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(平19.11.1、裁決事例集No.74 1頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、共同審査請求人総代Aほか2名(以下「請求人ら」という。)が、相続により取得した土地について、相続開始前において既に取得時効が完成していた事実を認めた判決が確定したことから、国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第2項第1号の規定により更正の請求をしたところ、原処分庁が更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことから、その全部の取消しを求めた事案であり、争点は、相続開始前において既に取得時効が完成していた事実を認めた判決が確定したことが、同号に規定する「課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき。」に該当し、それにより同条第1項第1号に規定する納付すべき税額が過大であるときに該当することとなるか否かである。

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(2) 審査請求に至る経緯及び基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人ら及びBは、平成12年5月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したC(以下「被相続人」という。)の共同相続人であり、被相続人の死亡により開始した相続(以下「本件相続」という。)により取得した財産について平成13年1月31日に遺産分割協議を行い、請求人らは、P市Q町○○番の土地(宅地)○○○平方メートル(以下「本件土地」という。)をそれぞれ3分の1の持分で相続した。
ロ 
請求人ら及びBは、上記遺産分割協議に基づき、法定申告期限内に別表の「申告」欄のとおり記載した相続税の申告書を共同で原処分庁に提出した。その際、本件土地の価額を評価するに当たり、本件土地はDが使用しているものの、使用貸借契約に基づくものであると考え、自用地としての価額で評価した。
ハ 本件土地は、平成13年3月○日受付により、平成12年5月○日相続を原因とする請求人らの持分をそれぞれ3分の1とする所有権移転登記を経由した。
ニ Bは、平成15年○月○日に死亡し、請求人らは、通則法第5条《相続による国税の納付義務の承継》により、本件相続に係るBの相続税の納付義務を承継した。
ホ D、E及びF(以下「Dら」という。)は、平成○年○月○日にH地方裁判所に請求人らを被告として、本件土地に係る共有持分移転登記手続を求める訴訟(平成○年(○)第○○号共有持分移転登記手続等請求事件。以下「本件訴訟」という。)を提起した。
 その理由とするところは、本件土地は、昭和51年○月○日に死亡したDらの父であるG(以下「亡G」という。)が、昭和34年ころに被相続人から贈与されたというものであった。
ヘ Dらは、平成16年○月○日の本件訴訟の口頭弁論期日において、本件土地につき長期取得時効を援用する旨の意思表示をした。これに対し、請求人らは、贈与及び取得時効のいずれも否認し、本件土地の登記名義が被相続人であったこと、長年にわたり賃料相当の金員を収受していること等を主張して攻撃防御に努めた。
ト H地方裁判所は、本件訴訟について、平成○年○月○日にDらの請求を認める判決(以下「本件判決」という。)をした。
 本件判決において認定された事実は、要旨次のとおりである。
(イ) 贈与の事実は認められない。
(ロ) 亡Gは、本件土地上に自宅建物の建築を開始した昭和34年3月28日には本件土地を占有しており、同人の死亡後はその妻やDらが占有を承継し、占有開始から20年目に当たる昭和54年3月28日を経過した時点で本件土地を時効取得した。

請求人らは、Dらを被控訴人としてJ高等裁判所に控訴(平成○年(○)第○○号共有持分移転登記手続等請求控訴事件)したが、平成○年○月○日に控訴は棄却され、上告しなかったことから、平成18年○月○日に本件判決が確定した。
リ 請求人らは、本件判決の確定により、本件土地が相続財産ではなかったことが確定したとして、平成18年2月23日に本件相続に係る相続税及び承継したBの相続税について、別表の「更正の請求」欄のとおりそれぞれ更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ヌ 原処分庁は、本件更正の請求に対し、平成18年7月6日付で、それぞれ更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ル 請求人らは、本件通知処分を不服として、平成18年7月19日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成18年10月17日付で棄却の異議決定をしたことから、平成18年11月8日に審査請求をするとともに、当審判所に対しAを総代とする旨の選任届出書を提出した。

(3) 関係法令

イ 通則法第23条第1項は、納税申告書を提出した者は、同項各号の一に該当する場合には、当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、更正の請求をすることができる旨規定しており、同項第1号は、当該申告書に記載した課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときには、更正の請求をすることができる旨規定している。
 また、通則法第23条第2項は、同項各号の一に該当する場合には、同条第1項の規定にかかわらず、当該各号に掲げる期間において、第1項の規定による更正の請求をすることができる旨定め、同条第2項第1号(以下「本件規定」という。)は、その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときに、その確定した日の翌日から起算して2月以内に、同条第1項の規定による更正の請求をすることができる旨規定している。
ロ 民法第162条《所有権の取得時効》第1項は、20年間、所有の意思をもって、平穏にかつ公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する旨規定している。
 また、民法第145条《時効の援用》は、時効について、当事者がその援用をすることを要する旨、同法第144条《時効の効力》は、時効の効力は、その起算日にさかのぼる旨規定している。
ハ 相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下同じ。)第11条の2《相続税の課税価格》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した者が当該財産を取得した時において同法の施行地に住所を有する者である場合、その者については、当該相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額をもって、相続税の課税価格とする旨、同法第22条《評価の原則》は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別の定めのある場合を除き、当該財産の取得の時における時価による旨規定している。

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2 主張

 当事者の主張は、別紙のとおりである。

3 判断

(1) 本件規定について

イ 通則法第23条第2項の趣旨は、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に発生し、これによって課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更を生じて税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に過酷な結果が生じる場合があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めることによって、保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものであると解される。
 また、本件規定が、その救済すべき一場合として、判決により申告時に基礎とした事実と異なる事実が確定した場合を挙げているのは、課税計算の前提となる諸事実は広範囲かつ多岐にわたっており、その中には、納税義務が成立する時点で必ずしも権利関係等が明確でなく、当事者間では最終的に確定し難い事実も多く、このような事実を課税の基礎とせざるを得ない場合もあり、そのような事実を課税の基礎とするときには、判決等による事実関係の確定を得て、その段階で課税の適切な是正を図るべきものとするのが妥当であるという趣旨に基づくものと解される。
ロ 本件規定の「その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき。」という文言と上記イの趣旨にかんがみると、本件規定にいう「事実」とは、課税標準等又は税額等の計算に影響を与える事実を広く含むと解すべきであり、事実が「異なる」とは、事後的な実体法上の権利関係の変動に限られず、納税者が納税申告の際に基礎とした事実と判決で認定された事実との比較において、相異があれば足りると解すべきである。

(2) 本件規定の適用について

イ 上記1の(2)のロの事実によれば、請求人らは、本件相続に係る相続税の申告に当たり、本件相続開始日において、本件土地はDに対して使用貸借により貸し付けているという事実、換言すると、Dらによる取得時効の完成が認められないという事実を基礎とし、そのため本件土地を自用地としての価額で評価して申告したが、その後の本件判決によって、本件相続開始日前には既に所有権の取得時効の期間が満了し、本件土地の取得時効は完成していたという事実が確定したものである。
 このことは、申告の基礎とした事実と本件判決で確定した事実とに相違があるといえる。また、本件判決で確定した事実は、本件相続開始日において、本件土地には、時効の援用以外の取得時効の要件が満たされており、請求人らの意思いかんにかかわらず、Dらの時効の援用があれば一方的に所有権を時効取得される状態にあったということであり、これは、本件土地の価額に影響を及ぼすべき事情として、相続税の課税標準、ひいては税額の計算に影響を与えるものといえる。
 そうすると、本件判決によって、申告の基礎としたところと異なる事実が確定したものであるから、本件規定の要件を満たしていることになる。
ロ なお、請求人らは、本件判決が確定し、民法第144条の遡及効によって本件土地は被相続人の遺産ではなくなることから、本件相続に係る相続税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実が異なることとなった旨主張する。
 ところで、民法第162条及び第145条が、一定期間の権利の行使と時効の援用により取得時効の効果が生じると規定していることからすると、取得時効の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生じるものではなく、時効により利益を受ける者が時効を援用することによって初めて確定的に生じるものと解され、他方、ある一つの権利の取得時効の時期と喪失の時期とは同一であるとするのが合理的であるから、時効取得されたことにより権利を喪失する者は、時効が援用されたときに初めて確定的に権利を失うものと解される。すなわち、時効により所有権を取得する者は、時効を援用するまでは所有権を取得しておらず、他方、取得時効により所有権を失う者は、時効が援用されるまではその所有権を失っていないということができる。
 これに対し、民法第144条は時効の遡及効を規定するが、この規定の趣旨は、時効による権利の得喪から生じる諸問題について、永続する事実状態を尊重しつつ、一挙かつ簡明に処理するため、時効の私法上の効力について起算日まで遡及させるところにあり、この規定は、経済実態的にも原状回復を指向する民法第545条《解除の効果》第1項などと異なり、経済実態的な事実関係までも遡及的に覆すものではなく、時効の効果は民法第145条に規定する時効の援用を停止条件として確定的に生じると解されることからすれば、相続による遺産の取得という経済実態に対する課税場面である本件に民法第144条の規定は適用されず、課税上、所有権の時効取得の効果は遡及しないというべきである。
 そうすると、本件においては、所有権の取得時効が援用されたのは本件相続開始日より後のことであり、本件判決によっても、本件相続開始日においては、本件土地は被相続人の遺産であったことに変わりはないから、時効の遡及効により本件土地が被相続人の遺産でなくなったことを前提にして、異なる事実が確定したものということはできない。
 したがって、この点に係る請求人らの主張は採用できない。

(3) 本件土地の相続税の課税価格に算入すべき価額について

 相続税法第22条に規定する時価とは、客観的な交換価値を示す価額であると解されているところ、客観的な交換価値というものが必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、財産評価の一般基準として財産評価基本通達が定められ、同通達においては、財産の種類ごとにその評価方法が定められるとともに、同通達1の(3)において「評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。」とされており、この取扱いは、当審判所においても相当と認められる。
 これを本件についてみると、本件土地については、相続開始時において既に時効期間が経過しており、相続人にとっては、所有権を確保すべき攻撃防御方法がないために、相手方に時効を援用されれば所有権の喪失を甘受せざるを得ない状態の土地であることが本件判決の確定によって明らかとなったところ、このような状態の土地は、相続人が所有権を確保しようとすれば、時効を援用する相手方に対し、課税時期現在における当該土地の客観的交換価値に相当する金員の提供を要するのが一般的である土地ということができるから、そのことを価額に影響を与える要因として考慮すると、土地の価額と提供を要する金額が同額であるから、結局のところ、その財産の価額は零円になると理解するのが相当と認められる。

(4) 以上によれば、本件判決は、本件規定にいう判決に該当し、それにより納付すべき税額が過大であったことになるから、本件通知処分は、違法となり、いずれもその全部を取り消すべきである。

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