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(平14.2.26裁決、裁決事例集No.63 576頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が相続財産として申告した同族法人に対する貸付金の一部について、相続税の課税価格に算入すべき債権に該当するか否かが主に争われた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 別表のとおり

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成11年1月7日に死亡したD(以下「被相続人」という。)の共同相続人の一人であり、この相続(以下「本件相続」という。)に係る他の共同相続人にEがいる(以下、請求人と併せて「相続人ら」という。)。
ロ 被相続人は、本件相続の開始日まで、有限会社F(以下「F」という。)の代表取締役の地位にあり、また、Fは、被相続人との金銭の貸借を表わす勘定科目として、総勘定元帳にL勘定を設けていたところ(以下、この勘定科目を「L勘定」という。)、本件相続の開始日におけるL勘定の残高は、158,934,696円となっている。
ハ Fの商業登記簿によれば、請求人は、平成11年2月20日に同社の代表取締役に就任している。
ニ 平成11年11月5日、請求人は、本件相続に係る相続税の申告書に、相続財産として、Fに対する貸付金を158,934,696円(以下「本件貸付金」という。)と記載して申告した。
ホ 平成11年11月30日、Fは、平成10年10月1日から平成11年9月30日までの事業年度(以下「平成11年9月期」という。)の法人税の申告書に、損益計算書の「特別利益」欄に損失補てん金50,000,000円、また、貸借対照表の「固定負債」欄にL勘定102,081,741円と記載した決算報告書を添付して申告した。
ヘ 平成12年2月17日、請求人は、本件貸付金のうちFが平成11年9月期の法人税の申告で受贈益として計上した50,000,000円部分(以下「本件金員部分」という。)について、本件貸付金から減額すべきであるなどとする更正の請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 異議審理庁は、異議申立てに係る調査において、本件貸付金に関する請求人の言い分を十分に聞かないまま、一方的に異議決定をしたが、本件金員部分は、次の理由により本件貸付金から減額すべきであるから、原処分は違法であり、その一部を取り消すべきである。
イ 本件金員部分が貸付金債権に該当するか否かについて
 被相続人は、損失補てん金としてFに資金を提供していたが、これは回収する意思のない贈与である。
 贈与であることは、〔1〕生前、被相続人が本件貸付金の資金原資である個人預金はFのものであるといっていたこと、〔2〕相続人ら及びその関係者は、当時の関与税理士から本件貸付金の存在について何も説明を受けていないこと、〔3〕本件相続に係る遺産分割協議書に本件貸付金が個別に記載されていないこと、〔4〕相続人らにおいて、本件貸付金が相続財産であるとの認識がなかったことからもいえる。
 しかし、Fの会計処理においては、法人税の負担の関係から、L勘定で処理していたものであるところ、これを平成11年9月期の決算修正において、本件金員部分を受贈益として確定させたものであるから、少なくともこの部分は、Fに対する貸付金には当たらない。
 また、決算修正による受贈益の計上という会計処理は、被相続人がFの代表取締役の地位にあった平成9年10月1日から平成10年9月30日までの事業年度(以下「平成10年9月期」という。)においても行っている。
ロ 本件金員部分の回収見込み
 仮に、本件金員部分が貸付金となるとしても、相続税の申告期限までの状況において、本件金員部分は、法人の受贈益として確定しているから、回収が不可能なことは動かし難い事実である。
 また、原処分庁が主張する、本件金員部分の「回収が不可能又は著しく困難なものではない」とする理由は、Fを清算すれば回収不能ではないと主張していることと同じであり、会社を清算しない限り支払えないことは、「著しく困難」に該当するから、本件金員部分は相続財産には当たらず、また、Fの利益処分(損失処理)計算書上の未処分利益があるのは、数期粉飾決算を続けたことにより生じたものであり、このことは原処分庁も認めている。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件金員部分が貸付金債権に該当するか否かについて
(イ)請求人の主張によれば、L勘定とは、Fと被相続人との間における金銭等の貸借を表わす勘定科目であるところ、Fの会計処理において、平成11年9月30日に、L勘定から受贈益として50,000,000円を減額する仕訳がされているところからすると、本件相続の開始日において、本件金員部分は、貸付金として現に存在している。
(ロ)なお、請求人は、Fに対する被相続人からの資金提供は回収する意思のない贈与であった旨主張するが、民法上、贈与とは、当事者の一方(贈与者)が自己の財産を無償にて与える意思表示をし、相手方(受贈者)が受託することによって成立する契約であるところ、資金提供の時点で、被相続人からFに対し贈与の意思表示がなされ、贈与契約が成立したと認めるに足りる事実は何ら存在しない。
 そうすると、本件相続の開始日を含むFの事業年度の決算期日で受贈益とした経理処理は、同社の資金繰り状況の好転を図るために、Fの代表権を取得した後、請求人から一方的になされたものである。
ロ 本件金員部分の回収見込み
 財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56、直審(資)17国税庁長官通達(平成12年6月13日付課評2−4、課資2−249による改正前のもの)をいう。)205《貸付金債権等の元本価額の範囲》によれば、貸付金、売掛金、未収入金、預貯金以外の預け金、仮払金、その他これらに類するものの評価を行う場合、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において、その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときは、それらの金額を元本の価額に算入しない旨定められているところ、以下のFの財務状態からすれば、本件金員部分について、相続開始の一時点のみならず相続税の申告期限までの状況においてもその回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときには該当しない。
(イ)平成10年12月2日から同月14日の間に、被相続人の個人預金解約分161,943,200円が、Fの預金口座に入金され、同社の銀行借入金120,075,629円の返済が行われた結果、2億3千万円程度で推移していた同社の借入金が、平成11年9月期には約1億1千万円減少している。
(ロ)Fの平成10年9月期の貸借対照表等によれば、資産は、帳簿価額で317,883千円、相続税評価額で383,139千円、負債は、帳簿価額、相続税評価額ともに296,562千円であり、いずれも資産が負債を上回っている。
(ハ)Fの平成11年9月期の貸借対照表によれば、資産は、帳簿価額で 304,004千円、相続税評価額で 377,058千円、負債は、帳簿価額、相続税評価額ともに 303,033千円であり、いずれも資産が負債を上回っている。
(ニ)Fの平成10年9月期の利益処分(損失処理)計算書及び平成11年9月期の利益処分(損失処理)計算書によれば、未処分利益は、それぞれ52,447,343円、44,722,230円となっている。
ハ そうすると、Fの平成11年9月期の決算で受贈益として計上された本件金員部分を含む158,934,696円が被相続人のFに対する貸付金債権の額となるから、原処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の主な争点は、本件金員部分が相続税の課税価格に算入すべき貸付金債権に該当するか否かにあるので、以下審理する。

(1)本件金員部分が貸付金債権に該当するか否かについて

イ 認定事実
 当審判所が、原処分関係資料を調査したところ、次の事実が認められる。
(イ)本件相続の開始日におけるL勘定の残高は、158,934,696円となっているが、L勘定には、その要因として、平成10年12月2日から同月14日にかけて被相続人から161,943,200円の資金の提供があったことが記載されている。
(ロ)上記(イ)の資金は、被相続人の定期預金等の解約金を原資として提供が行なわれている。
ロ 関係者の答述
(イ)平成12年6月までFの関与税理士であったG(以下「G税理士」という。)の事務所のFの担当者であったHは、当審判所に対し、Fの平成11年9月期の決算を締めたところ、かなりの赤字になったので、平成11年11月20日ころ、請求人に対し、5,000万円の受贈益の計上を指導したものであり、また、平成10年9月期の決算の際にも、被相続人に対し、個人預金をFへ提供するよう指導した旨答述した。
(ロ)請求人は、当審判所に対し、〔1〕平成11年2月20日にFの代表取締役に就任したが、実際の勤務は、前勤務先を退職した同年11月20日から後である旨、〔2〕平成11年の10月か11月ころ、Hから銀行対策として赤字決算はまずいので、5,000万円は動かしましょうと言われ、○○に帰って間がなかった私は訳もわからずこれを了承した旨答述した。
ハ 請求人は、Fに対する被相続人からの資金提供は回収する意思のない贈与であり、このことは、生前、被相続人が、Fへの資金提供の原資である個人預金はFのものであるといっていたことなどからもいえるが、Fの会計処理においては、法人税の負担の関係から、L勘定で処理していたものであるところ、これを平成11年9月期の決算修正において、本件金員部分を受贈益として確定させたものであるから、少なくともこの部分は、Fに対する貸付金には当たらない旨主張する。
 しかしながら、請求人は、この資金提供が贈与であったということを認めるに足りる証拠資料を提出せず、また、上記イのとおり、Fに対する被相続人からの資金提供の原資は、被相続人の定期預金等の解約からのものであるところ、その定期預金等がFのものであると認めるに足りる証拠もない。
 さらに、相続人ら及びその関係者が、G税理士からFに対する本件貸付金の存在について何も説明を受けていないこと及び遺産分割協議書に本件貸付金に関する個別の記載がないこと、相続人らにおいて本件貸付金が相続財産であるとの認識がなかったことをもって、この資金提供の際、被相続人からFへ当該資金の贈与があったとすることもできない。
 また、Fの平成11年9月期の決算時における本件金員部分の受贈益の計上が、本件相続の開始時点の貸付金債権の存在に影響を与えるものではない。
 したがって、これらの点に関する請求人の主張にはいずれも理由がない。
ニ これに対し、Fが被相続人からの資金提供を贈与でなく負債として会計処理していたことに特段の不合理性が認められないことや、上記イのH及び請求人の当審判所に対する答述を考慮すれば、本件相続の開始時において、本件貸付金は存在し、その後、Fの平成11年9月期の決算時において、同社の資金繰りの関係から本件金員部分の受贈益を計上したと認めるのが相当である。

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(2)本件金員部分の回収見込み

イ 債務者が弁済不能の状態にあるか否かは、一般には、破産、和議、会社更生あるいは強制執行等の手続開始を受け、又は事業閉鎖、行方不明、刑の執行等により、債務超過の状態が相当期間継続しながら、他から融資を受ける見込みがなく、再起の目途が立たないなどの事情により、事実上債権の回収が不可能又は著しく困難な状況にあることが客観的に認められるか否かにより判断すべきと解されるところ、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、Fは、本件相続の開始当時、赤字申告が続いていた事実は認められるが、債務超過の状態が継続していた事実は認められず、事業活動を継続しており、事業閉鎖等の事実、会社更生又は強制執行の申立て等を受けた事実はなく、弁済不能の状態にあったとは認められない。
 そうすると、Fに対する本件貸付金は、本件相続の開始時点において、その回収が不可能または著しく困難であったとは認められない。
ロ この点に関して、請求人は、本件貸付金のうち本件金員部分については、相続税の申告期限までの状況において、法人の受贈益として確定しており、回収が不可能なことは動かし難い事実である旨主張する。
 しかしながら、上記イで述べたとおり、回収不能等の判断時期は、相続開始時であるから、本件相続の開始時点において、本件貸付金の回収が不可能又は著しく困難な状況であると認められない以上、相続開始後に起きた事実等に基づいて、本件貸付金の価額の評価が左右されるものではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ハ また、請求人は、原処分庁が本件金員部分の「回収が不可能又は著しく困難なものではない」とした理由は、Fを清算すれば回収不能ではないと主張していることと同じであり、会社を清算しない限り支払えないことは「著しく困難」に該当するから、本件貸付金は相続財産には当たらず、また、Fの未処分利益があるのは、数期粉飾決算を続けたことにより生じたものである旨主張する。
 しかしながら、「回収が不可能又は著しく困難なものではない」とは、上記イで述べたとおりであるから、請求人の主張は独自の見解といわざるを得ず、また、当審判所の調査によれば、Fが粉飾決算を行っていたことは認められるものの、その事実を考慮した状況においても、本件貸付金の「回収が不可能又は著しく困難なものである」との事実は認められない。したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(3)以上のとおりであるから、本件金員部分を貸付金債権として相続税の課税価格に算入した更正処分は適法である。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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