(平22.6.30、裁決事例集No.79)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、税理士業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、それまで営んでいた事業を他の税理士に承継するに伴い、その税理士から受領した金員に係る所得を雑所得として所得税の確定申告をした後、その金員に係る所得については譲渡所得として申告すべきであったとして更正の請求をしたところ、原処分庁が更正をすべき理由がない旨の通知処分を行ったことから、請求人がその取消しを求めた事案であり、争点は、請求人が受領した当該金員に係る所得は、譲渡所得に該当するか否かである。

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求に至る経緯は、別表のとおりである。
 なお、請求人は、国税通則法第75条《国税に関する処分についての不服申立て》第4項第2号の規定により平成21年10月26日に審査請求をした。

(3) 関係法令の要旨

 所得税法第33条《譲渡所得》第1項は、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう旨、同条第2項は、棚卸資産の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得及び山林の伐採又は譲渡による所得は、譲渡所得に含まれない旨規定している。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人と原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成19年12月25日付で、請求人が同年11月30日まで経営していた税理士事務所(以下「本件税理士事務所」という。)の補助税理士であったA(以下「本件承継税理士」という。)との間において、要旨次のことを定めた事業承継に関する覚書(以下「本件覚書」という。)を取り交わした。
(イ) 請求人は、平成19年12月1日付で本件税理士事務所の事業を本件承継税理士に譲渡する(以下、この譲渡を「本件取引」という。)。
(ロ) 本件取引の対価は○○○○円とする。
(ハ)  請求人は、顧問先等の取引先及び本件税理士事務所の什器備品類(以下「本件什器備品類」という。)の所有権を本件承継税理士に譲渡する。
(ニ) 請求人は、本件税理士事務所の賃貸借契約や備品等のリース契約など請求人から本件承継税理士への名義変更等が必要な場合には誠実に協力する。
(ホ) 棚卸資産については、平成19年12月1日時点の帳簿価額である502,003円で本件承継税理士が請求人から買い取る。
(ヘ) 本契約以後、請求人は、本件承継税理士の事業に関して少なくとも平成24年11月30日までの期間中、競業避止義務を負うものとし、本件承継税理士の取引先を収奪するような行為は行わない。
 なお、従前の請求人の顧問先が本件承継税理士との顧問契約を拒んだ場合、請求人としてはその慰留に努めるが、それでも当該顧問先が本件承継税理士との契約を拒否した場合については請求人の責任はないものとする。
ロ 請求人と本件承継税理士は、平成19年12月に請求人の各顧問先を訪問し、本件税理士事務所を本件承継税理士に承継した旨のあいさつを行い、その後、連名によるあいさつ状を各顧問先に送付した。
 なお、このあいさつ状には、要旨次のことを記載していた。
(イ) 請求人は、本件承継税理士が請求人の後を継いでくれることを非常に嬉しく思っている。
(ロ) 税理士事務所の名称は変わるが職員は全員変わらないので、業務に支障を来たすことはない。
ハ 請求人は、平成19年12月27日に、前記イの(ロ)に基づき、本件承継税理士から○○○○円を受領した(以下、請求人が受領した金員を「本件金員」という。)。
ニ 請求人は、平成19年分の所得税の確定申告において、本件金員に係る所得を雑所得とし、その所得金額の計算上、2,882,787円を必要経費に算入し、雑所得の金額を○○○○円とした。
ホ 請求人は、平成19年分の所得税の更正の請求において、本件金員に係る所得は譲渡所得であったとして、その所得金額の計算上、前記ニの必要経費に算入した金額2,882,787円を控除し、控除後の○○○○円から所得税法第33条第4項に規定する譲渡所得の特別控除額500,000円を控除した○○○○円を本件金員に係る譲渡所得の金額とし、さらに、同法第22条《課税標準》第2項第2号の規定により当該金額の二分の一相当額である○○○○円を他の所得の金額と合計して総所得金額とした。

2 主張

請求人 原処分庁
 税理士事務所においては、税理士、従業員税理士、従業員及び顧問先と税理士事務所独自のノウハウ等が一体となって税理士事務所の運営がなされていることに着目して営業権あるいは企業権というものを認識することができる。
 請求人はこの営業権という資産を譲渡したものであるから、本件金員に係る所得は、所得税法第33条に規定する譲渡所得に該当する。
 税理士業務は、税理士の専門的能力、関与先との信頼関係を基礎とする業務で一身専属性の業務であり、本件覚書による取引は、営業権あるいは企業権の譲渡とは考えられない。
 本件金員は、請求人の顧問先を本件承継税理士にあっせんしたことによる対価であり、本件金員に係る所得は、所得税法第33条に規定する譲渡所得には該当しない。

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3 判断

(1) 法令解釈等

イ 譲渡所得について
 譲渡所得は、所得税法第33条第1項に「資産の譲渡による所得」と規定されており、資産の譲渡によって一時に実現する所得で、その資産の保有期間中の値上益(キャピタルゲイン)による所得をいうものと解される。
 この譲渡所得の基因となる「資産」の意義については、所得税法第33条第2項に該当するもの及び金銭債権以外の一切のあらゆる資産を含む広い概念であり、動産、不動産のほか、特許権、著作権等の無体財産権はもちろん、借家権、営業権や行政官庁の許可、認可、割当等により発生した事実上の権利など一般的にその経済的価値が認められて取引の対象とされ、キャピタルゲインが生じるようなすべての資産を含むものと解される。
ロ 営業権について
 営業権とは、企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係をいい、合併や営業譲渡のように営業の全部又は一部の包括的移転に伴い実現し、資産計上されるものと解されている。

(2) 認定事実

 当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ 本件承継税理士への事業承継の経緯(原処分関係資料)
(イ) 請求人は、税理士業務の廃止及び事業の引継ぎのことを考え、B社に対して税理士資格を有する者の紹介を依頼した。
(ロ) 請求人は、平成15年4月1日に、B社の紹介により、本件承継税理士を雇用した。
 なお、請求人は、本件承継税理士が税理士資格を有していたものの、実務経験がなかったことから、補助税理士としてではなく、一般の職員として雇用した。
(ハ) 本件承継税理士は、平成17年○月○日に、税理士登録を行い本件税理士事務所の補助税理士となった。
(ニ) 請求人は、本件承継税理士に対し、平成19年12月1日をもって本件税理士事務所について有償による事業承継(以下「本件事業承継」という。)を行った。
ロ 本件税理士事務所の従業員等の状況(原処分関係資料)
(イ) 請求人は、平成18年4月1日に、本件税理士事務所の各従業員をC社(昭和61年3月○日に企業経営の管理に関するコンサルタント業務等を行う目的で設立、平成18年○月○日にD社から商号変更。)に転籍させていたため、本件事業承継の時に、請求人から本件承継税理士へ引き継がれた従業員はいなかった。
 なお、C社に転籍させた各従業員は、その全員が平成19年11月30日に同法人をいったん退職し、同年12月1日に本件承継税理士が経営する税理士事務所の従業員として雇用された。
(ロ) 本件税理士事務所の補助税理士は、本件承継税理士のみであった。
ハ 請求人が本件事業承継の時に行った顧問先に対する行為等(原処分関係資料)
(イ) 請求人は、前記1の(4)のロの各顧問先へ訪問した際に、1請求人の後継者として本件承継税理士を紹介するとともに、2口頭により請求人がこれまでの顧問契約を解除する旨、3今後は、本件承継税理士との顧問契約を行ってもらいたい旨説明するとともに、その後、前記1の(4)のロのあいさつ状を本件承継税理士との連名により各顧問先へ送付した。
(ロ) 請求人は、本件事業承継の後も自宅において税理士業を営んでいるが、前記(イ)の顧問契約の解除をした者との新たな顧問契約は締結していない。
ニ 本件承継税理士の本件金員の支払についての認識(本件承継税理士の当審判所に対する答述)
 本件承継税理士は、本件金員の支払について、請求人の顧問先に対して優先的に営業していくための対価であると認識している。

(3) これを本件についてみると、次のとおりである。

イ 本件覚書について
 当審判所の調査によれば、請求人は、前記1の(4)のイのとおり、本件覚書において、本件取引の対価として本件金員を受領することとしている一方、1顧問先等の取引先及び本件什器備品類の所有権を本件承継税理士に譲渡すること、2本件税理士事務所の賃貸借契約や備品等のリース契約など請求人から本件承継税理士への名義変更等が必要な場合には誠実に協力すること、3本件承継税理士の事業に関して少なくとも平成24年11月30日までの期間中、競業避止義務を負うとともに、従前の請求人の顧問先が本件承継税理士との顧問契約を拒んだ場合、請求人としてはその慰留に努めることとしているが、上記1から3までのそれぞれの対価の額については個別具体的な金額が記載されていない。
 そして、通常、顧問先と税理士の関係は委任又は準委任の関係にあり、顧問先等の取引先を譲渡することは起こり得ないものであるところ、上記1のうちの顧問先等の取引先の譲渡とは、税理士がその顧問先等の取引先を他の税理士に引き継ぐことを意味するものと解される。そして、このこと及び本件覚書の記載ぶりを併せみると、この顧問先等の取引先の譲渡及び上記1のうちの本件什器備品類の譲渡は本件取引の内容の一部を示したものということができ、加えて、上記3は、上記1の引継ぎを担保する条項であると認められることから、この条項についても、本件取引の内容の一部を示したものということができる。
 しかしながら、上記2の事務所の賃貸借契約及びリース契約に関する事項については、本件覚書に記載はあるものの、それぞれが、別個の契約として存在し、事務所の賃貸借契約については、本件承継税理士から請求人へ敷金相当額が支払われており、リース契約についても以後の支払を本件承継税理士が行うこととなることからすれば、請求人が賃貸借契約やリース契約の名義変更等について本件承継税理士に協力したとしても、通常、本件承継税理士から請求人へその協力の対価が支払われるとは認められないことから、本件取引の内容の一部とはならない。
 また、棚卸資産に関する事項については、前記1の(4)のイの(ホ)のとおり、本件承継税理士が有償により請求人から買い取ることとしていることから、本件取引の内容の一部とならないことは明らかである。
ロ 本件税理士事務所の営業権について
 請求人は、税理士事務所においては、税理士、従業員税理士、従業員及び顧問先と税理士事務所独自のノウハウ等が一体となって税理士事務所の運営がなされていることに着目して営業権あるいは企業権というものを認識することができる旨主張する。
 しかしながら、次のとおり、本件税理士事務所において他の税理士事務所を上回る収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係を認識することができないことから、本件税理士事務所に営業権若しくはこれに類する権利が存在していたと認めることはできず、したがって請求人の主張は採用することができない。
(イ) 税理士と顧問先の関係
 一般に税理士は、委任又は準委任の主旨に従い、専門的知識と経験、技能を駆使して、委任者又は準委任者の税務事務を処理するものであるが、税理士が業務を行うについて執るべき法律的、会計的手段は、その職務の性質上、一律に定まるものではなく税理士の経験、知識、法律、会計的な技能により左右されるものである。
 また、税理士は、顧問先との間の個人的信頼関係を基礎として顧問先に対する守秘義務を負担した上で上記業務を処理することが求められ、殊に、不確定要素を多くはらむ税務相談や税務代理においては税理士と顧問先が意見交換するなどの共同作業により、逐次信頼関係を築いていくものである。
 このように、税理士のノウハウ、顧問先との信頼関係は、当該税理士個人に帰属し、一身専属性の高いものであり、税理士とその顧問先が両者の委任契約の上に成り立っていることからすれば、当該税理士を離れて営業組織に客観的に結実することにはなじまないものである。
(ロ) 補助税理士及び従業員と顧問先との関係
 同一事務所内の補助税理士や従業員が顧問先からの信頼を得ているのは、事務所を主宰する税理士から事務処理の方法等を学び、また、主宰する税理士とともに業務を遂行することにより顧問先からの信頼を自ら得た結果であるが、これらの関係も主宰する税理士と顧問先との委任契約の上に成り立っているものと考えられる。
 本件においては、請求人の補助税理士は、前記(2)のロの(ロ)のとおり、本件承継税理士のみであり、かつ、前記(2)のロの(イ)のとおり、本件事業承継の時において、請求人から本件承継税理士へ引き継がれた従業員はいなかったのであるから、本件事業承継では補助税理士及び従業員と各顧問先との関係は生じない。
(ハ) 事務所独自のノウハウ等
 税理士事務所独自のノウハウ、これと税理士や従業員等が一体となって行われる運営、その他超過収益を稼得できる無形の財産的価値を有していた旨の請求人の主張については、請求人から具体的な主張や証拠の提出はなく、また、当審判所の調査によっても本件税理士事務所に超過収益を稼得できる無形の財産的価値があったと客観的に認めることはできない。
ハ 本件金員について
 請求人は、その顧問先を本件承継税理士に引き継ぐに当たり、1前記1の(4)のロの(イ)及び前記(2)のハの(イ)のとおり、顧問先に対し本件承継税理士を後継者として紹介し、2前記1の(4)のロの(ロ)のとおり、税理士事務所の名称は変わるが職員は全員変わらないので、業務に支障を来たすことはない旨を説明している。このことは、従前から請求人と委任関係を継続していた顧問先が、これまで信頼関係を築いてきた請求人から承継税理士として本件承継税理士をあっせん(推薦、紹介)され、少なくとも請求人と同様の税務サービスの提供を本件承継税理士から受けることを期待することができることを認識させているものと認められる。そして、このあっせんにより、請求人の顧問先は、その時において何ら信頼関係を有しない他の税理士と委任関係を締結した場合の危険負担を考え併せた結果として、本件承継税理士との委任契約を選択するものと考えられる。
 そうすると、本件金員については、1前記ロのとおり本件税理士事務所に営業権若しくはこれに類する権利が存在していたと認められないこと、2前記1の(4)のイの(ヘ)の、競業避止義務及び従前の請求人の顧問先が本件承継税理士との顧問契約を拒んだ場合の定め、3前記(2)のニの本件承継税理士の本件金員は請求人の顧問先に対して優先的に営業していくための対価である旨の答述を併せみると、顧問先等の取引先のあっせん及び前記イの本件什器備品類の譲渡の対価が含まれていることが認められるものの、これら以外の対価であることを具体的に示す証拠は認められない。
ニ 本件什器備品類の譲渡について
 什器備品類の譲渡は、通常、前記(1)のイのとおり、譲渡所得の基因となる資産の譲渡に該当するところ、請求人が、本件金員に係る所得金額の計算上必要経費に算入した金額には、本件什器備品類の帳簿価額の合計額が含まれているが、本件什器備品類について値上益の存在や請求人が必要経費に算入した金額以上の価値があると判断できる証拠はないことから、本件什器備品類の譲渡については譲渡益が生じないと認められる。
ホ 以上のことからすると、請求人は、本件承継税理士にその顧問先等の取引先のあっせん及び本件什器備品類の譲渡の対価として本件金員を受領したと判断するのが相当である。
 そして、本件什器備品類の譲渡については譲渡益が生じないと認められることからすると、請求人が確定申告において雑所得として申告した本件金員に係る所得に、譲渡所得に該当する部分を認めることはできない。

(4) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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