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(平12.6.30裁決、裁決事例集No.59 272頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、被相続人の相続人としての資格が重複する者である場合、相続税法第15条《遺産に係る基礎控除》第1項に規定する遺産に係る基礎控除(以下「遺産に係る基礎控除額」という。)の計算の基礎となる相続人の数は、その者に帰属する相続人としての資格の数で計算すべきか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成9年6月7日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したE(以下「本件被相続人」という。)の相続人であるが、この相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、別表の「当初申告」欄のとおり記載した申告書(以下「本件申告書」という。)を作成し、法定申告期限までに申告した。
ロ 次いで、請求人は、平成10年4月7日に別表の「訂正申告」欄のとおり記載した訂正申告書(以下「本件訂正申告書」という。)を提出した。
ハ その後、請求人は、平成11年3月9日に別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ニ 原処分庁は、これに対し、平成11年6月2日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ホ 請求人は、本件通知処分を不服として平成11年8月2日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年10月29日付で棄却の異議決定をした。
ヘ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成11年11月17日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件相続に係る相続人は、以下の(イ)から(ハ)までに述べるとおり、請求人及び同人の叔母に当たるJのみである。
(イ)本件被相続人には、配偶者及び子がおらず、また、本件被相続人の父F及び母Gのいずれも本件相続開始日前に死亡している。
(ロ)本件被相続人の兄弟姉妹には、H、I、J及びKがいたが、J以外の者は、本件相続開始日前に死亡している。
(ハ)死亡した兄弟姉妹の子の有無は、次のとおりである。
A Hの子は、L及び請求人の2人である。
 なお、Lには子がおらず、本件相続開始日前に死亡している。
B Iの子は、養子である請求人のみである。
C Kには、子がいない。
ロ 請求人は、同人の叔母に当たるIと昭和9年1月15日に養子縁組をしていたことから、実母であるHの代襲相続人(以下「H代襲相続人」という。)であるとともに養母であるIの代襲相続人(以下「I相続人」という。)でもあり、本件被相続人の相続人としての資格が重複している(以下、このように相続人としての資格が重複する相続人を「資格重複する相続人」という。)。
ハ 請求人は、遺産に係る基礎控除額の計算の基礎となる相続人は、本件相続の場合、H代襲相続人である請求人、I代襲相続人である請求人及びJの3名であるとした本件申告書を作成し、原処分庁に提出している。
ニ その後、請求人は、原処分庁所属の職員(以下「原処分庁職員」という。)から、請求人が資格重複する相続人であっても遺産に係る基礎控除額の計算の基礎となる相続人の数は、1人として計算すべきであり、本件の場合、相続人の数は3名ではなく、2名である旨指摘されたので、本件訂正申告書を提出した。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次に述べるとおり違法な処分であるから、その全部を取り消すとの裁決を求める。
イ 相続税法第15条に規定する「相続人の数」の解釈等について
(イ)民法上の規定について
 遺産に係る基礎控除額の計算の基礎となる「相続人の数」については、相続税法第15条第2項において、民法第5編第2章《相続人》の規定による相続人の数(当該被相続人に養子がある場合の当該相続人の数に算入する当該被相続人の養子の数は、当該被相続人に実子がある場合又は当該被相続人に実子がなく養子の数が1人である場合は1人、当該被相続人に実子がなく養子の数が2人以上である場合は2人に限るものとし、相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人の数とする)とする旨規定していることから明らかなとおり、本位相続人又は代襲相続人であるか否かを問わず、民法第5編第2章の規定による相続人の数をいうのであって、本件の場合のように代襲相続人として資格重複する相続人である請求人については、実数1人と数えるべき根拠はない。
(ロ)租税負担公平の原則について
 相続税の計算上、資格重複する相続人の場合、各資格に係る法定相続分(民法第900条及び同法第901条に規定する相続分をいう。以下同じ。)を合算(請求人の場合は、実母であるH及び養母であるIの相続分)するのであるから、その者に帰属する相続人としての資格の数を基礎に遺産に係る基礎控除額を計算するのが、租税負担公平の原則に適合するのであって、この点からみても上記の請求人の解釈は当然のことであり、相続税法第15条に規定する相続人の数を生存相続人や実在相続人に限るなどと解釈する余地はなく、請求人に係る相続人の数は2名とすべきである。
ロ 通達の類推解釈等について
 上記イのとおり、請求人の場合の相続人の数は、相続税法第15条の解釈上、当然に2名とすべきところ、原処分庁職員が「相続税法基本通達の全部改正について」(昭和34年1月28日付直資10による国税庁長官通達をいい、以下「相続税法基本通達」という。)15―4《代襲相続人が被相続人の養子である場合の相続人の数》(以下「本件通達」という。)を請求人に示して本件訂正申告書の提出を求めたことからみて、原処分庁は、本件通達を根拠に請求人の場合の同条第2項に規定する相続人の数は「実子としての代襲者1名」と判断し、本件通知処分を行ったように思われる。
 しかしながら、本件通達は、相続人が代襲相続人であり、かつ、被相続人の養子となっている場合について、相続税法第15条第2項かっこ書の規定が適用され、その者を実子1人として計算することとする事例を留意的に示したものにすぎず、また、同条第2項かっこ書の規定は、租税負担を軽減する目的で養子縁組を乱用する者がいるため、これを制限して負担の公平を図ることを目的とし制定されたものであり、叔母であるIの養子ではあるが、被相続人の養子ではない請求人について、本件通達及び当該規定が適用される余地はない。
 代襲相続人が複数いる場合は、その数を基礎に遺産に係る基礎控除額を計算することになるが、請求人の場合、代襲相続人としては2名であるのに、表面的には1人であるため、原処分庁は、相続税法第15条第2項に規定する相続人の数について、相続の根拠を全く考慮することなく、被相続人の養子については、相続人としての数を制限する規定である同条第2項かっこ書に関連するにすぎない本件通達を安易に類推又は拡張解釈して請求人の不利に扱い、代襲相続人(実子としてのH代襲相続人分)1人として計算したものであり、同項に規定する相続人の数の解釈を誤っているといわざるを得ない。
ハ 本件通知処分について
 以上述べたとおり、原処分庁の行った本件通知処分は、税務行政は、裁量行政ではなく、租税法律主義が根本であるにもかかわらず、単に法令の解釈の基準を示したにすぎない本件通達を、安易に類推又は拡張解釈して適用し、相続税法第15条第2項に規定する相続人の数を実数とする誤った解釈に基づいてなされたものであり、また、租税法律主義及び租税負担公平の原則にも反し違法である。

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(2)原処分庁

 原処分は、次に述べるとおり、適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 相続税法第15条に規定する「相続人の数」の解釈等について
 請求人は、資格重複する相続人である請求人に係る相続人の数は、相続税法第15条の解釈上、当然に2名とすべきである旨主張する。
 しかし、相続税法第15条第2項において、遺産に係る基礎控除額の計算の基礎となる相続人の数は、被相続人に係る相続人の数である旨明確に規定している以上、請求人が資格重複する相続人であるとしても、本件被相続人の同項に規定する相続人は、H代襲相続人であり、かつ、I相続人でもある請求人とJの2人であるから、本件相続に係る相続税の税額の計算上控除される遺産に係る基礎控除額の計算の基礎となる相続人の数は2名である。
 以上のとおりであるから、請求人に係る相続税法第15条第2項に規定する相続人の数は、2名とすべき旨の請求人の主張には理由がない。
ロ 通達の類推解釈等について
 請求人は、本件通達を類推又は拡張解釈し、相続税法第15条第2項に規定する相続人の数を実数と誤って解釈した本件通知処分は、違法である旨主張する。
 しかし、原処分庁職員は、相続人が代襲相続人としての身分と養子としての身分とを併せ持つ場合でも、相続人の数については1人とすることの例示として、本件通達の定めを示したものであり、原処分庁が本件通達を類推又は拡張解釈した旨の請求人の主張には理由がない。
ハ 本件通知処分について
 上記イ及びロで述べたとおり、請求人が本件更正の請求の理由とする相続税法第15条第2項に規定する相続人の数の計算に誤りはなく、そうすると、請求人の課税価格及び納付すべき税額は、本件訂正申告書に記載した金額となる。したがって、本件更正の請求に対して更正すべき理由がない旨を通知した本件通知処分は適法である。

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3 判断

 請求人が資格重複する相続人である場合、相続税法第15条第1項に規定する相続人の数の計算について争いがあるので、以下審理する。

(1)相続税法第15条に規定する「相続人の数」の解釈等について

イ 民法上の規定について
 請求人は、相続税法第15条第1項に規定する相続人の数は、同条第2項に規定するとおり、民法第5編第2章に規定する相続人の数をいうのであって、代襲相続人として資格重複する相続人がいる場合には、同条第2項に規定する相続人の数を実数1人と数えるのは誤りである旨主張する。
 確かに、相続税法第15条第1項は、相続税の総額を計算する場合において、相続税の課税価格の合計額から5,000万円と1,000万円に相続人の数を乗じて得た金額との合計額、つまり遺産に係る基礎控除額を控除する旨規定し、同条第1項に規定する相続人の数について、同条第2項は、被相続人の養子及び相続を放棄した者については例外を設けているものの、民法第5編第2章に規定する相続人とする旨規定している。
 ところで、民法第5編第2章の各条は、相続人となり得る者の範囲及び要件を規定したものであるが、これを本件相続に当てはめると、請求人の場合、本件被相続人の兄弟姉妹であるH(実母)又はI(養母)のいずれの面からみても代襲者の資格を有することから、本件被相続人の相続人の1人になるという結論が導かれるにすぎない。そうすると相続税法第15条第2項に規定する相続人の数とは、民法第5編第2章の規定による相続人に該当する者(人)の数とするのが相当であるから、請求人のように資格重複する相続人であったとしても、相続人の実数が増加するわけではないので、相続人の数としては、これを1人として数えることとなるのであり、請求人の主張は採用することができない。
ロ 租税負担公平の原則について
 請求人は、資格重複する相続人の場合、その者に帰属する相続人としての資格の数を基礎に遺産に係る基礎控除額を計算するのが、租税負担公平の原則に適合するものであって、この点からみても請求人の解釈は当然のことであり、請求人に係る相続税法第15条に規定する相続人の数は、2人と数えるべきである旨主張する。
 しかしながら、相続税法第15条第1項は、遺産に係る基礎控除額について規定したものであり、同項に規定する相続人1人当たり1,000万円の控除は、相続人1名につき一定額を控除するものであることからみて、当該控除の趣旨は、遺産全体に対する課税最低限を定めたものと解するのが相当である。
 当該控除の趣旨がこのようなものである以上、その控除額は、資格重複する相続人である場合においても、その者に帰属する相続人としての資格の数の多寡にかかわらず、一定であることはむしろ当然であり、また、資格重複する相続人として、請求人にその資格の数に相当する法定相続分が帰属するとしても、上記イで述べたとおり、資格重複する相続人にかかわらず、請求人は、相続人の数としては1人であるから、これに関する請求人の主張は、当該規定の趣旨に反し合理性を欠くものであって、採用することはできない。

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(2)通達の類推解釈等について

 請求人は、原処分庁が行った本件通知処分は、本件通達を安易に類推又は拡張解釈し、相続税法第15条第2項かっこ書の規定の適用があるとの誤った解釈に基づいて行われた違法な処分である旨主張する。
 ところで、本件通達では「相続人のうちに代襲相続人であり、かつ、被相続人の養子となっている者がある場合の相続税法第15条第2項に規定する相続人の数については、その者は実子1人として計算するのであるから留意する。」と定められている。しかし、昭和57年5月17日付直資2―177ほかにより相続税法基本通達15―4として追加されたときの当該通達(以下「改正前本件通達」という。)には「実子」という文言はなく、単に「その者は1人として計算する」と定められていたところ、昭和63年法律第109号で相続税法第15条第2項にかっこ書の規定が定められたことを受けて、平成元年4月10日付直資2―207ほかの改正により、「実子」の文言が本件通達に挿入されたことが認められる。
 このような改正前本件通達の文理及び改正の経緯をみると、改正前本件通達の趣旨は、資格重複する相続人がいる場合の相続税法第15条第2項に規定する相続人の数について、その者に帰属する相続人としての資格の数の多寡で計算するのではなく、相続人の数としては1人として計算するという、上記(1)で述べたとおりの解釈を、1つの事例をもって留意的に示したものであると認めるのが相当である。また、本件通達に「実子」という文言が定められたのは、本件通達の事例の場合、養子1人と解すると改正前本件通達の文面では、相続税法第15条第2項かっこ書の規定が適用される余地があったことから、そのような疑義を払拭するためであるとみるのが相当であり、改正前本件通達の趣旨は、本件通達においても変更はないものと認められる。
 当審判所における原処分関係資料の調査によれば、本件通知処分は、相続税法第15条第1項及び同条第2項の規定を解釈して行われていることが認められるが、仮に、原処分庁が、請求人の主張するように同条第2項の解釈に当たって本件通達を参考としたとしても、本件通達の趣旨及び実子という文言の趣旨は、上記に述べたとおりであるから、請求人が主張する本件通達の類推又は拡張解釈という問題が生じる余地はなく、この点に関する請求人の主張には理由がなく、採用することはできない。

(3)本件通知処分について

 請求人は、本件通知処分は、租税法律主義及び租税負担公平の原則にも反する旨主張する。
 しかしながら、相続税法第15条第2項に規定する相続人の数の解釈及び本件通達の趣旨は、上記(1)及び(2)で述べたとおりであり、したがって、請求人の課税価格及び納付すべき税額は、別表の「訂正申告」欄に記載した金額と同額となるから、本件更正の請求に対して、原処分庁がした更正すべき理由がない旨の本件通知処分は適法である。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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