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(平6.6.21、裁決事例集No.47 196頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成3年分所得税の確定申告書(分離課税用)に雑所得の金額を109,730円、総合課税の長期譲渡所得の金額を11,900,000円、納付すべき税額を2,572,000円と記載し、法定申告期限までに申告した。
 その後、請求人は、平成5年2月8日に雑所得の金額を109,730円、総合課税の長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額をいずれも零円とする更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 原処分庁は、これに対し平成5年4月16日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
 請求人は、本件通知処分を不服として、平成5年6月7日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、これに対し同年9月3日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の本件通知処分に不服があるとして、平成5年9月27日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

 本件更正の請求には、次のとおり理由があるので、本件通知処分は違法であり、その取消しを求める。
イ 本件更正の請求について
(イ) 請求人は、平成3年5月15日にP市R町二丁目18番地16所在の家屋番号18番69の事務所兼居宅、木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建(1階30.74平方メートル、2階32.06平方メートル)の建物のうちの1階南側事務室11.46平方メートル(以下「本件建物」という。)の借家権(以下「本件借家権」という。)をS線P・T間線路建設工事(以下「本件事業」という。)のため事業施行者(以下「事業施行者」という。)に25,000,000円で譲渡(以下「本件譲渡」という。)した。
(ロ) 請求人は、本件譲渡による譲渡所得については、租税特別措置法(以下「措置法」という。)第33条の4((収用交換等の場合の譲渡所得等の特別控除))第1項第1号の規定(以下「本件特例」という。)が適用されるものとして、譲渡所得の金額を零円とする本件更正の請求をした。
ロ 本件特例の適用について
(イ) 原処分庁は、本件譲渡に際して、事業施行者から本件借家権について最初に買取りの申出があった日は昭和63年6月21日であるとし、その日から6か月を経過した日までに譲渡がされていないから、本件借家権の譲渡所得については、本件特例を適用することはできないとして本件通知処分をした。
(ロ) しかし、本件借家権について最初に買取りの申出があった日は、次に述べるとおり平成2年12月14日であるから、本件特例の適用を認めるべきである。
A 事業施行者は、請求人に対し平成元年6月28日付の建物賃貸借契約解約申入書により最初の買取りの申出をしているが、その後、平成2年2月14日付でP地方裁判所に請求人を被告として本件建物の明渡しを求める訴訟(P地方裁判所平成2年(ワ)第○○○号事件)(以下「本件訴訟」という。)を提起したので、請求人からみると最初の買取りの申出を撤回されたことになる。
 そして、本件訴訟は、請求人が和解金として25,000,000円を受領し、平成3年5月15日限り本件建物を明け渡すこととして、平成2年12月14日に事業施行者と請求人との間において和解した。
 したがって、この和解の成立した平成2年12月14日が最初に買取りの申出のあった日となる。
B 請求人は、U鉄道株式会社(以下「U鉄道」という。)の社員であるH(以下「H」という。)から同人が事業施行者の代理人であることを証明されたことはないので、Hの言動には拘束されず、また、事業施行者とU鉄道との間にS線鉄道の敷設に関し業務委託契約が締結されていることを事業施行者及びU鉄道から証明されたことはないから、当該業務委託契約にも拘束されない。
 なお、請求人は、事業施行者が発行した「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」の買取りの申出年月日が昭和63年6月21日であるとの記載にも、拘束されない。
 したがって、事業施行者が請求人に対し最初に買取りの申出をした日を昭和63年6月21日であるとする原処分庁の認定は誤りである。

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(2) 原処分庁の主張

 本件通知処分は、次に述べるとおり、適法である。
イ 本件特例の適用について
(イ) 措置法第33条の4第3項第1号は、資産の収用交換等による譲渡が、当該資産の買取り等の申出をする者(以下「公共事業施行者」という。)から当該資産につき最初に当該申出のあった日から6か月を経過した日までにされなかった場合には、本件特例の適用がない旨規定している。
(ロ) 本件譲渡について、原処分庁が調査したところによると、次の事実が認められる。
A 事業施行者は、昭和62年4月1日付の本件事業に係る業務委託契約において、S線建設工事及びこれに関連するI線施設等の移転変更工事の設計、施行、対外協議及び用地買収等一切の業務をU鉄道に委託していること。
B Hは、原処分庁の調査担当職員(以下「調査担当職員」という。)に対し次のとおり申述していること。
(A) Hは、昭和63年6月21日に請求人と面接し、本件建物の立退きに関する補償金等を提示した。
(B) 事業施行者は、本件建物の所有権を平成元年1月13日にP市R町二丁目10番2号所在の株式会社Jから取得した。
C 事業施行者は、請求人に対して、平成元年6月28日付の建物賃貸借契約解約申入書において、本件建物の明渡しとそれに係る補償について通知していること。
D 事業施行者は、平成2年2月14日に本件訴訟を提起していること。
E 請求人は、平成2年12月14日に本件訴訟において事業施行者と次のとおり和解していること。
(A) 請求人は、本件建物を平成3年5月15日までに明け渡す。
(B) 事業施行者は、本件建物に係る本件借家権の対価として25,000,000円を請求人に支払う。
F 請求人は、平成3年5月15日に本件借家権を事業施行者に譲渡していること。
G 事業施行者が発行した「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」には、本件借家権に関する買取り等の申出年月日は、昭和63年6月21日と記載されていること。
(ハ) 請求人は、買取りの申出のあった日は、上記(ロ)のEの和解が成立した平成2年12月14日であると主張するが、上記(ロ)の事実からみると、U鉄道は事業施行者の代理人としての公共事業施行者の地位を有し、本件訴訟において事業施行者は、本件借家権に係る最初の買取りの申出を撤回したとは認められないので、本件借家権に関する最初に買取りの申出のあった日は、昭和63年6月21日であり、請求人は、同日から6か月を経過した日までに本件借家権を譲渡していないから、本件借家権の譲渡所得について、本件特例を適用することはできない。
ロ 本件通知処分について
 以上のとおり、本件借家権の譲渡所得については本件特例の適用はなく、請求人の平成3年分の総合課税の長期譲渡所得の金額は11,900,000円、納付すべき税額は2,572,000円となり、これらの金額はいずれも確定申告書に記載された金額と同額となるので、請求人がした本件更正の請求に対し、更正をすべき理由がないとした本件通知処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件譲渡について、本件特例に適用されるか否かにあるので、以下審理する。

(1) 本件特例の適用について

イ 当審判所が原処分関係資料及び請求人から提出された証拠資料等を調査したところ、次の事実が認められる。
(イ) 事業施行者は、昭和62年4月1日付で、土地等の取得に伴い土地収用法に基づき収用又は使用する必要があるときは、U鉄道が事業施行者の代理人として土地収用法に定める手続その他を行うものとする旨の本件事業の施行に関する協定、並びに事業施行者がU鉄道に委託する業務の範囲は、本件事業に係る用地買収等を含む一切の業務とする旨の本件事業に係る業務委託契約をU鉄道との間に締結していること。
(ロ) U鉄道の協議経過調書及びHの原処分庁に対する申述によれば、Hは、昭和63年5月6日に請求人と面接し、事業施行者の代理人としてあいさつをかねて本件事業に対する協力を要請し、基本的な補償方法について説明していること。
(ハ) Hは、調査担当職員に対し、昭和63年6月21日に請求人と面接して、本件借家権に関する補償金総額8,295,000円を提示した旨申述していること。
(ニ) 事業施行者は、平成元年2月8日付の内容証明郵便により、請求人に対し本件建物の明渡しを通知していること。
(ホ) U鉄道の協議経過調書によれば、Hは、平成元年6月22日に前記(イ)で述べた業務委託契約書及びU鉄道の代表取締役から同社のP工事事務所長、更には同所長からHに対する各委任状を請求人に対し提示していること。
(ヘ) 事業施行者は、平成元年6月28日付の請求人に対する建物賃貸借契約解約申入書により、本件建物の明渡し及びそれに係る既に提示した補償金8,295,000円の支払と代替物件の用意がある旨を通知していること。
(ト) 事業施行者は、平成2年2月14日付で請求人を被告として、本件建物の明渡しを求める本件訴訟を提起していること。
 なお、本件訴訟において、事業施行者は、本件建物の明渡しの補償金として8,295,000円の支払と代替物件の用意がある旨主張していること。
(チ) 本件訴訟に係る平成2年12月14日付の和解調書によれば、次のとおりであること。
A 請求人は、事業施行者に対し本件建物を平成3年5月15日までに明け渡す。
B 事業施行者は、請求人に対し和解金として25,000,000円を支払う。
(リ) 請求人は、平成3年5月15日に本件借家権を事業施行者に引き渡し、25,000,000円の補償金を取得したこと。
(ヌ) 事業施行者が発行した「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」には、本件借家権に関する買取り等の申出年月日は、昭和63年6月21日であると記載されていること。
ロ ところで、収用による譲渡所得の特別控除は、公共事業を円滑に施行するために設けられたものであり、措置法第33条の4第3項第1号によれば、個人の所有する資産について、当該資産の収用交換等による譲渡が、買取り等の申出をした公共事業施行者から、その資産につき最初に買取り等の申出があった日から6か月を経過した日までにされた場合にのみ本件特例の適用があると定められている。
 この場合、最初に買取り等の申出があった日とは、公共事業施行者が個別に資産の所有者に対し、最初に買収物件及び買収価額等を具体的に明示し、買取り等の意思表示をした日をいうものであると解するのが相当である。
ハ 請求人は、事業施行者が平成2年2月14日付で本件訴訟を提起したことにより、最初の買取りの申出を撤回したことになるので、本件訴訟の和解の成立した平成2年12月14日が最初の買取りの申出の日である旨主張する。
 しかしながら、前記イの(ト)で述べたとおり、本件訴訟において、事業施行者は、昭和63年6月21日にHが請求人に対し提示した金額と同額の8,295,000円の支払の用意があると主張し、本件事業を円滑に施行するために本件訴訟を提起したものであるから、事業施行者が最初の買取りの申出を撤回したということはできない。
 なお、本件訴訟に係る平成2年12月14日付の和解調書においても、事業施行者が買取りの申出をした事実は認められず、他に請求人の主張を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ 請求人は、Hが事業施行者の代理人であることを証明したことはなく、また、事業施行者とU鉄道との間の業務委託契約も知らなかったので、最初に買取りの申出をした日を昭和63年6月21日であるとする原処分庁の認定は誤りである旨主張する。
 しかしながら、前記イの(ロ)ないし(ホ)で述べたとおり、昭和63年5月6日及び同年6月21日にHが、事業施行者の代理人として請求人に面接し、事業協力の要請あるいは補償金額の提示等をしたこと、また、平成元年6月22日にHが、業務委託契約書等を請求人に対して提示したことが認められる。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ホ 以上のとおり、事業施行者は、請求人に対して昭和63年6月21日に本件借家権を買い取る旨の意思表示をしたことが認められることから、本件特例にいう最初に買取りの申出のあった日は昭和63年6月21日であるとするのが相当である。
 ところで、本件借家権の譲渡の日は、平成3年5月15日であり、このことは、最初の買取りの申出のあった日から6か月以上経過した後においてなされていることになるから、本件借家権の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上、本件特例の適用は認められない。

(2) 本件通知処分について

 以上のとおり、請求人の主張には理由がなく、本件通知処分は適法である。

(3) その他

 原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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