ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.61 >> (平13.3.15裁決、裁決事例集No.61 304頁)

(平13.3.15裁決、裁決事例集No.61 304頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、都市再開発法に基づくF地区第一種市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)に係る権利変換により取得した施設建築物(市街地再開発事業によって建築される建築物をいう。以下同じ。)及び施設建築敷地(市街地再開発事業によって造成される施設建築物の敷地をいう。以下同じ。)に関する権利を譲渡したことによる課税長期譲渡所得金額に対する所得税の額の算定に当たり、租税特別措置法(平成10年法律第23号による改正前のものをいい、以下「措置法」という。)第31条の2《優良住宅地の造成等のために土地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例》第1項の規定による特例(以下「本件特例」という。)が適用されるか否かを争点とする事案である。

トップに戻る

(2)審査請求に至る経緯

 別表のとおり(以下、同表の「更正処分等」欄の更正処分を「本件更正処分」という。)。

(3)基礎事実

 以下の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、本件再開発事業の施行に伴う権利変換計画(以下「本件権利変換計画」という。)に同意する旨の同意書を平成4年2月28日付で本件再開発事業の施行者であるF地区市街地再開発組合(以下「本件再開発組合」という。)に提出した。
ロ 本件権利変換計画における請求人に係る権利変換計画は、次のとおりである。
(イ)権利変換期日前の請求人の権利
P県R市T六丁目730番38所在の土地に係る借地権33.06平方メートル(以下「本件旧資産」という。)
(ロ)権利変換期日後の請求人の取得する権利
A 施設建築敷地に関する権利
 P県R市T六丁目24番1所在の宅地10,014.02平方メートル(以下「本件施設建築敷地」という。)に対する共有持分1億分の58,805(施設建築物である住宅棟502号室対応分)及び同1億分の61,614(施設建築物である住宅棟702号室対応分)
B 施設建築物に関する権利
 住宅棟5階の502号室69.03平方メートル及び同7階の702号室69.03平方メートル
ハ 本件再開発事業に係る権利変換日(以下「本件権利変換日」という。)は、平成4年12月8日である。
ニ 原処分庁の職員(以下「本件相談担当者」という。)は、請求人に対し、請求人が本件権利変換計画に基づく権利変換(以下「本件権利変換」という。)により取得した上記ロの(ロ)の施設建築敷地及び施設建築物に関する権利(以下「本件権利」という。)を譲渡した場合の課税関係について、本件再開発組合の証明があれば本件特例の適用がある旨回答した。
ホ 請求人は、平成9年7月22日に本件権利を151,090,350円(内訳は、住宅棟502号室に対応する各権利を74,065,250円、住宅棟702号室に対応する各権利を77,025,100円)で本件再開発組合に譲渡した(以下、この権利の譲渡を「本件譲渡」という。なお、本件権利を譲渡した場合には、措置法第33条の3《換地処分等に伴い資産を取得した場合の課税の特例》第3項の規定により、権利変換以前の旧資産を譲渡したものとみなされ、分離課税の譲渡所得の課税対象とされる。)。
ヘ 本件再開発組合は、請求人に対し、本件譲渡は措置法第31条の2第2項第4号に規定する譲渡に該当する旨を証明する証明書(以下「本件証明書」という。)を発行した。
ト 請求人は、法定申告期限内に、別表の「確定申告」欄のとおり記載した平成9年分の所得税の確定申告書(分離課税用)(以下「本件申告書」という。)を原処分庁に提出した。

トップに戻る

2 主張

(1)請求人

 本件譲渡に係る課税長期譲渡所得の金額(以下「本件譲渡所得金額」という。)に対する所得税の額は、次のとおり、本件特例を適用の上算定されるべきであるところ、本件更正処分は、本件特例を適用しないでされているから違法であり、取り消されるべきである。
イ 本件特例の適用について
 本件譲渡は、本件再開発事業の実質的な権利変換日である建築工事の着工日以前の譲渡と何ら変わらず、また、やむを得ず譲渡したものであるから、本件特例が適用されるべきである。
(イ)実質的な権利変換日
 本件権利変換は、形式的には本件権利変換日に成立している。
 しかしながら、本件再開発事業は、既に、本件権利変換前から竣工時期の延長が話題に上がっており、本件再開発組合と参加組合員との間で、平成5年6月30日には経済情勢の悪化を理由に、次いで、平成6年12月15日には経済情勢の回復の遅れを理由に、住宅棟工事については平成9年12月まで、事務所棟工事については平成11年12月までそれぞれ竣工時期の延長の合意がされた。
 このように、本件再開発事業は、本件権利変換日後、何ら事業が開始されないまま竣工時期の第1回目の延長がなされるなどしており、実質的には、建築工事が着工された平成7年8月1日まで本件権利変換は行われなかったと同様であるから、実質的な権利変換日は、建築工事の着工日の平成7年8月1日である。
(ロ)本件権利の実質的な譲渡時期
 請求人は、本件再開発事業の実質的な権利変換日である建築工事の着工日より前の平成6年前半に、本件再開発組合に対して本件権利の譲渡を申し入れており、その時点で譲渡契約が成立しておれば、本件権利の譲渡に関して本件特例を適用することについて何ら問題がなかったところ、本件再開発組合の都合で譲渡時期が平成9年に延びたのであるから、本件権利の譲渡は実質的に権利変換日以前の譲渡と何ら変わらない。
(ハ)本件譲渡に至った経緯
 本件再開発事業は、上記(イ)のとおり、本件権利変換後に竣工時期の延長がされたが、本件権利変換前に事業計画について正しい情報が与えられておれば、請求人は、本件旧資産を本件権利変換前に本件再開発組合に譲渡するという方法を選択していた。しかも、請求人の母が、第1回目の竣工時期の延長が実行されたころより歩行が困難になり、高層建築の再開発地域で生活するのが不可能になったため、請求人は、やむなく本件再開発組合に本件権利を譲渡することとなったものである。
ロ 本件相談担当者の回答
 請求人は、本件譲渡をする前に、本件相談担当者から、本件権利の譲渡については本件再開発組合の証明があれば本件特例の適用がある旨の回答を得ている。
ハ 本件特例の適用が認められた者の存在
 請求人と同様の状況で譲渡したH(本件再開発組合の元組合員)の譲渡については、本件特例の適用が認められている。

トップに戻る

(2)原処分庁

 次の理由から、本件譲渡所得金額に対する所得税の額の算定に当たり、本件特例を適用することはできないから、審査請求は棄却されるべきである。
イ 本件特例の適用について
(イ)第一種市街地再開発事業は、権利変換前の建物や土地等の所有者に対して従前の資産価値に見合う再開発ビルの床(権利床)及び敷地等の共有持分を与えるとともに土地の高度利用によって生み出される新たな床(保留床)を処分することにより事業費を賄うという方法により進められるため、権利変換期日においては、第一種市街地再開発事業の施行地区内のすべての土地等が完成後の再開発ビルの「権利床」及び「保留床」に対応する敷地となり、権利変換によって、事業の用に供すべき土地等(事業用地)が確保されたことになる。
 したがって、権利変換期日後の事業施行地には、施行者が第一種市街地再開発事業の用に供するため新たに取得する事業用地は存在しないことになる。
(ロ)上記(イ)と本件特例がビル需要の高い過密地域における土地の高度利用に資する宅地の供給促進を図るために設けられたものと解されることを併せ判断すると、本件特例が適用される措置法第31条の2第2項第4号に規定する「土地等が当該事業の用に供されるもの」とは、事業施行の前段階である事業用地の確保に資するもの、言い換えれば権利変換期日以前の譲渡に限定されるものと解されるところ、本件譲渡は、本件権利変換日後の譲渡であるから、本件権利は、措置法第31条の2第2項第4号に規定する「土地等が当該事業の用に供されるもの」に該当しない。
ロ 本件相談担当者の回答について
(イ)国税通則法第24条《更正》は、税務署長は、納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合は、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する旨規定しているところ、所得税の確定申告がその内容において法律の規定に従っていないときに、それが税務職員の指導又は申告を是認するような告知をしたことによりなされたものであるとしても、そのことによって当該申告が法律の規定に従ったものになるものではない。また、そのために課税処分を取り消すとすれば、当該納税者は法律の規定によらずに課税を免れる反面、法律の規定に従い正しい申告をしている納税者との関係においては、当該納税者だけを特に違法に優遇した結果となり、租税法律主義及び租税平等の原則に反することとなる。
(ロ)本件譲渡については、本来、本件特例の適用がないにもかかわらず、本件相談担当者が本件再開発組合の証明があれば本件特例の適用が認められる旨を発言したことから、請求人及び同人の代理人が本件再開発組合に交渉し、本件再開発組合の証明の交付を得た事実が認められるが、そのことによって請求人が被る不利益は、法律の規定に従った課税処分に基づく正当な税額を負担しなければならないというものに過ぎないから原処分を取り消すべき理由となるものではない。
ハ 本件特例の適用が認められた者の存在について
 本件譲渡に関し本件特例が適用されない理由は上記イのとおりであるから、他の納税者の状況をもって請求人の場合にも本件特例が適用されるべきである旨の主張には理由がない。
ニ 本件更正処分について
 以上述べたとおり、請求人の主張には理由がなく、本件譲渡所得金額に対する所得税の額の計算上、本件特例の適用はないから、請求人が本件申告書に記載した総所得金額及び措置法第31条《長期譲渡所得の課税の特例》第1項の規定に基づき納付すべき税額を計算すると別表の「更正処分等」欄の〔13〕欄のとおり35,070,400円となるから、この金額と同額でした本件更正処分は適法である。

トップに戻る

3 判断

(1)請求人の提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件再開発組合は、平成3年4月17日、P県知事によって設立が認可され、同月22日、その旨がP県告示第○○号により告示された。その告示によると、本件再開発事業の施行期間は、平成3年4月22日から平成7年3月31日までで、権利変換を希望しない旨の申出の期限は、平成3年5月21日である。
ロ 本件再開発組合は、平成4年3月28日の第3回臨時総会において、資金調達方法の変更並びにそれに伴う定款及び事業計画の変更等の議案を討議するとともに、短期スケジュール及び建物除去等工事についての報告をした。
ハ 本件再開発組合は、平成4年10月24日の第4回臨時総会において、土地の分筆による地番の変更に伴う定款及び事業計画の変更並びに権利変換計画に係る従前の資産及び権利変換後の資産の評価の考え方と概算額、権利変換計画の内容、増床基準、権利変換基準、権利変換計画のスケジュールについて討議した。
ニ 本件再開発組合は、平成4年11月20日付で本件権利変換計画の認可申請をし、P県知事により、同年12月7日付で認可された。なお、上記認可申請書には、〔1〕権利変換計画書、〔2〕権利変換計画の決定について議決を得たことを証する書類、〔3〕施行地内の土地又は物件に関し権利を有する者のすべての同意を得たことを証する書類等が添付されていた。
ホ 本件再開発組合は、平成5年6月5日の第6回臨時総会において、本件再開発事業に係る施設建築物等工事の竣工時期を平成9年12月まで延長することを含めた事業スケジュールの変更について討議し、同月30日付で、施設建築物等工事の竣工時期を平成9年12月まで延期する旨の覚書をK株式会社と締結したが、平成6年11月5日の第8回臨時総会において、竣工時期を平成11年12月まで延長すること等について討議し、平成7年2月7日付で、住宅棟工事は平成9年12月、事務所棟工事は平成11年12月までにそれぞれ竣工させる旨の覚書を同社と締結した。
ヘ 本件再開発組合は、〔1〕参加組合員負担金、〔2〕住宅棟の先行竣工、〔3〕事業施行期間を平成7年3月31日から平成12年12月31日へ変更等を理由として、平成7年3月13日付で定款及び事業計画の変更の認可申請をし、同月24日付で認可された。
ト 本件施設建築敷地に係る土地登記簿謄本によれば、請求人が、平成4年12月8日の都市再開発法による権利変換を原因として、同年12月14日本件施設建築敷地に係る共有持分1億分の120,419を取得した旨の登記がされている。
チ 本件施設建築敷地上に存した旧建物等の除去等工事は、平成5年3月までに完了し、同年4月には水道及びガス管等の埋設工事が着工された。
 また、本件再開発事業に係る施設建築物の工事は、平成7年8月1日に着工され、平成9年11月30日に住宅棟が、次いで、平成11年4月28日に事務所棟がそれぞれ竣工した。
リ 本件再開発組合の業務記録によれば、本件権利の譲渡に関して次の事実が認められる。
(イ)平成7年8月26日、請求人は、Mを通じて本件再開発組合に対し、本件権利を権利変換価格の1割引で引き取ってもらいたい旨を申し入れた。これに対し本件再開発組合は、引取りといっても売買と同様であり、時価取引の認識があるなら検討できるかも知れない旨を回答した。
(ロ)平成9年1月16日、本件再開発組合は、請求人の本件権利の買取要望に対し、〔1〕時価相場なら売却可能と思われること、〔2〕請求人が取得予定と同タイプの施設建築物を7,000万円強で分譲予定であること、〔3〕仲介等の手伝いをする用意はあること及び〔4〕仲介が必要の場合は、1月中に申し入れてもらいたい旨を伝えた。
(ハ)平成9年3月6日、請求人の妻は、本件再開発組合に対し、権利変換に伴う増床代金を支払う予定はないので、本件権利を売却したい旨を申し入れた。
 これに対し、本件再開発組合は、平成9年3月12日、同人に対し、本件権利の売却可能価額は合計1億5,000万円程度であること等を伝えたところ、同人は、本件権利は必要ないので全部売却したい旨回答した。そこで、本件再開発組合は、本件権利の売却に際しての媒介契約の締結等について説明をした。
(ニ)平成9年4月18日、請求人の関与税理士は、本件再開発組合に対し、請求人は1年以上前から売却を申し入れていること、本件特例の適用については同人が確認済であること等を伝えた。
(2)前記1の(3)及び上記(1)の事実に基づき本件特例の適用の可否について検討すると、次のとおりである。
イ 本件特例の内容
 措置法第31条の2第1項は、優良住宅地の造成等のために土地等を譲渡した場合の当該譲渡に係る課税長期譲渡所得金額に対して課する所得税の額は、同法第31条《長期譲渡所得の課税の特例》第1項及び第2項の規定にかかわらず、課税長期譲渡所得の金額が4,000万円以下である場合には、当該課税長期譲渡所得金額の100分の15に相当する金額とし、課税長期譲渡所得金額が4,000万円を超える場合には、600万円と当該課税長期譲渡所得金額から4,000万円を控除した金額の100分の20に相当する金額との合計額とする旨を規定し、同法第31条の2第2項第4号は、「都市再開発法による第一種市街地再開発事業の施行者に対する土地等の譲渡で、当該譲渡に係る土地等が当該事業の用に供されるもの」を、本件特例が適用される土地等の譲渡と規定している。
ロ 本件特例の制定の目的及び経緯
 本件特例は、昭和54年度の税制改正において、当面の住宅政策、土地政策の一貫として、公的土地の取得の円滑化及びその緊要性が高いといわれる都市地域における住環境としても望ましい優良な住宅地等の供給に寄与する土地等の譲渡に限って、その税負担の軽減を図る観点から設けられたもので、その後、昭和63年度の税制改正において、三大都市圏の既成市街地等のようにビル需要の高い過密地域において、土地の高度利用に資する宅地の供給の促進を図るとともに、公共空地の創出等による都市環境の整備に資することを目的として、措置法第31条の2第2項第4号に規定する譲渡を、本件特例が適用される土地等の譲渡の態様の一つに加えた。
ハ 市街地再開発事業
 都市再開発法にいう市街地再開発事業とは、市街地の土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図るため、都市計画法及び都市再開発法で定めるところに従って行われる建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業並びにこれに附帯する事業をいい、これには、第一種市街地再開発事業と第二種市街地再開発事業とがある。
(イ)第一種市街地再開発事業
 第一種市街地再開発事業は、都市計画法第12条《市街地開発事業》第2項の規定により、市街地再開発事業について都市計画に定められた施行区域又は都市計画法第8条《地域地区》第1項第3号の高度利用地区若しくは特定地区計画等区域内の低層木造住宅等の密集地域において、〔1〕その低層木造住宅等の全面的な除却、〔2〕中高層の不燃化共同建築物の建築及び〔3〕その地域に必要な道路、公園等の公共施設の整備を権利変換方式により行う事業である。
(ロ)権利変換方式
 権利変換方式は、従前の土地所有者、借地権者、建物所有者及び借家権者に、従前の資産の価額に見合う施設建築物の権利床の一部及び施設建築敷地の共有持分を与えて再開発地域における権利関係の調整をするもので、その経済的な実質は、従前の土地等、建物又は借家権と施設建築敷地若しくはその共有持分、施設建築物の一部又はそれについての借家権との交換ということができ、一般に「立体換地」と呼ばれている。
ニ 事業用地の確保と税制上の特例措置
(イ)権利変換方式で行われる第一種市街地再開発事業では、都市再開発法の規定に基づき定められた権利変換計画について、事業施行地内の土地等及び建物等の権利者の同意を得た上で、建設大臣又は都道府県知事から事業施行者設立の認可を受け、その旨を公告するとともに、関係権利者に関係事項を書面により通知することによって、権利変換期日において、事業施行地内の土地等及び建物等に係る従前の権利関係は消滅し、新たな権利関係に変換する。すなわち、〔1〕事業施行地区内の従前の土地は、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属し、その土地は、施設建築敷地として施設建築物の所有を目的とする地上権が設定されたものとみなされ、〔2〕事業施行地内の従前の建築物は、事業施行者に帰属し、〔3〕事業施行地区内の従前の土地又は建築物を目的とする所有権以外の権利は、原則的に消滅する。そして、同日において、権利変換計画に基づき施設建築敷地及び施設建築物の一部を取得する権利に変換される。
 また、事業施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、事業施行地区内の土地又は当該土地にある物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができることとされている。
 このような権利変換期日における権利の変換及び権利変換期日後は事業施行者において占有者から土地の明渡しを求めることができることを併せ考えると、事業施行者にとっては、当該事業の用に供すべき土地(事業用地)は権利変換期日をもって確保されたということができる。
(ロ)そうすると、上記ロの本件特例の制定の目的及び経緯と上記(イ)を併せ考えると、第一種再開発事業の用に供するための事業用地を確保し、もって当該事業の促進を図るためには、権利変換期日以前の事業施行者に対する土地等の譲渡について税制上の特例措置を講ずることは必要であるとしても、権利変換により事業用地が確保された権利変換期日後にあっては、施設建築敷地及び施設建築物の一部を取得する権利者が異動したとしても、第一種再開発事業の施行上の妨げにはならないから、その必要はないというべきである。したがって、措置法第31条の2第2項第4号に規定する土地等の譲渡は、第一種市街地再開発事業の施行の前段階である事業用地の確保に資するための譲渡、すなわち、権利変換期日以前の譲渡に限られると解するのが相当である。
(ハ)ところで、措置法第33条の3第3項は、第一種市街地再開発事業による権利変換により取得した施設建築物の一部を取得する権利につき譲渡があったときは、当該譲渡のあった日において旧資産の譲渡があったものとみなす旨規定していることから、その場合には、旧資産を譲渡したものとして本件特例の適用ができるのではないかとの疑念も生じ得るが、上記(イ)のとおり、旧資産は、既に権利変換の目的物として権利変換期日に当該事業の用に供されたと認めるのが相当である。したがって、同項の規定により、旧資産たる土地等が譲渡されたものとみなされるとしても、その譲渡について本件特例を適用することはできないというべきである。
ホ 本件譲渡に係る本件特例の適用の可否
 これを本件についてみるに、請求人は、本件再開発組合の組合員として本件権利変換計画に同意し、平成4年12月8日の本件権利変換により本件権利を取得し、本件再開発組合は、本件権利変換日において本件旧資産を本件再開発事業の用に供したと認められる。そうすると、たとえ、本件権利を本件再開発事業の施行者に譲渡したとしても、本件譲渡は、前記1の(3)のホのとおり、本件権利変換日後の譲渡であり、措置法第31条の2第2項第4号に規定する再開発事業の用に供するための土地等の譲渡には該当しないから、本件譲渡所得金額に対する所得税額の計算に当たり、本件特例を適用することはできない。
ヘ 請求人の主張について
(イ)請求人は、〔1〕本件権利変換は形式的には成立しているが、実質的には建築着工時まで本件権利変換は行われなかったと同様であること、〔2〕本件権利変換前に施設建築物の竣工時期等について正確な情報を知らされておれば、本件権利変換前に本件旧資産を本件再開発組合に譲渡するという方法を選択することができたこと、〔3〕施設建築物の竣工時期が延長されている間に請求人の母が体調を崩し、取得する施設建築物に居住する必要がなくなってしまったことから、やむなく譲渡することになったこと、〔4〕本件譲渡の申込みは、実質的な権利変換日である施設建築物の工事着工日より前に行ったが、本件再開発組合の都合で平成9年の譲渡となったことを理由に、本件権利の譲渡は、本件権利変換日前の譲渡と実質的に何ら変わらないものとして、本件特例が適用されるべきである旨主張する。
(ロ)しかしながら、次のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がない。
A 上記(イ)の〔1〕について
 権利変換期日をもって権利変換の効果が生じることは、上記ニのとおりであり、施設建築物の工事着工があるまでは権利変換の効果が生じないと解すべき理由はないから、請求人の主張には理由がない。
B 上記(イ)の〔2〕について
 前記1の(3)のイからハまで及び上記(1)の事実によれば、本件再開発組合は、臨時総会において事業計画の変更、施設建築物等工事の竣工時期の延長等の討議を行っていることが認められることによれば、請求人は、本件権利変換日までに権利変換を希望しない旨の申出をすることあるいは本件旧資産を本件再開発組合に譲渡することができたにもかかわらず、本件権利変換計画に同意して本件権利変換により本件権利を取得したというべきであるから、請求人の主張には理由がない。
C 上記(イ)の〔3〕について
 請求人は、施設建築物の竣工時期等について正確な情報を知らされておらず、その後、母が体調を崩したことからやむなく本件権利を譲渡するに至った旨主張するが、本件特例について、やむを得ない事情により土地等の譲渡があった場合には本件特例の適用を認める旨の規定は存しないのであるから、そのことをもって本件特例を適用すべき理由にはならないというべきである。
D 上記(イ)の〔4〕について
 売買は、売主がある財産権を相手方に与えることを約し、買主がこれに代金を支払うことを約することによって成立する有償・双務契約であるから、請求人が、本件再開発組合に本件権利の譲渡の申込みをしたことをもって本件権利の譲渡があったとみることはできず、他に前記1の(3)のホの平成9年7月22日以外の日に本件権利を譲渡したことを認めるに足りる証拠はなく、また、上記Aのとおり、施設建築物の工事着工日を権利変換日とみることもできない。したがって、請求人の主張は採用できない。
(ハ)また、請求人は、本件相談担当者から本件再開発組合の証明があれば、本件譲渡について本件特例の適用を受けられる旨の回答を受けたことを理由に本件特例を適用すべきである旨主張する。
 しかし、所得税の確定申告の内容が法律の規定に従っていないときは、たとえ、その申告が税務職員の指導等に基づいてされたものであるとしても、そのことにより、その申告が法律の規定に従ったものになるわけではない。もっとも、税務担当職員の指導等につき、納税者が信頼を抱いた場合において、納税者がそのような信頼を抱くことにもっともな事情があり、かつ、その信頼を裏切られることによって納税者が格段の不利益を被るなど、その信頼を保護しなければならないとするに足るだけの特段の事情があるときは、例外的に、その保護が考えられなければならないとすることも考えられないではない。
 これを本件についてみるに、当審判所の調査の結果によれば、本件相談担当者が本件特例の規定を誤解し、請求人に対し、権利変換後であっても本件再開発組合から本件特例の適用を受けるために必要な証明書の発行があれば本件特例の適用ができる旨の回答をしたと認められるが、請求人の前記2の(1)のイの(ロ)の主張と上記(1)のリの本件再開発組合の業務記録の内容とが符合することによれば、請求人が本件相談担当者に相談した時には、請求人は既に本件権利を本件再開発組合に譲渡する旨を決意し買取り方を申し入れ価格等を交渉していたものであって、本件相談担当者の誤指導によって本件権利の譲渡をすることになった事情は認められず、そうすると、請求人が誤指導によって受けることになった「不利益」は、法律の規定に従った正当な税額を負担しなければならない不利益を被るにすぎない。また、請求人及びその関与税理士は、本件相談担当者が本件再開発組合の証明があれば本件特例の適用がある旨を回答したところ、これを本件再開発に対し、本件権利の譲渡につき「租税特別措置法第31条の2第2項に該当する譲渡であることについては、当方にてN税務署資産税部門と協議し、確認済」である旨の本件相談担当者の回答とは異なる内容を記載した証明書の交付願いを提出し、これを受けた本件再開発組合は、本件譲渡は措置法第31条の2第2項第4号に規定する譲渡には該当しないと認識していたにもかかわらず請求人に本件証明書を交付したことが認められることによれば、請求人が被る不利益を保護しなければならないとする事情は認められない。
 したがって、請求人の主張には理由がない。
(ニ)さらに、請求人は、請求人と同様の状況で本件特例が適用された者がいることを理由に、本件特例が適用されるべきであるとも主張するが、本件譲渡に関して本件特例が適用されない理由は上記ホのとおりであるから、他の納税者の状況をもって請求人の場合にも本件特例が適用されるべきであるとの主張には理由がない。
(3)本件更正処分について
 上記(2)のとおり、本件譲渡所得金額に対する所得税の額の計算上、本件特例は適用できないところ、請求人が本件申告書に記載した総所得金額及び本件譲渡所得金額について、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査の結果によっても相当と認められ、これに基づき請求人の納付すべき税額を計算すると、次表の〔13〕欄のとおり35,070,400円となるから、この金額と同額でした本件更正処分は適法である。

(4)その他
 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る