(平成23年3月16日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人M、P及びQ(以下、3名を併せて「請求人ら」という。)が、相続により取得した医療法人の出資持分の価額について、払込出資額により評価し、申告したところ、原処分庁が財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほかによる国税庁長官通達。ただし、平成19年5月17日付課評2−8ほかによる改正前のものをいい、以下「評価通達」という。)194−2《医療法人の出資の評価》の定めにより評価して相続税の更正処分等を行ったのに対し、請求人らが同処分等の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人らは、平成18年12月○日に死亡したR(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人であり、この相続(以下「本件相続」という。)の開始に係る相続税の申告書に、別表1の「当初申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに共同で申告した。
ロ 次いで、請求人らは、原処分庁所属の調査担当職員の調査を受け、本件相続に係る相続税について、別表1の「修正申告」欄のとおりとする修正申告書を平成21年9月30日に共同で提出した。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成21年11月25日付で、別表1の「賦課決定」欄のとおりとする過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
ニ 原処分庁は、平成21年12月3日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおりとする各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
ホ 請求人らは、上記ニの各更正処分等を不服として、平成22年1月20日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年4月15日付で棄却の異議決定をした。
ヘ 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成22年5月8日に審査請求をするとともに、同日、Mを総代として選任する旨を届け出た。
ト なお、原処分庁は、平成22年7月30日付で別表1の「再更正処分等」欄のとおりの各再更正処分及び過少申告加算税の各変更決定処分をした(以下、各減額更正処分後の各更正処分を「本件各更正処分」といい、各変更決定処分後の各賦課決定処分を「本件各賦課決定処分」という。)。

(3) 関係法令等

 関係法令等の要旨は、別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 本件被相続人は、昭和29年8月に医療法人T(以下「T会」という。)の設立に際し、486,000円を出資し常務理事に就任した。
 なお、T会は、出資持分の定めのある社団医療法人である。
ロ 本件相続に伴い、請求人らは、T会に対して払戻請求は行わず、本件被相続人のT会に対する払込出資額486,000円(以下「本件払込出資額」という。)に係る出資持分(以下「本件出資持分」という。)を取得した。
ハ T会は、平成15年7月28日に○○保健所長に対し、「医療法人定款変更認可申請書」を提出し、同年8月18日付で定款変更の認可を受けた(以下、当該認可後の定款を「本件定款」という。)。
ニ 本件定款は、まる1第9条において、社員資格を喪失した者は、その出資額を限度として払戻しを請求することができるが、剰余金は払戻しができない旨、まる2第39条において、T会が解散した場合の残余財産は、払込出資額を限度として分配するものとするが、剰余金は国又は地方公共団体に帰属し、分配してはならない旨、まる3第40条において、第9条及び第39条の変更はできないものとする旨、それぞれ定めている。
ホ T会は、上記ハにより出資額限度法人(定款の定めにより、社員の退社時における出資払戻請求権及び医療法人の解散時における残余財産分配請求権に関し、その権利の及ぶ範囲を実際の払込出資額を限度とする旨を明らかにしている医療法人をいう。以下同じ。)となった。
ヘ 請求人らは、本件出資持分の価額を486,000円と評価して本件相続に係る相続税の申告書を原処分庁へ提出した。
ト 原処分庁は、本件出資持分の価額について、評価通達194−2の定めにより、その価額を138,024,000円と評価した。

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2 争点

 本件出資持分の価額は、本件払込出資額により評価すべきか、評価通達194−2の定めにより評価すべきか。

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3 主張

(1) 原処分庁

イ 医療法人は、相当の収益を上げ得る点で一般の私企業とその性格を異にするものではなく、その収益は医療法人の財産として内部に蓄積され得るものであり、出資社員に対する社団医療法人の財産の分配については、剰余金の配当を禁止する医療法第54条に反しない限り、基本的に当該法人が定款で定め得るのであって(同法第44条、第56条)、出資した社員が出資額に応じて退社時の払戻しや解散時の残余財産分配を受けられる旨の定款の定めがある場合、これに基づく払戻し等の請求が権利濫用になるなどといった特段の事情のない限り、出資した社員は、総出資額中に当該出資した社員の出資額が占める割合に応じて当該法人の財産から払戻し等を受けられることとなると解されている。
 そして、当該権利内容は、自治的に定められる定款によって様々な内容となり得る余地があるものの、その変更もまた可能であって、仮にある時点における定款の定めにより払戻し等を受け得る対象が財産の一部に限定されるなどしていたとしても、客観的にみた場合、出資した社員は、法令で許容される範囲内において定款を変更することにより、財産全体につき自らの出資額の割合に応じて払戻し等を求め得る潜在的可能性を有するものであり、また、定款の定めのいかんによって、当該法人の有する財産全体の評価に変動が生じないことからすると、持分の定めのある社団医療法人の出資は、定款の定めのいかんにかかわらず、基本的に上記のような可能性に相当する価値を有するということができる。
ロ 評価通達194−2は、このような持分の定めのある社団医療法人及びその出資に係る事情を踏まえつつ、出資の客観的交換価値の評価を取引相場のない株式の評価に準じて行うこととしたものであり、同通達に定める方法によっては当該法人の出資を適切に評価することができない特別の事情の存しない限り、これによってその出資を評価することには合理性があると解されている。
ハ T会は、本件出資持分の権利の範囲を制限する旨(第9条、第39条)及び定款変更禁止規定(第40条)の定めが設けられている出資額限度法人であると認められるが、依然として出資持分の定めを有する社団医療法人である。
 そして、本件定款においては、定款変更禁止規定の条項があるものの、社団法人の性格にかんがみると、法令において定款の再度変更を禁止する定めがない中では、このような条項があるからといって、法的に当該変更が不可能になるものではない。
 そうすると、本件出資持分の権利の範囲については、本件相続時における定款の定めに基づく出資の権利内容がその後変動しないと客観的に認めるだけの事情はないといわざるを得ず、他に評価通達194−2の定める方法で本件定款の下におけるT会の出資を適切に評価することができない特別の事情も認められない。
ニ したがって、本件出資持分の価額は、評価通達194−2の定めに基づき評価すべきである。

(2) 請求人ら

イ T会の本件定款(第9条及び第39条)によれば、T会の社員は、退社した場合に退社時の出資額を限度として払戻しを請求することができるとともに、T会が解散した場合の残余財産は払込出資額を限度として分配を受けることができる旨定められており、いずれの場合においても、請求人らは、払込出資額を超えて払戻し等を受けることができず、T会の社員が有する出資持分の相続税法第22条の時価、すなわち、原処分庁が主張する「本件出資持分の客観的な交換価値」は、本件払込出資額を上回るものではない。
 また、原処分庁は本件定款が後戻り可能という抽象的な将来の可能性があることを根拠に原処分の適法性を主張しているが、相続税法第22条は相続により取得した財産の取得の時の時価による旨規定しており、本件定款の将来における抽象的な可能性を考慮して評価することは同条に反するものである。
 したがって、原処分のように本件払込出資額を超えて相続財産として課税することは、相続税の負担だけ強いられるもので、相続税法第22条の規定からも到底許されない。
 なお、原処分庁の主張は、最高裁判所平成22年7月16日第二小法廷判決((平成20年(行ヒ)第241号贈与税決定処分等取消請求事件)、以下「本件判決」という。)をそのまま引用したものと見受けられるところ、本件判決は、出資額限度法人とは全く異なった事例の判決であるから、出資額限度法人であるT会に係る出資持分(本件出資持分)の価額の評価に当たり、本件判決を引用することは相当でない。
ロ 評価通達は、出資額限度法人の出資持分の価額の評価について、何ら定めていないので、原処分庁の主張するような「特別な事情」ということ自体あり得ない。
 また、我国の医療法人で上場されている法人はないのであるから、医療法人の出資持分の価額の評価において、上場会社の株価等を基に評価する類似業種比準方式を準用すること自体、当該評価通達の合理性が全くないことの証左である。
ハ したがって、本件出資持分の価額は、本件払込出資額で評価すべきである。

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4 判断

(1) 医療法人の出資の評価について

イ 相続税法第22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別の定めがあるものを除き、当該財産の取得の時における時価による旨規定しており、この時価とは、当該財産の取得の時において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値をいうものと解される。
 しかし、相続税の課税対象となる財産は多種多様であることから、国税庁は、財産評価の一般的な基準を評価通達によって定め、各種財産の評価方法に共通する原則や各種の財産の評価単位ごとの評価方法を具体的に規定し、課税の公平、公正の観点から、その取扱いを統一するとともに、これを公開し、納税者の申告、納税の便に供している。このように画一的な評価方法が採られているのは、各種の財産の客観的な交換価値を的確に把握することは必ずしも容易なことではなく、これを個別に評価する方法を採ると、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により評価額に格差が生じるおそれがあることなどから、あらかじめ定められた評価方法により画一的に評価する方が、納税者の公平、納税者の便宜という見地からみて、合理的であるという理由に基づくものと解されており、当審判所においても相当と認められる。
 したがって、評価通達に定める評価方法を画一的に適用したのでは、適正な時価が求められず、著しく課税の公平を欠くことが明らかであるなど、評価通達の定めによらないことが正当と認められるような特別な事情がある場合を除き、評価通達の定めに基づき評価した価額をもって時価とすることが相当である。
ロ 医療法人は、相当の収益を上げ得る点で一般の私企業とその性格を異にするものではなく、その収益は医療法人の財産として内部に蓄積され得るものであり、出資社員に対する社団医療法人の財産の分配については、剰余金の配当を禁止する医療法第54条に反しない限り、基本的に当該法人が定款で定め得るのであって(同法第44条、第56条)、出資した社員が出資額に応じて退社時の払戻しや解散時の残余財産分配を受けられる旨の定款の定めがある場合、これに基づく払戻し等の請求が権利濫用になるなどといった特段の事情のない限り、出資した社員は、総出資額中に当該出資した社員の出資額が占める割合に応じて当該法人の財産から払戻し等を受けられることとなる。
 そして、出資の権利内容は、自治的に定められる定款によって様々な内容となり得る余地があるものの、その変更もまた可能であって、仮にある時点における定款の定めにより払戻し等を受け得る対象が財産の一部に限定されるなどしていたとしても、客観的にみた場合、出資した社員は、法令で許容される範囲内において定款を変更することにより、財産全体につき自らの出資額の割合に応じて払戻し等を求め得る潜在的可能性を有するものである。また、定款の定めのいかんによって、当該法人の有する財産全体の評価に変動が生じないことからすると、持分の定めのある社団医療法人の出資は、定款の定めのいかんにかかわらず、基本的に上記のような可能性に相当する価値を有するということができる。
 評価通達194−2は、このような持分の定めのある社団医療法人及びその出資に係る事情を踏まえつつ、出資の客観的交換価値の評価を取引相場のない株式の評価に準じて行うこととしたものであり、同通達に定める方法によっては当該法人の出資を適切に評価することができない特別の事情の存しない限り、これによってその出資を評価することには合理性があるというべきである(本件判決)。

(2) 前記1の(4)の各事実を上記(1)に照らして判断すると、次のとおりである。

 T会は、前記1の(4)のニのとおり、本件定款において、出資社員の退社時の払戻し等の対象となる財産を払込出資額に限定することを定めているが、同イのとおり出資持分の定めのある社団医療法人である。
 また、本件定款には、前記1の(4)のニのとおり、上記払戻し等に係る定めの変更を禁止する旨の条項があるが、法令において、定款の再度変更を禁止する定めがない中では、このような条項があるからといって、法的に当該変更が不可能になるものではない。
 そうすると、本件出資持分の権利の範囲については、本件相続時における定款の定めに基づく出資の権利内容がその後変動しないと客観的に認めるだけの事情はないといわざるを得ず、他に評価通達194−2の定める方法で本件定款の下におけるT会の出資を適切に評価することができない特別の事情も認められない。
 したがって、本件出資持分の価額について、評価通達194−2の定めにより評価することは合理性がある。

(3) 請求人らの主張について

イ 請求人らは、本件定款によれば、払込出資額を超えて払戻し等を受けることができないことから、本件出資持分の客観的交換価値は本件払込出資額を上回るものではない旨、また、原処分庁は本件定款が後戻り可能という抽象的な将来の可能性があることを根拠に原処分の適法性を主張しているが、相続税法第22条は相続により取得した財産の取得の時の時価による旨規定しており、本件定款の将来における抽象的な可能性を考慮して評価することは同条に反する旨主張する。
 しかしながら、本件出資持分の価額について、評価通達194−2の定めにより評価することに合理性があることは、上記(2)のとおりであるから、請求人らの主張にはいずれも理由がない。
ロ 請求人らは、原処分庁の主張は本件判決をそのまま引用したものと見受けられるところ、本件判決は、出資額限度法人とは全く異なった事例の判決であるから、出資額限度法人であるT会に係る出資持分(本件出資持分)の価額の評価に当たり、本件判決を引用することは相当でない旨主張する。
 しかしながら、本件判決は、出資額限度法人の出資の評価に係る事例ではないものの、上記(1)のロのとおり、持分の定めのある社団医療法人の出資は、その払戻し等に関する定款の定めにかかわらず、出資社員が財産全体につき自らの出資額の割合に応じて払戻し等を求め得る潜在的可能性に相当する価値を有しており、評価通達194−2の定める方法によっては当該法人の出資を適切に評価することのできない特別な事情の存しない限り、当該通達により当該出資を評価することには合理性があることを判示したものであり、出資額限度法人は、出資持分の定めのある社団医療法人であることからすれば、本件出資持分の価額の評価に当たって本件判決の判断内容を引用することは相当である。
 したがって、請求人らの主張には理由がない。
ハ 請求人らは、評価通達が出資額限度法人の出資持分の価額の評価について、何ら定めていないので、原処分庁が主張するような特別な事情ということ自体あり得ない旨、また、我国の医療法人で上場されている法人はないのであるから、医療法人の出資持分の価額の評価において、上場会社の株価等を基に評価する類似業種比準方式を準用すること自体、当該評価通達に合理性がないことの証左である旨主張する。
 しかしながら、出資額限度法人は、出資持分の定めのある社団医療法人であり、その出資持分の定めのある社団医療法人の出資の価額の評価について、評価通達194−2の定めにより評価することに合理性があることは、上記(1)のロのとおりであるから、請求人らの主張にはいずれも理由がない。

(4) 本件各更正処分について

 以上のことから、評価通達194−2の定めにより本件出資持分の価額を算出すると、別表2のとおり138,024,000円となる。
 そして、この本件出資持分の価額に基づいて、請求人らの課税価格及び納付すべき税額を計算すると、請求人らの相続税の課税価格及び納付すべき税額は別表3のとおりとなり、これらの金額は本件各更正処分に係る課税価格及び納付すべき税額と同額であるから本件各更正処分は適法である。

(5) 本件各賦課決定処分について

 本件各更正処分は上記(4)のとおり適法であり、また、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、原処分庁が同条第1項及び第2項の規定に基づいて行った、本件各賦課決定処分は適法である。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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