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(平21.8.28、裁決事例集No.78 152頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、病院を経営していた医師である審査請求人(以下「請求人」という。)が、社会保険診療報酬の不正及び不当請求が判明したことにより返還すべきこととなった不正利得返還債務(以下「本件返還債務」という。)及び同返還債務について課される加算金(以下「本件加算金」という。)の金額を事業所得の必要経費に算入して申告したところ、原処分庁が、本件返還債務については現実に支払っていない部分の金額について、また、本件加算金についてはその全額についてを、いずれも必要経費に算入することができない等として更正処分を行ったのに対し、請求人がその全部の取消しを求めた事案であり、争点は次の4点である。

争点1 本件返還債務を必要経費に算入する年分と金額。

争点2 本件加算金は必要経費に算入できるか。

争点3 異議決定において、本件加算金についての理由の差替えを行うことの可否。

争点4 平成19年分の所得税に関して、純損失を控除することの可否

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成16年分、平成17年分及び平成19年分の所得税について、青色の確定申告書に別表1−1ないし1−3の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までにそれぞれ申告した。
ロ これに対し、原処分庁は、平成20年3月14日付で、平成16年分及び平成17年分の所得税について、別表1−1及び1−2の各「H20.3.14付更正処分等」欄記載のとおり、各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、それぞれ「平成16年分更正処分」、「平成17年分更正処分」、「平成16年分賦課決定処分」及び「平成17年分賦課決定処分」という。)をした。
ハ 請求人は、平成20年4月25日付、同年6月9日付、同年8月29日付及び同年10月23日付で、平成17年分の所得税について、更正処分後に返還を行った保険診療報酬額を事業所得から控除する内容の更正の請求を行った。
 原処分庁は、これらに対し、それぞれ平成20年8月6日付、同年8月7日付、同年10月31日付及び同年12月24日付で、別表1−2の「H20.8.6付更正処分等」欄、「H20.8.7付更正処分等」欄、「H20.10.31付更正処分等」欄、「H20.12.24付更正処分等」欄各記載のとおり、いずれもその請求の全部を認める減額更正処分(以下、減額更正処分後のものを平成17年分更正処分と併せて、「平成17年分各更正処分」という。)、及び過少申告加算税の減額変更決定処分(以下、減額変更決定処分後のものを平成17年分賦課決定処分と併せて、「平成17年分各賦課決定処分」という。)を行った。
ニ 請求人は、平成16年分更正処分、平成17年分各更正処分、平成16年分賦課決定処分及び平成17年分各賦課決定処分をいずれも不服として、平成20年5月12日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年8月8日付でいずれも棄却する異議決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の上記ニの各処分に不服があるとして、平成20年9月4日に審査請求をした。
ヘ 原処分庁は、平成19年分の所得税について、平成21年2月27日付で、別表1−3の「H21.2.27付更正処分等」欄記載のとおり、更正処分(以下「平成19年分更正処分」といい、平成16年分更正処分及び平成17年分各更正処分と併せて「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「平成19年分賦課決定処分」といい、平成16年分賦課決定処分及び平成17年分各賦課決定処分と併せて「本件各賦課決定処分」という。)を行った。
ト 請求人は、平成19年分更正処分及び平成19年分賦課決定処分を不服として平成21年4月24日に異議申立てをした。
チ 異議審理庁は、上記トにより提出された異議申立てについて、国税通則法第89条《合意によるみなす審査請求》第1項の規定により審査請求として取り扱うことが適当であると認め、平成21年5月19日に請求人に同意を求め、同月27日に請求人がこれに同意したことから、同日審査請求がされたものとみなされた。
 そこで、これらの審査請求について併合審理をする。

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(3) 関係法令

 別紙「関係法令の要旨」のとおり

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、医師であり、P県Q市内等で病院を事実上経営していたが、さらに、平成3年○月からは、同R市においてG病院を営んでいた。
 なお、G病院は、平成3年○月○日付で健康保険法に基づく保険医療機関に指定された。
ロ 不正請求等について
(イ) G病院に対して、平成16年○月○日、○日、P県社会保険事務局による施設基準等の適時調査が行われた。また、平成16年○月○日(中断)、同17年○月○日、同月○日、健康保険法第73条《厚生労働大臣の指導》、国民健康保険法第41条《厚生労働大臣又は都道府県知事の指導》等に基づき、P県社会保険事務局及びP県○○部○○課(以下、これらを併せて「監査機関」という。)による個別指導が行われた。
 監査機関は、上記適時調査、個別指導の結果、G病院の診療報酬の請求に関して、不正又は不当の疑いがあると判断し、平成17年○月○日及び翌○日、監査機関による健康保険法第78条、国民健康保険法第45条等に基づく監査を実施した。
(ロ) 上記(イ)記載の監査の結果、監査機関は、G病院において、診療報酬の不正請求及び不当請求が行われていたと判断した。
(ハ) P県社会保険事務局○○課長は、平成17年○月○日付で、G病院に対し、「診療報酬の返還について」と題する文書を送付して、診療報酬の返還と返還関係書類の作成を指示した。
 また、P県社会保険事務局長は、同年○月○日付の「医療保険機関の指定の取消について」と題する文書で、同年○月○日付でG病院の保険医療機関の指定を取り消す旨の通知をした。
 なお、上記「診療報酬の返還について」の文書には、不正請求分が平成○年○月から平成17年○月まで、不当請求分が平成○年○月から平成17年○月までの期間が各返還対象月となること、返還金は各保険者から直接通知されること、不正請求分には40%の加算金が賦課されること等が記載されていた。
(ニ) 請求人は、返還関係書類を作成し、下記のとおり、返還同意書とともに監査機関に対して提出した。
A 請求人は、監査機関に対して、平成17年○月○日付で、不正請求分についての「返還同意書」(以下「本件返還同意書1」という。)を提出し、P県社会保険事務局は同月○日に収受した。
 本件返還同意書1には、返還の対象となった診療報酬の請求期間が平成○年○月診療分から平成17年○月診療分までであること、返還額の合計額が○○○○円であること及び返還額を該当する保険者へ直接返還することに同意する旨記載されていた。
B 請求人は、監査機関に対して、平成17年○月○日付で、不当請求分についての「返還同意書」(以下「本件返還同意書2」という。)を提出し、P県社会保険事務局は同月○日に収受した。
 本件返還同意書2には、返還の対象となった診療報酬の請求期間が平成○年○月診療分から平成17年○月診療分までであること、返還額の合計額が○○○○円であること及び返還額を該当する保険者へ直接返還することに同意することが記載されていた。
C 請求人は、本件返還同意書1及び本件返還同意書2について、最終的に、返還額をそれぞれ○○○○円、○○○○円と訂正した書面を作成して、P県社会保険事務局長へ平成18年○月○日に郵送した。
(ホ) 請求人は、平成17年○月○日付で、自己の計算により、「不正分年度別一覧」、「不当分年度別一覧」及び「不正分・不当分年度別合計一覧」を作成した。
 これらの文書には、不正分総合計金額として○○○○円、この金額に加算金を加えた金額として○○○○円、不当分総合計として○○○○円、平成16年分の不正分の返還金額として○○○○円と記載されていた。
ハ 不正請求等の支払状況等
(イ) P県社会保険事務局長は、健康保険法が適用される健康保険組合に対し、平成18年○月○日付の「診療報酬の返還金について(通知)」と題する文書で、保険者は請求人に対して不正・不当請求に係る診療報酬の返還請求を行う旨、不正請求に係る返還金については健康保険法第58条第3項及び船員保険法第25条の3第3項により返還金額の40%の加算金を支払わせることができる旨通知した。
 また、P県○○部○○課長は、関係市町村国民健康保険主管課長、関係市町村老人医療主管課長及び関係国民健康保険組合事務長に対し、平成18年○月○日付の「国民健康保険及び老人保健診療報酬の返還について(通知)」と題する文書で、保険者は請求人に対して不正・不当請求に係る診療報酬の返還請求を行うこと、不正請求に係る返還金については国民健康保険法第65条第3項及び老人保健法第42条第3項に基づく加算金を課すことができる旨を通知した。
(ロ) 健康保険法が適用される健康保険組合等の保険者は、上記(イ)の文書を受け取った平成18年○月以降に、国民健康保険法が適用される市町村等の保険者は、上記(イ)の文書を受け取った同年○月以降に、それぞれ、請求人に対して個別に返還金の請求を行った。
 なお、生活保護法に基づく診療報酬の返還については、P県○○部長が、平成17年○月○日付の「生活保護法に基づく診療報酬の返還について(通知)」により、請求人に対して返還金の請求を行った。
(ハ) 請求人は、保険者に対し、平成17年○月以降、別表2のとおり本件返還債務を実行し、平成20年○月までに○○○○円を支払った。
ニ G病院の廃業
(イ) 請求人は、P県知事及び○○保健所長に対し、平成17年○月○日付「病院(診療所・助産所)廃止届」及び平成17年○月○日付「エックス線装置等廃止届」を提出し、G病院を廃業した。
 これらの届出書には、病院又は装置の廃止年月日がいずれも平成17年○月○日と記載されている。
(ロ) G病院の勤務医であったHは請求人から病院の営業譲渡を受け、○○税務署長に対し、平成17年○月○日付で、開業日を平成17年○月○日、屋号をJ病院、事業所の所在地を請求人の廃止事業所と同じとする個人事業の開業等届出書を提出した。

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2 主張及び判断等

(1) 争点1(本件返還債務を必要経費に算入する年分と金額)について

イ 主張
(イ) 原処分庁
A 所得税法第51条第2項は、同法第37条の別段の定めに該当するから、いわゆる債務確定基準の規定は及ばず、所得税法施行令第141条第3号の規定により、その経済的成果が無効であることに基因して失われたときに、初めて資産損失として認識されるところ、その経済的効果が失われるのは現実に返還したときであるから、現実に返還したときにその金額が必要経費となる。
B 本件返還債務は、不正請求又は不当請求により得た法律上の原因のないものであり、無効な行為によって生じたものに該当するから、現実に返還したときにその金額が必要経費に算入されることになる。
C 請求人は平成17年中に個人事業を廃業しているから、本件返還債務は、所得税法第63条及び所得税法施行令第179条の規定により、まず事業を廃止した日の属する年分である平成17年分の総所得金額等を限度として事業所得の金額の計算上必要経費に算入し、同年分の総所得金額等から控除しきれない金額につき、その前年分である平成16年分の総所得金額等を限度として、事業所得の金額の計算上必要経費に算入することとなる。
(ロ) 請求人
A 所得税法第37条第1項は、原則として必要経費に算入すべき金額はその年における「所得を生ずべき業務について生じた費用」と規定しているところ、同法第51条第2項は、さらに、「資産損失」も必要経費に加えて算入できることを定めた、すなわち、必要経費の範囲を広げた規定であるから、「別段の定め」には該当しない。
 このことは、所得税法第51条第2項の政令である所得税法施行令第141条第1号が、売上代金の返還債務が確定した時点で必要経費として算入する旨規定していることからも明らかである。
B 所得税法施行令第141条第3号の規定する「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われ」とは、それまで正当な権利行使の結果として得ていたはずの経済的成果が無効の法理によって一転して不当利得であるとされ、不当利得返還義務が生じることを意味するから、現実に返還したときと解する余地はない。
 なお、同号は、必要経費に算入される損失の生ずる事由として、取消しの場合については「その事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたこと」と規定しているところ、取消しの場合には、無効の場合と異なり、取消しの意思表示があって初めて同行為の効果が失われ、同行為によって得ていた経済的成果が失われることとなるものであるから、「行為が取り消された」時点とはまさに不当利得返還義務が発生する時点、すなわち、債務が確定する時点であり、同規定からも、経済的効果が失われた時点とは、不当利得返還義務が生じた時点をいうのであり、「現実に返還したとき」をいうものではないことは明らかである。
C そして、本件返還債務は不当利得返還債務であるところ、不当利得の成立要件は、まるア返還義務者の受益、まるイ返還請求者の損失、まるウ同受益と損失の因果関係、まるエそれが法律上の原因に基づかないことであるから、不正・不当請求によって平成16年中に診療報酬が支払われた時点で当該費用に係る債務が成立しており、当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実も発生している。そして、平成16年12月末までに国保返還金○○○○円及び社保返還金○○○○円の合計○○○○円を算出できていたから、平成16年末日をもって債務が確定していたといえる。
 また、本件返還債務のうち、平成16年末日に債務が確定した○○○○円以外の債務については、不正請求分は本件返還同意書1を提出した平成17年○月○日に、不当請求分は本件返還同意書2を提出した平成17年○月○日に債務が確定したといえる。
D 仮に、返還同意書の提出日である平成17年○月○日及び同年○月○日に平成16年分の債務が確定したと解しても、それらは請求人が事業を廃止した平成17年○月○日の後において必要経費に算入すべき金額が生じたこととなるため、所得税法第63条の規定によって、事業を廃止した平成17年分及びその前年である平成16年分の必要経費に算入することができる。
E また、仮に、各保険者から請求人に返還請求がなされた時点(社会保険については平成18年○月ころ、国民健康保険については平成18年○月ころから同19年○月ころまで)において債務が確定したと解しても、同様の理由から、平成17年分及び平成16年分の必要経費に算入することができる。
F 以上から、原処分庁の主張は誤りである。
ロ 判断
(イ) 所得税法第37条第1項は、事業所得を算出する際の必要経費に算入される費用の計上時期と金額に関する定めであり、その年の12月31日までに債務が確定しているものについてはその確定した金額がその年分の必要経費に算入されることを定めている。
 他方、所得税法第51条第2項は、事業所得を生ずべき事業について、その事業の遂行上政令で定める事由により生じた損失の金額は、その損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入する旨、これを受けた所得税法施行令第141条第3号は、政令で定める事由について、事業所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたことと規定しているが、これは、事業所得に対する課税は納税者の担税力に着目してなされるものであるところ、当該所得が無効な行為により得られた利得であるときであっても、少なくともそれが現実に返還されるまでは担税力を有するものであり、その担税力が失われるまでは損失が生じたということはできないことから、所得税法第37条第1項の例外として定められたものであり、同条の「別段の定め」に該当する。
 また、このような立法趣旨にかんがみれば、所得税法施行令の規定する「経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われた」とは、それが現実に返還されたときと解するのが相当である。
 これらの点に関する請求人の主張は、採用できない。
(ロ) そして、本件において、本件返還債務は、請求人が保険者に対して本来請求することができない診療報酬を不正又は不当に請求したために生じたものであり、事業所得の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果と同視し得るから、資産損失に該当し、当該損失は、現実に返還した年分の必要経費に算入されることになる。
(ハ) そうすると、請求人が、別表2のとおり、平成17年○月から本件返還債務を現実に履行して、平成20年○月までの間に保険者に対し返還した○○○○円は、それぞれ返還した年分の必要経費となるところであるが、上記1の(4)のニによれば、請求人は、平成17年○月○日に事業を廃業したものと認められるから、所得税法第63条及び所得税法施行令第179条の規定により、まず事業を廃止した日の属する年分である平成17年分の総所得金額等を限度として事業所得の金額の計算上必要経費に算入し、同年分の総所得金額等から控除しきれない金額につき、その前年分である平成16年分の総所得金額等を限度として、事業所得の金額の計算上必要経費に算入することとなる。
(ニ) したがって、返還した○○○○円は平成17年分の事業所得の必要経費に算入されることとなり、請求人の主張には理由がない。
(ホ) なお、請求人は、本件返還債務のうち、平成16年中に返還が確定したとする○○○○円について、補足的に、所得税法第36条《収入金額》第1項の収入金額に当たらないとも考えられるとの主張をしているが、請求人が診療報酬を受領した時点で収入として把握されるものであるから、その後これを返還したからといって、当初からこれを収入金額に当たらないとすべき理由はなく、この点に関する請求人の主張にも理由がない。

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(2) 争点2(本件加算金は必要経費に算入できるか)について

イ 主張
(イ) 原処分庁
 本件加算金は、健康保険法第58条第3項の規定がなければ民法上の不当利得の適用になる私債権であり、保険医療機関等が保険者に対して支払う損害賠償の性質を有すると解される。
 そして、事業所得の金額の計算上必要経費に算入しない損害賠償金には、慰謝料、示談金、見舞金等の名目のいかんを問わず、他人に与えた損害を補てんするために支出する一切の費用が含まれるところ、本件加算金は、上記のとおり、損害の賠償たる性質を有していることに加え、本件加算金の請求には偽り不正の行為による診療報酬の受給が要件とされており、所得税法施行令第98条の2にいう故意又は重大な過失によって他人の権利を侵害したことによるものに該当すると認められるから必要経費に算入することはできない。
(ロ) 請求人
 本件加算金は、不当利得の法理に加え、診療報酬の不正請求を抑止するための行政目的のために設けられた行政制裁に他ならず、他人に生じた損害を賠償するという損害賠償の法理に基づく規定と解釈する余地はない。
 このことは、本件加算金の割合が一律に40%とされていること、平成10年6月の国民健康保険法改正により加算金が10%から40%に変更された際の閣議決定において、改正の理由は診療報酬の不正請求の防止がその理由であるとされていたこと、40%の具体的理由についても、保険請求の一層の適正化を図るため、無申告加算税などを勘案して定められたことからも明らかである。
 したがって、本件加算金は必要経費に算入されるべきである。
ロ 判断
(イ) 所得税法第45条第1項第7号は「損害賠償金(これに類するものを含む)で政令で定めるもの」が必要経費に算入しない旨定めており、ここでいう損害賠償金は、所得税基本通達45−7のとおり慰謝料、示談金、見舞金等の名目のいかんを問わず、他人に与えた損害を補填するために支出する一切の費用が含まれると解され、このような取扱いは当審判所においても相当と認められる。
(ロ) ところで、本件加算金の制度は、医療機関が自らの意思に基づきその契約の当事者となった法定約款を内容とする保険医療契約の一部であり、その法的性格は、保険医療機関等が返還金に付して支払うべき遅延利息等、つまり保険者に対する損害の賠償と認めるのが相当である。
(ハ) また、健康保険法第58条第3項、国民健康保険法第65条第3項等は、加算金の請求につき、保険医療機関が偽りその他不正の行為によって療養の給付に関する費用の支払を受けたことを要件としており、これは、所得税法施行令第98条の2に定める「故意又は重大な過失によって他人の権利を侵害した」に該当する。
(ニ) したがって、本件加算金は、故意又は重大な過失によって他人の権利を侵害したことにより支払う損害賠償金に該当するから、所得税法第45条第1項第7号、所得税法施行令第98条の2に該当し、事業所得等の金額の計算上必要経費に算入することはできない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

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(3) 争点3(異議決定において、本件加算金についての理由の差替えを行うことの可否)について

イ 主張
(イ) 原処分庁
 異議決定の理由と、原処分に附記された理由は、いずれも、本件加算金が必要経費に算入できないという課税要件事実の基本的部分は共通であり、その法的評価が異なったにすぎない。そして、これによって請求人に実質的に不利益が生ずるものでもないから、原処分が違法であるとはいえない。
(ロ) 請求人
 原処分庁は、本件加算金は所得税法第45条第1項第6号に規定する「過料」に該当するとして必要経費算入を認めない処分を行ったが、異議決定において、本件加算金は「いわゆる罰金、科料及び過料に性格は類似しているが、これらには該当せず、保険医療機関等が返還金に対して支払うべき保険者に対する損害の賠償と解することが相当」であるとして、原処分庁自身が自ら行った原処分の法的根拠が誤りであることを自認するに至った。
 したがって、本件加算金が所得税法第45条第1項第6号の「過料」に該当するとした原処分は不適法であり、異議決定において理由を差し替えたとしても、「過料」を理由とした原処分の違法性を治癒することはできないから、原処分は取り消されるべきである。
ロ 判断
(イ) 更正処分の取消しを求める審査請求においては、違法事由のすべてが不可分一体として審理判断の対象となり、個々の違法事由ごとに審理の対象が構成されるものではないから、審査請求において原処分庁は、原則として、取消しを求められた課税処分の適法性を基礎付けるため、審査の対象の範囲内で、客観的に存在した一切の事実上及び法律上の主張をすることができる。
 そして、更正処分の取消しを求める審査請求の審理の対象は、更正処分によって確定された税額が総額において租税実体法によって客観的に定まっている範囲内であるか否かであるから、原処分庁は、審査請求の段階においても、処分時に現実に用いた処分理由に拘束されるわけではなく、処分後の調査等により新たに発見した事実を追加したり、従前主張した処分理由を差し替えて主張することも許されるというべきである。
 したがって、原処分庁が異議決定書において原処分の理由を変更したことは違法とはいえず、請求人の主張には理由がない。

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(4) 上記(1)ないし(3)により、原処分庁が行った平成16年分更正処分及び平成17年分各更正処分はいずれも適法である。

(5) 争点4(平成19年分の所得税に関して、純損失を控除することの可否)について

イ 主張
(イ) 原処分庁
 請求人の平成16年分ないし平成18年分所得税には、いずれも純損失の金額はないから、請求人の平成19年分の所得税の総所得金額の計算上控除する純損失の金額は零円となり、したがって、平成19年分更正処分は適法である。
(ロ) 請求人
 原処分は、平成16年分更正処分及び平成17年分各更正処分を前提として、平成19年分の所得税の総所得金額の計算上、差し引く繰越損失額がないものとしているが、上記各更正処分に誤りがあることは明らかであるから、これらを前提とした平成19年分更正処分も誤りである。
ロ 判断
 前記(4)のとおり、平成16年分、同17年分の総所得金額の計算において、控除されるべき純損失の金額が生じていないとした平成16年分更正処分及び平成17年分各更正処分は相当と認められるから、平成19年分の総所得金額の計算において、控除されるべき純損失の金額は零円となり、平成19年分更正処分も適法である。
(6) 以上のとおり、本件各更正処分はいずれも適法であるところ、本件各更正処分により増加した税額の計算の基礎となった事実が本件各更正処分前の税額の計算の基礎とされなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定によりなされた本件各賦課決定処分はいずれも適法である。
 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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