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(平19.6.18、裁決事例集No.73 425頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)A、B及びC(以下、3名を併せて「請求人ら」という。)が相続税の課税財産として申告していた未収債権の一部は、被相続人がDらに対して生前に金員を贈与していたものであって、相続財産たる未収債権ではなかったとして更正の請求をしたところ、原処分庁が、Dは被相続人から贈与ではなく死因贈与により金員を取得したものであるとして、請求人らとともに同人を相続税の納税義務者として相続税の総額等を計算したところに基づき更正の請求を一部認容する更正処分等を行ったことに対して、請求人らが同処分等の違法を理由としてその全部の取消しを求めた事案であり、争点は、Dの金員の取得原因が死因贈与によるものか否かである。

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(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求(平成19年1月16日)に至る経緯及び内容は、別表のとおりである。
 なお、請求人らは、Aを総代として選任し、その旨を平成19年1月16日に届け出た。

(3) 関係法令

 関係法令の要旨は、別紙1のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 平成15年6月4日、請求人らの父であるE(以下「本件被相続人」という。)は、生前に別紙2の贈与証明書(平成15年6月5日確定日付の公正証書。以下「本件贈与証明書」という。)に署名押印し、自らが主宰する法人の従業員であるDに交付した。
ロ 平成15年6月5日、Dは、本件贈与証明書記載の本件被相続人名義の口座から、本件贈与証明書の「1」の記載に対応するものとして自己名義のF銀行G支店普通預金口座に2,000万円を振り込み(以下、この振込みを「1回目の贈与」という。)、また、娘のH名義のJ銀行K支店普通預金口座に1,000万円を振り込むとともに、本件贈与証明書の「2」の記載に対応するものとして、同日に開設した自己名義のL銀行M支店普通預金口座に2,000万円を振り込んだ(以下、この振込みを「2回目の贈与」という。)。
 なお、Dは、2回目の贈与に係る普通預金口座の通帳と印鑑の保管を平成15年6月6日、N税理士に依頼した。
ハ 平成15年6月○日、本件被相続人が死亡し相続が開始した。
ニ 平成○年○月○日、本件被相続人の長男である請求人Aは、前記ロの振込みを行ったDに対し、意思能力のない本件被相続人から5,000万円を詐取したとして、5,000万円の不当利得の返還を求めP地方裁判所に提訴した(平成○年(○)第○号損害賠償請求事件)。
ホ 平成16年4月○日、請求人らは、本件被相続人に係る相続税の申告において、本件贈与証明書に係る本件被相続人のD及びHに対する合計5,000万円の贈与は、Dに詐取されたものでAが相続する未収債権であるとして、当該5,000万円を相続財産に計上した申告書を原処分庁に提出した。
ヘ 平成○年○月○日、P地方裁判所の判決において、前記ニの請求人Aの訴えは棄却され、同人はQ高等裁判所に控訴した(平成○年(○)第○号損害賠償請求控訴事件)。
ト 平成○年○月○日、Q高等裁判所において、前記ヘの控訴に対し、和解が成立し、D(被控訴人)は、本件被相続人が平成15年6月4日付でDに対し行った生前贈与分2,000万円(1回目の贈与)のうち350万円を請求人A(控訴人)に返還する旨の和解調書(以下「本件和解調書」という。)が作成された。
チ 平成18年4月11日、請求人らは、前記ホの未収債権5,000万円のうち前記トの和解に基づき返還された350万円を控除した4,650万円は、未収債権ではなく相続財産に該当しないとして原処分庁に対し更正の請求を行った。
リ 平成18年6月28日付で原処分庁は、請求人らが相続財産に該当しないとした4,650万円のうち、Hに対する1,000万円の金員の移転は贈与によるものであり、相続財産に該当しないと認めたものの、Dに対する2回目の贈与は本件贈与証明書の「3」の記載等に基づく死因贈与に該当するとして、請求人らとともにDを相続税の納税義務者とし、同人の課税価格を3,650万円(死因贈与2,000万円に1回目の贈与から前記トの返還金350万円を控除した1,650万円を相続税法第19条第1項の規定により加算したもの。)とするなどした上で相続税の総額等を計算し、請求人らの更正の請求の一部を認容する減額更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分を行った。

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2 争点

 本件贈与証明書に基づく2回目の贈与は、死因贈与によるものか否か。

3 主張

原処分庁 請求人ら
 本件贈与証明書に基づく2回目の贈与は、次のとおり、死因贈与に該当する。
本件贈与証明書によれば、2回目の贈与2,000万円は、平成16年1月1日に被相続人が生存している場合はN税理士からDに引き渡されるが、同日以前に本件被相続人が死亡した場合は、その死亡時点をもって引き渡される旨の記載がある。
また、本件和解調書によれば、1回目の贈与である「生前贈与分2,000万円のうち350万円」を請求人Aに返還する旨の記載があり、和解に応じた請求人A及びDは、2回目の贈与について生前贈与とは認識していないことが明らかであるから、2回目の贈与については被相続人の死亡を停止条件又は効力発生の期限とした死因贈与と認められる。
さらに、Dは、原処分庁の調査において、2回目の贈与が死因贈与である旨申述し、本件贈与証明書及び本件和解調書の文案作成に関与したR弁護士は、2回目の贈与が死因贈与であると明確に認識している。
 本件贈与証明書に基づく2回目の贈与は、次のとおり、死因贈与に該当しない。
本件贈与証明書は、その具体的な実行の時期及びその方法を「1」から「3」の記載において定めており、そのうち「3」の記載において本件被相続人の死亡の場合は贈与の実行日を早める旨の特約を付している。
 原処分庁は、本件贈与証明書の「3」の記載に基づき2回目の贈与が死因贈与であると認識しているが、当該記載は、贈与の実行日(履行期日)についての特約条項と解釈され、本件贈与証明書の全体の記載内容から判断しても、被相続人の死亡を条件とする死因贈与と解釈することはできない。
また、原処分庁は、Dの主張及び本件贈与証明書の作成に関与したR弁護士の認識を根拠として死因贈与による課税処分を行ったと主張しているが、Dは死因贈与との認定により多額の納税額が軽減されるためにそのような主張を行っていると思われ、更に法律の専門家である弁護士が死因贈与を意識して作成しているならば、本件贈与証明書も当然に死因贈与と解釈できる内容になっているはずであるから、契約実態等を軽視した原処分には理由がない。

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4 判断

(1) 法令の規定等について

 贈与とは、民法第549条において、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる旨規定され、また、死因贈与とは、民法第554条において、贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与である旨規定されている。
 なお、書面による贈与は、その様式のいかんを問わず贈与者の出捐の意思が明確にされた書面であればよい旨解されている。
 また、贈与により財産を取得した個人は相続税法第1条の4第1項第1号の規定により、贈与税を納める義務が課せられ、また、死因贈与により財産を取得した個人は相続税法第1条の3第1項第1号の規定により、相続税を納める義務が課せられている。
 さらに、死因贈与により財産を取得した者が相続開始前3年以内にその相続に係る被相続人からの贈与により財産を取得したことがある場合においては、相続税法第19条第1項の規定により、その贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなすこととされるほか、この規定により、相続税の課税価格に加算された贈与財産の価額のうち相続開始の年において、その相続に係る被相続人から受けた贈与財産の価額は、相続税法第21条の2第4項の規定によって贈与税の課税価格に算入しないこととされている。
 したがって、本件の場合、Dの取得した金員については、2回目の贈与が「贈与」に該当する場合には、1回目の贈与(前記1の(4)のトの返還金350万円を除く。以下、文中において同じ。)と合わせてそのすべてが贈与税として課税されることとなる一方、2回目の贈与が「死因贈与」に該当する場合には、1回目の贈与と合わせてそのすべてが相続税として課税されることになる。

(2) 認定事実

イ 本件贈与証明書により本件被相続人から金員の交付を受けたDは、本件贈与証明書及びこれに伴う申告内容等について、当審判所に対し要旨次のとおり答述している。
(イ) 本件贈与証明書は、私が本件被相続人及び同人の家族らの面倒を見てきたことに対する感謝の証として、「1億円を渡す」という本件被相続人の意思に基づき、相談をしたR弁護士及びN税理士の助言、指導によって作成されたものであり、2回目の贈与が本件贈与証明書の「3」の記載によって死因贈与に該当するか否か等、法的なことは私には分からない。
 なお、金額については、本件被相続人の親族との紛争回避を願い、本件被相続人及びR弁護士と相談の上、5,000万円とした。
(ロ) 本件贈与証明書によって私が受領した4,000万円(その後、前記1の(4)のトの和解により350万円を返還し3,650万円となった。)は、N税理士の指導に従い、当初、贈与税の申告を行っていたが、本件被相続人に係る相続税調査の際、原処分庁の調査担当者から贈与税の課税対象ではなく相続税の課税対象である旨の指導があったことから相続税の申告を行ったもので、本件贈与証明書に基づき取得した金員につき、相続税の対象となるのか、贈与税の対象となるのか考えたこともないし私には分からない。
ロ 本件贈与証明書を作成し、前記1の(4)のニ及びヘの事件においてDの代理人を務めたR弁護士は、当審判所に対し要旨次のとおり答述している。
(イ) 平成15年6月3日の夜にN税理士からの紹介で、病室に本件被相続人を訪ね相談を受けたところ、本件被相続人は、当初、Dに1億円を遺贈したい旨の意向であったが、自筆の遺言書作成が困難で、公証人を病室に招くには時間を要すること等の理由から早急に処理して欲しい旨の意思表示があり、また、Dからも本件被相続人の親族との紛争回避の要望があったことから、5,000万円を贈与することとして贈与証明書を作成することにした。
 本件贈与証明書は、平成15年6月4日、N税理士に贈与税の仕組み等の説明を受け作成した。その際、本件被相続人が○○日後に亡くなることなど全く考えられなかったが、90歳と高齢であったため、もし翌年1月までに死亡した場合の紛争等を考慮し、保険をかける意味で本件贈与証明書の「3」に記載の文言を挿入した。
 本件被相続人が亡くなればDは、4,000万円を同一年中に取得することになり、節税対策は効を奏さないが、親族と紛争になり贈与してもらえなくなるよりその方がよいと考えたため、万が一の時は、贈与税の納税額が高額になる旨、本件被相続人及びDには説明し同意を得た。
 したがって、本件贈与証明書は、本件被相続人が5,000万円をD親子に確実に贈与することを前提に期限を付した期限付きの贈与であり、贈与者が死亡しなければ効力が発生しない民法上の死因贈与ではない。
(ロ) 本件和解調書の作成に当たり、前記1の(4)のトのとおり「生前贈与分」という文言を使用してもらうよう担当裁判官に依頼した理由は、本件贈与証明書のどの贈与から350万円を返還するか特定しないとD親子の税金の計算に影響すると考えたからであり、特に民法上の死因贈与や期限付きの贈与を考慮し使い分けたものではない。
ハ Dの関与税理士であり、本件贈与証明書の署名押印に立ち会ったN税理士は、当審判所に対し要旨次のとおり答述している。
(イ) 平成15年6月4日、R弁護士から本件贈与証明書の文案の相談を受け、同日の夜、本件被相続人を病室に訪ねR弁護士の依頼により本件贈与証明書の内容及び税金関係を説明し、その署名押印に本件被相続人の介護人とともに立ち会ったが、その対応状況から本件被相続人はとても○○日後に亡くなるようには見えなかったので死亡の連絡を受けたときには非常に驚いた。
(ロ) 本件被相続人の死亡により、節税の効果はなくなったが贈与を確実に履行するために本件贈与証明書の「3」に記載の文言は存在しており、同一年中に4,000万円を受け取っている以上、贈与税の申告は仕方ないものと理解し、R弁護士とも相談の上、本件被相続人及びDにもその旨説明していた。
 その後、本件被相続人の相続税調査の際に、調査担当者から原処分庁で検討した結果、本件贈与証明書によりDが取得した金員は、贈与税の課税対象ではなく相続税の課税対象であり、相続税の申告が必要である旨の説明を受けた。なぜ、2回目の贈与が死因贈与となり相続税の課税対象となるのかよく理解できなかったし、説明も受けていないが、贈与税として納付した税金が差引き約1,100万円も還付されるとの説明を受け、Dと相談し原処分庁の指導に従った。
 2回目の贈与は、本件被相続人の死亡により直ちに履行されるものであるが、同人が死亡しなければ贈与されないものではなく、まず贈与することが前提の文言であるため、死因贈与ではなく期限付きの贈与に該当すると考えている。
ニ 請求人Aは、当審判所に対し、本件和解調書において1回目の贈与を「生前贈与分」と記載していることについて、全体(贈与合計5,000万円)の中の350万円という認識であり、1回目の贈与及び2回目の贈与が生前贈与か死因贈与かという認識は持っていなかった旨答述している。

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(3) 本件贈与証明書に基づく2回目の贈与が死因贈与によるものか否かについて

イ 本件贈与証明書は、Dの前記(2)のイの(イ)の答述及びR弁護士の前記(2)のロの(イ)の答述からも明らかなとおり、本件被相続人が贈与の意思表示を行い、受贈者であるDが受諾の意思を示したことから実行に向けた手続きが進められ、平成15年6月4日に本件被相続人が署名押印の上、作成されていることが認められる。
 このことは、前記1の(4)のニの事件に係る裁判関係資料とも一致し、贈与者の意思表示及び受贈者の受諾の意思は明白であり、本件贈与証明書に係る贈与契約が有効に成立していることについて原処分庁及び請求人ら双方に争いはない。
ロ また、本件贈与証明書は、別紙2のとおり、最初に贈与者である本件被相続人からD親子に5,000万円を贈与する旨の意思表示がなされ、その具体的な履行方法については、節税対策として2回に分けて履行する方法が「1」及び「2」の記載に定められている。そして、本件贈与証明書の「3」の記載においては、前記(2)のロの(イ)のR弁護士の答述及び前記(2)のハの(ロ)のN税理士の答述にもあるとおり、本件被相続人が高齢であるため、仮に年明けまでに死亡した場合においても、親族との紛争を回避し確実に贈与が履行されることを確保する目的から、「2」の記載の贈与について、年明けまでに万が一本件被相続人が死亡した時は、自動的にDに贈与される旨が定められていることが認められる。
 ところで、本件贈与証明書の「3」の記載に基づき、原処分庁は、2回目の贈与が死因贈与に該当すると解していると認められるところ、5,000万円を贈与することについて、その「1」及び「2」の記載において具体的に定められていると認められ、本件被相続人が死亡しなくてもDは贈与を受けることができるのであるから、本件贈与証明書の「3」の記載は、年明けまでに本件被相続人が死亡した場合に、滞りなく贈与が実行されるよう翌年1月1日の履行時期を待たずしてその履行を早める旨を定めたもので、単に贈与の履行時期の特約にすぎないものと認められるから、2回目の贈与は贈与者の死亡により効力が生ずる民法第554条の死因贈与には該当しないものと解するのが相当である。
 このことは、本件被相続人から相談を受け本件贈与証明書の文案を作成した前記(2)のロの(イ)のR弁護士の答述並びに金員供与及び本件贈与証明書の文案作成の相談を受けた前記(2)のハの(ロ)のN税理士の答述とも符合するほか、原処分時において、R弁護士及びN税理士に対して確認すれば、容易に得られた答述であると認められることから、原処分庁の主張は独自の見解というほかなく、採用することはできない。
 さらに、前記(2)のロの(イ)のR弁護士の答述によれば、本件贈与証明書の作成の経緯は、当初の本件被相続人がDに1億円を遺贈したいとする意向から、確実に5,000万円を贈与するため本件贈与証明書を作成することに変更したことが認められ、同証明書は、上記のとおり、5,000万円を贈与することについて節税を考慮しその履行の具体的方法が記載されていることからすれば、本件被相続人がその作成に当たり、「自分が死んだら贈与する(死ななければ贈与しない。)。」という意思を示したとは到底認められない。
ハ また、原処分庁は、丸1請求人Aは本件和解調書で1回目の贈与を「生前贈与分」として和解に応じていることは、2回目の贈与について生前贈与と認識していないことが明らかである、しかも、丸2Dも同様の理由から2回目の贈与が生前贈与とは認識しておらず、原処分庁に対し2回目の贈与は死因贈与である旨申述している、更に丸3本件贈与証明書を作成し本件和解調書の文案作成に関与したR弁護士が2回目の贈与を死因贈与と明確に認識しているとも主張する。
 しかしながら、丸1前記(2)のニのとおり、請求人Aは、和解に基づく返還金は5,000万円の中の350万円という認識であり、1回目の贈与が「生前贈与」で2回目の贈与が「死因贈与」という認識は持っていなかったと認められ、R弁護士も前記(2)のロの(ロ)とおり、本件和解調書の文案は、民法上の死因贈与や期限付きの贈与を考慮し使い分けたものではない旨答述していること、また、丸2前記(2)のイのDの答述によれば、2回目の贈与が死因贈与に該当することを認識しているとは認められず、同人の「2回目の贈与は死因贈与である。」旨の申述は、当審判所の調査によってもどこにも見受けられないこと、更に丸3R弁護士は、前記(2)のロの(イ)のとおり、2回目の贈与は民法上の死因贈与ではなく期限付きの贈与であると明確に認識している旨答述しており、原処分庁の主張は根拠が明らかではないほか、N税理士も前記(2)のハの(ロ)のとおり、2回目の贈与は死因贈与ではなく期限付きの贈与に該当する旨答述している。
 したがって、この点に関する原処分庁の主張は、いずれも根拠を欠き採用することはできない。

(4) 以上のことから、原処分庁の主張にはいずれも理由がなく、本件贈与証明書によるDに対する2回目の贈与について死因贈与と判断して行った原処分は、本件贈与証明書による2回目の贈与についての法的見解を誤ってなされたものであって、その点において違法であるから取り消すべきである。

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