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(平15.7.18裁決、裁決事例集No.66 19頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、社会福祉法人の理事であった審査請求人(以下「請求人」という。)が当該法人の施設建設工事費を水増し請求し、県等から不正に受給した補助金の一部を受領したことについて、当該法人からの賞与として所得税の申告をしたところ、当該補助金の不正受給に係る刑事事件の判決が確定したことを理由として更正の請求をすることができるか否かが争われた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成8年分の所得税について、確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限を経過した後である平成10年10月12日に申告した(以下、この申告を「本件期限後申告」という。)。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成10年11月6日付で別表1の「賦課決定処分」欄のとおり、無申告加算税の賦課決定処分をした。
ハ その後、請求人は、平成14年3月20日に給与所得の金額、源泉徴収税額及び納付すべき税額を別表1の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。
ニ 原処分庁は、これに対し、平成14年5月17日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ホ 請求人は、本件通知処分を不服として、平成14年6月19日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は同年9月18日付で棄却の異議決定をした。
ヘ 請求人は、異議決定を経た後の本件通知処分に不服があるとして、平成14年10月16日に審査請求をした。

(3)関係法令等

イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第1項第1号は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときは、当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正の請求をすることができる旨規定している。
ロ 通則法第23条第2項第1号は、納税申告書を提出した者は、その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときには、上記イの規定にかかわらず、その確定した日の翌日から起算して2月以内に限り、上記イの規定による更正の請求をすることができる旨規定している。
ハ 所得税法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》は、確定申告書を提出した居住者は、当該申告書に係る年分の各種所得の金額につき同法第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》又は同法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、通則法第23条第1項各号の事由が生じたときは、当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り、税務署長に対し、上記イの規定による更正の請求をすることができる旨規定している。
ニ また、所得税法施行令第274条《更正の請求の特例の対象となる事実》は、上記ハに規定する政令で定める事実は、次に掲げる事実とする旨規定している。
(イ)第1号
 確定申告書を提出した居住者の当該申告書に係る年分の各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと。
(ロ)第2号
 上記(イ)に掲げる者の当該年分の各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたこと。
ホ 通則法第24条《更正》は、税務署長は、納税申告書の提出があった場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税標準額等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する旨規定している。

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(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ P市Q町○番地の○に所在する社会福祉法人A(以下「A会」という。)は、平成2年5月30日に設立され、特別養護老人ホームの設置経営などの第一種社会福祉事業及び第二種社会福祉事業を行っている。
ロ 請求人は、平成7年から平成8年にかけてのA会の施設新増築に際し、A会の理事として、新増築工事代金を水増しして記載した内容虚偽の補助金交付申請書をR県及びP市へ提出し、〔1〕R県から国庫補助金を財源の一部とする社会福祉施設等施設整備費補助金を不正に受給し、〔2〕R県から同県が単独の財源で負担するR県民間社会福祉施設整備県単補助金を詐取し、また、〔3〕P市から同市が単独の財源で負担するP市民間社会福祉施設等施設整備費補助金を詐取した(以下、〔1〕ないし〔3〕の各補助金を併せて「本件各補助金」といい、本件各補助金の不正受給又は詐取を「本件不正受給」という。)。
ハ 請求人は、上記ロの新増築工事を請け負った業者に支払われた本件各補助金のうち、水増しした工事代金に相当する金員を、当該業者から別表2のとおり受領した(以下、この受領した金員を「本件金員」といい、本件金員の受領を「本件金員受領」という。)。
ニ 原処分庁は、請求人の本件金員受領を、A会から請求人への賞与の支給と認定し、請求人に対して平成8年分の所得税の期限後申告をしょうようしたところ、請求人は、上記(2)のイのとおり本件期限後申告をした(以下、この請求人の本件金員受領に対する所得税の課税を「本件認定賞与課税」という。)。
 また、原処分庁は、請求人の本件金員受領等について、平成10年10月30日付でA会に対し、別表3のとおり源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)の各納税告知処分及び重加算税の各賦課決定処分(以下、源泉所得税の各納税告知処分と併せて「本件各納税告知処分等」という。)を行った。
ホ 請求人は、本件不正受給について、平成13年3月21日に、○○地方裁判所○○支部に、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反等の疑いで起訴され、同裁判所は平成14年○月○日、請求人を懲役3年、執行猶予3年とする判決をし、確定した(以下、この確定した判決を「本件判決」という。)。
ヘ 請求人は、「不正支出金請求の件」と題する平成14年2月18日付書留内容証明郵便により、A会から本件金員の返還を請求されている。

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2 主張

(1)請求人

 本件通知処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 通則法第23条第2項第1号の規定による更正の請求について
 本件判決は、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反等の疑いについての審理を訴因とするものであり、原処分庁の本件金員に係る本件各納税告知処分等及び本件認定賞与課税も当該訴因と繋がるものである。
 したがって、本件判決は、当然に通則法第23条第2項第1号に規定する判決に該当するので、本件更正請求を認めるべきである。
ロ 所得税法第152条の規定による更正の請求について
 請求人の本件不正受給及び本件金員受領(以下、これらを併せて「本件不正受給等」という。)は、本件判決により公序良俗に反するもので無効であるとされ、それにより、請求人はA会から本件金員の返還を請求されているのであるから、正に請求人の本件不正受給等の経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたものである。
 また、このことは、取り消すことのできる行為が取り消されたものでもある。
 したがって、所得税法施行令第274条第1号及び第2号に規定する事由が生じ、所得税法第152条に規定する更正の請求の特例に該当するので、本件更正請求を認めるべきである。
ハ 通則法第24条の規定による更正について
 本件金員に係る本件各納税告知処分等及び本件認定賞与課税については、次のとおり、原処分庁が本件金員を課税対象としたことが最初から誤りであり、このような徴税は国の不当利得になるので、原処分庁は、当然に通則法第24条の規定により減額更正し、A会及び請求人に対し、それぞれの誤納金を還付すべきである。
(イ)収益性を否定する社会福祉法人(公益法人)においては、利益を発生源とする賞与の概念もなく、また、本件のように多額の金員を賞与として支給することには合理性もないから、本件金員を賞与と認定したことは誤りである。
(ロ)本件判決により、本件不正受給等は公序良俗に反するものであることが明らかになったことからしても、このような請求人の違法な利得金を課税の対象としたことは誤りである。

(2)原処分庁

 本件通知処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 通則法第23条第2項第1号の規定による更正の請求について
 通則法第23条第2項第1号に規定する判決とは、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私法行為又は行政行為上の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し、犯罪事実の存否の範囲を確定するに過ぎない刑事事件の判決はこれには含まれない。
 したがって、本件判決は上記1の(4)のホのとおり刑事事件の判決であるから、通則法第23条第2項第1号に規定する判決には当たらず、当該規定による更正の請求については、その更正をすべき理由はない。
ロ 所得税法第152条の規定による更正の請求について
 所得税法施行令第274条第1号に規定する「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと」とは、公序良俗に反する行為、虚偽表示及び意思表示の欠陥等により無効とされ法律行為がなされた後にその法律行為の無効であることが確認されたため先に生じていた経済的成果が失われた場合をいい、また、同条第2号に規定する「取り消すことのできる行為が取り消されたこと」とは、無能力又は意思表示の欠陥等による取消し得べき行為に基づいて納税義務の内容が確定した後にその行為の取消しが行われた場合をいうとされている。
 本件判決及び上記1の(4)のヘの本件金員の返還を請求された事実は、いずれも上記の各事実には該当しないので、所得税法第152条の規定による更正の請求については、その更正をすべき理由はない。
ハ 通則法第24条の規定による更正について
 請求人には、本件判決を受けた事実及び上記1の(4)のヘのとおり本件金員の返還を請求された事実が認められるのみであり、請求人の本件期限後申告について、課税標準等又は税額等を是正すべき事実は認められないから、減額更正をすべき理由はない。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、請求人が本件金員受領について、A会からの賞与として所得税の申告をしたところ、本件判決が確定したことを理由として更正の請求をすることができるか否かにあるので、以下審理する。

(1)認定事実

 請求人の提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件判決は、請求人の本件不正受給に係る補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反等についての犯罪事実の存否範囲を確定し、請求人の刑事責任を判断したものである。
 なお、本件判決は、本件金員の使途について、請求人は明瞭な説明ができないままに終わっている旨判示している。
ロ 請求人は、当審判所に対し、本件金員の返還については、上記1の(4)のヘのとおりA会から返還を請求されているが、現在、A会と協議中であり、まだ返還していない旨答述している。

(2)通則法第23条第2項第1号の規定による更正の請求について

イ 請求人は、本件判決は、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反等の疑いについての審理を訴因とするものであり、原処分庁の本件金員に係る本件各納税告知処分等及び本件認定賞与課税も当該訴因と繋がるものであるから、当然に通則法第23条第2項第1号に規定する判決に該当するので、本件更正請求を認めるべきである旨主張する。
ロ ところで、通則法第23条第2項第1号の規定の趣旨は、同条第1項に規定する一般の更正の請求の例外であるいわゆる後発的事由による更正の請求ができる場合の1つとして、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について民事上の紛争を生じ、判決や和解によってこれと異なる事実が明らかにされたため、申告等に係る課税標準等又は税額等が過大となった場合に、更正の請求を認めようとするものである。
 したがって、通則法第23条第2項第1号に規定する判決とは、申告等に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実についての私法行為又は行政行為上の紛争を解決することを目的とする民事事件の判決を意味し、犯罪事実の存否範囲を確定するに過ぎない刑事事件の判決はこれに含まれないものと解するのが相当である。
ハ これを本件についてみると、本件判決は、上記1の(4)のホ及び上記(1)のイのとおり、請求人を被告人とする補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反等の疑いに係る刑事事件の判決であるから、通則法第23条第2項第1号に規定する判決に該当しないことは明らかである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

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(3)所得税法第152条の規定による更正の請求について

イ 請求人は、本件不正受給等は、本件判決により公序良俗に反するもので無効であるとされ、それにより、請求人はA会から本件金員の返還を請求されているのであるから、正に請求人の本件不正受給等の経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたものであり、また、このことは、取り消すことのできる行為が取り消されたものでもあるから、所得税法施行令第274条第1号及び第2号に規定する事由が生じ、所得税法第152条に規定する更正の請求の特例に該当するので、本件更正請求を認めるべきである旨主張する。
ロ ところで、所得税法施行令第274条第1号に規定する「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと」とは、公序良俗に違反する行為、虚偽表示及び意思表示の欠陥等により法律行為が無効であることが確認されたため先に生じていた経済的成果が失われた場合をいい、無効な行為がなされたが、その無効であることが知られず、経済的成果が発生してそのまま存続している場合などにおいては、課税が納税者の担税力に着目して行われ、現実に享受した利得が返還されるまでは担税力を有することから、無効な行為に係る経済的成果に対しても課税が行われるべきであると解するのが相当である。
 また、所得税法施行令第274条第2号に規定する「取り消すことができる行為が取り消されたこと」とは、無能力又は意思表示の欠陥等による取消し得べき行為に基づいて納税義務の内容が確定した後にその行為の取消しが行われた場合をいい、その取消しが行われるまでは既に行われた課税は有効であると解するのが相当である。
ハ これを本件についてみると、本件判決は、上記1の(4)のホ及び上記(1)のイのとおり、請求人の本件不正受給について犯罪事実の存否範囲を判断したに過ぎず、本件各納税告知処分等及び本件認定賞与課税の計算の基礎となった事実である請求人の本件金員受領について、民事上無効な行為であるか又は取り消すことができる行為であるかを判断したものではない。
 また、請求人は、上記1の(4)のヘ及び上記(1)のロのとおりA会から本件金員の返還を請求されているが、当審判所の調査の結果によっても、請求人が本件金員を返還した事実は認められないことから、請求人の本件金員受領による経済的成果は未だ失われていないというべきである。
 しかも、同様に、請求人の本件金員受領が取り消された事実も認められない。
 したがって、所得税法施行令第274条第1号及び第2号に規定する事由が生じたとは認められないので、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(4)通則法第24条の規定による更正について

 請求人は、原処分庁が本件金員を課税対象としたことが最初から誤りであり、このような徴税は国の不当利得になるので、原処分庁は、当然に通則法第24条の規定により減額更正し、A会及び請求人に対し、それぞれの誤納金を還付すべきである旨主張する。
 しかしながら、通則法第24条の規定については、納税者が課税庁に対して更正処分を求める申請権を有すると解すべき法的根拠はなく、また、原処分庁が同条の規定により更正を義務付けられるものではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(5)以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、原処分庁が更正をすべき理由がないとして行った本件通知処分は適法である。
(6)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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