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(平8.3.29裁決、裁決事例集No.51 176頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人Aほか3名(以下「請求人ら」といい、請求人を各別に「A」、「B」、「C」及び「D」という。)は、平成4年分の所得税について、確定申告書(分離課税用)に別表の「確定申告」欄のとおり記載し、平成5年3月18日に申告した。
 原処分庁は、これに対し、平成5年4月30日付で別表の「賦課決定処分1」欄のとおり、無申告加算税の賦課決定処分をした。
 次いで、請求人らは、原処分庁所属の職員の調査を受け、平成4年分の所得税について別表の「修正申告」欄のとおりとする修正申告書を平成5年11月4日に提出した。
 原処分庁は、これに対し、平成5年12月6日付で別表の「賦課決定処分2」欄のとおりの無申告加算税の賦課決定処分をした。
 さらに、原処分庁は、平成6年6月24日付で別表の「更正処分等」欄のとおりの更正処分及び無申告加算税の賦課決定処分をした。
 その後、請求人らは、平成6年9月12日に譲渡所得金額及び納付すべき税額等を別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 原処分庁は、これに対し、平成6年12月12日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
 請求人らは、本件通知処分を不服として、平成7年2月10日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成7年4月28日付で棄却の異議決定をし、その決定書謄本を請求人らに対し平成7年5月9日に送達した。
 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成7年6月7日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、Aを総代として選任し、その旨を平成7年10月31日に届け出た。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、本件通知処分の全部の取消しを求める。
イ 請求人らは、それぞれ相続により取得した共有物件であるP市R町3丁目78番1所在の土地696.58平方メートル(以下「本件土地」という。)について、共有者の一人であるE(以下「E」という。)を代理人として、平成4年7月にF生命保険相互会社(以下「F生命」という。)に売買代金2,075,000,000円(以下「本件売買代金」という。)で譲渡(以下「本件譲渡」という。)する不動産売買契約(以下「本件売買契約」といい、本件売買契約について作成された契約書を「本件売買契約書」という。)を締結し、Eは、本件売買代金の全額を受領してF生命あて領収書を発行しているが、請求人らは本件売買代金を一切受領していない。
ロ Eは、請求人らの再三の請求にもかかわらず、本件売買代金から仲介手数料等の共通費用を控除した残額を請求人らに返還しないことから、請求人らは、G地方裁判所に対しEを被告として未返還金の支払いを求める訴訟を提起したところ、同人は、平成6年3月16日の第2回口頭弁論において請求人らの請求をすべて認めたため、同日に同地方裁判所民事第××部において、執行文が付与された請求の認諾調書が作成され、請求人らは、これに基づきEに対して強制執行をした。
 しかし、この強制執行では財産の保全がほとんどできず、Eは、平成6年7月25日にH地方裁判所において、破産宣告を受けた。
ハ したがって、請求人らは、本件売買代金から1円の回収もしておらず、これが回収不能となったから、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第1項に規定する特例(以下「本件特例」という。)に基づき、請求人らの譲渡所得の金額の計算上、その収入金額がなかったものとみなすべきである。
ニ ところで、本件特例は、各種所得の金額のうち、その収入金額の回収不能が生じた場合に、回収不能に係る部分の所得はなかったものとみなす旨規定し、さらに、所得税法第64条第2項において、保証債務の履行に伴う求償権の行使不能の場合にも同様に回収不能に係る部分の所得はなかったものとみなす旨規定しており、その考え方の根底には、実質課税の原則や、公平の原則があるものと思料される。
ホ また、本件特例には「譲渡等」という文言が使われており、本件の場合のように、委任契約上、受任者の受任義務不履行によって、譲渡代金が回収不能となった場合も本件特例が適用されるべきであり、そうでなければ売買の収入を遂げない請求人らが課税されることになり、これは正義公平の観点からも許されない。
 また、他の売主が委任契約をした関係から、本件売買代金を法律上は収受しているという理由で本件特例の適用が認められないというのは、財貨の移転がなかったという事実を根底から無視するものであり、公平の観念上許されない。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件特例について
(イ)本件特例は、その年分の各種所得の金額の計算の基礎となる収入金額若しくは総収入金額の全額又は一部を回収することができないこととなった場合には、政令で定めるところにより、その回収することができないこととなった金額を、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす旨規定している。
 なお、本件特例の趣旨は、譲渡代金の全部又は一部が、買主の倒産等売主の予期し得ない事情で回収不能となったときは、回収不能となった金額を控除した価額で譲渡したのと同様であることから、譲渡所得の金額も減額されるべきであるというものと解される。
(ロ)また、所得税法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》には、確定申告書を提出した者は、当該申告書の金額につき本件特例に規定する事実が生じたことにより、国税通則法第23条《更正の請求》第1項各号の事由が生じたときは、当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り、税務署長に対して更正の請求をすることができる旨規定している。
ロ 原処分庁が調査したところによれば、次の事実が認められる。
(イ)請求人ら及びEは、平成4年7月に本件土地をF生命に2,075,000,000円で譲渡する旨の本件売買契約を締結したこと。
 また、本件売買契約書の売主の欄には、請求人ら及びEの署名及び押印がされていること。
(ロ)平成4年7月7日付のF生命あての領収書には、同日に締結した本件売買契約書第1条に基づく売買代金として2,075,000,000円を受領した旨記載されており、請求人ら及びEの署名及び押印がされていること。
(ハ)平成4年7月5日付の委任状には、本件売買代金の受領をEに委任する旨記載されており、A、C及びDの署名及び押印がされていること。
(ニ)平成6年9月12日に請求人らは、原処分庁に対し本件更正の請求を行っていること。
ハ 以上の事実を総合勘案すると、次のとおり判断される。
(イ)本件特例は、譲渡代金の全部又は一部が、買主の倒産等売主の予期し得ない事情で回収不能となった場合に、その回収することができないこととなった金額を、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす規定であるところ、上記ロの(イ)ないし(ハ)の事実のとおり、請求人らは、F生命から本件売買代金を全額受領しており、回収不能となっている金額はないことから、本件特例を適用することはできない。
(ロ)上記(イ)に記載したとおり、本件特例に規定されている事実は生じておらず、請求人らは所得税法第152条の適用要件を充足していない。
 したがって、本件更正の請求は不適法なものであり、原処分庁が本件更正の請求に対して本件通知処分を行ったことは適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件譲渡について本件特例を適用することができるか否かであるので、以下審理する。
(1)次のことについては、請求人ら及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人ら及びEは、平成4年7月7日に本件土地をF生命に2,075,000,000円で譲渡する旨の本件売買契約を締結しており、本件売買契約書の売主の欄には、請求人ら及びEの署名及び押印がされていること。
ロ 上記イの契約に先立ち、Bを除く請求人らは、平成4年7月5日に下記事項をEに委任する旨の委任状を作成していること。
(イ)売買契約締結に基づく売買代金の受領
(ロ)売買物件の引渡し
(ハ)登記申請その他付随する手続き一切の代行
ハ Eは、Bの立会いのもと、次表のとおり、平成4年7月7日にF生命から本件土地の売買代金として、J銀行K支店が振り出した預金小切手7枚を受領していること。

(単位 円)
振出日記号番号金額
平成4年7月7日○○○215,279,563
平成4年7月7日○○×312,510,136
平成4年7月7日○○△62,100,000
平成4年7月7日○○□1,863,000
平成4年7月7日○×○300,000,000
平成4年7月7日○△○827,572,227
平成4年7月7日○□○355,675,074
合計2,075,000,000

ニ 請求人らは、Eに対して、請求人ら及びEに共通する次の金額を本件売買代金から支払うことを了承しており、本件売買代金の一部が実際にそれぞれの支出に充てられていること。
(イ)相続税の納税資金としてL銀行M支店から借り入れた金員の返済金 191,499,400円
(ロ)請求人ら及びEの共有物件であるP市S町2丁目213番地所在の建物(以下「買換資産」という。)の建築資金 522,879,563円
(ハ)買換資産の設計監理料 62,830,000円
(ニ)買換資産用地の測量及び分筆費 399,800円
(ホ)買換資産の登記料等 10,679,180円
(ヘ)買換資産の建築に伴い、近隣住民に支払った迷惑料 3,840,000円
(ト)自動車購入費 16,494,256円
(チ)上記(ト)の自動車保険料 652,550円
(リ)亡Nの葬儀費用及び同人の生活費 38,905,110円
(ヌ)本件譲渡に係る仲介手数料 63,963,000円
ホ 請求人らは、平成5年11月16日、G地方裁判所に対しEを被告として、請求の趣旨を「Aに420,000,000円、Bに60,000,000円、Cに60,000,000円、Dに60,000,000円の合計600,000,000円及びこれに対する平成5年11月16日から各支払日に至るまで、年5パーセントの割合による金員を支払え」とする未返還金の支払いを求める訴訟(事件番号平成5年(○)第△△号)を提起していること。
ヘ Eは、平成6年3月16日の第2回口頭弁論において請求人らの請求をすべて認めたことから、同日G地方裁判所民事第××部において、執行文が付与された認諾調書が作成されていること。
ト 請求人らは、平成6年5月20日に上記認諾調書に基づきEに対して強制執行を実施し、動産等を差し押さえ、評価額合計46,000円を保全していること。
チ Eは、平成6年7月25日午前10時にH地方裁判所第×民事部において破産宣告(事件番号平成6年(○)第△○号)を受けていること。
(2)Bは、平成5年10月27日原処分庁所属の職員に対し、要旨次のとおり申述している。
イ 平成4年7月7日同人立会いのもと、EがF生命の本社会議室において本件売買契約の締結を行い、本件売買代金の全額を受領したこと。
ロ Eが共有者全員の税金を支払い、その計算内容を明らかにした上で残額を各人に戻すと約束したので同人に任せたこと。
(3)当審判所が原処分関係資料を調査したところ、次の事実が認められる。
 平成4年7月7日に締結した本件売買契約書第1条に基づく売買代金として2,075,000,000円を受領した旨のF生命あて領収書には、請求人ら及びEの署名及び押印があること。
(4)以上の事実を総合すると、(a)請求人らは、本件譲渡について売買契約の締結に基づく売買代金の受領等の一切をEに委任していたこと、(b)本件売買代金は、平成4年7月7日に請求人らの代理人であるEが、買主であるF生命から預金小切手で全額受領していること及び(c)本件売買代金の一部は、請求人ら及びEの共有物件の購入費用その他各人に共通する支出に充てられていることが認められる。
(5)ところで、請求人らは、本件売買代金を実質的に1円も受け取らないまま回収不能となったから、本件特例に基づき、譲渡所得がなかったものとみなすべきである旨主張するので、以下検討する。
イ 本件特例の「収入金額若しくは総収入金額の全部若しくは一部を回収することができないこととなった場合」とは、資産の譲渡が行われた場合、売主と買主との関係において、売主が当該譲渡代金の全部又は一部を買主から回収できなくなった場合をいうものと解される。
 また、民法第646条により、受任者は事務の処理に当たって受け取った金銭その他の物および収取した果実を引き渡す義務を負担しており、さらに、受任者が委任者の代理人として受領した金銭の所有権は、当然に委任者に帰属すると解される。
ロ 上記(4)の事実を上記イに照らして判断すると、上記(1)のロ及び(2)のとおり、Eは、請求人らから本件売買代金の受領を委任され、平成4年7月7日に受領権限のあるEが請求人らの代理人として、Bの立会いのもと買主であるF生命から本件売買代金の全額を受領していること、また、上記(1)のニのとおり、本件売買代金の一部は、請求人ら及びEの各人に共通する買換資産の取得費用や相続税の納税資金に充てられていることからみても、請求人らは、代理人であるEを通じて、すでに本件売買代金を買主から受領していると解すべきである。
ハ したがって、代理人であるEが本件売買代金の一部を請求人らに引渡ししないまま破産宣告を受け無財産となったため、請求人らが、Eから当該残額を回収できなくなったとしても、それは、受領した本件売買代金の使途にかかわることであり、本件特例における譲渡代金の回収不能とは別異の事実であると解するのが相当と認められるから、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。
(6)また、請求人らは、所得税法第64条第2項の規定の趣旨、実質課税の原則及び公平の観念に照らし、本件の場合のように、委任契約上、受任者の受任義務不履行によって、譲渡代金が回収不能となったような場合にも、本件特例が適用されるべきである旨主張するが、これらの規定又は原則等は、課税上の収益そのものの帰属の判断に関するものであるところ、請求人らの主張する譲渡代金の回収不能は、上記(5)のとおり、本件売買代金を買主から適法に受領した後に代理人の義務不履行により生じたことで、本件譲渡に係る収益である本件売買代金そのものの回収不能ではないから、代理人についての課税関係を別途判断する場合ならともかく、これを請求人らに係る課税上の収益そのものの帰属に関するものとみなして、請求人らの主張する規定又は原則等を適用して判断することはできない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。
(7)以上のことから、請求人らには本件特例の適用はなく、請求人らの平成4年分の譲渡所得の金額は、平成6年6月24日に原処分庁が更正処分等をした金額と同額と認められるから、本件通知処分は適法である。
(8)その他
 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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