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(平15.11.20裁決、裁決事例集No.66 155頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、自動車電装部品製造業を営むE株式会社(以下「E社」という。)の代表取締役である審査請求人(以下「請求人」という。)が、同社の株式を取得したことにより、経済的な利益を享受したか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成12年分の所得税について、確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成13年10月19日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ハ 請求人は、これらの処分を不服として、平成13年10月31日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成14年1月30日付で棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成14年2月19日に審査請求をした。

(3)関係法令

イ 所得税法第34条《一時所得》第1項は、一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう旨規定している。
ロ 所得税法第36条《収入金額》第1項は、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益(以下「経済的利益」という。)をもって収入する場合には、その経済的利益の価額をその年において収入すべき金額とし、それを総収入金額に算入すべき金額とする旨規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成12年7月4日(以下「課税時期」という。)にE社の株式2,400株(以下「本件株式」という。)をF株式会社(以下「F社」という。)から、1株当たり500円、総額1,200,000円で取得した(以下、この取引及びこの取引における取引価額を、それぞれ「本件取引」及び「本件取引価額」という。)。
ロ 本件株式の額面金額は500円である。
ハ 課税時期において、E社は、資本金40,000,000円、発行済株式総数80,000株の同族会社である。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件更正処分について
(イ)本件取引は、利害関係のない第三者間の自由な経済取引であり、本件取引価額は、このような自由な経済取引によって成立した価額であるから、客観的交換価値である時価そのものといえる。
 したがって、請求人に経済的利益は発生していない。
(ロ)これに対して、原処分庁は、本件取引が株式の持ち合いを解消し、自社支配を強化するために行われた取引であって、利害関係のない第三者間における自由な経済取引ではない旨主張するが、次のとおり、その主張は失当である。
A F社がE社の株式を保有していたのは、株式の持ち合いによりE社の資産を間接的に支配することを目的とするものではなく、専らE社から支払われる配当金の受領のみを目的とするものである。
 また、両者が保有していた株数は持ち合いといえるほどのものではない。
B さらに、E社の株式は、課税時期において、請求人とその同族関係者が既に94%を超える株式を有しており、法的支配権を強化すべき必要性もなかったものであるから、本件取引は、本件株式の取得により自社支配することを目的で行われたものではない。
 本件取引は、F社とE社との間に取引がなかったことから、E社の先代社長であったGの死亡を契機として、単に株式の散逸防止目的で行われたものである。
(ハ)また、請求人は、平成7年4月に、個人の少数株主からの買取り要請に応じてE社の株式を1株当たり3,000円で取得している。
 この取引価額は、創業当時からの様々な条件を加味して決定されたため高めに働いたといえるが、それであっても1株当たり3,000円でしか成立しなかったものである。
 原処分庁が時価と主張する1株当たり14,593円は、この取引価額と大きくかい離している。
(ニ)さらに、本件取引の直前において、F社が保有する本件株式の時価を財産評価基本通達(以下「評価基本通達」という。)に定める配当還元方式に従って算定してみると、本件取引価額と同額になる。
 そうすると、F社にとっては本件株式を時価で譲渡したといえるから、本件取引において、F社は、取引の相手先に経済的利益を供与した事実がないこととなる。
 そうだとすれば、本件取引の相手先である請求人にも経済的利益の享受はなかったとすることが常識的な判断である。
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、これに伴い本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分について
(イ)経済的利益の有無
A 取引相場のない株式の時価
 「時価」とは、一般的に譲渡資産等の客観的交換価値を指すものと解すべきであるが、取引相場のない株式については、客観的交換価値の把握は極めて困難である。
 この場合、売買実例がなく、また、その株式等の発行法人と事業の種類、規模、収益の状況等が類似する他の法人(以下「類似法人」という。)の株式等の価額もないものについては、評価基本通達に定める純資産価額を参酌して評価するのが合理的である。
B 本件株式の時価
(A)本件株式は、取引相場のない株式であり、本件取引と比較できる売買実例がなく、また、類似法人の株式の価額もないことから、評価基本通達で定める純資産価額を参酌して評価するのが合理的である。
(B)そうすると、本件株式の時価は、別表2の「2 1株当たりの純資産価額の計算」の「課税時期現在の1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)」欄記載のとおり、1株当たり14,593円となる。
C 経済的利益の享受の有無等
 本件株式の1株当たりの取得価額500円は、上記Bの(B)で算定した価額の3%程度であるから、請求人は本件株式を時価より低価で取得したものと認められる。
 そうすると、請求人は、本件取引において、本件株式の1株当たりの取得価額500円と時価14,593円との差額を経済的利益として享受したことになり、この所得は一時所得に該当する。
(ロ)これに対し、請求人は、本件取引価額が利害関係のない第三者間の自由な経済取引によって成立した価額であり、それが客観的交換価値である時価そのものと主張する。
 しかしながら、E社とF社は、両者が株式を持ち合う意図をもってそれぞれの株式を保有していたものであって、請求人は、E社の代表取締役の立場で、本件株式を取得することによって株式の持ち合いを解消し、自社支配を強化するため本件取引を行ったものと認められるから、本件取引は、利害関係のない第三者間の取引とは認められない。
(ハ)また、請求人は、平成7年4月にE社の株式を1株当たり3,000円で取得したことをもって、原処分庁が時価と主張する価額が不当である旨主張する。
 しかしながら、平成7年4月の取引は本件取引と時期的に隔たりがあることから、本件取引と比較できる売買実例とすることはできない。
(ニ)一時所得の金額
 請求人の総所得金額に算入される一時所得の金額は、次のとおりとなり、原処分の金額を上回ることから本件更正処分は適法である。
{(14,593円(1株当たりの純資産価額)−500円(1株当たりの取引金額))×2,400株(本件株式数)−500,000円(特別控除額)}×(1÷2)=16,661,600円(総所得金額算入額)
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は適法であり、また、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

(1)本件更正処分について

 本件は、本件株式を取得したことによる経済的利益の享受の有無について争いがあるので、以下審理する。
イ 経済的利益の有無について
(イ)所得税法第36条第1項は、上記1の(3)のロのとおり規定しているところ、この経済的利益には、資産を低い対価で譲り受けた場合におけるその資産のその時における価額、すなわち時価とその対価の額との差額に相当する利益が含まれると解される。
 そうすると、本件株式を取得したことによる経済的利益の享受の有無については、本件株式の時価がその対価の額、すなわち1株当たり500円を上回っているか否かによる。
 そこで、本件株式の時価が問題となるところ、時価とは、その時点における客観的交換価値を指すものと解すべきであり、この交換価値とは、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額であって、いわゆる市場価格をいうものと解される。
 ところが、当審判所の調査によれば、E社の株式は、証券取引所に上場されておらず、また、店頭市場でも売買されていないことから、取引相場のない株式であることが認められる。
(ロ)取引相場のない株式の時価の算定方法
A 取引相場のない株式については、そもそも自由な取引市場に投入されていないため、市場価格がなく、自由な取引を前提とする客観的交換価値の把握は極めて困難であり、できる限り合理的な方法でこれを算定するほかないと解される。
 ところが、所得税法には時価の算定方法を定めた規定はない。
B ただ、所得税基本通達23〜35共−9《株式等を取得する権利の価額》は、株式等の価額の算定に当たり、取引相場のない株式等については、〔1〕売買実例のあるものは、最近における売買の行われたもののうち適正と認められる価額、〔2〕売買実例のないもので類似法人の株式等の価額のあるものは、当該価額に比準して推定した価額、〔3〕いずれにも該当しないものは、当該取引日に最も近い日におけるその株式等を発行した法人の1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額とする旨定めている。
C 当審判所においても、この通達の定めには合理性があると認められ、他に合理的な評価方法の定めもないことから、取引相場のない株式の価額の算定については、この通達に準じて行うのが相当と認められる。
 そして、「1株当たりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額」とは、評価基本通達178《取引相場のない株式の評価上の区分》以下の例により算定した価額とするのが相当であると解される。
(ハ)本件株式の時価
A これを本件についてみると、本件株式は取引相場がない株式であり、かつ、適正と認められる売買実例及び類似法人で株式等の価額がある株式とは認められないので、所得税基本通達23〜35共−9により純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額を算定するのが相当である。
 そして、通常取引されると認められる価額の具体的な算定に当たっては、評価基本通達178以下の例により評価するのが相当である。
B ところで、評価基本通達178以下では、評価しようとする株式の発行会社(以下「評価会社」という。)の規模等に応じて具体的な評価方法を定めている。
 すなわち、評価基本通達178に定める大会社に該当する場合には、評価基本通達179《取引相場のない株式の評価の原則》の定めにより、類似業種比準価額によって評価するのを原則としながら、納税者の選択により、純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)により評価することができる旨定めている。
 ただし、同族株主以外の株主等が取得した株式や特定の評価会社の株式については、これによらず、評価基本通達188《同族株主以外の株主等が取得した株式》又は同通達189《特定の評価会社の株式》に定める方法により評価することとしている。このうち、同通達189の(2)に定める株式等の保有割合が一定の基準に該当する評価会社の場合には、純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)により評価する旨、同通達189−3《株式保有特定会社の株式の評価》において定めている。
C これを、当審判所の調査した結果に基づいて、本件に当てはめ、通常取引されると認められる価額を算定すると、次のとおりである。
(A)E社は、課税時期の直前期末における総資産価額が2,558,704千円、直前期末以前の1年間の取引金額が2,159,034千円及び直前期末以前1年間における従業員数が85人であることから、評価基本通達178に定める会社の規模の区分は大会社に該当する。
(B)課税時期において、請求人が属する同族関係者グループの所有するE社の持ち株割合は92%であることから、請求人は、E社の同族株主に該当する。
(C)課税時期におけるE社の資産及び負債の金額は、課税時期の直前期末である平成11年12月31日の資産及び負債の金額と著しい変動はないと認められることから、純資産価額の計算に当たっては、課税時期の直前期末におけるこれらの金額を基に計算するのが相当である。
 そうすると、課税時期における評価基本通達の定めるところにより評価した資産及び負債の金額は、別表2の「1 資産及び負債の金額(課税時期現在)」の各「財産評価額」欄記載のとおりとなる。
(D)E社は、課税時期において、評価基本通達に定めるところにより評価した総資産価額3,339,649千円のうちに占める株式及び出資の価額の合計額1,052,429千円(別表2の「1 資産及び負債の金額(課税時期現在)」の「投資有価証券」の財産評価額)の割合が31.5%であることから、評価基本通達189の(2)に定める株式保有特定会社に該当する。
(E)以上のことから、本件株式は、評価基本通達189−3により、純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって評価することとなる。
 そして、本件株式の1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)を算定すると、別表2の「2 1株当たりの純資産価額の計算」の「課税時期現在の1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)」欄記載のとおり14,593円となる。
 なお、この金額は、原処分庁が主張する金額と同額である。
(ニ)経済的利益の享受の有無等
 以上のとおり、1株当たりの本件株式の時価は、上記(ハ)のCにより算定した14,593円であるのに対し、本件取引価額は500円であるから、請求人は本件株式を時価より低額で取得したものと認められる。
 そうすると、請求人は、本件取引において、1株当たりの時価14,593円と本件取引価額500円との差額に相当する金額を経済的利益として享受したものと認めるのが相当である。
 なお、この経済的利益に係る所得は、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得のいずれにも該当せず、かつ、営利を目的とする継続的な行為から生じた所得以外の一時の所得であって、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであるから、所得税法第34条第1項に規定する一時所得に該当する。
(ホ)これに対して、請求人は、上記2の(1)のイのとおり、本件取引価額が時価であるから、本件取引において経済的利益は発生していない旨るる主張する。
 しかしながら、上記(ハ)のとおり、1株当たりの本件株式の時価は14,593円と認められるから、本件取引価額をもって時価と認めることはできない。
 また、上記2の(1)のイの(ハ)において請求人が主張する平成7年4月の取引事例については、当該取引における株式の価額がどのような事情を考慮して決定されたか明らかではないから、本件株式の時価を算定する上で参考とすることはできない。
 さらに、上記2の(1)のイの(ニ)において請求人が主張する配当還元方式については、同族株主が保有する株式保有特定会社の株式の評価に当たっては、その採用が認められていないところ、上記(ハ)のCの(D)のとおり、E社は株式保有特定会社に該当するのであるから、配当還元方式により本件株式の時価を算定することは相当でない。
 よって、請求人の主張はいずれも採用できない。
ロ 総所得金額
(イ)一時所得の金額
 請求人の総所得金額に算入する一時所得の金額は、上記イの(ハ)のCで算定した本件株式の1株当たりの通常取引されると認められる価額14,593円を基に算定すると、次のとおりとなる。
A 一時所得の金額
(14,593円(1株当たりの通常の取引価額)×2,400株(本件株式))−1,200,000円(本件取引価額)=33,823,200円(総収入金額)
(33,823,200円(総収入金額)−0円(収入を得るために支出した金額))−500,000円(特別控除額)=33,323,200円(一時所得の金額)
B 総所得金額に算入する金額
33,323,200円(一時所得の金額)×(1÷2)=16,661,600円(総収入金額に算入する金額)
(ロ)給与所得の金額
 請求人が確定申告書に記載した金額と同額である。
(ハ)総所得金額
 総所得金額は、上記(イ)のBの一時所得に係る総所得金額に算入する金額と上記(ロ)の給与所得の金額を合計した63,411,600円となる。
(ニ)以上審理したところによれば、請求人の平成12年分の総所得金額は、本件更正処分に係る総所得金額63,291,600円を上回るから、本件更正処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 上記(1)のとおり、本件更正処分は適法であり、かつ、当該更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてなされた本件賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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