ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.77 >> (平21.6.5、裁決事例集No.77 111頁)

(平21.6.5、裁決事例集No.77 111頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、平成18年分の土地の譲渡所得について、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第2項の規定による特例が適用されるとして更正の請求をしたのに対し、原処分庁が、当該特例の適用はないとして更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、請求人が、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成18年分の所得税について、確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した(以下、この申告を「本件申告」という。)。
ロ 原処分庁は、平成19年6月15日付で別表1の「更正処分」欄のとおり、雑所得の金額に誤りがあったこと及び定率減税額が控除されていなかったことを理由に減額の更正処分をした。
ハ その後、請求人は、平成20年1月15日、平成18年分の譲渡所得について、所得税法第64条第2項の規定による特例(以下「本件特例」という。)が適用されるとして、別表1の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ニ これに対し、原処分庁は、平成20年6月30日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ホ 請求人は、本件通知処分に不服があるとして、平成20年7月31日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年9月25日付で棄却の異議決定をした。
ヘ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成20年10月23日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

 別紙のとおりである。

トップに戻る

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、昭和45年11月23日付の売買契約により、○○○○から、P市p町100番の宅地○○○○平方メートル(以下「本件土地」という。)を取得した。
ロ 請求人の妹であるA及びその夫であるB(以下、この2名を併せて「Aら」という。)は、平成4年1月17日、Q市q町200番の宅地及びその宅地上に存する建物(以下、これらを併せて「Q市物件」という。)を、共有(共有持分各2分の1)で取得した。
ハ Aらによる借入れ
(イ) Aらは、平成4年2月3日、C銀行から、連帯して10,000,000円を借り入れ、Q市物件に、別表2の順号1のとおり、C銀行を抵当権者とする抵当権を設定した。
(ロ) Bは、平成4年2月20日、E社(以下、C銀行と併せて「C銀行等」という。)との間で、保証委託契約を締結し、Q市物件に、別表2の順号2のとおり、E社を抵当権者とする抵当権を設定した。
(ハ) Bは、平成4年2月3日、F社から、17,400,000円を借り入れ、請求人は、上記借入金債務を連帯保証した(以下「本件保証債務」という。)。
 Aらは、上記借入金債務を担保するため、Q市物件に、別表2の順号3のとおり、F社を抵当権者とする抵当権を設定した。
ニ F社は、平成8年10月1日、G社に対して、Bに対する貸付金債権を譲渡した。
 これにより別表2の順号3の抵当権は、同表の順号4のとおり、G社に移転した。
ホ 請求人は、平成14年11月5日、H(請求人の妻の姉)及びJ(請求人の妻の妹)から各3,000,000円を借り入れ(以下、これらの借入金を「本件各借入金」という。)、同月7日、本件各借入金のうちの5,500,000円及び自己資金により、G社に対し、Bの借入金残金15,312,393円を代位弁済した。
 これにより別表2の順号4の抵当権は、同表の順号5のとおり、請求人に移転した。
ヘ 請求人は、平成16年7月12日、Aらから、Q市物件を代金12,000,000円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同月○日、所有権移転登記をした。
ト 請求人は、平成16年10月21日及び同月22日、K(請求人の弟)、L(請求人の妹)及びM(請求人の姉)から各2,000,000円を借り入れ(以下、これらの借入金と本件各借入金を併せて「本件各借入金等」という。)、当該借入金及び自己資金により、同月27日、C銀行に対して10,877,590円、E社に対して1,122,410円の合計12,000,000円を弁済した。
 これにより別表2の順号1及び2の抵当権は消滅した。
チ 請求人は、平成18年1月29日付の売買契約により、本件土地をNに代金30,000,000円で譲渡し(以下、この譲渡を「本件譲渡」といい、本件譲渡に係る譲渡代金を「本件譲渡代金」という。)、同日、手付金1,000,000円を、同年4月27日、残金29,000,000円を、それぞれ受領した。
リ 請求人は、平成18年8月7日、H及びJに各3,000,000円を現金で返済し、同月13日ないし15日ころ、K、L及びMに各2,000,000円を現金で返済した。
ヌ 請求人は、平成20年1月10日付で、Aらに対して、「平成14年11月7日に保証債務を履行した際の求償権である金15,312,393円」及び「平成16年10月27日に保証債務を履行した際の求償権である金12,000,000円」の債権を放棄する旨記載した「債権放棄通知書」と題する書面を送付した。
ル 請求人は、本件申告において、本件譲渡に係る譲渡所得の金額を別表1の付表の「確定申告」欄のとおり計算した。
ヲ 請求人は、本件更正の請求において、上記ホのG社への代位弁済及び上記トのC銀行等への支払は保証債務の履行であり、本件譲渡は当該保証債務の履行に充てた本件各借入金等(合計12,000,000円)の返済のための譲渡であって、実質的に保証債務の履行のための資産の譲渡であるから、本件特例が適用されるとして、本件譲渡に係る譲渡所得の金額を別表1の付表の「更正の請求」欄のとおり計算した。

(5) 争点

本件の争点は、次の2点である。

争点1 C銀行等に対する支払は、所得税法第64条第2項に規定する保証債務の履行に当たるか。

争点2 本件譲渡は、同条項に規定する「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に当たるか。

トップに戻る

2 主張

(1) 争点1について

イ 請求人
 平成16年10月27日にC銀行等に支払った合計12,000,000円は、主たる債務者をBとする保証債務の履行である。
ロ 原処分庁
 請求人が平成16年10月27日にC銀行等に支払った合計12,000,000円は、Q市物件の売主であるAらに支払われるべき譲渡代金が直接各抵当権者に弁済されたものであって、保証債務の履行をしたものとは認められない。

(2) 争点2について

イ 請求人
 請求人は、本件土地を譲渡し、その譲渡代金によって保証債務を履行するつもりであったが、買手が見つからず、直ちに譲渡することができなかったため、やむを得ずH及びJから各3,000,000円、K、L及びMから各2,000,000円を借り入れ、これらの借入金と自己資金によってF社及びC銀行等の保証債務を履行したものである。そして、これらの借入金は、本件譲渡後、手持ち現金により返済したが、以上の経緯からすると、本件譲渡は、実質的に保証債務を履行するためのものというべきであり、「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当する。
ロ 原処分庁
 保証債務の履行を他からの借入金によって行い、その後その借入金を返済するために資産を譲渡したような場合であっても、実質的に見て保証債務の履行のための資産の譲渡と認められるものについては、例外的に本件特例が適用されるが、本件では、本件譲渡代金が借入金の返済に充てられた事実は認められないから、本件譲渡は、「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当しない。

トップに戻る

3 判断

(1) 争点1について

イ 法令解釈
 所得税法第64条第2項は、保証人が、求償権の行使により最終的な経済的負担は免れうるとの予期のもとで保証契約を締結したにもかかわらず、一方で保証債務の履行のために資産の譲渡を余儀なくされ、他方で主債務者の無資力等により、予期に反して求償権の行使が不能となった場合には、その資産の譲渡に係る所得に対する課税を、求償権が行使できなくなった限度で差し控えるべきであるという趣旨の規定である(東京高判平成7年9月5日税務訴訟資料213号553頁等参照。)。
 上記趣旨に照らせば、本件特例を適用するためには、1債務の保証をしたこと、2保証債務の履行のために資産を譲渡したこと、3保証債務を履行したこと及び4履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができなくなったことの4つの実体的要件が必要であると解される。
 そして、上記実体的要件にいう保証債務の解釈について、所得税基本通達64−4は、保証債務の履行があった場合とは、民法第446条《保証人の責任等》に規定する保証人の債務又は同法第454条《連帯保証の場合の特則》に規定する連帯保証人の債務を履行した場合のほか、別紙の4の(1)ないし(6)に掲げる場合も、その債務の履行等に伴う求償権を生ずることとなるときは、これに該当するものとしている。
 これは、狭義の保証債務の履行のほか、別紙の4の(1)ないし(6)の各場合にも、狭義の保証債務の履行と同様の事情があるといえるから、上記趣旨が妥当し、本件特例の適用を認めるべきであるとの判断に基づくものと解され、当審判所も、上記通達の解釈が相当であると解する。
ロ 認定事実
(イ) 請求人は、上記1の(4)のヘのとおり、Aらから、Q市物件を代金12,000,000円で買い受けたが、その際、当該代金を、Q市物件に設定されている抵当権の抵当権者に対して、民法第379条《抵当権消滅請求》以下に規定する抵当権消滅請求の方法により支払う旨の合意をした(平成16年7月12日付不動産売買契約証書第5条第2項)。
 なお、上記売買契約証書には、「民法第378条以下の規定による抵当権消滅請求」との記載があるが、民法第378条《代価弁済》は代価弁済に関する規定であり、抵当権消滅請求に関する規定ではないから、「民法第379条」の誤記であると解する。
(ロ) 請求人は、平成16年8月3日付で、1Q市物件を請求人が取得した旨、2C銀行等はQ市物件に抵当権を有している旨及び3第三取得者である請求人は、民法第384条《債権者のみなし承諾》の規定に従い、C銀行等が本書面受領の日より2か月以内に競売の申立てをしないときは、Q市物件の代価として金1,200万円(土地につき900万円、建物につき300万円)を供託する旨記載した「通知書」と題する書面により、C銀行等に対し、上記2の抵当権の消滅を請求する旨を通知した。
(ハ) 請求人は、平成16年10月27日、上記1の(4)のトのとおり、抵当権者であるC銀行等に対する弁済をし、別表2の順号1及び2の抵当権は消滅した。
ハ 当てはめ
 請求人は、上記ロのとおり、Q市物件にC銀行等のために抵当権が設定されていることを認識しながらこれを買い受け、売主であるAらに本来支払うべき売買代金12,000,000円を、抵当権消滅請求のために、C銀行等に対して支払ったにすぎないから、請求人が、AらのC銀行等に対する債務の保証をした事実はない。また、C銀行等に対する支払は、別紙の4の(1)ないし(6)のいずれの場合にも該当せず、狭義の保証債務の履行と同様の事情があるとはいえない。
 したがって、C銀行等に対する支払は、上記イの実体的要件1及び3を満たさず、保証債務を履行した場合に該当しない。

トップに戻る

(2) 争点2について

イ 法令解釈等
 本件特例を適用するためには、上記(1)のイのとおり、4つの実体的要件が必要とされるところ、上記趣旨からすれば、実体的要件2を満たすといえるためには、資産の譲渡による収入と保証債務の履行との間に、資産の譲渡による収入が保証債務の履行に充てられたという因果関係が認められることが必要である。
 したがって、保証債務の履行を他からの借入金によって行い、その後、その借入金を返済するために資産を譲渡した場合は、原則として「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当しない。
 もっとも、資産の譲渡に長期間を要するような場合において、やむを得ず借入金でその保証債務を履行した後、社会通念上相当な期間内に資産を譲渡してその借入金を返済した場合のように、実質的にみて保証債務の履行のための資産の譲渡と認められるものについては、例外的に本件特例が適用されるものと解する。
 所得税基本通達64−5も、同様の解釈に基づき、借入金を返済するための資産の譲渡が保証債務を履行した日からおおむね1年以内に行われているときは、実質的に保証債務を履行するために資産の譲渡があったものとして差し支えない旨定めている。
ロ 認定事実
 請求人の当審判所に対する答述によれば、以下の事実が認められる。
(イ) 請求人は、本件土地を、将来自宅を建てる目的で取得したが、平成14年当時、何ら利用していなかった。
 請求人は、平成14年の本件保証債務の履行直後、不動産業者数社に本件土地の売却を依頼した。
 平成16年末ころにR市にあるT社という業者と専任媒介契約を締結し、平成18年に売買に至った。売却に時間がかかったのは価格面での折り合いがつかなかったためである。
(ロ) 本件譲渡に係る売買契約はU銀行W支店で行い、その際、請求人は、本件譲渡代金のうち1,000,000円を手付金として受領し、銀行口座に入金せずに現金で保管していた。
 また、本件譲渡代金の残金29,000,000円は、平成18年4月27日、U銀行X支店の請求人名義の普通預金口座に振り込まれた。
(ハ) 請求人は、本件各借入金等を、上記1の(4)のリのとおり返済したが、この返済は手持ち現金により行われており、本件譲渡代金は、本件各借入金等の返済に充てられていない。
ハ 当てはめ
(イ) 請求人は、上記1の(4)のハの(ハ)のとおり、BのF社に対する債務を連帯保証しているから、F社の債権譲渡先であるG社に対する請求人による支払は、上記(1)のイの実体的要件の1及び3を充足する。
(ロ) しかし、請求人は、上記1の(4)のホ及びチのとおり、本件各借入金のうちの5,500,000円及び自己資金により、G社に対する代位弁済をしており、本件譲渡は上記代位弁済後になされているから、本件譲渡代金が直接保証債務の履行に充てられたわけではない。
 したがって、上記(1)のイの実体的要件2を充足するというためには、上記イのとおり、本件譲渡が、実質的にみて保証債務の履行のための資産の譲渡と認められることが必要である。
(ハ) これを本件についてみると、上記1の(4)のホのとおり、本件各借入金のうち5,500,000円は本件保証債務の履行に充てられたものと認められるが、本件譲渡は、本件保証債務の履行から3年以上経過してから行われている上、本件各借入金の返済は、上記ロの(ハ)のとおり、自己資金により行われており、本件譲渡代金が本件各借入金の返済に充てられた事実は認められない。
 なお、請求人は、当審判所に対し、本件各借入金の返済に充てた自己資金には、本件譲渡代金の手付金1,000,000円が含まれている旨答述するが、これを裏付ける客観的証拠は何ら存在しないところ、手付金の受領から本件各借入金の返済まで約7か月が経過していることも考慮すると、現金の同一性に疑義があるといわざるを得ず、上記答述は採用することができない。
 以上によれば、本件譲渡は、実質的に保証債務を履行するための資産の譲渡であったとはいえず、本件譲渡代金と本件保証債務の履行との間に因果関係は認められないから、上記(1)のイの実体的要件2を充足しない。
(ニ) したがって、本件譲渡は「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」には該当しない。

トップに戻る

(3) 本件通知処分について

 以上のとおり、C銀行等に対する支払は、保証債務の履行とは認められず、本件譲渡は「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当しないから、本件譲渡について本件特例を適用することはできない。
 したがって、本件更正の請求に対し、更正をすべき理由はないとした本件通知処分は適法である。

(4) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る