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(平14.2.8裁決、裁決事例集No.63 718頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、原処分庁が差し押さえた損害賠償請求権は一身専属的な権利で差押禁止財産に当たるなどと主張して、当該損害賠償請求権に対する差押処分の取消しを求めている事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、別表1記載の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、平成11年6月15日付で、別表2記載の債権(以下「本件損害賠償請求権」という。)の差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
ロ 請求人は、本件差押処分を不服として、平成11年8月4日に異議申立てをしたが、3か月を経過しても異議決定がないので、平成12年4月18日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ F税務署長は、請求人に対し、平成4年分の贈与税について、平成6年12月19日付で、納付すべき税額を 156,654,100円とする決定処分及び無申告加算税の額を23,497,500円とする賦課決定処分(以下、これらの処分を併せて「本件決定処分等」といい、本件決定処分等により課された贈与税を「本件贈与税」という。)をした。
ロ 請求人は、Gを被告として、損害賠償請求訴訟(○○地方裁判所平成○年(○)第○○号損害賠償請求事件)を提起したところ、○○地方裁判所は、平成○年○月○日に、22,000,000円の支払いを命ずる判決(以下「本件判決」という。)を言い渡した。
 なお、本件判決の要旨は次のとおりである。
(イ)請求人がGと情交関係を結んだ動機は、主として、妻と不仲で夫婦関係は破綻している旨及び将来妻と分かれて請求人と結婚する旨のGの詐言を信じたことに原因しているところ、Gにおいては当初から請求人と結婚する意思がないのに愛人関係を持つ動機で情交関係を結んだものである。
(ロ)情交関係を起因した責任は主としてGにあり、請求人の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、Gの側における違法性は著しく大きいものと評価できるから、Gは請求人に対し、その貞操を侵害したことについてその損害を賠償する義務を負うものというべきである。
(ハ)Gは、請求人が被った精神的苦痛に対して慰謝料を支払うべきである。
ハ Gは、本件判決を不服として、平成○年○月○日に控訴(○○高等裁判所平成○年(○)第○○号損害賠償請求控訴事件。以下「本件損害賠償請求控訴事件」という。)したところ、平成○年○月○日、当事者間において、訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。
 なお、本件和解の和解条項(以下「本件和解条項」という。)の要旨は次のとおりである。
(イ)Gは、請求人に対し、和解金10,000,000円の支払義務があることを認める。
(ロ)Gは、請求人に対し、上記(イ)の和解金を、本件差押処分が解除され、かつ、請求人からの支払催告書がGに到達した日から1か月以内に、請求人の銀行預金口座に振り込んで支払う。
(ハ)請求人は、その余の請求を放棄する。
(ニ)Gと請求人間には、本件和解条項に定めるもののほか、他に何ら債権債務が存しないことを相互に確認する。

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2 主張

(1)請求人

 以下の理由により、原処分の取消しを求める。
イ 本件損害賠償請求権は、次のとおり差押禁止財産に該当するから、本件差押処分は無効である。
(イ)本件損害賠償請求権は、請求人のみが受領すべき一身専属的なもので、相続も譲渡もできない権利である。
(ロ)民事執行法第152条《差押禁止債権》第1項第2号は、債権者の生計を考慮して一定の債権の差押えを禁止しているところ、本件損害賠償請求権も請求人の生活扶助の性格を斟酌して算定されたものであることは明らかであり、同号に準じてその差押えが禁止されているものと解すべきである。
ロ 本件損害賠償請求権は、本件判決が確定する前のいわば将来債権であって、差押時点においては不確定な債権であるから、本件差押処分は無効である。
ハ 本件損害賠償請求権と本件損害賠償請求控訴事件の控訴審(以下「控訴審」という。)において確定した債権(以下「本件和解金請求権」という。)は、次のとおり別異の債権であるから、本件差押処分は無効である。
(イ)本件損害賠償請求権は、本件和解によって消滅し、本件和解金請求権のみが請求権として残されたのであるから、本件差押処分は無効となる。
(ロ)本件損害賠償請求権は、民法第709条に基づくものであるのに対して、本件和解金請求権は、民法第695条、民事訴訟法第89条《和解の試み》、第267条《和解調書等の効力》及び第297条《第一審の訴訟手続の規定の準用》に基づくものであって、債権の発生原因を異にするものであるから、同一の債権ではない。
 また、実質的にみても、本件損害賠償請求権は、Gの詐欺を原因とするものであるから、Gとしては、その請求権の発生原因をそのままにして、ただ金額だけを減額した形で和解するはずはなく、むしろ、本件損害賠償請求権を前提としないで、紛争の解決のため新たに本件和解金請求権を認めたものであると解すべきである。
(ハ)権利が同一か否かは、訴訟物が同一か否かによって決められるものでなく、実体法上の権利が同一か否かによって決められるものである。
 第一審において敗訴したGが、第一審において認定された詐欺に基づく本件損害賠償請求権を認めるのは絶対に困るとして、別れた後の扶養費の趣旨で和解金を支払うことで和解したのが本件和解である。
 第一審での訴訟物の一つは損害賠償請求権であるとしても、控訴審での訴訟上の和解の内容としている実体法上の請求権は和解金請求権であって、損害賠償請求権とは別の請求権であり、本件損害賠償請求権に対する本件差押処分が本件和解金請求権に及ばないことは明らかである。
ニ 本件差押処分は、次のとおり徴収権の濫用に当たるから、違法・無効である。
(イ)請求人は、Gからマンションの購入資金の贈与を受けたとして本件決定処分等を受けたものであるところ、贈与された金員で購入したマンション(以下「本件マンション」という。)については、原処分庁により既に公売され、売却代金は全額本件贈与税の納税に充てられているのであるから、これを超える更なる徴収のための本件差押処分は徴収権の濫用である。
(ロ)原処分庁は、Gからも本件滞納国税を徴収することができるにもかかわらず、同人に対する徴収権を行使せず、本件損害賠償請求権が慰謝料の性質を有していることを十分に認識した上で本件差押処分をしているから、本件差押処分は徴収権の濫用である。

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(2)原処分庁

 原処分は、以下のとおり適法に行われており、請求人の主張には理由がないから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 請求人は、本件損害賠償請求権は請求人が受領すべき一身専属的なものであり、相続も譲渡もできないものであるから、差押禁止財産に当たる旨主張する。
 しかしながら、そもそも滞納者に属する総財産は、金銭化することが可能な限り滞納国税の一般的な引当てとなるべきものであるから、すべて差押えの目的となり得ることが原則であるところ、国税徴収法(以下「徴収法」という。)は、第75条《一般の差押禁止財産》以下において差押禁止財産について規定し、一定の財産について差押えを禁止しているが、本件損害賠償請求権は、徴収法上、差押禁止財産には該当しない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ 請求人は、本件損害賠償請求権は、判決確定前のいわば将来債権であり、差押時点における不確定な債権であるから、本件差押処分は違法である旨主張する。
 しかしながら、次のとおり本件差押処分は適法であるから、請求人の主張には理由がない。
(イ)徴収法第47条《差押の要件》第1項第1号の規定によれば、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は、滞納者の国税についてその財産を差し押さえなければならないこととされている。
(ロ)徴収法第62条《差押の手続及び効力発生時期》は、債権の差押えの手続等について規定しているが、ここでいう債権とは、金銭又は換価に適する財産の給付を目的とする債権をいい、将来生ずべき債権であって差押え時においてその原因が確立しており、かつ、その発生が確実であると認められるものは差し押さえることができると解されている。
(ハ)これを本件についてみると、平成7年2月22日付で督促された本件滞納国税が完納されていなかったことから、原処分庁は、徴収法第54条《差押調書》及び第62条の規定に基づき、請求人が有する本件損害賠償請求権を差し押さえたものであり、何ら違法、不当なものではない。
ハ 請求人は、本件損害賠償請求権と本件和解金請求権は別異の債権であるから、本件差押処分は無効である旨主張する。
 しかしながら、次のとおり、請求人の主張には理由がない。
(イ)本件和解金請求権は、本件和解条項によると、本件差押処分が解除されることを条件としているのであるから、本件差押処分が解除されていない以上、本件和解金請求権はその成立条件が満たされていないことになる。
(ロ)本件和解金請求権は、本件損害賠償請求事件の控訴審である本件損害賠償請求控訴事件の和解として成立したものであるから、その本質は本件損害賠償請求権と何ら変わらないものであり、しかも、本件和解金請求権の額は、本件損害賠償請求権の額以下であるから、その金額の範囲内で本件差押処分の効力が及ぶというべきである。
(ハ)訴訟上の和解とは、訴訟係属中の裁判所で、当事者が訴訟物であり権利関係の主張について相互に譲歩することにより訴訟を終了させることを約する訴訟法上の合意である。
 そして、訴訟上の和解が成立し、これを調書に記載すると、訴訟は当然に終了し、確定判決と同一の効力が生じることになる。
 したがって、本件和解においても、当然にこれまでの訴訟である本件損害賠償請求権について和解が成立したというべきであり、請求人がいう債権の発生原因を異にする別の債権であるという主張には理由がない。
 このことは、本件和解条項に、「分かれた後の扶養費の趣旨で和解金を支払う」との記載がないことからも明らかである。
ニ 請求人は、本件差押処分は徴収権の濫用である旨主張する。
 しかしながら、原処分庁は、本件マンションの公売によっても本件贈与税が完納とならなかったことから、これを徴収するため、徴収法の規定に基づき適法に本件損害賠償請求権を差し押さえたものであり、本件差押処分は徴収権の濫用には当たらないから、請求人の主張には理由がない。

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3 判断

 本件損害賠償請求権に対する本件差押処分が適法か否かについて争いがあるので、以下審理する。

(1)本件損害賠償請求権の性質

 本件損害賠償請求権は、上記1の(3)のロのとおり、請求人がGに貞操を侵害されたことにより請求人が被った精神的苦痛に対する慰謝料請求権であると認められる。

(2)貞操侵害を理由とする慰謝料請求権の差押えの可否

 貞操を侵害されたことを理由とする被害者の加害者に対する慰謝料請求権は、金銭の支払を目的とする債権である点においては一般の金銭債権と異なるところはないが、本来、財産的価値それ自体の取得を目的とするものではなく、貞操という被害者の人格的価値を侵害されたことによる損害の回復の方法として、被害者が受けた精神的苦痛を金銭に見積もってこれを加害者に支払わせることを目的とするものであるから、これを行使するかどうかは専ら被害者自身の意思によって決せられるべきものというべきである。
 そして、慰謝料としての具体的金額自体も成立と同時に客観的に明らかとなるわけではなく、被害者の精神的苦痛の程度、主観的意識あるいは感情、加害者の態度その他の不確定要素を持つ諸般の状況を総合して決せられるべき性質のものであることから、被害者が慰謝料請求権を行使する意思を表示しただけでいまだその具体的な金額が当事者間において客観的に確定しない間は、被害者がなおその請求意思を貫くかどうかをその自律的判断にゆだねるのが相当であるから、慰謝料請求権はなお一身専属性を有するものというべきであって、被害者の債権者は、これを差押えの対象とすることはできないものと解するのが相当である。
 しかし、他方、加害者が被害者に対し一定額の慰謝料を支払うことを内容とする合意又はかかる支払を命ずる債務名義が成立したなど、具体的な金額の慰謝料請求権が当事者間において客観的に確定したときは、慰謝料請求権はもはや単に加害者の現実の履行を残すだけであって、その受領についてまで被害者の自律的判断にゆだねるべき特段の理由はないから、このような場合には、慰謝料請求権は、被害者の主観的意思から独立した客観的存在としての金銭債権となり、被害者の債権者においてこれを差し押さえることができるものと解される。
(3)これを本件についてみると、本件損害賠償請求権は、上記1の(3)のハのとおり、本件差押処分の時点においては、本件判決が確定しておらずいまだその具体的な金額が当事者間において客観的に確定していないと認めるのが相当であって、なお一身専属性を有し、差押えの対象とすることはできないものというべきである。
 したがって、本件差押処分は、本件差押処分の時点において差押えの対象とすることができない本件損害賠償請求権を差し押さえたものであるから、その他の点について判断するまでもなく、違法であるといわざるを得ない。

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