(平成26年11月25日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、相続税の延納許可を受けていた審査請求人(以下「請求人」という。)に対し、同許可に係る担保物について第三者による強制換価手続が開始されたこと等を理由に同許可の取消処分をしたところ、請求人が、原処分庁による適切な弁明聴取が行われなかったこと及び原処分庁に裁量権の逸脱又は濫用があったことを理由に、原処分は違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、被相続人Dの平成7年3月○日相続開始に係る相続税についての平成8年2月27日付の相続税の延納許可(平成23年10月26日付で延納条件の変更許可を受けた後のもの。以下「本件延納許可」という。)のうち、平成25年10月17日以降に納期限が到来する第18回分以降の分納税額について、請求人に対して、平成25年10月17日付で、延納許可の取消処分(以下「本件取消処分」という。)をした。
ロ 請求人は、本件取消処分を不服として、平成25年11月6日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成26年1月22日付で棄却の異議決定をした。
ハ 請求人は、異議決定を経た後の本件取消処分に不服があるとして、平成26年2月18日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

イ 相続税法第40条《延納申請に係る徴収猶予等》第2項は、税務署長は、延納の許可を受けた者が延納税額を滞納したとき又は当該延納税額に係る担保物につき国税徴収法第2条《定義》第12号に規定する強制換価手続が開始されたとき等には、その許可を取り消すことができる旨、及び、その許可を取り消す場合においては、当該強制換価手続が開始されたとき等を除き、あらかじめその者の弁明を聴かなければならない旨規定している。
ロ 国税徴収法第2条第12号は、強制換価手続とは、滞納処分(その例による処分を含む。)等をいう旨規定している。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。

イ 延納の許可
(イ) 請求人は、配偶者であり共同相続人でもあるEとともに、被相続人Dの平成7年3月○日相続開始に係る相続税の申告書を法定申告期限までに提出し、納付すべき税額○○○○円のうち○○○○円について、相続税の延納の許可を申請した。
(ロ) 原処分庁は、請求人に対し、平成8年2月27日付で別表1の「平成8年2月27日付延納許可」欄記載のとおり延納を許可し、担保として提供された別表2記載の土地及び建物について抵当権を設定した。
 なお、上記土地は、平成9年1月14日、a市b町○−○、同所同番○及び同所同番○(以下、同所同番○及び同所同番○を併せて「本件土地」という。)にそれぞれ分筆登記された。

ロ 第12回分から第14回分までの利子税の滞納等
 請求人は、平成8年2月27日付の延納許可に係る第12回分から第14回分までの分納税額を分納期限の経過後にそれぞれ納付したものの、それぞれの利子税については納付しなかった。
ハ 延納条件の変更
 請求人は、平成22年12月15日、平成8年2月27日付の延納許可に係る第15回分の分納期限について、延納条件の変更を求める申請をし、これに対し、原処分庁は、平成23年1月20日付で、別表1の「平成23年1月20日付延納条件変更」欄記載のとおり、延納条件の変更を許可した。
 さらに、請求人は、平成23年9月30日、上記変更後の延納許可に係る第15回分及び第16回分の分納期限について、延納条件の変更を求める申請をし、これに対し、原処分庁は、平成23年10月26日付で、別表1の「平成23年10月26日付延納条件変更」欄記載のとおり、延納条件の変更を許可した。
ニ 第15回分の利子税の滞納等
(イ) 請求人は、本件延納許可に係る第15回分の分納税額を分納期限の経過後に納付したものの、利子税については納付せず、また、本件延納許可に係る第16回分及び第17回分の分納税額を納付しなかった。
(ロ) 原処分庁は、平成25年9月12日付で、「相続税延納取消に対する弁明を求めるためのお知らせ」と題する書面を請求人に送付し、別表3記載の分納税額、利子税及び延滞税の滞納(以下、併せて「本件滞納国税」という。)があり、今後の分納税額の期限内納付も期待できないため、延納許可の取消事由に該当する旨通知するとともに、弁明すべき事情があれば同月26日までに説明するよう求めた。
ホ 第三者による差押え
 a市長は、平成25年9月19日付で、請求人の配偶者が滞納した○○税、○○税及び○○税並びに滞納処分費を徴収するため、本件土地を差し押さえ、その旨登記された。
ヘ 弁明書の提出
 請求人は、平成25年9月30日、要旨次のとおり記載した「相続税延納許可取消しに関する弁明の申立て書」と題する書面(以下「本件弁明書」という。)を原処分庁に提出した。
(イ) 納税資金の用意状況として、平成25年8月における収入は、アパート経営による家賃収入○○○○円であり、同月における支出は、金融機関のローン返済等の980,000円である。
(ロ) 次回(第18回)分は、期限内に納付できる。
(ハ) 分納の不履行理由は、不動産を売却して納付する予定だったが、不動産の売却金額が折り合わず売却には至らなかったためであり、当該不動産の売却を引き続き業者に依頼しているが、価格を最低に引き下げても問合せがない。
(ニ) 今後の見込みとしては、引き続き努力していく。
ト 本件取消処分
 原処分庁は、上記ホのとおり、延納に係る担保物である本件土地に対して強制換価手続が開始されたこと、並びに、本件滞納国税及び本件延納許可に係る第18回分以降の分納税額の納付の見込みがないことを理由として、平成25年10月17日付で、本件取消処分を行った。

(5) 争点

イ 本件取消処分は、適切な弁明聴取を欠く違法な処分であるか否か。
ロ 本件取消処分は、裁量権を逸脱又は濫用した違法な処分であるか否か。

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2 主張

(1) 争点イ(本件取消処分は、適切な弁明聴取を欠く違法な処分であるか否か。)について

イ 原処分庁
 相続税法第40条第2項に基づき弁明手続が不要となる「延納税額に係る担保物につき徴収法第2条第12号に規定する強制換価手続が開始されたとき」とは、担保物全てについて強制換価手続が開始されたときを指すとの規定はない。
 したがって、a市長が本件延納許可に係る担保物の一部である本件土地を差し押さえたことにより、原処分庁は、相続税法第40条第2項に基づき、弁明聴取を経ることなく、本件取消処分を行うことができる。
 また、法的な弁明聴取が必要ないことは以上のとおりであるものの、原処分庁は、本件取消処分に当たって、あらかじめ請求人から弁明を聴取し、弁明内容を適切に審理した。
 以上によれば、本件取消処分は適法な処分である。
ロ 請求人
 相続税法第40条第2項の「延納税額に係る担保物につき徴収法第2条第12号に規定する強制換価手続が開始されたとき」とは、延納許可に係る担保物全てについて強制換価手続が開始されたときをいう。
 そして、a市長が差し押さえたのは本件土地のみであるから、原処分庁は、請求人に対する弁明聴取を行った上で、本件取消処分を行わなければならない。
 しかしながら、原処分庁は、本件弁明書の提出から1か月もしないうちに本件取消処分をしており、本件弁明書の内容を十分検討しておらず、適切な弁明聴取が行われなかった。
 よって、本件取消処分は、適切な弁明聴取を欠く違法な処分である。

(2) 争点ロ(本件取消処分は、裁量権を逸脱又は濫用した違法な処分であるか否か。)について

イ 原処分庁
 延納許可を取り消すか否かは、納税者の納付意思や納付能力等を総合考慮した合理的な裁量に委ねられるところ、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えたもの等、裁量権の範囲を逸脱し、又は、裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法になる。
 そして、原処分庁は、1 請求人が不動産の売却代金による納税を再三申し立てていたものの履行せず、不動産の売却の進展も確認できないこと、2本件弁明書においても具体的な納付計画が示されなかったこと、及び、3a市長が本件土地を差し押さえたことを総合考慮して合理的な判断の下、滞納税額及び分納税額の納付の見込みがないと判断して本件取消処分を行った。
 したがって、本件取消処分は、裁量権の範囲を逸脱し、又は、裁量権の濫用に基づくものではなく、適法な処分である。
ロ 請求人
 請求人は、不動産を売却して滞納税額を納付しようと考えており、納税の意思があったにもかかわらず、原処分庁は、請求人による納付を待たず一方的に本件取消処分を行ったのであって、本件取消処分は、原処分庁の裁量権の範囲を逸脱し、又は、裁量権の濫用に基づくものであるから、違法な処分である。

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3 判断

(1) 争点イ(本件取消処分は、適切な弁明聴取を欠く違法な処分であるか否か。)

 相続税法第40条第2項は、延納の許可を受けた者の当該延納に係る担保物について強制換価手続が開始されたときには、弁明の聴取をすることなく延納の許可を取り消すことができる旨規定しているところ、同項の趣旨は、当該手続が開始された場合には、当該手続によって担保物が換価されてしまい、延納税額等の徴収を確保することが困難となってしまうため、弁明を聴取することなく、延納許可を取り消し、相続税を一時に徴収することとしたものと解される。
 これを本件についてみると、上記趣旨に照らせば、延納許可に係る複数の担保物の一部のみを対象とする強制換価手続が開始された場合においても、弁明の聴取を行っていては、その強制換価手続によって、その対象となっている一部の担保物が換価されてしまい、延納税額等の徴収を確保することが困難となってしまうおそれが生じることに変わりはないから、このような場合においても、相続税法第40条第2項に規定する「強制換価手続が開始されたとき」に該当し、税務署長は、弁明の聴取をすることなく、延納許可を取り消すことができるものと解される。
 以上のとおりであるから、適切な弁明聴取が行われたか否かについて判断するまでもなく、本件取消処分が適切な弁明聴取を欠くことを理由に違法な処分であるとはいえない。

(2) 争点ロ(本件取消処分は、裁量権を逸脱又は濫用した違法な処分であるか否か。)

イ 法令解釈
 相続税法第40条第2項は、延納税額の滞納や担保物に対する強制換価手続の開始等があった場合、延納許可を取り消すことができる旨規定しているところ、国税の徴収を確保すべき責務を負う税務署長としては、これらの場合には、原則として、延納許可を取り消し、未納の相続税等を徴収すべきものと解される。ただし、延納税額の残額が少額で任意の納付が見込まれる等、国税の徴収に支障を来さないと認められる場合には、その裁量により、延納の許可を取り消さずにおくことも許されるというべきであるから、延納許可の取消処分は、税務署長の裁量行為に属するものというべきである。
 以上によれば、延納許可の取消処分が、国税の徴収に支障を来さないと認められる場合にあって、合理性をもつ判断として許容される限度を超えたものであるなど、裁量権を逸脱又は濫用してなされたと認められるときには、違法な処分として取り消されるものと解される。
ロ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 請求人は、本件取消処分の時点において、別表4記載の不動産を所有していた。なお、同表の1順号3から5までの土地は、市街化調整区域内の農地であった。
(ロ) 請求人は、本件取消処分が行われるまで、原処分庁に対して、滞納していた国税の具体的な納付計画を提示したことはなかった。
(ハ) 請求人は、本件弁明書に上記1(4)へ(ロ)のとおり、本件延納許可に係る第18回分の分納税額を平成25年12月12日までに納付できる旨記載していたものの、同日を経過しても本件滞納国税について全く納付がなかった。
ハ 請求人の配偶者の答述
 請求人の配偶者は、平成26年4月21日、当審判所に対して、要旨次のとおり答述した。
(イ) 請求人及び配偶者は、月○○○○円程度の収入があるものの、金融機関のローン返済や地方税の納付等で終わってしまい、生活費は子の援助によって何とかやり繰りしている。
(ロ) 請求人及び配偶者は、預貯金をほとんど有していない。
(ハ) 請求人及び配偶者の金融機関からの借入残高は、○○○○円以上ある。
(ニ) 請求人の配偶者は、現在、不動産収入により納税することは難しいことから、不動産の売却により納付しようと考えているが、自宅を売却するわけにもいかないし、アパート及び貸店舗を売却すると金融機関への借入金の返済ができなくなるため、自宅に隣接する農地や空いている土地を売却しようと考えている。ただし、請求人及び配偶者は、現在のところ、不動産の売却について、特定の不動産会社へ依頼するなどはしていない。
 なお、10年ほど前には、別表4の2順号1の貸店舗並びに配偶者と共有する同表の1順号10から12までの土地及び同表の2順号2から4までのアパートが、○○○○円で売れるという話があったことから、平成20年頃、上記不動産を売却したいと不動産会社に相談したものの、けんかして付き合いがなくなり、売却には至らなかった。
ニ 裁量権の逸脱又は濫用があったか否か
(イ) 請求人は、上記1(4)ハ及びニのとおり、二度にわたり分納期限の変更の許可を受けたにもかかわらず、本件滞納国税を納付できなかった。
 この点、上記ハの請求人の配偶者の答述によれば、請求人は、不動産の売却以外の方法によっては、本件滞納国税について納付することが困難であったと認められるところ、上記ロ(イ)のとおり、本件取消処分の時点において、別表4記載の不動産を所有していたが、同表の1順号1、2及び6から12までの土地並びに同表の2順号1から4までの建物については、第三者の抵当権が設定されるか、既に差押えの対象となっていたし、同表の1順号3から5までの土地については、市街化調整区域内の農地であるため売却が困難であった。これに加えて、本件弁明書に記載された上記1(4)へ(ハ)の内容及び上記ハ(ニ)の答述内容によれば、請求人及びその配偶者は、本件取消処分の時点においても、不動産を任意に売却することが困難でその目途は立っていなかったといえる。
 以上によれば、請求人は、本件取消処分の時点において、本件滞納国税を納付できる見込みがなかったものと認められる。この点は、実際にも、請求人が本件弁明書に上記1(4)へ(ロ)のとおり、本件延納許可に係る第18回分の分納税額を平成25年12月12日までに納付できる旨記載していたものの、同日を経過しても本件滞納国税について全く納付がなかったことからも明らかである。
(ロ) このような状況においては、本件延納許可を維持すると、国税の徴収に支障を来すことになってしまうと認められるから、原処分庁が本件延納許可を取り消すことは、国税を適切に徴収するために合理性が認められるものといえるし、本件取消処分に至る経緯を見ても、原処分庁は、二度にわたって請求人の延納条件の変更申請を許可し、請求人による任意の納税を待つとともに、請求人から弁明も聴取し、その上で本件取消処分を行ったことが認められる。
 そうすると、本件取消処分は、国税の徴収に支障を来さないと認められる場合にあって、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えたものであるなど、裁量権を逸脱又は濫用してなされたものとは認められないことから、違法な処分であるとはいえない。
ホ 請求人の主張について
 請求人は、上記2(2)ロのとおり、不動産を売却して滞納税額を納付しようと考えており、納税の意思があったにもかかわらず、請求人による納付を待たず一方的に行った本件取消処分は、原処分庁の裁量権の範囲を逸脱し、又は、裁量権の濫用に基づくものであるから違法な処分である旨主張する。
 しかしながら、上記ニ(イ)のとおり、請求人が不動産を売却して納税する見込みはなかったといえるし、上記1(4)へ及び上記ロ(ロ)のとおり、本件弁明書の提出の機会があったにもかかわらず請求人から具体的な納付計画が示されなかったこと、及び、原処分庁としても、二度にわたって延納条件の変更を許可し請求人による自主的な納税の機会を十分に確保してきたことに鑑みれば、不当に一方的な処分を行ったと認めることもできないことから、請求人の主張には理由がない。

(3) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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