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(平6.3.31、裁決事例集No.47 230頁)
《裁決書(抄)》
1 事実
審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成3年分の所得税の確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
原処分庁は、これに対し平成4年7月7日付で、平成3年分について次表の「更正処分等」欄のとおり、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
請求人は、これらの処分を不服として、平成4年8月5日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、これに対し平成4年11月9日付で、次表の「異議決定」欄のとおり、更正処分については一部取消しの、過少申告加算税の賦課決定処分については、棄却の異議決定をした。
区分
項目 |
確定申告 | 更正処分等 | 異議決定 | |
---|---|---|---|---|
事業所得の金額 | △ 152,590,752 | 0 | 0 | |
不動産所得の金額 | 16,286,160 | 16,286,160 | 16,286,160 | |
配当所得の額 | 0 | 0 | 0 | |
給与所得の額 | 22,440,000 | 22,440,000 | 22,440,000 | |
総所得金額 (+++) |
△ 113,864,592 | 38,726,160 | 38,726,160 | |
株式等に係る譲渡所得等の金額 | - | 0 | 0 | |
源泉徴収税額 | 5,955,290 | 5,955,290 | 5,955,410 | |
納付すべき税額 | △ 5,955,290 | 8,135,200 | 8,135,000 | |
過少申告加算税の額 | - | 2,088,500 | 2,088,500 |
(注)「総所得金額」欄及び「事業所得の金額」欄の△印は、その金額が損失の金額であることを、「納付すべき税額」欄の△印は、その金額が還付金の額に相当する税額であることを示す。
請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成4年11月26日に審査請求をした。
2 主張
(1) 請求人の主張
原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 更正処分について
(イ) 請求人の行った株式等(株式、債券及び新株引受権)の売買による所得は、物品の売買業と同様、営業による所得であるので、租税特別措置法(以下「措置法」という。)第37条の10((株式等に係る譲渡所得等の特例))に規定する株式等の譲渡に係る事業所得、譲渡所得及び雑所得のいずれにも該当しない。
したがって、請求人が行った株式等の取引(以下「本件取引」という。)によって生じた損失(以下「本件損失」という。)は、他の所得との損益通算が認められるべきである。
なお、原処分庁の算定した本件損失の金額が152,590,752円であることについては争わない。
(ロ) 措置法第37条の10第1項には、証券取引法第2条((定義))第13項に規定する有価証券先物取引の方法により行うものを除く旨規定しているが、当該有価証券先物取引の方法により行うものには、請求人の行っている信用取引による売買も含まれるから、請求人の行った信用取引による売買は、所得税法の規定により総合課税の事業所得となるので損益通算が認められるべきである。
(ハ) 株式売買業により多大の損失があるにもかかわらず所得税を納付すべきであるという原処分は、憲法で保証された最低の生活まで奪うものであり、憲法第25条((生存権、国の社会的使命))の規定に反し違法である。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について
以上のとおり、更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、これに伴い過少申告加算税の賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。
(2) 原処分庁の主張
原処分は、次の理由により適法である。
イ 更正処分について
(イ) 本件損失は、他の所得と総合して課税の対象とされるものではなく、株式等の譲渡に係る事業所得の金額として他の所得と区分して課税されるので、請求人の他の所得と損益通算することができないことは、次のとおりである。
A 本件取引について調査したところ、次のとおりその取引の対象となったものは、株式、転換社債及び新株引受権のみであった。
(A) 現物取引によるものが51回(株式が44回233,480株、転換社債が5回12,000,000口及び新株引受権が2回225枚)
(B) 信用取引によるものが4回(すべて株式によるもの、36,000株)
B ところで、措置法第37条の10第1項及び同条第3項の規定により、株式(株式の引受けによる権利及び新株引受権を含む。)、出資者の持分等、転換社債及び新株引受権付社債の譲渡による所得については、たとえ、その譲渡が事業として行われていたとしても、他の所得と区分して課税することとされている。
C したがって、本件損失は総合課税の対象とされるものではなく、株式等の譲渡に係る事業所得の金額として他の所得と区分して課税されることとなる。
D なお、措置法第37条の10第1項、同条第6項第4号及び租税特別措置法施行令(以下「措置法施行令」という。)第25条の8((株式等に係る譲渡所得等の課税の特例))第1項の規定により、株式等の譲渡に係る事業所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、他の株式等の譲渡に係る所得の金額から控除し、それでも損失の金額がある場合には、その損失は生じなかったものとみなされる。
したがって、本件損失の金額152,590,752円について、損益通算は認められない。
(ロ) 証券取引法第2条第13項に規定する有価証券先物取引の方法によって行った株式等の譲渡については、措置法第37条の10第1項の規定の対象から除かれているので所得税法第22条((課税標準))の規定により計算される総合課税の対象とされる。
しかしながら、請求人が行った本件取引は、前記(イ)のAのとおり、現物取引(株式、転換社債及び新株引受権に係るもの)と信用取引(すべて株式に係るもの)のみであり、本件取引の中に請求人の主張する証券取引法第2条第13項に規定する有価証券先物取引の方法により行ったものがあるとは認められないから、総合課税の対象とされるものはない。
したがって、本件損失の金額を他の各種所得と損益通算することはできない。
(ハ) 憲法第25条に規定する「国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」というのは、直接個々の国民に対して具体的な権利を与えたものではないと解されるので、本件更正処分は、憲法第25条に違反しない。
(ニ) 以上の結果、請求人の平成3年分の総所得金額及び分離課税の株式等の譲渡に係る事業所得の金額は、次表のとおりとなり、異議決定を経た後の更正処分の額と同額となるから本件更正処分に違法はない。
項目 | 金額 | |
---|---|---|
不動産所得の金額 | 16,286,160 | |
配当所得の額 | 0 | |
給与所得の額 | 22,440,000 | |
総所得金額(++) | 38,726,160 | |
株式等に係る譲渡所得等の金額 | 0 |
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について
過少申告加算税の賦課決定処分については、請求人の場合、国税通則法第65条((過少申告加算税))第4項に規定する「正当な理由があると認められる場合」に該当しないので、同条第1項及び第2項の規定に基づき過少申告加算税を賦課決定したことは適法である。
3 判断
本件審査請求の争点は、本件損失について他の所得と損益通算できるか否か及び本件取引の中の信用取引が証券取引法第2条第13項に規定する有価証券先物取引に該当するか否か等にあるので、以下審理する。
(1) 更正処分について
イ 次の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
(イ) 請求人は、本件損失について他の所得と損益通算して確定申告していること。
(ロ) 本件取引の対象は、株式、転換社債及び新株引受権であること。
(ハ) 上記取引の中には、信用取引による株式の売買があること。
(ニ) 本件損失は、次表のとおりであること。
項目 | 金額 | |
---|---|---|
総収入金額 | 333,412,809 | |
取得価額 | 435,798,090 | |
必要経費の額 | 50,205,471 | |
本件損失の額(−−) | △ 152,590,752 |
ロ 請求人は、本件取引は営業による所得であって、措置法第37条の10に規定する株式等に係る譲渡所得等に該当しないから、本件損失は他の所得と損益通算すべきである旨主張するので、以下審理する。
(イ) 措置法第37条の10第1項は、株式等の譲渡による事業所得、譲渡所得及び雑所得(以下「株式等の譲渡所得等」という。)については、所得税法第22条及び第89条並びに第165条の規定にかかわらず、他の所得と区分し所得税を課する一方、株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、同法その他所得税に関する法令の規定の適用については、当該損失の金額は生じなかったものとみなす旨規定している。
更に、株式等の譲渡には証券取引法第2条第13項に規定する有価証券先物取引の方法により行うものを除く旨規定している。
(ロ) そこで、前記イの事実を措置法第37条の10の規定に照らして判断すると、請求人の行った本件取引の対象は、株式、転換社債及び新株引受権であったことから、本件取引による所得は同条に規定する株式等に係る譲渡所得等に該当するので、本件損失について、株式等に係る譲渡所得等の金額以外のその他の所得と損益通算することはできない。
なお、請求人主張の「本件取引が物品販売業と同様営業による所得であるか否か」は、措置法第37条の10の適用に当たり考慮されるものでないことは、前記(イ)に述べたとおり、同条第1項の規定からも明らかである。
よって、本件損失について損益通算が認められるべきであるとする請求人の主張には理由がない。
ハ 請求人は、証券取引法第2条第13項に規定する有価証券先物取引の方法により行うものには信用取引による売買も含まれるから、請求人の行った信用取引による所得は、総合課税の事業所得となるので、損益通算が認められるべきである旨主張するので、以下審理する。
(イ) 証券取引法第2条第13項は、有価証券先物取引について「売買の当事者が証券取引所の定める基準及び方法に従い、将来の一定の時期において有価証券及びその対価の授受を約する売買取引であって、当該売買の目的となっている有価証券の転売又は買戻しをしたときは差金の授受によって決済することができる取引をいう」旨規定している。
そして、証券取引所は、有価証券先物取引について、定款及び業務規定等によって、取引の対象を、国債証券及び外国国債証券の利率及び償還期限その他の条件を標準化した標準物並びに株券の集合体と定め、取引の対象を定型化している点において、証券会社が証券取引所を介して売買する一般の株式等とは異なるものである。
ところで、請求人の主張する信用取引は、その内容が必ずしも明らかではないが、仮に、証券取引法第49条((信用取引等における保証金の預託))第1項に規定する信用取引であるとすれば、同法に規定する信用取引とは、証券会社が顧客に信用を供与して行う有価証券の売買その他の取引であるとされているところ、有価証券先物取引は、前記のとおり、証券取引所が定めた定型の有価証券を、売買取引の時点で取り決めた一定の価格により、将来の一定の期日に受渡し及び対価の決済をする取引であるのに対し、信用取引は、売買取引の時にその時の価格で、株式等の有価証券の受渡しをするが、証券会社が顧客に信用を供与しているので、その対価の決済を、将来の一定の時期まで延期する取引であり、両者はその取引の対象及び方法等において、その内容が異なるものである。
(ロ) ところで、請求人が行った信用取引について、当審判所が原処分関係資料を調査したところによれば、前記イの(ハ)のとおり、株式の売買に係る信用取引はあるが、前記(イ)で述べた証券取引所が定めた定型の有価証券先物取引に該当する取引はないことが認められる。
なお、当審判所の調査によれば、本件取引が行われた期間中に、証券取引所の定める基準及び方法による有価証券先物取引は、P証券取引所において国債証券先物取引及び外国国債証券(T−Bond)先物取引、R証券取引所において株式先物取引(株先50)が行われているが、本件取引の中には、これらの有価証券先物取引は含まれていない。
したがって、請求人の主張する信用取引は有価証券先物取引には該当しないので、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ 請求人は、株式売買業により多大の損失があるにもかかわらず、所得税を納付すべきであるとする原処分は、憲法第25条の規定に照らし違法である旨主張する。
しかしながら、原処分は前記ロ及びハのとおり適法であるところ、当審判所は、国税通則法第78条((国税不服審判所))の規定により、国税に関する法律に基づく処分についての審査請求に対する裁決を行う機関であるから、憲法に関する請求人の主張については、当審判所の権限外のことであって、審理の限りではない。
ホ 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、本件更正処分は適法である。
(2) 過少申告加算税の賦課決定処分について
以上のとおり、本件更正処分は適法であり、また、請求人には、確定申告の税額を計算するに当たり、原処分庁が過少申告加算税の基礎とした税額に係る事実を確定申告の税額の計算の基礎としなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてした過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。
(3) その他
原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。