(令和6年7月3日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が請求人の兄を相手方とする訴訟において、訴訟上の和解が成立し、当該和解により兄から請求人に対して支払われることとなった解決金について、原処分庁が、当該解決金は遺留分減殺請求に基づく価額弁償金であって、当該金額のうち請求人の相続税の申告において課税価格に含まれていなかった金額を課税価格に算入する旨の相続税の更正処分を行ったところ、請求人が当該更正処分において課税価格に算入された金額は、遺留分減殺請求に基づく価額弁償金を超過する金額であって、損害賠償金に該当するものであるから相続税の課税価格に算入されないなどとして原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

関係法令は別紙のとおりである。
 なお、別紙で定義した略語については、以下、本文でも使用する。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

イ 相続について
(イ) 請求人の父であるH(以下「本件被相続人」という。)は、平成28年6月○日に死亡し、その相続(以下「本件相続」という。)が開始した。
 なお、請求人は、同日、本件相続の開始を知った。
(ロ) 本件相続に係る法定相続人は、本件被相続人の長男であって請求人の兄であるJ及び本件被相続人の長女である請求人の2名である。
 なお、本件被相続人の配偶者であり請求人及びJの母であるK(以下「母K」という。)は、平成25年6月○日に死亡した。
ロ 本件被相続人の遺言について
(イ) 本件被相続人は、平成25年10月1日付で、同人が有する財産について、Jと請求人に等分にて相続させる旨の自筆証書遺言をした。
(ロ) 遺言者を本件被相続人とするL法務局所属公証人作成の平成26年4月2日付遺言公正証書(平成26年第○号。以下、当該遺言公正証書による遺言を「本件公正証書遺言」という。)には、本件被相続人が同日までにした遺言は一切無効として撤回する旨及び被相続人が有する一切の財産をJに相続させる旨の記載があった。
ハ 遺留分減殺請求の意思表示について
 請求人は、平成30年5月頃、本件公正証書遺言の存在を知り、同年12月6日、Jを相手方として、M家庭裁判所に遺産分割調停の申立てをした上で、平成31年3月29日、当該遺産分割調停において、Jに対し、遺留分減殺請求の意思表示をした。
ニ 訴訟について
(イ) 請求人は、令和元年12月7日、Jを被告とし、@主位的には、本件公正証書遺言は無効であり、本件相続について法定相続分に応じて本件被相続人の財産を相続したとして、予備的には、仮に本件公正証書遺言が有効であるとしても、遺留分減殺請求権を行使したとして、以下の請求をするとともに、A有価証券等の財産が本件被相続人の遺産であることの確認を求める訴え(以下「本件訴訟」という。)をN地方裁判所に提起した。
A Jが本件被相続人及び母K名義の預金を無断で引き出した上、本件被相続人の意思に基づかずに本件被相続人からJの子に対する教育資金贈与をしたとして、不法行為による損害賠償請求権又は不当利得返還請求権に基づき、主位的に約1,082万円、予備的に約643万円の支払請求
B 本件相続後に本件被相続人の不動産につきされた本件被相続人からJへの所有権移転登記について、共有持分権に基づき、主位的に、請求人及びJの持分を各2分の1ずつとする更正登記手続請求、予備的に、請求人の持分を4分の1、Jの持分を4分の3とする更正登記手続請求
(ロ) N地方裁判所は、令和2年2月12日、本件訴訟をP地方裁判所(以下、単に「裁判所」という。)へ移送する決定をした。
(ハ) 請求人は、令和2年10月6日、上記(イ)のBの予備的請求の趣旨を、以下の内容に変更する旨裁判所に申し立てた。
A 民法第1041条所定の遺贈の目的の価額の弁償としての約2,549万円の支払請求
B Jが上記Aの支払を行わない場合において、上記(イ)のBの不動産について、所有権の一部4分の1(請求人の持分)の移転登記手続請求
ホ 和解について
(イ) 裁判所は、令和3年11月30日、本件訴訟における請求人の代理人弁護士であるQ弁護士及び本件訴訟におけるJの代理人弁護士であるR弁護士に対し、和解案の金額として○○○○円を提示した。
 Q弁護士は、同年12月4日、請求人に対し、上記和解案について、当事者双方の主張する遺産の額と裁判所が認定する遺産の額を対比するとともに、裁判所が認定する遺産の額を基に法定相続分、遺留分及び和解案の額を記載した和解検討用試算表(以下「本件試算表」という。)を添付した電子メールで報告した。本件試算表には、本件被相続人の遺産の額の合計金額は○○○○円、当該合計金額から相続債務2,164,522円を差し引いた残額は○○○○円、法定相続分の額は当該残額の2分の1の金額である○○○○円、遺留分額は当該残額の4分の1の金額である○○○○円及び和解案の金額は○○○○円である旨記載されていた。
(ロ) 令和4年3月○日、請求人とJとの間で、訴訟上の和解(以下「本件和解」といい、本件和解に係る和解調書を「本件和解調書」という。)が成立した。
 本件和解に係る和解条項は、要旨次のとおりである。
A Jは、請求人に対し、解決金として○○○○円(以下「本件解決金」という。)の支払義務があることを認める。
B Jは、請求人に対し、本件解決金を、令和4年4月15日限り、請求人代理人名義の普通預金口座に振り込む方法により支払う。ただし、振込手数料はJの負担とする。
C 請求人は、その余の請求を放棄する。
D 請求人及びJは、請求人とJとの間には、本件に関し、本和解条項に定めるほかは何らの債権債務のないことを相互に確認する。
E 訴訟費用は各自の負担とする。

(4) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)は、令和4年8月25日、請求人に対して、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の調査を開始した。
ロ 請求人は、令和5年7月3日、遺留分減殺請求に基づく価額弁償金を取得したとして、本件解決金の一部について、別表の「申告」欄のとおり記載した本件相続税の申告書を原処分庁に提出し、本件相続税の申告をした。
 なお、上記申告書に記載された各金額は、本件調査担当職員が、令和5年4月26日に、請求人に対して送付した相続税の申告書の様式に記載された各金額と同一であった。
ハ 原処分庁は、令和5年7月7日付で、請求人に対し、本件解決金について、その全額が本件被相続人の相続財産に対する遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に該当するとして、別表の「更正処分」欄のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした(以下、本件解決金(○○○○円)のうち、本件更正処分により増加した請求人の取得財産の価額に対応する金員(○○○○円)を「本件金員」という。)。
ニ 請求人は、上記ハの処分に不服があるとして、令和5年9月28日に、審査請求をした。

2 争点

 本件金員は、請求人のJに対する遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に該当するか否か。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
以下の事情からすると、本件金員は、請求人のJに対する遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に該当する。 以下の事情からすると、本件金員は、請求人のJに対する遺留分減殺請求に基づく価額弁償金には該当しない。
(1) @R弁護士が「裁判所は、本件訴訟の和解案として、損害賠償請求は認定せず、相続の遺留分として、相続時の財産価額を基として(相続時の路線価による評価額を0.8で割り戻したもの)、特別受益、遺留分に係る遅延損害金等を考慮した上で和解金額を算定した」と認識していたこと、AQ弁護士も「和解の金額案は公正証書遺言の効力が有効であることを前提に遺留分侵害を枠組みにした上で遺産の額を申告額より多めに見積もった」と認識していたこと、BQ弁護士が作成した本件試算表において、和解案は法定相続分と遺留分の中間的な金額と説明されていることを併せ考慮すると、本件解決金の法的性質は、請求人の個別的遺留分、当該遺留分に係る遅延損害金及び請求人の法定相続分のいずれをも含む可能性がある。 (1) 原処分庁は、本件金員が遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に該当することとなる明確な理由について説明しておらず、立証責任を果たしていない。
(2) 本件解決金の法的性質が、上記(1)のいずれかであるかは、請求人及びJの認識、行動を重視すべきである。
 請求人は、本件訴訟における予備的請求において、遺留分に基づく価額弁償として、合計約3,193万円(上記1の(3)のニの(イ)のAの約643万円及び同(ハ)のAの約2,549万円の合計の端数を考慮した金額)を請求していたことからすると、自己の個別的遺留分の額を約3,193万円であると認識していたと認められる。当該認識を前提とすると、仮に本件解決金が、請求人の法定相続分の性質を有していたか、遺留分に係る遅延損害金を含んでいたとすれば、解決金として、より高額な金額が合意されたものと考えられるから、本件解決金にはこれらの金額は含まれない。
 また、R弁護士は、原処分庁に対して、請求人及びJが本件訴訟でそれぞれ主張した遺留分算定の基礎となる財産の一覧表(以下「各財産一覧表」という。)を提出したところ、Jは、原処分庁に対し、本件解決金の金額は、各財産一覧表における請求人及びJがそれぞれ主張した遺留分算定の基礎となる財産を基に算出した遺留分額の中間の金額である旨を主張しており、本件和解後に本件解決金の全額が請求人の個別的遺留分であることを前提として行動していた。
 以上からすれば、本件解決金の法的性質は、請求人の個別的遺留分である。
(2) 原処分庁の認定によると、Jの代理人弁護士らは、本件解決金には、特別受益約○○○○円及び遅延利息約○○○○円が含まれている旨説明したようである。仮にその説明内容が正しいとした場合においても、これらの金額は相続税の課税価格を構成するものではない。
(3) 請求人が主張する損害賠償金の要素の有無については、本件訴訟で争われていないため、本件解決金に損害賠償金の要素が含まれているとは認められない。請求人は、本件解決金には、裁判官が「原告の思い」と題する文書の内容を踏まえて損害賠償金としての意味を含めた金額を上乗せした金額が含まれている旨主張するが、当該文書は、請求人の本件訴訟における原告の思いを裁判官に単に伝えたものであって、本件解決金の算定根拠となり得るものではない。 (3) 本件解決金は、裁判の中で裁判官が双方のやり取り及び請求人が提出した「原告の思い」と題する文書の内容を考慮し、遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に損害賠償金としての意味を含めた金額を上乗せしたものとして、裁判官から提示されたものである。上記損害賠償金とは、Jが、上記1の(3)のロの(イ)の自筆証書遺言があるにもかかわらず、同(ロ)の遺言公正証書を作成して、本件被相続人の遺産を独占した不法行為に係るものである。したがって、本件金員は損害賠償金である。
(4) なお、仮に、本件解決金が、遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に該当しないとしても、本件和解は、実質的には遺産分割であるといえ、その場合は、本件解決金は、遺産分割に基づく代償金に該当する。したがって、この場合においても、本件金員の額は、本件相続に係る請求人の相続税の課税価格を構成する。

4 当審判所の判断

(1) 遺留分減殺請求権について

民法第1028条に規定する遺留分とは、一定の相続人(遺留分権利者)のために法律上留保されるべき被相続人の財産の一定割合であり、その遺留分を侵害する遺贈がされたために、同法第1031条の規定に基づき、遺留分権利者がその受遺者に対して遺留分減殺請求をし、その目的物の返還を受けた場合、当該遺贈は当該減殺請求により遺留分を侵害する限度において失効し、受遺者が取得した権利はその限度で当然に当該減殺請求をした遺留分権利者に帰属することになるから、遺留分権利者が現物返還を受けた当該目的物は、相続税法第2条《相続税の課税財産の範囲》第1項に規定する「相続又は遺贈により取得した財産」に該当し、相続税の課税財産になる。
 また、民法第1041条の規定に基づく価額弁償は、この現物返還に代わるものであるから、受遺者が現物返還に代えて価額弁償をした場合において遺留分権利者が取得した弁償金も、同様に、相続税法第2条第1項に規定する「相続又は遺贈により取得した財産」に該当し、相続税の課税財産になると解するのが相当である。
 遺産全部を包括的に特定の相続人に相続させる旨の遺言による相続が遺留分減殺請求の対象となる場合においても、遺贈が遺留分減殺請求の対象となる場合と別異に解する理由はないから、以上と同様に解するのが相当である。
 そして、遺留分の算定の基礎となる財産の価額の合計額(以下「基礎財産合計額」という。)は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して算定され(民法第1029条第1項)、遺留分権利者全員の総体的遺留分は、基礎財産合計額に民法第1028条が規定する遺留分の割合を乗じることによって算定される。さらに、遺留分権利者の各自の個別的遺留分は、総体的遺留分に法定相続分(民法第900条)の割合を乗じることによって算定される(民法第1044条)。

(2) 認定事実

Q弁護士及びR弁護士は、本件訴訟の過程において、請求人及びJが主張する遺留分額を記載した各財産一覧表を作成した。各財産一覧表には、請求人が主張する基礎財産合計額は○○○○円、当該合計額を前提とした請求人の遺留分額が○○○○円であり、Jが主張する基礎財産合計額は○○○○円、当該合計額を前提とした請求人の遺留分額が○○○○円であると記載されていた。

(3) 本件解決金に関するQ弁護士及びR弁護士の申述等

イ Q弁護士が、令和5年6月23日に本件調査担当職員に対し申述した内容及び同日付で作成し、本件調査担当職員に提出した書面の内容は、おおむね次のとおりである。
(イ) 本件解決金の金額は、最終の和解協議において、裁判官が、本件公正証書遺言が有効であることを前提とした上で、損害賠償請求もしている兄妹間の関係をも考慮し、遺産の額をJの相続税の申告額より多めに見積もり、かつ、遺留分割合をある程度無視して遺留分額を超える財産が請求人に渡るように調整したものである。
(ロ) 本件試算表は、Q弁護士が作成したものであるが、相続債務を含む本件被相続人の遺産の額と和解案の金額(本件解決金の金額)は裁判官より伝えられたものである。
ロ R弁護士が、令和5年6月22日に本件調査担当職員に対し申述した内容及び本件訴訟において和解案が提示された際にJに送付した報告書の記載内容は、おおむね次のとおりである。
(イ) 本件訴訟においては、請求人の損害賠償請求については認定されず、遺留分のみが検討されることになった。
(ロ) 本件解決金の金額は、裁判所が提示した本件被相続人の遺産の額の合計金額約○○○○円にJの特別受益約○○○○円を加え、相続債務117,578円を差し引いた残額の4分の1の金額に遅延利息相当額(年利○パーセント、約3年分の約○○○○円)を加算して最終的に微調整した金額であり、それで和解に応じたと思う。

(4) 検討

本件金員は、本件解決金の一部であることから、本件解決金の性質について、以下、検討する。

イ 本件和解調書の内容について
 本件和解調書には、上記1の(3)のホの(ロ)のとおり、本件解決金が遺留分減殺請求に基づく価額弁償金であることを示す記載はないから、本件和解調書の記載からは、本件解決金の法的性質を判断することはできない。
ロ 本件訴訟における請求人の主張について
 上記1の(3)のニの(イ)のとおり、請求人は、本件訴訟において、予備的請求として遺留分減殺請求を主張しているが、主位的には、本件公正証書遺言は無効であることを前提として、本件相続について法定相続分に応じて本件被相続人の財産(その中には本件被相続人のJに対する不法行為による損害賠償請求権等が含まれている。)を相続したと主張していることから、予備的な主張を根拠にして本件解決金の全額が遺留分であると判断することもできない。
ハ 和解に至る経緯について
 上記(2)のとおり、各財産一覧表には、請求人が主張する請求人の遺留分額が○○○○円であり、Jが主張する請求人の遺留分額が○○○○円であると記載されているところ、その中間の金額は、○○○○円となり、本件解決金の金額○○○○円と近似している。しかしながら、上記(2)のとおり、各財産一覧表は、Q弁護士及びR弁護士が、本件訴訟の過程において、双方の主張を記載して作成したものにすぎない。
 そして、裁判所は、最終的には、上記1の(3)のホの(イ)のとおり、令和3年11月30日、本件解決金の金額を提示しているところ、上記(3)のイの(イ)のQ弁護士の申述等によると、本件解決金は、損害賠償請求もしている兄妹間の関係をも考慮して、遺留分額を超える金額として算出されたことになるのに対して、同ロのR弁護士の申述等によると、請求人の損害賠償請求については認定(考慮)されなかったものの、本件解決金には遺留分に係る遅延利息相当額が含まれていることになる。
 本件解決金の算定根拠に関する上記のようなQ弁護士及びR弁護士の申述等の内容からすると、本件解決金の中に、請求人の遺留分減殺請求に基づく価額弁償金が含まれていること自体は認められるものの、上記の各申述等の内容に相当程度の齟齬がみられることに鑑みると、本件訴訟の担当裁判官が、本件解決金のうち、どの部分を遺留分減殺請求に基づく価額弁償金とし、どの部分をそれ以外の性質のものと考えていたのかは定かではないといわざるを得ない。
 そうすると、少なくとも本件解決金の全額が遺留分減殺請求に基づく価額弁償金であると認めることはできない。
ニ 当審判所に提出された他の証拠資料等について
 当審判所に提出された他の証拠資料等においても、本件解決金の全額が遺留分減殺請求に基づく価額弁償金であると認めるに足りる客観的な証拠はない。
ホ 小括
 以上のことから、本件解決金は、その全額が遺留分減殺請求に基づく価額弁償金であると認めるに足りる客観的な証拠はなく、価額弁償金以外の法的性質を有する金員が含まれていることを否定できない。
 したがって、本件金員が、請求人のJに対する遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に該当すると断定することはできず、その法的性質は不明であるといわざるを得ないし、その中に遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に該当する金員が含まれているとしても、当該金員が幾らであるのかも定かではない。

(5) 原処分庁の主張について

イ 原処分庁は、上記3の「原処分庁」欄の(2)のとおり、@請求人は、本件訴訟における予備的請求において、遺留分に基づく価額弁償として、合計約3,193万円を請求していたことからすると、自己の個別的遺留分の額を当該請求額であると認識していたと認められること、AJは、原処分庁に対し、本件解決金の金額は、各財産一覧表における請求人及びJがそれぞれ主張した遺留分算定の基礎となる財産を基に算出した遺留分額の中間の金額である旨を主張しており、本件和解後に本件解決金の全額が請求人の個別的遺留分であることを前提として行動していたことから、本件解決金の全額が価額弁償金に該当する旨主張する。
 しかしながら、そもそも、原処分庁は、請求人の遺留分額の算定の根拠となる基礎財産合計額を明らかにしておらず、その結果、本件解決金の法的性質は不明であるといわざるを得ないところ、上記(4)のロのとおり、請求人による遺留分減殺請求の主張は予備的な主張にすぎないから、当該主張を根拠にして本件解決金の全額が遺留分減殺請求に基づく価額弁償金であると判断することはできない。
 また、Jが本件和解後に本件解決金の全額が請求人の個別的遺留分であることを前提として行動していたとしても、上記(3)のロのR弁護士の申述等によると、Jは、少なくとも本件和解の時点においては、本件解決金には遺留分減殺請求に基づく価額弁償金以外のものが含まれていると認識していたことになる。そのため、本件和解当時のJの認識を前提にしたとしても、本件解決金の全額が遺留分減殺請求に基づく価額弁償金であると認めることはできない。
 したがって、原処分庁の主張は採用できない。
ロ 原処分庁は、上記3の「原処分庁」欄の(4)のとおり、仮に、本件解決金が、遺留分減殺請求に基づく価額弁償金に該当しないとしても、本件和解は、実質的には遺産分割であるといえ、その場合、本件解決金は、遺産分割に基づく代償金に該当するから、本件金員の額は、本件相続に係る請求人の相続税の課税価格を構成する旨主張する。
 しかしながら、遺産の分割に関する事件は、法令により家庭裁判所の管轄に属するところ、本件和解は、上記1の(3)のニ及びホのとおり、地方裁判所で行われているから遺産分割に係る和解ではないことは明らかである。また、請求人とJとの間で、本件相続に係る遺産分割の合意があったと認めるに足りる証拠はないのであるから、本件解決金が遺産分割に基づく代償金であると認めることはできない。
 したがって、原処分庁の主張には理由がない。

(6) 原処分の適法性について

上記1の(3)のイの(イ)からすると、本件相続税の法定申告期限は平成29年4月○日であるところ、上記1の(4)のハのとおり、原処分はそこから5年経過後の令和5年7月7日に行われているから、通則法第70条第1項第1号が規定する更正の除斥期間を経過して行われたものである。そのため、本件において、原処分が適法に行われたといえるためには、原処分が更正の特則である相続税法第35条第3項本文及び同項第1号の要件を満たす必要がある。
 この点、原処分庁は、本件和解により、Jが請求人に対し遺留分減殺請求に基づく価額弁償金として本件解決金を支払うことが確定したことは、相続税法第32条第1項第3号の事由(遺留分による減殺の請求に基づき弁償すべき額が確定したこと)に該当するとして、本件相続に係るJの相続税について、同号の規定によるJの更正の請求に基づく更正をし、一方、請求人に対しては、同法第35条第3項本文及び同項第1号の要件を満たすとして本件更正処分をしたと解される。
 そして、相続税法第35条第3項本文の規定による更正は、税務署長が同法第32条第1項第3号の規定による更正の請求に基づく更正をした場合であることを要件としているのであるから、当該要件は、同号所定の事由が認められることを前提とするものである。
 しかしながら、上記(4)のとおり、本件金員は、遺留分減殺請求に基づく価額弁償金であると断定することはできないのであるから、本件金員について、遺留分による減殺の請求に基づき弁償すべき額が確定したとはいえず、上記Jの更正の請求については相続税法第32条第1項第3号の事由があるとは認められない。
 したがって、原処分は、相続税法第35条第3項第1号の要件を満たさないから、違法であり、その全部を取り消すべきである。

(7) 結論

よって、審査請求には理由があるから、原処分の全部を取り消すこととする。

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