(平成29年6月15日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人A及び同D(以下、順に「請求人A」及び「請求人D」といい、両者を併せて「請求人ら」という。)がした相続税の期限後申告について、原処分庁が無申告加算税の各賦課決定処分をしたのに対し、請求人らが、期限内申告書を提出しなかったのは、法定申告期限において、被相続人であるE(以下「本件被相続人」という。)が受け取るべき損害賠償金の額が確定しておらず、全ての相続財産を反映した相続税の申告書を作成することができなかったためであるから、請求人らには、国税通則法(平成28年法律第15号による改正前のものをいい、以下「通則法」という。)第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令の要旨

  • イ 通則法第66条第1項本文は、期限後申告書の提出があった場合(同項第1号)には、当該納税者に対し、当該申告に基づき通則法第35条《申告納税方式による国税等の納付》第2項の規定により納付すべき税額に100分の15の割合を乗じて計算した金額に相当する無申告加算税を課する旨規定し、通則法第66条第1項ただし書は、期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合は、無申告加算税を課さない旨規定している。
  • ロ 通則法第66条第5項は、期限後申告書の提出があった場合において、その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正又は決定があるべきことを予知してされたものでないときは、その申告に基づき通則法第35条第2項の規定により納付すべき税額に係る通則法第66条第1項の無申告加算税の額は、同項の規定にかかわらず、当該納付すべき税額に100分の5の割合を乗じて計算した金額とする旨規定している。
  • ハ 相続税法第27条《相続税の申告書》第1項は、相続により財産を取得した者は、当該被相続人から相続により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合において、その者に係る相続税の課税価格に係る相続税額があるときは、その相続の開始があったことを知った日の翌日から10月以内に課税価格、相続税額その他財務省令で定める事項を記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない旨規定している。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 本件被相続人は、平成25年8月○日に交通事故の被害に遭った。
     その後、本件被相続人は、受け取るべき治療費、慰謝料及び逸失利益などを内容とする損害賠償金(以下「本件損害賠償金」という。)の額が確定する前の平成27年9月○日に死亡し、請求人らは、同日、その事実を知った(以下、本件被相続人の死亡により開始した相続を「本件相続」という。)。
  • ロ 本件相続に係る共同相続人は、本件被相続人の長男である請求人A、養子である請求人D(請求人Aの妻)、二男であるF並びにいずれも長女の子でその代襲者であるG、H及びJの合計6名である。
     なお、本件相続に係る相続税法第15条《遺産に係る基礎控除》に規定する遺産に係る基礎控除額は、66,000,000円(以下「本件基礎控除額」という。)である。
  • ハ 本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の法定申告期限(以下「本件法定申告期限」という。)は、平成28年7月○日であったが、請求人らは、本件法定申告期限までに本件相続税の申告書を提出しなかった。
  • ニ 本件損害賠償金の額は、平成28年8月12日付の「損害賠償に関する承諾書(免責証書)」により、○○○○円と確定した。その後、請求人Aは、同月17日に、本件被相続人が生前に受領した○○○○円を控除した○○○○円を受領した。
  • ホ 平成28年9月10日に、上記ロの共同相続人6名の間で本件相続に係る遺産分割協議が成立し、請求人らが本件被相続人の全ての相続財産を取得した。

(4) 審査請求に至る経緯

  • イ 請求人らは、平成28年10月3日に、それぞれ別表の「申告」欄のとおり記載した相続税の申告書を共同して提出する方法により申告した(以下、当該申告書を「本件申告書」という。)。本件申告書には、取得財産の価額の合計額が○○○○円、債務及び葬式費用の金額の合計額が○○○○円、課税価格の合計額が○○○○円と記載されており、また、本件申告書の第11表「相続税がかかる財産の明細書」には、「損害賠償金」として、本件損害賠償金のうち上記(3)のニの請求人Aが受領した○○○○円が記載されている。
  • ロ 原処分庁は、これに対し、平成28年11月2日付で、通則法第66条第5項に規定する「その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正又は決定があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当するとして、別表の「賦課決定処分」欄のとおりの無申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。
  • ハ 請求人らは、本件各賦課決定処分に対し、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとして、平成28年12月28日に、本件各賦課決定処分の全部の取消しを求めてそれぞれ審査請求をした。
     なお、請求人らは、請求人Aを総代として選任し、その旨を平成29年1月27日に当審判所に届け出た。

トップに戻る

2 争点

請求人らには、期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるか否か。

トップに戻る

3 争点についての主張

請求人ら 原処分庁
請求人らが期限内申告書を提出しなかったのは、本件法定申告期限において、本件損害賠償金の額が確定していなかったことから、全ての相続財産を反映した相続税の申告書を作成することができなかったためであり、故意によるものではない。
 したがって、請求人らには、期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」がある。
本件申告書に記載された相続税の課税価格の合計額から本件損害賠償金のうち本件法定申告期限を経過した後に受領した金額を除いても、その価額が本件基礎控除額を超えていることからすると、請求人らは、本件損害賠償金の額が本件法定申告期限において確定していなかったとしても、判明している相続財産の範囲で相続税の申告を行うことは可能であったといえる。
 したがって、請求人らには、期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとは認められない。

トップに戻る

4 当審判所の判断

(1) 法令解釈

  • イ 通則法第66条に規定する無申告加算税は、無申告による申告納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対し課されるものであり、これによって、当初から適正に申告した納税者とこれを怠った納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、無申告による申告納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。
     この趣旨に照らせば、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があると認められる場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような無申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に無申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解される。
  • ロ 相続税法第27条第1項は、前記1の(2)のハのとおり規定しているところ、同項の規定に基づき法定申告期限までに適正な相続税の申告書を提出するため、納税者としては、相続財産の全容を正確に把握していることが必要であり、したがって当然に相続財産を調査し、その全容を把握するよう努力すべきことを法は求めているものと解される。
     しかしながら、必ずしも法定申告期限内に相続財産の全容を把握することができるとは限らないので、法は、申告後において、相続税額に不足を生じたり、あるいは過大となったときには、修正申告又は更正の請求をすることができるものとしている(通則法第19条《修正申告》、同法第23条《更正の請求》、相続税法第31条《修正申告の特則》、同法第32条《更正の請求の特則》)のである。

(2) 認定事実

請求人ら提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ 請求人らは、原処分庁から、平成28年2月29日付の「相続税の申告等についてのご案内」と題する書面を受領した。
  • ロ 請求人Aは、上記イの書面を受領した後の平成28年3月頃に、税理士法人K会計事務所所属のL税理士に対して、本件相続税の申告について相談したところ、同税理士から申告が必要である旨の説明を受け、当該相談の結果を請求人Dに伝えた。
  • ハ 請求人Aは、平成28年3月頃、国税庁のホームページを調べるなどした結果、本件被相続人の相続財産のうち、土地の価額のみで本件基礎控除額を超えることを認識した。
  • ニ 請求人Dは、本件相続税に関することは請求人Aに任せていた。

(3) 当てはめ及び請求人らの主張について

  • イ 請求人らは、前記3のとおり、期限内申告書を提出しなかったのは、本件法定申告期限において本件損害賠償金の額が確定していなかったことから、全ての相続財産を反映した相続税の申告書を作成することができなかったためであり、故意によるものではない旨主張する。
  • ロ しかしながら、上記(1)のイ及びロの通則法第66条及び相続税法第27条第1項の解釈を踏まえると、納税者が相続財産の全容を把握するため、種々の調査をし、情報入手の努力をした結果、法定申告期限までに相続財産の一部しか判明しなかったとしても、その判明した部分だけで遺産に係る基礎控除額を超える場合には、納税者は、判明した相続財産につき期限内申告書を提出しなければならないと解するのが相当である。したがって、納税者が、法定申告期限までに把握した相続財産の価額が遺産に係る基礎控除額を超えることによって相続税の申告書の提出を要すると認識し、又は認識し得た場合において、その把握した相続財産に係る期限内申告書を提出しなかった場合には、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとは認められないと解するのが相当である。
     これを本件についてみると、請求人らは、上記(2)のロないしニのとおり、本件法定申告期限の約3か月前である平成28年3月頃には、L税理士から本件相続税の申告が必要である旨の説明を受けるとともに、本件相続によって相続した土地の価額のみで本件基礎控除額を超えることを認識していたのであるから、本件相続税の申告が必要であることを認識していたものと認められる。
     そうすると、前記1の(3)のハ及びニのとおり、本件法定申告期限において本件損害賠償金の額がいまだ確定していなかったとしても、請求人らは、本件法定申告期限までには本件基礎控除額を超える本件相続に係る相続財産を把握し、本件相続税の申告書を提出しなければならないと認識していたにもかかわらず、その判明した相続財産に係る本件相続税の申告書を本件法定申告期限までに提出しなかったのであるから、請求人らが期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとは認められない。
     また、請求人らは、期限内申告書を提出しなかったのは故意によるものではない旨も主張するが、通則法第66条第1項に規定する無申告加算税は、上記(1)のイのとおり、無申告による申告納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対し課されるものであり、納税者の故意の有無によってその課否が左右されるものではない。
     そして、当審判所の調査の結果によっても、本件において、「正当な理由」があることをうかがわせるようなその余の客観的事情の存在を認めることはできない。
  • ハ したがって、請求人らの主張には理由がなく、請求人らが期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとは認められない。

(4) 本件各賦課決定処分の適法性について

上記(3)のとおり、請求人らが期限内申告書を提出しなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があるとは認められない。
 そして、当審判所においても、本件相続税に係る請求人らの各無申告加算税の額は、本件各賦課決定処分における各無申告加算税の額と同額であると認められる。
 なお、本件各賦課決定処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠書類等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、本件各賦課決定処分はいずれも適法である。

トップに戻る