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(平21.4.23、裁決事例集No.77 72頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、職務発明の対価支払請求訴訟における和解により得た金員に係る所得を雑所得として法定申告期限内に平成18年分の所得税の確定申告をし、その後に、当該和解により得た金員に係る所得は、請求人がした職務発明・考案に係るすべての権利の譲渡対価であるから譲渡所得に当たるとして平成18年分の所得税の更正の請求をしたところ、原処分庁が、当該所得は雑所得に当たるとして更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことに対し、請求人が違法を理由にその全部の取消しを求めた事案であり、争点は、同金員に係る所得は、譲渡所得に該当するか否かである。

(2) 審査請求に至る経緯及び基礎事実

 次の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、昭和43年4月から平成○年○月○日までF社において勤務していた。
ロ F社は、昭和○年○月○日以降に従業員がした発明で、その性質上会社の業務範囲に属し、その発明をするに至った行為が、その従業員の現在又は過去の職務に属する発明、すなわち職務発明についての取扱規定(昭和○年○月○日施行。以下「本件取扱規定」という。)及び発明報償金規定(平成○年○月○日施行。以下、発明報償金規定と本件取扱規定とを併せて「本件各規定」という。)を定めている。なお、本件取扱規定は、昭和○年○月○日、平成○年○月○日及び平成○年○月○日にその一部が改正され、また、発明報償金規定は、平成○年○月○日にその一部が改正されている。
 本件各規定には、概略、次の定めがある。
(イ) F社(以下、本件各規定において「会社」という。)は、職務発明に関する特許、実用新案登録又は意匠登録を受ける権利(以下、併せて本件各規定において「特許を受ける権利」という。)を承継し、発明者の発明についての特許を受ける権利を会社が承継すると決定したときは、発明者は、その権利を会社に譲渡しなければならない。
(ロ) 会社は、職務発明をした従業員に対し、次のとおり、報償金を支払う。ただし、報償金を受ける権利を有する発明者が2名以上あるときには、報償金は、申出のない限り各人に等分して支払う。
A 会社が職務発明について特許を受ける権利を承継して出願したときに、出願報償金として、1件につき、特許、実用新案については○○○○円、意匠については○○○○円(平成○年○月○日以降は、それぞれ○○○○円、○○○○円)を支払う。
B 会社が職務発明について特許権、実用新案権、意匠権(以下、併せて本件各規定において単に「特許権」という。)を取得したときに、登録報償金として、1件につき、特許、実用新案については○○○○円、意匠については○○○○円(平成○年○月○日以降は、それぞれ○○○○円、○○○○円)を支払う。
C 会社が職務発明につき取得した特許権の実施又は処分により、利益を得たと認められたときに、次のとおり実施報償金を支払う。
(A) 3月21日から翌年3月20日までを1年度とし、毎年1回前年度における当該特許権の実施又は処分による利益(平成○年○月○日以降は、実施による利益に限定された。)を対象として評価及び決定の上、支払う。
(B) 実施報償金は、等級に従い、その金額を社長が決定する。
D 会社が、平成○年○月○日以降に職務発明につき取得した特許権(出願中のものを含む。以下同じ。)を行使又は処分することにより、第三者から金銭を得たときには、ロイヤリティ報償金を支払う。ただし、会社が同年○月○日以降に第三者から受領した同年○月○日以前を対象期間に含む金銭については、ロイヤリティ報償金の対象とし、上記Cの実施報償金の算定に加味せず、その額は次表のとおりとする。なお、平成○年○月○日に、ロイヤリティ報償金は、会社が第三者から受領した金額(消費税抜き)の○○%とする旨改正されたが、経過措置により、同日現在、効力を有する第三者との契約を原因とするロイヤリティ報償金は、次表が適用される。

受領金額(消費税抜き) ロイヤリティ報償金額
○○○○円以下 受領金額の○○%
○○○○円超 ○○○○円以下 ○○○○円+(受領金額のうち○○○○円を超える部分の○○%)
○○○○円超 ○○○○円以下 ○○○○円+(受領金額のうち○○○○円を超える部分の○○%)
○○○○円超 ○○○○円未満 ○○○○円+(受領金額のうち○○○○円を超える部分の○○%)
○○○○円以上 ○○○○円

E 会社が、平成○年○月○日以降に存続中の職務発明につき取得した特許権を第三者と同一契約によって当該第三者の特許権と相互に実施許諾(以下「クロスライセンス」という。)したときには、クロスライセンス報償金を支払い、その額は、毎年度1回、前年度を対象期間として、当該クロスライセンス契約に係る相手方特許権の当社における実施利益を評価し、決定する。
ハ 請求人は、昭和43年4月から昭和○年○月までの間、F社において品質管理業務、検査業務又は○○開発業務に従事し、同社の○○部技術課に所属していた昭和○年に、職務発明として「○○○○」に関する発明(以下「本件職務発明」という。)をした。
ニ F社は、本件取扱規定に基づき、本件職務発明につき、発明者である請求人及び他の従業員1名から「特許を受ける権利」を承継する旨決定した上で、昭和○年○月○日に特許出願をした。
ホ 本件職務発明は、日本において平成○年○月○日に公告され、平成○年○月○日に、F社名で特許の設定登録がされたほか、外国においても特許の設定登録がされた(以下、本件職務発明に係る特許権を「本件特許権」という。)。
ヘ F社は、請求人に対し、本件各規定に基づき、本件職務発明についての報償金を別表1のとおり支払い、その支払の都度、請求人はこれを受け取った。
ト 請求人は、本件各規定に基づき、F社から受領した本件職務発明に関する上記ヘのロイヤリティ報償金の合計額○○○○円は、特許法第35条第4項の規定に従って特許の実施開始から平成○年○月○日までに同社の受けるべき利益として同社が得たロイヤリティ収入のうち、本件職務発明に関して請求人が得るべき同条第3項の「相当の対価」の額の一部である○○○○円に満たないとして、平成17年○月○日付で、同社を被告として、相当の対価の支払請求権に基づき、それらの差額○○○○円等の支払を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)をG地方裁判所に提起した。
 その後、請求人は、上記F社の受けるべき利益につき、ロイヤリティ収入に加え、クロスライセンス契約により同社が受けた利益を加えると、請求人が本件職務発明に関して受けるべき相当の対価の額は○○○○円になるとして、本件訴訟における請求額をその内金○○○○円等に拡張した。
 F社は請求人の上記請求を争い、本件訴訟の主たる争点は、本件職務発明が請求人の単独発明か否か及び本件職務発明に係るF社の貢献度であった。
チ 本件訴訟につき、平成18年○月○日に請求人とF社との間で、次の内容の和解が成立し(以下「本件和解」という。)、同日和解調書(以下「本件和解調書」という。)が作成された。
(イ) F社は、請求人に対し、本日までに、請求人がF社においてした職務発明・考案に係る権利の譲渡の対価として○○○○円の支払義務があることを認める(第1項)。
(ロ) F社は、請求人に対し、前項の金員を平成18年○月末日限り、請求人代理人名義の普通預金口座に振り込む方法により支払う(第2項)。
(ハ) 請求人は、その余の請求を放棄する(第4項)。
(ニ) 請求人及びF社は、請求人とF社との間には、本件に関し、本和解条項に定めるもののほか、他に何らの債権債務がないことを相互に確認する(第5項)。
リ 請求人は、平成18年○月○日にF社から請求人代理人名義の普通預金口座に和解金○○○○円(以下「本件和解金」という。)の振込みを受け、もって本件和解金を受領した。
ヌ 請求人は、平成19年3月15日に、別表2の「確定申告」欄のとおり、本件和解金○○○○円から本件訴訟に係る弁護士費用等○○○○円を差し引いた○○○○円を雑所得として記載した平成18年分の確定申告書を原処分庁に提出した。
ル 請求人は、平成19年12月7日に本件和解金に係る所得は雑所得ではなく、譲渡所得に該当するとして、別表2の「更正の請求」欄のとおり記載した平成18年分の所得税の更正の請求書を原処分庁に提出して更正の請求をした(以下「本件更正の請求」という。)ところ、原処分庁は、平成20年3月10日付で同更正の請求について、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」)をした。
ヲ 請求人は、平成20年3月11日に、本件更正の請求とは別に、本件和解金に係る所得は雑所得としつつ、医療費控除の控除漏れがあったとして、別表2の「再更正の請求」欄のとおり記載した平成18年分の所得税の更正の請求書を原処分庁に提出して、更正の請求をしたところ、原処分庁は、平成20年4月24日付で同更正の請求を認める旨の更正処分をした。
ワ 請求人は、平成20年4月11日に本件通知処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年7月2日付で上記ヲの更正処分後の本件通知処分について、異議申立てを棄却する旨の異議決定をしたことから、同年8月2日に審査請求をした。

(3) 関係法令

 別紙のとおりである。

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2 主張

請求人 原処分庁
 本件和解金は、本件和解調書の記載のとおり、請求人が和解当日までにF社でした職務発明・考案に係る権利を同社に譲渡した対価として受領したものであり、このような権利の譲渡により得た所得は譲渡所得に該当する。なお、上記すべての権利を譲渡した日は、本件和解の日であり、また、請求人がF社でした職務発明は本件職務発明以外に二つ以上はある。
 本件和解金は、請求人がF社においてした職務発明・考案に係るすべての権利の譲渡の対価として支払われたものであり、個々の職務発明・考案の利用実績を明確にして合算したものではないことから、本件和解金に係る所得は雑所得には該当しない。
 使用人等の発明等に係る報償金等の所得区分については、所得税基本通達23〜35共−1の(1)においてその取扱いが定められており、同通達によれば、使用人の発明に係る特許を受ける権利の承継に際し一時に支払を受けるものは譲渡所得、これらの権利を承継させた後において支払を受けるものは雑所得とすることとされているところ、本件和解金は、請求人が受け取っていた本件職務発明についての各報償金がF社の得た本件特許権に係る実施許諾料収入に基づき算定した特許法第35条第3項に規定する相当の対価に満たないとして、「相当の対価」と請求人が受け取った報償金との差額の支払を求めて提起した本件訴訟の和解により取得したものであり、本件職務発明の特許を受ける権利を同社に承継させた後に当該権利の利用実績に基づく対価として支払を受けたものであるため、雑所得に該当する。

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3 判断

(1) 法令解釈

イ 職務発明に関する特許法の規定等について
 特許法第35条によれば、職務発明は、その性質上使用者の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者における従業者の現在又は過去の職務に属する発明をいうものとされ、「特許を受ける権利」が当該発明をした従業者に原始的に帰属することを前提としつつ、使用者は、職務発明による特許権につき通常実施権を有するだけでなく、あらかじめ勤務規則等で定めることにより、従業者から「特許を受ける権利」の承継を受けることができるが、一方、従業者はその代償として「相当の対価」の支払を受ける権利(以下「相当の対価支払請求権」という。)を有することができる(特許法第35条第1項ないし第3項)。
 ところで、従業者が「特許を受ける権利」を承継させると「相当の対価支払請求権」が発生(特許法第35条第3項)するが、その「相当の対価」の額は、「その発明により使用者が受けるべき利益の額」及び「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮しなければならない(特許法第35条第4項)旨の規定はあるものの、その「相当の対価」の具体的計算方法や支払期間(例えば、移転時か、登録時か、実施時か)については、何ら規定もない。そして、「特許を受ける権利」の承継時には、職務発明の価値を客観的に把握することは困難であることから、多くの企業では、職務発明規程等といった定めにより、「特許を受ける権利」の承継後の登録時、実施時、ライセンス時などに、職務発明規程等の定めに従って支払う例が多く、このような支払方法は、特許法第35条の規定に反するものではないと解される。
 そうすると、従業者が「相当の対価支払請求権」に基づいて使用者から支払を受ける対価には、「特許を受ける権利」が使用者に承継(譲渡)された際に「相当な対価」として一時に支払を受ける金員と、「特許を受ける権利」が使用者に承継(譲渡)された後に「相当の対価」として支払を受ける金員の両方が含まれることになる。
ロ 上記イの特許法の規定等を踏まえてみた、従業者が「特許を受ける権利」を承継させたときに受け取る特許法第35条第3項に規定する「相当の対価」の所得税法上の取扱いについて
(イ) 譲渡所得について
 譲渡所得は、「資産の譲渡による所得」と規定されており、資産の譲渡によって一時に実現する所得で、その資産の保有期間中の値上益(キャピタルゲイン)による所得をいうものと解される。
 この譲渡所得の基因となる「資産」の意義については、所得税法第33条第2項に該当するもの(たな卸し資産等)及び金銭債権以外の一切のあらゆる資産を含む広い概念であり、動産、不動産のほか、特許権、著作権等の無体財産権はもちろん、借家権、営業権や行政官庁の許可、認可、割当等により発生した事実上の権利など一般的にその経済的価値が認められて取引の対象とされ、キャピタルゲインが生じるようなすべての資産を含むものと解される。
(ロ) 「特許を受ける権利」について
 上記イのとおり、我が国の特許法においては、職務発明であっても、その発明は原始的に使用者に帰属するのではなく、発明した従業者が「特許を受ける権利」を取得することとされており、それを使用者に承継する代償として「相当の対価支払請求権」を有することができることになるところ、この「特許を受ける権利」は、特許法上一般には、独立して移転、譲渡の対象となる財産であり(特許法第33条第1項)、当該権利は、経済的価値のある資産に該当することから、譲渡所得の基因となる資産に該当すると解される。
(ハ) 「特許を受ける権利」が使用者に承継(譲渡)された際に「相当の対価」として使用者から一時に支払を受ける金員について
 上記(ロ)のとおり、「特許を受ける権利」は、譲渡所得の基因となる資産に該当するものであるところ、「特許を受ける権利」が使用者に承継(譲渡)された際に特許法第35条第3項に規定する「相当の対価」の全部又は一部として使用者から一時に支払を受ける金員は、「特許を受ける権利」という譲渡所得の基因となる資産の移転(譲渡)に着目して、譲渡所得に該当すると解される。
(ニ) 「特許を受ける権利」が使用者に承継(譲渡)された後に「相当の対価」として使用者から支払を受ける金員について
 「特許を受ける権利」が使用者に承継(譲渡)された後に使用者から支払を受ける金員は、前記のとおり、「特許を受ける権利」の承継の代償として特許法第35条により特別に与えられた「相当の対価支払請求権」に基づいて使用者から支払われるものではあるが、この金員は、「特許を受ける権利」といった譲渡所得の基因となる資産に該当する権利の譲渡の際に一時に受け取るものではなく、また、一般に、特許を受ける権利を使用者に譲渡した後に使用者が当該権利を独占的に利用するなどして得た利益の実績に基づいて算定され、使用料と同様の性格を有するものであることからすると、税法上は譲渡所得として取り扱うのは相当ではなく、他の所得に分類されるものと解される。そして、特許法第35条第3項に規定する「相当の対価」は、その所得の源泉からすれば、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、退職所得及び山林所得のいずれにも該当しないことは明らかであり、また、当該「相当の対価」は特許法上雇用契約等の存在を条件としていないことからすれば、給与所得にも該当せず、さらに、当該「相当の対価」が使用者に「特許を受ける権利」を承継させたことの代償として支払われることからすると、対価性を有しているので一時所得にも該当しない。
 そうすると、「特許を受ける権利」が使用者に承継(譲渡)された後に「相当の対価」として使用者から支払を受けた金員は、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しないから、雑所得に該当すると解される。
ハ 実用新案法第11条第2項は、特許法第33条の規定は、「実用新案登録を受ける権利」に準用する旨及び実用新案法第11条第3項は、特許法第35条の規定は、従業者がした考案に準用する旨をそれぞれ規定していることからすれば、従業者が「実用新案登録を受ける権利」を承継させたときに受け取る「相当の対価」の所得税法上の取扱いについても、上記ロと同様であると解される。

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(2) 判断

イ 本件和解金の性質について
(イ) 和解において形成された法律関係を考えるに当たっては、和解調書の記載の解釈が中心になることは当然であるが、こうした解釈を行うに際しては、紛争の性質、内容及びそのような和解に至った経緯についても十分考慮に入れた上で当事者間の合理的意思を認定する必要があると解される。
 そこで、これらの点についてみると、まず、上記1の(2)のイないしヘによれば、請求人は、F社に在職していた昭和○年に、職務発明として本件職務発明をしたこと、同社は、本件各規定(本件取扱規定)に基づき、本件職務発明につき、発明者である請求人及び他の従業員1名から「特許を受ける権利」を承継する旨決定した上で、昭和○年○月○日に特許出願をしたこと、同規定には、「発明者の発明についての特許を受ける権利を会社が承継すると決定したときは、発明者は、その権利を会社に譲渡しなければならない。」旨の定めがあること、さらに、同規定に基づき、同社は同年に請求人に対し出願報償金として○○○○円を支払い、請求人がこれを受け取った(受け取るに当たり、請求人が何らかの異議を述べたことを認めるに足りる証拠はない。)こと、F社は、請求人から承継された「特許を受ける権利」に基づき特許権を取得したことを前提に、平成○年○月○日に日本において同社名で特許の設定登録手続をし、同年に登録報償金として○○○○円を支払ったほか、平成○年以降、同社は、請求人に対し、本件各規定に基づき、ロイヤリティ報償金として○○○○円及びクロスライセンス報償金として○○○○円を支払っており、その都度、請求人がこれを受け取っていた(受け取るに当たり、請求人が何らかの異議を述べたことを認めるに足りる証拠はないことは、前同様である。)ことがそれぞれ認められ、これらのことからすると、本件職務発明に関する「特許を受ける権利」は、遅くとも昭和○年○月○日に請求人からF社に譲渡されたと認めるのが相当であり、その譲渡時に、請求人は対価として○○○○円を受け取っていたこともまた認められる。
(ロ) 次に、上記1の(2)のトないしリによれば、請求人は、本件各規定に基づき、F社から受領した本件職務発明についてのロイヤリティ報償金の合計額○○○○円は、特許法第35条第4項の規定に従って特許の実施開始から平成○年○月○日までに同社の受けるべき利益として同社が得たロイヤリティ収入のうち、本件職務発明に関して請求人が得るべき同条第3項の「相当の対価」の額の一部である○○○○円に満たないとして、平成17年○月○日付で同社を被告として、相当の対価の支払請求権に基づき、それらの差額○○○○円等の支払を求める本件訴訟をG地方裁判所に提起し、その後、請求人は、上記同社の受けるべき利益につき、ロイヤリティ収入に加え、クロスライセンス契約により同社が受けた利益を加えると、請求人が本件職務発明に関して受けるべき相当の対価の額は○○○○円になるとし、本件訴訟における請求額をその内金○○○○円等に拡張したこと、F社は請求人の上記請求を争ったこと、本件訴訟は、平成18年○月○日に請求人及び同社の間で本件和解が成立し、同月○日に同社から請求人に対し、本件和解金が支払われたことが認められる。
(ハ) また、当審判所の調査によれば、F社は、本件和解に際し、和解金○○○○円を支払う条件として、今後請求人との間で、同人が同社でした職務発明に関し、争いが生じないことを求め、その趣旨で、和解条項については、「本日までに請求人がF社においてした職務発明・考案に係る権利の譲渡の対価として○○○○円の支払義務があることを認める」(第1項)、「請求人は、その余の請求を放棄する」(第4項)、「請求人とF社との間には、本件に関し、本件和解条項に定めるもののほか、他に何らの債権債務がないことを相互に確認する」(第5項)との記載で合意したが、同社は、本件和解金○○○○円は飽くまで本件職務発明に対して支払ったものであるとの認識であり、請求人がしたその他の職務発明・考案については、本件各規定に基づいて、その対価を支払済みであると認識していたことが認められる。
(ニ) 以上のことからすると、本件和解金は、遅くとも昭和○年○月○日に本件職務発明に関する「特許を受ける権利」が譲渡された後において、本件各規定等に基づき、特許の実施によりF社から受け取っていたロイヤリティ報償金及びクロスライセンス報償金が、特許法第35条第3項に規定する本件職務発明に関して同社から受けることができる「相当の対価」の額に満たないとして、同項に規定する「相当の対価支払請求権」に基づき、その差額の支払を求めてされた本件訴訟の和解により、その支払を受けたものであるから、本件和解金は、本件職務発明に関する「特許を受ける権利」の譲渡後に、同社がこの権利を独占的に利用するなどして得た利益の実績等を前提にして、両者が合意の上で定めた金額による本件職務発明に関する「相当の対価」の追加分相当の金員であると認めるのが相当である。
ロ 本件和解金に係る所得の所得区分について
 上記イの判断で説示した本件和解金の性質を上記(1)のロの法令解釈等に当てはめると、本件和解金は、遅くとも昭和○年○月○日に本件職務発明に関する「特許を受ける権利」が譲渡された後に、特許法第35条第3項の規定に基づく本件職務発明に関する「相当の対価」の追加分としてF社から支払を受けたものであり、その性質も「特許を受ける権利」承継後、同社がこの権利を独占的に利用するなどして得た利益の実績等に基づいて算定された使用料と同様のものであるから、本件和解金に係る所得は、雑所得となる。
ハ 請求人は、本件和解金として支払を受けた金員は、譲渡所得に当たると主張し、その理由として、1請求人が本件職務発明を含むすべての職務発明・考案に係る権利をF社に譲渡したのは本件和解当日であり、本件和解金は正にこれらの権利の譲渡の対価である、2仮に、上記権利が既に譲渡済みであったとしても、本件和解金は、和解条項どおり「権利の譲渡の対価」として支払われたものであり、譲渡所得に当たる、3本件和解金は、本件職務発明を含むすべての職務発明について個々の利用実績を明確にして合算したものでないから、使用料と同様の性質を有しているとはいえず、雑所得には当たらない、と主張する。
 しかしながら、以下の理由により、請求人の主張は採用できない。
(イ) まず、請求人は、各主張の前提として、本件和解金は、和解当日までに請求人がF社においてした職務発明・考案に係るすべての権利の譲渡の対価である旨主張しているので、この点について検討するに、確かに本件和解調書には、「和解当日までに、請求人がF社においてした職務発明・考案に係る権利の譲渡の対価として○○○○円の支払義務があることを認める。」旨の条項があるが、上記イの(ニ)の判断で説示したとおり、本件訴訟の経緯等からすれば、本件和解金は、本件職務発明に関する「特許を受ける権利」の譲渡後に、特許法第35条第3項の規定に基づく本件職務発明に関する「相当の対価」の追加分としてF社から支払を受けたものであると認められるから、本件和解金が、和解当日までに、請求人が同社においてした職務発明・考案に係るすべての権利の譲渡の対価として支払を受けたものであると認めるのは相当ではない。
 もっとも、本件和解調書の上記条項の文言からすれば、本件和解金は本件職務発明に係る権利のみの譲渡の対価でなく、本件和解当日までに請求人がF社においてしたすべての職務発明・考案に係る権利の譲渡の対価であると見る余地もないではない。しかしながら、仮に、本件和解金の一部が、本件職務発明以外の請求人が同社においてした職務発明・考案に係る権利の譲渡の対価であったとしても、その部分が譲渡所得に当たらないことは後記(ニ)のとおりであり、このような部分が含まれるからといって本件和解金全体が雑所得でなくなるものではないことは後記(ホ)のとおりである。
(ロ) 次に、請求人の主張1の点についてみると、本件和解調書における条項の第1項には「権利の譲渡の対価として」との文言があるが、これだけで本件和解当日に権利の譲渡がなされたことの根拠とすることはできず、請求人はその他に本件和解当日に本件職務発明に関する権利の譲渡がなされたことの根拠について主張、立証をしないところ、かえって上記イの(イ)のとおり、本件職務発明に関する「特許を受ける権利」は遅くとも昭和○年○月○日に請求人からF社に譲渡されていたと認めるのが相当であるから、この点についての請求人の主張は採用できない。
(ハ) また、請求人の主張2の点について検討する。請求人は、本件和解金については、本件和解調書に記載のある「権利の譲渡の対価」として支払を受けたものであるから、本件和解金は譲渡所得に該当する旨主張するが、上記(1)のロ及び上記ロで説示したとおり、所得税法においては、「特許を受ける権利」の譲渡の対価として支払を受けた金員がすべて譲渡所得となると解するのではなく、譲渡所得の基因となる資産に該当する「特許を受ける権利」が譲渡された際に一時に支払を受けた金員は譲渡所得となるが、本件和解金は、これと違って当該権利が譲渡された後に支払を受けた金員に当たり、譲渡所得以外の所得と解すべきものであるから、本件和解金が「権利の譲渡の対価」との名目により支払を受けたことのみをもって、本件和解金が譲渡所得に該当するものではない。したがって、この点の請求人の主張も採用できない。
(ニ) さらに、当審判所の調査によれば、請求人が主張する本件職務発明を含めて請求人がF社でした職務発明及び考案は、○○件あることが認められるところ、これらの職務発明・考案は、すべて特許あるいは実用新案登録として昭和○年から昭和○年に日本国等に出願されていること及び上記1の(2)のロによれば、昭和○年○月○日に同社は本件取扱規定を施行していたことからすれば、これらの職務発明・考案に係る「特許を受ける権利」あるいは「実用新案登録を受ける権利」は、遅くとも昭和○年から昭和○年の出願時までには同社に譲渡され、同社は出願報償金を支払っていたと認めるのが相当である。そうすると、請求人が同社でしたすべての職務発明・考案に係る「特許を受ける権利」あるいは「実用新案登録を受ける権利」はいずれも本件和解の日に譲渡されたものではないというべきである。そして、仮に、本件和解金が、請求人の主張するとおり、請求人が和解当日までに同社でした職務発明・考案に係るすべての権利を同社に譲渡した対価との名目により支払を受けたものであるとしても、本件和解金のうち、本件職務発明に係る権利の譲渡の対価以外の部分がどれほど含まれていて、それらについてどのような算定根拠に基づいて算定されたかについて、本件和解の当事者である請求人自身が明らかに主張するものでない上、本件和解金は、「特許を受ける権利」あるいは「実用新案登録を受ける権利」が同社に譲渡された後に「相当の対価」として支払を受けた金員であるといえるから、本件和解金に係る所得は譲渡所得に該当せず、雑所得に該当するというべきである。
(ホ) 最後に、請求人の主張3の点について検討する。請求人は、本件和解金については、請求人がF社においてした職務発明・考案に係るすべての権利の譲渡の対価として支払を受けたものであり、個々の職務発明・考案の利用実績を明確にして合算したものではないことから、本件和解金に係る所得は雑所得に該当しない旨主張する。
 しかしながら、本件和解金が、たとえ請求人のF社においてした職務発明・考案に係るすべての権利の譲渡の対価として支払を受けたもので、個々の職務発明・考案の利用実績を明確にして合算したものではなかったとしても、それだけで本件和解金に係る所得が雑所得でなくなるものではなく、上記ロ及びハの(ハ)の判断で説示したとおり、本件和解金は、「特許を受ける権利」あるいは「実用新案登録を受ける権利」が同社に譲渡された後に、「相当の対価」として支払を受けた金員であるといえるから、本件和解金に係る所得は譲渡所得に該当せず、雑所得に該当するというべきである。したがって、この点の請求人の主張も採用することができない。

(3) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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