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(平12.6.23裁決、裁決事例集No.59 262頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、すべての財産を審査請求人(以下「請求人」という。)に遺贈する旨記載された遺言書が存するものの、他の相続人から遺言の無効及び相続欠格の主張並びに遺留分減殺請求がされている場合において、原処分が、被相続人のすべての財産を請求人が取得したものとしてその課税価格を計算してなされたことの適否が争われた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 別表1のとおり。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 平成8年12月11日に死亡したE(以下「被相続人」という。)の相続人は、被相続人の長男F、二男請求人、三男G、長女H及び二女I(以下、F、G及びIの3名を併せて「Fら」という。)の計5名である。
ロ 請求人が原処分庁に提示した被相続人名義の平成6年7月25日付自筆遺言証書(以下「本件遺言書」という。)には、被相続人のすべての財産を請求人に遺贈する旨が記載されている(以下、本件遺言書に基づく遺言を「本件遺言」という。)。
ハ 被相続人の遺産のうち、不動産については、平成9年8月7日付で、平成8年12月11日相続を原因として、被相続人から上記イの相続人5名への共有持分(各5分の1)の所有権移転登記がされている。
 なお、この登記はFが登記申請人となりなされたものであり、請求人はこの登記申請には関与していない。
ニ 本件遺言書は、請求人の請求により、平成9年8月20日にK家庭裁判所の検認を受けている(同裁判所平成9年(○)第○○○○号遺言書検認事件)。
ホ F及びGは、平成9年8月28日付書留内容証明郵便により、請求人に対し、本件遺言書は被相続人の自筆によるものでなく無効である旨及び仮に本件遺言が有効であるとしても遺留分の減殺請求をする旨を通知している。
ヘ 請求人は、平成9年10月7日、被相続人の遺産は未分割であるとし、その課税価格を法定相続分の割合に応じて計算して、別表1の「申告」欄のとおりの相続税の申告をした。
ト F及びGは、平成10年12月19日付書留内容証明郵便により、請求人に対し、本件遺言書は請求人が偽造したもので無効であり、請求人は民法第891条第5号に規定する相続欠格者に当たる旨を通知している。
チ 請求人及びHは、Fらを相手方として、平成11年3月5日にK家庭裁判所に対し被相続人の遺産分割の審判の申立てをしており、この遺産分割審判(同裁判所平成11年(○)第○○○号遺産分割審判事件)は現在も係属中である。
リ Iは、平成11年4月19日付書留内容証明郵便により、請求人に対し、上記ホと同様の内容を通知している。
ヌ 原処分庁は、平成11年4月23日付で請求人に対し、請求人が被相続人のすべての財産を遺贈により取得したものとしてその課税価格を計算したところにより、別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件更正処分について
(イ)原処分庁は、本件遺言書が存在するだけで本件遺言を有効と認め、本件遺言を前提に請求人に対し本件更正処分を行っているが、裁判所が行う遺言書の検認は、遺言書の存在形式を確認するだけであって、その内容が有効であることを確定するものでないことは検認の性質上当然であり、本件のようにFらから本件遺言の無効及び遺留分減殺請求を主張され、さらに、F及びGから請求人が本件遺言書を偽造したとして相続欠格事由に該当する旨の具体的主張がされている場合には、誤った処分というほかない。
(ロ)遺留分の減殺請求が未確定の場合の各相続人の課税価格は、相続税法基本通達(昭和34年1月28日付直資10国税庁長官通達)11の2―4《裁判確定前の相続分》の定めにより、減殺の請求がなかったものとして計算することとされているが、民法は相続分について法定相続分制度を採っているから、本件における相続税の課税価格についても、法定相続分により計算するべきである。
(ハ)遺留分減殺請求に基づく財産の給付が具体的に確定したとき又は遺言の無効や相続欠格事由の存在が確定したときは、更正の請求をして救済を求めることができるとしても、いったん行われた課税処分の不利益、例えば、本件更正処分により増加した納付すべき税額を金融機関から借入れて支払った場合に負担することとなる金利などについては、回復不可能であり、その不利益は是正されない。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり本件更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、これに伴い、本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分について
(イ)請求人は、Fらから本件遺言の無効及び遺留分の減殺請求を、更にF及びGから請求人が相続欠格者に当たる旨を主張されていることから、本件遺言に基づく受遺者として非常に不安定な立場に置かれているとの理由で原処分を取り消すべきである旨主張しているが、本件遺言書は、平成9年8月20日にK家庭裁判所において検認を受けて自筆証書遺言の要式性を備えており、また、本件遺言の無効確認あるいは請求人が相続欠格者である旨の訴えが提起されるには至っていない。
 したがって、現段階では本件遺言は、その効力が否定されるものではないので有効であると認められる。
(ロ)また、遺留分減殺請求の意思表示はなされているが、その請求に対する財産の給付が確定していない場合は、その減殺請求がなかったものとして課税価格の計算を行うこととされ、その財産の給付が具体的に確定したときに、課税価格が増加する相続人は、相続税法第30条《期限後申告の特則》又は第31条《修正申告の特則》の規定により期限後申告又は修正申告を提出することができ、課税価格が減少する相続人は、相続税法第32条《更正の請求の特則》の規定により更正の請求をすることができるとされている。
 そうすると、本件については、遺留分減殺請求がなかったものとして、本件遺言に基づいて、課税価格等を計算することとなる。
(ハ)相続税の課税価格の合計額は、次のAないしEの取得財産の価額の合計額301,565,790円から債務及び葬式費用の合計額1,995,430円(請求人の申告額のとおり)を控除した額299,570,000円(1,000円未満の端数切捨て)となる。
A 土地の価額
 土地の価額は、別表2の土地それぞれの評価額の合計266,567,894円と、これら以外に請求人が申告した土地の価額の合計額26,149,079円を合計した292,716,973円となる。
B 家屋の価額
 家屋の価額は、請求人の申告額のとおり2,648,990円となる。
C 有価証券の価額
 有価証券の価額は、請求人の申告額2,033,388円と、名古屋鉄道の株式217株の金額96,131円の合計2,129,519円となる。
D 現金・預貯金の価額
 現金・預貯金の価額は、請求人の申告額のとおり3,933,507円となる。
E その他の財産の価額
 その他の財産の価額は、請求人の申告額129,000円と、名古屋鉄道の株式の配当期待権の価額7,801円の合計136,801円となる。
(ニ)課税価格及び納付すべき税額
 請求人は、上記(ロ)で述べたとおり、被相続人のすべての財産を遺贈により取得したものとしてその課税価格を計算することとなるので、その課税価格及び納付すべき税額は、次表のとおりとなり、本件更正処分の額と同額となるから、本件更正処分は適法である。

ロ 本件賦課決定処分について
(イ)本件更正処分により増加した納付すべき税額の基礎となった事実には、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する過少申告加算税を賦課しない場合の正当な理由があるとは認められない。
(ロ)過少申告加算税の額は、国税通則法第65条第1項及び第2項の規定に従い正しく計算されている。

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3 判断

(1)本件更正処分について

 本件審査請求の争点は、請求人が他の相続人から、〔1〕本件遺言が無効である旨及び請求人が相続欠格者である旨を主張されていること並びに〔2〕遺留分減殺請求をされていることを、相続税の課税価格の計算上、どのように考慮すべきかにあるので、以下審理する。
イ 本件遺言の効力等について
(イ)ところで、民法第1004条第1項によれば、「遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がいない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様である。」と規定されているところ、この検認は、遺言の執行前において、遺言書の形式その他の状態を調査確認し、その保存を確実にするための一種の形式的な検証手続ないし証拠保全手続であって、実質的な遺言書の真否や効力の有無を判定するためのものではない。
(ロ)しかしながら、請求人の提出資料、原処分関係資料及び当審判所が調査したところによれば、〔1〕請求人は、平成9年8月20日、K家庭裁判所の遺言の検認の際、「遺言書の筆跡は、遺言者のものだと思います。名下等の印影も、遺言者が使用していた印章によるものに間違いありません。」と陳述していること、〔2〕請求人は、本件遺言に係る遺贈の放棄をしておらず、他の相続人からされている遺言無効及び相続欠格の主張を争っていること、〔3〕本件遺言の効力及び相続欠格事由の有無については、他の相続人から裁判外において主張されているにすぎず、訴え等の提起はされていないと認められることを考慮すれば、現時点においては本件遺言は有効であり請求人は相続欠格者ではないことを前提として、その課税関係を判断するのが相当であると認められる。
ロ 遺留分減殺請求について
(イ)遺留分を侵害する遺贈があった場合、その侵害を受けた相続人は、民法第1031条の規定により遺留分減殺請求をすることができるが、この遺留分減殺請求権は形成権であって、その行使は受遺者に対する意思表示によってなせば足り、必ずしも裁判上の請求による必要はなく、いったんその意思表示がなされた以上、法律上当然に減殺の効力が生じ、その遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、遺留分権利者に帰属すると解されている。
(ロ)ところで、相続税の申告書を提出する時又は相続税について更正若しくは決定をする時までに遺産が分割されていない場合においては、仮に遺産が分割されない限り相続税の課税ができないとすると、遺産の分割をし意的に遅延して相続税の課税を遅らせることができることになり、早期に分割した者とそうでない者との間で相続税の負担について不公平が生ずることから、相続税法第55条《未分割遺産に対する課税》は、相続税の課税価格を計算をする場合、遺産の全部又は一部が未分割であるときには、その未分割財産については、共同相続人又は包括受遺者が民法(第904条の2を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従って取得したものとみなして課税価格を計算する旨規定している。
(ハ)そして、遺留分減殺請求の私法上の効果は上記(イ)のとおりであるとしても、遺留分減殺請求を受けた受遺者がその請求のとおり履行した場合はともかく、これに応じない場合においては、その財産を確定し、各共同相続人の課税価格を具体的に計算するためには、遺留分減殺請求の意思表示だけでは足りず、通常、訴えの提起、遺産分割の申立てを要するのであって、その判決あるいは調停等によって、財産権の具体的な移転を確認した上でなければ、相続税の課税ができないとすることは、上記(ロ)の場合と同様妥当でない。
 そこで、このような場合には、各共同相続人の取得財産の範囲が確定するまでは、その遺留分減殺請求がなかったものとして課税価格を計算することが相当であると解される。
 このように解しても、その後、その判決あるいは調停等で共同相続人の取得財産の範囲が確定した場合には、相続税法第32条の規定による更正の請求、同法30条又は第31条の規定による期限後申告又は修正申告、同法35条《更正及び決定の特則》の規定による更正等により、課税関係を是正することができる以上、不都合はない。
ハ 上記のことを総合して判断すると、本件の場合、上記1の(3)基礎事実チの遺産分割審判が係属中であり、遺留分減殺請求に基づく具体的な権利関係は未だ確定していないことから、上記イの(ロ)並びにロの(ロ)及び(ハ)に照らし、請求人は本件遺言に係る包括遺贈の割合に従って被相続人のすべての財産を取得したものとし、かつ、遺留分減殺請求がなかったものとしてその課税価格を計算することが相当である。
ニ 他方、請求人は、相続税法第32条に規定する更正の請求によっても、納税資金に係る借入金利等の経済的不利益は救済されない旨主張するが、仮に、請求人の主張するような事情があるとしても、そのことにより、上記の判断は左右されるものではない。
ホ 以上の結果、請求人は被相続人のすべての財産を遺贈により取得したものとしてその課税価格及び納付すべき税額を計算すると、いずれも本件更正処分と同額となるから、本件更正処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 以上のとおり本件更正処分は適法であり、これにより納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、同更正処分前の税額の計算の基礎とされなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないことから、同条第1項及び第2項の規定に基づいて過少申告加算税を賦課決定した本件賦課決定処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、双方に争いはなく、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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