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(平12.4.11裁決、裁決事例集No.59 450頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、差押えに係る審査請求人(以下「請求人」という。)名義の定期預金の払戻請求権の帰属を争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ E税務署長は、F株式会社(以下「滞納会社」という。)の昭和63年11月1日から平成元年10月31日まで、同年11月1日から平成2年10月31日まで、同年11月1日から平成3年10月31日まで及び同年11月1日から平成4年10月31日までの各事業年度の法人税等(以下「本件法人税等」という。)について、同社の請求人、G、H及びI(以下、これら4名を併せて「請求人ら」という。)に対する役員報酬等の支払を否認するとともに、これを原資とする請求人ら名義の各預金はいずれも滞納会社に帰属するとして、平成6年6月28日付で法人税の各更正処分及び重加算税の各賦課決定処分等をした。
 滞納会社は、これらの処分を不服として審査請求をしたが、平成8年3月7日付で審査請求を棄却する旨の裁決がなされた。
ロ 原処分庁は、滞納会社の別表に記載の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)についてE税務署長から徴収の引継ぎを受けた上、これを徴収するため、平成10年10月5日付でS銀行(T支店扱い)の請求人名義の定期預金(口座番号○○○○、預入金額4,500,000円、以下、これに係る定期預金口座を「本件定期預金口座」という。)及び債権差押通知書到達日までの確定利息の払戻請求権の差押処分(以下「本件差押処分」といい、本件差押処分に係る債権を「本件払戻請求権」という。)をした。
ハ 請求人は、この処分を不服として平成10年12月7日に審査請求をした。

(3)争いのない事実

 本件滞納国税が別表のとおりであり、平成10年10月5日現在においてその納付がないこと、平成元年12年19日、S銀行(T支店扱い)に請求人名義の普通預金口座(口座番号○○○○、以下「本件普通預金口座」という。)が開設され、当該預金口座に、同月20日、滞納会社から4,590,800円(以下「本件金員」という。)が振り込まれたこと、そして、同月21日、本件普通預金口座から払い戻された4,500,000円を原資として本件定期預金口座が開設されたことは、請求人と原処分庁との間に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。

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2 主張

(1)請求人

 本件払戻請求権は、次のとおり、請求人に帰属するものであり、これが滞納会社に帰属するとしてなされた原処分は違法、不当であるから、その取消しを求める。
イ 本件定期預金口座は、請求人の役員報酬の支払として、滞納会社から本件普通預金口座に振り込まれた本件金員により、請求人が自らの預金とする意思で開設したものである。
ロ 原処分庁は、請求人が滞納会社に勤務した事実はなく、本件普通預金口座及び本件定期預金口座の開設手続等も、滞納会社の実質的な経営者であるJの指示を受けた同社社員(以下「本件社員」という。)が行ったとして、本件金員は請求人の役員報酬ではなく、請求人を本件普通預金口座及び本件定期預金口座の預金者ということはできない旨主張する。
 しかしながら、請求人は、滞納会社に取締役総務部長として勤務し、同社の経営に実質的に参画していたものであり、報酬についても、役員就任後の取締役会決議で未払分が一括して支払われることとなったので、請求人において本件社員に本件普通預金口座の開設を依頼し、本件金員を当該預金口座に振り込んでもらったのであって、本件金員は請求人の役員報酬である。
ハ 原処分庁は、本件普通預金口座の開設の際に押捺された印影が、Jが常時使用している印章の印影と一致するとして、当該預金口座は滞納会社により開設された旨主張するが、当該預金口座の開設の際に使用された印章は請求人の印章である。Jが常時使用している印章は、U銀行(T支店扱い)の同人名義の預金口座の届出印として使用されている印章であって、当該印章の印影と本件普通預金口座の開設の際に押捺された印影とは異なる。
ニ さらに、原処分庁は、請求人の給与支払報告書が提出されておらず、役員報酬について確定申告もされていない旨主張するが、これは、滞納会社において、年末調整をする者についてのみ給与支払報告書を提出すればよいと考えていたこと、及び、請求人も、滞納会社において所定の手続が行われるので役員報酬についての確定申告は不要と誤解していたことによるものであり、原処分庁の主張には理由がない。
ホ 以上のとおり、本件金員は請求人の役員報酬であり、これにより開設した本件定期預金口座の預金者は請求人であるから、本件払戻請求権は請求人に帰属する。

(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 預金については、自らの出捐により、自らの預金とする意思で、銀行に対し、自ら又は使者、代理人を通じて預金契約をした者が、当該預金の預金者である。
ロ 本件普通預金口座は、滞納会社の出捐により開設されたのであるから、当該預金口座から払戻しを受けた金員を原資とする本件定期預金口座も、また滞納会社の出捐により開設されたといえる。
 そして、本件普通預金口座及び本件定期預金口座は、滞納会社の営業部長であり実質的経営者であるJが管理し、同人の指示により経理担当の本件社員が開設及び払戻手続を行っていたもので、現に当該各預金口座開設の際に使用された印章は、Jの印章なのであるから、本件定期預金口座の預金者は滞納会社というべきである。
ハ なお、請求人は、本件金員は請求人の役員報酬である旨主張するが、請求人は滞納会社の従業員にすぎず、同社の役員として役務を提供したことはないし、請求人の給与支払報告書が提出されておらず、役員報酬について確定申告もされていないのであって、請求人の主張には理由がない。
ニ 以上のとおり、本件払戻請求権は滞納会社に帰属し、本件滞納国税についてした本件差押処分は適法である。

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3 判断

(1)本件払戻請求権の帰属について

イ 本件審査請求の争点は、請求人名義の本件定期預金口座に係る本件払戻請求権の帰属であり、これは、当該預金口座の預金者が誰かによるものであるところ、預金は、定型的かつ大量に行われる取引であり、預金契約の相手方である銀行は、預入れの段階では、誰が預金者であるかについて利害関係を持たないのが通常であることからすると、銀行が誰を預金者と信じたか、また預金の名義が誰であるかにかかわらず、特段の事情のない限り、自らの出捐により、自己の預金とする意思で預金契約をした者をもって、当該預金の預金者と認めるのが相当である。
ロ 本件普通預金口座について
 本件定期預金口座が本件普通預金口座に振り込まれた本件金員により開設されたものであることは、上記1の(3)のとおりであるから、まず、本件金員の性格と本件普通預金口座の預金者について検討する。
(イ)本件金員について
A 請求人は、本件金員は同人の役員報酬である旨主張し、当審判所においても、平成元年から平成6年末まで、ノウハウの提供などをするため、役員である総務部長として滞納会社に勤務し、その際、未払となっていた役員報酬が支払われることになったので、Jに依頼して本件普通預金口座を開設してもらい、これに本件金員を振り込んでもらった旨答述する。
 そして、確かに、請求人提出資料及び当審判所の調査によれば、〔1〕滞納会社の平成元年分の賃金台帳に、請求人が、平成元年1月5日に同社の取締役総務部長として入社した旨記載されていること、〔2〕平成元年分から平成4年分までについて、請求人の給与所得者の扶養控除等(異動)申告書が提出されていること、〔3〕請求人への役員報酬の支給が記載された給与所得に対する所得税源泉徴収簿が作成されていること、及び〔4〕請求人は、平成6年2月25日及び同年3月2日に、平成2年分から平成4年分までの役員報酬について修正申告書を提出していることは認めることができる。
B しかしながら、請求人は、本件法人税等に係る調査の際、調査担当職員に対し、役員報酬として毎月50万円位を現金で受領していた旨、当審判所における答述とは明らかに異なることを述べていたことからすると、上記Aの役員報酬の支払を受けるため自らの意思で本件普通預金口座を開設した旨の答述を信用することはできない。
 また、上記Aの扶養控除等(異動)申告書についても、その住所の記載が不正確であるだけでなく、請求人は平成2年3月22日にP県Q市R町1丁目15番4号からP県V市W町1丁目16番地の14に転居したのに旧住所が記載されていたり、請求人の扶養親族である子供のことが記載されていなかったりしているのであって、これらのことに照らすと、当該申告書を請求人が自ら作成し、提出していたのかは疑問というべきである。
 さらに、上記Aのとおり所得税源泉徴収簿は作成されているが、平成4年分の所得税源泉徴収簿は、平成5年分の用紙を使用して作成されているのであって、やはりその記載内容を信用することはできないし、上記Aの修正申告書についても、これを提出したのは、本件法人税等の調査が開始され、調査担当職員から役員報酬について申告していない理由を質問された後のことであるから、当該修正申告書が提出されていることをもって、本件金員が請求人の役員報酬であることの証拠とみることはできない。
C 請求人は、当審判所において、上記Aの資料以外に請求人が滞納会社に出社していたことを証する資料はない旨答述する上、当審判所の調査によれば、かえって〔1〕請求人が滞納会社の役員に就任した旨の登記はなされていないこと、〔2〕滞納会社の平成元年4月1日現在及び平成4年9月1日現在の役員及び社員の住所、氏名、入社年月日、所属、役職等が記載された社員名簿に請求人についての記載がないこと、〔3〕年末調整が行われておらず、給与支払報告書も提出されていないこと、及び〔4〕請求人は、法定申告期限までには役員報酬について確定申告をしていなかったことが認められるのである。
 これらのことに照らすと、請求人が滞納会社の役員として何らかの役務を提供をしていたと認めることはできず、上記2の(1)のニの請求人の主張を考慮しても、本件金員を役員報酬ということはできない。
D そして、請求人は、本件金員は請求人の役員報酬である旨主張するのみで、他に当該金員が請求人に帰属すべき原因については何ら主張しないところ、当審判所の調査によっても、本件金員が、役員報酬としてはもちろん、何らかの原因により請求人に帰属したとは認めることができない。
(ロ)本件普通預金口座の預金者について
 上記(イ)によれば、本件普通預金口座は、請求人の出捐により開設されたものではなく、滞納会社の出捐により開設されたものということになる。
 そして、当審判所の調査によれば、本件普通預金口座の開設手続等は、滞納会社の実質的な経営者であるJの指示で本件社員が行っていたこと、当該預金口座の届出印は滞納会社において管理保管されていたことが認められるから、当該預金口座は、滞納会社が自らの預金とする意思で開設したものというべきであり、したがって、当該預金口座の預金者は、請求人ではなく滞納会社というべきである。
 なお、請求人は、本件普通預金口座の開設の際に使用された印章は請求人の印章であると主張し、当初、請求人の実印を当該預金口座の届出印としていたが、実印が届出印では不便であることなどから、その後、届出印を変更した旨答述する。
 しかしながら、上記(イ)のとおり、本件金員を請求人の役員報酬と認めることはできないし、当審判所の調査によれば、本件普通預金口座の開設後、その届出印が変更された事実はないこと、さらに当該届出印は、やはりJの指示により本件社員が平成2年2月19日に開設したI名義の普通預金口座の届出印としても使用されていることが認められ、これらのことに照らすと、本件普通預金口座の開設の際に使用された印章を、請求人の印章と認めることはできない。
ハ 本件定期預金口座について
 上記1の(3)のとおり、本件定期預金口座は、本件普通預金口座から払戻しを受けた金員により開設されたものであるところ、本件普通預金口座の預金者は、請求人ではなく滞納会社であるから、本件定期預金口座は滞納会社の出捐により開設されたことになる。
 もっとも、当審判所の調査によれば、本件定期預金口座の届出印は「(請求人名)印」と刻印された印章であり、この印章について平成5年1月12日付で印鑑登録がされ、しかも、その印影は、請求人がJの印章によるものであると主張する同人名義のU銀行(T支店扱い)の預金口座の届出印の印影とも異なっていることからすると、本件定期預金口座の届出印の印影は、請求人の印章によるものと考えられ、このことのみからすると、当該預金口座は、請求人が自らの預金とする意思で開設したとみる余地もある。
 しかしながら、上記ロのとおり、本件金員は請求人の役員報酬ではなく、本件普通預金口座の預金者は請求人ではないのであるし、本件定期預金口座の開設に当たり、滞納会社が請求人に対し、その開設のため本件普通預金口座に係る払戻請求権を譲渡した事実も、請求人が、当該預金口座から払戻しを受けた金員を自己のものとした上、自らの預金とする意思で本件定期預金口座に入金したなどの特段の事情も認められない。現に、当審判所の調査によれば、請求人は、平成6年2月20日にP県V市W町3丁目6番地2所在のマンションを38,000,000円で購入した際、本件定期預金口座からの払戻しに格別制約はないのに、これをせずに、住宅金融公庫及びX農業協同組合Y支店から購入資金の融資を受けている上、平成6年から平成8年にかけて収入がほとんどない状態であったにもかかわらず、当該預金口座から生活費を捻出することもしていないのである。
 これらのことに照らすと、本件定期預金口座の届出印に請求人の印章が使用されているからといって、当該預金口座の預金者が請求人であると認めることはできず、当該預金口座の預金者はやはり滞納会社というべきである。
ニ 以上によれば、本件払戻請求権は、請求人ではなく、滞納会社に帰属するものというべきであり、請求人の主張には理由がない。

(2)本件差押処分について

 上記(1)のとおり、本件払戻請求権は請求人ではなく、滞納会社に帰属するので、国税徴収法第47条《差押の要件》第1項第1号、第54条《差押調書》第2号及び第62条《差押の手続及び効力発生時期》の規定に基づいて行われた本件差押処分は適法であり、請求人の主張には理由がない。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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