ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.44 >> (平4.12.8、裁決事例集No.44 296頁)

(平4.12.8、裁決事例集No.44 296頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成2年7月8日に死亡した○○(以下「被相続人」という。)の相続人であるが、この相続(以下「本件相続」という。)の開始に係る相続税の申告書に、課税価格を62,003,000円、納付すべき税額を16,449,100円と記載して、平成3年4月26日に申告した。
 これに対し、原処分庁は、平成3年5月28日付で無申告加算税の額を822,000円とする賦課決定をした。
 請求人は、原処分を不服として、平成3年7月6日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年9月27日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分になお不服があるとして、平成3年10月25日に審査請求をした。
 なお、原処分庁は、平成3年10月29日付で、課税価格を59,313,000円、納付すべき税額を15,236,700円とする減額の更正及び無申告加算税の額を761,500円と変更する決定をした。

トップに戻る

2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 請求人は、本件相続の開始があったことを知った日から6か月以内に相続税の申告をしていること。
(イ) 相続税法第27条《相続税の申告書》第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうとされている。
 本件相続の場合、被相続人は他の相続人であるA男(以下「A男」という。)に遺産の全部を包括遺贈する旨の遺言をしているから、請求人のためには相続の開始がなかったことになり、たとえ請求人が被相続人の死亡を知っていても、それだけでは「相続の開始があったことを知った」とはいえない。
 したがって、請求人が、遺留分減殺請求をして初めて自己のために相続の開始があったことになるのであるから、その時を自己のために「相続の開始があったことを知った日」というべきである。
(ロ) 遺留分減殺請求については、民法第1042条《減殺請求権の消滅時効》の規定により1年の時効期間があり、その間は減殺請求するか否かの意思決定を保留できるにもかかわらず、原処分庁の解釈によると、相続を受けなかった遺留分権利者も被相続人の死亡を知った日から6か月以内に相続税の申告をしなければならないこととなり、遺留分権利者に6か月間で減殺請求をするか否かの選択を迫ることになりかねない。
(ハ) 遺留分権利者は、被相続人の遺産内容を十分に把握していない場合が多く、遺留分減殺請求もすぐにはできない。そのような遺留分権利者が、相続の開始があったことを知った日から6か月直前にあるいは6か月経過後1年以内の間に減殺請求権を行使した場合には、その後に提出する相続税の申告書は、原処分庁の解釈によると、期限後申告書として取り扱われるという不利益を被ることとなり、不合理である。
(ニ) 以上の理由から、本件において「相続の開始があったことを知った日」とは、遺留分減殺請求権を行使した平成2年10月29日をいうべきであり、請求人が平成3年4月26日にした相続税の申告は、法定申告期限である相続の開始があったことを知った日から6か月以内になされたこととなる。
ロ 仮に、相続税の申告が法定申告期限を徒過しているとしても、期限内に申告しなかったことについて正当な理由があること。
 国税通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する「正当な理由があると認められる場合」とは、無申告加算税が租税債権確定のために納税義務者に課せられた税法上の義務の不履行に対する一種の行政上の制裁であるところからすれば、かような制裁を課すことが不当若しくは酷ならしめるような事情を指すものと解されている。
 本件においても、前記イに揚げた理由から、無申告加算税による制裁を課すことは不当若しくは酷ならしめるような事情にあるといえる。

トップに戻る

(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法に行われている。
イ 相続税法第27条第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうが、自己が被相続人の相続人となっていることを知りえないような場合はともかく、本件のように相続の開始時点において相続人であることが明らかである場合には、被相続人の死亡の事実を知った日が自己のために相続の開始があったことを知った日となる。
 また、相続又は遺贈によって財産を取得した者で、自己のために相続の開始があったことを知った日の翌日から6か月以内には相続税の申告義務がなく、その後において遺留分減殺請求があったことなどにより新たに納付すべき税額があることとなった者については、相続税法第30条《期限後申告の特則》の規定により期限後申告書を提出することができるのであるから、遺留分権利者に6か月間で減殺請求するか否かの選択を迫ることにはならない。
ロ 国税通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由があると認められる場合」とは、例えば税法の解釈に関して当初公表されていた見解がその後改変されたことに伴い期限後申告をし、又は決定を受けた場合、災害又は盗難に遭い当初損失とすることを相当としたものがその後予期しなかった保険金等の支払を受け又は盗難品の返還を受けたため期限後申告をし、又は決定を受けた場合など、申告をしなくても適法であったことがその後の事情の変更により納税者の故意過失に基づかないで無申告となった場合のように、法定申告期限内に申告をしなかったことが真にやむを得ない理由によるものであり、こうした納税者に無申告加算税を課すことが不当若しくは酷になる場合を意味すると解されている。
 ところで、請求人とA男との間には、平成2年11月28日に遺留分減殺請求に基づく遺産分割協議が成立しており、請求人は、法定申告期限である平成3年1月8日までに相続税の申告書を提出することが可能であったと認めることができるから、請求人の主張する事情は、期限内に申告書を提出しなかったことについて「正当な理由があると認められる場合」に該当しない。
ハ したがって、請求人がした相続税の申告は期限後申告となり、国税通則法第66条第3項の規定により無申告加算税を賦課したものである。

トップに戻る

3 判断

 無申告加算税の賦課決定の適否について争いがあるので、以下審理する。

(1) 相続の開始があったことを知った日について

 請求人は、請求人が相続の開始があったことを知った日は、請求人が遺留分の減殺請求をした日である旨主張するので、当審判所が審理したところ、次のとおりである。
イ 相続税法第27条第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」とは、自己のために相続の開始があったことを知った日をいうこととされており、具体的には、その者が、相続の原因となる事実すなわち被相続人の死亡という事実を知り、かつ、自己が相続人となったことを覚知した時をいうものと解するのが相当である。
 そして、その者が被相続人の子であれば、民法第887条《子及びその代襲者》第1項の規定により相続人となり、相続の開始の時から、法律上の相続人(以下「法定相続人」という。)として、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継することとなる。
 このような法定相続人にあっては、自己が相続人であることを知り得なかったような相続の開始後に認知に関する裁判の確定により新たに相続人となった場合、相続について既に生まれたものとみなされる胎児が相続人となる場合などの特段の事情がない限り、被相続人の死亡を知った時に自己のために相続の開始があったことを知ったと解するのが相当である。
 更に、相続人が被相続人の死亡の事実を知るのは、今日のように通信手段等が発達している状況にあっては、被相続人の死亡の日かその直後であるのが一般的である。
 もちろん、法定相続人でない者にあっては、遺贈等による被相続人の財産の取得を知り得た日に初めて、自己のために相続の開始があったことを知ることとなるのである。
ロ また、民法第915条《承認・放棄をなすべき期間》の規定によると、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月以内に相続の単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならないとされており、相続人が当該期間内に限定承認又は放棄をしなかったときは、同法第921条《法定単純承認》の規定により単純承認があったものとみなされている。
 この単純承認をしたときあるいは単純承認があったとみなされるときには、相続人は、無限に被相続人の権利義務を承継することとなる。
ハ ところで、当審判所が、請求人及び原処分関係資料等を調査したところによると、次の事実が認められる。
(イ) 請求人及びA男は、それぞれ被相続人の実子及び養子であるから、ともに法定相続人となり、そのほかには相続人はいないこと。
(ロ) 請求人は、平成2年7月8日の被相続人の死亡を、当日、A男の実母の夫を通じて知らされていること。
(ハ) 請求人は、被相続人の死亡の翌日である平成2年7月9日に、葬儀の喪主であるA男あてに弔電を打電していること。
(ニ) 被相続人は、平成元年10月28日付で全財産をA男に遺贈する旨の遺言書を作成していること。
 また、当該遺言書は、平成2年10月1日に○○家庭裁判所において検認を受けており、その際、請求人の代理人も出頭していること。
(ホ) 請求人は、平成2年10月22日にA男に対して遺留分の減殺請求権を行使する旨の通知書を差し出し、当該通知書は同月29日に配達されていること。
(ヘ) 請求人とA男との間で、平成2年11月28日に遺産分割に係る協議が成立し、当該遺産分割の協議書によれば、請求人は、遺産の4分の1を取得することになったこと。
(ト) 請求人に係る相続税の申告書は、平成3年4月26日に原処分庁へ提出されていること。
ニ 上記ハの(イ)ないし(ハ)のとおり、請求人は、被相続人の死亡の日である平成2年7月8日には相続の開始の事実を知り、また、自己が相続人であることを知り得なかったような特段の事情も認められず、その後、相続の限定承認又は放棄もされておらず単純承認があったものと認められ、更に、遺言書の存在を知った後に遺留分の減殺請求をしていることからすれば、当初から自己が相続人であると認識していたと認められるから、自己のために相続の開始があったことを知った日は、被相続人の死亡の日である平成2年7月8日とするのが相当である。
 したがって、遺留分を減殺請求した時が自己のために相続の開始があったことを知った日である旨の請求人の主張には理由がない。
ホ なお、請求人は、遺留分減殺請求については民法第1042条の規定により1年の時効期間があり、その間は減殺請求するか否かの意思決定を留保できるにもかかわらず、相続税の申告を相続の開始があったことを知った日から6か月以内にしなければならないとするならば、遺留分権利者に対して6か月以内に遺留分の減殺請求権の行使を迫ることとなり、不合理である旨主張する。
 ところで、相続税法第30条の規定によれば、相続税の申告書の提出期限後において遺留分による減殺の請求があったこと等により相続税の申告書を提出すべき要件に該当することになった者は、期限後申告書を提出することができるとされ、また、当該期限後申告書の提出により納付すべき相続税額に係る延滞税については、相続税法第51条《延滞税の特則》の規定により法定申告期限の翌日から当該期限後申告書の提出があった日までの間は延滞税の計算の基礎となる期間に算入しないこととされているから、遺留分権利者に、相続の開始があったことを知った日から6か月以内に当該権利の行使を迫ることにはならない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ヘ また、請求人は、相続の開始があったことを知った日から法定申告期限である6か月の直前にあるいは6か月経過後1年以内の間に減殺請求権を行使した場合には、その後に提出する相続税の申告書は、期限後申告書として取り扱われ不利益を被ることから、不合理である旨主張する。
 ところで、請求人の場合、前記ハの(ニ)のとおり平成2年10月1日に被相続人の遺言書の存在を知り、前記ハの(ホ)のとおり同月29日に遺留分の減殺請求権を行使しているところ、前記ハの(ヘ)のとおり同年11月28日には、遺産分割に係る協議が成立していることが認められ、法定申告期限の前に相続税の申告書を提出すべき要件に該当することとなっている。
 確かに、請求人の主張するように相続税の申告書を提出すべき要件に該当する事由が法定申告期限の直前に生じることとなった場合には相続税の申告書の提出に相当の困難が予想されるところであるが、課税庁においては、昭和34年1月28日付直資10国税庁長官通達「相続税法基本通達の全部改正について」の27ー5《申告期限の直前に認知、相続人の廃除の取消し等があった場合の申告書の提出期限の延長》の定めにより、相続税の申告書の提出期限が当該事由が生じた日以後1か月以内に到来するときは、当該事実は、昭和45年6月24日付徴管2ー43ほか国税庁長官通達「国税通則法基本通達(徴収部関係)の制定について」の「第11条関係」の「1《災害その他やむを得ない理由》の(3)」に該当するものとして、相続税の申告書の提出期限は当該事由により相続税の申告書を提出すべき要件に該当することになった者の申請に基づき、当該事由が生じたことを知った日から2か月の範囲内で延長することと取り扱われており、この取扱いは当審判所においても相当と認められる。
 しかしながら、請求人の場合、相続の開始があったことを知った日は前記ニのとおり平成2年7月8日の被相続人が死亡した日であり、また、遺産分割に係る協議の成立は同年11月28日であるなど、当該事由の生じた日から法定申告期限までの期間は、一般的な相続税の申告に必要な準備期間に比し著しく短いとは認められず、法定申告期限である平成3年1月8日までに相続税の申告をすることが不可能であるとする理由は認められない。
 また、相続開始の日から相続税の法定申告期限である6か月経過後に遺留分の減殺請求をした場合については、前記ホで述べたとおりである。したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2) 正当な理由があると認められる場合について

 請求人は、仮に相続税の申告が期限後であったとしても、請求人が期限内に申告しなかったことについて国税通則法第66条第1項ただし書に規定する「正当な理由があると認められる場合」に該当する旨主張するので、当審判所が審理したところ、次のとおりである。
イ 国税通則法第66条第1項ただし書の規定によれば、無申告となったことにつき正当な理由があると認められる場合には無申告加算税を課さないこととされ、この正当な理由とは、無申告加算税が申告納税制度の秩序を維持し租税債権を確保するために納税義務者に課せられた一種の行政上の制裁というものであることからすれば、かかる制裁を課することが不当若しくは酷と思料される事情の存することを指すものと解されている。
 そして、無申告又は期限後申告となった理由が、納税者の税法の不知又は誤解に基づくものであるとしても、それだけでは、正当な理由とはなり得ないものである。
ロ これを本件についてみると、期限後申告となった理由は、前記(1)で判断したとおりであり、このような場合には、正当な理由があると認められる場合に該当しない。
 したがって、請求人の主張には理由がなく、原処分庁が国税通則法第66条第3項の規定に基づいてした無申告加算税の賦課決定は適法である。

(3)その他

 原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る