(平成28年5月20日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、給与所得者である審査請求人(以下「請求人」という。)が、先物取引の差金等の決済に係る損益について、平成22年分ないし平成24年分の所得税並びに平成25年分の所得税及び復興特別所得税の期限後申告をしたところ、原処分庁が、丸1平成21年分の所得税についても申告義務があるとして決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を、丸2平成25年分の所得税及び復興特別所得税について無申告加算税の賦課決定処分をそれぞれ行ったことから、請求人が、上記丸1については、決定処分等に係る原処分庁の調査は違法なものであるなどとしてその全部の取消しを、上記丸2については、調査があったことにより決定があるべきことを予知してされたものでないとしてその一部の取消しを、それぞれ求めたものである。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成22年分、平成23年分及び平成24年分の所得税並びに平成25年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、別表の「確定申告」欄のとおり記載して、平成26年11月18日に申告(以下、平成25年分の所得税等の確定申告を「本件期限後申告」といい、本件期限後申告により提出した申告書を「本件期限後申告書」という。)をした。

ロ 原処分庁は、これに対し、平成27年1月27日付で別表の「賦課決定処分等」欄のとおり、平成25年分の所得税等に係る無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件平成25年分賦課決定処分」という。)をした。

ハ また、原処分庁は、平成21年分の所得税について、平成27年1月27日付で別表の「賦課決定処分等」欄のとおり、決定処分(以下「本件決定処分」といい、本件決定処分に係る通知書を「本件決定処分通知書」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件平成21年分賦課決定処分」といい、本件平成25年分賦課決定処分と併せて「本件各賦課決定処分」という。)をした。

ニ 請求人は、上記ロ及びハの各処分を不服として平成27年2月21日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年5月18日付でいずれも棄却の異議決定をした。

ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成27年6月6日に審査請求をした。

(3) 関係法令等の要旨

別紙1のとおり。なお、以下においては、別紙1記載の略語を用いる。

(4) 基礎事実

以下の事実は、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても認められる事実、若しくは証拠資料によって容易に認められる事実である。

イ 請求人は、○○に勤務する給与所得者であるが、給与所得以外に、先物取引の差金等決済による収入を得ている。

ロ 請求人の先物取引の差金等決済の損益に係る所得税等の確定申告の状況等について

(イ) J証券が発行した請求人の先物取引の差金等決済の年間損益合計額等が記載された書面(以下「先物取引に係る年間損益計算書」という。)によれば、請求人の平成20年分ないし平成25年分の先物取引の差金等決済の損益の金額(手数料等控除後の額)は、丸1平成20年分が○○○○円の損失、丸2平成21年分が○○○○円の利益、丸3平成22年分が○○○○円の損失、丸4平成23年分が○○○○円の損失、丸5平成24年分が○○○○円の利益及び丸6平成25年分が○○○○円の利益である。

(ロ) 請求人の平成20年分ないし平成25年分の先物取引の差金等決済の損益に係る所得税等の確定申告の状況は、次のとおりである。

A 平成20年分の先物取引の差金等決済の損失(以下「先物損失」という。)の金額については、本件決定処分がされた平成27年1月27日までに、確定申告書は提出されていない。

B 平成21年分の先物取引に係る雑所得等の金額については、確定申告書は提出されておらず、上記(2)のハのとおり、本件決定処分の対象となっている。

C 平成22年分及び平成23年分の先物損失の金額については、上記(2)のイのとおり、平成26年11月18日に、期限後申告書が提出されている。

 なお、平成22年分及び平成23年分の所得税の期限後申告において○○。

D 平成24年分の先物取引に係る雑所得等の金額については、上記(2)のイのとおり、平成26年11月18日に、期限後申告書が提出されている。

 なお、当該先物取引に係る雑所得等の金額からは、先物損失の繰越控除の適用により、平成22年分の先物損失の金額が控除されている。
また、平成24年分の所得税の期限後申告において○○。

E 平成25年分の先物取引に係る雑所得等の金額については、上記(2)のイのとおり、平成26年11月18日に、本件期限後申告書が提出されている。

 なお、当該先物取引に係る雑所得等の金額からは、先物損失の繰越控除の適用により、上記Dで控除しきれなかった平成22年分及び平成23年分の先物損失の金額が控除されている。

ハ 原処分庁の調査の経緯について

(イ) 原処分庁は、請求人に対し、平成26年11月7日付で「平成21〜25年分の所得税の確定申告について」と題する書面(以下「本件来署案内文書」という。)を送付した。

 なお、本件来署案内文書には、要旨、次のとおり記載されている。

A 請求人の平成21年分ないし平成25年分の所得税の申告義務等について確認するため、調査の必要があることから、請求人においては、平成26年11月18日にG税務署に来署していただきたい。

B 請求人に対して尋ねたい事項は、平成21年分ないし平成25年分の先物取引等についてである。

C 来署当日に必要な書類は、平成21年分ないし平成25年分の給与の源泉徴収票及び当該各年分の先物取引等について損益金額の分かる書類(証券会社等の年間損益計算書等)である。

(ロ) 請求人は、平成26年11月18日、G税務署において、原処分庁所属の担当職員(以下「原処分庁担当職員」という。)と面談した。

 なお、当該面談の状況は、次のとおりである。

A 請求人は、原処分庁担当職員に対し、平成20年分ないし平成25年分の先物取引に係る年間損益計算書を提示したところ、原処分庁担当職員は、請求人に対し、平成21年分の所得税及び平成25年分の所得税等について、確定申告の義務があるとして、期限後申告を勧奨した。

 なお、原処分庁担当職員は、当該面談において、請求人に対し、要旨、平成20年分の所得税の期限後申告書は提出期限を経過しているから提出することができず、そうすると、平成21年分において、先物損失の繰越控除の適用を受けることはできないから、請求人には、平成21年分の所得税の確定申告をする義務がある旨を説明した。

B 請求人は、平成22年分ないし平成25年分の所得税等について確定申告書を提出したが、平成21年分の所得税については、確定申告書を提出しなかった。

C 原処分庁担当職員は、請求人に対し、平成21年分の所得税について、確定申告書の提出がない場合、決定処分を行う旨を伝えた。

ニ 平成20年分の所得税の確定申告に係る原処分庁の指導内容について

 請求人は、平成26年11月24日付及び同年12月7日付の書面により、原処分庁に対し、要旨、平成20年分の所得税の期限後申告書は、法定申告期限から7年を経過する日まで提出できるから、平成20年分の先物損失の金額につき、これから申告すれば、平成21年分の所得税において先物損失の繰越控除を適用することができるはずである旨主張しているところ、原処分庁は、平成26年12月1日付の書面により、請求人に対し、要旨、請求人が平成20年分の所得税の期限後申告書を提出できるのは、同年分の所得税の法定申告期限から5年を経過する日までとなる旨を回答した(以下、原処分庁の当該書面による回答及び上記ハの(ロ)のAのなお書の原処分庁担当職員による請求人への説明を「本件申告指導」という。)。

ホ 原処分庁が本件決定処分において提示した理由について

 本件決定処分通知書には、要旨、別紙2のとおり、処分の理由が記載されている。なお、略語の使用については、本文中の例による。

トップに戻る

2 争点

(1) 本件決定処分は、通則法第25条に規定する「調査」を欠いた違法なものであるか否か。(争点1)

(2) 本件決定処分に係る理由の提示に不備があるか否か。(争点2)

(3) 本件期限後申告書の提出が通則法第66条第5項に規定する「その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について……決定があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当するか否か。(争点3)

トップに戻る

3 主張

(1) 争点1(本件決定処分は、通則法第25条に規定する「調査」を欠いた違法なものであるか否か。)について

請求人 原処分庁

 通則法第25条は「その調査により……決定する。」と規定しているところ、原処分庁の行った調査は、以下の理由により違法・不当なものであり、本件決定処分は、同条の規定する適法な手続(調査)に基づくものとはいえないから、取り消されるべきである。

 以下のとおり、本件決定処分は、通則法第25条に規定する「調査」を欠いた違法な処分ではない。

イ 調査の終了の際の手続について

(イ) 通則法第74条の11第3項は、期限後申告を勧奨する場合、「当該調査の結果に関し当該納税義務者が納税申告書を提出した場合には不服申立てをすることはできないが更正の請求をすることはできる旨を説明するとともに、その旨を記載した書面を交付しなければならない」と規定しているところ、原処分庁担当職員は書面を交付するのみで口頭での説明を行っていないことから、同項に抵触する。また、本件事務運営指針の「4調査終了の際の手続(2)」は、同法第74条の11第2項に基づく説明は、「必要に応じ、非違の項目や金額を整理した資料など参考となる資料を示すなどして、納税義務者の理解が得られるよう十分な説明を行うとともに、納税義務者から質問等があった場合には分かりやすく回答するよう努める」と定めているところ、原処分庁担当職員は根拠法令等について一切説明を行わず、参考となる資料を特に示すこともなく、十分な説明を行うことに努めたとは言い難いことから、同指針に沿うものとはいえない。

(ロ) 国税庁ホームページ掲載の「税務調査手続等に関するFAQ(一般納税者向け)(平成28年4月改訂)」の問25の回答において「修正申告の勧奨に応じるかどうかは、あくまでも納税者の方の任意の判断であり、修正申告の勧奨に応じていただけない場合には、調査結果に基づき更正等の処分を行う」との国税職員が従うべき共通の基準が示されているところ、原処分庁担当職員は、期限後申告をあたかもすぐその場で履行しなければならない義務であるかのように偽り、申告せずに帰ることを許さなかった。

 このような原処分庁担当職員の誤解を誘発するような説明は上記基準を満たさず、不十分で適切なものではない。

イ 調査の終了の際の手続について

(イ) 原処分庁担当職員は、請求人につき決定をすべきと認めた理由等が記載された「調査結果の説明書(所得税)」と題する書面(以下「本件調査結果の説明書」という。)に基づき、請求人に対して調査結果の説明を行った後、期限後申告に伴う法的効果について説明し、平成26年11月18日付「修正申告等について」と題する書面(以下「法的効果の説明書面」という。)を手交しており、これらのことはチェックシートからも裏付けられるので、原処分に係る調査は、通則法第74条の11第2項及び第3項に規定する調査の手続に基づいた適法な調査である。

(ロ) 所得税法は納税義務者自身の申告に基づくものとする、いわゆる申告納税制度を採用しており、一定の条件を満たす場合には、税務署長に対して確定申告書を提出しなければならないところ、通則法第18条における期限後申告は同法第25条の決定があるまでは提出することができる旨の規定は、期限後申告が可能であるという期間を画するにすぎず、納税申告書を提出する義務までもが任意である旨を規定したものではない。請求人には法定申告期限後においても納税申告書を提出する義務はあるのであるから、原処分庁担当職員は、請求人に対して何ら虚偽の説明を行ったことにはならず、請求人の主張はその前提を欠くものである。

ロ 本件申告指導について

(イ) 通則法第18条第1項は、同法第25条の規定による決定があるまでは納税申告書を税務署長に提出することができる旨規定しているところ、決定はないので期限後申告は可能である。また、仮に可能なのは決定期限(5年)までとする原処分庁の主張を前提にしたとしても、同法第70条《国税の更正、決定等の期間制限》第4項は、決定の期限につき、偽りその他不正の行為があった場合は法定申告期限から7年を経過する日までである旨規定しているところ、請求人の平成20年分の所得税については、期限後申告を行わない限り、法定申告期限から7年を経過する日までは、その決定の可能性が完全に消滅することはないから、少なくとも7年間は期限後申告が可能である。さらに、国税庁ではホームページ上で過去7年分の申告書を配布している。

(ロ) 請求人が先物損失について、平成20年分の所得税の期限後申告書を提出していれば、同年分の先物損失の金額を平成21年分へ繰り越して、同年分の所得税において先物損失の繰越控除が可能であったはずである。

(ハ) 以上のとおり、請求人は、平成20年分の所得税につき、少なくとも7年間は期限後申告が可能であったにもかかわらず、原処分庁は請求人に対して不当な本件申告指導を行って平成20年分の所得税の期限後申告書の提出を制限し、結果として、平成21年分の所得税における先物損失の繰越控除が不可能な状態を強いて、本件決定処分をなしていることから、原処分庁の一連の行為は、通則法第25条の適法な調査に基づき決定したものとはいえない。

ロ 本件申告指導について

(イ) 通則法第25条の規定する決定につき、同法第70条第1項は、決定に係る国税の法定申告期限から5年を経過した日以後においてはすることができない旨規定しているところ、同法第18条第1項において、同法第25条の決定があるまでは期限後申告書を提出することができるとされているのは、期限後申告が可能な期間を画するものであると解されていることから、原則として決定することができる期間である5年を経過して期限後申告書を提出することができないと解されるものである。

(ロ) したがって、請求人は、平成20年分の所得税につき、通則法第70条第4項に規定する偽りその他不正の行為によりその全部又は一部の税額を免れた事実は認められないことから、平成20年分の所得税の期限後申告書を提出できるのは、同年分の所得税の法定申告期限から5年を経過する日までとなる。

(ハ) 以上のとおり、原処分庁が、本件決定処分に係る調査の過程において行った本件申告指導は適切なものであるから、本件決定処分は、請求人の平成20年分及び平成21年分の各期限後申告を行う権利を制限して行われたものではない。

(2) 争点2 (本件決定処分に係る理由の提示に不備があるか否か。)について

原処分庁 請求人

 本件決定処分の理由に誤りはなく、不利益処分の理由を示しているから、行政手続法第14条第1項に違反するものではない。

 行政手続法第14条第1項は、「行政庁は、不利益処分をする場合には、その名宛人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない」と規定しており、「処分の理由」は、その規定に基づき示されたものであるから、そこに誤りがあれば、当該不利益処分は要件を欠く違法なものとなるところ、原処分庁記載の処分の理由には、次のとおり誤りがあり、当該誤った処分の理由を前提とした本件決定処分は、取り消されるべきである。

 すなわち、請求人が平成21年分の所得税の確定申告をしなかったことには、上記(1)の「請求人」欄のロのとおり、原処分庁による不当な本件申告指導があったことを原因としているから正当な理由があるところ、原処分庁は、本件決定処分の理由欄において、同年分の所得税の確定申告書の提出がなかったことについて正当な理由があるとは認められないとしている点につき誤りが認められる。

 したがって、本件決定処分は、請求人に示した処分の理由が、処分の内容が変わる程度に誤っており、行政手続法第14条第1項に規定する「処分の理由」を示していないと評価されるものであるため、手続上の要件を欠く違法なものである。

(3) 争点3(本件期限後申告書の提出が通則法第66条第5項に規定する「その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について……決定があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当するか否か。)について

請求人 原処分庁

 本件法令解釈通達第1章1−2の(3)は、納税申告書の提出がないため納税申告書の提出義務の有無を確認する必要がある場合において、当該義務があるのではないかと思料される者に対して、当該義務の有無を確認するために必要な基礎的情報(事業活動の有無等)の自発的な提供を要請した上で、必要に応じて納税申告書の自発的な提出を要請する行為のように、特定の納税義務者の課税標準等又は税額等を認定する目的で行う行為に至らないものは、調査には該当しないことに留意する旨及びこれらの行為のみに起因して期限後申告書の提出があった場合には、当該期限後申告書の提出は決定があるべきことを予知してなされたものには当たらないことに留意する旨定めているところ、請求人は原処分庁担当職員の平成21年分ないし平成25年分の所得税の申告義務等を確認したいとの要請に応じてG税務署に赴き、過去5年間の所得に係る情報を提供し、申告書の提出を求められたものであるから、これは本件法令解釈通達第1章1−2の(3)に該当する。

 その後、請求人は原処分庁担当職員の申告書の提出要請を原因として、本件期限後申告書を提出していることから、本件法令解釈通達の留意事項により、同申告書の提出は、通則法第66条第5項に規定する「調査があったことにより決定があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当する。

 通則法第25条にいう調査とは、課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味し、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての課税要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を含む税務調査全般を指すものと解され、いわゆる机上調査のような租税官庁内部における調査をも含むものと解されているところ、原処分庁担当職員は、請求人の平成21年分ないし平成24年分の所得税及び平成25年分の所得税等につき部内資料の評価等を行い、租税法等を適用して検討した結果、請求人にはこれらの年分につき申告義務があると認められ、請求人に対して本件来署案内文書を送付していることからすれば、原処分に係る調査は本件来署案内文書を送付する前において、原処分庁担当職員がG税務署内において部内資料に基づき机上調査を行ったときから開始されており、このことは、本件来署案内文書に平成21年分ないし平成24年分の所得税及び平成25年分の所得税等の調査である旨明記していることからも裏付けられ、特定の納税義務者である請求人の平成25年分の所得税等に係る課税標準等又は税額等を認定する目的で行った行為であることは明らかである。そして、請求人は、原処分庁担当職員から平成25年分の所得税等につき決定をすべきと認めた理由等の説明を受けた後に、本件期限後申告書を提出したのであるから、同提出は「調査があったことにより決定があるべきことを予知してされたものでないとき」には該当しない。

トップに戻る

4 判断

(1) 争点1(本件決定処分は、通則法第25条に規定する「調査」を欠いた違法なものであるか否か。)について

イ 法令解釈

 通則法は、第74条の9《納税義務者に対する調査の事前通知等》ないし第74条の11において、国税の調査の開始から終了の際に必要とされる手続(以下、当該各条文に規定する手続を「調査手続」という。)を規定しているが、税務署等の職員がそれらの調査手続に反した場合において、課税処分の取消事由となる旨を定めてはいない。

 ところで、通則法第25条は、税務署長は、納税申告書を提出する義務があると認められる者が、当該申告書を提出しなかった場合には、その調査により、当該申告書に係る課税標準等及び税額等を決定する旨規定しているところ、この規定に照らすと、原処分庁の調査手続に単なる違法があるだけでなく、調査により課税処分をしたと評価することができない程度の重大な違法がある場合に、課税処分がその要件を欠くこととなり取り消されると解するのが相当である。そして、調査により課税処分をしたと評価することができない程度の重大な違法とは、課税処分の基礎となる資料を収集した手続が、刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯びている場合がこれに当たる。

 ただし、調査手続の一部に重大な違法があったとしても、課税処分の基礎となる資料の収集手続に重大な違法がないのであれば、調査に基づき課税処分が行われたのであるから、当該処分は取り消されないと解するのが相当である。

ロ 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。

(イ) 原処分庁は、本件来署案内文書を送付するのに先立ち、内部資料を基に、準備調査として大まかな税額の算定を行うなどし、請求人の納税義務の有無を確認する必要があると判断した。

(ロ) 原処分庁担当職員は、平成26年11月18日、請求人に対して行った平成21年分の所得税及び平成25年分の所得税等の期限後申告の勧奨に際し、本件調査結果の説明書に基づく説明を行った上で、請求人に対し、法的効果の説明書面を交付した。

 なお、法的効果の説明書面には、期限後申告書を提出した場合の法的効果について、要旨、次のとおり記載されている。

A 無申告加算税及び延滞税が課されること。

B 期限後申告に係る不服申立てをすることはできないこと。

C 更正の請求ができる期間内においては更正の請求ができること。

(ハ) 原処分庁担当職員は、上記(ロ)の法的効果の説明書面を交付する際、同A及びBの内容については口頭で説明したが、同Cの内容については口頭による説明をしなかったと認められる。

ハ 当てはめ

 本件決定処分に係る原処分庁の部内調査(上記ロの(イ))、請求人への来署案内(上記1の(4)のハの(イ))及び請求人への質問調査(同(ロ)のA)といった一連の調査手続において、本件決定処分の基礎となる資料を収集した手続が、刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び、何らの調査なしに決定処分をしたに等しいものとの評価を受けるような事実は認められない。

 したがって、本件決定処分は、通則法第25条に規定する「調査」に基づいて適法に行われたものであり、取り消すべき違法はない。

ニ 請求人の主張について

(イ) 調査の終了の際の手続について

 請求人は、上記3の(1)の「請求人」欄のイの(イ)のとおり、本件決定処分は、調査結果の説明を口頭で行っていないなど、調査の終了の際の手続が不十分で適切なものではないから、取り消されるべきである旨主張する。

 しかしながら、証拠収集手続に影響を及ぼさない調査手続である調査結果の説明にたとえ瑕疵があったとしても、原処分の取消事由とはなり得ないものというべきであるから、本件決定処分に係る調査結果の説明が口頭でなされていたか否か等については、原処分の取消しの要否の判断には影響しないのであって、請求人の主張には理由がない。

 また、請求人は、上記3の(1)の「請求人」欄のイの(ロ)のとおり、原処分庁担当職員が、期限後申告をあたかもすぐその場で履行しなければならない義務であるかのように偽り、申告せずに帰ることを許さなかった旨主張する。

 しかしながら、請求人は、現実には、平成21年分の所得税の期限後申告書を提出しなかったのであるから、申告せずに帰ることが許されなかったとの事実は認められない上、原処分庁の行った期限後申告の勧奨が、証拠収集手続に影響を及ぼさない調査手続である以上、原処分の取消しの要否の判断に影響しないのは上述のとおりであって、請求人の主張には理由がない。

(ロ) 本件申告指導について

 請求人は、上記3の(1)の「請求人」欄のロのとおり、平成20年分の所得税につき、少なくとも7年間は期限後申告が可能であったにもかかわらず、原処分庁が請求人に対して不当な本件申告指導を行って平成20年分の所得税の期限後申告書の提出を制限し、結果として、平成21年分の所得税において、平成20年分の先物損失の繰越控除が不可能な状態を強いて、本件決定処分をなしていることから、本件決定処分は、通則法第25条に基づく適法な調査によるものとはいえない旨主張する。

 そこで、請求人の主張の前提は、請求人の平成20年分の所得税の期限後申告書が提出できる期限に係るものであるから、この点につき検討する。

 請求人は、平成20年分において、措置法第41条の15第5項において準用する所得税法第123条第1項の確定損失申告書を提出できる者(すなわち、請求人は、所得税法第120条第1項に規定する確定申告義務のある者に該当せず、同法第122条第1項又は第123条第1項に規定する還付を受けるために申告する者にも該当しない者であり、所得税について、納付すべき税額がゼロとなる者)であり、このような者が、先物損失の繰越控除を求めるために提出する当該先物損失が発生した年分の所得税の確定申告書(以下「先物損失繰越申告書」という。)を提出することができる期限については、法令上、直接言及する規定はない。

 ところで、先物損失の繰越控除を適用した還付申告においては、還付金及び先物損失の内容等について、別々の申告書ではなく併せて記載した申告書を提出させることにより(租税特別措置法施行令第26条の26《先物取引の差金等決済に係る損失の繰越控除》第4項各号)、還付金等に係る国に対する請求権(以下「還付金等に係る請求権」という。)と先物損失の繰越控除を求める権利(以下「先物損失繰越請求権」という。)を同時に行使させることとしており、この場合、還付金等に係る請求権は、これを行使することができる日から5年間経過すると時効により消滅することになるから、少なくともこのような場合において、法は、還付金等に係る請求権の消滅時効の規定(通則法第74条)を、先物損失繰越請求権についても同様に適用することとしたものと解される。

 これに対し、請求人のように、先物損失の繰越しのみを求める先物損失繰越申告書を提出することができる期限については、還付金等に係る請求権の消滅時効の規定(通則法第74条)が同様に適用されることにはならない。しかしながら、還付金等に係る請求権を同時に行使しない先物損失繰越請求権についても、納税者が自らの利益を図る目的で、申告書を提出することにより国に対して租税に関する権利を行使するものであるという点において、通則法第74条に規定する還付金等に係る請求権と基本的に変わるところはなく、両者で異なる取扱いをすべき合理的な理由はない。

 そうすると、請求人の先物損失繰越請求権についても、還付金等に係る請求権の消滅時効の規定(通則法第74条)を類推適用すべきと解するのが相当であるから、請求人の先物損失繰越請求権は、それを行使することができる日から5年で消滅することとなる。

 したがって、請求人の平成20年分の先物損失繰越申告書については、原処分庁が本件申告指導を行った時点(平成26年11月)において、既に期限後申告書を提出できる期限を経過していたのであるから、本件申告指導により平成20年分の期限後申告を行う権利を制限されたとする請求人の主張はその前提を欠き、理由がない。

(2) 争点2(本件決定処分に係る理由の提示に不備があるか否か。)について

イ 法令解釈

 行政手続法第14条第1項が、不利益処分をする場合に、その名宛人に、同時にその理由を示さなければならないとしているのは、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものと解される。

 したがって、処分理由を上記の制度趣旨を充足する程度に具体的に明示するものである限り、行政手続法の要求する処分理由の提示として欠けるところはないと解するのが相当である。

ロ 当てはめ

 原処分庁が本件決定処分において提示した理由は、別紙2のとおりであるところ、当該処分の理由の提示の内容は、請求人に申告義務があること、先物取引に係る雑所得等の金額、給与所得の金額、各種所得控除の額及び納付すべき税額の計算過程などを根拠条文とともに明示したものであり、原処分庁による判断結果とその基礎とされた事実関係が具体的に示され、かつ、適用条文が明らかにされている点において、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制し、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与えるという行政手続法の制度趣旨を充足しているということができる。

 したがって、本件決定処分に係る理由の提示に不備は認められない。

ハ 請求人の主張について

 上記3の(2)の「請求人」欄のとおり、請求人の主張は、処分の理由に記載されている原処分庁の判断した内容に誤りがあるから、本件決定処分に係る理由の提示に不備があると主張するものである。すなわち、請求人は、平成21年分の所得税の確定申告書を提出しなかったことについて、原処分庁の不当な本件申告指導があったという「正当な理由がある」にもかかわらず、本件決定処分通知書の処分の理由には「正当な理由があるとは認められない」とされているから、当該処分の理由の記載内容は誤りであり、したがって、本件決定処分の理由の記載には、処分の理由を提示していないと評価される程度の不備があり、違法である旨主張しているものである。

 しかしながら、不利益処分の理由の提示は、原処分庁が現に行う不利益処分の理由を、上記イのとおり、行政手続法の制度趣旨を充足する程度に具体的に提示していれば足り、当該処分の理由の提示の記載内容が、請求人の考える判断内容と異なるものであるからといって、本件決定処分に係る理由の提示に不備があることにはならないから、請求人の主張には理由がない。

 なお、付言すると、本件申告指導に係る判断については、上記(1)のニの(ロ)のとおりである。

(3) 争点3(本件期限後申告書の提出が通則法第66条第5項に規定する「その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について……決定があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当するか否か。)について

イ 法令解釈

 通則法第66条第5項に規定する「調査」とは、課税庁が行う課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味し、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての課税要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て決定に至るまでの思考、判断を含む包括的な概念であり、税務調査全般を指すものと解され、納税者本人に対する臨場調査、呼出調査だけでなく、いわゆる机上調査や準備調査等のような税務官庁内部における調査も「調査」に含まれるものと解される。

ロ 当てはめ

(イ) 原処分庁は、上記(1)のロの(イ)のとおり、まず、内部資料を端緒として、請求人の納税義務の有無を確認する必要があると判断し、次いで、上記1の(4)のハの(イ)のAのとおり、要旨、請求人の平成21年分ないし平成25年分の所得税の申告義務等について確認するために調査の必要がある旨の記載がある本件来署案内文書を送付している。

 そして、原処分庁は、平成26年11月18日に請求人と面談し、上記1の(4)のハの(ロ)のAのとおり、請求人に対して質問調査を行った上で、上記(1)のロの(ロ)のとおり、請求人に対し、本件期限後申告の勧奨を行ったことが認められるのであるから、これら原処分庁の一連の行為は、課税庁が行う課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程であることが明らかである。

 したがって、本件期限後申告書の提出は、通則法第66条第5項に規定する「調査」があったことによるものであると認められる。

(ロ) また、請求人は、原処分庁担当職員から本件期限後申告の勧奨を受けた後、本件期限後申告書を提出しているのであるから、請求人は、このまま当該期限後申告をしなければ決定されるであろうことを予知し、その上で本件期限後申告書を提出したものと認められる。

(ハ) 以上のとおり、本件期限後申告書の提出は、通則法第66条第5項に規定する「その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について……決定があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当しない。

ハ 請求人の主張について

 請求人は、上記3の(3)の「請求人」欄のとおり、本件期限後申告書の提出に至るまでの原処分庁の行為は、本件法令解釈通達第1章1−2の(3)に定める「基礎的情報(事業活動の有無等)の自発的な提供を要請」したことに当たるから「調査」には該当しない旨主張する。

 しかしながら、原処分庁は、請求人に対し、上記1の(4)のハの(イ)のAのとおり、要旨、請求人の平成21年分ないし平成25年分の所得税の申告義務等について確認するために調査の必要がある旨を記載した本件来署案内文書を請求人宛に送付しているところ、同文書には、同Cのとおり、来署当日に必要な書類として「平成21年分ないし平成25年分の給与の源泉徴収票及び当該各年分の先物取引等について損益金額の分かる書類」が挙げられており、このことからすれば、原処分庁が調査により証拠資料を収集し、課税標準等又は税額等を認定しようとしていたことは明らかであって、原処分庁の行為は「基礎的情報(事業活動の有無等)の自発的な提供を要請」したものとは認められないから、請求人の主張には理由がない。

(4) 本件決定処分の適法性について

 上記(1)のハ及び(2)のロのとおり、本件決定処分は、適法な調査に基づくものであり、また、その処分の理由の提示にも不備はないと認められるところ、請求人の総所得金額及び先物取引に係る雑所得等の金額を計算すると、本件決定処分の金額と同額となるから、本件決定処分は適法である。

(5) 本件各賦課決定処分の適法性について

イ 本件平成21年分賦課決定処分の適法性について

 本件決定処分は、上記(4)のとおり適法であり、また、期限内申告書の提出がなかったことについて通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由がある」とは認められないから、同項及び同条第2項の規定に基づいてされた本件平成21年分賦課決定処分は適法である。

ロ 本件平成25年分賦課決定処分の適法性について

 請求人による本件期限後申告書の提出は、上記(3)のロの(ハ)のとおり、通則法第66条第5項に規定する「その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について……決定があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当しないものであり、また、期限内申告書の提出がなかったことについて同条第1項ただし書に規定する「正当な理由がある」とは認められないから、同項及び同条第2項の規定に基づいてされた本件平成25年分賦課決定処分は適法である。

(6) 結論

 よって、審査請求は理由がないから、棄却することとする。

トップに戻る