ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.51 >> (平8.1.17裁決、裁決事例集No.51 139頁)

(平8.1.17裁決、裁決事例集No.51 139頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、会社役員であるが、平成元年分所得税の確定申告書(分離課税用)に、次表の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告した。

(単位 円)
<区分>確定申告修正申告等
<項目>
総所得金額4,700,6067,107,406
内訳
 事業所得の金額△25,550,070△25,278,270
 不動産所得の金額7,679,7089,814,708
 給与所得の金額20,065,00020,065,000
 雑所得の金額1,974,2731,974,273
 譲渡所得の金額531,695531,695
分離長期譲渡所得の金額2,235,698,7532,241,768,667
納付すべき税額551,558,600553,599,700
過少申告加算税の額204,000

(注)事業所得の金額の△印は、損失の金額を示す。
 次いで、請求人は、原処分庁所属の職員の調査を受け、平成元年分所得税について、上表の「修正申告等」欄のとおりとする修正申告書を平成2年7月12日に提出したところ、原処分庁は同月31日付で上表の「修正申告等」欄のとおりの過少申告加算税の賦課決定処分をした。
 その後、請求人は、分離長期譲渡所得に係る譲渡に要した費用が新たに生じたとして、平成6年6月7日に分離長期譲渡所得の金額を2,115,253,071円及び納付すべき税額を521,971,000円とすべき旨の国税通則法第23条《更正の請求》第2項第1号の規定による更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 原処分庁は、これに対し、平成6年10月28日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
 請求人は、この処分を不服として、平成6年12月9日に分離長期譲渡所得の金額を2,198,405,341円とし、納付すべき税額542,759,000円を超える部分の取消しを求める異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成7年2月28日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成7年3月28日に審査請求をした。

トップに戻る

2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、納付すべき税額542,759,000円を超える部分の取消しを求める。
イ 請求人は、平成元年9月12日に株式会社E(以下「E社」という。)との間で締結した土地売買契約(以下「本件売買契約」という。)により、P市R町6丁目51番1所在の山林ほか2筆合計2,122平方メートル(以下「本件土地」という。)を売却し、所有権移転登記を了したところ、同年12月14日に請求人の亡兄F(以下「F」という。)の妻子であるG、H、J、K及びL(以下「Gら」という。)から本件土地の所有権移転登記抹消登記等請求の訴訟(M地方裁判所平成元年(a)第b号、同年(a)第c号、同年(a)第d号をいい、以下「本件訴訟」という。)を提起された。
 請求人は、本件売買契約において本件土地の完全な所有権を移転することを義務付けられており、本件訴訟を放置することはE社に対する債務不履行になるためやむを得ず訴訟に応じざるを得なかった。
 したがって、本件訴訟に係る弁護士費用90,870,340円は、本件土地の売買契約上の義務の履行において不可欠なものであり、この弁護士費用のうち本件土地に係る部分の43,363,326円(以下「本件弁護士費用」という。)は、譲渡所得の金額の計算上譲渡費用に該当する。
ロ 原処分庁は、本件訴訟は所有権の争いであり、本件弁護士費用は不動産の維持管理に要した費用であるから譲渡に要する費用として認められないとしているが、本件訴訟は、所有権の帰属の紛争の形を取りながら、実際は請求人が本件土地をE社に売却したことを直接的な動機として提起されたものであり、訴訟を提起されたこと自体が瑕疵のない完全な所有権を引き渡す契約に反することとなるから、このことがE社に対する債務不履行となることは明らかである。
 さらに、本件訴訟を原因として、E社から本件土地の売買契約に係る売買代金の減額の調停(N簡易裁判所平成六年(e)第f号。後にT簡易裁判所平成六年(e)第g号に変更、以下「本件調停」という。)が申し立てられたが、この事実は、売却済の不動産に関するものであるから、到底維持管理に要するものとは考えられず、E社の本件調停の申立てが請求人に対する担保責任追求の一形態であることは明らかである。
 したがって、本件訴訟に要した本件弁護士費用は、この事情からしても譲渡費用であるから本件更正の請求は認められるべきである。

トップに戻る

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 異議申立てに係る調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)請求人が平成2年3月12日に提出した平成元年分所得税の確定申告書及び同付属書類並びに平成2年7月12日に提出した平成元年分所得税の修正申告書には、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の金額等について次表のとおり記載されていること。

(単位 円)
項目確定申告修正申告
譲渡収入金額2,400,000,0002,400,000,000
取得費の額120,000,000120,000,000
譲渡に要した費用の額43,301,24737,231,333
特別控除額1,000,0001,000,000
譲渡所得の金額2,235,698,7532,241,768,667

(ロ)本件売買契約に係る契約書によれば、請求人は、本件土地を総額2,400,000円でE社に売却していること。
(ハ)本件土地の登記簿謄本によれば、本件土地は、平成元年9月12日に同日の売買を原因として請求人からE社に所有権移転登記がなされていること。
(ニ)平成4年6月29日に言い渡された本件訴訟に関する判決(以下「本件判決」という。)によれば、本件訴訟の概要は、次のとおりであること。
A 本件訴訟の原告はGらであり、被告は請求人とその兄弟であるW、X及びY(以下「請求人ら」という。)並びにE社であること。
B 本請訴訟は、Gらが請求人ら及びE社に対し、本件土地を含むP市R町6丁目62番2所在の山林ほか15筆合計13,178平方メートルの不動産(以下「本件不動産」という。)について、Fから請求人らに対する昭和21年10月の贈与(以下「本件贈与」という。)が、虚偽表示又は錯誤により無効であることを理由に、当該登記等の抹消手続を求めるものであること。
(ホ)本件訴訟は、その判決において、本件贈与の事実が存在すると認定され、当該判決は、上告棄却の判決(最高裁判所平成六年(h)第j号、平成○年○月○日言い渡し)により確定していること。
(ヘ)本件更正の請求によれば、請求人は、本件訴訟に係る弁護士報酬として、A弁護士及びB弁護士の両名に対し総額90,870,340円を支払っていること。
ロ 上記(2)のイの事実を総合勘案すると、本件訴訟は、上記イの(ニ)のBのとおり、本件土地のみだけでなく、Fから贈与された本件不動産の所有権の帰属について関係当事者間で争われたものであり、弁護士費用は、本件不動産の所有権の帰属に関する紛争を解決するために支出されたものであるところから、本件不動産の維持管理に要した費用と認めるのが相当である。
ハ また、すでに売却済で譲渡が実現された後に支出された費用は、譲渡を実現するための費用に該当しないことは明らかであり、請求人の主張は採用できない。
ニ したがって、本件弁護士費用は、本件譲渡を実現するために直接、かつ、通常必要な費用とは認められず、譲渡費用に加算することはできないので、請求人の主張には理由がなく、また、本件更正の請求は、国税通則法第23条に規定する更正ができる場合のいずれにも該当しないから、本件通知処分は適法である。

トップに戻る

3 判断

 本件審査請求の争点は、本件弁護士費用が譲渡所得の計算上、譲渡費用に該当するとしてなされた本件更正の請求が認められるかどうかであるので、以下審理する。

(1)本件通知処分について

イ 次のことについては、請求人及び原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
(イ)請求人は、平成元年9月12日、E社に本件土地を2,400,000,000円で売却し、同日請求人からE社に本件土地の所有権移転登記をしたこと。
(ロ)請求人ら及びE社は、平成元年12月14日にGらから本件訴訟を提起されたこと。
(ハ)本件訴訟は、Gらが請求人ら及びE社に対し、本件土地を含む本件不動産について、Fから請求人らに対する本件贈与が、虚偽表示又は錯誤により無効であることを理由に、所有権移転登記等の抹消手続を求めるものであること。
(ニ)本件訴訟を審理したM地方裁判所は、本件判決において本件贈与の事実が存在すると認定判断し、その後当該判決については、平成△年△月△日にC高等裁判所で控訴棄却の判決が言い渡され、更に、平成○年○月○日に最高裁判所で上告棄却の判決により本件訴訟が確定したこと。
(ホ)請求人は、本件訴訟に係る弁護士費用として、A弁護士及びB弁護士の両名に対し総額90,870,340円を支払っていること。
(ヘ)請求人は、本件弁護士費用が本件土地の譲渡に要した費用として認識できるので、国税通則法第23条第2項の規定により、後発的事由に基づく理由があるとして本件更正の請求をしたこと。
ロ 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)Fは、□□家第13代目の当主であり、また本件訴訟における原告のGらと被告の請求人らとの親族関係は、次のとおりであること。

(ロ)Gらは、昭和62年1月に死亡したFの相続税の申告において、本件土地を相続財産として申告していないこと。
(ハ)本件弁護士費用は、43,363,326円であり、本件訴訟の処理を依頼した弁護士との契約書や同人からの請求書によれば、この金額は、すべて本件訴訟に係るものであること。
(ニ)本件土地の売買代金に係るE社からの減額請求である本件調停については、現在のところ未確定であること。
ハ ところで、所得税法第33条《譲渡所得》第3項の規定によれば、譲渡所得の金額の計算上、控除される譲渡費用は「その資産の譲渡に要した費用の額」とされており、この譲渡費用とは、その資産の譲渡を実現するために直接必要な支出を意味し、一般には、譲渡の際の仲介手数料、運搬費、登記に関する費用、立退料、取壊し料、譲渡契約の効力に関する紛争において当該契約が成立することとされた場合の費用等及びその他当該資産の譲渡価額を増加させるためにその譲渡に際して支出した費用に限られ、修繕費、固定資産税その他資産の維持又は管理に要した費用は、これに含まれないと解される。
ニ また、国税通則法第23条第2項の規定により更正の請求ができる場合とは、その第1号、第2号及び第3号で引用する同法施行令第6条《更正の請求》第1項に規定するとおり、(a)申告等に係る課税標準等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決等により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき、(b)申告等に係る課税標準等の計算に当たってその申告等をした者に帰属するものとされていた所得その他課税物件が、他の者に帰属するものとして当該他のものに係る国税の更正等があったとき及び(c)国税の法定申告期限後に生じた前2号に類するやむを得ない理由があるものとして、(い)その申告等に係る課税標準等の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた行為の効力に係る官公署の許可その他の処分が取り消されたこと、(ろ)その申告等に係る課税標準等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと、(は)帳簿書類の押収等により、帳簿書類に基づいて国税の課税標準等を計算することができなかった場合において、その後、当該事情が消滅したこと及び(に)租税条約等により、その申告等に係る課税標準等に関し、その内容と異なる内容の合意が行われたことなどにより、申告等に係る税額が過大になったときと定められている。
ホ 請求人は、(a)本件訴訟は所有権の紛争の形を取りながら、請求人が本件土地をE社に売却したことを直接的な動機として提起されたものであり、本件売買契約上の義務の履行に不可欠なものであるので応訴したものである旨、(b)本件訴訟を提起されたことが、E社に対し債務不履行となることから、本件弁護士費用は、譲渡費用に当たる旨、(c)本件訴訟を契機として、本件土地の売買代金の減額に係る本件調停がE社から申し立てられたが、これは売却済の不動産に関するものであり、原処分庁が主張する不動産の維持管理に要した費用に該当するものではない旨主張するので、以下検討する。
(イ)譲渡所得の金額の計算上、譲渡に要した費用となるのは、上記ハのとおり、資産の譲渡に際し直接かつ通常必要な費用、又は、その費用を支払うことによりその資産の譲渡価額を増加させるための費用であるところ、本件訴訟に関する本件弁護士費用は、次の(ロ)で述べるとおり、本件不動産の所有権を維持するために支出した費用であって、本件土地の譲渡を実現させるために必要な費用等には該当しないから、結果として本件土地の売買と本件土地の所有権の帰属の問題とが同時期に発生したとしても、これらは、内容の異なる別の問題としてその経費性を判断するのが相当である。
(ロ)本件訴訟については、請求人がE社に本件土地を売却したことを契機として提起されたものであると推認できるものの、本件訴訟における争点は、本件売買契約の効力に関することではなく、Fが昭和21年に本件不動産を請求人らに贈与したことについて、この贈与が虚偽表示又は錯誤により無効であるとしてGらが訴えたものであるから、まさしく所有権の帰属に関する争いそのものであると認められる。
 しかも、本件土地は、昭和21年に本件不動産を請求人らがFから贈与されて以来、E社に譲渡するまでの間、請求人らの名義でその所有権の登記がされていたこと及びGらは、本件不動産をFからの相続財産として申告していないことからみても、本件不動産は請求人らに所有権が帰属することが明らかであるが、本件判決の内容を見ると、本件訴訟が提起される以前から、本件不動産の所有権の帰属について、Gらと請求人らとの間で争いがあったことが認められる。
 そうすると、本件訴訟は、昭和21年に本件土地を含めてFから請求人らに対してなされた本件不動産の贈与の有効、無効の判断、すなわち、本件不動産に係る所有権の帰属が争われたものであるから、請求人が支払った弁護士費用は、本件不動産を自己の所有物として維持するための紛争解決の費用であって、そのうちの本件弁護士費用は、当然に本件土地の維持管理に要した費用となり、本件土地の譲渡のために直接要した費用とは認められない。
(ハ)さらに、国税通則法第23条第2項の規定により更正の請求ができる場合とは、上記ニに記載した事実がある場合に限られるところ、本件弁護士費用の支払は、本件判決が申告等に係る課税標準等の計算の基礎となった事実である本件土地の譲渡に関する訴えについての判決等ではないから、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したことにより支払われたものに当たらず、かつ、その他の記載した事実のいずれにも該当しないことが認められる。
(ニ)そうすると、本件弁護士費用が本件土地に係る譲渡費用に該当し、本件更正の請求は認められるべきであるとする請求人の主張は採用することができない。
 なお、本件土地の売買代金に係るE社からの減額請求については、まだ確定していないのであるから、そのことを理由として本件更正の請求を認めることもできない。
ヘ 以上のとおり、本件更正の請求における請求人の主張には理由がないから、本件更正の請求に対し、更正をすべき理由がないとした本件通知処分は適法である。

(2)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る