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(平5.3.3、裁決事例集No.45 75頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 本件審査請求に至る経緯は、次のとおりである。
(1) 審査請求人(以下「請求人」という。)、請求人の兄弟A男及びB男(以上の3名を以下「請求人ら」という。)は、昭和62年10月31日に、請求人らの祖父○○(以下「祖父」という。)から、別表1に記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を代金184,701,234円で買い受けて取得し、これを共有(請求人らの持分は各3分の1)していた。
 請求人らは、昭和63年10月27日、有限会社△△(資本の総額39,000,000円、出資1口の金額10,000円。以下「本件会社」という。)を設立するとともに、本件不動産(ただし、完全な所有権)の価額を183,000,000円と評価し、請求人らが本件不動産につき根抵当権を設定して株式会社××銀行から借入れしている債務150,000,000円を本件会社が引き受けるものとして、その差額33,000,000円をもって本件不動産による現物出資(以下「本件現物出資」という。)を行い、本件現物出資により、請求人らは、合計3,300口(各自1,100口)の出資持分を取得した。また、請求人らは、これとは別に合計6,000,000円(各自2,000,000円)の金銭出資も行っている。
(2) 請求人は、昭和63年分所得税の確定申告に際し、本件現物出資に基因して生じる所得税法第33条《譲渡所得》第1項及び租税特別措置法第32条《短期譲渡所得の課税の特例》第1項に規定する短期譲渡所得の金額(以下「本件譲渡所得」という。)は無いものと判断し、これ以外の所得(不動産所得、配当所得及び給与所得)について、昭和63年分の所得税の確定申告書に別表2の「申告額」欄のとおりの各金額を記載し、平成元年3月14日(法定申告期限内)に原処分庁に提出した。
(3) 原処分庁は、上記(2)に対し、平成3年1月14日付で別表2の「更正額」欄に記載の各金額をもって更正(以下「本件更正」という。)するとともに、過少申告加算税12,888,500円の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。
(4) 請求人は、上記の処分(原処分)を不服として、平成3年3月12日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年9月9日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分について、なお不服があるとして平成3年10月1日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

イ 本件更正について
 現物出資に基づく権利の移転が所得税法第33条第1項に規定する「資産の譲渡」に該当し譲渡所得が発生すること及び本件会社の出資持分権の時価については争わない。
 しかし、次のとおり、1本件現物出資は、錯誤による無効なものであり、そうでないとしても、2本件現物出資は、これを撤回して本件現物出資相当額の金銭出資を行っているものであるから、本件現物出資に基因する譲渡所得は、生じなかったものとみるべきである。
 よって、本件更正の全部の取消しを求める。
(イ) 錯誤による無効について
A 請求人らは、昭和63年5月ころ、請求人らの父◎◎(以下「父」という。)に一切を委任して、本件不動産の有効利用の目的で、本件不動産(ただし、土地)とこれに隣接するC株式会社(代表者は父)の所有地及びD株式会社(第三者)の所有地を一団の土地とし、同地上に各所有者が共同して賃貸目的のビル(鉄筋コンクリート造地下1階地上8階建。以下「Eビル」という。)を建築することにした。
 ちなみに、本件不動産(ただし、建物)は、その建築後約25年を経過しており、これを取り壊すことにしたものである。
B Eビルの建築に当たり、1請求人らが負担する資金の借入れ等予想される諸手続などを考えると、本件不動産を請求人らの共有名義のままにしておくより、現物出資の方法により単独名義(本件会社名義)にしておくのが便利であると考え、また、2現物出資(譲渡)に伴う所得税の負担額についても考慮しておくのが当然であることから、顧問税理士に相談したところ、取得価額(祖父から約1年前に買い取った代金額)をもって現物出資の価額とするよう指導されたので、そのとおりにすれば譲渡所得に係る税額は生じないものと認識し、本件不動産の価額を取得価額とおおむね一致する183,000,000円と評価して本件現物出資を行ったものである。
 ちなみに、顧問税理士は、1所得税法第59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》第1項(第2号該当)の規定により、「著しく低い価額」の対価でもって資産の譲渡(現物出資)を行った場合には、当該対価の額ではなくて、当該資産の時価が、その譲渡所得に係る収入金額であるとみなされることは知っていたが、2本件不動産が約1年前に取得したものであり、土地の値上りが著しい時期とはいえ、取得価額がわずか1年後に「著しく低い価額」とされるまでになっていたこと(1年間で、約2倍に値上りしていたこと)については、全く予想もしていなかったのである。また、3「著しく低い価額」に当たるか否かの基礎となる「時価」の認定に関して、地価の急騰傾向に対応して、課税庁の姿勢が一段と厳しいものに変わっていたこと(課税庁作成の路線価を基準とせず、公示価額を基準とすること)も、顧問税理士の的確な判断ないし父に対する指導を誤らせた一因である。
C したがって、当時、請求人ら又は父において本件更正に係る多額の所得税の発生を認識していたとしたら、本件現物出資を行わなかったであろうことは明らかであり、本件現物出資は、その要素に錯誤があったものである。
 ちなみに、請求人(23才)と兄A男(24才)はC株式会社の従業員であり、B男は大学生であって、いずれも、多額の所得税負担に耐えられる収入を得ていない者であるから、納税資金の面(すなわち、現物出資の場合、出資者には譲渡の対価として現金は入ってこないこと)から判断しても、このような行為に出なかったことは明らかである。
(ロ) 本件現物出資の撤回について
 仮に、本件現物出資に存する上記の錯誤が現物出資自体を無効とする原因にならないとしても、このような重大な錯誤がある場合には、次のとおり、本件更正前に、かつ、金銭出資と引換えにしている本件現物出資の撤回が認められるべきである。
A 請求人らは、平成2年10月ころ、原処分庁所属の職員から、本件譲渡所得に関して、申告漏れではないかとの指摘を受け、本件不動産の価額(その大部分は土地に係るもの)が異常に高騰していること及び多額の所得税の納税を要することを知った。
B 請求人らは、上記の予想外の事態に対処する方法は本件現物出資の撤回しかないと考え、平成2年10月31日に本件会社の社員全員(請求人ら3名)の総意により、本件現物出資を撤回して対当額の現金出資に切り替える(変更する)との案件を決議した。
 また、Eビルの共同事業との関係については、本件会社が請求人らから本件不動産を賃借し、その賃借権をもって共同経営に参画するという形式に変更することにした。
C 請求人らは、平成2年11月13日原処分庁に対して、上記の撤回を認めてもらうための嘆願書を提出し、また、そのころD株式会社に対して、今後、本件会社は本件不動産の賃借権をもってEビルの共同経営に参画することの承諾を求め、同社はこれを承諾した。
D 請求人らは、本件現物出資の撤回と引換えになすべき金銭出資について、その払込みを行った。
 また、本件不動産の登記名義の回復については、本件不動産に係る抵当権者(日本開発銀行)の同意を得るのに手間取っていたが、平成3年4月1日に別の担保を提供したことにより当該抵当権は抹消することで合意し、同月8日に至って本件不動産につき錯誤を原因とする所有権移転登記を行うことができたものである。
ロ 本件賦課決定について
 以上のとおり、本件更正は違法であるから、本件賦課決定も違法であり、その全部の取消しを求める。

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(2) 原処分庁の主張

イ 本件更正について
(イ) 請求人の主張に対して
 本件現物出資に関して請求人が主張する錯誤は、いわゆる動機の錯誤であって、これをもって直ちに、法律行為の要素に錯誤があり、本件現物出資が無効であるということはできない。
 仮に、請求人主張に係る錯誤が無効原因(要素の錯誤)に当たるとしても、本件現物出資を原状に復するためには、有限会社法第75条《解散・清算及び清算人に関する準用規定》第1項の規定により準用される商法第140条《社員による設立取消しの訴え》又は同法第428条《設立無効の訴え》の規定による訴えを提起して、その判決が確定した後に、解散の場合に準じて清算するという手続によるべきであり、請求人が主張するような任意の撤回は、法律上認められない。
 ちなみに、本件会社は、所定の手続により適法に設立され、現在も活動中である。また、請求人は、本件審査請求において、本件現物出資の撤回を本件更正がなされる前に行った旨主張するが、本件に係る異議申立書においては、平成3年3月1日に本件現物出資の撤回をした旨記載している。
(ロ) 本件譲渡所得の金額等について
A 本件現物出資は、所得税法第33条第1項にいう「資産の譲渡」に該当するから、同項に規定する譲渡所得が発生する。
B 本件現物出資に係る請求人の総収入金額は、所得税法第36条《収入金額》第1項の規定により、次のとおり合計258,184,000円となる。
(A) 本件会社の出資1,100口の持分権の時価(ただし、純資産評価方法による。)177,848,000円
(B) 請求人の債務を本件会社が引き受けたことによる経済的利益の額50,000,000円
(C) 金銭出資により取得した出資200口の持分権の時価32,336,000円と払込金額2,000,000円との差額として生じる経済的利益の額30,336,000円
C 本件現物出資に係る請求人の取得費は、所得税法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》の規定により、次のとおり合計61,491,874円となる。
(A) 本件不動産のうち土地に係る取得費用57,934,047円
(B) 本件不動産のうち建物に係る取得費用から償却費の額を控除した額3,557,827円
D 本件譲渡所得金額は、前記Bの総収入金額から上記Cの取得費を控除して求めた金額196,692,126円となる。
 本件更正は、この金額を144,811,526円として、租税特別措置法第32条第1項(第2号該当)の規定により課税標準額及び税額を算定しているものであり、これらの金額を過大に認定しているという違法はない。
ロ 本件賦課決定について
 以上のとおり過少申告加算税の計算の基礎とした税額は正当額の範囲内であり、また、本件更正により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、本件更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由がある場合に該当しないので、同条第1項及び第2項の規定に基づいて行った本件賦課決定は適法である。

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3 判断

(1) 錯誤による無効の主張について

イ 錯誤による無効の主張について
 請求人は、あらかじめ本件更正にみられるような多額の税負担を認識していたとしたら、本件現物出資は行わなかった旨の錯誤(以下「本件錯誤」という。)を主張するところ、この点(本件錯誤の存在)については、原処分庁は格別争わず、当審判所の調査の結果によっても、この事実が認められる。
 そこで、本件錯誤をもって本件現物出資の無効を主張することの可否について、以下検討する。
(イ) 民法第95条《錯誤》は、「法律行為ノ要素ニ錯誤アリタルトキ」の意思表示を無効とする旨規定しているところ、本件錯誤は、これを要素の錯誤とは目し難く、いわゆる動機(縁由)の錯誤であるとみるべきである。
 しかし、動機に錯誤がある場合においても、その動機が、要素に係る内容とともに表示されているとき(黙示的表示を含む。)には、なお、錯誤により無効とされるものがあり得ると解されており、当審判所もこの解釈をもって相当とするものである。
(ロ) 一方、商法第428条第1項は、「会社ノ設立ノ無効ハ其ノ成立ノ日ヨリ二年内ニ訴ヲ以テノミ」主張し得る旨を規定しており、有限会社法第75条第1項の規定により、これが有限会社についても準用される。
 ところで、現物出資は、本来個性的なもので、企業にとって必要性があって認められているという点に鑑みると、現物出資の欠缺が著しい場合等には、健全な会社の運営も見込みがなく、会社債権者の保護の面からもそのような会社の設立を認めることは好ましいとはいえず、設立無効原因となるものと解すべきである。したがって、本件錯誤をもって本件現物出資の無効を主張することは、会社の設立無効を主張するものと同一視するほかないことになる。
 そうすると、仮に、本件錯誤が民法第95条にいう錯誤に当たるとしても、これをもってする本件現物出資の無効の主張は、訴えをもって行うべきものであって、本件審査請求において、直接このような主張をすることは許されないというべきである。
ロ 本件現物出資の撤回の主張について
 請求人は、1本件更正の前に、2本件錯誤を理由とし、かつ、3対当額の金銭出資と引換えに、本件現物出資を撤回したことにより、本件譲渡所得が生じなかったとみるべき旨を主張するので、以下これについて検討する。
(イ) 一般に、契約に係る意思表示の撤回は、相手方に到達する前においては自由になし得るが、相手方に到達した後においては撤回し得ないものであること、したがって、契約成立(合意)後にする一方的な撤回なるものがあり得ないことについては確定した解釈である。
 また、会社の設立行為に係る意思表示については、会社と取引関係を持つに至った債権者などを保護する必要もあり、無効又は取消原因が存する場合においてさえ、法律効果の遡及的消滅について一定の制約を受けることは、上記イで述べたとおりである。
 そうすると、請求人の「本件現物出資を撤回した」との主張は、本件現物出資に係る法律効果を将来に向けて消滅させたことをいうものであれば別として(次の(ロ)で検討する)、その法律効果の遡及的消滅をいうものであれば、これにいかなる事由(「金銭出資と引換えに」など)を加えたとしても、失当というほかないことになる。
(ロ) 次に、請求人の主張を本件現物出資に係る法律効果を将来に向けて消滅させる趣旨の撤回であると解した場合について検討する。
 1本件現物出資を記載した本件会社の定款が昭和63年10月3日に適法に作成され、2本件会社の設立登記が同月27日になされ、3本件現物出資を原因とする本件不動産の所有権移転登記が平成元年1月18日になされたことについては、格別の争いがなく、本件資料によってもこれらの事実を認めることができる。そうすると、本件現物出資の効果は、昭和63年10月27日に生じたものとして何ら支障がないことになる。
 一方、請求人が主張する「本件現物出資の撤回」の日について、請求人は平成2年10月31日(本件更正前の日)と主張し、原処分庁は平成3年3月1日(本件更正後の日)と主張するところ、仮に、請求人の主張する日に請求人の主張する「撤回」がなされたものとしても、昭和63年10月27日から平成2年10月31日までの間は、本件現物出資に係る法律効果が存続していたことになるのであり、その他の事由(1更正の前に、2金銭出資と引換えに。なお、「本件錯誤により」については前記イに述べた理由による。)を加えても、この点には何ら影響しないところである。
 そうすると、相当期間有効に存続し、かつ、遡及的に消滅したとする事由のない本件現物出資につき、その原因事実を目して、所得税法第33条第1項に規定する「資産の譲渡」に当たる(すなわち、譲渡所得が発生する)とするのは、むしろ当然のことというべきであり、この点に関する請求人の主張も採用できない。
ハ その他の部分
 本件更正のその他の部分については、請求人は格別に争わず、当審判所の調査によっても、これを不相当とする理由は認められない。

(2) 本件賦課決定について

 以上のとおり過少申告加算税の計算の基礎となった税額に取り消すべき部分がなく、また、本件全資料によっても、本件賦課決定のその他の部分について格別に違法、不当と目すべき点は認められないから、国税通則法第65条第1項及び第2項の規定に基づいてなされた本件賦課決定は適法である。

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