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(平7.12.20裁決、裁決事例集No.50 13頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、事業所得を有する給与所得者であるが、別表の「確定申告」欄のとおり記載した平成4年分及び平成5年分(以下、これら2年分を併せて「各年分」という。)の所得税の確定申告書を、それぞれ法定申告期限までに原処分庁に提出した。
 その後、請求人は、別表の「修正申告」欄のとおり記載した平成4年分の所得税の修正申告書を平成6年4月14日に原処分庁に提出した。
 原処分庁は、これに対し、平成6年6月14日付で各年分について、別表の「更正処分等」欄のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
 請求人は、これらの処分を不服として、平成6年8月4日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年10月25日付で、平成4年分については却下の異議決定をし、平成5年分については棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成6年11月17日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 更正処分について
(イ)請求人は、平成4年中にそれまで居住の用に供していた土地及び建物を譲渡し、租税特別措置法(平成5年法律第10号による改正前のもの。以下「措置法」という。)第35条《居住用財産の譲渡所得の特別控除》の規定に基づく居住用財産の譲渡所得の特別控除(以下「居住用財産の特別控除」という。)を適用して、平成4年分の確定申告書を提出した。
 また、請求人は、平成5年中に新たに住宅を取得し、措置法(平成6年法律第22号による改正前のもの。)第41条《住宅の取得等をした場合の所得税額の特別控除》の規定に基づく住宅取得等特別控除(以下「住宅取得等特別控除」という。)を適用して、平成5年分の確定申告書を提出した。
 その後、請求人は、原処分庁所属の職員から、平成4年分について居住用財産の特別控除の適用を受けているので、平成5年分では住宅取得等特別控除の適用はないから、平成5年分について修正申告書を提出するよう指摘を受けたが、居住用財産の特別控除の適用を受けないこととした平成4年分の修正申告書を提出した。
 これに対し、原処分庁は、平成4年分において居住用財産の特別控除を適用した場合には、その申告が適法に行われている以上、その後の修正申告によってその適用を受けない旨の変更をすることはできないとして平成4年分について減額の更正処分をするとともに、併せて平成5年分について、平成4年分において居住用財産の特別控除の適用を受けているから、住宅取得等特別控除の適用は受けられないとして増額の更正処分をした。
(ロ)しかしながら、請求人は、居住用財産の特別控除の適用を受けた場合、翌年、住宅取得等特別控除の適用が受けられないことを知らなかったため、居住用財産の特別控除を適用して平成4年分の確定申告書を提出したものであり、これは錯誤というほかなく、しかも、請求人が行った居住用財産の特別控除の適用を受けないこととしたことによる同年分の修正申告は、国税通則法(以下「通則法」という。)第19条《修正申告》第1項第1号の修正申告の事由「先の納税申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に不足額があるとき」に該当する適法なものであるから、修正申告書を提出することは認められるべきであり、これを否定した更正処分は違法である。
(ハ)そうすると、請求人が平成4年分について居住用財産の特別控除の適用を受けないこととしたことに伴い、平成5年分について住宅取得等特別控除の適用が認められることとなるから、各年分の総所得金額及び納付すべき税額は、平成4年分については修正申告書に記載したとおりであり、また、平成5年分については確定申告書に記載したとおりである。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について
 以上のとおり、平成5年分の更正処分は違法で取り消すべきであるから、これに基づく過少申告加算税の賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

イ 平成4年分の更正処分について
 請求人は、平成4年分の更正処分の取消しを求めているが、当該更正処分は、納税申告書に記載された納付すべき税額を増加させるものではなく、これを減少させるものであるから、請求人の権利利益を侵害するものではない。
 したがって、平成4年分の更正処分に対する審査請求は不適法なものであるから、却下されるべきである。
ロ 平成5年分の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分について
 平成5年分の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は、次の理由により適法であるから、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
(イ)更正処分について
A 錯誤の主張について
 請求人は、居住用財産の特別控除の適用を受けた場合、翌年、住宅取得等特別控除の適用が受けられないことを知らなかったため、居住用財産の特別控除を適用して平成4年分の確定申告書を提出したものであり、これは錯誤というほかない旨主張する。
 しかしながら、そもそも納税申告は、これにより納税義務を具体的に確定させる私人の公法行為であるところ、このような公法行為においては表示されたところに基づいて法律関係を明確にし、法的安定を図ることが要請されるのであるから、私法行為における場合と異なり、民法の錯誤に関する規定がそのまま適用されず、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、租税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されないものである(昭和39年10月22日最高裁第一小法廷判決)から、錯誤の存在が即申告に係る意思表示の撤回ができる場合に当たるとする請求人の主張は租税法解釈の前提において誤っている。
 さらに、錯誤の法理に基づく争訟と通則法の枠内での争訟は全く争訟方法を異にするものであるにもかかわらず、請求人は、そのしゅん別をせず、通則法の枠内での権利救済を求めているのであり、そうであれば、審理は租税実定法の定めるところによらざるを得ないところ、租税実定法に規定のない錯誤の法理を主張すること自体失当というべきである。
B 通則法第19条の規定の解釈について
 請求人は、居住用財産の特別控除の適用を受けないこととしたことによる同年分の修正申告は、通則法第19条第1項第1号の修正申告の事由「先の納税申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に不足額があるとき」に該当する適法なものであるから、修正申告書を提出することは認められるべきである旨主張する。
 しかしながら、次のとおり、税額が増額しさえすれば修正申告はその内容においてまで適法であるというものではない。
(A)通則法第19条第1項が「第24条の規定による更正があるまでは」と規定していることからすると、修正申告は、増額更正をなし得る場合にこれを待たずになし得ることを規定しているのであり、その更正は、同法第24条《更正》の規定によれば、課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったときになし得るのであるから、修正申告は、通則法第24条の規定による更正の理由となり得る理由が存在しなければならない。
 すなわち、納税者からの修正申告の有無にかかわらず、本来、税務署長として納税者のなした確定申告に対して増額更正をすべき理由のある場合に、初めて納税者からされた修正申告がその内容において適法となるものである。
(B)しかるに、本件の修正申告の場合、居住用財産の特別控除の適用は、専ら納税者の自由な選択にゆだねられており、納税者においてこれを選択し、適法に確定申告をした以上、その税額は適法に確定するところ、請求人は、平成4年分について居住用財産の特別控除を適用して適法に確定申告しているのであるから、税務署長は当該確定申告額を更正することはできないものというべきであり、したがって、本件の修正申告は認められる余地のないものである。
(C)よって、およそ税額が増加しさえすれば修正申告をなし得るとする請求人の主張は、独自の見解であり、理由がない。
C 特例適用の選択について
 請求人は、居住用財産の特別控除の適用を受けないこととしたことにともない、平成5年分について住宅取得等特別控除の適用が認められることとなる旨主張する。
 しかしながら、居住用財産の特別控除と住宅取得等特別控除との選択関係については、次のとおりである。
(A)確定申告に際し、居住用財産の特別控除の適用を受ける旨適法に意思表示したことは、私人の公法行為であることに疑いはなく、公法行為においては、私法関係におけるよりも法律関係の一律的確定が強く要請され、その撤回、変更が制限されると解されていることからすれば、少なくとも租税法の分野においては、いったんなした申告意思を撤回、変更できる旨の明文の規定がない限り、原則としてその撤回、変更をなし得ないと解されているところである。
 しかるに本件においても、居住用財産の特別控除の適用を受けた場合において、これを撤回して住宅取得等特別控除の適用を受けることができるとする規定はなく、このような明文の規定がない以上、結局その撤回、変更を許さないものと解さざるを得ないものである。
(B)よって、請求人の場合、平成4年分において居住用財産の特別控除を適法に適用した以上、もはや住宅取得等特別控除を選択する余地がないことは明らかである。
D 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、平成4年分において居住用財産の特別控除を適法に適用した以上、居住用財産の特別控除の適用を取りやめるとする修正申告書を提出することは認められず、したがって、平成5年分において住宅取得等特別控除の適用はないから、平成5年分の更正処分は適法である。
(ロ)過少申告加算税の賦課決定処分について
 以上のとおり、平成5年分の更正処分は適法であり、更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由がある場合に該当しないから、同条第1項の規定に基づいて行った過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、平成4年分の所得税について居住用財産の特別控除を適用して確定申告書を提出した者が、その後にその適用を取りやめる修正申告書を提出することにより平成5年分について住宅取得等特別控除の適用を受けることができるか否かにあるので、以下審理する。

(1)更正処分について

イ 次の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
(イ)請求人は、平成4年中に居住用財産を譲渡し、当該譲渡について居住用財産の特別控除を適用して分離短期譲渡所得の金額を計算し、同特別控除の適用要件を具備した平成4年分の確定申告書を提出していること。
(ロ)請求人は、平成5年中に居住用家屋を新築し、住宅取得等特別控除を適用して平成5年分の確定申告書を提出していること。
(ハ)請求人は、平成6年4月14日に、平成4年分において分離短期譲渡所得の金額について、居住用財産の特別控除の適用をしないとした修正申告書を提出していること。
ロ 請求人は、当審判所に対して、次の内容の答述をしている。
(イ)平成4年分の確定申告書は、自分で作成し提出した。
(ロ)平成6年4月ころ、原処分庁所属の職員から、居住用財産の特別控除の適用を受けている場合には、住宅取得等特別控除の適用は受けられないという指摘を受け、平成5年分について修正申告が必要である旨言われた。
(ハ)居住用財産の特別控除の適用を受けている場合、住宅取得等特別控除の適用はないということは、原処分庁所属の職員から指摘されるまで知らなかった。
ハ 通則法第19条第1項第1号によれば、納税申告書を提出した者は、先の納税申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に不足額がある場合には、更正があるまでは、その申告に係る課税標準等又は税額等を修正する納税申告書(いわゆる修正申告書)を提出することができる旨規定されている。
ニ 措置法第35条第2項の規定によれば、個人が居住用財産を譲渡した場合に、居住用財産の特別控除の適用を受けるか否かは、納税者の選択にゆだねられている。
ホ また、一定の税務処理に当たって、その計算方法が二つ以上あり、そのいずれを採用するかを納税者の選択にゆだねている場合には、税務計算はその選択した方法に従って行うこととなるから、いったん納税者がその選択した計算方法により確定申告書を提出した以上、修正申告書によってその適用を受けない旨の変更をすることはできないと解されている。
ヘ 措置法第41条第6項によれば、住宅取得等特別控除の適用を受ける年分の所得税について、居住用財産の特別控除の適用を受ける場合又はその年分の前年分又は前々年分の所得税についてその適用を受けている場合には、住宅取得等特別控除を適用しない旨規定されている。
ト 以上の事実等に基づいて判断すると、次のとおりである。
(イ)請求人は、居住用財産の特別控除の適用を受けた場合、翌年、住宅取得等特別控除の適用がないことを知らなかったため、居住用財産の特別控除を適用して平成4年分の確定申告書を提出したものであり、これは錯誤というほかなく、しかも、居住用財産の特別控除の適用を受けないこととしたことによる平成4年分の修正申告は、通則法第19条第1項第1号の修正申告の事由「先の納税申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に不足額があるとき」に該当する適法なものであるから、修正申告書を提出することは認められるべきである旨主張する。
 これを本件についてみると、上記イの(イ)のとおり、請求人の居住用財産の特別控除の適用を受ける旨記載した平成4年分の確定申告書は、同特別控除の適用要件を具備した適法なものであるから、請求人がそれを適法に提出している以上、その後において修正申告書によってその適用を受けない旨に変更することはできない。
 さらに、当審判所が調査したところ、平成4年分の確定申告書に、計算誤りや、これに記載した税額に不足額は認められない。
 また、居住用財産の特別控除の適用は、適法に確定申告をした以上、その税額は適法に確定するのであるから、修正申告について規定した通則法第19条第1項第1号の規定に照らしても、修正申告書を提出できる事由には該当しない。
 なお、請求人は、平成4年分の確定申告書の提出に錯誤があり、修正申告した旨主張するが、上記ロの(ハ)のとおり、請求人は当審判所に対し、原処分庁所属の職員から指摘を受けるまで、居住用財産の特別控除の適用を受けていた場合、住宅取得等特別控除の適用がないということを知らなかった旨答述していることから、平成4年分の確定申告に際しては、居住用財産の特別控除の適用を受けるという意思に基づき、確定申告書にその旨記載して申告したと認められ、意思と表示の間に不一致はないというべきであるから、いずれにしても請求人の主張には理由がない。
(ロ)請求人は、居住用財産の特別控除の適用を受けないこととしたことに伴い、平成5年分について住宅取得等特別控除の適用が認められることとなる旨主張する。
 しかしながら、請求人は、平成4年分において居住用財産の特別控除を適法に適用しており、上記(イ)のとおり、修正申告によってその適用を取りやめることは認められないから、措置法第41条第6項の規定により、平成5年分について住宅取得等特別控除の適用はなく、請求人の主張は採用できない。
チ 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、平成5年分について住宅取得等特別控除の適用がないとした更正処分は相当であるが、当審判所が更正処分に係る平成5年分の総所得金額の当否を原処分関係資料により検討したところ、給与所得の金額に誤りが認められたため、これを補正すると平成5年分の総所得金額は、次表のとおり、3,406,000円となり、更正処分に係る総所得金額を下回るから、平成5年分の更正処分はその一部を取り消すのが相当である。

(単位 円)
項目\区分更正処分額補正額
総所得金額3,451,0003,406,000
内訳
 事業所得の金額301,000301,000
(給与の収入金額)4,500,0004,500,000
 給与所得の金額3,150,0003,105,000

リ 請求人は、平成4年分の更正処分についても、取消しを求める審査請求をしているが、本件処分は、別表の「更正処分等」欄のとおり、当該年分の修正申告に係る納付すべき税額を減額させるものであり、請求人の権利又は利益を侵害するものとはいえないから、当該更正処分の取消しを求める審査請求は不適法である。

(2)過少申告加算税の賦課決定処分について

 請求人には、更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、原処分庁が同条第1項の規定に基づいて行った過少申告加算税の賦課決定処分は相当であるが、上記(1)のチのとおり基礎税額の異動に伴い、その一部を取り消すのが相当である。

(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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