ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.59 >> (平12.5.31裁決、裁決事例集No.59 435頁)

(平12.5.31裁決、裁決事例集No.59 435頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、不動産売買業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が納税者E(平成9年4月12日死亡)から不動産を譲り受けたことが、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第39条《無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務》に規定する「著しく低い額の対価による譲渡」に当たるか否かを争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、Eの長男で同人の納税義務を承継したF(以下「本件滞納者」といい、Eと併せて「Eら」という。)の別表1に記載の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、徴収法第39条の規定に基づき、請求人に対し、平成10年3月10日付で第二次納税義務の告知処分(以下「本件告知処分」という。)をした。
ロ 請求人は、原処分を不服として、平成10年4月30日に異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をしたところ、異議審理庁が同年8月5日付でこれを棄却する旨の異議決定をしたので、同年9月7日に審査請求をした。

トップに戻る

2 主張

(1)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であり、請求人の主張には理由がないから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 徴収法第39条は、滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合において、その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の1年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った無償又は著しく低い額の対価による譲渡に基因すると認められるときは、この譲渡により権利を取得した者は、これにより受けた利益が現に存する限度において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う旨規定する。
 そして、この「著しく低い額の対価」に当たるか否かは、公平の理念に照らし、譲渡に係る財産の種類、数量の多寡及び時価と対価の差額の大小等を総合的に考慮し、当該対価が、時価に比して社会通念上著しく低いと認められるか否かによって判断すべきであり、国税徴収法基本通達第39条関係6《著しく低い額の対価の判定》(以下「本件通達」という。)も「『著しく低い額の対価』によるものであるかどうかは、社会通念上、通常の取引に比べ著しく低い額の対価であるかどうかによって判定する」と定めている。
 なお、対価が時価の2分の1に満たないことは、本件通達の注書の1及び2に「値幅のある財産については、特別の事情がない限り、時価のおおむね2分の1に満たない価額をもって著しく低いと判定しても差し支えない」、「対価が時価の2分の1を超えている場合においても、その行為の実態に照らし、時価と対価との差額に相当する金員等の無償譲渡等の処分がされていると認められる場合があることに留意する」と定められているように、「著しく低い額の対価」に該当するか否かの一応の目安にすぎず、その画一的な基準とはいえない。
ロ ところで、Eは、平成8年12月6日、請求人に対し、別表2に記載の土地(以下「本件土地」という。)及び建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)を代金100,000,000円で譲渡し(以下、この譲渡を「本件譲渡」
といい、この代金を「本件対価」という。)、同日受付で同年11月21日売買を原因とする所有権移転登記手続を了している。
 本件不動産の平成8年12月6日現在における時価は185,000,000円以上であるから、当該時価に対する本件対価の割合は約54%以下となり、当該対価は本件通達に定める「時価のおおむね2分の1に満たない価額」といえるし、仮に当該時価が、請求人の本件異議申立ての際の主張のとおり150,000,000円程度であったとしても、当該時価との差額は、50,000,000円と非常に高額である。
ハ また、請求人は、不動産売買業を営む会社であり、もともと不動産取引に精通しているところ、本件においては、特に、請求人の代表取締役であったGと本件滞納者の妻の両親との間に交友があったことから、その資産状況等を承知の上で本件譲渡を受けたのであり、平成8年12月20日に本件対価を支払う際も、請求人、株式会社H及びG(以下、請求人及び株式会社Hと併せて「請求人ら」という。)のEに対する貸付金(それぞれ11,000,000円、18,500,000円及び11,000,000円)並びに本件建物の賃貸借契約に係る敷金返還義務の承継分(1,050,000円)を差し引いて、その債権の回収を図る一方、Eが他の債権者からの追及を免れるように、本件譲渡に係る所有権移転登記手続をその契約書作成前に了することに協力するなどしているのであって、本件通達の注書の1に定める特別の事情があるといえるのはもちろん、上記のように請求人らがEに対する貸付金等の弁済を優先して受けていることは、民法第424条第1項に規定する詐害行為にも該当する。
ニ 上記ロ及びハによれば、本件対価は、社会通念上、徴収法第39条に規定する「著しく低い額の対価」に当たるというべきである。
 そして、上記ロによれば、本件譲渡の日は、本件滞納国税の法定納期限の1年前の日以後である平成8年12月6日というべきであり、本件譲渡に基因して、滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足することになるところ、これは、本件告知処分の時においても同様であるから、請求人は、徴収法第39条の規定により、本件告知処分に係る納付通知書を発する時点における本件不動産の時価166,000,000円と請求人が本件譲渡を受けるに当たり出捐した108,486,500円(本件対価100,000,000円、登録免許税4,589,600円、不動産取得税3,192,200円、印紙代100,000円及び司法書士に対する報酬604,700円の合計額)との差額である57,513,500円の限度で第二次納税義務を負う。
ホ したがって、請求人が57,513,500円の限度で第二次納税義務を負うとしてなされた本件告知処分は適法であり、違法、不当はない。

トップに戻る

(2)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 原処分庁は、本件不動産の時価は185,000,000円以上であるので、本件対価は、その時価のおおむね2分の1に満たないものである旨主張する。
 しかしながら、Eが売却した別表3の1に記載の不動産の譲渡価格は113,824,000円であり、また、Eらが売却した本件土地に隣接する同表の2に記載の不動産の譲渡価格が173,570,000円であることからすると、本件不動産の時価は約110,000,000円と算定され、これに対する本件対価の割合は約91%とその2分の1を大きく上回っており、当該対価は「著しく低い額の対価」に当たらない。
ロ 原処分庁は、本件対価と時価との差額が非常に高額であり、請求人は大きな利益を享受しているとして、このような場合には「著しく低い額の対価」に当たる旨主張するが、上記イによれば、時価と本件対価との差額は10,000,000円であって高額ではなく、請求人が大きな利益を享受したわけでもない。そもそも時価と対価の差額が高額であるというだけで「著しく低い額の対価」と判断できるものではなく、そのような解釈は本件通達に反するものである。
ハ また、原処分庁は、請求人が、Eらの資産状況を承知の上で本件譲渡を受け、請求人らの債権の回収を図る一方、所有権移転登記手続を事前に了しているとして、本件通達の注書の1に定める特別の事情がある旨、そして、このことは詐害行為にも該当する旨主張する。
 しかしながら、Gと本件滞納者の妻の両親との間に親族等の関係はないし、請求人は、Eらから、このままでは税金を払うこともできず、請求人らからの借入金も返済できないと懇願されて、やむを得ず、需要の低い本件不動産を、別表3の2に記載の不動産の譲渡価格を参考に決定した金額で譲り受けたにすぎず、不当に利益を得ようとしたわけでも、現に転売利益を得たわけでもないから、原処分庁の主張するような特別の事情はない。
 なお、詐害行為取消権は、債務者が債権者を害することを知りつつ自己の財産を逸失させた場合に、債権者共同の担保である債務者の一般財産を保全するため、債権者がその行為の効力を否認して、逸失した財産を取り戻す制度であって、取消権者に優先権を与えるものではなく、第二次納税義務とはその制度の趣旨及びその要件、効果を異にする。
 したがって、仮に、原処分庁の主張するような詐害行為に該当する行為があったとしても、そうであるからといって、請求人が第二次納税義務を負うことにはならない。

トップに戻る

3 判断

(1)徴収法第39条は、滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合において、その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の1年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った無償又は著しく低い額の対価による譲渡等の処分に基因すると認められるときは、その処分により権利を取得した者は、その処分により受けた利益の限度において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う旨規定する。
 そして、第二次納税義務の制度は、本来の納税義務者の財産に対して滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合に、租税徴収の確保を図るため本来の納税義務者と同一の納税上の責任を負わせても公平を失しないような特別の関係にある第三者に対し補充的に納税義務を負担させるものであるから、ここにいう著しく低い額と認められるか否かは、結局、その財産の種類、数量の多寡、時価と対価の差額の大小、その他諸般の事情を総合的に考慮して、当該取引価格が通常の取引価格、すなわち時価に比較して社会通念上著しく低い額と認められるか否かにより判断するほかなく、不動産のように、時価が必ずしも明確ではなく、人によりその評価を異にする値幅のある財産については、本件通達の注書の1に定めるように、時価のおおむね2分の1に満たない額をもって、著しく低い額による対価と解するのが相当である。
(2)ところで、当審判所の調査の結果によれば、本件不動産の売買契約書の日付は、平成8年12月20日となっているものの、請求人とEの合意により、同月6日受付で所有権移転登記手続を了していることが認められ、これに照らすと、本件については、同日をもって本件譲渡の日というべきである。そこで、当日における本件不動産の時価について検討する。
イ この点、原処分庁は、本件不動産の時価について、〔1〕I銀行本店が請求人に本件不動産の購入資金を融資し、当該不動産に根抵当権を設定した際の同銀行の評価額が203,368,000円であること、〔2〕原処分庁が算定した概算見積額が193,500,000円であること、及び〔3〕原処分庁の依頼に係る不動産鑑定士の鑑定評価額が185,000,000円であることから、当該不動産の時価は少なくとも185,000,000円以上である旨主張する。
 しかしながら、金融機関が担保権を設定するためにした評価を直ちに本件不動産の時価とすることはできないし、原処分庁は、その主張する評価額の算定の方法、あるいは算定の基礎となった資料等を明らかにしていないので、当審判所としても、当該評価額を合理的なものということは困難であり、そのいずれの評価額も本件不動産の時価ということはできない。
ロ 他方、請求人は、別表3に記載の各不動産の譲渡価格を基に、本件不動産の時価は約110,000,000円である旨主張する。
 しかしながら、別表3に記載の各不動産と本件不動産とでは、その形状や地理的条件等を異にしており、その譲渡価格から本件不動産の時価を算定することもまた困難といわざるを得ない。
 なお、請求人は、特に別表3の2に記載の不動産は、本件土地に隣接しているとして、その譲渡価格を基礎として算定した価額をもって本件不動産の時価ということができる旨主張するが、隣接地であるとはいえ、その形状、接道状況及び利用状況は著しく異なっているのであって、当該譲渡価格から本件不動産の時価を算定することはできない。
ハ これに対し、当審判所の依頼した不動産鑑定士(財団法人W不動産鑑定所属のX及びY不動産鑑定士)による鑑定の結果(平成11年6月25日付研西第1728号の不動産鑑定評価書に係るもの)においては、本件不動産の平成8年12月6日時点における時価について、別表4に記載のとおり、原価法による積算価格として195,000,000円を、実際実質賃料による収益価格として158,000,000円を算出している。
 そして、この鑑定においては、本件建物が賃貸用であり、その収益力が市場価値の本質を形成すること、当該建物が建築後約4年を経過した共同住宅であること、当該建物に係る賃料及び一時金が新規契約水準で、周辺地域の賃貸市場も比較的安定していて、本件不動産の収益性が大幅に改善あるいは悪化することは考え難いこと、そして、近時の不動産取引においては、その不動産の収益価格がより重視されているものの、本件不動産の周辺地域における不動産取引においては、収益価格のみが考慮されるまでに至っていないことに照らし、上記の収益価格を基礎としつつ、積算価格についても考慮して、次のとおり本件不動産の時価を165,000,000円と評価しており、その評価の手法及び過程に特に不合理な点は認められない。
(158,000,000円(収益価格)×0.8(比重))+(195,000,000円(積算価格)×0.2(比重))=約165,000,000円(評価額)
ニ したがって、本件不動産の平成8年12月6日時点の時価は165,000,000円と認められる。
(3)そうすると、本件対価が100,000,000円であることは、請求人と原処分庁との間に争いはなく、当審判所においてもこれを認めることができるので、本件不動産は時価の約61%の価額で譲渡されたことになり、本件対価は、当該不動産の時価の2分の1を相当上回ることになる。
 もっとも、原処分庁は、時価の2分の1に満たないことは一応の目安であって、画一的な基準ではないし、本件譲渡については、時価と対価の差額が高額であること、及び上記2の(1)のハの特別の事情があることからすると、本件対価は、なお社会通念上「著しく低い額の対価」といえる旨主張する。
 確かに、上記(1)のとおり、著しく低いかどうかは社会通念上の総合判断であり、本件通達に定める「おおむね2分の1」という基準も、文字通り幅のある概念であるから、本件通達の注書の1に定める「特別の事情」が、対価が時価の2分の1を超えても、なお「著しく低い額の対価」と判定して差し支えない事情を指しているものであるかどうかはともかく、その財産の種類、数量の多寡、時価と対価の差額の大小、その他諸般の事情によっては、対価が時価の2分の1を多少超えても、なお、社会通念上「著しく低い額の対価」というべき場合があることを否定するものではない。
 しかしながら、本件対価については、上記のとおり、時価の約61%とその2分の1を相当上回っている上、当審判所の調査によれば、請求人は、税金の納付等のため本件不動産の売却を急ぐEらに懇願されて、特に需要もなく転売の見込みもない本件不動産を譲り受けることとし、実際、現在に至るまで転売もしていないのであって、このような状況を考えると、本件対価とその時価との差額が65,000,000円に及ぶからといって、請求人に補充的に納税義務を負わせなければ公平の理念に反するとはいえない。
(4)なお、原処分庁は、詐害行為に該当する行為もあるとして、請求人は第二次納税義務を負うべきである旨の主張もする。
 しかしながら、第二次納税義務の制度は、租税債権の効力を強化し、当該債権の保護を図るという点で、詐害行為取消権と同様の機能を果たしている面はあるものの、詐害行為取消権は、法律行為を取り消して、債務者の責任財産を保全する制度で、その取消権者に優先弁済権を与えるものではないのに対し、第二次納税義務の制度は、法律行為を取り消すことなく、補充的に納税義務を負わせるものである点で、制度の趣旨を異にし、またその要件、効果も異にしているのであって、仮に詐害行為に該当する行為があるとしても、そうであるからといって当然に請求人が第二次納税義務を負うことにはならない。
 したがって、原処分庁の主張には理由がない。
(5)したがって、その他の点について判断するまでもなく、請求人が第二次納税義務を負うとしてなされた本件告知処分は違法である。

トップに戻る