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(平4.10.28、裁決事例集No.44 166頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、学習塾を営む者であるが、平成2年分の確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに原処分庁へ提出した。
 原処分庁は、これに対し、平成3年10月18日付で、次表の「更正等」欄のとおり、更正及び過少申告加算税の賦課決定をした。

(単位:円)
区分
項目
確定申告 更正等
総所得金額 2,331,861 2,331,861
同上の内訳 事業所得の金額 363,686 363,686
給与所得の金額 279,332 279,332
雑所得の金額 1,688,843 1,688,843
分離短期譲渡所得の金額 0 0
分離長期譲渡所得の金額 4,676,992 8,295,272
納付すべき税額 817,100 1,540,900
過少申告加算税の額 72,000

 

 請求人は、これらの処分を不服として、平成3年10月29日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月25日付で異議申立てを棄却する異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分について、平成4年1月20日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法・不当であるから、その全部の取消しを求める。
イ 更正について
(イ) 請求人は、昭和57年3月27日に死亡した○○(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人の一人であるが、本件被相続人の遺産分割について、昭和58年7月19日に遺産分割の協議(以下「本件遺産分割協議」という。)を行った。
 本件遺産分割協議の結果、請求人は、次表記載の物件(以下「請求人相続物件」という。)を単独で相続し、その代償として、共同相続人であるA女、B男、C女、D女及びE男(以下、これらの共同相続人を「本件共同相続人」という。)に対し合計3,000,000円(以下「本件支払代償金」という。)を支払うこととなった。

番号 所在地 地目又は種類 家屋番号 地目又は面積 遺産分割協議時の時価
1 P市R町287番15 雑種地 平方メートル
159.00

5,000,000
2 同上 居宅 287番15 44.71
3 S市○○町7線3−15 山林 1,983.00 1,000,000
4 S市T町469番52 山林 4,958.00
5 S市T町469番72 山林 4,958.00
6 S市T町469番79 山林 4,958.00

(注) 平方メートルは、平方メートルを示す。

 

(ロ) 請求人は、本件遺産分割協議の前日の昭和58年7月18日にF銀行P支店(以下「F銀行」という。)から5,000,000円の借入れ(以下「本件借入金」という。)をして、本件遺産分割協議により生じた債務の弁済を履行するため、本件借入金のうちから本件遺産分割協議をした同月19日にA女、B男及びD女に対しそれぞれ500,000円を支払い、数日後C女に500,000円を送金し、E男の不在者財産管理人に対し1,000,000円を支払って、合計3,000,000円の債務を弁済した。
(ハ) その後、請求人は、平成2年7月27日にP市××町223番地在住の××に、請求人相続物件のうちP市R町287番15所在の雑種地159.00平方メートル及び同地に所在する居宅44.71平方メートル(以下「本件譲渡物件」という。)を11,500,000円で譲渡した。
(ニ) 請求人は、本件譲渡物件の譲渡所得の金額の計算上、本件支払代償金3,000,000円のうち2,500,000円(以下「本件代償金」という。)及び本件借入金に対する支払利息の総額2,236,562円のうち1,118,280円(以下「本件支払利息」という。)を本件譲渡物件の取得に要した金額として取得費に算入して確定申告をした。
(ホ) 原処分庁は、これに対し、本件代償金及び本件支払利息は譲渡所得の金額の計算上取得費に算入することはできないとして更正をした。
(ヘ) しかしながら、次に述べるとおり、本件代償金及び本件支払利息は、譲渡所得の金額の計算上これらを取得費に算入すべきである。
A 本件譲渡物件は、本件共同相続人に本件支払代償金を支払うことにより取得したものであること。
 なお、本件代償金2,500,000円は、本件支払代償金3,000,000円に、本件遺産分割協議時の本件譲渡物件の時価5,000,000円を請求人相続物件の時価6,000,000円で除した割合(以下「本件譲渡物件の時価割合」という。)を乗じて算定したものである。
B 所得税法第59条《贈与等の場合の譲渡所得の特例》第1項第1号及び同法第60条《贈与等により取得した資産の取得費等》第1項第1号は、次のとおり解釈すべきであること。
(A) 代償金を支払った相続人は、代償金を受け取った相続人から遺産分割協議により相続分を買い取ったのであるから、代償分割により相続した資産を譲渡した際の譲渡所得の金額の計算上、当該資産は遺産分割協議により代償金を支払って取得したものと解釈すべきであり、代償分割による相続は所得税法第60条第1項第1号に規定する相続に該当しない。
 なお、譲渡所得の金額の計算上、代償金を譲渡資産の取得費に算入できない旨を定めた所得税基本通達38ー7《代償分割に係る資産の取得費》の(1)は削除されるべきである。
(B) 遺産分割を代償分割とする遺産分割協議は、相続人間の相続分の譲渡契約であるから、代償金を受け取った相続人は、自分の相続分を代償金を支払った相続人に対して譲渡したことになる。代償分割による相続は、実質的な譲渡とみなすべきであるから所得税法第59条第1項第1号に該当する相続である。
(C) 遺産分割を代償分割の方法による場合には、所得税法第59条第1項第1号及び同法第60条第1項第1号を上記(A)及び(B)のように解釈あるいは整備しなければ、代償金を受け取った相続人は、代償金を受け取ったことによる利益があるにもかかわらず所得税が課税されないこととなる。
 一方、代償金を支払った相続人は、代償分割により相続した資産を譲渡した際に、当該資産の増加益に係る所得税を一身で負担することから、相続人間の公平を著しく欠くこととなり、このことは日本国憲法第13条《個人の尊重》及び同法第14条《法の下の平等》に反する。
C 本件借入金は、本件支払代償金を支払うために借り入れたものであること。
 なお、本件支払利息は、昭和58年8月27日から昭和63年4月27日までの間に請求人がF銀行に支払った支払利息の総額2,236,562円に、本件支払代償金3,000,000円を本件借入金5,000,000円で除した割合及び本件譲渡物件の時価割合を乗じて算出した1,118,280円である。
ロ 過少申告加算税の賦課決定について
 以上のとおり、更正は違法・不当で取り消すべきであるから、これに基づく過少申告加算税の賦課決定も、その全部を取り消すべきである。

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(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 更正について
(イ) 所得税法第33条《譲渡所得》第3項の規定によれば、譲渡所得の金額は、総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とするとされている。
 また、相続により取得した資産の取得費については、所得税法第60条第1項第1号の規定により、相続人がその資産を引き続き所有していたとみなされるから、被相続人が、その資産を取得した時の取得に要した金額、設備費及び改良費の額の合計額が取得費となり、遺産の分割のために支払った代償金は、これらの費用には該当しないので、代償金は、譲渡所得の金額の計算上取得費に算入することはできない。
(ロ) 資産の取得に要した金額を譲渡所得の金額から控除するのは、課税対象となる当該資産の譲渡時における増加益を算出するためであるが、これに対し、遺産分割は、第三者への譲渡以前の段階における相続人間の遺産の配分であり、それがどのような形でされようと遺産の価値及び将来譲渡した場合の増加益に何らの影響を与えるものではない。
 したがって、遺産分割の一方法として代償分割の方法を選択し、それにより授受される代償金は、遺産の譲渡の際に控除されるべき被相続人の支出した取得費とおのずと、その性格を異にするものである。代償金は、相続税の算定に当たり、負担した相続人の課税価格から控除し、取得した相続人の課税価格に加えて相続税額を算出すべきものであり、遺産分割後の遺産の譲渡に際し取得費として譲渡所得の金額から控除されるべきものではない。
(ハ) ところで、みなし譲渡所得課税について規定した所得税法第59条第1項第1号には、代償分割により代償金を受け取った相続人に対して課税する旨の規定はなく、請求人が主張するように解することはできない。
(ニ) つぎに、本件支払利息は、本件支払代償金を支払うために借り入れた本件借入金に係る利息であるが、所得税法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》第1項の規定によれば、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、その資産の取得に要した金額、設備費及び改良費の額の合計額とされており、この場合の取得に要した金額は、その資産を取得したときの購入代金及びこれを取得するために要した費用等の合計額であるから、代償金と同様に本件支払利息も取得費とすることはできない。
ロ 過少申告加算税の賦課決定について
 以上のとおり、更正は適法であり、更正により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由がある場合に該当しないから、同条第1項の規定に基づいて過少申告加算税を賦課決定した処分は相当である。

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3 判断

 双方の主張に基づいて調査、審理したところ、次のとおり判断される。

(1) 更正について

 本件代償金及び本件支払利息が、本件譲渡物件に係る譲渡所得の金額の計算上取得費に算入されるか否かについて争いがあるので審理する。
イ 所得税法第38条第1項の規定によれば、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の合計額であるが、譲渡した資産が相続(限定承認に係るものを除く。)により取得した資産にあっては、所得税法第60条第1項第1号の規定により、相続した者が引き続きこれを所有していたものとみなされる。
ロ 遺産分割において、共同相続人が遺産を現物でもって分割する方法に代えて、共同相続人のうち一人又は数人に遺産を現物で取得させ、その代償として現物で遺産を取得した相続人が他の相続人に対する債務を負担する、いわゆる代償分割における場合のその債務は、遺産分割において共同相続人間の公平を図るため共同相続人間の取得財産の価額を調整する目的で、共同相続人による遺産分割協議に基づき、資産を現物で相続する者が他の相続人に対して負担するもの(以下「遺産分割調整金債務」という。)である。
 すなわち、遺産分割調整金債務は、それを負担した者の相続財産を構成する消極財産(遺産債務)であり、その債務を相続により取得した資産の取得費に算入することはできず、一方、他の相続人にとっては、相続により取得する積極財産である。
 このことは、遺産分割において、相続人が不動産などの積極財産を取得するとともに被相続人の債務を承継した場合、その債務に相当する金額は、相続税の課税価格の計算上控除されるが、その不動産の取得費を構成しないのと同様である。
ハ 本件の場合においても、本件代償金は、請求人相続物件の消極財産を構成するものであって、これを本件譲渡物件の譲渡所得の金額の計算上取得費の額に算入することはできない。
 したがって、代償分割による相続は、所得税法第60条第1項第1号に規定する相続に該当しないという請求人の主張、また、前記基本通達38ー7の(1)を削除すべきであるという請求人の主張にはいずれも理由がない。
ニ ところで、請求人は、代償金を受け取った相続人は、自分の相続分を代償金を支払った相続人に対して譲渡したこととなるから、代償金を受け取った相続人に対して、みなし譲渡所得課税をすべきであり、そうしないと代償金を支払った相続人が代償分割により相続した資産を譲渡した場合に、当該資産の増加益に係る所得税を一身に負担することになり相続人間の公平を著しく欠くことになる旨主張する。
 しかしながら、上記ロのとおり、代償金は、これを受け取った相続人にとって相続により取得した財産であるから、相続税の課税価格の対象となるのであって、所得税法第59条第1項第1号に規定するみなし譲渡所得課税の適用をする理由はなく、同法第59条第1項第1号を請求人の主張のとおり解釈することはできない。
 また、代償金を支払った相続人は、支払った代償金に相当する相続税の課税価格が低くなっており、また、代償分割により相続した資産を譲渡した際に、これに係る所得税を一身で負担することになっても当該譲渡による譲渡益を享受するのであるから、公平の理念に反するものではなく、請求人の主張はいずれにしても理由がない。
 なお、遺産分割を代償分割の方法による場合の所得税法第59条第1項第1号及び同法第60条第1項第1号の規定が、日本国憲法第13条及び同法第14条の規定に違反しているかどうかの判断は、審判所の権限外のことであり審理の限りではない。
ホ つぎに、請求人は、本件支払利息を本件譲渡物件の譲渡所得の金額の計算上取得費に算入すべきであると主張するが、本件支払利息は、本件支払代償金を支払うために借り入れた本件借入金に伴うものであり、本件代償金が上記ハのとおり取得費の額に算入されないことから本件支払利息も本件譲渡物件の取得に要した費用ではないので本件譲渡物件の譲渡所得の金額の計算上取得費に算入することはできない。

(2) 過少申告加算税の賦課決定について

 以上のとおり、更正は適法であり、更正により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由がある場合に該当するとは認められないから、同条第1項の規定に基づいて過少申告加算税を賦課決定した処分は相当である。

(3) 原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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