(平22.1.26、裁決事例集No.79)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、平成19年中に譲渡した不動産の譲渡損失について、平成19年分の所得税の確定申告については、租税特別措置法(以下「措置法」という。)第41条の5《居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の損益通算及び繰越控除》第1項に規定する損益通算の特例(以下「損益通算の特例」という。)を適用して申告をし、平成20年分の所得税の確定申告については、同条第4項に規定する繰越控除の特例(以下「繰越控除の特例」といい、損益通算の特例と併せて「本件特例」という。)を適用して申告をしたところ、原処分庁が、当該不動産は、同条の居住用財産に当たらないため、損益通算及び繰越控除はできないとして、各年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったことから、請求人が、当該各処分の全部の取消しを求めた事案である。
 なお、請求人は、併せて延滞税についても取消しを求めている。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 平成19年分
(イ) 請求人は、平成19年分の所得税について、確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載し、不動産の譲渡損失について損益通算の特例の適用を受ける旨記載して、法定申告期限までに申告した。
(ロ) 原処分庁は、これに対し、損益通算の特例は適用できないとして、平成20年11月5日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりとする更正処分(以下「平成19年更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、平成19年更正処分と併せて「平成19年更正処分等」という。)を行った。
(ハ) 請求人は、平成19年更正処分等及び平成19年更正処分に係る延滞税(以下「本件延滞税」という。)を不服として、平成21年1月5日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年4月3日付で、平成19年更正処分等については棄却の、本件延滞税については却下の異議決定をした。
(ニ) 請求人は、異議決定を経た後の平成19年更正処分等及び本件延滞税に不服があるとして、平成21年5月7日に審査請求をした。
ロ 平成20年分
(イ) 請求人は、平成20年分の所得税について、確定申告書に別表2の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
(ロ) 原処分庁は、これに対し、繰越控除の特例は適用できないとして、平成21年6月5日付で別表2の「更正処分等」欄のとおりとする更正処分(以下「平成20年更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、平成20年更正処分と併せて「平成20年更正処分等」という。)を行った。
(ハ) 請求人は、平成21年6月19日、平成20年更正処分等を不服として異議申立てをした。
(ニ) 異議審理庁は、上記(ハ)の異議申立てについて、国税通則法(以下「通則法」という。)第89条《合意によるみなす審査請求》第1項の規定により審査請求として取り扱うことが適当であると認め、請求人に同意を求めたところ、請求人は、平成21年8月12日に同意したので、同日審査請求がされたものとみなされた。
ハ 併合審理
 そこで、上記イの(ニ)及びロの(ニ)の各審査請求を併合審理する。

(3) 関係法令の要旨

 別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の間に争いはなく、当審判所の調査によっても、その事実が認められる。
イ 請求人は、平成2年中に、P市Q町○丁目○番地○所在の家屋(以下「本件家屋」という。)、その敷地である宅地及び私道持分(以下、これらを併せて「本件不動産」という。)を代金56,600,000円で取得し、妻とともに入居した。
ロ 請求人は、商社に勤務しており、平成3年9月、転勤により単身でR国へ出国した。
 なお、請求人の妻は、同年10月に出国した。
ハ 請求人は、平成8年8月に帰国し、妻及びR国で出生した子2名(同年9月帰国)とともに、本件家屋に入居した。
ニ 請求人は、転勤により、平成13年2月ころ(妻子は同年9月)、S国へ出国し、平成14年11月(妻子は平成15年3月)、同国からT国に転出した。
ホ 請求人は、平成16年10月に単身帰国し、U市所在の単身赴任者寮に入居した。
ヘ 請求人は、妻子が平成17年7月に帰国したため、V市に所在する社宅に妻子とともに入居した。
ト 本件不動産は、平成13年9月に妻子がS国へ出国して以降、居住の用に供されていなかった。
チ 請求人は、平成19年4月1日、本件不動産を代金16,800,000円で譲渡する契約を締結し、同月27日、買主に引き渡した。
リ 請求人は、平成19年5月13日、W市の宅地を取得し、家屋を建築の上、同年12月に入居した。

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2 争点

 本件の争点は、次の2点である。
 争点1 本件不動産は、本件特例の対象となる居住用財産に当たるか。
 争点2 過少申告となったことについて正当な理由があるか否か。

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3 主張

(1) 請求人

イ 争点1について
 原処分庁は、居住用財産であるか否かの認定に当たり、譲渡前3年内に居住の事実があったかどうかを要件の一つとしているが、この要件は、いわゆる別荘等の売却損失を損益通算の対象から外すことを目的としたものであり、3年内という期間の設定は、国内居住者のみを想定し、当該期間にかかって海外駐在を余儀なくされた家庭の特別な事情などは考慮に入れていないものと推察される。
 請求人が保有していた不動産は本件不動産のみであり、社命により家族とともに約4年にわたり海外駐在を余儀なくされ、帰国後は、帰国子女である子らに適した教育環境を確保するため、住み替えの必要性が生じ、1年9か月の仮住まいを経て、本件不動産を売却して現在の住まいに買い換えたものである。
 海外駐在中は、事実上国内の物件を譲渡することができないし、まして買い換えることなどできないから、本件特例の立法趣旨が生活環境の向上のための買換えの促進という点にあることを考慮し、杓子定規に文言解釈するのではなく、海外駐在していたという納税者固有の事情を勘案して、海外駐在期間中は譲渡前3年内の期間計算より除外すべきである。
ロ 争点2について
 結果的に過少申告となったとしても、請求人は法律の趣旨に則して解釈したのであり、過少申告となったことについて正当な理由がある。

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(2) 原処分庁

イ 争点1について
 本件特例の対象となる居住用財産とは、現実に居住の用に供されている「その者が生活の拠点として利用している家屋」のみをいうと解すべきところ、不動産取引の実情にかんがみ、本件特例の適用の限界を3年間と明らかにした上で、「居住の用に供されなくなった日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡された家屋」として本件特例の対象となる家屋の範囲を拡げたものである。
 したがって、3年内という期間の設定は、国内居住者のみを想定した規定ではなく、本件特例は、居住の用に供されていた家屋を、何らかの事情により、居住の用に供されなくなった日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡しなかった場合には、海外駐在であるか否かにかかわらず、一律にその適用を受けることはできない。
ロ 争点2について
 請求人は、本件特例を誤って適用したものと認められるので、正当な理由がある場合に該当しない。

4 判断

(1) 争点1について

イ 法令解釈
 本件特例は、住宅価格が下落する中、子供の成長等のライフステージに応じた住替え等をきめ細かく支援する趣旨で、課税要件規定とは異なる政策的配慮から立法された特則規定であるが、本件特例の適用の対象となる居住用財産といえるためには、別紙の3のとおり、個人が居住の用に供している家屋又は個人の居住の用に供されなくなった家屋で、居住の用に供されなくなった日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡されたもの及びこれらの家屋の敷地であることが必要である。
 本件特例の適用対象に、現に居住の用に供している家屋のみならず、居住の用に供されなくなった家屋が含まれるのは、家屋を譲渡する際、現実に譲渡のときまで居住するのは困難であるという不動産取引の実情があることや、転勤等に伴って家屋を空き家や貸家にした後に譲渡する場合などがあることからすると、居住の実体が失われたからといって直ちに本件特例の適用がないとすることは、実情にそぐわないため、本件特例の適用対象を、居住の実体が失われてから一定期間が経過した家屋にまで拡張したものと解される。
 そして、本件特例の適用対象を、居住の用に供されなくなった日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡された家屋に限った趣旨は、本件特例の適用対象となる居住用財産の範囲を明確に認識できるようにしたものと解される。
 したがって、法は、この3年の期間計算について、各納税者の個別事情を考慮することは予定しておらず、期間計算については形式的に行うことが法の趣旨に合致するというべきである。
ロ 当てはめ
 これを本件についてみると、本件不動産は、上記1の(4)のイないしトのとおり、従前は請求人及びその妻子の居住の用に供されていたものの、平成13年9月に請求人の妻子が海外へ出国した後は、居住の用に供されておらず、請求人及びその妻子が帰国した後も本件不動産を居住の用に供した事実はない。
 そうすると、本件不動産は、居住の用に供されなくなってから約6年後に譲渡されたものと認められるから、当該個人の居住の用に供されなくなった日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に譲渡されたものに当たらず、本件特例の対象とならないことは明らかである。
ハ 請求人の主張について
 請求人は、海外駐在中は事実上国内の物件を譲渡することができないし、まして買い換えることなどできないから、本件特例の立法趣旨が生活環境の向上のための買換えの促進という点にあることを考慮して、居住の用に供されなくなった日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までの期間の計算上、海外駐在中の期間を除外し、海外から帰国した時を居住の用に供されなくなった日として認めるべきである旨主張する。
 しかし、上記イのとおり、3年という期間は、本件特例の適用範囲を明確にするという趣旨に照らして、形式的に計算すべきであるから、請求人の主張には理由がない。

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(2) 争点2について

 過少申告加算税は、過少申告による納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対し課されるものであり、これによって、当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。
 この趣旨に照らせば、通則法第65条第4項の「正当な理由」がある場合とは、真に納税者の責めに帰することができない客観的な事情があり、上記の過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいい、納税者による単なる事実誤認や法令解釈の誤解はこれに当たらないと解するのが相当である。
 本件では、請求人が、本件特例の適用要件について誤解したため、過少申告となったのであるから、「正当な理由」がある場合に該当しない。

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(3) 請求人のその他の主張について

 請求人は、譲渡所得の金額の計算において、本件家屋の取得価額について、原処分庁の認定した価額は実体に則したものではない旨主張するが、上記(1)のとおり、本件不動産の譲渡について本件特例の適用はなく、本件家屋の取得価額の多寡は、請求人の所得税の計算上影響を与えないから、この点については判断を要しない。

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(4) 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められないので、原処分はいずれも適法である。

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(5) 本件延滞税に対する審査請求について

 請求人は、本件延滞税の取消しを求めているが、延滞税は、所定の要件を充足することによって法律上当然に納税義務が成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税であって、国税に関する法律に基づく処分によって確定するものではない。
 したがって、本件延滞税についての審査請求は、通則法第75条第1項に規定する国税に関する法律に基づく処分が存在しないにもかかわらずなされた不適法なものである。

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