(令和4年2月15日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、原処分庁が、相続税の申告において課税価格に算入されていた被相続人及びその家族名義の各預貯金の口座から出金された現金並びに課税価格に算入されていなかった家族名義の預貯金は相続財産であるとして更正処分等を行ったのに対し、審査請求人らが、当該現金及び預貯金は被相続人の配偶者の財産であり相続財産に当たらないなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

  • イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第74条の11《調査の終了の際の手続》第2項は、国税に関する調査の結果、更正決定等をすべきと認める場合には、当該職員は、当該納税義務者に対し、その調査結果の内容(更正決定等をすべきと認めた額及びその理由を含む。)を説明するものとする旨規定している。
  • ロ 通則法第74条の11第3項は、同条第2項の規定による説明をする場合において、当該職員は、当該納税義務者に対し修正申告又は期限後申告を勧奨することができる旨、また、この場合において、当該調査の結果に関し当該納税義務者が納税申告書を提出した場合には不服申立てをすることはできないが更正の請求をすることはできる旨を説明するとともに、その旨を記載した書面を交付しなければならない旨規定している。
  • ハ 行政手続法第14条《不利益処分の理由の提示》第1項は、行政庁は、不利益処分をする場合には、その名宛人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない旨規定し、また、同条第3項は、不利益処分を書面でするときは、同条第1項の理由は、書面により示さなければならない旨規定している。

(3) 基礎事実及び審査請求に至る経緯

当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。

  • イ K(以下「本件被相続人」という。)は、平成30年2月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡し、本件被相続人に係る相続(以下「本件相続」という。)が開始した。
     本件相続に係る共同相続人は、本件被相続人の配偶者であるL(以下「本件配偶者」という。)、本件被相続人の長男であるH(以下「本件長男」という。)及び本件被相続人の二男であるM(以下「本件二男」といい、本件配偶者及び本件長男を併せて「請求人ら」という。)の3名である。
  • ロ 請求人らは、平成30年8月15日及び同年10月30日に、本件被相続人の相続財産について、遺産分割の協議をし、当該協議に基づいて、協議した各日付の遺産分割協議書をそれぞれ作成した。
  • ハ 本件配偶者は、平成26年2月12日から本件相続開始日までの間に、1本件被相続人名義であるN銀行の○○○○、2P信用金庫○○支店の普通預金(口座番号○○○○)、3Q銀行○○支店の普通預金(口座番号○○○○)、4本件配偶者名義であるN銀行の○○○○、5本件長男名義であるR銀行○○支店の普通預金(口座番号○○○○)及び6本件二男名義であるR銀行○○支店の普通預金(口座番号○○○○)の各預貯金の口座から、別表1の順号1ないし順号140のとおり、合計85,774,000円を現金で引き出した(以下、この引き出した行為を「本件出金」という。)。
  • ニ 請求人らは、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、それぞれ別表2の「申告」欄のとおり記載した申告書(以下「本件申告書」という。)を法定申告期限までに原処分庁へ提出した(以下、本件申告書の提出による申告を「本件申告」という。)。
     なお、本件配偶者及び本件二男は、税理士である本件長男に税務代理を委任していた。
  • ホ 本件申告書には、本件相続に係る相続財産として、本件出金により引き出された現金(以下「本件出金現金」という。)の一部である現金6,000,000円(以下「本件申告計上現金」という。)が計上されていた。
     また、本件申告書には、本件相続に係る相続財産として、別表3の本件被相続人名義の預貯金(上記ハの1ないし3の各預貯金口座の預貯金を含む。)の合計47,529,896円のほか、別表4の本件配偶者名義の預貯金(上記ハの4の○○○○を含む。)の小計86,867,241円、本件長男名義の預金(上記ハの5の預金口座の預金を含む。)の小計19,514,336円、本件二男名義の預金(上記ハの6の預金口座の預金を含む。)の小計20,463,220円及び本件長男の長女(以下「本件孫」という。)名義の預金の小計14,695,398円(以下、これらの請求人ら名義及び本件孫名義の預貯金を併せて「本件名義預貯金」という。本件名義預貯金の合計金額は、141,540,195円である。)が計上されていた(以下、上記の本件被相続人名義の預貯金と本件名義預貯金とを併せて「本件申告計上預貯金」といい、本件申告計上預貯金に係る各預貯金の口座を「本件申告計上預貯金口座」という。本件申告計上預貯金の合計金額は、189,070,091円である。)。
     なお、上記ロの遺産分割協議において、本件申告計上現金は本件配偶者が取得することとされ、本件名義預貯金については、各遺産分割協議書に本件被相続人の遺産として記載されていないが、請求人らの分割の合意により、本件配偶者名義のものは本件配偶者が取得し、本件長男名義及び本件孫名義のものは本件長男が取得し、本件二男名義のものは本件二男が取得することとされた。
  • ヘ 原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)は、令和元年11月25日に、本件相続税の調査(以下「本件調査」という。)に着手し、本件被相続人の自宅に臨場して本件配偶者及び本件長男と面接した。その際に、本件調査担当職員が、本件出金現金の行方について確認したところ、本件配偶者から、本件調査担当職員に対し現金65,000,000円の提示があった。
  • ト 本件長男は、上記への調査当日に、本件調査担当職員に対して、「金融資産形成に係る経緯」、「被相続人財産形成貢献度検討」、「(資料1)比較者データ」、「(資料2)被相続人生涯給与からの資産形成額推計」、「(資料3)参考データ」及び「(資料4)参考データ(その2)」と題する各書面を提出した。
  • チ 本件長男は、本件調査担当職員に対して、「被相続人妻財産形成貢献度検討(株式売買益除く)」と題する書面を郵送により提出し、本件調査担当職員は、令和元年12月2日に当該書面を受け取った。
  • リ 本件長男は、令和元年12月11日に、本件調査担当職員に対して、新たに現金12,000,000円(以下、この現金12,000,000円と上記ヘの現金65,000,000円の合計から本件申告計上現金の額を控除した金額に相当する現金71,000,000円を「本件現金」という。)が見つかったとして、自身のパーソナルコンピュータに保存された当該現金12,000,000円の画像データを提示した。
  • ヌ 本件調査担当職員は、令和2年4月21日に、本件長男に対して、本件調査に係る調査結果の内容の説明を行った。本件調査担当職員は、当該調査結果の内容の説明において、本件現金、本件配偶者名義のR銀行○○支店の定期預金(口座番号が○○○○で、本件相続開始日の残高が10,626,918円のもの。以下「本件定期預金」という。)及び本件二男名義のN銀行の○○○○(本件相続開始日の残高が9,500,000円のもの及び本件相続開始日の残高が3,000,000円のもの。以下、それぞれ「本件貯金1」及び「本件貯金2」といい、これらを併せて「本件各貯金」という。)の申告漏れを指摘した(以下、本件現金、本件定期預金及び本件各貯金を併せて「本件現金等」という。)。
  • ル 原処分庁は、本件現金等は、本件被相続人に帰属する相続財産であるとして、令和2年5月25日付で、請求人らに対して、それぞれ別表2の「更正処分等」欄のとおり、各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)をした。
     なお、本件各更正処分等に係る各通知書に記載された処分の理由(以下「本件各理由」という。)は、それぞれ別紙2−1ないし別紙2−3のとおりである。
  • ヲ 請求人らは、令和2年8月19日に、本件各更正処分等を不服として審査請求をし、同日、本件長男を総代として選任し、その旨を当審判所に届け出た。

2 争点

(1) 本件調査に係る調査手続(以下「本件調査手続」という。)に本件各更正処分等を取り消すべき違法があるか否か(争点1)。

(2) 本件各更正処分等は、行政手続法第14条第1項本文に規定する理由の提示の要件を欠いているか否か(争点2)。

(3) 本件現金等は本件被相続人に帰属する相続財産であるか否か(争点3)。

3 争点に対する当事者双方の主張

(1) 争点1(本件調査手続に本件各更正処分等を取り消すべき違法があるか否か。)について

原処分庁 請求人ら
以下のとおり、本件調査手続に、本件各更正処分等を取り消すべき違法はない。 以下のとおり、本件調査手続には、本件各更正処分等を取り消すべき違法がある。
イ 本件調査は、次のとおり、適法にされたものであり、裁量権の範囲を逸脱したものではなく、不当とされる事実もないことから、請求人らの主張はいずれも理由がない。 イ 本件調査は、次のとおり、本件調査時の本件調査担当職員の暴言に加えて、十分な説明を尽くさない不十分なものであって、極めて不当又は違法な調査である。
(イ) 請求人らは、本件調査担当職員が、請求人らに暴言を吐いたなどと主張するが、そのような事実は認められない。また、仮に請求人らの主張するような発言があったとしても、当該発言が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなど重大な違法を帯びているとまではいえない。 (イ) 本件調査担当職員は、本件配偶者が本件現金を自己の固有財産であるとして本件申告書に計上していなかったことを捉えて、請求人らに対し、相続財産の内容が不確定な段階から何度も「隠した」などと暴言を吐き、あたかも請求人らに仮装・隠蔽行為があるかのような発言をした。
(ロ) 請求人らは、本件調査担当職員の説明が変遷し、それにより請求人らを混乱させた旨主張するが、本件調査担当職員は、本件調査の各段階において、請求人らに対し、事実関係の確認状況や処分の検討状況に応じて意見を述べたにすぎず、説明を二転三転させたものではない。 (ロ) 本件調査担当職員は、請求人らに対し、当初は、重加算税の対象ではないと説明していたにもかかわらず、その後、説明を二転三転させ、請求人らに混乱と不信感をもたらした。
(ハ) 請求人らは、本件調査担当職員が、本件調査において請求人らが提出した資料を無視した旨主張する。しかしながら、原処分庁は、本件配偶者の株式取引及びS等での勤務実績などについて、請求人らの主張を考慮した上で調査し、当該調査により確認された事実関係に基づいて本件各更正処分等を行ったのであって、請求人らが主張するような事実はない。 (ハ) 請求人らは、本件調査の際、本件調査担当職員に対し、数回にわたり資料を提出しているにもかかわらず、本件調査担当職員は、資料について何ら言及することなく無視をした。
ロ 原処分庁が行った調査結果の内容の説明は、通則法第74条の11第2項に規定する説明責任を果たしている適法なものであり、次のとおり、請求人らの主張には理由がない。 ロ 原処分庁が行った調査結果の内容の説明は、次のとおり、通則法第74条の11第2項に規定する説明責任を果たしておらず、違法である。
(イ) 請求人らは、本件調査担当職員が、調査結果の内容の説明に当たって、調査結果の内容を記載した書面を示さなかった旨主張するが、当該書面を納税義務者に示した上で調査結果の内容の説明を行わなければならない旨を定めた法令上の規定はない。 (イ) 本件調査担当職員は、調査結果の内容の説明に当たり、本件長男が、調査結果の内容を整理した資料を示した上での説明をするよう求めたにもかかわらず、これに応じなかった。
(ロ) 請求人らは、本件被相続人及び本件配偶者の生涯収入とされる金額について、推計額が混在しているにもかかわらず、本件調査担当職員が実際の金額であるとの虚偽の説明をした旨主張するが、本件被相続人及び本件配偶者の生涯収入とされる金額を全て実際の金額で把握することは困難であり、本件調査担当職員が虚偽の説明をしたという事実はない。 (ロ) 原処分庁が算出した本件被相続人及び本件配偶者の生涯収入の金額には、推計額が混在しているにもかかわらず、本件調査担当職員は、全て実際の金額であると虚偽の説明をした。
(ハ) 本件調査担当職員は、本件現金等が本件被相続人に帰属する財産であると判断した過程を、本件調査により確認された事実関係とともに適切に説明している。 (ハ) 原処分庁は、本件被相続人及び本件配偶者に帰属する金融資産のほとんどが本件被相続人の生涯収入を原資として形成されたとする根拠を説明せず、また、本件被相続人に帰属する相続財産の価額の算出方法についても、調査結果の内容の説明の場において、一方的に説明し、反論する機会を与えないまま本件調査を終了させた。

(2) 争点2(本件各更正処分等は、行政手続法第14条第1項本文に規定する理由の提示の要件を欠いているか否か。)について

原処分庁 請求人ら
本件各理由は、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制し、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるという行政手続法第14条第1項本文の意義を満たす程度に具体的に記載されていることから、同項本文に規定する理由の提示の要件を欠くものとはいえず、以下のとおり、請求人らの主張には理由がない。 以下のとおり、本件各理由は、記載内容に不備がある上、処分の理由が明らかとなるものとはいえず、行政手続法第14条第1項本文に規定する理由の提示の要件を欠いている。
イ 請求人らは、本件各理由の記載では処分の理由が明らかとはいえない旨主張するが、本件各理由には、本件現金等が被相続人の相続財産であると認められるとの原処分庁の判断結果が、その理由となる事実関係とともに記載されている。 イ 本件各理由における本件被相続人及び本件配偶者の各生涯収入の金額には、内訳・内容の記載がない。また、上記各生涯収入の金額には推計額が混在しているから支給額とはいえないにもかかわらず、本件各理由において給与支給額などと記載がされており、当該記載は事実と異なる。
 さらに、相続財産の認定において、本件相続開始日における本件申告計上現金、本件申告計上預貯金、本件現金等及び年金受給口座である本件配偶者名義のP信用金庫○○支店の普通預金口座(口座番号○○○○。以下「本件年金受給口座」という。)の預金の合計額305,358,110円(以下「本件認定金融資産」という。)に、本件被相続人及び本件配偶者の各生涯収入の合計額に占めるそれぞれの金額の割合を乗じた金額を使用しているが、当該計算と相続財産の認定との関連について説明がされていない。
ロ 本件各理由の意義は、上記のとおりであるところ、納税義務者が本件調査の段階で主張したことに対して、逐一回答しなければならないものではない。 ロ 本件各理由には、本件長男が本件調査の際に提出した書面に記載した本件配偶者の勤務履歴の一部及び株式投資や預貯金取引を捨象・排斥した理由の説明がされていない。

(3) 争点3(本件現金等は本件被相続人に帰属する相続財産であるか否か。)について

原処分庁 請求人ら
以下のとおり、本件現金等は本件被相続人に帰属する相続財産に該当する。 以下のとおり、本件現金等は本件被相続人に帰属する相続財産に該当しない。
イ 本件現金等の出えん者 イ 本件現金等の出えん者
(イ) 本件現金は、本件申告計上預貯金口座から出金されたものであり、本件申告計上預貯金が本件被相続人に帰属するものとして本件申告に反映されていることからすると、その出えん者は、本件被相続人である。
 なお、本件現金が、本件出金現金の一部であることは、本件配偶者の申述等から明らかである。
(イ) 本件申告計上預貯金の原資には、本件被相続人及び本件配偶者の収入が混在しているし、本件名義預貯金の発生時期は古くその原資の負担者を明確に特定できないのであるから、本件現金の原資が本件出金現金であることをもって、本件現金の出えん者が本件被相続人であるとはいえない。
 また、本件調査時に本件現金があったことをもって、本件相続開始日に本件現金が存在したとはいえない。
(ロ) 本件定期預金については、本件長男が、本件申告書を作成した当時、その存在を知らなかったものの、税務署からの事前通知後に通帳が確認できたとし、本件被相続人及び本件配偶者の管理下にあった財産として把握漏れがあった旨述べていることからすれば、本件定期預金は、本件被相続人又は本件配偶者のいずれかに帰属する財産であり、その出えん者は、本件被相続人又は本件配偶者であると認められる。 (ロ) 本件定期預金には、本件被相続人及び本件配偶者の収入が混在していることから、原資の負担者を明確に特定することはできない。
(ハ) 本件各貯金は、本件配偶者がその存在を把握しておらず、本件二男も、その存在、作成経緯や通帳の所在を知らず、その原資を拠出していない旨申述していることから、出えん者は本件被相続人であると認められる。 (ハ) 本件各貯金は、原処分庁が主張する事情をもっても、原資の負担者を明確に特定することはできず、出えん者が本件被相続人であるとはいえない。
 なお、本件各貯金の作成手続は本件配偶者又は本件二男が行っており、その存在を失念していただけである。
ロ 本件被相続人及び本件配偶者の生涯収入  ロ 本件被相続人及び本件配偶者の生涯収入
(イ) 本件被相続人の生涯収入について
 Zが作成した○○○○及び本件被相続人の勤務先であったT市U局の回答書によれば、本件被相続人への給与支給総額及び退職金支給額の合計は112,130,714円であり、Z等の回答書によれば、年金支給総額は93,284,982円であるから、本件被相続人の生涯収入は205,415,696円である。
(イ) 本件被相続人の生涯収入について
 原処分庁が主張する給与支給額は、本件被相続人の当時の給与支払者であるT市の号給の積算額にすぎないことに加えて、賞与や通勤手当等の諸手当は加算されておらず、実際の「支給額」とはかけ離れた数値である。
 また、原処分庁は、Zが作成した○○○○に記載がないことを理由に、本件被相続人がT市U局を退職した後の勤務先に係る勤務事実を確認することができないとして給与を加算していない。しかしながら、平成28年10月より前の勤務について、短時間労働者が厚生年金保険の被保険者期間を有しないのは法律上当然のことであって、そのことをもって勤務実績がなかったと判断することはできない。
(ロ) 本件配偶者の生涯収入について
 Zが作成した○○○○によれば、本件配偶者への給与支給総額は252,000円であり、Z等の回答書によれば、年金支給総額は9,845,585円であるから、本件配偶者の生涯収入は10,097,585円である。
 なお、請求人らが提出した本件配偶者がSの事務服を着た姿で撮影された写真は、本件配偶者の勤務事実及び収入があったことを裏付ける証拠とは認められず、また、請求人らが主張する本件配偶者の株式投資を裏付ける事実も確認できない。
(ロ) 本件配偶者の生涯収入について
 原処分庁が主張する給与支給額は、厚生年金基金給与月額に月数を乗じただけの推計額にすぎず、実際の「支給額」とはいえない。
 また、原処分庁は、Zが作成した○○○○に記載がないことを理由に、本件配偶者の内職やパート等に係る勤務事実を確認することができないとして給与を加算していない。しかしながら、平成28年10月より前の勤務について、短時間労働者が厚生年金保険の被保険者期間を有しないのは法律上当然のことであって、そのことをもって勤務実績がなかったと判断することはできない。
 なお、原処分庁は、本件配偶者の勤務先の一つであるSでの勤務事実を裏付ける証拠として、請求人らが提出した写真の存在を無視し、さらに、請求人らが主張した本件配偶者自身の資金により得た株式運用益及びそれにより得た資金を加えた預貯金運用益を勘案せず、捨象・排斥することにより原処分庁に都合の良い結論を導き出している。
ハ 本件現金等の帰属の判定 ハ 本件現金等の帰属の判定
(イ) 上記イのとおり、本件現金及び本件各貯金の出えん者は本件被相続人であり、本件定期預金の出えん者は本件被相続人又は本件配偶者である。 (イ) 原処分庁は、本件現金及び本件各貯金の出えん者が本件被相続人である旨主張するが、上記イのとおり、原処分庁の主張する事実をもって、本件現金等の出えん者が本件被相続人であるとはいえない。
(ロ) 上記ロによれば、本件被相続人及び本件配偶者の生涯収入の比率は、本件被相続人が95.31パーセント、本件配偶者が4.69パーセントとなるから、本件被相続人又は本件配偶者のいずれかに帰属する金融資産のほとんどは本件被相続人の出えんにより形成されていたといえる。
 なお、上記金融資産のうち4.69パーセントは本件配偶者の原資であるものの、本件配偶者の生涯収入の内訳は、そのほとんどが年金収入であるところ、本件年金受給口座の預金は、本件配偶者の財産として、本件申告書に計上されていない。
 そして、本件認定金融資産に、本件被相続人の生涯収入の比率を乗じた金額は291,036,815円となり、本件申告計上現金、本件申告計上預貯金及び本件現金等の合計額を上回る。また、本件配偶者の生涯収入の比率を乗じた金額は14,321,295円となり、本件年金受給口座の預金の金額を下回ることから、生涯収入比の検討においても、本件現金等の帰属の判断に齟齬はない。
(ロ) 原処分庁は、本件被相続人及び本件配偶者の生涯収入の比率により本件被相続人に帰属する相続財産の額を計算しているが、上記ロのとおり、原処分庁が主張する生涯収入は推計額であることに加えて、実態とかけ離れた数値が混在しており、合理性が担保されていない。
(ハ) 請求人らは、本件申告書に計上されている本件名義預貯金についても本件配偶者の財産が一部原資として含まれている旨主張するが、そのような事実は認められない。 (ハ) 加えて、本件名義預貯金には本件配偶者の収入が原資として含まれているにもかかわらず、請求人らは、本件名義預貯金を本件申告書に計上しているが、これは、本件名義預貯金が本件被相続人に帰属すると判断したからではなく、本件配偶者が管理する預貯金通帳のうち本件被相続人名義以外のものについて、いずれも原資が不明であったことから、金融財産形成への貢献度を斟酌して、そのような申告をしたにすぎない。
(ニ) 以上の事情を総合的に考慮すると、本件現金等は、本件被相続人に帰属する財産である。 (ニ) 以上によれば、原処分庁の主張には理由がなく、本件現金等が本件被相続人に帰属するとはいえない。

4 当審判所の判断

(1) 争点1(本件調査手続に本件各更正処分等を取り消すべき違法があるか否か。)について

  • イ 法令解釈
     通則法は、第7章の2《国税の調査》において、国税の調査の際に必要とされる手続を規定しているが、同章の規定に反する手続が課税処分の取消事由となる旨を定めた規定はなく、また、調査手続に瑕疵があるというだけで納税者が本来支払うべき国税の支払義務を免れることは、租税公平主義の観点からも問題であると考えられるから、調査手続に単なる違法があるだけでは課税処分の取消事由とはならないものと解される。
     もっとも、通則法は、第24条《更正》の規定による更正処分、第25条《決定》の規定による決定処分、第26条《再更正》の規定による再更正処分等について、いずれも「調査により」行う旨規定しているから、課税処分が何らの調査なしに行われたような場合には、課税処分の取消事由となるものと解される。そして、これには、調査を全く欠く場合のみならず、課税処分の基礎となる証拠資料の収集手続(以下「証拠収集手続」という。)に重大な違法があり、調査を全く欠くのに等しいとの評価を受ける場合も含まれるものと解され、ここにいう重大な違法とは、証拠収集手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなどの場合をいうものと解するのが相当である。
  • ロ 認定事実
     請求人らの提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
    • (イ) 本件調査の状況について  
      • A 本件長男が本件調査の際に提出した書面には、本件被相続人に関して、過去の勤務先と勤務期間、退職金の収入金額と時期、年金収入の明細及び贈与に関する事項が記載され、また、本件配偶者に関して、株式投資及びその投資で得た資金の運用、S等の過去の勤務先と勤務期間、年金収入の明細並びに贈与に関する事項が記載されていた。
      • B 本件調査担当職員は、本件申告計上預貯金に係る各取引金融機関に対する調査を実施した。
      • C 本件調査担当職員は、本件長男が提出した書面に記載のあった各証券会社に対する調査を実施した。
      • D 本件調査担当職員は、本件被相続人の収入に関して、勤務先であったT市U局に対する調査を実施した。
         なお、本件調査担当職員は、調査を試みたものの、T市U局における本件被相続人の基本給以外の各種手当や賞与の支給額を確認することはできなかった。
      • E 本件調査担当職員は、本件長男が提出した書面に記載のあったSに対する調査を実施した。
         なお、本件調査担当職員は、調査を試みたものの、Sにおける本件配偶者の勤務状況や給与の総額を確認することはできなかった。
      • F 本件調査担当職員は、本件被相続人及び本件配偶者の本件相続開始日までの年金収入に関して、Z及びVに対する調査を実施した。
      • G 本件調査担当職員は、本件調査に基づく相続税の加算税に関し、本件長男に対して、令和2年1月30日に面接した際には過少申告加算税の対象である旨を、同年3月16日に面接した際には重加算税の対象となる可能性がある旨を、同年4月21日に調査結果の内容の説明をした際には、最終的に過少申告加算税の対象となる旨を説明した。
    • (ロ) 調査結果の内容の説明について  
      • A 本件調査担当職員は、あらかじめ、本件配偶者及び本件二男に対し、両者が、本件調査に係る調査結果の内容の説明は税務代理人を通じて聞くことに同意していることを確認した上で、令和2年4月21日、税務代理人である本件長男に対し、本件調査に係る調査結果の内容として、課税価格に加算する額、本件現金等が相続財産に該当するとの認定に至った過程、納付すべき税額等の説明をするとともに、修正申告の勧奨及び修正申告に伴う法的効果の説明をした。
      • B 本件調査担当職員は、令和2年4月21日及び同月22日に、本件長男から調査結果の内容の説明に対する不明事項について電話により質問を受け、これに回答した。
      • C 本件長男は、令和2年5月11日に、本件調査担当職員に対し、本件配偶者及び本件二男に対し調査結果の内容を説明した旨を伝えた。
  • ハ 当てはめ及び請求人らの主張について
    • (イ) 上記イのとおり、課税処分は、それが何らの調査なしに行われたような場合のほか、当該課税処分に係る証拠収集手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなどの重大な違法があり、調査を全く欠くに等しいとの評価を受ける場合が取消事由となるものと解されているところ、本件調査担当職員は、上記ロの(イ)のとおり、本件調査において所要の調査を実施しており、本件各更正処分等が何らの調査なしに行われたような場合であるとはいえないことは明らかである。そして、本件調査担当職員は、請求人らが提出した資料について無視することなく、当該資料に記載がある金融機関や勤務先などに対しても調査を実施していることが認められるところ、その調査の際に収集した資料を全て納税義務者に説明しなければならない旨を定めた法令上の規定は存在しない。また、上記ロの(イ)のGのとおり、本件調査担当職員の加算税に関する説明に変遷があり、仮に、本件調査担当職員が、上記3の(1)の「請求人ら」欄のイの(イ)のとおり、請求人らに対して、「隠した」等の仮装・隠蔽行為を彷彿させるような発言をしたとしても、それらの説明及び発言が、刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるものであるとはいえず、調査を全く欠くに等しいとの評価を受けるようなものではないから、本件各更正処分等を取り消すべき違法があるとは認められない。
       さらに、請求人らは、本件調査は、極めて不当なものであるから、本件各更正処分等を取り消すべき違法がある旨も主張するが、本件調査に取消事由となる違法が認められない場合において調査の不当性が本件各更正処分等の取消事由となる余地はない。
       したがって、上記3の(1)の「請求人ら」欄のイの請求人らの主張にはいずれも理由がない。
    • (ロ) 請求人らは、上記3の(1)の「請求人ら」欄のロのとおり、調査結果の内容の説明の際に、本件調査担当職員の説明内容が不十分であったことや不適切な対応があったことを違法事由として、本件各更正処分等を取り消すべきである旨も主張する。
       しかしながら、上記ロの(ロ)に照らせば、本件調査担当職員は、請求人らに対し、通則法第74条の11第2項の規定に基づく調査結果の内容の説明をするとともに、同条第3項の規定に基づく修正申告の勧奨及び修正申告に伴う法的効果の説明を行ったものと認められ、その説明内容が不十分であった事実や、説明の際の対応が不適切であった事実は認められず、当該調査結果の内容の説明に違法はない。
       なお、調査結果の内容の説明は調査終了の時の手続であって、既に行われた証拠収集手続の適法性に影響を及ぼすものではないから、請求人らの主張する事情は、そもそも本件各更正処分等の取消事由となるものではない。
       したがって、請求人らの主張にはいずれも理由がない。
  • ニ 小括
     以上によれば、本件調査手続に本件各更正処分等を取り消すべき違法はない。

(2) 争点2(本件各更正処分等は、行政手続法第14条第1項本文に規定する理由の提示の要件を欠いているか否か。)について

  • イ 法令解釈
     行政手続法第14条第1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解されるから、当該処分の理由が、上記の趣旨を充足する程度に具体的に明示するものであれば、同項本文の要求する理由の提示として不備はないものと解するのが相当である。
  • ロ 検討
     本件各理由については、別紙2−1ないし別紙2−3のとおりであるところ、本件各更正処分については、処分の理由として、本件現金等が相続財産と認められる旨が記載されるとともに、これを前提に相続税の課税価格及び納付すべき税額の算出過程が記載されており、本件現金等が相続財産に該当するとの認定に至った過程が、重要な間接事実とともに記載されているものと認められる。そして、本件各賦課決定処分については、上記のとおり本件各更正処分の理由に記載された相続税の納付すべき税額について、通則法第65条《過少申告加算税》の規定に基づき過少申告加算税を計算した旨、また、当該納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうち、本件申告の税額の計算の基礎とされなかったことについて正当な理由があると認められるものがない旨が記載されている。
     以上のことから、これらの記載内容は本件各更正処分等の理由となった事実等を具体的に示しているというべきであり、原処分庁としては、このような内容の理由を記載することによって、本件各更正処分等における自己の判断過程を検証することができるのであるから、その判断の慎重と合理性を担保するという点について欠けるところはなく、恣意抑制という趣旨目的を損なうものではない。また、名宛人に不服申立ての便宜を与えるという面からの要請に対しても、必要な材料を提供することができているのであるから、行政手続法第14条第1項本文の趣旨に照らし、同項本文の要求する理由の提示として不備はないといえる。
     したがって、本件各更正処分等は、行政手続法第14条第1項本文に規定する理由の提示の要件を欠くものではない。
  • ハ 請求人らの主張について
    • (イ) 請求人らは、上記3の(2)の「請求人ら」欄のイのとおり、本件各理由には、本件被相続人及び本件配偶者の各生涯収入の金額に係る内訳に関する記載がない旨、その各生涯収入の金額には推計額が混在しており、事実と異なっている旨、さらに、本件被相続人に帰属する相続財産の認定において、各生涯収入の比率を使用した計算と当該認定との関連について説明がない旨を主張する。
       しかしながら、本件各理由には、上記(1)のロの(イ)のBないしFの調査により判明した事項に基づく本件被相続人及び本件配偶者の各生涯収入の具体的な金額が記載されていることに加え、その各生涯収入の金額を踏まえた上で、本件現金等が本件被相続人に帰属する相続財産であると認められるとの原処分庁の判断結果が、その原因となる事実関係とともに記載されており、それぞれの理由の提示として要件に欠けるところがあるとは認められないことは、上記ロのとおりである。
       したがって、請求人らの主張には理由がない。
    • (ロ) 請求人らは、上記3の(2)の「請求人ら」欄のロのとおり、本件各理由には、本件配偶者の勤務履歴等について捨象・排斥した理由の記載がない旨主張する。
       しかしながら、行政手続法上、処分理由の記載に当たり、原処分庁が、処分の名宛人の主張を捨象・排斥した理由を逐一記載しなければならない旨の規定はないことから、請求人らの主張には理由がない。

(3) 争点3(本件現金等は本件被相続人に帰属する相続財産であるか否か。)について

  • イ 法令解釈
     一般的には、外観と実質は一致するのが通常であるから、財産の名義人がその所有者であり、その理は預貯金等についても妥当する。
     しかしながら、預貯金は、現金化や別の名義の預貯金等への預け替えが容易にでき、また、家族名義を使用することはよく見られることであるから、その名義と実際の帰属とが齟齬する場合も少なくない。このような場合、ある財産が被相続人以外の名義であったとしても、当該財産が相続開始時において被相続人に帰属するものであったと認められる場合には、当該財産は相続税の課税の対象となる相続財産に当たると解される。
     そして、被相続人以外の者の名義である財産が相続開始時において被相続人に帰属するものであったか否かは、当該財産又はその原資の出えん者、当該財産の管理及び運用の状況、当該財産から生ずる利益の帰属者、被相続人と当該財産の名義人並びに当該財産の管理及び運用をする者との関係、当該財産の名義人がその名義を有することとなった経緯等を総合勘案して判断するのが相当である。
  • ロ 認定事実
     請求人らの提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、次の事実が認められる。
    • (イ) 本件申告計上預貯金、本件定期預金及び本件各貯金の原資について
       本件申告計上預貯金口座で管理・運用されていた預貯金、本件定期預金及び本件貯金1は、いずれもその口座の開設時期や作成の時期が古く、原資を特定することができない。また、本件貯金2は、平成28年5月30日に、本件配偶者が現金を持ち込み作成したものであったが、その現金の原資を特定することはできない。
       本件申告計上預貯金のうち、本件長男、本件二男及び本件孫名義の各預金並びに本件各貯金について、本件長男、本件二男及び本件孫のいずれの者もその原資を出えんしておらず、同人らは、本件相続開始日まで、本件申告計上預貯金のうち同人らの名義となっている各預金及び本件各貯金の存在自体を認識していなかった。
    • (ロ) 預貯金等の管理及び運用の状況について
       本件配偶者は、本件被相続人の生前から、自身の収入や資産とともに、本件被相続人の収入や資産を管理しており、本件申告計上預貯金口座並びに本件定期預金及び本件各貯金の各口座の通帳や印鑑も自宅で保管して、これらの預貯金の管理及び運用を行っていた。本件配偶者は、本件申告計上預貯金口座から本件出金を行い、以後、本件出金現金の一部である本件現金及び本件申告計上現金を自宅において保管していた。
    • (ハ) 本件被相続人及び本件配偶者の収入等について  
      • A 本件被相続人は、40年弱にわたって地方公務員として勤務し、定年後も、再就職して収入を得ていた。
      • B 本件配偶者は、勤務期間等は不明であるが、S等において勤務をして収入を得ていたこともあった。
    • (ニ) 本件被相続人及び本件配偶者からの贈与について
       請求人ら及び本件孫が、本件被相続人から生前に贈与を受けたことはない。
       また、本件長男、本件二男及び本件孫が、本件配偶者から本件相続開始日以前に贈与を受けたことはない。
    • (ホ) 請求人らが本件申告計上現金及び本件申告計上預貯金(以下、これらを併せて「本件申告計上現預金」という。)を本件申告書に計上した経緯について  
      • A 税理士である本件長男は、本件申告に先立ち、本件配偶者が管理していた預貯金通帳等及び取引していた銀行との取引履歴を確認したところ、本件相続開始日において、本件被相続人名義の預貯金の残高が47,529,896円であり、請求人ら及び本件孫の名義の各預貯金に係る残高の合計(本件定期預金及び本件各貯金を含まず、本件名義預貯金の残高141,540,195円に本件年金受給口座の預金の残高16,161,101円を加算した金額)が157,701,296円であったこと、平成26年2月12日から本件相続開始日までの間に、別表1のとおり、本件配偶者が管理する預貯金の口座から現金が引き出されていたこと(本件出金)を把握した。
      • B 本件長男は、上記Aの事実に加え、本件出金により引き出された多額の現金の行方が不明であったことから、本件被相続人及び本件配偶者の過去の収入等を考慮し、両者の資産形成への貢献度を検討した上、口座名義にかかわらず、本件被相続人名義の預貯金の残高47,529,896円に本件名義預貯金141,540,195円及び本件申告計上現金6,000,000円を加算した金額(195,070,091円)を本件申告書に計上して、本件申告を行った。
  • ハ 検討
    • (イ) 本件現金について  
      • A 本件現金は、上記ロの(ロ)のとおり、本件申告計上預貯金口座から引き出された本件出金現金の一部であり、本件相続開始日において存在していたものと認められる。
      • B しかしながら、本件申告計上預貯金口座は、上記1の(3)のハ及びホ並びに上記ロの(イ)ないし(ニ)のとおり、1本件申告計上預貯金口座で管理運用されていた預貯金の原資が特定できないこと、2本件申告計上預貯金と本件出金現金を合わせると約3億円に近い金額となり、地方公務員であった本件被相続人の生涯収入から合理的に推認される金額よりも多額であり、不自然な点があること、3本件配偶者も収入を得ていたと認められること、4本件配偶者は、本件被相続人名義及び本件配偶者名義に加え、本件長男等の家族名義の口座も利用して、本件配偶者自身の収入や資産とともに、本件被相続人の収入や資産の管理及び運用を行っており、両者の収入や資産が明確に区別されていたことを示す証拠がないこと、5本件長男、本件二男及び本件孫は、本件申告計上預貯金のうち同人らが名義人となっている各預金の原資を出えんしておらず、また、同人らは、本件相続開始日までそれらの各預金の存在すら認識していなかったこと、6本件相続開始日までに同人らに対して、これらの各預金が贈与された事実もないこと等の事情からすると、本件申告計上預貯金口座から出金された本件現金は、本件被相続人及び本件配偶者が得た各収入が混在したものである可能性を否定できない。
      • C 上記Bのような場合においては、本件現金を本件被相続人と本件配偶者との収入比率を用いてあん分する方法で、いずれに帰属するものであるかを推認することにも一定の合理性が認められる。
      • D しかし、上記(1)のロの(イ)のD及びEのとおり、本件調査において、本件被相続人が地方公務員として勤務していた当時の正確な収入の額や、本件配偶者の具体的な勤務状況や収入の額を確認することはできなかった。また、当審判所の調査によっても、本件被相続人及び本件配偶者の各生涯収入の金額を確認できず、客観的合理性を有する方法により当該各生涯収入の金額を推認することができない。これらのことから、本件においては、あん分計算の前提となる本件被相続人及び本件配偶者の各生涯収入に基づく適切な収入比率を求めることができず、その他に本件被相続人の財産と本件配偶者の財産とにあん分する方法も見当たらないため、客観的合理性を有するあん分計算の方法により本件現金の帰属を決定することはできない。
      • E 他方で、請求人らは、上記1の(3)のロ及びホのとおり、本件申告計上現預金について、本件被相続人に係る遺産分割の対象として分割を行い、かつ、申告納税制度の下において、本件相続税の課税対象となる財産として本件申告を行ったのであり、本件申告計上現預金を、本件被相続人の相続財産として認識していたことがうかがわれる。こうした事情に加え、請求人らが本件申告において、本件申告計上現預金を相続財産とした経緯(上記ロの(ホ))を踏まえると、本件申告計上現預金の合計額である約2億円に近い預貯金及び現金は、本件被相続人と本件配偶者との収入が混在して形成された金融資産のうち、本件被相続人に帰属する部分の財産として、請求人らの合意によりあん分されたものと認められる。このような、本件被相続人及び本件配偶者の金融資産への貢献度を考慮したあん分方法や、当該方法により算出された本件申告計上現預金については、必ずしも客観的合理性が担保されたものではないが、当該あん分方法やこれにより算出された本件申告計上現預金を積極的に否定する証拠関係は認められず、不合理なものとまではいえない。
      • F 以上のように、本件においては、上記Bのとおり、本件申告計上預貯金口座の名義が必ずしも真の帰属を表すものではなく、上記Cのとおり、本件被相続人と本件配偶者との収入比率を用いたあん分計算により財産の帰属を特定する方法には合理性が認められるものの、上記Dのとおり、当審判所において合理的なあん分計算を行うこともできず、また、そのような中で、上記Eのとおり、本件申告における請求人らによるあん分方法及びこれにより算出された本件申告計上現預金の金額につき、これを不合理なものとして積極的に否定する証拠がないことからすると、本件申告計上現預金の額を超えて、本件現金についても、本件被相続人に帰属する相続財産として存在していたものと断定することはできず、本件申告計上現預金の金額をもって、本件被相続人に帰属していたものと見ることもやむを得ない。
    • (ロ) 本件定期預金及び本件各貯金について
       上記(イ)のBと同様に、本件定期預金及び本件各貯金についても、原資を特定することはできず、また、本件配偶者によって、本件申告計上預貯金口座と同様に、管理及び運用されていたものであることからすると、本件被相続人の収入がその原資に混在している可能性を否定できない。もっとも、上記(イ)のDのとおり、本件においては、当審判所において、本件被相続人と本件配偶者の財産について、客観的合理性を有する方法であん分計算を行うことができないから、上記(イ)のFと同様に、請求人らによって本件被相続人の相続財産とされた本件申告計上現預金に加えて、さらに本件定期預金及び本件各貯金についても、本件被相続人に帰属する相続財産であると断定することはできない。
  • ニ 原処分庁の主張について
    • (イ) 原処分庁は、上記3の(3)の「原処分庁」欄のイの(イ)のとおり、本件現金は本件申告計上預貯金口座から出金されたものであるから本件現金の出えん者は本件被相続人であり、本件現金は本件被相続人に帰属する相続財産である旨主張する。
       しかしながら、上記ハの(イ)のとおり、本件申告計上預貯金口座は本件被相続人のみに帰属するものとは認められず、また、請求人らによって本件被相続人の相続財産とされた本件申告計上現預金の額を超えて本件現金が本件被相続人に帰属するものであるとは認められないから、本件現金が本件申告計上預貯金口座から出金されたことをもって、本件被相続人に帰属する相続財産であるとは認められない。
       したがって、原処分庁の主張には理由がない。
    • (ロ) また、原処分庁は、上記3の(3)の「原処分庁」欄のイの(ハ)のとおり、本件各貯金は、本件配偶者がその存在を把握しておらず、本件二男もその存在、作成経緯や通帳の所在を知らず、その原資を拠出していない旨申述していることから、出えん者は本件被相続人であると認められ、本件各貯金は本件被相続人に帰属する相続財産である旨主張する。
       しかしながら、上記ハの(ロ)のとおり、本件各貯金は、本件配偶者によって管理及び運用されていたものであり、また、請求人らによって本件被相続人の相続財産とされた本件申告計上現預金に加えて、さらに本件各貯金が本件被相続人に帰属する相続財産であるとはいえない。
       したがって、原処分庁の主張には理由がない。
    • (ハ) さらに、原処分庁は、上記3の(3)の「原処分庁」欄のロ及びハのとおり、本件被相続人及び本件配偶者の生涯収入の比率は、本件被相続人が95.31パーセント、本件配偶者が4.69パーセントとなるから、本件被相続人又は本件配偶者のいずれかに帰属する金融資産のほとんどは本件被相続人の出えんにより形成されたものであり、本件現金等は本件被相続人に帰属する旨を主張する。
       しかしながら、上記ハの(イ)のDのとおり、本件調査においても、本件被相続人が地方公務員として勤務していた当時の正確な収入の額や、本件配偶者の具体的な勤務状況や収入の額を確認できていない。また、当審判所の調査によっても、本件被相続人及び本件配偶者の各生涯収入の金額を確認できず、客観的合理性を有する方法により当該各生涯収入の金額を推認することもできなかったことからすると、原処分庁の主張する本件被相続人及び本件配偶者の収入比率は、正確性を欠くものといわざるを得ず、これを前提に本件現金等の帰属を判断することはできない。そして、本件現金等が本件被相続人に帰属する相続財産とは認められないことについては上記ハのとおりである。
       したがって、原処分庁の主張には理由がない。

(4) 本件各更正処分等の適法性について

上記(3)のとおり、本件現金等は、本件相続に係る相続財産であるとは認められず、本件現金等を本件被相続人の相続財産であるとしてされた本件各更正処分等は違法であるから、その全部を取り消すべきである。

(5) 結論

よって、請求人らの審査請求には理由があるから、本件各更正処分等の全部を取り消すこととする。

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