(平成26年7月1日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が外国法人との間で雇用契約を締結し、同契約に基づく給与について請求人の所得税の申告がなされ、また、同時期に、請求人が代表取締役を務める内国法人が上記外国法人との間で業務委託基本契約を締結し、同契約に基づく業務委託手数料について当該内国法人の法人税等の申告がなされていたところ、原処分庁が、当該業務委託基本契約に基づいて当該内国法人が委託された業務の内容と、当該雇用契約に基づいて請求人が行う業務の内容を区別することはできないなどとして、当該外国法人から当該内国法人に支払われた業務委託手数料の全部を請求人の給与であると認定して、所得税の各更正処分等を行ったことに対して、請求人がその全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 請求人の平成21年分ないし平成23年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税についての審査請求(平成25年8月21日請求)に至る経緯等は、次表のとおりである。
 なお、以下、本件各年分の所得税の各更正処分を「本件各更正処分」といい、本件各年分の所得税に係る過少申告加算税の各賦課決定処分を「本件各賦課決定処分」という。

(単位:円)
年分
区分
項目
確定申告 更正処分等 異議申立て 異議決定
平成21年分 年月日 法定申告期限内 平成25年3月8日 平成25年4月23日 平成25年7月23日
総所得金額
(給与所得の金額)
○○○○ ○○○○ 全部取消し 棄却
納付すべき税額 ○○○○ ○○○○
過少申告加算税の額   ○○○○
平成22年分 年月日 法定申告期限内 平成25年3月8日 平成25年4月23日 平成25年7月23日
総所得金額
(給与所得の金額)
○○○○ ○○○○ 全部取消し 棄却
納付すべき税額 ○○○○ ○○○○
過少申告加算税の額   ○○○○
平成23年分 年月日 法定申告期限内 平成25年3月8日 平成25年4月23日 平成25年7月23日
総所得金額
(給与所得の金額)
○○○○ ○○○○ 全部取消し 棄却
納付すべき税額 ○○○○ ○○○○
過少申告加算税の額   ○○○○

(3) 関係法令

 民法第94条《虚偽表示》第1項は、相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成15年11月○日、本店所在地をa市b町○−○、主な事業目的をコンピュータシステムの開発及び運用支援等として、H社を設立して、同社の代表取締役に就任した。
ロ J社及びH社は、平成16年4月1日、委託者をJ社、受託者をH社とし、契約期間を同日から平成17年3月31日までの1年間として、J社が行う全世界共通システムの導入を補佐し、会社業務の再設計及び業務遂行部門の意識変革を通じ、J社の社内革新を目指す活動についてのプロジェクト・マネージメント業務をH社に対して委託することを内容とする業務委託基本契約(以下「第一次業務委託基本契約」という。)を締結した。
ハ J社及びH社は、平成17年8月1日、委託者をJ社、受託者をH社とし、契約期間を同日から平成22年12月31日までとして、J社が、要旨次の内容の業務をH社に対して委託するとする業務委託基本契約(以下「第二次業務委託基本契約」という。)を締結した。
(イ) 委託業務の内容
A J社の擁する○○部が定めた経営戦略に則って、J社日本支社の○○部に属するカスタマー・サービス・デリバリー部門(以下「CSD部門」という。)の事業活動全般を統括し、その運営・管理を行い、もって経営目標の実現に寄与する。
B J社日本支社のCSD部門ヘッドとして、また、同社の○○部全組織における上席者として、必要に応じ、在外の各○○部マネジメントとの折衝の任に当たる。
C J社日本支社における各事業部の長により構成される経営会議(以下「K」という。)に同社の○○部を代表して出席し、Kの一員として、J社日本支社全体の経営に参画する。
(ロ) 就業形態及び業務委託手数料について
A 月次の基本委託料金を○○○○万円とする。
B 基本委託料金には、J社の指定する事業所への通常の交通費を含むものとする。ただし、国内外を問わず通常時以外の事業所に赴き委託業務を行わなくてはならないときには、J社はH社に対し交通費・宿泊費・食費等J社が必要と認める経費の実費を支払うものとする。
C J社はH社の年間業績を各事業年度末に評価し、その評点に応じてH社に特別報酬額を次表のとおり支払う。

評点 特別報酬額 評点 特別報酬額
G1/L1 ○○○○万円 G3/L4又はG4/L3 ○○○○万円
G1/L2又はG2/L1 ○○○○万円 G4/L4 ○○○○万円
G2/L2 ○○○○万円 G4/L5又はG5/L4 ○○
G2/L3又はG3/L2 ○○○○万円 G5/L5 ○○
G3/L3 ○○○○万円 - -

D その他、本契約で定めたもの以外の経費が発生した場合には、J社・H社両者が協議して、その取扱いを決定するものとする。
(ハ) 業務遂行と管理義務について
A H社は、委託業務の遂行に当たっては、あらかじめJ社、H社間で合意された手法を遵守し、十分な配慮をもってこれを管理するとともに迅速かつ誠実にこれを遂行するものとする。
B H社は委託業務遂行中業務遂行に関わる担当者及び事前にJ社が了解した第三者以外のいかなる第三者も委託業務遂行場所に立ち入ることを禁ずるよう配慮する。
ニ J社とH社は、平成17年8月25日、第二次業務委託基本契約で定める、就業形態及び業務委託手数料(上記ハの(ロ))の内容について、要旨次のとおり変更した(以下、変更された後の第二次業務委託基本契約を「本件業務委託基本契約」という。)。
(イ) 月次の基本委託料金を○○○○万円から○○○○万円に変更する。
(ロ) 上記ハの(ロ)のBに記載された事項を削除する。
(ハ) 特別報酬額を次表のとおりに変更する。

評点 特別報酬額 評点 特別報酬額
G1/L1 ○○○○万円 G3/L4又はG4/L3 ○○○○万円
G1/L2又はG2/L1 ○○○○万円 G4/L4 ○○○○万円
G2/L2 ○○○○万円 G4/L5又はG5/L4 ○○
G2/L3又はG3/L2 ○○○○万円 G5/L5 ○○
G3/L3 ○○○○万円 - -

ホ J社は、平成17年8月25日、請求人に対し、請求人をJ社日本支社に雇用したい旨記載した要請文(以下「要請文」という。)及び「Compensation Package」と題する書面(以下「報酬提案書」という。)を送付し、請求人は報酬提案書に同日付でサインした上、J社に提出した。
(イ) 要請文の要旨
A 請求人の役職は、Vice President-Customer Service Delivery,○○部 Japan/band 45(日本におけるCSD部門のバイスプレジデント(副社長)/職位45)
B 雇用契約は、2005(平成17)年9月1日から有効となる。
C 雇用契約に基づく給与(年収)は、報酬提案書に示される年間基本給が支払われる。
D 就業規則に基づき最初の3か月は試用期間とする。
(ロ) 報酬提案書の要旨
A 表題部
(氏名)M(請求人)、(入社日)2005(平成17)年9月1日、(役職)Vice President-Customer Service Delivery、(部署)○○部 Japan
B 年間基本給欄
(基本給)  ○○○○円×12   年額○○○○円
(賞与)   ○○○○円×5.0    年額○○○○円
(手当)   ○○○○円×12   年額○○○○円
(合計)             年額○○○○円
C 基本給(年額)の○○%のパフォーマンスボーナス及びインセンティブプランの適用がある。
D 年間のパフォーマンスボーナスの評価は暦年で行われる。給与の調整は4月に行われ、年間基本給に適用される。
ヘ J社と請求人は、平成17年9月1日、要旨次の内容のとおり雇用契約(以下「第一雇用契約」という。)を締結した。
(イ) J社は請求人を雇用し、請求人はJ社に雇用されて労務を提供する。
(ロ) 請求人の職種は、Vice President-Customer Service Delivery(CSD部門のバイスプレジデント(副社長))とし、J社は業務上の都合で請求人の職種の変更を命じることがあるが、請求人はこれに従う。
ト 請求人は、平成20年5月31日をもって退職する旨記載した退職届をJ社に提出した上で、J社と、平成20年6月1日から平成22年5月31日の間を雇用期間とする雇用契約(以下「第二雇用契約」という。)を締結した。
 なお、第二雇用契約の要旨は、次のとおりである。
(イ) 仕事及び地位(Job and Status)
 Vice President & Head of Customer Service Delivery,○○部 Japan(日本におけるCSD部門の統括及びバイスプレジデント(副社長))
(ロ) 業務及び責任(Job/Responsibilities)
A ○○部が定めた経営戦略に則って、○○部が担うビジネス活動全般を統括し、その運営・管理を行い、もって経営目標の実現に寄与する。
B J社日本支社のCSD部門ヘッドとして、また、同社の○○部全組織における上席者として、必要に応じ世界各国○○部上席者と折衝の任に当たる。
C Kに出席し、Kの一員としてJ社日本支社全体の経営に参画する。
チ 請求人とJ社は、雇用期間を平成22年6月1日から平成23年12月31日の間とする雇用契約(以下「第三雇用契約」といい、第一雇用契約及び第二雇用契約と併せて「本件各雇用契約」という。)を締結した 。
 なお、第三雇用契約の要旨は、次のとおりである。
(イ) 仕事及び地位(Job and Status)
 Vice President of World Service,Japan(日本におけるワールドサービス部門のバイスプレジデント(副社長))
(ロ) 業務及び責任(Job/Responsibilities)
A World Service Division(ワールドサービス部門)が定めた経営戦略に則って、同部門が担う事業活動全般を統括し、その運営・管理を行い、もって経営目標の実現に寄与する。
B  J社日本支社のWorld Service Division(ワールドサービス部門)のヘッドとして、また、同社全体の上席者として必要に応じ世界各国の World Service Division上席者と折衝の任に当たる。
C Kに出席し、Kの一員としてJ社日本支社全体の経営に参画する。
リ 本件業務委託基本契約は平成22年12月31日に自動更新された後、平成23年12月31日に終了し、同日、第三雇用契約も終了した。
ヌ 本件業務委託基本契約に基づく、J社のH社に対する業務委託手数料の合計額は、J社の平成21年1月1日から同年12月31日までの事業年度においては27,457,500円、平成22年1月1日から同年12月31日までの事業年度においては27,090,000円、及び平成23年1月1日から同年12月31日までの事業年度においては26,407,500円である。
ル 原処分庁は、上記ヌのJ社からH社に対する業務委託手数料は、その全額が請求人に対する給与に当たるとして、請求人に対して、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を行った。

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2 争点

 J社と請求人は、真実は、J社を使用者、請求人を労働者とする本件各雇用契約を締結したのみであるのにも関わらず、J社と請求人が代表取締役を務めるH社の間で仮装の本件業務委託基本契約を締結して、本来は本件各雇用契約に基づき請求人に支払われるべき給与の一部を、仮装の本件業務委託基本契約に基づく報酬の支払としてH社に支払ったものであるか否か(本件業務委託基本契約が民法第94条第1項に規定する通謀虚偽表示により無効であれば、平成21年ないし平成23年中にJ社がH社に支払った業務委託手数料は、請求人の給与に当たることになるので問題となる。)。

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3 主張

原処分庁 請求人
(1) 本件業務委託基本契約における当事者の真の合意内容は、次の理由から、J社を使用者、請求人を労働者とする雇用契約と認めるのが相当である。
イ 本件業務委託基本契約の業務内容と本件各雇用契約の業務内容に違いはないと認められること。
ロ J社及び請求人も本件業務委託基本契約の業務と本件各雇用契約の業務を明確に区分できないこと。
ハ J社においては、本件業務委託基本契約及び本件各雇用契約の報酬金額等について、1同社におけるVice President(以下「VP(副社長)」という。)としての報酬を便宜的に配分していたにすぎないこと、2特別報酬制度は個人評価又は部門評価に用いるものであり、当該制度を設けた業務委託基本契約は本件業務委託基本契約以外にはないこと、3本件業務委託基本契約における特別報酬制度の評価は請求人個人の評価を基に算定されていたこと。
ニ 本件業務委託基本契約の業務内容は、請求人個人の経験や能力に基づき提供できるものであって、J社のVP(副社長)として請求人個人が果たすべきものと認められること。
ホ 請求人の労務又は役務提供の態様は、J社との間で決められた勤務時間・勤務場所などの時間的・空間的拘束を受けたもので、同社の指揮監督に服する従属的なものであったこと。
(1) 第二次業務委託基本契約及び本件業務委託基本契約に基づく取引についても、以下のとおり、契約に瑕疵はなく、いずれも有効なものである。
イ 本件業務委託基本契約締結に先立ち、H社は、平成16年4月1日にJ社との間で第一次業務委託基本契約を有効に締結して、同契約に基づく業務を実際に行い、J社からの業務委託手数料を裏付けとして、営業活動を行っていたこと。
ロ 本件業務委託基本契約の締結当初の約1か月間は、同契約のみに基づいて業務を行っていたこと(雇用契約は存在していないこと。)。
ハ 平成16年4月当初から、H社は、法人税並びに消費税及び地方消費税の各確定申告書を提出しており、また、J社からの受託業務に係る費用としてタクシー代や目標達成パーティ費用も負担していることからも明らかなようにH社は実在し、実体のある会社であること。
ニ 請求人は、J社との間で本件各雇用契約を締結し、VP(副社長)という肩書を使用しているが、VP(副社長)という肩書は、本件業務委託基本契約に基づく業務を遂行する上で便宜上使用していたにすぎず、VP(副社長)という肩書を使用していることをもって、J社とH社との取引を否定するものではないこと。
(2) 上記(1)からすれば、J社とH社との間に、本件業務委託基本契約の法律効果を発生させる意思の合致は存在しないと認められること、また、本件業務委託基本契約と本件各雇用契約とを締結した背景には、J社が請求人を社員として雇用しようとしたものの、請求人がH社との業務委託基本契約を希望したため、請求人にJ社の事業に関与してもらうというJ社の目的を達成するために締結されたという事情があったこと、そもそも法人であるH社は雇用契約における一方契約当事者である労働者になり得ず、本件業務委託基本契約は原始的に無効であることからすると、本件業務委託基本契約は、J社とH社とが両者通じて虚偽の意思表示をしたものと認められることから、通謀虚偽表示(民法第94条)により無効である。 (2) H社は、J社から、本件業務委託基本契約に基づく業務を遂行する上でJ社のデータ・べースにアクセスするためにはJ社における社員の身分が必要との要請により、H社とJ社との間で、第二次業務委託基本契約を締結し、基本委託料金の一部を減額するとともに、請求人とJ社との間で、平成17年9月1日に第一雇用契約を締結し、その後、第二雇用契約及び第三雇用契約を締結したが、これらの本件各雇用契約は、本件業務委託基本契約に基づく業務を遂行する上での形式的なものであり、実質は、平成17年9月1日以降についても、何ら業務委託取引の実態に変化はなく、本来、基本委託料金全額について、H社の収益として計上すべきものであった。
 原処分庁は、虚偽の通謀に係る具体的な事実を明らかにしておらず、その主張する各事実は通謀虚偽表示の存在を裏付ける確固たる証拠を伴わないものであって、単なる憶測にすぎない。
(3) 以上のことから、J社と請求人は、本来は本件各雇用契約に基づき請求人に支払われるべき給与の一部を、本件業務委託基本契約に基づく報酬の支払という外観を作出してH社に支払ったものであると認められる。
 したがって、平成21年ないし平成23年にJ社がH社に支払った業務委託手数料は、その全部が請求人に帰属し、第二雇用契約及び第三雇用契約に基づく労務の対価の一部であると認められるから、請求人の給与に当たる。
(3) 以上のことから、本件業務委託基本契約は、H社とJ社との間で有効に成立したものである。
 したがって、平成21年ないし平成23年にJ社がH社に支払った業務委託手数料は、本件業務委託基本契約に基づき支払われたものであり、H社の収益に帰属し、請求人の給与には当たらない。

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4 判断

(1) 法令解釈

 民法第94条第1項にいう通謀虚偽表示とは、相手方と通じてする内心的効果意思と異なる意思表示のことをいう。

(2) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下のとおりの事実が認められる。
イ 第一次業務委託基本契約締結の経緯等
(イ) 請求人は、平成16年3月頃、J社日本支社の○○部のVP(副社長)を務めていたNに会い、Nから、Nの担当していた全世界共通システムの導入業務の補助業務を行わないかとの打診を受けた。これに対し、請求人は、H社の業務として行えるのであれば引き受ける旨回答し、これにJ社が応じて、第一次業務委託基本契約が締結された。
(ロ) その後、請求人は、J社日本支社においてJ社内外の関係者と連絡を取りつつ、主に全世界共通システムの導入業務の工程管理等を行い、平成17年5月頃に同システムがJ社に導入された。第一次業務委託基本契約の契約期間は平成16年4月から1年間であったが、自動更新され、請求人は、上記システムの導入後も引き続き同システムの調整業務等を行っていた。
(ハ) 第一次業務委託基本契約で定められた業務は、請求人が全て行っており、H社の他の社員は従事していない。
ロ 第二次業務委託基本契約締結の経緯等
(イ) 第一次業務委託基本契約で定められた業務がほぼ履行された後、請求人は、平成17年5月又は6月頃、○○部のVP(副社長)であったNから、○○部のVP(副社長)の後任にならないかと打診を受け、また、当時のJ社の人事部のVP(副社長)からも同様の打診を受けた。請求人は、これらに対し、第一次業務委託基本契約に係る業務をH社が行ったことから、J社に対し、H社の業務として、H社が契約当事者になるのであれば業務を引き受けると述べた。
(ロ) H社が受託する業務の内容は、平成17年7月上旬には、J社とH社との間でおおむね合意された。そして、請求人は、平成17年7月○日ないし○日の間、マレーシアで開催されたJ社アジア地区の○○部の会議にNとともに出席し、そこでNの後任者である旨紹介された。
(ハ) 請求人は、マレーシアから帰国後、平成17年8月1日付でH社の代表取締役として第二次業務委託基本契約に係る契約書にサインをした。なお、VP(副社長)としての地位にある請求人以外の者に係る業務委託基本契約は存在せず、J社との間でいずれも雇用契約が締結されており、VP(副社長)としての地位はJ社の指揮監督下において労務を提供する地位にある。
 その後、J社は、アジア地区全体の○○部の職員に対して、請求人が日本における○○部のVP(副社長)であることを通知した。
(ニ) 請求人は、平成17年8月1日から、J社日本支社のVP(副社長)としての職務を開始し、また、同日から、J社日本支社の組織図には請求人が日本における○○部のVP(副社長)である旨記載された。
 そして、請求人は、平成17年8月中旬にオーストラリアで開催された各国の○○部の責任者が集まる会議にも単独で出席した。
 また、第二次業務委託基本契約で定められた業務については、本件業務委託基本契約が平成23年12月31日に終了するまでの間、請求人が全て行っており、H社の他の社員は従事していない。
ハ 第一雇用契約締結の経緯等
 J社の人事部のVP(副社長)は、上記ロの(ニ)のオーストラリアで開催された会議から請求人が戻った後、請求人に対して、請求人がJ社の人事システムにアクセスするために請求人との間で雇用契約を締結したい、もっとも、雇用契約は便宜的なものである、と述べた。請求人は、これを了承し、平成17年8月25日にH社とJ社との間で第二次業務委託基本契約で定める報酬を減額する内容の合意がなされ、その後、平成17年9月1日に、請求人とJ社との間で第一雇用契約が締結された。
ニ H社の業務実態
 H社は、平成15年11月○日に設立以降、各事業年度において決算を行った上、法人税等の申告も行い、従業員一名を雇って、○○に関するインターネット上のサイトを運営している会社である。
ホ 請求人の役員報酬
 H社は、請求人に対して、平成17年1月分ないし平成23年12月分の役員報酬として、月額○○○○円(年額○○○○円)を支払っていた。

(3) 検討

 本件においては、J社とH社との間の本件業務委託基本契約が通謀虚偽表示により無効となるか否かが争点となっているので、以下、通謀虚偽表示の成否について検討する。
イ 本件業務委託基本契約において合意されている内容について
(イ) 第二次業務委託基本契約及び本件業務委託基本契約の締結の経緯を見るに、上記(2)のロの(イ)のとおり、H社が契約の当事者となることについては、H社からJ社に対して申し出たものであり、このことは、H社が第一次業務委託基本契約に続き、業務委託基本契約を締結し、業務を受託することにより、同社の業績を上げたいとの意図があったものと認められる。一方で、J社は、請求人に○○部のVP(副社長)の業務を行ってもらうため、H社を通じて請求人が当該業務を履行するのであれば、同社との間で業務委託基本契約を締結することに合意したと認められる。
(ロ) そして、上記1の(4)のハの(ハ)のとおり、第二次業務委託基本契約において、同契約に係る業務遂行を行う担当者及びJ社が許可した者以外の業務遂行場所への立入りが禁止されている定めがあることから、同契約の業務はH社が担当者を指定して行う前提となっていること、上記(2)のロの(イ)のとおり、第二次業務委託基本契約を締結するまでの過程において、請求人以外の者が○○部のVP(副社長)の業務を遂行することは想定されていなかったこと、事実、同(ニ)のとおり、第二次業務委託基本契約及び本件業務委託基本契約で定められた業務をH社の請求人以外の社員が行っていないこと、同(ハ)のとおり、同VP(副社長)としての地位はJ社の指揮監督下において労務を提供する地位であることなどを考慮すると、本件業務委託基本契約において合意されている内容は、H社が、その代表者である請求人に、J社の下で、J社日本支社のVP(副社長)としての業務を行わせ、J社がその対価をH社に支払うというものであり、H社がJ社に対して、請求人の労働力をJ社の指揮監督下に提供することを内容とする契約であると認められる。
ロ 表示された債務が履行されていることについて
 上記(2)のロの(ニ)及び同ハのとおり、請求人は、J社の人事部のVP(副社長)から雇用契約締結の申出がされる以前である、平成17年8月1日から、J社日本支社のVP(副社長)としての業務を開始しており、これは第二次業務委託基本契約で定めるとおり、当該業務に従事したものであり、請求人は、その後も、本件業務委託基本契約が終了する平成23年12月31日までの間、同契約に基づき、J社日本支社のVP(副社長)としての業務に従事し、その対価として、上記1の(4)のヌのとおり、J社からH社に対する業務委託手数料の支払も行われていることから、第二次業務委託基本契約及び本件業務委託基本契約で合意された内容のとおりの債務が各契約当事者によって履行されている。
ハ 第一雇用契約締結について
 また、平成17年8月1日に第二次業務委託基本契約が締結された後、同年9月1日にJ社と請求人との間で第一雇用契約が締結されているところ、第一雇用契約を締結した理由について、上記(2)のハのとおり、J社の人事部のVP(副社長)は、請求人に対して、請求人が人事のシステムにアクセスするために必要であるなどと述べたことなどからすると、請求人とJ社との間において、請求人がJ社の社員としての立場で労務に従事することを合意したものであり、第一雇用契約を締結することによって、請求人がJ社内部の一部のシステムへアクセスすることが可能になったものと認められる。
ニ H社が法人としての実体を備えていることについて
 加えて、H社は、上記(2)のニのとおり、本件業務委託基本契約が締結されるより約2年ほど前に設立されたものであり、設立後、継続的にサイトの開設作業や運営等の業務を行っており、従業員も雇用している。
 そうすると、H社は、実体を備えた法人であるといえ、通謀虚偽表示の形式的な主体とするために便宜的に設立されたものともいえない。
ホ H社から請求人への資金移動について
 本件業務委託基本契約が通謀虚偽表示であり、これがJ社と請求人によって作出された虚偽の外観であるとすれば、J社からH社に支払われた本件業務委託基本契約に基づく報酬は、本来は請求人のために支払われたものとして、H社を経由して請求人に支払われることが考えられる。しかしながら、上記(2)のホのとおり、本件業務委託基本契約の前後で、H社から請求人に支払われた役員報酬の金額は増加しておらず、同契約の報酬相当額が、H社から請求人に支払われたという事実は認められない。
ヘ 通謀虚偽表示を基礎付ける証拠、事実の有無について
 仮に、本件業務委託基本契約が通謀虚偽表示であるとすれば、J社との間の真実の契約当事者は請求人であるにもかかわらずH社としたことについて、H社として契約履行の意思がないのにJ社との間で虚偽の外観を作出したことを基礎付ける事実が少なくとも必要となるが、上記イの(イ)及びロのとおり、J社とH社の間で、H社を通じて請求人にJ社日本支社のVP(副社長)の業務を遂行してもらうことについて合意がなされた上、本件業務委託基本契約が締結されており、同契約に基づき、平成17年8月1日からH社は受託業務を履行していることから、H社とJ社との間において、そもそも虚偽の外観を作出する理由があったとは認められない。
 そして、当審判所の調査の結果によっても、本件業務委託基本契約が通謀虚偽表示により仮装されたものであることを基礎付ける証拠は見当たらず、原処分庁からも提出されていない。
ト 原処分庁の主張について
 原処分庁は、本件業務委託基本契約について、通謀虚偽表示によるものであり、無効であると主張する。
 すなわち、原処分庁は、1J社とH社との間の真の合意内容は、J社と請求人との間の雇用契約であることから、本件業務委託基本契約の法律効果を発生させる意思の合致は存在しないと認められること、2本件業務委託基本契約と本件各雇用契約とを締結した背景には、J社が請求人を社員として雇用しようとしたものの、請求人がH社との業務委託基本契約を希望したため、請求人にJ社の事業に関与してもらうというJ社の目的を達成するために締結されたという事情があったこと、3そもそも法人であるH社は雇用契約における一方契約当事者である労働者になり得ず、本件業務委託基本契約は原始的に無効であることなどから、本件業務委託基本契約は通謀虚偽表示によりなされたものであって無効であると主張する。
(イ) しかし、まず、上記イの(ロ)のとおり、本件業務委託基本契約においてJ社とH社の間の真の合意内容がJ社と請求人との間の雇用契約であるとは認められない。また、J社と請求人との間に、請求人をJ社の指揮監督下に置いた上で請求人の労働力を提供させる目的が認められるにしても、H社を通じて請求人にJ社の指揮監督下で労働力を提供してもらうという本件業務委託基本契約によってもその目的を達成することができるのであるから、契約自由の原則に照らし、J社の指揮監督下において請求人の労働力を提供するという債務を、H社のみが負うことも、また、請求人及びH社の双方が負うことも一切許容されないという関係にはない。そうすると、J社と請求人との間の雇用契約における請求人の債務と、J社とH社との間の本件業務委託基本契約におけるH社の債務とは相互に排斥しあう関係にあるとはいえない。
 したがって、J社と請求人との間に雇用契約を締結する意思があったというだけでは、本件業務委託基本契約が虚偽表示によるものであることの理由とはならない。
(ロ) また、H社から、自らが契約当事者となるという希望があったことについては、J社はその申出を理解し、了承してH社との間で契約を締結したのであるから、その経緯は何ら不合理なものではなく、むしろ、契約当事者についてJ社がよく趣旨を理解し、実体を反映するものとして契約を締結したことの理由となるものである。
(ハ) そして、法人であるH社は雇用契約の当事者とはなりえず、原始的に無効であるという点については、上記イの(ロ)のとおり、本件業務委託基本契約が、H社がJ社に対して請求人の労働力をJ社の指揮監督下に提供することを内容とするもので、法人であるH社において履行可能な債務というべきであるから、本件業務委託基本契約が原始的に無効となるものではなく、原処分庁の主張は採用できない。
 また、原処分庁は、本件業務委託基本契約の業務内容と本件各雇用契約の業務内容に違いがなく、両者を区分することはできないこと、本件業務委託基本契約の内容は、請求人個人の経験や能力に基づき提供できるものであること、請求人の労務又は役務提供の態様はJ社の指揮監督に服する従属的なものであったことなどとも主張する。
 しかし、本件業務委託基本契約と本件各雇用契約とが法律上併存しえない関係にはないことからすれば、業務内容が区分できないことは、一方の契約が虚偽表示によるものであることを基礎付ける理由とはならない。加えて、上記イの(ロ)のとおり、本件業務委託基本契約は、H社が請求人の労働力をJ社の指揮監督下に提供することを内容とする契約であることからすれば、 請求人の経験や能力に基づいてJ社の指揮命令の下に労務又は役務提供がなされることは何ら不合理なものではない。また、J社の指揮監督下において請求人の労働力を提供するという債務の内容は、本件業務委託基本契約及び本件各雇用契約に共通する内容であるから、これをもって、所得の帰属先を決めることはできないというべきである。
(ニ) さらに、そもそも、上記ヘのとおり、原処分庁が提出した資料においては、本件業務委託基本契約が通謀虚偽表示であることを十分に推認できるような証拠は見当たらない。
 したがって、原処分庁の主張には理由がない。

(4) 結論

 以上のとおり、本件業務委託基本契約について通謀虚偽表示は成立しないから、同契約は有効に締結されたものと認められる。
 したがって、本件業務委託基本契約に基づくJ社のH社に対する業務委託手数料は、請求人の給与には当たらず、H社に帰属する。

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5 本件各更正処分について

 上記4の(4)のとおり、本件業務委託基本契約に基づく業務委託手数料は、H社に帰属するものと認められ、これを請求人に帰属する所得と認定してされた本件各更正処分は、その処分の前提となる事実の認定を誤っているので、いずれもその全部を取り消すべきである。

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6 本件各賦課決定処分について

 上記5のとおり、本件各更正処分は、いずれもその全部が取り消されるべきであるから、本件各賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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