(平成23年11月17日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人(以下「請求人」という。)の滞納国税を徴収するため、その所有する不動産につき差押処分をしたのに対し、請求人が、課税処分の取消訴訟が係属中になされた差押処分は、原処分庁の権限の濫用に当たる違法、不当な処分であり、また、当該差押処分は、これに先行する課税処分の違法性を承継した違法な処分であるなどと主張して、その全部の取消しを求めた事案であり、争点は、当該差押処分は違法又は不当な処分か否かである。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成19年12月14日付で、国税通則法(以下「通則法」という。)第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、別表の請求人が納付すべき滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)について、C税務署長から徴収の引継ぎを受けた。
ロ 原処分庁は、本件滞納国税を徴収するために、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第47条《差押の要件》第1項第1号の規定に基づき、平成22年6月14日付で請求人が所有するa市b町○−○の土地(地目:宅地、地積:1,003.31平方メートル。以下「本件不動産」という。)について、差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
ハ 請求人は、平成22年8月13日に、本件差押処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月9日付で棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、平成22年12月3日に、異議決定を経た後の本件差押処分に不服があるとして、審査請求(以下「本件審査請求」という。)をした。

(3) 関係法令の要旨

イ 通則法第37条《督促》第1項は、納税者がその国税を納期限までに完納しない場合には、税務署長は、その納税者に対し、督促状によりその納付を督促しなければならない旨規定している。
ロ 通則法第43条第3項は、国税局長は、必要があると認めるときは、その管轄区域内の地域を所轄する税務署長からその徴収する国税について徴収の引継ぎを受けることができる旨規定している。
ハ 通則法第105条《不服申立てと国税の徴収との関係》第1項は、国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立ては、その目的となった処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない旨規定し、同項ただし書は、その国税の徴収のため差し押さえた財産の滞納処分による換価は、その財産の価額が著しく減少するおそれがあるとき、又は不服申立人から別段の申出があるときを除き、その不服申立てについての決定又は裁決があるまで、することができない旨規定している。
ニ 徴収法第47条第1項第1号は、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押さえなければならない旨規定している。
ホ 行政事件訴訟法第25条《執行停止》第1項は、処分の取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない旨規定し、同条第2項は、処分の取消しの訴えの提起があった場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもって、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止をすることができる旨規定している。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件差押処分の前提となった課税処分について
(イ) 請求人が、平成16年分の所得税の期限後申告書並びに平成17年分及び平成18年分の所得税の各修正申告書を提出したのに対し、C税務署長は、平成19年6月27日付で、請求人に対して平成16年分の所得税に係る無申告加算税の額を○○○○円、平成17年分の所得税に係る重加算税の額を○○○○円並びに平成18年分の所得税に係る過少申告加算税の額を○○○○円及び重加算税の額を○○○○円とする各賦課決定処分(以下、これらを併せて「本件各賦課決定処分」という。)をした。
(ロ) 請求人が、平成19年7月23日に本件各賦課決定処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年10月23日付で棄却の異議決定をした。
 また、請求人は、平成19年11月19日に、異議決定を経た後の本件各賦課決定処分を不服として審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成20年9月26日付で棄却の裁決をした。
(ハ) その後、請求人は、平成21年3月○日にD地方裁判所に本件各賦課決定処分の取消訴訟を提起したところ、D地方裁判所は、平成○年○月○日付で棄却の判決をした。
 また、請求人は、平成22年6月○日にD高等裁判所に対して控訴したところ、D高等裁判所は、平成○年○月○日付で棄却の判決をした。
 さらに、請求人は、平成23年1月○日に最高裁判所に対して上告及び上告受理の申立てをしたところ、最高裁判所は、平成○年○月○日付で上告棄却及び上告受理申立ての不受理の決定をした。
ロ 督促について
 C税務署長は、本件滞納国税について、納期限までに完納されていなかったので、通則法第37条第1項の規定に基づき、平成19年8月21日付で、請求人に対して納付を求める督促状を送付した。

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2 主張

原処分庁 請求人
 本件差押処分には、次の理由から、違法又は不当な点はない。  原処分庁は、次の理由から、違法又は不当な本件差押処分を取り消すべきである。
(1) 本件各賦課決定処分は、国税の納税義務を具体化し、その納付すべき税額を確定させることを目的とする課税処分であるのに対し、本件差押処分は、その具体化し確定した納税義務の強制的な実現を目的とする処分である。
 したがって、両者はそれぞれ別個の目的及び法律効果を有する独立した行政処分であり、仮に本件各賦課決定処分に違法があったとしても、本件各賦課決定処分が取り消されない限り、その違法を理由として本件差押処分の取消しを求めることはできない。
 また、行政事件訴訟法第25条によれば、本件各賦課決定処分については、同条第1項の規定によりその効力は妨げられないことになり、また、同条第2項に規定する裁判所からの処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部を停止する旨の命令が出ていない以上、徴収法第47条第1項第1号の規定に基づいた本件差押処分は違法ではない。
(1) 本件各賦課決定処分の取消訴訟の裁判が係属中で、いずれも違法な処分であるため、裁判で取り消されることが明らかである。その本件各賦課決定処分を前提とした、形式的な徴収法の規定に基づく本件差押処分は、原処分庁の権限の濫用であり、不当な手続であるとともに、本件各賦課決定処分と密接に関連し、不可分の関係であることから、前提となる本件各賦課決定処分の違法性が承継され、本件差押処分も違法となる。
(2) 原処分庁は、本件滞納国税が完納されていないため、徴収法第47条第1項第1号の規定に基づき本件差押処分を行ったのであり、本件差押処分は適法な処分である。 (2) 請求人は、本件差押処分により、実質的に本件不動産を自由に処分することができず、著しい不利益が生じており、また、原処分庁が、○○であり社会的弱者である請求人に対して、本件差押処分の強権を行うことは公序良俗に反する。
(3) 本件差押処分の効力は、本件不動産について賃貸借契約がなされていても、何ら影響を受けるものではない。 (3) 本件不動産については平成8年8月31日に賃貸借契約がなされており、本件差押処分は、賃借人に与える影響が大きいため無効である。
(4) 通則法第105条第1項本文によれば、国税に関する法律に基づく処分に対する不服申立ては、その目的となった処分の執行等を原則妨げないが、本件差押処分については、不服申立てが継続しているため、同項ただし書の規定に基づき、本件差押処分に基づく換価の手続は実施していない。 (4) 裁判確定前に本件不動産が換価されてしまうと、請求人は取り返しのつかない不利益を被る。

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3 判断

(1) 法令解釈

イ 差押処分の意義について
 徴収法第47条は、差押処分の要件について定めた規定であるところ、滞納処分は、国税が納期限までに完納されないとき、国税債権を強制的に実現するための一連の手続であって、納税者の財産をもって滞納国税に充てることをその目的としているものである。そして、この目的のため、納税者の特定の財産の処分を禁止するのが差押処分であり、当該処分は、納税者の意思に関わりなく強制的に行われるものである。
ロ 差押処分の制限について
 上記イのとおり、差押処分は、その目的達成のため、納税者の意思に関わらず強制的に行われるものであるが、その一方で納税者の権利及び利益の保護並びに生計及び事業の維持の必要性から、差押処分を一定の範囲で制限し、これらと調整を図る趣旨の制度も設けられている。
 すなわち、差押えすることができる財産について、上記趣旨に従いその内容及び範囲を制限している規定として、徴収法第48条《超過差押及び無益な差押の禁止》及び同法第79条《差押の解除の要件》に係る超過差押え又は無益な差押えの禁止及び解除に関する各規定並びに同法第75条《一般の差押禁止財産》ないし第78条《条件付差押禁止財産》に係る差押禁止財産に関する各規定がある。また、納税者の資力状況及びその他の理由に基づき徴収を緩和する場合を規定したものとして、通則法第46条《納税の猶予の要件等》に係る納税の猶予、同法第105条に係る徴収の猶予等及び徴収法第153条《滞納処分の停止の要件等》に係る滞納処分の停止に関する各規定があり、これらの規定に基づいて納税の猶予等の徴収を緩和する処分がなされたときには、差押えに一定の制限がされる場合がある。
ハ 差押財産の選択について
 差押処分に当たり、いかなる財産を差し押さえるかについては、徴収法その他の法令には差押財産の種類又は順序について制限を設けた規定はないから、納税者保護との調整を趣旨とする上記ロの法令の規定及びその他の法令等の規定により滞納処分が制限されることのない範囲において、徴収職員の合理的な裁量に委ねられていると解される。

(2) 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 原処分庁は、請求人と継続的に接触を図り、本件滞納国税の納付を促したが、その納付がないため請求人の預貯金、不動産等の財産調査を行った。その結果、換価処分が適当と認められる財産は、本件不動産のみであった。
ロ 本件滞納国税は、本件差押処分の日においても完納されていなかった。
ハ 本件各賦課決定処分の取消訴訟において、裁判所から行政事件訴訟法第25条第2項に基づく執行停止命令はなされていない。

(3) 本件への当てはめ

イ 本件各賦課決定処分の違法性の承継等について
 請求人は、本件各賦課決定処分の取消訴訟の裁判が係属中で、いずれも違法な処分であるため、裁判で取り消されることが明らかであり、まる1その本件各賦課決定処分を前提とした、形式的な徴収法の規定に基づく本件差押処分は、原処分庁の権限の濫用であり、不当な手続であるとともに、まる2本件差押処分は、本件各賦課決定処分と密接に関連し、不可分の関係であることから、前提となる本件各賦課決定処分の違法性が承継され、本件差押処分も違法となる旨主張する。
 しかしながら、上記1の(3)のホのとおり、行政事件訴訟法第25条第1項の規定により、本件各賦課決定処分の取消訴訟が係属中であっても、本件各賦課決定処分の効力は妨げられないことから、本件各賦課決定処分に係る納付すべき税額に基づき、滞納処分は続行されることとなる。原処分庁は、上記(2)のとおり、督促に係る国税が完納されておらず、裁判所から執行停止命令もなされていないことから、本件滞納国税につき督促手続を経て徴収法第47条第1項第1号の規定に基づき本件差押処分を行ったものである。
 また、本件各賦課決定処分のような課税処分は、国税の納税義務を具体化し、その納付すべき税額を確定させることを目的とする処分であるところ、本件差押処分のような滞納処分は、上記(1)のイのとおり、既に具体的に確定した税額が納期限までに完納されない場合に、国税債権の強制的実現を目的とする徴収手続であって、両者はそれぞれ目的を異にする別個独立した行政処分であることから、違法性は承継されず、課税処分が重大かつ明白な瑕疵により無効であるか、違法を理由として権限ある機関によって取り消された場合でない限り、先行する課税処分の違法を理由として滞納処分の取消しを求めることはできないと解するのが相当である。
 本件各賦課決定処分には、上記1の(4)のイのとおり、重大かつ明白な瑕疵はなく、また、違法を理由として権限ある機関によって取り消された事実もないのであるから、本件各賦課決定処分の違法性を前提とした請求人の主張はその前提を欠くものである。
 したがって、本件差押処分が原処分庁の権限の濫用であり、違法又は不当であるとの請求人の主張には理由がない。
ロ 本件差押処分について
 本件差押処分については、C税務署長が本件滞納国税について請求人に対して督促状を送付しており、また、請求人が本件滞納国税につき、上記(2)のロのとおり督促状を発した日から起算して10日を経過した日後の本件差押処分の日においても完納していないため、C税務署長から徴収の引継ぎを受けた原処分庁が本件差押処分を行ったものであり、本件差押処分は、徴収法第47条第1項第1号の規定に基づき行われたことが認められる。
 また、本件不動産は、徴収法第75条ないし第78条に規定する差押禁止財産のいずれにも該当せず、本件不動産の差押えは法令の規定により制限されていないところ、上記(2)のイのとおり原処分庁が請求人の土地等の財産調査を実施した結果、本件不動産以外には適当な財産は見受けられなかったことが認められることから、本件差押処分が徴収職員の合理的な裁量の範囲を逸脱し、又はその行使に適切さを欠いているとも認められない。
 したがって、本件差押処分は違法ではなく、また、不当な点もない。
ハ 請求人のその他の主張について
(イ) 請求人は、本件差押処分により、実質的に本件不動産を自由に処分することができず、著しい不利益が生じており、また、○○であり社会的弱者である請求人に対して、原処分庁が本件差押処分の強権を行うことは公序良俗に反する旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のイのとおり、差押処分が納税者の特定の財産の処分を禁止し、国税債権を強制的に実現するための処分という性質のものであるところ、滞納者が○○であることを理由に当該滞納者の財産の差押えを禁止する規定はないため、本件差押処分は、滞納者である請求人が受忍すべき処分といわざるを得ない。
 また、租税が納税者の所得又は資産に担税力を見いだして課税されるものであり、確定した税額について納税義務が課されている以上、本件滞納国税を徴収するためになされた本件差押処分を、公序良俗に反する処分とはいえない。
 したがって、請求人の主張は採用できない。
(ロ) 請求人は、本件不動産には平成8年8月31日に賃貸借契約がなされており、本件差押処分は賃借人に与える影響が大きいため無効である旨主張する。
 しかしながら、請求人は、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として無効を主張するものであり、本件審査請求の理由とすることはできない。
 したがって、請求人の主張は採用できない。
(ハ) 請求人は、裁判確定前に本件不動産が換価されてしまうと、取り返しのつかない不利益を被る旨主張する。
 しかしながら、本件各賦課決定処分の取消訴訟が係属中であっても、上記イのとおり、裁判所から執行停止命令がなされない限り滞納処分は続行されるのであって、本件滞納国税が完納されない限り滞納処分に伴う不利益は、滞納者である請求人が受忍すべきものであるといわざるを得ない。
 したがって、請求人の主張は採用できない。
(ニ) 請求人は、請求人の本件各賦課決定処分の取消訴訟の上告が棄却され、上告受理申立てが不受理となったが、再審請求を行うことを検討しており、それによって最高裁判所の決定は変更されるべきものであるから、上告が棄却されたからといって本件審査請求を棄却すべきではない旨主張する。
 しかしながら、本件各賦課決定処分は、最高裁判所の決定により適法であることが確定しており、仮に再審請求がなされたにしても、上記(2)のハのとおり、行政事件訴訟法第25条第2項の規定による裁判所から執行停止命令がなされていない以上、同条第1項の規定により本件各賦課決定処分の効力は妨げられないことになり、また、本件差押処分は、本件各賦課決定処分とは別個独立の処分であるから違法性が承継されることはない。
 したがって、請求人の主張は採用できない。

(4) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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