(令和7年6月20日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、土地の譲渡所得について、居住用財産の譲渡所得の課税の特例を適用して所得税等の確定申告をしたところ、原処分庁が、当該特例の適用はないなどとして更正処分等をしたのに対し、請求人がその一部の取消しを求めた事案である。

(2) 関係法令

関係法令の要旨は別紙のとおりである。

なお、別紙で定義した略語については、以下、本文においても使用する。

(3) 基礎事実

当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

イ 土地及び家屋の取得等
 請求人は、平成16年2月○日に死亡した請求人の父に係る相続により、a市d町○−○に所在する土地(以下「本件土地」という。)及び本件土地の上に存する家屋(以下「本件家屋」という。)を取得した。
 なお、本件家屋は昭和34年に新築されており、その一部を請求人が代表取締役を務めるD社(以下「本件法人」という。)が店舗として使用していたが、当該店舗での営業は、令和元年12月31日に終了している。
ロ 本件土地の譲渡
(イ) 請求人は、令和元年12月18日に、社会医療法人E(以下「本件買主」という。)との間で、請求人が、本件土地を4,000万円で売り渡す旨の売買契約を締結し、当該売買契約の特約に基づき本件家屋を令和2年4月12日に取り壊した後、同年5月27日に、本件土地を本件買主に引き渡した。
(ロ) 上記(イ)の売買契約に係る契約書には、本件土地の固定資産税及び都市計画税について、本件土地の引渡日以降については本件買主が負担する旨の定めがあり、請求人は、令和2年5月27日に、本件買主から固定資産税及び都市計画税の精算金として○○○○円を受領した。
ハ 請求人の住所等
(イ) 請求人及びその配偶者であるF(以下「請求人妻」という。)は、平成17年11月30日に、a市b町○−○に所在するマンション「G」の○○○○号(以下「本件マンション」という。)を売買により共有で取得した。
(ロ) 請求人及び請求人妻は、上記(イ)の本件マンションを取得後、本件マンションに入居し、平成17年12月3日に住民票上の住所を「a市b町○−○」(以下、当該住所を「本件マンション住所」という。)に移転した。
 その後、請求人は、住民票上の住所を本件マンション住所から本件家屋の住所である「a市d町○−○」(以下、当該住所を「本件家屋住所」という。)とし、上記ロの(イ)の本件土地の引渡し後に本件マンション住所へ再び移転しており、請求人及び請求人妻の住民票上の住所の移転状況は、別表1のとおりである。
(ハ) 請求人は、原処分庁に対し、平成28年分から令和元年分までの所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)の確定申告書を、いずれも法定申告期限までに提出しており、当該各確定申告書の「住所」欄には本件マンション住所を、「電話番号」欄には自宅の区分を丸で囲んだ上で固定電話の電話番号を、いずれも手書きで記載していた。

(4) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、令和2年分の所得税等について、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の金額及びその税額の計算において、措置法第31条の3第1項に規定する特例及び本件特別控除を適用した上で、確定申告書に別表2の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
 なお、当該確定申告書の「電話番号」欄に記載されている電話番号は、上記(3)のハの(ハ)の各確定申告書に記載されたものと同一である。
ロ 原処分庁は、原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)の調査に基づき、請求人は居住の用に供している家屋を複数有していたところ、本件家屋は主として請求人の居住の用に供されていた家屋とは認められないことから、本件土地の譲渡に措置法第31条の3第1項に規定する特例及び本件特別控除の適用はないなどとして、令和6年6月28日付で、別表2の「更正処分等」欄のとおり、令和2年分の所得税等の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ハ 請求人は、原処分に不服があるとして、令和6年7月12日に審査請求をした。
 なお、請求人は、本件更正処分のうち、本件家屋のうち居住用として使用していたとする部分(延べ床面積123.96uのうち99.96u)に対応する本件土地の譲渡に係る譲渡所得の金額以外の点については争わない。
 そして、請求人が争う部分の譲渡所得の金額については、本件特別控除を適用すると措置法第31条の3第1項に規定する特例の適用はないこととなる。

2 争点

 本件家屋のうち居住用として使用していた部分は、請求人が主としてその居住の用に供していたと認められる一の家屋であるか否か。

3 争点についての主張

原処分庁 請求人
次のとおり、請求人が主としてその居住の用に供していたと認められる一の家屋は本件マンションであるから、本件家屋は、主としてその居住の用に供していたと認められる一の家屋ではない。 次のとおり、本件家屋は、請求人が主としてその居住の用に供していたと認められる一の家屋である。
(1) 請求人は、本件マンション住所から本件家屋住所に住所を移転した一方で、その後においても所得税等の確定申告書の住所欄及び本件法人の法人税の確定申告書の代表者住所欄には、本件マンション住所を記載していることから、住所移転後も自身の生活の本拠は本件マンションであると認識していた。 (1) 税務署から送られてくる申告書には本件マンション住所が印字されており、そのまま使用しただけで、住所移転後も自身の生活の本拠が本件マンションだと認識していたわけではない。
(2) 請求人は、本件家屋へ入居した経緯について、本件調査担当職員に対し「家庭の事情である」旨の申述をするも具体的な回答を拒否したことから、本件家屋への入居目的が判然としない。 (2) 本件家屋への入居の経緯については、本件調査担当職員に対し「請求人妻との間の諸事情であるが、それを詳細に説明する必要はないと思う」と具体的な理由を回答している。
(3) 本件家屋に隣接するマンションの入居者は、本件調査担当職員に対し、本件家屋に請求人が居住している様子がない旨申述している。 (3) 本件家屋の○階正面は店舗の入口で閉店後はシャッターを降ろしており、寝室は○階の中央部で正面の道路からは明かりが見えない。それをもって居住している様子がないと感じるのは無理もないが、実際には居住していた。
(4) 請求人は、本件買主の元職員から請求人の名刺の住所が本件マンション住所になっていることを聞かれた際に、本件マンションから本件家屋に通っている旨の回答をしている。 (4) 請求人は、本件買主の元職員に対して、本件マンションから本件家屋に通っている旨の話をしたことはなく、事実誤認である。
(5) 住所の移転前後において、本件家屋及び本件マンションの電気、上下水道及びガスの使用量にそれほど変化がない。 (5) 本件家屋では、トイレの貯水タンクの劣化や風呂のボイラーの故障などもあり、電気、上下水道及びガスの使用量が著しく少なくなる生活を送っていた。また、本件マンションの水道光熱費は、居住人数が二人から一人に減ってもそう変わるものではない。

4 当審判所の判断

(1) 法令解釈

イ 本件特別控除は、個人が「居住の用に供している家屋」又は当該家屋とともにするその敷地の用に供されている土地等を譲渡した場合には、これに代わる新たな居住用財産を取得するのが通常であるなど、一般の資産の譲渡に比して特殊な事情があり、その担税力が弱いことから、居住用財産の譲渡につき本件特別控除を認め、所得税の負担を軽減して新たな居住用財産の取得を容易にする趣旨によるものと解される。
ロ また、措置法第35条第2項が規定する「居住の用に供している家屋」は、措置法第35条第1項に上記イの趣旨があることからすると、短期間臨時にあるいは仮住まいとして起居していたというのみでは足りず、真に居住の意思を持って客観的にもある程度の期間継続して生活の拠点としていたことを要するものと解すべきであり、これに該当するか否かについては、譲渡者及びその配偶者等の家族の日常生活の状況やその家屋の利用の実態、その家屋の入居目的、その家屋の構造及び設備の状況等の諸事情を総合的に考慮し、社会通念に従って判断するのが相当である。
ハ そして、上記ロの「居住の用に供している家屋」を個人が複数有する場合には、これらの家屋のうち、措置法施行令第20条の3第2項に規定する「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」の譲渡についてのみ本件特別控除の適用が認められるところ、「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」に当たるか否かは、各家屋相互間の比較によって相対的に定まるものであるから、上記ロの「居住の用に供している家屋」に該当するか否かを判断する場合と同様の諸事情を比較検討し、いずれの家屋が当該個人の主たる生活の拠点として利用されているかによって判断すべきものと解される。

(2) 認定事実

請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

イ 本件マンションへの住所移転状況
 請求人及び請求人妻が本件マンションを取得後、住民票上、本件マンション住所としているのは、請求人及び請求人妻の二人のみである。
ロ 電気、上下水道及びガスの使用量等
(イ) 本件家屋及び本件マンション
 平成26年から令和2年までの各年(以下「本件各年」という。)における、本件家屋及び本件マンションの電気、上下水道及びガスの月別の使用量は、それぞれ別表3−1及び別表3−2のとおりであり、電気及び上下水道の1か月当たりの平均使用料金は、別表4のとおりである。
 なお、本件家屋については、上記1の(3)のイのとおり、その一部を本件法人が店舗として使用していたものの、電気、上下水道及びガスの使用量を計測するメーターは店舗部分とそれ以外の部分に分かれていなかった。
(ロ) e県における二人以上の世帯及び単身世帯の平均使用料金
 総務省統計局が公表している統計資料のうち、本件各年のe県における二人以上の世帯及び単身世帯の電気及び上下水道の1か月当たりの平均使用料金は、別表5のとおりであった。
ハ 本件家屋の電気、上下水道及びガスの需給契約等の状況
 本件家屋の電気、上下水道及びガスの各需給契約は、請求人が本件家屋住所に移転する前から締結されており、当該各需給契約の契約者及び使用者について、電気及びガスはいずれも請求人名義、上下水道は請求人の父名義であった。
 また、これらの使用料金については、全て本件法人が負担していた。
ニ 本件家屋住所に移転した際の各手続
 請求人は、平成28年に本件マンション住所から本件家屋住所に移転した際、次の各手続を行っていなかった。
(イ) 郵便局へ郵便物の転送サービスを受けるための「転居届」の提出
(ロ) 請求人が利用している金融機関や生命保険、損害保険及びクレジット契約に係る住所変更手続
ホ 地方公共団体への寄附(いわゆるふるさと納税)の返礼品送付先
 請求人が平成29年から令和元年までに利用した地方公共団体への寄附(以下「本件各ふるさと納税」という。)の返礼品に係る送付先は、いずれも本件マンションであり、連絡先電話番号は、いずれも上記1の(3)のハの(ハ)の各確定申告書に記載されたものと同一であった。
ヘ 請求人が本件家屋に居住することとなった理由
 請求人の答述によれば、請求人が本件家屋に居住することとなった理由は、(a市内で)別居している請求人の母との関わり合いについて、夫婦間で意見の食い違いなどがあり、冷却期間を設けて落ち着かせるためであった。

(3) 検討

イ 本件家屋について
 本件家屋は、請求人が本件家屋住所に移転する前から、上記1の(3)のイのとおり、本件法人が本件家屋の一部を店舗として使用し、上記(2)のロの(イ)及び同ハのとおり、電気、上下水道及びガスの各需給契約が締結されており、これらの使用量を計測するメーターは店舗部分とそれ以外の部分に分かれていないため、店舗以外の部分についても、これらを使用できる状況にあったと認められる。
 一方、本件家屋の設備の状況について、請求人は、トイレの貯水タンク及び風呂のボイラーが故障していたなどとしていることからすると、本件家屋は日常生活を送るのに十分な状態ではなかったと認められる。
ロ 本件マンションについて
 本件マンションは、上記1の(3)のハの(イ)及び別表1のとおり、平成17年に請求人及び請求人妻が売買により取得し、その後入居していることから、請求人及び請求人妻が、生活の拠点として使用することを目的に取得したものと認められる。
 そして、請求人が本件家屋住所に移転した後も、請求人妻が引き続き居住していることからすると、本件マンションは、日常生活を送るのに十分な状態であったことが推認できる。
ハ 本件家屋の利用の実態等
 請求人は、上記(2)のヘのとおり、本件マンションに同居している請求人妻との間で、冷却期間を設けて落ち着かせるために、本件家屋に居住したとしている。

 一般に、生活の本拠を異動するのであれば、郵便局へ郵便物の転送サービスを受けるための「転居届」の提出や、自身が利用している金融機関や各種契約に係る住所変更手続を行うところ、請求人は、上記(2)のニのとおり、これらの手続を行っていなかった。
 そして、上記イのとおり、本件家屋は、その一部を本件法人が店舗として使用していたところ、日常生活を送るのに十分な状態ではなかったにもかかわらず、必要な修繕をしていなかったと認められる。
ニ 本件マンションの利用の実態等
 請求人は、別表1のとおり、平成28年に本件マンション住所から本件家屋住所に移転し、令和2年に再び本件マンション住所に移転しているが、請求人妻は、平成17年に本件マンションへ入居後、住所の移転はなく、本件マンションを生活の拠点としていたことが認められる。
 そして、上記(2)のイのとおり、本件マンション住所としているのは請求人及び請求人妻の二人のみであることから、請求人が本件家屋に住所を移転すると、その期間は、本件マンションでは請求人妻のみが生活しているということになる。
 また、請求人は、上記(2)のホのとおり、本件各ふるさと納税に係る返礼品の送付先及び連絡先を本件マンションにしていた。
ホ 電気、上下水道及びガスの使用状況
(イ) 本件家屋
 本件家屋は、上記(2)のロのとおり、本件法人が使用している店舗部分とそれ以外の部分の電気、上下水道及びガスの使用量を計測するメーターが分かれておらず、同ハのとおり、これらの使用料金を本件法人が全て負担していることから、請求人が居住の用として使用したこれらの使用量は明らかでない。
 そして、請求人は、別表1のとおり、平成28年7月に本件家屋に住所を移転していることからすると、少なくとも同年8月以降は電気、上下水道及びガスの使用量は前年より増加するのが一般であるが、別表3−1のとおり、平成28年8月から同年12月までの使用量を前年同月と比較すると、これらの使用量に大差はなかった。
(ロ) 本件マンション
 本件マンションは、上記ニのとおり、請求人が本件家屋住所としている間は請求人妻のみが生活していることになるから、少なくとも平成28年8月以降は電気、上下水道及びガスの使用量は前年より減少するのが一般であるが、別表3−2のとおり、平成28年8月から同年12月までの使用量を前年同月と比較すると、これらの使用量に大差はなかった。
 また、請求人の住民票上の住所が本件家屋住所であった平成29年から令和元年までと本件マンション住所であった平成26年から平成28年まで及び令和2年の電気、上下水道及びガスの年間使用量を比較しても、いずれもこれらの使用量に大差はなかった。
(ハ) e県における二人以上の世帯及び単身世帯の電気及び上下水道の平均使用料金との比較
 別表4の本件マンションにおける本件各年の電気及び上下水道の1か月当たりの平均使用料金を、別表5のe県における二人以上の世帯及び単身世帯の1か月当たりの平均使用料金と比較すると、電気は二人以上の世帯と同程度、上下水道は二人以上の世帯の75%程度で推移している。
ヘ 小括
 請求人は、上記ハのとおり、本件家屋への居住に当たって、一般に生活の本拠を異動する際の各手続を行わず、また、日常生活を送る上で必要な修繕もしていなかった。一方で、上記ロ及びニのとおり、本件マンションは、日常生活を送るのに十分な状態が保たれ、請求人が本件家屋住所に移転した後も、本件各ふるさと納税の返礼品の受取が行われていたものと認められる。
 また、上記ホの本件家屋及び本件マンションの電気、上下水道及びガスの使用量をみると、請求人は、本件家屋住所に移転した後も本件マンションにも引き続き居住していたことが推認できる上、本件マンションの電気及び上下水道の1か月当たりの平均使用料金は、e県における二人以上の世帯の平均使用料金と、相関関係が認められる。
 これらの事実を総合的に考慮し、社会通念に従って判断すると、請求人の主たる生活の拠点は本件マンションであったと認められる。
 したがって、本件家屋は、請求人が主としてその居住の用に供していたと認められる一の家屋には該当しない。

(4) 請求人の主張について

請求人は、上記3の「請求人」欄のとおり、本件マンションの水道光熱費は居住者が二人から一人に減ってもそれほど変わるものではない旨主張し、本件家屋は、請求人が主としてその居住の用に供していたと認められる一の家屋に該当する旨主張する。

しかしながら、別表5のとおり、e県における二人以上の世帯と単身世帯の1か月当たりの平均使用料金を比較してみると、明らかに差があることから、居住者が二人から一人になれば、水道光熱費は一定程度減少するのが一般である。また、請求人が本件家屋に居住していても、上記(3)で説示したとおり、請求人の主たる生活の拠点は本件マンションであったと認められる。

したがって、請求人の主張にはいずれも理由がない。

(5) 本件更正処分の適法性について

上記(3)のとおり、本件家屋は、請求人が主としてその居住の用に供していたと認められる一の家屋には該当しないのであるから、措置法第35条第1項に規定する居住用財産には当たらず、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算において、本件特別控除を適用することはできない。

これに基づき、当審判所において、令和2年分の所得税等の納付すべき税額を計算すると、別表2の「更正処分等」欄の金額と同額となる。

また、本件更正処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

したがって、本件更正処分は適法である。

(6) 本件賦課決定処分の適法性について

上記(5)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第5項第1号に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてされた本件賦課決定処分は適法である。

(7) 結論

よって、審査請求は理由がないから、これを棄却することとする。

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