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(平15.10.9裁決、裁決事例集No.66 382頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、自動車共済契約に係る対人賠償共済金支払請求権(以下「本件支払請求権」という。)を差し押さえた処分が適法か否かを主たる争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、国税通則法(以下「通則法」という。)第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定によりA税務署長から徴収の引継ぎを受けた上で、審査請求人(以下「請求人」という。)に係る別表1記載の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、平成15年2月3日付で、請求人がB連合会○○本部(以下「B共済連」という。)に対して有する別表2記載の本件支払請求権を差し押さえた(以下「本件差押処分」という。)。
ロ 請求人は、本件差押処分に不服があるとして、平成15年3月31日に審査請求をした。

(3)関係法令

イ 通則法第46条《納税の猶予の要件等》第2項は、納税者又はその者と生計を一にする親族が病気にかかり、又は負傷したことなど一定の事実がある場合において納税者がその国税を一時に納付することができないと認められるときは、税務署長等は、その納付することができないと認められる金額を限度として、納税者の申請に基づき、一年以内の期間を限り、その納税を猶予することができる旨規定している。
ロ 国税徴収法(以下「徴収法」という。)第75条《一般の差押禁止財産》ないし第78条《条件付差押禁止財産》は、差押禁止財産についてそれぞれ規定している。
ハ 徴収法第153条《滞納処分の停止の要件等》第1項第2号は、滞納処分を執行することによってその生活を著しく窮迫させるおそれがあるときには、税務署長は滞納処分の執行を停止することができる旨規定している。
 また、同条第3項は、滞納処分の執行を停止した場合において、差し押えた財産があるときは、税務署長はその差押を解除しなければならない旨規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ Cの親族であるDは、その保有する自動車(以下「被共済自動車」という。)につき、B共済連との間で、平成9年8月18日に共済期間を平成9年8月30日から平成10年8月30日までとする自動車共済契約(以下「本件共済契約」という。)を締結した。
ロ 本件共済契約の約款は、要旨次のとおりである。
(イ)B共済連は、被共済自動車によって他人の生命又は身体を害したため、被共済者が法律上の損害賠償義務を負ったことによって生じた損害(対人賠償損害)をてん補するため、被共済者に対人賠償共済金の支払義務を負い、被共済者は、対人賠償損害の額が確定したときは、B共済連に対して共済金の支払を請求できる。
(ロ)損害賠償請求権者は、対人賠償損害が生じた場合には、被共済者が損害賠償請求権者に対して負う法律上の損害賠償責任の額について、B共済連に対して損害賠償額の支払を直接請求できる。
(ハ)上記(ロ)の損害賠償額とは、被共済者が損害賠償請求権者に対して負った法律上の損害賠償責任の額から自動車損害賠償責任共済(保険)契約により支払われる額及び被共済者が損害賠償請求権者に対して既に支払った損害賠償金の額を差し引いた額をいう。
ハ 平成10年1月16日に、本件共済契約に係る被共済自動車を運転する被共済者Cを加害者、請求人を被害者とする自動車事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ニ 請求人は、本件事故により損害を受けたとして、Cに対し損害賠償請求訴訟(○○地方裁判所平成○年(○)第○○号)を提起し、平成14年8月○日の第一審判決(以下「本件判決」という。)において、Cに対する別表2の「金額」欄に記載の金額と同額の損害賠償請求権を認められた。
 なお、請求人は、本件判決に不服があるとして、平成14年9月○日に○○高等裁判所に控訴し、○○高等裁判所は、平成15年9月○日に本件控訴に基づき損害賠償金額を24,378,152円及び平成10年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員とする控訴審判決を言い渡した。
ホ 請求人の世帯は、平成10年8月分から請求人の妻を受給者として、E福祉事務所より生活保護費等を受給中であるが、請求人が就労可能になるか又は本件事故による損害賠償金を受領すれば、生活保護は廃止となるとともに、生活保護法第63条《費用返還義務》に基づき受給した生活保護費等を全額返還することになっている。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法、不当であるから、その取消しを求める。
イ 納税の猶予等
 原処分庁は、本件滞納国税についてA税務署長によって納税の猶予がされているにもかかわらず、請求人に対して何ら催告等もせず、財産調査もしないで、本件事故加害者の代理人からの告発(情報提供)に基づいて本件差押処分を行ったものである。
ロ 差押財産の選択
 請求人は、本件差押処分当時、平成14年9月○日の最高裁判所判決(平成○年(○)第○○号、平成○年(○)第○○号)で確定した4,000万円以上の求償金支払請求権(以下「本件求償債権」という。)を有していたにもかかわらず、原処分庁が本件求償債権を差し押さえることなく、訴訟中で、かつ、本件滞納国税に満たない本件支払請求権を差し押さえたことは、差押財産の選択を誤ったものである。
ハ 差押禁止財産
 本件支払請求権は、請求人が本件事故によって働けなくなったため、請求人の今後の生活に対する補償金を含む損害賠償金であるから、差押禁止財産に当たる。
ニ 差押えの解除
 請求人は、本件事故に係る損害賠償金が判決等で確定した時には、今まで受給した生活保護費及び医療費を全額返済する条件でE福祉事務所から生活保護費等を受給しているところ、本件差押処分は生活保護費等の返済をできなくし、かつ、請求人の生活を完全に成り立たせなくするようなものである。
 したがって、徴収法第153条第1項第2号に該当するから、原処分庁は、滞納処分の執行を停止し、同条第3項によって差押えを解除すべきである。
 また、上記事情から、本件差押処分は、すべての国民の生存権を保障している日本国憲法第25条にも違反する。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法に行われており、請求人の主張にはいずれも理由がないから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 納税の猶予等
 A税務署長は、本件滞納国税について法律上の納税の猶予を行った事実はなく、また、原処分庁は、請求人に対して、A税務署長から本件滞納国税の徴収の引継ぎがされたことにより別表1記載の「徴収引受日」欄の日に徴収の引受通知書をそれぞれ送付しており、その後も電話催告を行い、平成11年3月10日には請求人の住所地へ臨場したが不在のため、催告書を投かんしている。
ロ 差押財産の選択
 差押財産の選択については、徴収職員の合理的な裁量にゆだねられている。
ハ 差押禁止財産
 本件支払請求権は、徴収法第75条に規定する差押禁止財産及び特別法による差押禁止財産のいずれにも該当しない。
ニ 差押えの解除
 請求人が、本件差押処分の対象となった本件支払請求権のほか、Cに対する損害賠償請求権及び本件求償債権を有していることを勘案すると、請求人については徴収法第153条第1項第2号には該当しない。

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3 判断

(1)納税の猶予等

 原処分庁は、A税務署長が請求人に対して納税の猶予をした事実を否定しているところ、当審判所の調査によっても、請求人が国税通則法施行令第15条《納税の猶予の申請手続等》に規定する申請書を提出した事実や原処分庁が通則法第47条《納税の猶予の通知等》に規定する通知をした事実など、納税の猶予があったことをうかがわせる客観的事実は認められない。
 また、差押処分を行うに当たって事前連絡や財産調査をしなければならない旨定めた法令の規定はないし、仮に本件差押処分が本件事故加害者の代理人からの告発(情報提供)を契機とするものであったとしても、当該告発(情報提供)のごとく第三者から任意に提供された情報を原処分庁が滞納処分に利用することには何ら法令上の制限はないことから、このことをもって本件差押処分が違法となるものではない。
 したがって、請求人の前記2の(1)のイの主張には理由がない。

(2)差押財産の選択

 当審判所の調査によれば、本件差押処分は、徴収法第47条第1項第1号の規定に基づき適法に行われていると認められるところ、滞納者の所有する財産のうち、いかなる財産を差し押さえるかについて、徴収法その他の関係法令には、特に除外される財産を除き、差押財産の種類又は順序について制限を設けた規定はないから、徴収職員の合理的な裁量にゆだねられているものと解されるのであり、本件差押処分が合理的な裁量の範囲を逸脱したものと認めるに足りる証拠はないから、本件差押処分を不当とすることはできない。
 したがって、請求人の前記2の(1)のロの主張には理由がない。

(3)差押禁止財産

 本件支払請求権は、自動車損害賠償責任共済契約に基づくものではないから、自動車損害賠償保障法第18条《差押の禁止》、第23条の3《責任保険の契約に関する規定等の準用》により差押が禁止される直接請求権には該当しない。また、本件支払請求権は、徴収法第75条ないし第78条及び他の法律の規定する差押禁止財産のいずれにも該当しない。
 したがって、請求人の前記2の(1)のハの主張には理由がない。

(4)差押えの解除

 徴収法第153条の規定に基づく滞納処分の停止は、税務署長等の職権により行われ、たとえ同条第1項各号所定の停止の要件に該当する場合であっても、その停止をするかどうかは税務署長等の裁量に任されていると解される。
 これを本件についてみると、確かに、前記1の(4)のホのとおり、本件差押処分当時、請求人の世帯が生活保護費等を受給していた事実は認められる。しかし、自動車損害賠償責任共済では、本件事故による請求人の後遺障害の程度は「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害等級12級12号に該当すると認定され、本件判決及び控訴審判決においても、同様の認定の下に、14パーセントの労働能力の喪失が認められたにとどまっており、就労不可能な状態であるとの請求人の主張は排斥されている。したがって、請求人は若干制限を受けるものの稼働能力を有していると認められる。また、請求人は、本件支払請求権のほか、その取立ての可能性が必ずしも明らかではないものの、確定判決を得た約4,100万円の本件求償債権を有している。このような請求人の稼働能力及び財産に関する事情を考慮すると、本件差押処分当時において、原処分庁が徴収法第153条第1項第2号の規定に基づく滞納処分の停止をしなかったことに裁量権の逸脱はないものと認められるので、本件差押処分が違法であるとはいえない。
 また、上記のとおり、本件差押処分は適法に行われていると認められるところ、同処分が日本国憲法第25条に違反するかどうかは、当審判所の権限外のことであり、審理の限りではない。
(5)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所の調査によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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