特別損益の部の特別利益に記載されていること。
ロ M及びJは、当審判所に対し、本件債権に関して次のとおり答述している。
(イ)被相続人からの長期借入金につき金銭消費貸借契約書等、その借入れを証する書類は存在しないし、発生原因も分からないこと。
(ロ)被相続人に対する長期未払金の発生原因は、Eの店舗建設の際の借入金を被相続人が個人的に支払っていたことなどの何らかの立替払いや法人設立時の引継ぎによるものと思われること。
(ハ)長期未払金及び長期借入金を平成10年4月期に、勘定明細書上、被相続人からJへ名義変更したのは、単に死亡した者の名義で帳簿上に残しておくのはおかしいと思ったからにすぎないこと。
(ニ)本件調停申立事件には、主にKが出席し、Mは調停が成立したときに一度だけ出席をしていること。
ハ 本件調停申立事件における申立人の代理人e弁護士及び相手方の代理人f弁護士は、当審判所に対し、本件債権の消滅時効に関して次のとおり答述している。
(イ)時効の起算日については具体的な証拠はないが、本件債権が昭和53年頃から帳簿に記載されていたということから、昭和53年としたこと。
(ロ)本件債権の時効完成期間については、10年ではなく5年であるとも考えられるがとりたてて議論はせずに、時効完成は10年を経過した昭和63年としたこと。
(ハ)時効の援用については、Eの代表社員であるMが本件調停の中で援用したこと。

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(2)本件債権の存否

イ 債権は、一定の期間(通常の債権の時効期間は10年間)、債権者が権利不行使の状態を継続すること(時効の完成)によって消滅(民法第167条)し、時効の効力は時効期間の起算日に遡る(同第144条)が、その効果は当事者の時効の援用(同第145条)によって確定すると解されている。
 また、時効は、債権者に対して債務者が債権の存在を認識している旨を表示する「承認」という中断事由(民法第147条)の発生により、既に経過した時効期間は無効になるものと解されている。
ロ ところで、請求人は、本件調停申立事件における調停条項1の(6)を理由に、同事件において時効が援用され、時効の効力がその起算日に遡るから相続開始の時においては本件債権は消滅し存在しないと主張する。
 しかしながら、Eは、上記1の(3)のニのとおり、平成3年4月期から平成9年4月期まで毎期継続して法人税の確定申告書に添付された勘定明細書に本件債権を明記していること、これに対し、被相続人は、上記1の(3)のは及び3の(1)のイのとおり、〔1〕本件債権が発生した時期及び請求人が時効の起算日とする昭和53年頃は、いずれも被相続人はEの代表社員の地位にあり、さらに、〔2〕平成7年7月25日に退社するまで、毎期、業務執行社員としてEの決算書類の作成に関与し、その内容も承知し得る地位にあったこと、しかも、〔3〕Eの社員はすべて親族によって構成され、経営されてきたことが認められるから、このような事情の下では、被相続人とEとの間では毎期、決算書類の作成によって本件債権の存在が相互に確認され、これによりEは自己の債務を承認する事実行為を行ったものと認めるのが相当である。
 そうすると、本件債権にかかる時効は、少なくとも、毎期、決算書類の作成により中断されており、また、本件債権は1年の短期消滅時効に係るものではないことは明らかであるから、相続開始の時において本件債権の消滅時効はその要件を満たしておらず、本件債権の消滅時効は完成していないことになる。
 また、請求人は、調停条項の1の(6)を理由に本件債権は消滅時効により消滅した旨主張するが、調停において、当事者は、当事者の自由意思により任意に、真実の権利関係とは異なる権利関係を進めることができるから、相続開始後、各相続人間において成立した調停において、本件債権は消滅時効により消滅し、Eに対する請求権が存在しない旨各相続人間で確認している事実をもって、本件債権が消滅時効により消滅して相続開始時には存在しないと認めることはできない。
 したがって、本件債権は相続開始の時において消滅時効によって消滅し、存在しないとする請求人の主張には理由がない。
ハ 次に、請求人は、上記2の(1)のロのとおり、本件債権の存在そのものに疑義がある旨主張する。
 しかしながら、Eの勘定明細書に本件相続開始後の平成10年4月期まで本権債権が明記されていること及び上記(1)のロの(ロ)のとおり、本件未収入金はEの店舗建設の際の被相続人の立替払いなどを原因として発生したものとMが答述していることに加えて、当審判所の調査結果によれば、〔1〕請求人を含む本件相続の共同相続人は、Eの経理を担当するW税理士事務所において作成された、本件債権を被相続人の遺産とする相続税の申告書を共同で提出していること、〔2〕平成10年4月期のEの勘定明細書では本件債権の名義を被相続人からJに変えていること、〔3〕本件調停申立事件において本件債権は被相続人の遺産であると確認されていることが認められ、これらの事実によれば本件債権は、相続開始の時において、被相続人に帰属するものとして存在していたと認めることができる。
 そして、請求人はXの発言に基づいて長期未払金勘定は単なる調整勘定である旨主張するが、Eの勘定明細書への本件債権の記載が事実に反することを証する証拠等の提出はなく、当審判所の調査においても他に上記認定を覆すに足りる事実を証する証拠は認められない。
 また、返済されたとする本件未収入金が被相続人の預貯金に反映されていないこと、本件貸付金に係る金銭消費貸借契約が明確でないこと及び本件貸付金の利息の計上が不定期であることを請求人は指摘するが、これらの指摘事項の正否が上記認定を左右するとも認められない。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
ニ 以上のとおり、本件債権は相続開始の時において被相続人に帰属するものとして存在していることから、本件債権のうち請求人の法定相続分に相当する金額を、本件相続により請求人が取得した財産であるとした更正処分は適法である。
(3)その他原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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