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(平21.5.12、裁決事例集No.77 444頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人が行った相続税の申告について、原処分庁が、被相続人の債務の一部は債務控除の対象にならないなどとして、更正処分をしたのに対し、審査請求人が、債務控除の否認については争わないものの、相続財産として申告した貸付金債権の一部について、相続開始日において回収不能であるから元本の価額を減額すべきであるとして、同処分の一部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成17年10月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したD(以下「本件被相続人」という。)の相続人であり、この相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税の申告書に別表1の「申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
ロ これに対し、原処分庁は、平成20年2月29日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ハ 請求人は、平成20年4月28日、上記ロの更正処分を不服として異議申立てをしたところ、異議審理庁は、申告された財産のうち、一部の土地の評価に誤りがあったなどとして、平成20年7月28日付で別表1の「異議決定」欄のとおり、各処分の一部を取り消す異議決定(この異議決定により一部が取り消された後の更正処分を、以下「本件更正処分」という。)をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成20年8月27日に審査請求をした。

(3) 関係法令等

 別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 本件被相続人は、本件相続開始日において、E社(以下「本件会社」という。)に対し、173,584,999円の貸付金(以下「本件貸付金」という。)を有していた。
ロ 本件被相続人は、本件会社を昭和46年4月○日に設立し、その後、昭和58年11月○日にG社を設立した。
 本件被相続人の長男であるHは、平成3年2月○日にJ社を、平成13年1月○日にK社(以下、G社及びJ社と併せて「関係グループ会社」という。)を設立した。
ハ 本件被相続人の妻である請求人は、本件相続により本件貸付金を取得し、本件相続に係る相続税の申告において、本件貸付金の全額を相続税の課税価格に算入した。

(5) 争点

 本件の争点は、本件貸付金の一部について、回収が不可能又は著しく困難であると見込まれ、元本の額を減額して評価することができるか否かである。

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2 主張

(1) 請求人

 次の理由から、本件会社は既に破たんしていることは明白であり、本件貸付金の一部は回収不能と認められるため、原処分の一部を取り消すべきである。
 なお、回収不能と認められる金額は、本件会社の資産から、金融機関に対する債務を優先的に返済すると仮定し、残額を他の債権者とともに均等に返済を受けたとした場合に回収不能になると見込まれる金額である。
イ 本件会社は、平成13年1月15日に営業の全部をK社に譲渡し、以後、主たる事業は行っておらず、多額の債務超過の状態が相当期間続き、資産状況及び経営状況が改善される見込みはないこと。
ロ 本件会社の営業外収益は、その大半が出向料収入で従業員の人件費と相殺されるものであり、実質利益はないこと。
ハ L銀行からの借入金の返済が一部継続しているのは、全額、K社からの借入れによるものであること。
ニ 本件会社は、以前より解散する方向であったが、障害者及び高齢者の雇用の関係から遅延しているものであり、解散した場合には、本件貸付金については債権放棄する予定であること。

(2) 原処分庁

 次の理由から、本件会社の事業経営が破たんしていることが客観的に明白であって、本件貸付金の回収の見込みのないことが客観的に確実である状況とは認められないため、本件貸付金の一部を元本に算入しないで評価することはできない。
イ 資産状況が債務超過で営業状況が赤字であっても、直ちに事業経営が破たんするわけではなく、このような状況でも、事業を継続している企業は存すること。
ロ 本件会社は本件相続開始日の後も存続しており、本件相続開始日の直近3期分をみても、各期おおむね5,000万円を上回る営業外収益があること。
ハ 本件会社の借入金債務の大半はK社及び本件被相続人からのものであり、早急に返済を迫られている状況になく、経営を圧迫させている状況とは認められないこと。
ニ 本件会社は欠損金を上回る役員報酬を計上していることから、経営努力により債務超過の状況を改善できる余地があること。

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3 判断

(1) 認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件会社は、本件被相続人、請求人及びその親族等が出資する同族会社である。
 本件相続開始日の直前において、本件被相続人は本件会社の代表取締役、請求人は同社の取締役であった。
ロ 本件会社の設立当初の主な事業目的は、1○○製造及び卸、小売販売、2○○卸、小売販売であったが、平成6年1月6日、1○○製造及び卸、小売販売、2○○印刷、3不動産の売買、賃貸、管理及びその仲介、4倉庫業、5飲食店(レストラン)の経営、6遊漁船の経営等に変更された。
ハ G社は不動産業を、J社は倉庫業を、K社は○○製造業をそれぞれ主な事業としている。
ニ 本件会社の平成12年8月1日から平成13年7月31日までの事業年度(以下、この事業年度を「平成13年7月期」といい、これ以降の事業年度についても順次「平成14年7月期」、「平成15年7月期」、「平成16年7月期」、「平成17年7月期」及び「平成18年7月期」という。)から平成18年7月期までの各期の資産及び負債の状況は別表2のとおりである。
ホ 本件会社の平成13年7月期から平成18年7月期までの各期の損益の状況は別表3のとおりである。
ヘ 本件被相続人は、本件会社との間において、本件貸付金について、その返済時期、返済条件等を定めていなかった。
ト 本件会社は、本件相続開始日以降、現在に至るまで存続しているが、その主な事業であった○○の製造については、平成13年1月○日にK社が設立された後、同社に引き継がれており、本件相続開始日において、本件会社は同事業を行っていなかった。
チ 本件会社は、平成17年7月期において、次のとおり合計40,020,680円の特別利益を計上した。

(イ) P市p町の土地の売却益
(ロ) Q市q町の借地権付建物の売却益
(ハ) 前期損益修正益

28,920,000円
10,200,000円
900,680円

リ 本件会社は、平成17年7月期において、次のとおり不動産取引を行った。
(イ) 平成17年1月に上記チの(イ)の物件をG社から100,000,000円で購入し、同年2月にM社に128,920,000円で売却した。
(ロ) 平成17年2月にR市r町の土地をG社から15,000,000円で購入し、同年3月にN社に同額で売却した。
(ハ) 平成17年3月に上記チの(ロ)の物件を競売により21,800,000円で落札し、同年6月にS社に32,000,000円で売却した。
ヌ 本件会社は、従業員として障害者を雇用し、K社に出向させており、営業外収益として、同社からの出向料収入並びに障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく報奨金及び障害者介助等助成金等の補助金収入を得ている。
 本件会社の各事業年度における営業外収益の内容は、別表3のとおりである。
ル 本件会社は、平成14年7月期に、T地方裁判所の競売入札に参加し、営業外費用として40,940,000円を支出している。
ヲ 借入金の返済状況
 本件会社の借入金の残高推移は次のとおりである。
(イ) U銀行及びV銀行
 U銀行からの借入金の残高は、平成16年7月期において零円となった。また、V銀行からの借入金の残高は、平成17年8月1日付で、K社が肩代わりすることとなり、同社からの借入れに振り替えたことから零円となった。
(ロ) L銀行
A 借入れの内容

(A) 当初借入れ年月日
(B) 当初元金
(C) 返済期日

昭和63年7月27日
100,000,000円の証書借入れ
平成11年6月25日

B 返済状況
 L銀行は、平成18年1月20日、当該貸付金について、本件相続開始日において元金49,351,230円が返済されていないとして、相続人である請求人に対し、元金及び遅延損害金について支払を求める催告書を内容証明で郵送したが、その後、債権回収に向けての具体的な動きはしていない。本件会社は、当該借入金について、平成11年7月以降、月500,000円ずつ返済を継続している。
(ハ) 本件会社の本件被相続人からの借入金残額の推移は、別表2のとおりであり、平成16年7月期に、借入金残額のうち83,877,271円について過年分訂正処理をして他勘定に振り替えたため、残高が減少した。また、本件会社は、本件被相続人に対し、本件相続開始日の直前である平成17年5月20日に13,000,000円を、同年7月21日に7,693,860円をそれぞれ返済した。
(ニ) 本件会社は、平成17年7月期の期末において、K社からの短期借入金と、K社に対する未収金(トラックリース料3,000,000円、出向料差額分10,573,268円及び社会保険料未収分10,362,552円)とを相殺した。

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(2) 法令解釈等

イ 相続税法第22条に規定する時価
 財産の価額について、相続税法第22条は、相続により取得した財産の価額は、その財産の取得の時における時価による旨規定しているところ、この時価とは、その財産の取得の時において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち、客観的な交換価値をいうものと解される。
 しかしながら、相続税の課税の対象になる財産は多種多様であり、また、財産の客観的な交換価値は、必ずしも一義的に確定されるものではないところ、これを個別に評価する方法を採ると、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることが避け難いことなどから、国税庁長官は、財産の評価方法に共通する原則や財産の種類及び評価単位ごとの評価方法などを評価基本通達に定め、相続財産の評価を統一的に行うとともに、これを公開し、納税者の申告及び納税の利便に供しているものであり、これは、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から見て合理的であるという理由に基づくものと解され、相続財産を同通達の定めにより評価することは、当審判所においても合理性があると認められる。
ロ 評価基本通達に定める貸付金債権等の評価
 評価基本通達204は、貸付金債権等の価額は、貸付金債権等の元本の価額と利息の価額との合計額により評価する旨定めている。
 また、評価基本通達205は、貸付金債権等の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期において「次に掲げる金額に該当するときその他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」においては、それらの金額は元本の価額に算入しない旨定めている。
 この場合の「次に掲げる金額」とは、別紙の4のとおり、債務者について手形交換所の取引停止処分等に該当する事実があったときの貸付金債権等の金額並びに再生計画認可の決定、整理計画の決定及び更生計画の決定等により切り捨てられる債権の金額等が掲げられている。そうすると、「次に掲げる金額に該当するとき」とは、いずれも、債務者の資産状況及び営業状況等が破たんしていることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるといい得るときであると解するのが相当である。
 そして、「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、貸付金債権等の評価方法として、評価基本通達204及び205の定めが、上記のとおり、原則として元本の価額と利息の価額の合計額とし、例外として債務者について手形交換所の取引停止処分等に該当するような客観的に明白な事由が存する場合に限り、その部分の金額を元本の価額に算入しない取扱いをしていること及び同通達205の(1)から(3)までの事由と並列的に規定されていることからすると、上記の「次に掲げる金額に該当するとき」と同視できる程度に債務者の資産状況及び営業状況等が破たんしていることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるといい得るときであると解するのが相当である。

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(3) 本件貸付金の評価基本通達へのあてはめ

イ 本件貸付金については、上記(2)のロのとおり、評価基本通達の定めに基づいて評価するのが相当であるところ、本件会社について、別紙の4の(1)から(3)までに該当する事由は認められないことから、本件貸付金の全部又は一部が、本件相続開始日において、評価基本通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するか否かについて、本件会社の資産状況及び営業状況等に照らし判断すると、次のとおりである。
(イ) 請求人が主張するとおり、本件会社は、本件相続開始日前から数事業年度にわたり多額の繰越損失があって債務超過であり(別表2及び3)、その主たる事業であった○○製造業はK社に引き継がれていることが認められる(上記(1)のト)。
 しかし、本件会社は、本件相続開始日以降、現在に至るまで存続し、従業員のうち障害者をK社に出向させ、主にK社からの出向料及び国等からの助成金により、別表3のとおりの営業外収益を計上している(上記(1)のヌ)。
 また、本件会社は、事業目的を不動産の売買等に拡大した後、平成14年7月期に地方裁判所の競売入札に参加していること(上記(1)のロ及びル)、及び平成17年7月期において、不動産取引による売却益として39,120,000円を計上していること(上記(1)のチ及びリ)からすれば、本件会社の営業が停止していたとは認められない。
(ロ) 本件会社は同族会社であり、関係グループ会社の代表者も本件被相続人又はその親族らである(上記(1)のイ及びハ並びに1の(4)のロ)。そして、本件会社の借入金債務は、別表2のとおり、K社、本件被相続人及びその親族からの債務が大半であって、返済期限等の定めがないため(当審判所の調査の結果)、直ちに返済を求められる可能性は極めて低く、金融機関等外部からの借入れに比べて有利といえる。
 現に、本件会社は、関係グループ会社との間で頻繁に貸借を行い、特にK社との間では、常時貸借が存在し、時々に応じて返済していた事実が認められる(上記(1)のヲの(イ)及び(ニ))。
 さらに、本件相続開始日において、本件会社のU銀行及びV銀行に対する借入金債務残高は零円となっている上、L銀行に対しては、月々500,000円の返済を続けており、同銀行は、返済期限をはるかに過ぎている債権であるにもかかわらず、積極的な債権回収の動きをしていない(上記(1)のヲの(イ)及び(ロ))。本件被相続人からの借入金についても、本件相続開始日の直前に、合計約20,000,000円を返済している(上記(1)のヲの(ハ))。
(ハ) 以上のことから、本件貸付金については、本件相続開始日において、評価基本通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」、すなわち、本件会社の事業経営が破たんしていることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるといい得る状況にあったとは認められない。
ロ 請求人の主張について
(イ) 請求人は、本件会社が既に破たんしている状況が明白である理由として、本件会社は、資本金(○○○○円)をはるかに上回る多額の未処理損失を計上している旨主張する。
 しかしながら、資本金を上回る損失があっても、直ちに事業経営が破たんするわけではなく、上記イのとおり、本件会社は営業活動を行っていたのであり、本件会社の事業経営が客観的に破たんしていたと認めることはできないから、請求人の主張には理由がない。
(ロ) 請求人は、本件会社は以前より解散する方向であったが、障害者及び高齢者の雇用の関係から遅延しているものであり、解散した場合には、本件貸付金については債権放棄する予定である旨主張する。
 しかしながら、本件貸付金が回収不能であるか否かの判断の基準日は、課税時期である本件相続開始日であるから、仮に本件会社が将来において解散する予定であるとしても結論に影響しない。
 したがって、請求人の主張には理由がない。
ハ 本件貸付金の評価額
(イ) 本件貸付金については、上記イのとおり、本件相続開始日において、別紙の4の(1)から(3)までに掲げる金額に該当する事由及び評価基本通達205に定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる」事情はないことから、その評価上、同通達205の適用はない。
 そして、別紙の3のとおり、同通達204においては、貸付金債権等の評価について、貸付金債権等の元本の価額と利息の価額との合計額により評価する旨定めているところ、これを本件についてみると、上記(1)のヘのとおり、本件貸付金の評価上、計上すべき利息は認められないから、元本の価額である173,584,999円が本件貸付金の評価額となる。
(ロ) 請求人は、本件会社が債務超過であることから、回収不能と認められる金額は、本件会社の資産から、金融機関に対する債務を優先的に返済すると仮定し、残額を他の債権者とともに均等に返済を受けたとした場合に回収不能になると見込まれる金額である旨主張する。しかし、評価基本通達205は、本件貸付金の全部又は一部が回収不能である場合において回収不能と認められる額を算定することになる旨定めているところ、上記イのとおり、本件貸付金について、その回収が不可能又は著しく困難であるとは認められないのであるから、この点に関する請求人の主張は採用することができない。

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(4) 本件更正処分について

 以上により、請求人の本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、本件更正処分に係る課税価格及び納付すべき税額と同額であるから、本件更正処分は適法である。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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