(平成29年8月2日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、給与所得者である審査請求人(以下「請求人」という。)が、原処分庁の調査を受け、外国為替証拠金取引(以下「FX取引」という。)に基因する所得があったとして平成24年分の所得税並びに平成25年分及び平成26年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)の各期限後申告をした後、本件におけるFX取引については、当該取引に基因する所得が過大に計上されているとして、平成25年分及び平成26年分の所得税等について各更正の請求をしたところ、原処分庁が、更正をすべき理由がない旨の各通知処分をし、平成25年分及び平成26年分の所得税等の各期限後申告に係る無申告加算税の各賦課決定処分した上、平成24年分の所得税及び平成25年分の所得税等の各期限後申告については過年分に生じた損失の金額の繰越控除の適用がないとして当該各年分の各更正処分及び無申告加算税の各賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、当該各処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

関係法令は、別紙のとおりである。なお、別紙で定義した略語については、以下本文でも使用する。

(3) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  • イ 請求人によるFX取引の開始
     請求人は、平成17年5月頃、J証券との間でFX取引(以下、J証券が顧客との間で行うFX取引を「本件FX取引」という。)を行うため、J証券に請求人名義の外国為替保証金取引口座を開設し、本件FX取引を開始した。
     なお、本件FX取引は、顧客とJ証券との相対取引であり、金融商品取引法第2条第22項に規定する店頭デリバティブ取引に該当する。
  • ロ 本件FX取引の内容
     J証券は、本件FX取引に関して外国為替保証金取引約款(以下「本件約款」という。)を定めるとともに、本件FX取引の仕組等の説明資料として外国為替保証金取引の契約締結前交付書面(以下「本件交付書面」といい、本件約款と併せて「本件約款等」という。)を作成し、それらの記載に従って本件FX取引を行っていた。
     平成24年1月1日から平成26年12月31日までの間(以下「本件期間」という。)の本件約款等に記載された本件FX取引の内容は、要旨、次のとおりである。なお、本件期間中において、本件約款等は複数回改定されているが、下記の各事項については、その内容が変更されていない。
    • (イ) 本件FX取引を行う顧客は、本件FX取引に係る売買注文について、J証券が提供するインターネット上のオンライントレード・システムを通じてのみ行い、電話、FAX、電子メールその他の方法による注文は一切することができない。
    • (ロ) J証券は、未決済建玉について、顧客から反対売買による差金決済又は現引きによる決済を行う旨の意思表示がJ証券所定の日時までに行われなかった場合には、J証券が定める日時(原則として日本時間の午前6時30分以降)において、建玉の決済日(取引約定日の2営業日後)を自動的に1営業日繰り延べる処理(以下、FX取引において未決済建玉の決済日を繰り延べる処理を「ロールオーバー」といい、本件FX取引におけるロールオーバーを「本件ロールオーバー」という。)を行う。
    • (ハ) 本件ロールオーバーが行われることにより、未決済建玉の約定価格が更新され、これに伴い、本件ロールオーバー時に差損益金(差金決済又はロールオーバーによって実現した損益をいう。以下、本件ロールオーバー時に発生する差損益金を「本件差損益金」という。)が発生する。
       本件差損益金の額は、未決済建玉の約定価格と本件ロールオーバー時においてJ証券が提示する未決済建玉に係る価格との差に基づき算出される。
    • (ニ) 本件ロールオーバーが行われることにより、スワップポイント(ロールオーバー時に、取引通貨間の金利差を調整するために、その差に基づいて算出される額をいう。以下、ロールオーバー時に発生する差損益金とスワップポイントを併せて「ロールオーバー差損益金等」といい、本件ロールオーバー時に発生するスワップポイントを「本件スワップポイント」といい、本件差損益金と本件スワップポイントを併せて「本件差損益金等」という。)が、発生する。
    • (ホ) 本件差損益金等は、顧客に事前に通知されることなく、それぞれの発生後直ちに、顧客が外国為替保証金取引口座に預託している保証金(以下「預託保証金」という。)の額に加算又は減算される。
    • (ヘ) 顧客は、J証券が提供するオンライントレード・システム上で、当該システムのメンテナンス時を除く全ての時間帯において、預託保証金のうち証券総合口座に振り替えることができる金額(預託保証金の額から、1未決済建玉及び発注済みの未約定注文について預託が必要な額、2既に振替請求している額などを除いた金額であり、以下「本件振替可能額」という。)を確認することができ、J証券に対し、本件振替可能額の範囲内で預託保証金を証券総合口座へ振り替える請求を行うことができる。
  • ハ 原処分庁による調査及び申告等
    • (イ) 請求人は、平成24年分の所得税並びに平成25年分及び平成26年分の所得税等(以下、平成24年分の所得税と併せて、「本件各年分の所得税等」という。)について、いずれも確定申告書を各法定申告期限までに提出しなかった。
    • (ロ) 請求人の当時の住所地を所轄していたL税務署長所属の調査担当職員(以下、単に「調査担当職員」という。)は、平成27年7月17日、請求人の本件各年分の所得税等の調査を開始した。
    • (ハ) 請求人は、平成27年10月9日、本件差損益金等に係る利益は所得計算の基礎となる旨の調査担当職員の指摘を受けて、L税務署長に対し、別表の「確定申告」欄のとおり記載した本件各年分の所得税等に係る各期限後申告書(以下「本件各申告書」という。)を提出した。その提出を受け、調査担当職員は、同月22日、請求人に対し、本件FX取引に係る損失の繰越控除について、法律の適用誤りがあり、平成24年分及び平成25年分の確定申告については修正申告を行う必要がある旨の説明をしたが、請求人は、これに応じなかった。
    • (ニ) 請求人は、平成27年11月27日、L税務署長に対し、本件差損益金等は実際に利益として確定・実現したものではなく、本件FX取引に係る雑所得の金額は200,000円以下となるため申告を要しないものであったとして、所得税等の納付すべき税額等を別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の平成25年分及び平成26年分の所得税等の各更正の請求(以下「本件各更正の請求」という。)をした。
  • ニ 審査請求に至る経緯等
     L税務署長は、平成28年2月29日、請求人に対し、1本件各更正の請求に対して更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)、2平成25年分及び平成26年分の所得税等の期限後申告に係る無申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件第1賦課決定処分」という。)、3平成24年分の所得税の更正処分及び無申告加算税の賦課決定処分並びに4平成25年分の所得税等の更正処分及び無申告加算税の賦課決定処分を行った(以下、上記3及び4のうち各更正処分を併せて「本件各更正処分」といい、上記3及び4のうち無申告加算税の各賦課決定処分を併せて「本件第2賦課決定処分」という。)。
     請求人は、原処分に不服があるとして、平成28年5月2日に異議申立てをし、異議審理庁は、同年8月2日付で請求人の異議申立てを棄却した。
     請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成28年8月31日に審査請求をした。
  • ホ 原処分庁の変更
     請求人は、審査請求後の平成28年10月○日付で、肩書住所地に転居したため、これに伴い、原処分庁はL税務署長からH税務署長となった。

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2 争点

  • (1) 争点1 本件差損益金等の収入の原因となる権利は、本件ロールオーバーが行われたときに確定したといえるか否か。
  • (2) 争点2 本件各年分の所得税等の期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があると認められるか否か。

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3 争点についての主張

(1) 争点1(本件差損益金等の収入の原因となる権利の確定時期)について

原処分庁 請求人
以下のとおり、本件差損益金等の収入の原因となる権利は、本件ロールオーバーが行われたときに確定する。 以下のとおり、本件差損益金等の収入の原因となる権利は、本件ロールオーバーが行われたときには確定していない。
イ 本件差損益金等は、本件ロールオーバー後、直ちに預託保証金に反映されて、預託保証金の増減が生じ、請求人は、本件差損益金等が反映された預託保証金について、一定の範囲内で、自身の証券総合口座への振替を請求できる。
 なお、請求人は、本件ロールオーバーが決済行為ではない旨主張するが、本件FX取引においては、本件ロールオーバー時に建玉の乗換え処理という決済行為がなされている。
イ 本件ロールオーバーは、決済行為ではなく、請求人の有する未決済建玉の決済の繰延処理であって、本件差損益金等は、本件ロールオーバーと同時に行われる未決済建玉の値洗い(未決済建玉について、一定の評価額により日々再評価することをいう。)によって計算される損益の見込額にすぎない。このことは、本件交付書面の本件FX取引の仕組の説明の中において、決済方法について「反対売買による差金決済又は現引き」と記載されていることなどから明らかである。
ロ 請求人の主張ロについて
  • (イ) 新措置法第41条の14の規定は、FX取引に係る収入について権利の確定する時期を定めるものではない。
  • (ロ) くりっく365では、転売・買戻しの申告等により建玉の決済をすることにより、差損益金等が収入又は損失として実現するとされており、本件FX取引とは契約内容が異なる。よって、本件FX取引とくりっく365とは同じ課税上の扱いをしなければないという請求人の主張には理由がない。
ロ 株式会社東京金融商品取引所(以下「東京金融取引所」という。)が取り扱うFX取引である「くりっく365」については、課税上、ロールオーバー差損益金等の収入の原因となる権利がロールオーバー時に確定するとは扱われていないところ、以下の理由により、本件FX取引とくりっく365とは同じ課税上の扱いをしなければならず、本件差損益金等の収入の原因となる権利が本件ロールオーバー時に確定すると扱ってはならない。
  • (イ) 平成23年6月法律第82号による改正(本件改正)により、本件FX取引のような店頭デリバティブ取引とくりっく365のような市場デリバティブ取引の課税関係が統一され、いずれについても、その課税時期が差金等決済を行ったときであることが明確化されたところ、本件ロールオーバーは、差金等決済ではない。
  • (ロ) くりっく365では、本件FX取引と同様に、ロールオーバー差損益金等が顧客の預託した証拠金に加算又は減算され、当該証拠金額が一定の額を超える場合には、その上回る額を限度として当該証拠金を引き出すことができる。
ハ 請求人の主張ハについて
 請求人が指摘する裁決事例は、いずれも商品先物取引に係る所得について判断したものであって、FX取引である本件とはそもそも異なる取引類型に関するものである。また、当該裁決事例で問題となった契約内容は、本件FX取引と異なるか、あるいは不明である。よって、当該裁決事例は、請求人の主張の根拠になり得ない。
ハ 商品先物取引に係る所得に関する国税不服審判所の複数の裁決事例において、値洗いを行ったとしてもそれは仮の計算であり、その計算結果については損益の確定や権利の確定をいうものではないとの判断が示されている。
ニ 請求人の主張ニについて
 当該主張は、原処分の適法性に何ら影響を及ぼさない。
ニ 本件FX取引は、顧客とJ証券との間の双務契約であり、顧客に対して本件差損益金等の収入の原因となる権利が確定したとして課税されるのであれば、J証券においても、本件差損益金等に係る自らの損益について、その権利、義務が確定したとして会計処理し、また、当該損益を踏まえて法人税法上の課税がされなければならないはずである。しかし、J証券は、本件差損益金等について、損益勘定での会計処理を何ら行っていないし、その損益を踏まえた課税が行われているとの立証もない。
ホ 本件差損益金等は、未決済建玉の保有期間の一部を捉えた損益の見込額にすぎない。そうであるにもかかわらず、本件FX取引を行う顧客に対してのみ本件差損益金等に課税すると、当該顧客についてのみ、為替相場の変動によって大きな税負担が生じ得ることとなり、他の業者とFX取引を行う顧客との間で税の負担の公平性・妥当性を著しく欠く。

(2) 争点2(期限内申告書の提出がなかったことについての「正当な理由」)について

請求人 原処分庁
J証券は、そのホームページ上で、1確定申告には「決済明細」を活用する旨、2確定申告が必要なのはFX取引により生じた売買益とスワップ損益の収益のみである旨、3給与所得及び退職所得以外の所得金額が200,000円以下の場合は確定申告が不要である旨を告知していた。また、本件交付書面には、「益金に係る税金」の項に、外国為替保証金取引で発生した益金について、「売買による差益及びスワップポイント」と記載されているだけであった。さらに、本件交付書面には、「決済方法」欄に「決済方法」として「反対売買による差金決済」と、「外国為替保証金取引に関する主要な用語」の中で、ロールオーバーは決済日を1日繰り延べる処理であるとそれぞれ記載されていた。
 請求人はこれらの記載などを信用し、反対売買の決済による収益のみが確定申告の対象となると考えていた。そして、本件FX取引について反対売買したことによる平成24年分ないし平成26年分の所得金額は、いずれも200,000円以下であった。
 以上のことから、請求人は、本件各年分の所得税等について確定申告を行う必要がないと考えて期限内申告を行わなかったのであるから、本件各年分の所得税等の期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由がある。
通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由」があると認められる場合とは、納税者の責めに帰することができない事情により期限後申告が真にやむを得ない理由によるもので、納税者に無申告加算税を課すことが不当又は酷になる場合を意味するものであり、期限後申告等となったことについて、単に納税者が税法を知らなかったことや誤解したことなど、納税者の主観的事情に基づく場合は、これに該当しないものと解されている。
 したがって、期限後申告となったことについて、証券会社の記載内容を信用したとする請求人の事情は、上記の「正当な理由」があると認められる場合には該当しない。

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4 当審判所における判断

(1) 争点1(本件差損益金等の収入の原因となる権利の確定時期)について

  • イ 法令解釈
     所得税法第36条第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上、収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額について、別段の定めがあるものを除き、その年において「収入すべき金額」と定め、収入した金額によるとしていないことからすると、当該規定は、現実の収入がない場合であってもその収入の原因となる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして上記権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される(最高裁昭和53年2月24日第二小法廷判決・民集32巻1号43頁参照)。
     そして、いかなる場合に上記の収入の原因となる権利が確定するかについては、所得税法やその他関係法令を見ても特に定められておらず、収入の原因となる取引行為にも様々な種類の取引があり得ることからすると、各種の取引ごとにその特質を考慮して決定せざるを得ないものと解されるが、現実の収入がなくても、収入となるべき権利が発生した後、これを法律上行使することができるようになり、権利実現の可能性を客観的に認識することができる状態になったときは、権利が確定したと認められると解される。
  • ロ 検討
    • (イ) 本件期間中に請求人が行った本件FX取引の内容について
       当審判所の調査及び審理の結果によれば、本件約款等はいずれも、請求人が本件FX取引を開始してから複数回改定されており、本件期間開始日(平成24年1月1日)に適用されるそれぞれの改定は、本件約款が平成23年8月1日付で、本件交付書面が平成24年1月1日付であるところ、J証券は、上記各改定前にそれらの改定について請求人に通知をし、それらの改定後には各改定後の本件約款及び本件交付書面に従って本件FX取引を行っていたが、請求人は、J証券に異議を述べることなく本件FX取引を続けていることが認められる。以上によれば、請求人は、上記各改定について少なくとも黙示に承諾をしたと認められる。そして、上記1の(3)のロ記載のとおり、本件期間中に行われた本件約款等の改定では、本件FX取引の内容のうち同(イ)ないし(ヘ)記載の部分に変更はなかった。
       そうすると、本件期間中に請求人が行った本件FX取引の内容は、上記1の(3)のロの(イ)ないし(ヘ)記載のとおりであると認められる。
    • (ロ) 本件差損益金等の収入すべき時期について
       上記1の(3)のロの(ハ)ないし(ホ)のとおり、本件ロールオーバーが行われると、未決済建玉の約定価格が更新され、本件ロールオーバー時に本件差損益金等が発生してその金額が確定し、当該本件差損益金のうち差益金は、発生後、直ちに預託保証金の額に加算され、差損金は、発生後、直ちに預託保証金の額から減算されることになり、同様に、本件スワップポイントについても、これを受け取る場合は、発生後、直ちに預託保証金の額に加算され、支払う場合は直ちに預託保証金の額から減算される。
       そして、上記1の(3)のロの(ヘ)のとおり、顧客は、前示のとおり本件差損益金等が反映された預託保証金について、本件振替可能額をオンライントレード・システム上で随時確認することができ、本件振替可能額の範囲内で証券総合口座への振替を請求することが可能となるのであり、顧客は、本件ロールオーバーに伴い証券総合口座に振替入金された本件振替可能額相当の金員を処分することができるものと認められる。
       以上のような本件FX取引の内容に照らすと、本件差損益金等の収入の原因となる権利は、本件ロールオーバーが行われた時点で発生すると同時に、これを法律上行使することができるようになり、権利実現の可能性を客観的に認識することができる状態になったということができる。そうすると、本件差損益金等の収入の原因となる権利は、本件ロールオーバーが行われたときに確定したと認められる。
    • (ハ) 請求人の主張について
      • A 請求人は、本件ロールオーバーは決済行為ではなく未決済建玉の決済の繰延処理にすぎず、本件差損益金等は上記のような本件ロールオーバーと同時に行われる未決済建玉の値洗いによって計算される損益の見込額にすぎないから、本件ロールオーバーが行われた時点で本件差損益金等の収入の原因となる権利は確定していない旨主張する。
         しかしながら、上記(ロ)のとおり、本件差損益金等は、本件ロールオーバーが行われたときに預託保証金に反映され、顧客は、直ちに、当該預託保証金について、本件振替可能額の範囲内で証券総合口座への振替を請求できることなどからすると、本件差損益金等が損益の見込額にすぎないとはいえず、請求人の主張は採用することができない。
      • B 請求人は、以下の(A)及び(B)において主張する各点を理由として、本件FX取引は、ロールオーバー差損益金等の収入の原因となる権利がロールオーバー時に確定するとは扱われていないくりっく365と同じ課税上の扱いをしなければならない旨主張するが、上記各点に係る請求人の主張は採用することができず、本件FX取引について、くりっく365と同じ課税上の扱いをすべきものとは認められない。
        • (A) 請求人は、本件改正により、店頭デリバティブ取引と市場デリバティブ取引の課税関係が統一され、いずれについてもその課税時期が差金等決済を行ったときであることが明確化されたところ、本件ロールオーバーは差金等決済ではない旨主張する。
           そこで検討するに、当審判所の調査の結果によると、1新旧措置法第41条の14第1項が規定する先物取引に係る雑所得等の課税の特例の沿革をみると、平成13年法律第7号による租税特別措置法の改正により、個人投資家による一層の市場参加を通じて商品先物リスク・ヘッジ機能を向上させることなどを税制面においても支援する目的で、個人が市場において行う商品先物取引による所得について申告分離課税とする上記特例が導入されたこと、2その後、FX取引に基づく被害の拡大を防止するためにFX取引等を取り扱う業者を規制対象とするなどの金融先物取引法(なお、同法は平成18年法律第66号により廃止されている。)の改正が行われたため、平成17年法律第21号による租税特別措置法の改正により、上記金融先物取引法の改正を踏まえるとともに、金融所得課税の一体化・簡素化に向けた取組みを進める観点から課税方式の均衡化を図るという目的で、個人が市場において行うFX取引による所得も上記特例の対象とされたこと、3さらに、本件改正により、店頭商品デリバティブ取引や店頭デリバティブ取引について投資家保護のための規制の強化が図られてきていることを踏まえて、金融商品間の課税の中立性を高める目的で、個人が行う店頭デリバティブ取引による所得も上記特例の対象とされたことが認められる。
           このような上記特例の沿革に鑑みると、旧措置法第41条の14第1項の規定が、申告分離課税の特例を規定するほかに、所得税法第36条第1項の通則的な規定によることなく店頭デリバティブ取引に係る雑所得等の収入すべき時期までを個別的に規定したものであるとは解されず、また、本件改正により、店頭デリバティブ取引と市場デリバティブ取引の課税関係が統一され、いずれについてもその課税時期が差金等決済を行ったときであることが明確化されたとも解されないから、請求人の主張は採用することができない。
           なお、上記(ロ)のとおり、本件ロールオーバーが行われると直ちに本件差損益金等の額が預託保証金に反映され、顧客が直ちに本件振替可能額の範囲内で証券総合口座への振替を請求することができるなどという本件FX取引の内容からすると、本件ロールオーバーは、本件FX取引の決済方法の一つであり、差金等決済に該当するというべきである。
        • (B) 請求人は、くりっく365では、本件FX取引と同様に、ロールオーバー差損益金等が顧客の預託した証拠金に加算又は減算され、当該証拠金額が一定の額を超える場合には、その上回る額を限度として当該証拠金を引き出すことができる旨主張する。
           そこで検討するに、当審判所の調査の結果によれば、くりっく365は、東京金融商品取引所が開設する市場で行われるFX取引で、市場デリバティブ取引(金融商品市場において、金融商品市場を開設する者の定める基準及び方法に従い行う取引。金融商品取引法第2条第21項)に該当し、東京金融商品取引所の定める基準及び方法に従って取引されるところ、東京金融商品取引所は、業務方法書等により、くりっく365の取引内容として、未決済建玉についてロールオーバーが行われてロールオーバー差損益金等が発生するものの、これらは計算上の数額であり、建玉が転売・買戻しの申告又は転売・買戻しをされた際に、当該建玉に係るロールオーバー差損益金等が為替取引証拠金へ振り替えられて決済されること、顧客は、上記決済により当該ロールオーバー差損益金等が反映された為替取引証拠金について一定の範囲内で返還を請求できることなどを定めていることが認められる。
           そうすると、くりっく365の仕組みは、本件FX取引の仕組み(上記(ロ)のとおり、ロールオーバーが行われると直ちに本件差損益金等の額が預託保証金に反映され、顧客が直ちに本件振替可能額の範囲内で証券総合口座への振替を請求することができる。)と異なっていると認められるから、請求人の主張は採用することができない。
      • C 請求人は、FX取引と同様の商品先物取引に係る所得に関する国税不服審判所の複数の裁決事例において、値洗いを行ったとしてもそれは仮の計算であり、その計算結果については損益の確定や権利の確定をいうものではないとの判断が示されている旨主張する。
         しかしながら、請求人提出資料によれば、請求人の指摘する裁決事例は、いずれも商品先物取引に係る所得について判断したものであって、FX取引である本件とはそもそも異なる取引類型に関するものである。また、請求人提出資料によれば、当該裁決事例で問題となった契約内容は、本件FX取引と異なるか、あるいは不明である。よって、請求人の指摘する裁決事例は、いずれも上記(ロ)の判断を左右するものではなく、請求人の主張は採用することができない。
      • D 請求人は、本件FX取引を行う顧客に対して本件差損益金等の収入の原因となる権利が確定したとして課税するのであれば、J証券においても、本件差損益金等に係る自らの損益について、その権利、義務が確定したとして会計処理し、また、当該損益を踏まえて法人税法上の課税がされなければならないはずであるが、J証券は、本件差損益金等について、損益勘定での会計処理を何ら行っていないし、その損益を踏まえた課税が行われているとの立証もない旨主張する。
         しかしながら、上記イによれば、本件差損益金等の収入の原因となる権利が本件ロールオーバーが行われたときに確定するか否かは、本件FX取引の特質を考慮して決定されるものであり、本件FX取引についてJ証券がどのような会計処理を行っているかや、J証券に対する課税状況いかんによって、その判断が直ちに左右されるものではないから、請求人の主張は採用することができない。
      • E 請求人は、本件差損益金等が未決済建玉の保有期間の一部を捉えた損益の見込額にすぎないにもかかわらず、本件FX取引を行う顧客に対してのみ本件差損益金等に課税すると、当該顧客についてのみ為替相場の変動によって、大きな税負担が生じ得ることとなり、他の業者とFX取引を行う顧客との間で税の負担の公平性・妥当性を著しく欠く旨主張する。
         しかしながら、上記Aのとおり、本件差損益金等が損益の見込額にすぎないとはいえないから、請求人の主張は採用することができない。
      • F 争点1に関するその他の主張を含め、請求人の主張はいずれも採用することができない。
  • ハ 小括
     以上によれば、本件差損益金等の収入の原因となる権利は、本件ロールオーバーが行われたときに確定したと認められる。

(2) 争点2(期限内申告書の提出がなかったことについての「正当な理由」)について

  • イ 法令解釈
     通則法第66条に規定する無申告加算税は、納税者が法定申告期限後に申告書を提出した事実があれば、原則として、その納税者に対して課されるものであり、これによって当初から適法に申告した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、適正な申告納税の実現を図るための行政上の措置である。
     この趣旨に照らせば、期限後申告であっても例外的に無申告加算税が課されない場合として通則法第66条第1項ただし書が規定する「正当な理由」があると認められる場合とは、法定申告期限内に申告できなかったことについて、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、無申告加算税の制度趣旨に照らしても、なお、納税者に無申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解される。
  • ロ 認定事実
     請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
    • ( イ) 平成22年1月30日現在におけるJ証券のホームページの記載内容は、要旨、次のとおりである。
      • A 本件FX取引は、その取引内容が年間取引報告書には記載されず、年間の取引内容をまとめた書面等も交付されないため、顧客は、確定申告に際して、J証券が提供するオンライントレード・システム上で交付される報告書等を活用して自ら計算をする必要がある。
      • B 外国為替保証金取引により生じた売買損益・スワップポイント損益による収益は、個人の場合、雑所得又はその他の所得として総合課税の対象となり原則として確定申告が必要となる。ただし、給与所得者で一定の条件を満たし、給与所得及び退職所得以外の所得金額の合計が200,000円以下である場合は、確定申告が不要となる場合がある。
      • C 税務上の相談・助言や見解等は、顧客が税理士等の専門家や所轄の税務署に確認し、また、最終的な判断及び決定は、顧客自身の責任で行う必要がある。
    • (ロ) 本件期間中の本件交付書面の記載内容は、要旨、次のとおりである。なお、下記の各事項については、本件期間中の本件交付書面の改定においてもその内容が変更されていない。
      • A 本件FX取引の内容について、決済方法は、反対売買による差金決済又は現引きである。
      • B 個人が行った店頭におけるFX取引で発生した益金(売買による差益及びスワップポイント収益をいう。)は、平成24年1月1日の取引以降、「先物取引に係る雑所得等」として申告分離課税の対象となり、原則として確定申告することを要し、詳しくは税理士等の専門家に問い合わせる必要がある。
      • C ロールオーバーとは、建玉の決済日の前営業日に、建玉を翌々営業日(決済日の翌営業日)を決済日とする建玉に乗り換え、結果として決済日を1日繰り延べる処理をいう。繰り延べた1日分の金利差から計算されるスワップポイントの受払いが発生する。
  • ハ 検討
     請求人は、要するに、上記ロのJ証券のホームページや本件交付書面の記載を信用し、本件FX取引に係る所得について、反対売買の決済による収益のみが確定申告の対象となると考えていたことなどを指摘して、「正当な理由」がある旨主張する。
     しかしながら、上記ロの(イ)のC及び(ロ)のBのとおり、上記ホームページには、税務上の相談等は顧客が税理士や所轄の税務署等に確認する必要があり、また、最終的な判断及び決定は顧客自身の責任で行う必要がある旨の記載があり、本件交付書面にも、税務に関して税理士等の専門家に問合わせる必要がある旨の記載があることからすれば、請求人の指摘するJ証券のホームページや本件交付書面の記載は、少なくとも課税関係に関する限り、いずれも証券会社が顧客に対するサービスの一環として参考のために記載したものにすぎず、所得税法等の規定する事項を細大漏らさず記載・解説し、顧客においてこれらの記載のとおりに確定申告等をすれば誤りが生じないことを確約したものではないというべきである。
     そうすると、請求人が本件各年分の所得税等の期限内申告書を提出しなかったのは、税法の不知・誤解によるものといわざるを得ないところ、このような税法の不知や誤解によって期限内申告書を提出できなかったという事情は、真に請求人の責めに帰することのできない客観的な事情とはいえず、無申告加算税の趣旨に照らしてもなお請求人に無申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合には当たらない。よって、請求人の指摘する事情をもって、本件各年分の所得税等の期限内申告書の提出がなかったことについて「正当な理由」があるとは認められない。また、その他、本件各年分の所得税等の期限内申告書の提出がなかったことについて「正当な理由」があると認めるに足りる証拠はない。

(3) その他の請求人主張について

請求人は、平成22年分及び平成23年分に生じたFX取引に係る損失の額を平成24年分及び平成25年分の各所得税の計算において繰り越すことができると誤解して本件各申告書を提出したものであり、当該誤解がなければ本件各申告書は決して提出していなかったなどとして、本件各申告書は、錯誤により提出したものであり、無効である旨主張する。
 しかしながら、所得税法がいわゆる申告納税制度を採用し(所得税法第120条《確定所得申告》第1項)、確定申告書記載の所得税額が過大であるときには一定の要件の下に更正の請求ができ(通則法第23条《更正の請求》)、上記税額が過少であるときには一定の要件の下に修正申告をすることができる(同法第19条《修正申告》)と規定し、確定申告書記載事項の過誤の是正につき特別の規定を設けていることからすると、上記過誤の是正については、錯誤が客観的に明白かつ重大であって、上記各是正方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、上記各是正方法によらないで確定申告書記載事項の錯誤を主張することは許されないものと解されるところ(最高裁昭和39年10月22日第一小法廷判決・民集18巻8号1762頁参照)、請求人の主張する誤解(錯誤)は、税法の不知・誤解にすぎないから、当該誤解をもって上記特段の事情があるとは認められない。
 よって、請求人の主張は採用することができない。

(4) 原処分の適法性について

  • イ 本件各通知処分の適法性について
     上記(1)のとおり、本件差損益金等の収入の原因となる権利は、本件ロールオーバーが行われたときに確定したと認められるから、平成25年分及び平成26年分に係る本件差損益金等は、請求人の当該各年分の先物取引に係る雑所得の金額の計算上、総収入金額に算入されることとなる。そして、このことを前提に請求人の平成25年分及び平成26年分の所得税等の額を算定すると、平成25年分の所得税等の額は別表の「更正処分等」の「納付すべき税額」欄のとおりとなり、また、平成26年分の所得税等の額は同表の「確定申告」の「納付すべき税額」欄のとおりとなるから、平成25年分及び平成26年分の確定申告書の提出により納付すべき税額が過大であるとは認められず、通則法第23条第1項に規定する更正の請求ができる場合には当たらない。
     よって、本件各更正の請求に対し、更正をすべき理由がないとした本件各通知処分はいずれも適法である。
  • ロ 本件各更正処分の適法性について
     上記(1)のとおり、本件差損益金等の収入の原因となる権利は、本件ロールオーバーが行われたときに確定したと認められるから、平成24年分及び平成25年分に係る本件差損益金等は、請求人の当該各年分の先物取引に係る雑所得の金額の計算上、総収入金額に算入することとなる。これに基づき算出した請求人の平成24年分及び平成25年分の総所得金額、先物取引に係る雑所得等の金額及び納付すべき税額は、それぞれ別表の「更正処分等」の「総所得金額(給与所得の金額)」欄、「先物取引に係る雑所得等の金額」欄及び「納付すべき税額」欄のとおりとなり、平成24年分の請求人の所得税額及び平成25年分の請求人の所得税等の額は、本件各更正処分におけるそれらの額と同額であると認められる。
     また、本件各更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
     よって、本件各更正処分はいずれも適法である。
  • ハ 本件第1賦課決定処分について
     上記(2)のとおり、平成25年分及び平成26年分の所得税等の期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないから、請求人の平成25年分及び平成26年分の所得税等の期限後申告に係る無申告加算税は、別表の「加算税の賦課決定処分」の各「無申告加算税の額」欄に記載されたとおりの金額であると認められる。
     よって、本件第1賦課決定処分は、いずれも適法である。
  • ニ 本件第2賦課決定処分
     上記ロのとおり、本件各更正処分は適法であり、上記(2)のとおり、平成24年分の所得税及び平成25年分の所得税等の期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないから、請求人の平成24年分の所得税及び平成25年分の所得税等の各更正処分に係る無申告加算税は、別表の「更正処分等」の各「無申告加算税の額」欄に記載されたとおりの金額であると認められる。
     よって、本件第2賦課決定処分は、いずれも適法である。

(5) 結論

よって、本件審査請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却する。

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