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(平12.11.27裁決、裁決事例集No.60 453頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、金融業を営んでいた審査請求人(以下「請求人」という。)が行った法人税法第81条《欠損金の繰戻しによる還付》第4項の規定に基づく還付請求について、同項に規定する「営業の全部の譲渡が生じた日」がいつであるのかが争われた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 別表1及び別表2のとおり(以下、平成7年4月1日から平成8年3月31日までの事業年度を「平成8年3月期」、平成8年4月1日から平成9年3月31日までの事業年度を「平成9年3月期」、平成9年4月1日から平成10年3月31日までの事業年度を「平成10年3月期」及び平成10年4月1日から平成11年1月25日までの事業年度を「平成11年1月期」という。)。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人の事業譲渡に係る主な経緯は、次のとおりである。
(イ)請求人においては、請求人の事業をG信用組合(以下「G信組」という。)に譲渡する旨の議案が平成10年1月16日の理事会で承認されるとともに、同年3月9日の理事会において、請求人がG信組との間で後記(ロ)の事業譲渡仮契約書を取り交わす旨の議案が承認された。
(ロ)請求人はG信組との間で、次のAないしEの契約条項(以下、AないしEにおいては、請求人を甲、G信組を乙とする。)が記載された事業譲渡仮契約書を平成10年3月10日に取り交わし、同年4月30日には、同内容の契約条項が記載された事業譲渡契約書を取り交わした。
A 乙は甲の事業の全部を譲り受けるものとし、甲は乙に事業を譲渡後、解散するものとする。
B 事業譲渡の期日は、甲、乙協議の上別途これを定めるものとする。
C 譲渡すべき事業の範囲は、事業譲渡日現在における甲の事業に属する動産、不動産、債権、債務等及びこれらに付随する権利義務に及ぶものとし、その細目については、甲、乙協議の上確定するものとする。
D 甲及び乙は、平成10年6月30日までにそれぞれ総代会を開催し、この契約の承認及び事業譲渡に必要な事項につき決議を求めるものとする。
E この契約は、上記Dの甲及び乙の総代会の承認並びに法令に定める関係官庁の認可が得られた時に、その効力を生じるものとする。
(ハ)上記(ロ)のD及びEに基づき、平成10年6月14日に開催された請求人の総代会において、請求人の事業をG信組へ全部譲渡した上請求人を解散する旨の議案が承認され、また、G信組においても、同年6月16日開催の総代会で請求人の事業の全部を譲り受ける旨の議案が承認された。
(ニ)その後、請求人はG信組との間で、上記(ロ)のBに基づき、事業譲渡日を平成11年1月25日と定める覚書(以下「本件覚書」という。)を平成10年9月17日に取り交わした。
(ホ)請求人の所管行政庁であるP県知事(中小企業等協同組合法第111条《所管行政庁》参照)は、平成10年12月24日付で請求人からG信組への事業譲渡を認可した。
(ヘ)請求人は、平成11年1月25日にG信組に対して資産等を引き渡すとともに、同日なされた総会の決議により解散した旨の登記を同年2月16日付で行った。
ロ 請求人は、平成9年3月期を欠損が生じた事業年度(以下「欠損事業年度」という。)とし、平成8年3月期を当該欠損事業年度開始の日前1年以内に開始した所得金額の存する事業年度(以下「還付所得事業年度」という。)とする別表1の「還付請求」欄のとおりの欠損金の繰戻しによる還付請求書を平成11年6月24日に原処分庁に提出した(以下、この還付請求を「本件還付請求」という。)。
ハ 請求人は、別表2のとおり、青色申告書である確定申告書を連続して原処分庁に提出している。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その取消しを求める。
イ 法人税法第81条第4項に規定する「営業の全部の譲渡が生じた日」については、いつをもって営業の全部の譲渡が生じた日とするのか明確に規定されていないが、本件においては、請求人とG信組が事業譲渡仮契約書を取り交わした日(以下、この日を「本件仮契約日」という。)である平成10年3月10日をもって営業の全部の譲渡が生じた日とするのが相当であり、本件還付請求は認められるべきである。
ロ 原処分庁は、請求人における「営業の全部の譲渡が生じた日」を請求人の解散日である平成11年1月25日であると認定したが、金融機関の解散、営業譲渡等が相当の期間を要するものであることを考えると、このような認定は、金融機関が法人税法第81条第4項の規定の適用を受ける機会を失わせるものであり納得できない。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 法人税法第81条第4項及び同法施行令第156条《欠損金の繰戻しによる還付をする場合の解散等に準ずる事実》では、同法第81条第1項の特例として、次の事実が生じた場合について、欠損金の繰戻しによる還付請求の特例を認める旨規定している。
(イ)解散
(ロ)営業の全部の譲渡
(ハ)会社更生法又は金融機関等の更生手続の特例等に関する法律(以下「更生特例法」という。)の規定による更生手続の開始
(ニ)営業の全部の相当期間の休止又は重要部分の譲渡で、これらの事実が生じたことにより欠損金額につき法人税法第57条《青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し》第1項の規定の適用を受けることが困難となると認められるもの
(ホ)商法の規定による整理開始の命令
ロ 請求人は、本件還付請求は上記イに掲げる事実のうち(ロ)の事実に該当するとし、その事実が生じた日は、本件仮契約日である平成10年3月10日とするのが相当である旨主張する。
 ところで、請求人を規制する中小企業等協同組合法においては、同法第57条の3《信用協同組合等の事業等の譲渡又は譲受け》第1項において「信用協同組合等は、総会の議決を経て、その事業の全部又は一部を銀行、他の信用協同組合等、信用金庫又は労働金庫に譲り渡すことができる。」旨が規定されるとともに、同条第3項において「事業の譲渡若しくは譲受け又は営業の一部の譲受けについては、政令で定めるものを除き、行政庁の認可を受けなければ、その効力を生じない。」旨が規定されており、これらの規定からすると、請求人の営業の譲渡については、所管行政庁であるP県知事の認可を受けない限り、法的効力は生じないものと認められる。
 そうすると、請求人において営業の全部の譲渡が生じた日は、P県知事の認可がなされた平成10年12月24日以後の日、すなわち、上記1の(3)のイの(ニ)のとおり、本件覚書において事業譲渡日として定められている平成11年1月25日であると認められる。
 したがって、法人税法第81条第4項に規定する欠損事業年度は、平成11年1月期又は平成10年3月期となり、当該欠損事業年度開始の日前1年以内に開始した各事業年度は、いずれも所得に対する法人税の額がないことから、同項に基づく還付請求はできないこととなり、請求人の主張には理由がない。
 なお、法人税法第81条第4項によれば、欠損金の繰戻しによる還付請求は、上記イの事実が生じた日以後1年以内に行わなければならないと規定されているところ、仮に、請求人の主張のとおり、請求人において営業の全部の譲渡が生じた日が本件仮契約日であるとしても、本件還付請求は同日から1年を超えた後になされているから本件還付請求には理由がない。
ハ 請求人は、原処分庁が「営業の全部の譲渡が生じた日」を請求人の解散日であると認定したことは、解散、営業譲渡等について相当の期間を要する金融機関に対しては、欠損金の繰戻しによる還付制度の適用を受ける機会を失わせるものであり納得できない旨主張する。
 しかしながら、上記イの(ハ)の更生特例法の規定による更生手続の開始以外の事実については、金融機関と他の一般の事業法人を別異に取り扱うべき法令の規定はないから、請求人の主張には理由がない。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、請求人において営業の全部の譲渡が生じた日がいつであるのかにあるので、以下審理する。
(1)請求人の提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 請求人は、裁判所に更生特例法の規定に基づく更生手続開始の申立てをしていない。
ロ 請求人の清算事務の担当職員は、当審判所に対し、営業譲渡に伴って発生する店舗、預金及び固定資産等の引渡しを本件覚書に示されたとおり、平成11年1月25日に行った旨答述している。
ハ 請求人の清算事務の担当職員は、原処分を担当した職員に対し、預金者の預金が移管された日及び請求人の従業員が解雇され、また、G信組に再雇用された日を平成11年1月25日である旨申述している。
(2)ところで、法人税法第81条第1項には、内国法人の青色申告書である確定申告書を提出する事業年度において生じた欠損金額がある場合には、その内国法人は、当該申告書の提出と同時に納税地の所轄税務署長に対し、当該欠損金額に係る事業年度(欠損事業年度)開始の日前1年以内に開始したいずれかの事業年度の所得に対する法人税の額に、当該いずれかの事業年度(還付所得事業年度)の所得の金額のうちに占める欠損事業年度の欠損金額に相当する金額の割合を乗じて計算した金額に相当する法人税の還付を請求することができる旨規定されている。
 さらに、法人税法第81条第4項には、第1項の規定は、内国法人につき解散、営業の全部の譲渡、会社更生法又は更生特例法の規定による更生手続の開始その他これらに準ずる事実で政令で定めるものが生じた場合において、当該事実が生じた日前1年以内に終了したいずれかの事業年度又は同日の属する事業年度の欠損金額があるときに準用し、この場合において、第1項中「当該申告書の提出と同時に」とあるのは「当該事実が生じた日以後1年以内に」と、「請求することができる。」とあるのは「請求することができる。ただし、還付所得事業年度から欠損事業年度までの各事業年度について連続して青色申告書である確定申告書を提出している場合に限る。」と読み替える旨規定されている。
 そうすると、内国法人について営業の全部の譲渡が生じた場合の欠損金の繰戻しに基づく還付請求は、当該事実が生じた日前1年以内に終了した事業年度又は同日の属する事業年度に欠損金額があり、当該欠損事業年度の開始の日前1年以内に開始した事業年度に法人税額があるとともに、還付所得事業年度から欠損事業年度までの各事業年度について連続して青色申告書である確定申告書を提出し、当該事実が生じた日以後1年以内に法人税の還付請求書を提出した場合にその適用が認められることとなる。
(3)請求人は、法人税法第81条第4項に規定する「営業の全部の譲渡が生じた日」は、本件仮契約日である平成10年3月10日とするのが相当である旨主張するので、以下審理する。
イ 法人税法第81条第4項にいう営業の譲渡とは、商法所定の営業譲渡と同様、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受け会社に受け継がせることをいうと解されている。
ロ ところで、請求人の事業を直接規制しているところの中小企業等協同組合法第57条の3第3項には、事業の譲渡若しくは譲受け又は営業の一部の譲受けについては、政令で定めるものを除き、行政庁の認可を受けなければ、その効力を生じない旨が規定されており、この規定からすると、請求人においては、所管行政庁であるP県知事の認可を受けない限り、営業の譲渡に効力は生ぜず、当該営業の譲渡は有効なものにはならないと認められる。
 また、上記1の(3)のイの(ロ)のEのとおり、請求人とG信組が取り交わした事業譲渡仮契約書及び事業譲渡契約書においても「この契約は、双方の総代会の承認並びに法令に定める関係官庁の認可が得られた時に、その効力を生じるものとする。」旨定められていることからすれば、請求人としてもP県知事の認可により、初めて契約の効力が生じるとの認識であったことがうかがわれる。
ハ そして、請求人においては、所管行政庁であるP県知事の認可を受けて、上記(1)のロ及びハのとおり、本件覚書において事業譲渡日として定められた平成11年1月25日をもって、店舗、預金及び固定資産等の引渡しがなされるとともに、従業員の解雇及び再雇用が行われているから、同日に一定の営業目的のため組織化され有機的一体として機能する財産の全部が譲渡されたと認めるのが相当である。
ニ したがって、上記イないしハの内容を総合して判断すれば、請求人における「営業の全部の譲渡が生じた日」は、平成11年1月25日であると認めるのが相当であり、本件仮契約日である平成10年3月10日が営業の全部の譲渡が生じた日であるとの請求人の主張には理由がない。
 そうすると、請求人における本件還付請求に係る欠損事業年度は、平成11年1月期又は平成10年3月期となり、当該欠損事業年度開始の日前1年以内に開始した請求人の各事業年度にはいずれも所得に対する法人税の額がないことから、法人税法第81条第4項に規定する欠損金の繰戻しによる法人税の還付請求はできないこととなる。
(4)この点、請求人は、原処分庁が「営業の全部の譲渡が生じた日」を請求人の解散日であると認定したことは、解散、営業譲渡等について相当の期間を要する金融機関に対しては、欠損金の繰戻し還付請求の規定の適用を受ける機会を失わせることとなり、不当である旨主張する。
 確かに、請求人の営業譲渡については、上記(3)のロのとおり、一般の事業法人と異なり、所管行政庁の認可を要し、平成10年1月16日に開催された理事会による事業譲渡の承認から同年12月24日のP県知事の事業譲渡の認可まで約11月を要している。
 しかしながら、法人税法第81条第4項中の更生特例法の規定による更生手続の開始以外の事実については、金融機関と他の一般の事業法人を別異に取り扱うべき法令の規定は存しない以上、所管行政庁の認可に相当の期間を要することが原因で同項の還付請求を受けられない金融機関が存したとしてもやむを得ないと言わざるを得ない。
 なお、本件においては、請求人の欠損事業年度の開始の日前1年以内に開始した各事業年度にいずれも所得に対する法人税の額がなかった結果、法人税法第81条第4項の規定の適用が受けられなかったということにすぎないのであって、すべての金融機関に同項の適用を受ける機会を失わせる結果を導くものではない。
 したがって、この点における請求人の主張には理由がない。
(5)なお、仮に、請求人が主張するように、営業の全部の譲渡が生じた日を本件仮契約日である平成10年3月10日としたとしても、本件還付請求は、上記1の(3)のロのとおり平成11年6月24日になされており、明らかに法人税法第81条第4項に規定する還付請求の期限を徒過してなされているのであるから、請求人の主張は採用できないこととなる。
(6)以上のことから、本件還付請求は認められないとしてなされた原処分は相当である。
(7)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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