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(平14.6.11裁決、裁決事例集No.63 739頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、相続税の滞納国税を徴収するため、相続財産以外の相続人の固有財産(以下「本件固有財産」という。)にまで及ぶ差押処分が違法か否かを主たる争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成4年4月19日に死亡したDの相続人であるが、この相続開始に係る相続税について、納付すべき税額(以下「本件相続税額」という。)を99,391,000円と記載した相続税の申告書(以下「本件相続税申告書」という。)を、E税務署長に対し、法定申告期限内の平成5年1月4日に提出するとともに、同日併せて、物納申請税額を納付すべき税額の全額及び物納に充てようとする物件を別表2の番号2の物件(以下「本件物納申請物件」という。)と記載した相続税物納申請書(以下「本件物納申請書」という。)を提出した。
ロ 請求人は、平成5年1月26日に、物納申請税額のうち2,620,000円を取り下げる旨を記載した「取下書」と題する書類及び新たに延納申請税額を2,620,000円と記載した相続税延納申請書をE税務署長にそれぞれ提出した。そして、E税務署長は、この延納申請について、平成6年10月13日付で許可した。
ハ E税務署長は、請求人が平成5年1月26日に一部取り下げた後の物納申請税額(96,771,000円)について、国税通則法(以下「通則法」という。)第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、原処分庁に対して、同年6月4日に徴収の引継ぎをした。
ニ 請求人は、○○財務局の物納事務担当者から、本件物納申請物件の現地調査の結果、当該申請物件は本件相続税申告書に記載した評価額に相当する価値がないと指摘されたことから、平成6年12月26日に、本件相続税申告書に記載した不動産全物件の評価額の見直しを求める嘆願書をE税務署長に提出した。
 これに対し、E税務署長は、平成7年2月17日付で本件相続税額を72,699,000円とする減額更正処分を行うとともに、原処分庁に課税の一部取消しの連絡をした。
 これを受けた原処分庁は、物納申請税額を70,079,000円と変更した。
ホ 原処分庁は、本件物納申請物件が建築基準法上の道路に接面していないため、国が管理又は処分することが困難な物件であるとして、平成8年7月24日付で相続税物納財産変更要求通知処分(以下「本件物納財産変更要求通知処分」という。)をした。
 これに対し、請求人は、同年8月12日に、本件物納申請書を取り下げる旨を記載した「物納申請の取下げ」と題する書類(以下「物納申請取下書」という。)及び物納申請税額であった70,079,000円について別表2の各物件(以下「本件延納担保物件」という。)を担保とする相続税延納申請書(以下「本件延納申請書」という。)をそれぞれE税務署長に提出した。そして、これを受けたE税務署長は、請求人が提出した物納申請取下書を、原処分庁に送付した。
 原処分庁は、請求人が物納申請取下書を提出したことから、平成8年8月21日に、E税務署長に対して、物納申請税額について徴収の引継返戻書を送付した。
ヘ E税務署長は、本件延納申請書に対して、平成10年6月30日付で延納の許可をしたが、請求人が延納の許可に係る第1回から第3回までの各分納税額及び各利子税について、各分納期限が経過しても完納しなかったため(以下、この未納分を「第3回までの未納国税」という。)、それぞれ平成12年9月22日付で督促処分をした。
ト E税務署長は、請求人が上記督促処分をしてもなお第3回までの未納国税を完納しなかったため、平成12年10月5日に、請求人に対して、延納取消に対する弁明を聴取の上、同年11月9日付で第4回以降の分納税額の延納許可を取り消した。そして、第3回までの未納国税に加え、第4回以降の分納税額及び利子税が滞納となった(以下、これらを併せて「本件滞納国税」という。)ことから、同税務署長は本件滞納国税を徴収するため、通則法第52条《担保の処分》第1項の規定に基づき、本件延納担保物件について、同月16日付で差押処分(以下「本件先行差押処分」といい、その対象となった物件を「本件先行差押物件」という。)をするとともに、同日付で第4回以降の分納税額及び利子税について督促処分をした。
チ 原処分庁は、通則法第43条第3項の規定に基づき、平成12年11月29日に、E税務署長から本件滞納国税について徴収の引継ぎを受けた上、別表3の各物件について、平成13年4月27日付で差押処分をしたが、当該物件のうち土地については、請求人名義でなかったことから、平成13年5月10日付で請求人に代位して、相続を原因とする所有権移転登記を行った上、改めて同日付で別表3の各物件について差押処分(以下「本件差押処分」といい、その対象となった物件を「本件差押物件」という。)をした。
リ 請求人は、本件差押処分を不服として、平成13年6月19日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年9月17日付で棄却の異議決定をしたので、同年10月16日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

イ 相続税の滞納国税に係る差押処分は、相続税法が相続財産に担税力を求めて立法されたものであるから、相続財産の範囲内で行うべきところ、本件固有財産にまで及ぶ本件差押処分は、相続税法の立法趣旨を逸脱する不当な処分であり、その一部を取り消すべきである。
ロ 原処分庁は、本件先行差押物件の処分代金を本件滞納国税に充ててなお不足があると認められるとして、本件差押処分を適法に行ったと主張するが、本件滞納国税に不足が生じた主な原因は、次のとおりであり、原処分庁に責任がある。
(イ)請求人が本件物納申請書を提出してから、約1年後に原処分庁の担当者から本件物納申請物件が物納財産として不適当との回答があり、その際、請求人は、他の相続財産には物納に適当な財産がないことから、本件固有財産のうち別表3の番号8及び9の各物件を物納したい旨申し出たところ、担当者から当該各物件について物納財産としての適否を検討したい旨の回答があったので、担当者の指示に従い当該各物件の関係書類を提出したが、原処分庁の担当者が代わると、当該各物件の物納は相続税法上認められないとされ、結果として、物納申請から物納不適当とする正式回答までに3年半の年月が経過した。その間、地価は下落し続け、請求人所有の不動産の任意売却により相続税を納税することも、その任意売却に伴う譲渡所得税を納税することもますます困難となった。
(ロ)本件先行差押物件である別表2の番号2の物件(生産緑地)については、原処分庁は相続税の課税時は宅地並みの評価をし、公売に付すときの処分予定価額は農地として評価していると推測され、そのため本件先行差押物件の処分代金では本件滞納国税に不足が生じたと考えられる。このように、同一物件でありながら、評価方法に違いがあることは矛盾、不合理であり、公売に付すときの処分予定価額についても宅地並みの評価とすべきである。

(2)原処分庁の主張

 本件差押処分は、次のとおり違法又は不当な点はないから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 請求人は、相続税法は相続財産以外の資産までも納税の対象とすることを前提として立法されたものではないにもかかわらず、本件差押処分は相続財産以外の本件固有財産にまで及ぶ差押処分を行ったとして、本件固有財産の差押処分の取消しを求めている。
 しかしながら、E税務署長は、平成12年11月16日付で担保物処分のための本件先行差押処分をしたが、その後、徴収の引継ぎを受けた原処分庁は、本件先行差押物件の処分代金を本件滞納国税に充ててもなお不足があると認められたことから、本件差押処分を適法に行ったものである。
ロ 請求人は、請求人所有の不動産の価額が減少するに至ったのは、原処分庁が物納申請に対する正式回答に時間を要し、その間、地価が下落した結果であるから、原処分庁に責任があると主張するが、原処分庁は、請求人からの本件物納申請書について、可能な限り請求人の意向に沿うべく、本件物納申請物件はもとより、他の相続財産の物納の適否等についても検討してきたものの、物納適格財産は、請求人が最後まで拒否した請求人の自宅の底地以外になく、結果として、本件物納財産変更要求通知処分をするに至ったものである。
 また、請求人には、当該通知処分に対する不服申立てについての説明を事前に行っていたにもかかわらず、当該通知処分に対して何ら不服申立てを行わずに物納申請取下書及び本件延納申請書を提出していることから、請求人自らが訴えの利益を放棄し、延納による納税を選択したものと認められる。
 したがって、請求人の主張は、本件差押処分の一部の取消しを求める理由とはならない。
ハ 請求人は、差押財産の処分予定価額について、相続税の課税時における評価と同様になされるべきであると主張するが、相続税法第22条《評価の原則》は、相続により取得した財産の価額は、「当該財産の取得の時における時価により」評価する旨規定しており、財産評価基本通達は、当該時価について、「その価額は、この通達の定めによって評価した価額による」旨を定めているところ、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第98条《見積価額の決定》は、差押財産を公売に付すときはその見積価額を決定しなければならない旨規定しており、この見積価額は、単なる売却予定価額ではなく、売却価額の最低価額を保障するもの、すなわち、不当低廉な価額による公売を防止し、適正な価額による公売を保障するものであるから、公売時における客観的な時価を基準とし、公売の特殊性を考慮して定めることとしている。
 要するに、相続税の課税価格算定のための評価額と差押財産の公売のための見積価額が相違するのは、それぞれの評価の目的を異にし、かつ、評価時点の相違及び評価物の性状等の変化により当然に生ずるものであり、また、それぞれの評価時点で評価方法を同一とすべき規定もないのであるから、請求人の主張は採用できない。

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3 判断

(1)原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件滞納国税の額は、別表1の「合計」欄のとおり本税64,079,000円及び利子税21,424,400円の合計額85,503,400円である。
ロ 不動産鑑定士は、平成13年9月1日現在において、本件先行差押物件の評価額を56,146,000円(別表2の番号1の物件を41,885,000円、同表の番号2の物件を14,261,000円)と評価している。
ハ 別表2の番号1の物件の近隣に所在し、かつ、都市計画法第8条に規定する用途地域(準工業地域)を同一とする公示地として、P市Q町○丁目○○番地○の宅地(以下「本件公示地」という。)が存するところ、本件公示地の公示価格は、平成13年1月1日が1平方メートル当たり112,000円、平成14年1月1日が同101,000円であるから、当該物件の近隣地域の1年間の下落率は、9.8%と算定される。
ニ 原処分庁の担当者は、当審判所に対し、本件差押処分直前における本件先行差押物件の処分予定価額を62,829,000円と算定した旨答述した。
ホ 別表2の番号2の物件及び別表3の番号1ないし3の各物件は、生産緑地法第3条《生産緑地地区に関する都市計画》第1項に規定する生産緑地地区内の区域内にあり、同法第2条《定義》第3号に規定する生産緑地である。
(2)ところで、通則法第52条第1項は、税務署長等は、担保の提供されている国税がその納期限までに完納されないとき、又は担保の提供がされている国税についての延納を取り消したときは、その担保として提供された金銭をその国税に充て、若しくはその提供された金銭以外の財産を滞納処分の例により処分してその国税及び当該財産の処分費に充てる旨規定し、また、同条第4項は、担保として提供された金銭又は担保として提供された財産の処分の代金を国税及び処分費に充ててなお不足があると認めるときは、税務署長等は、当該担保を提供した者の他の財産について滞納処分を執行する旨規定している。
 そして、徴収法第47条《差押の要件》第1項第1号は、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押えなければならない旨規定しているところ、滞納者の財産を差し押さえる場合の時期及び財産の選択は、徴収法等に定めた手続によるほかは、徴収職員の合理的な裁量にゆだねられていると解されている。
(3)これを本件について見ると、E税務署長は、本件滞納国税を徴収するため、平成12年11月16日付で本件延納担保物件について本件先行差押処分をしたが、E税務署長から徴収の引継ぎを受けた原処分庁は、本件先行差押物件の処分予定価額を62,829,000円と算定し、本件滞納国税の額85,503,400円を十分に担保していないとして、本件差押処分をしたことが認められる。
 そこで、原処分庁が算定した処分予定価額が問題となるので以下審理する。
イ 当審判所の調査によると、不動産鑑定士は、平成13年9月1日現在の本件先行差押物件の鑑定評価額を前記(1)のロのとおり別表2の番号1の物件を41,885,000円及び同表の番号2の物件を14,261,000円と評価しており、この鑑定評価額を参考にして、平成13年5月10日付で行われた本件差押処分直前の本件先行差押物件の処分予定価額を検討すると、次のとおりである。
(イ)別表2の番号1の物件について
 前記(1)のハで述べた平成13年1月1日から平成14年1月1日までの下落率9.8%を基に、月数あん分により平成13年5月10日から平成13年9月1日までの時点修正率を求めて、当該物件の平成13年5月10日現在の価額を算定すると、次のとおり43,314,374円となる。
〔1〕鑑定評価額   ÷〔2〕時点修正率      =〔3〕試算価額
41,885,000円÷(1−0.098×4/12)=43,314,374円
(ロ) 別表2の番号2の物件について
〔1〕生産緑地地区内農地の売買実例がほとんどないこと、〔2〕近隣地域に規範性の高い地価公示価格等がないこと、〔3〕宅地と比較して農地の地価の変動が僅少であること及び〔4〕本件差押処分から鑑定評価の日まで約4月しか経過していないことを併せ考えると、不動産鑑定士の鑑定評価額である14,261,000円を採用することが合理的と認められる。
(ハ)そうすると、本件先行差押物件の処分予定価額は57,575,374円(上記イの(イ)の〔3〕の試算価額43,314,374円+上記イの(ロ)の鑑定評価額14,261,000円)となり、原処分庁の算定した処分予定価額が不当な価額であるとは認められない。
ロ したがって、本件先行差押物件の処分予定価額が本件滞納国税の額85,503,400円を十分に担保していなかったとして、原処分庁が本件差押処分をしたことに違法、不当な点は認められない。
ハ ところで、請求人は、相続税法は相続財産に担税力を求めて立法されたものであるから、本件差押処分は相続財産の範囲内で行うべきであり、本件固有財産にまで及ぶ本件差押処分はその一部を取り消すべきである旨主張する。
 しかしながら、相続税は、自然人の死亡に伴う相続、遺贈又は死因贈与によって財産を取得した者に対して、その取得財産の相続開始時における価額を課税標準として課税される租税であるところ、原処分庁が、本件固有財産にまで及ぶ本件差押処分をしたのは、相続開始時から本件差押処分時までの間の地価の下落を原因とする担保不足によるもので、本件先行差押物件の処分代金を本件滞納国税に充ててもなお不足しているからであり、相続税法の立法趣旨とは何ら関係はなく、また、相続税の滞納国税を相続財産から徴収しなければならないとする法令上の規定もない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ また、請求人は、原処分庁が本件物納申請書の処理に長期間を要し、その間、地価が下落し続け、その結果、請求人所有の不動産の任意売却により相続税を納税することも、その任意売却に伴う譲渡所得税を納税することもますます困難となり、そして、本件滞納国税に不足が生ずることとなったのであり、このことは原処分庁に責任がある旨主張する。
 しかしながら、本件物納財産変更要求通知処分は、平成5年1月4日の物納申請時から約3年6月の期間を経てはいるものの、この間、原処分庁が不当に当該物納申請を放置した事実を認めるに足りる証拠はなく、また、物納申請の処理に要する期間は、各案件ごとの事実関係により左右されるものであるから、本件差押処分に至るまでの一連の手続に不当な点は認められず、さらに、原処分庁が、当該通知処分をするまでの間、請求人の財産の処分等に関する権利を制約した事実もなく、請求人自身において当該財産を処分することができたのであるから、この点に関する請求人の主張は採用できない。
ホ さらに、請求人は、本件先行差押物件である別表2の番号2の物件(生産緑地)について、原処分庁は相続税の課税時は宅地並みの評価をし、公売に付すときの処分予定価額は農地として評価していると推測され、同一物件でありながら評価方法に違いがあることは矛盾、不合理であり、公売に付すときの処分予定価額についても宅地並み評価とすべきである旨主張する。
 ところで、相続税法第22条は、相続、遺贈又は贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定しており、ここでいう「時価」とは、課税時期において、それぞれの財産の状況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものと解され、各種の財産の具体的な価額については、これまでの判例においても、特段の反証が認められない場合は財産評価基本通達に定める方法によって評価した価額によることを通例としている。
 一方、徴収法第98条は、税務署長は、公売財産の見積価額(処分予定価額)を決定しなければならない旨規定しているところ、ここでいう「見積価額」とは、財産の公売に際し、税務署長が公売財産の客観的な時価を基準とし、公売の特殊性を考慮して見積もった価額をいい、いわば、公売財産の最低公売価額としての意義を有するものと解される。
 すなわち、相続税の課税価格算定のための評価額と差押財産の公売のための見積価額とは、それぞれの評価の目的を異にしており、かつ、評価時点の相違や評価物の性状の変化等により、差異が生ずるものであり、また、それぞれの評価時点で評価方法を同一とすべき規定もないのであるから、請求人の主張は採用できない。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠書類等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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