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(平12.1.25裁決、裁決事例集No.59 67頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、眼科医業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)の妻D(以下「D」という。)が所得税の確定申告を行っているコンタクトレンズ及びコンタクトレンズ洗浄剤等付属品(以下、これらを併せて「コンタクトレンズ等」という。)の販売に係る事業(以下「本件事業」という。)の収益(以下「本件収益」という。)が請求人に帰属するか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 請求人は、平成8年分、平成9年分及び平成10年分(以下、これらを併せて「各年分」という。)の所得税について、青色の確定申告書に総所得金額及び納付すべき税額を別表の「確定申告」欄のとおり記載して、それぞれ法定申告期限までに原処分庁に提出した。
 原処分庁は、これらに対し、平成11年7月2日付で、別表の「更正処分等」欄のとおり各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。請求人は、これらの処分を不服として、同年8月31日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、昭和51年6月にE眼科医院を開設し、コンタクトレンズ等の販売及び装着指導もしていたが、昭和62年7月14日にDがJ税務署長に提出した「所得税の青色申告承認申請書兼青色専従者給与に関する届出書」には、屋号をEコンタクト、職業をコンタクトレンズ販売、事業所をE眼科医院と同所在地、開業年月日を同月1日として、昭和62年分以後の所得税の申告については、D名義で申告する旨記載されている。また、本件収益については、同年分からDが所得税の確定申告書を提出している。
ロ 請求人が提出した平成8年3月12日付の「青色専従者給与に関する届出書」には、平成8年1月以後の青色専従者給与の支給に関して、Dを請求人の医業事務一般に関する専従者と定めた旨記載されている。
ハ 請求人、D及び請求人の従業員のうち、医師免許を取得しているのは、請求人一人であり、検眼並びにコンタクトレンズの選定及び装着は請求人が行っている。
ニ 請求人は、コンタクトレンズの装着を希望する患者のカルテに、診察内容のほか、コンタクトレンズの装着日や種類を記載し、これに基づき処方せんを作成した上で、コンタクトレンズの仕入注文を行っている。
ホ 本件事業に係るコンタクトレンズ等は、請求人が診察する患者のみに販売され、それ以外の者には販売されていない。

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2 主張

(1)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 所得税法第12条《実質所得者課税の原則》に規定する「収益を享受する者」とは、同一世帯における実質経営者がだれであるかが問題となっている場合には、その事業の経営方針について、支配的影響力を持っている者がだれであるかにより判断すべきであるが、請求人は、以下のとおり、本件事業に関する経営について支配的影響力を有しており、Dは単なる名義人であるから、本件収益は請求人に帰属する。
(イ)請求人は、コンタクトレンズの装着を希望する患者に対し、自ら検眼を行った上でコンタクトレンズの選定及び装着を行っており、この際、カルテに、診療内容のほかコンタクトレンズの装着日や種類を記載している。
(ロ)コンタクトレンズ等の発注は、請求人の判断で行っている。
(ハ)Dは、請求人の青色事業専従者として、請求人の従業員に対する給与計算や仕入代金の支払に関する事務に従事するにとどまり、本件事業に関する経営を支配している状況は認められない。
(ニ)原処分の調査を通じて、請求人は、本件事業については請求人自身が行っているが、コンタクトレンズ等の仕入先から、本件事業については薬事法の規定に抵触しないように指導を受けたことから、D名義で所得税の確定申告をした旨申述している。
ロ 請求人が医療法及び薬事法の規定により本件事業を行うことができないということは、実質所得者の認定に何ら影響を与えるものではない。

(2)請求人の主張

 原処分は、次のとおり違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 眼科医は、医療法第7条並びに薬事法第26条《一般販売業の許可》、同法第39条《医療用具の販売業及び賃貸業》及び同法第39条の2《医療用具の販売業者及び賃貸業者の遵守事項》の規定により、コンタクトレンズの発注から納品に至る売買に関する業務を行うことができないため、DがEコンタクト名でこれを行っているのであるから、本件収益は、Dに帰属する。
ロ 請求人は、上記イの医療法及び薬事法の規定により本件事業を行うことができないため、同法の要請によりやむを得ず眼科医業と本件事業を分離し、本件事業の経営者及び所得税の申告者名義をDとしたのであり、自己の意思に基づき租税回避をしようとしたものではないから、租税回避の防止を目的として制定された所得税法第12条の適用はない。

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3 判断

(1)更正処分について

 本件収益が請求人に帰属するか否かについて争いがあるので、以下審理する。
イ 原処分関係資料、請求人提出資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)昭和62年7月29日付で提出されたD名義のJ保健所(K県知事あて)に対する「医療用具販売業届書」では、本件事業に係る営業所は、請求人の事業所2階の全室となっているが、同室は、通常、請求人の私用または請求人の従業員の休憩用として使用されている。コンタクトレンズ等の実際の販売は、E眼科医院の診察室の一画で行われているが、診察室と明確に区分できる間仕切り等は施されていない。
(ロ)本件事業のみに従事する従業員はおらず、同事業に係る事務は、Dを含めた請求人の従業員が従事している。また、コンタクトレンズ等の仕入先の担当者が、週の特定日に来院した際、請求人が処方せんをその担当者に渡してコンタクトレンズを発注しており、受注・納品日に常にDが出勤しているわけではない。
(ハ)患者に対するコンタクトレンズ等の販売代金の請求及び領収は、診察代金と併せてE眼科医院の窓口で一括して行われている。
(ニ)本件事業に係る売上げ、仕入れの経理処理及び預金口座は、E眼科医院分と区分されているが、必要経費は、減価償却費(診療所建物の取得価額及び改装費に係る減価償却費のうち本件事業に対応する部分)、福利厚生費(コンタクトレンズ等の仕入先に対する接待費)、支払手数料(税理士報酬)及び給与賃金(平成10年分については「出向者給与負担金」をいう。)のみ計上されており、本件事業のために支払われるべき水道光熱費、通信費、固定資産税等は同医院の必要経費として一括計上されている。
 なお、本件事業の必要経費として計上されている減価償却費の額は、E眼科医院の建物の総床面積のうち本件事業に係る部分が占める割合を概ね20パーセントとして計算している。また、給与賃金の額は、本件事業における請求人の従業員の従事時間等を勘案し概算で計算している。
(ホ)請求人の代理人は、当審判所に対し、コンタクトレンズ等の販売、仕入れ及び在庫管理は、現実的には、請求人が医師として総括的な責任を負っているが、コンタクトレンズ等の販売業務については、法的規制があるため名義はDとしている旨答述している。
ロ ところで、所得税法第12条は、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、実際には収益を享受せず、その名義人以外の者が収益を実際に享受するときには、その収益はその者に帰属するものとして実質所得者に対して課税する旨規定している。
 そして、所得税法第12条の「収益を享受する者」とは、その収益を受けるべき正当な権利者がだれであるかを判断すべきであり、本件のような同一世帯内におけるそれぞれの事業の事業主の判定については、その経営が明確に分離されているかどうか、事業の経営方針の決定等について支配的影響力をだれが有しているか等を総合して判断するのが相当である。
ハ そこで、本件収益の帰属者について判断すると、次のとおりである。
(イ)前記基礎事実及び認定事実によれば、請求人の営むE眼科医院の診療所とコンタクトレンズ等の販売場所とは、場所的一体性が認められるうえ、必要経費についても、同医院の必要経費として計上されているもの、あるいは概算で計算されているもの等があり、同医院と本件事業との経営が明確に分離されているとはいえない。
 また、本件事業の形式的な名義人はDであるが、Dは請求人の青色事業専従者として、専ら同医院の事務に従事しており、それに対する相当の報酬も得ているのであるから、本件事業の実質的な事業主体であるとは認定できず、請求人の代理人の答述からみても、コンタクトレンズ等の仕入れや販売等の実質的な総括責任者は、請求人であることが認められるから、本件事業の経営方針の決定等について支配的影響力を有しているのは、請求人であると認められる。
(ロ)そうすると、本件事業は、E眼科医院からその経営が明確に分離されているとは認められず、また、請求人がその経営方針の決定等について支配的影響力を有していることが認められるから、本件事業の事業主は請求人であり、本件収益は請求人に帰属すると解するのが相当である。
(ハ)請求人は、眼科医がコンタクトレンズ等の売買に関する業務を行うことは医療法及び薬事法により規制されていることから、眼科医業と本件事業を分離し、本件事業の経営者及び申告者の名義をDとしたものであり、同法を遵守した結果であるから実質所得者課税の原則の適用はなく、本件収益はDに帰属する旨主張する。
 しかしながら、所得税法第12条に規定する実質所得者課税の原則は、租税回避行為への対処を目的としてのみ設けられたものではなく、課税の公平、適正を期するため、その基礎となる所得の帰属について表見的な他の法律上の形式又は効果にかかわらず、実質的な経済効果に着目し、その効果を現実に享受する者を税法上の所得の帰属者として課税しようとするものであり、このことからすれば、他の法律上無効又は取り消し得べき行為であっても、その行為に伴って経済効果が発生している場合には、その効果を現実に享受する者について課税することは何ら妨げられないと解すべきであるから、本件事業について医療法及び薬事法の規制があるからといって、本件収益が請求人に帰属するとの判断に何ら影響を及ぼすものではない。
ニ 以上の結果、原処分庁がD名義で申告された本件事業に係る所得金額を請求人の事業所得の金額に加算したことは相当であり、また、その計算にも誤りはないから、更正処分は適法である。

(2)過少申告加算税の賦課決定処分について

 以上のとおり、更正処分は適法であり、また、更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定により過少申告加算税の賦課決定をした原処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所の調査の結果によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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