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(平12.7.7裁決、裁決事例集No.60 266頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、公的年金等に係る雑所得の金額の計算に当たり、審査請求人(以下「請求人」という。)の加入している適格退職年金制度において、適格退職年金の原資のきょ出者(負担者)が加入者(請求人)であるか、それとも退職先会社であって、加入者の負担割合は零であるかが争われた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 別表1のとおりである(以下、平成9年分の所得税の確定申告を「本件確定申告」、平成11年2月15日付の平成9年分の所得税の更正の請求を「本件更正の請求」という。)。
 なお、請求人の本件確定申告及び本件更正の請求における雑所得の金額の内訳は別表2のとおりである。

(3)基礎事実

イ 請求人は、勤務していたE株式会社(以下「本件法人」という。)のいわゆる適格退職年金契約に基づいて退職年金の支給を受ける制度(以下「本件退職年金制度」という。)の加入者となっている(以下、本件退職年金制度に基づき請求人が給付を受けている退職年金給付金を「本件退職年金」という。)。
ロ 請求人は、平成8年8月31日付で本件法人を退職し、本件法人から退職手当として、請求人名義のF銀行G支店普通預金口座(口座番号○○○○)(以下「F銀行預金口座」という。)に2,800,000円の振込みを受け、同年9月から、本件退職年金を受領している。
ハ 本件法人の社員退職年金規程(以下「本件退職年金規程」という。)によれば、本件退職年金は、支給期間を終身とする「第1年金」及び10年又は15年の選択制とする「第2年金」で構成されており請求人の第1年金の原資として15,858,000円がきょ出されている。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法・不当であるから、その全部を取り消すべきである。
イ 請求人は、退職の際に本件法人から平成8年8月31日付の「退職手当として18,658,000円を支給する」旨記載された書類(以下「本件退職手当支給文書」という。)を受領した。
ロ 本来であれば、上記イの18,658,000円の全額が現金あるいは口座振込みで請求人に支給されるべきところ、本件法人は、本件法人及び請求人の退職年金事務手続等の関係から、F銀行預金口座に振り込まれていない残額の15,858,000円については現金等で支給せずに、請求人に代わって、本件退職年金(第1年金)の原資としてH信託銀行に直接、振替きょ出したものである。
ハ 本件退職年金の原資のきょ出者が本件法人になるとする説明等を、本件法人から受けた記憶はない。
ニ したがって、上記イの18,658,000円の全額がいったん請求人に帰属した後に振替決済がなされ、本件退職年金(第1年金)の原資としてきょ出されたものであるから、退職手当のうちF銀行預金口座に振り込まれた以外の残額の15,858,000円を請求人が受け取った事実はないとする原処分庁の主張は誤りであって、当該部分を本件法人がきょ出したものであるとした原処分は取り消されるべきである。
ホ そうすると、雑所得の課税の対象となる本件退職年金に係る収入金額は、年金額2,511,960円(第1年金1,697,196円、第2年金814,764円)から、請求人がきょ出した原資に対応する部分1,150,714円を控除した1,361,246円となる。

(2)原処分庁

 原処分は次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件退職年金の原資は、第1年金については本件法人がきょ出した金額15,858,000円であり、第2年金については請求人の在職時の本人積立金額1,176,500円及び本件法人の企業積立金額6,003,352円の合計額7,179,852円である。
 したがって、本件退職年金の原資のうち請求人の加入者きょ出金は、第2年金の請求人の在職時の本人積立金額1,176,500円のみであるから、請求人の公的年金等に係る雑所得の対象とされる本件退職年金の額は、別表3の原処分庁主張のとおりとなる(以下、所得税法第35条《雑所得》第3項第3号及び所得税法施行令第82条の3《適格退職年金の額から控除する金額》により算定した金額を「公的年金等に係る雑所得の対象とされる本件退職年金の額」という。)。
ロ 請求人は、退職に際し、本件法人から退職手当(退職一時金15,858,000円、特別加算分1,200,000円、退職せん別金1,600,000円)を受領している旨主張するが、現実には、請求人は本件法人から特別加算分及び退職せん別金については受け取っているが、退職一時金を受け取った事実はない。
ハ 請求人が退職手当から本件退職年金の原資としてきょ出されたものであると主張する15,858,000円は、本件法人から、退職年金の原資の運用委託先のH信託銀行に対し会社きょ出金として支出されたものであって、請求人が直接きょ出したものではない。

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3 判断

 双方の主張に基づいて調査、審理したところ、次のとおり判断される。

(1)認定事実

 請求人が当審判所に提出した資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件法人の社員退職手当規程(以下「本件退職手当規程」という。)の概要は次のとおりである。
(イ)本件退職手当規程は、社員就業規則第64条に基づいて定められている(以下、本件退職手当規程に基づき退職手当の支給を受ける制度を「本件退職手当制度」という。)。
(ロ)退職手当は、「基準額」(本件退職手当規程第3条)、「特別加算」(同第8条)、「退職餞別金」(同第9条)から構成されている。
(ハ)退職手当の「基準額」は、退職時の基本給月額に勤続年数による一定の乗率を乗じて算定され(同第3条)、定年に達し退職した時にはその全額が支払われる(同第4条)。
(ニ)ただし、本件退職年金制度に加入している者が定年により退職した場合においては、退職年金又は選択一時金が支給され(同第13条第1項)、その場合、退職手当の金額から基準額の全額が控除される(同条第2項)。
ロ 本件退職年金規程の概要は次のとおりである。
(イ)本件退職年金制度の加入者は、勤続20年以上でかつ定年により退職した時に退職年金が支給され(本件退職年金規程第7条)、退職年金の受給権者として、事情がある場合には、本件法人の認定により退職年金に代えて選択一時金の給付を受けることができる(同第9条)。
(ロ)本件法人及び本件退職年金制度の加入者は、それぞれ本件退職年金制度による給付の原資に充てるため、それぞれ、会社きょ出金(適正な年金数理に基づいて算定された金額)、加入者きょ出金(基本給月額に4.1%を乗じ、100円未満の端数を切り捨てた金額)をきょ出する(同第12条第1項)。
(ハ)会社きょ出金は、毎年2月末日、5月末日、8月末日及び11月末日現在の加入者を対象として算定し、同日これをきょ出する(同第12条第2項)。
(ニ)加入者きょ出金は、加入した月から退職または解雇の月の前月(月末に退職し、又は解雇される場合はその月)まで、毎月の賃金から控除してきょ出し、賃金から控除できないときは、別途加入者から徴収する(同第12条第3項)。
(ホ)本件法人は、本件退職年金制度による給付の原資の管理運用等をH信託銀行等に行わせる(同第15条)。
(ヘ)第1年金の年金月額は、退職時の基本給月額に勤続年数別乗数(上記イの(ロ)の基準額算定に用いる乗数と同じ内容になっている。)等を乗じて算定され、第2年金については、加入者きょ出金元利合計額に乗数を乗じて算定される(同別表A)。
ハ 本件法人が退職者に対する説明資料として作成した「定年退職者のしおり」、「ライフプランガイドブック」と題する各文書には、次の記載がある。
(イ)退職手当のうち、基準額は退職年金の原資になる。
(ロ)第2年金の原資は、会社きょ出金、加入者きょ出金及び特別加給金である。
(ハ)退職所得として課税されるのは、退職手当から上記(イ)の基準額を控除した後の部分である。
ニ 本件法人が退職者に対する説明資料として作成した「当社の退職年金制度について」と題する文書には、次の記載がある。
(イ)「第1年金原資=退職手当基準額100%」
(ロ)「第2年金の原資=従業員と会社の共同きょ出(満30才から積立)」
(ハ)「会社から直接支給=退職せん別金(+特別加算)」
(ニ)「本件退職年金制度の加入者が定年退職した場合(定年退職扱いを含む)は、退職手当額から基準額の全額を控除する(いわゆる100%移行)。」
ホ 本件法人の経理処理の状況等
(イ)本件法人が作成した「退職給与引当金計算書(個人用)」(平成8年4月3日作成)には、請求人の基準額が15,808,950円、年金充当額が15,808,950円と記載されている。
(ロ)本件法人が作成した請求人を取引先とする「退職手当・賃金精算(振込)」(決済日は平成8年8月30日)には、退職せん別金相当額1,600,000円、特別加算相当額1,200,000円の記載はあるものの、基準額相当額15,858,000円の記載はされていない。
(ハ)本件法人が作成した請求人を名あて人とする「退職諸給与金明細書」には、退職手当額18,658,000円の記載はあるものの、15,858,000円は退職年金きょ出金とされ、支払退職手当額は、2,800,000円と記載されている。
(ニ)本件法人の請求人の退職に際しての会計処理は、支払退職手当額2,800,000円については本件法人の資金から出金されているが、基準額15,858,000円についてはそうした会計処理はなされていない。
(ホ)本件法人が請求人に発行した、「平成8年分退職所得の源泉徴収票」には、退職手当等の支払金額が2,800,000円、源泉徴収に係る所得税額が零円と記載されている。
ヘ 請求人の給付申請等
(イ)請求人は、本件法人に提出した「退職関係諸届」によれば、本件退職年金規程第9条に規定する選択一時金を受給せず、全額年金で受給することを選択している。
(ロ)請求人が本件法人に提出した裁定年月日を平成8年8月31日とする「退職年金給付申請書」には、第1年金は、年金月額が141,433円、従業員きょ出総額が零円となっており、第2年金は、年金月額が67,897円、従業員きょ出総額が1,176,500円と記載されている。
ト 請求人は、本件法人から、「金18,658,000円也」、「上記金額貴下に対する退職手当として支給します」と記載された平成8年8月31日付の本件退職手当支給文書の交付を受けた。
チ 請求人主張に係る雑所得の対象とされる本件退職年金の額の算出根拠は、別表3の各請求人主張欄のとおりと認められる。
リ 適格退職年金に対する課税関係は次のとおりである。
(イ)適格退職年金とは、法人税法第84条《退職年金等積立金の額の計算》第3項及び法人税法施行令(平成11年法律第119号による改正前のもの)第159条《適格退職年金契約の要件等》第1項で規定された退職年金に関する信託等の契約で、〔1〕委託者を事業主、〔2〕受託者を信託会社、〔3〕受益者を使用人、〔4〕掛金負担者を事業主とすること等を内容とするものについて国税庁長官の承認を受けたものに基づいて支給されるものをいう。
(ロ)会社(委託者)に対する課税
A 事業主の掛金等(本件退職年金制度の場合は会社きょ出金)
 支出した時の損金又は必要経費の額に算入される。
B 掛金等の運用益(利息等収入)
 非課税
(ハ)受益者に対する課税
A 受益者の負担金(本件退職年金制度の場合は加入者きょ出金)
 支出した年分の生命保険料控除の対象となるが、厚生年金保険料等とは異なり、社会保険料控除の対象とはならない。
B 年金収入
 一時金ではなく年金として給付されるものは、その実際支給時において所得税法第35条の規定により雑所得とされ、同法施行令第82条の3の規定により、年金受給者本人の負担した部分の保険料又は掛金相当額が収入金額から控除される。
C 年金に代えて受給する一時金
 一時金として支給されるものは、その実際支給時において所得税法第31条《退職手当等とみなす一時金》の規定により退職所得とされ、年金受給者本人の負担した部分の保険料又は掛金が収入金額から控除される。
(ニ)通常、適格退職年金制度を設定するに当たっては、企業の就業規則または労働協約により定められた企業の年金規程に基づき、事業主がその従業員を受益者または保険金受取人として、信託会社等の受託機関との間で、税法に定める要件を備えた年金信託契約または生命保険契約等の「適格退職年金契約」を締結し、事業主は信託会社等に掛金等を払い込み、信託会社等はこれを管理、運用して、受益者に年金または一時金を給付することが約されており、本件退職年金制度もこれに該当する。

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(2)退職年金の原資のきょ出者(負担者)について

 請求人は、請求人のF銀行預金口座に振り込まれていない15,858,000円については、本来、請求人に支給されるべきものであり、本件法人が請求人に代わって本件退職年金の原資として振替きょ出したものである旨主張するので、審理した結果は以下のとおりである。
イ すなわち、本件退職年金制度の掛金等の負担についてみると、上記(1)のイの(イ)及び(ロ)から、退職手当の基準額は本件法人の負担において支払われることが認められるものの、本件退職手当規程上、上記(1)のイの(ハ)のとおり、本件退職年金制度の加入者が定年により退職した場合、退職手当の金額から基準額の全額を控除することとされるのみで、基準額と退職年金制度の原資との関係について明文で定めた規定は見当たらない。
 しかしながら、上記(1)のハの(イ)及び同ニの(イ)のとおり、基準額は第1年金の原資に「移行」するとされていること、また、第1年金及び第2年金の年金月額の算定方法が、同ロの(ヘ)のとおりとされ、基準額の算定方法と第1年金の年金月額の算定方法が相応していることからすると、本件退職年金制度の加入者についてみる限り、同ロの(ロ)及び(ハ)のとおり、その基準額に相当する金額が第1年金の原資として本件法人により継続的にきょ出され、年金資産となっているものと解される。
 このように、本件法人において本件退職年金制度の全加入者の基準額に相当する年金資産を積み立てるために長期継続してきょ出しているものである以上、その基準額相当額が退職時にいったん加入者に帰属することとするのであれば、そのような特別な規約がなければならないと解されるところ、定年退職時において、当該加入者に基準額相当額がいったん帰属する旨の定めは見当たらない。
 さらに、〔1〕上記(1)のヘの(ロ)のとおり、請求人の署名、押印のある退職年金給付申請書を見ても、第1年金についての従業員拠出総額を零円と記載していること、〔2〕上記(1)のホのとおり、本件法人の経理処理上も基準額相当額については会社きょ出金として処理されていること、〔3〕上記(1)のリのとおり、そもそも適格退職年金制度においては、退職の際、当該制度の加入者の退職年金の原資となる掛金が加入者に帰属しないことを前提として、退職年金の実際の支給時に課税されており、本件退職年金制度は国税庁長官の承認を受けて適格退職年金制度として運営されていることを考え併せると、本件退職年金制度においては、第1年金の原資のきょ出者(負担者)は請求人ではなく、本件法人であると認めるのが相当である。
ロ もっとも、この点については、本件法人が請求人に基準額を含む退職手当の金額を「支給する」旨の本件退職手当支給文書の交付を請求人が受けている事実が認められ、その表示内容は一見すると上記(1)のイの(ハ)の「退職手当の金額から基準額の全額が控除される」という本件退職手当規程と一致しないようにも読める。
 しかしながら、本件法人の人事室担当者は、当審判所に対し、基準額については一時的に請求人に支払うという趣旨の文書ではない旨の答述をしていること、また、上記(1)のイの(ロ)及び(ハ)のとおり、本件退職手当規程による規定の仕方が「退職手当の基準額」(第3条)について「退職手当の金額から基準額の全額を控除する」(第13条第2項)とされていることから、本件退職手当支給文書は、実際の支給形態とは別に、その控除前の退職手当の額のみについて表示したものと解することができることからすると、本件退職手当支給文書をもって上記結論を覆すに足りる証拠であるとは認められない。
ハ そうすると、請求人が、上記15,858,000円を本件退職年金(第1年金)の原資としてきょ出(負担)したものということはできず、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。

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(3)雑所得の金額について

 以上のとおり、退職年金の原資のきょ出者が請求人ではなく、本件法人であると認められることから、第1年金については、所得税法第35条第3項第3号に規定する「退職年金」に該当し、その全額が公的年金等に係る雑所得の対象となる。
 また、第2年金についても、所得税法第35条第3項第3号に規定する公的年金等に係る雑所得の対象と認められ、その原資は、会社きょ出金と加入者きょ出金(在職中の積立金)から成っていることからすると、本件退職年金の額から、請求人がその原資を負担していると認められる年金の支給額を控除した金額が、公的年金等に係る雑所得に係る収入金額となるから、結局、別表3のとおり、請求人の公的年金等に係る雑所得の対象とされる本件退職年金の額は2,430,480円が相当である。
 そうすると、別表3の原処分庁主張のとおり計算した公的年金等に係る雑所得の対象とされる本件退職年金の額に、老齢厚生年金の額を加算した金額は、請求人の本件確定申告における雑所得の収入金額と同額となり、当該申告金額は相当であると認められるから、その計算に誤りがあることを理由としてなされた更正の請求に対して、原処分庁が行った更正をすべき理由がない旨の通知処分は適法であり、請求人の主張には理由がない。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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