(平成23年11月25日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、原処分庁が、審査請求人F(以下「請求人F」という。)が相続人名義の預金等についてこれを相続財産と認識しながら当初申告に含めなかったことは、相続税法第19条の2《配偶者に対する相続税額の軽減》第5項に規定する隠ぺい仮装行為及び国税通則法(以下「通則法」という。)第68条《重加算税》第1項に規定する隠ぺい又は仮装に該当するとして、また、審査請求人H(以下、「請求人H」といい、請求人Fと併せて「請求人ら」という。)が遺産分割協議に基づき取得した現金の額は20,000,000円であるとして、請求人らに対して相続税の各更正処分並びに重加算税及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行ったところ、請求人らは、請求人Fには当該預金等についての隠ぺい仮装行為等はなく、また、請求人Hが遺産分割協議に基づき取得した現金は9,000,000円であるとして、当該各処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人らは、平成20年1月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したJ(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人であり、この相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税(以下「本件相続税」という。)について、別表1の「当初申告」欄のとおり記載した申告書を他の共同相続人とともに法定申告期限までに原処分庁に提出した(以下、この申告書を「本件当初申告書」といい、これに係る申告を「本件各当初申告」という。)。
ロ 請求人らは、本件相続税の調査(以下「本件調査」という。)を担当した原処分庁所属の職員(以下「本件調査担当者」という。)から土地の評価誤りと別表4記載の相続財産が申告されていない旨の指摘を受け、これらを是正したところにより、平成22年1月22日に、別表1の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書(以下、「本件修正申告書」といい、これに係る申告を「本件各修正申告」という。)を他の共同相続人とともに原処分庁に提出した。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成22年3月2日付で、別表1の「賦課決定」欄のとおり、過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ニ 原処分庁は、本件相続税について、請求人Fについては、相続税法第19条の2第5項に規定する隠ぺい仮装行為及び通則法第68条第1項に規定する隠ぺい又は仮装の行為があるとして、更正処分及び重加算税の賦課決定処分を、また、請求人Hについては、同人が本件被相続人から相続により取得した現金の額は20,000,000円であるとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を、平成22年3月29日付で別表1の「更正処分等」欄のとおりそれぞれ行った。
ホ 請求人らは、上記ニの各処分を不服として、平成22年4月6日に、別表1の「異議申立て」欄のとおり、異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年7月6日付で、同表の「異議決定」欄のとおり、いずれも棄却の異議決定をした。
ヘ 請求人らは、上記ホの異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成22年7月14日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、請求人Fを総代として選任し、その旨を平成22年7月26日に届け出た。

(3) 関係法令の要旨

 関係法令の要旨については、別紙4に記載のとおりである。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件相続に係る相続人について
(イ) 本件被相続人の法定相続人及び相続人は、本件被相続人の妻である請求人F、本件被相続人と請求人Fとの間の子である請求人H及びKの3名である(以下、これら3人を併せて「本件相続人ら」という。)。
 なお、請求人Hは平成20年5月○日に婚姻し○○から□□に改姓している。
(ロ) 本件被相続人は建築業を営み、青色以外の申告書により毎年所得税の確定申告をしていた。また、請求人Fは、本件被相続人の事業専従者として、本件被相続人の事業に専ら従事していた。
ロ 本件当初申告書及び本件修正申告書について
(イ) 本件当初申告書には、平成20年2月7日付の遺産分割協議書の写しが添付されている。
 なお、本件当初申告書には、まる1本件相続に係る相続財産及びみなし相続財産並びにその取得者は別表2のとおりである旨、まる2請求人F及び請求人Hが取得する生命保険金及び生命共済金は別表3のとおりである旨、それぞれ記載されている。
(ロ) 本件修正申告書には、土地の評価の一部に誤りがあった旨及び別表4記載の相続財産については同表の「取得者」欄のとおりそれぞれ取得している旨記載されている(以下、別表4の順号まる1ないしまる6の預貯金等を併せて「本件各金融資産」といい、同表のうち順号まる1ないしまる5の預貯金等を順次、「略称」欄のとおり、「本件国債A」、「本件定額貯金B」、「本件定期預金C」、「本件定期預金D」及び「本件定期預金E」という。)。
 また、本件各修正申告は、上記の土地の評価誤り及び別表4の新たに記載された相続財産以外は、本件各当初申告と同様の内容となっている。
 なお、請求人Fの納付すべき税額は、相続税法第19条の2第1項の規定による軽減(以下、同項の規定を「配偶者の税額軽減措置」といい、これにより軽減される税額を「配偶者の税額軽減額」という。)後の金額となっている。
ハ 遺産分割協議書の記載内容等について
(イ) 本件当初申告書に添付されている平成20年2月7日付の本件相続人らの署名及びこれらの者の住所地の市区町村長の印鑑証明を得た印(以下「実印」という。)が押された遺産分割協議書の写しには、要旨次のとおり記載されている(以下、この遺産分割協議書を「本件第一遺産分割協議書」といい、本件第一遺産分割協議書に係る遺産分割協議を「本件第一遺産分割協議」という。)。
A 本件被相続人の相続財産について、本件相続人ら全員で遺産分割の協議を行った。
B 請求人Fが取得する財産は、別表2のうち順号まる1まる2まる4まる6まる7及びまる9ないしまる14である。また、請求人Fは、L農業協同組合の本件被相続人名義の借入金を継承する。
C Kが取得する財産は、別表2のうち順号まる3及びまる8である。
D 請求人Hが取得する財産は、「まる1現金弐千萬円」である。
E 本件相続人ら全員で遺産分割の協議が成立したので、これを証するため本書を作成し各自署名押印する。
(ロ) 請求人Fが所持している遺産分割協議書は、本件第一遺産分割協議書の原本であったものに、請求人Hが取得する財産である「まる1現金弐千萬円」の7文字を二重線で抹消した上で、「削除七字」と手書きで加筆してあるものである(以下、この遺産分割協議書を「本件第二遺産分割協議書」という。)。
 なお、請求人H及びKが所持している遺産分割協議書は、本件第二遺産分割協議書の写しである。
(ハ) 請求人らが本件相続税に係る申告手続を委任したM税理士が所持している遺産分割協議書は、本件第一遺産分割協議書の写しに、請求人Hが取得する財産である「まる1現金弐千萬円」のうち「現金弐千萬円」の6文字を二重線で抹消し、その抹消した箇所の横に「保険金九百九拾参万壱千円」と手書きで加筆しているほか、その上段に「六字削除」及び「拾弐字加筆」と手書きで加筆した上、それぞれ手書きされた箇所に本件相続人ら各人の実印と異なる「○○」の印影が一つずつ、合計三つあるものである(以下、この遺産分割協議書を「本件第三遺産分割協議書」という。)。
ニ 本件第一遺産分割協議後の手続状況について
(イ) 本件相続人らは、平成20年2月14日及び同年3月6日、N信用金庫及びL農業協同組合に対して、相続預金名義変更依頼書及び相続手続依頼書に本件第一遺産分割協議書の写し等を添付して、本件被相続人名義の預金の名義変更手続を行った。
(ロ) 請求人Fは、平成20年8月25日、L農業協同組合P支店の本件被相続人名義の借入金38,180,625円(以下「本件借入金」という。)について、一括繰り上げ返済をした。
 なお、本件借入金の平成20年1月30日現在の残高は39,244,093円であり、この残高について、請求人Fは、同日にL農業協同組合P支店から受信したファックスにより了知していた。
(ハ) 請求人Fは、平成20年8月29日、N信用金庫b支店の請求人F名義の普通預金口座から9,000,000円を出金し、同日、請求人Hに9,000,000円を支払った。

(5) 争点

  1. 争点1 本件相続により請求人Hが取得した現金の額は、20,000,000円か9,000,000円か。
  2. 争点2 請求人Fには、相続税法第19条の2第5項に規定する隠ぺい仮装行為があったか否か。
  3. 争点3 請求人Fには、通則法第68条第1項に規定する隠ぺい又は仮装の行為があったか否か。

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2 主張

 当事者の主張は、別紙5に記載のとおりである。

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3 判断

(1) 争点1 本件相続により請求人Hが取得した現金の額は、20,000,000円か9,000,000円か。

イ 認定事実
 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件相続に係る相続財産及びみなし相続財産について
A 現金の有高は100,000円である。
B 本件相続人らのうち本件被相続人の死亡を給付原因とする生命保険金及び生命共済金(以下「本件生命保険金等」という。)の受取人は、別表5のとおり、本件当初申告書においては請求人F及び請求人Hであったところ、当審判所の調査の結果によれば、本件生命保険金等の受取人は全て請求人Fである。
(ロ) 本件第一遺産分割協議書作成に至る経緯について
A 本件相続に係る財産の遺産分割に当たっては、請求人H及びKから意見や要望などはなく、請求人Fが主導的に行い、本件第一遺産分割協議書の原案は請求人Fが考え、作成はM税理士に依頼した。
B 請求人Fは、本件第一遺産分割協議書の原案作成に当たって、本件被相続人の生前に同人から請求人Hにも相応の財産を渡すように言われていたことから、請求人Hに本件生命保険金等から20,000,000円を渡すことを予定していた。
C 請求人H及びKが、本件第一遺産分割協議書の原案に合意したことから、本件相続人らが、同案の各人の記名箇所に実印を押して、平成20年2月7日に、本件第一遺産分割協議書を作成した。
(ハ) 本件第二遺産分割協議書作成に至る経緯について
A 請求人Fは、上記1の(4)のニの(ロ)のとおり、本件借入金38,180,625円を一括繰り上げ返済した後、本件相続により請求人Hが取得することとなっている現金20,000,000円については、資金繰りからその全額を渡すことができなくなったと考え、請求人Hに対して、上記20,000,000円については、半分程度にして欲しい旨を伝えたところ、請求人Hはそれを承諾したため、請求人Fは、上記1の(4)のニの(ハ)のとおり、平成20年8月29日に請求人Hに対し現金9,000,000円を支払った。また、請求人Fは、Kに上記内容を話したところ、Kから異論はなかった。
B 請求人Fは、本件当初申告書の提出(平成20年10月31日)後、請求人Hに支払うべき金額が資金繰りの関係上、20,000,000円の半分程度になることとなった上記Aの内容をM税理士に伝えたところ、M税理士は、上記1の(4)のハの(ロ)のとおり、請求人Fが所持する本件第一遺産分割協議書に訂正を加え、本件第二遺産分割協議書を作成した。
(ニ) 本件第三遺産分割協議書作成に至る経緯について
 M税理士は、本件調査の前に、請求人Hの本件当初申告書記載の取得財産の金額(9,931,592円)を根拠に、上記1の(4)のハの(ハ)のとおり、本件第一遺産分割協議書の写しに加除訂正を加え、本件第三遺産分割協議書を一通作成し、M税理士本人が所持していた。
ロ 法令解釈
 民法第907条第1項は、共同相続人は、被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでもその協議で遺産の分割をすることができるとされているところ、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を相続人全員の協議により、現実に各相続人の単独所有とし又は新たな共有関係に移行させることによって相続財産の帰属を確定させるものであるから、遺産分割協議がいったん成立すると、相続開始時に遡って同協議に基づき相続人に分割した相続財産が当該相続人に確定的に帰属するものと解される。
 なお、共同相続人の間で、遺産分割協議をやり直して相続財産を再配分することが可能であるとしても、相続税法上、これを許容することは租税法律関係に著しい不安定をもたらすこと及び上記のとおり、遺産分割協議がいったん成立すると、相続開始時に遡って同協議に基づき相続人に分割した相続財産が当該相続人に確定的に帰属するものと解されることからすれば、当初の遺産分割協議に無効又は取り消し得べき原因がある場合等を除き、改めての遺産分割協議によって取得した財産は、相続に基づき相続財産を取得したということはできないというべきである。
ハ 当てはめ
(イ) 本件第一遺産分割協議について
 遺産分割の方法としては、いわゆる現物分割の他に、共同相続人のうち1人又は数人が相続財産を現物で取得し、その現物を取得した者が他の共同相続人に対して債務を負担する方法で相続財産の分割を行ういわゆる代償分割の方法も用いることができるところ、上記1の(4)のハの(イ)のとおり、本件第一遺産分割協議書には、請求人Fが取得する現物財産が列挙され、請求人Hの取得する現金は20,000,000円である旨記載されていることからすると、本件第一遺産分割協議は、一義的には、現物分割の方法を用いたものともみることができる。
 しかしながら、本件第一遺産分割協議書の記載事項に加え、まる1上記イの(イ)のAのとおり、本件相続に係る相続財産である現金の有高は100,000円にすぎないこと、まる2上記イの(ロ)のA及びBのとおり、本件第一遺産分割協議書の原案の作成に当たり、請求人H及びKから意見や要望はなく、主導的立場にあった請求人Fが、請求人Hの取得する現金20,000,000円については、本件生命保険金等を原資に充てることを予定していたこと及びまる3上記イの(イ)のBのとおり、本件生命保険金等の受取人は、全て請求人Fであることを併せ考えると、本件第一遺産分割協議は、請求人Fが現物財産を取得する代償として、同人が取得する本件生命保険金等を原資とする現金20,000,000円を請求人Hに対して支払う債務を負うという代償分割の方法が用いられたものと認めるのが相当である。
 そして、上記イの(ロ)のCのとおり、本件相続人ら全員の合意の下、本件第一遺産分割協議書が作成され、上記1の(4)のニのとおり、実際にも本件相続に係る相続財産の預貯金等について、本件第一遺産分割協議書のとおり名義変更手続がなされていることからすれば、本件第一遺産分割協議は、有効に成立したものと認められる。
(ロ) 請求人らの主張について(請求人Hが本件相続により取得した現金の額について)
 請求人らは、本件第一遺産分割協議後に、請求人Fが請求人Hに9,000,000円を渡し、これに合わせて遺産分割協議書を訂正し、請求人Hも納得し、これについてKも異議を申し立てていないことから、請求人Hが本件相続により取得した現金は9,000,000円である旨主張する。
 確かに、本件においては、本件第一遺産分割協議が成立した後、請求人Fは、上記イの(ハ)のAのとおり、請求人Hが本件第一遺産分割協議の結果取得することとなった現金20,000,000円について、半分程度にすることを請求人Hに対して申し入れ、同人がこれを承諾したため、平成20年8月29日に現金9,000,000円を支払い、この旨Kも了知し、上記イの(ハ)のB及び(ニ)のとおり、本件第二遺産分割協議書及び本件第三遺産分割協議書が作成されているという事実関係が認められる。
 しかしながら、上記イの(ハ)のB及び(ニ)のとおり、本件第二遺産分割協議書及び本件第三遺産分割協議書は、ともに、本件相続人らではなく、M税理士が作成したものと認められる上、上記1の(4)のハの(ロ)のとおり、本件第二遺産分割協議書は、請求人Hが取得する財産の記載を抹消しただけのもの、つまり、請求人Hが取得する財産はないという内容となっており、上記請求人らの主張(請求人Hの取得した財産は現金9,000,000円であるとする主張)とは異なるものとなっている。また、上記1の(4)のハの(ハ)のとおり、本件第三遺産分割協議書にあっては、本件第一遺産分割協議書の写しを訂正したものにすぎないから、形式的に遺産分割協議書といえるものではない。そして、上記の請求人らの主張によれば、本件相続人らの間において、遺産分割の合意が整った場合には、遺産分割協議書を作成しておく必要があるということを認識していたものと認められることからすると、本件相続に係る相続財産の分割につき、本件相続人ら全員の合意が整い、その合意に沿って作成された遺産分割協議書は、本件第一遺産分割協議書のみであると認められる。このことを踏まえて上記事実関係の下における本件相続人らの認識を合理的に解釈すれば、飽くまでも、請求人Fと請求人Hとの二人の間で、本件第一遺産分割協議が有効に成立していることを前提に、同協議の結果請求人Fが請求人Hに対して負うこととなった代償債務20,000,000円のうち11,000,000円(20,000,000円−9,000,000円)について、請求人Hがこれを免除し、請求人Fが当該免除後の代償債務9,000,000円を支払い、その内容をKに連絡したにすぎないとみるのが相当である。
 以上によれば、本件相続に係る相続財産は、本件第一遺産分割協議のとおり本件相続人らに確定的に帰属しているものといわざるを得ないから、請求人Hが本件相続により取得した現金は20,000,000円となる。
 なお、仮に、本件第一遺産分割協議の結果、請求人Fが請求人Hに対して負うこととなった代償債務20,000,000円について、本件相続人ら全員の意思の合致の下に遺産分割をやり直し、これを9,000,000円に減額したとみる余地があるとしても、上記ロのとおり、当初の遺産分割協議に無効又は取り消し得べき原因がある場合等を除き、改めての遺産分割協議によって取得した財産は、相続に基づき相続財産を取得したということはできないというべきであり、本件第一遺産分割協議に無効又は取り消し得べき原因があるとは認められないことからすれば、請求人Hが本件相続により取得した現金は、本件第一遺産分割協議のとおり20,000,000円となる。この点、請求人らは、請求人Fにおいて、本件被相続人の債務である本件借入金を返済したことによって、請求人Hへ現金20,000,000円の交付ができなくなった旨主張するが、上記1の(4)のニの(ロ)のとおり、請求人Fは、本件借入金の存在を平成20年1月30日には了知していたのであるから、本件借入金の返済の要否が、同年2月7日に成立した本件第一遺産分割協議の無効又は取り消し得べき原因となるものとは認められない。
 したがって、請求人らの主張は採用できない。

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(2) 争点2 請求人Fには、相続税法第19条の2第5項に規定する隠ぺい仮装行為があったか否か。

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件各金融資産の原資は、本件被相続人が事業で蓄えた資金であり、本件被相続人の指示により、請求人Fが本件各金融資産に係る口座の開設手続を行った。本件各金融資産の口座の預金通帳及び登録印鑑の印章は、本件被相続人が管理し、本件被相続人の指示により、請求人Fが本件各金融資産の入出金手続を行っていた。
 なお、本件相続人らは、本件被相続人から本件各金融資産を贈与されたとする贈与税の申告は行っていない。
(ロ) M税理士は、本件当初申告書の作成に当たり、請求人Fに対して、本件相続人ら名義の資産の有無についての質問をせず、金融資産については、本件第一遺産分割協議書を基礎に、本件当初申告書を作成した。また、請求人Fにおいても、本件相続人らの名義の本件各金融資産の存在について、M税理士に話をすることはなかった。
(ハ) 本件調査の状況は、次のとおりである。
A 平成21年10月6日の本件調査において、請求人Fは、本件被相続人から本件相続人らへの贈与及び本件被相続人の財産から形成された本件相続人らの名義の財産の有無についての本件調査担当者の質問に対して、いずれもそのようなものはない旨申し述べた。その後、本件調査担当者が、預貯金通帳などの本件相続に係る関係書類の提示を求めたところ、請求人Fは一瞬立ち上がりかけたが、M税理士が請求人Fに対し「全て税務署が調べているのであるから無理に出す必要はない」と話したことから、請求人Fは「税務署でわかっているのであれば出さない」として同関係書類の提示をしなかった。
 なお、平成21年11月5日の本件調査においても、本件調査担当者が再度預金通帳等の書類の提示を求めたが、M税理士が無理に出す必要はない旨請求人Fに話したので提示はされなかった。
B 平成21年11月5日の本件調査において、本件調査担当者の上司であるQ統括官は、本件被相続人は青色申告以外の申告者で、その事業専従者である請求人Fに対する給与の支払いもないことから、本件相続人ら名義の預金は、本件被相続人が事業で得た収入から蓄積した本件被相続人のものであると判断せざるを得ない旨説明をしたところ、請求人Fは「私も一緒に働いてきたのに私の財産はゼロなのか」と質問したため、そう判断せざるを得ないと回答した。
ロ 法令解釈
(イ) 相続税法第19条の2第5項は、相続税の納税義務者のいずれかが、相続財産につき隠ぺい仮装行為に基づいて、相続税の申告書を提出していた場合において、被相続人の配偶者が、調査があったことにより更正を予知して修正申告書を提出する場合には、当該配偶者がその隠ぺい仮装に基づく相続財産を取得した場合はもとより配偶者がその隠ぺい仮装に基づく財産を取得しない場合であっても、その隠ぺい仮装行為を配偶者が行っている場合には、その相続財産に係る相続税については、配偶者の税額軽減措置の適用除外とするというものであるところ、この規定は、相続税の申告に当たり、相続財産につき隠ぺい仮装という不正手段を用いていた場合には、その相続財産に係る相続税については、配偶者といえども他の相続人と同様に相続税を負担することとなることによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な課税の実現を確保しようとするものと解される。
(ロ) この相続税法第19条の2第5項の趣旨に鑑みれば、配偶者の税額軽減措置の適用除外に該当するといえるためには、相続財産につき、隠ぺい仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要するものと解されるが、他方、相続財産につき架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、配偶者が、当初から相続財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には、同項に規定する要件が満たされるものと解すべきである。
ハ 当てはめ
(イ) 上記イの(イ)のとおり、まる1本件各金融資産の原資は、本件被相続人が事業で蓄えた資金であり、まる2本件被相続人の指示により、請求人Fが本件各金融資産に係る口座の開設手続をした後、まる3本件被相続人が当該口座に係る通帳及び登録印鑑の印章を管理しており、まる4本件被相続人の指示により、請求人Fが本件各金融資産の口座の入出金を行っていたと認められることからすると、請求人Fは、本件各金融資産が、少なくとも、その名義人、すなわち、本件相続人らに直ちに帰属する財産であると認識していたとは認められない。他方で、上記1の(4)のイの(ロ)のとおり、請求人Fは本件被相続人の事業専従者であること及び上記イの(ハ)のBのとおり、請求人Fが本件調査担当者に対して、「私も一緒に働いてきたのに私の財産はゼロなのか」と質問をしていることからすれば、請求人Fにおいては、本件金融資産の一部は、同人に帰属するものであると認識していたものと認められる。さらに、上記イの(ロ)のとおり、本件当初申告書の作成前に、M税理士が請求人Fに対して本件相続人ら名義の預金等の存在について質問をしておらず、請求人FがM税理士から本件相続人ら名義の預金等が相続財産になる場合があることについて説明を受けた事実も認められないことからすれば、請求人Fにおいては、本件相続税の申告期限までに、本件各金融資産の全部が本件被相続人に帰属するものであることを、明確に認識していたとまでは認められない。
 そうすると、請求人Fが、本件各金融資産について、当初から過少に申告することを意図していたとまでは認められないから、請求人Fにおいては、本件相続税について、当初から過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合に該当しないといわざるを得ない。
(ロ) 原処分庁の主張について
A 原処分庁は、請求人Fが本件各金融資産について、本件被相続人の財産であることを知りながら、本件各金融資産が本件相続人ら名義であることを利用して申告しなかったことは、相続税法第19条の2第5項に規定する隠ぺい仮装行為に該当する旨主張する。
 しかしながら、上記(イ)のとおり、請求人Fにおいては、本件各金融資産の全部が本件被相続人に帰属するものであることを明確に認識していたとまでは認められないから、原処分庁の主張はその前提において理由がない。
B また、原処分庁は、請求人Fが本件調査担当者に対し、本件各金融資産の帰属につき、虚偽答弁を行った旨主張する。
 しかしながら、本件調査担当者の請求人Fに対する質問は、上記イの(ハ)のAのとおり、本件被相続人の財産から形成された本件相続人らの名義の財産の有無についてであり、上記(イ)のとおり、請求人Fにおいては本件各金融資産が本件被相続人に帰属するものであることを明確に認識していなかったことからすれば、同人が「そのようなものはない」旨回答したからといって、これが直ちに原処分庁の主張する虚偽答弁であると評価することはできない。
C さらに、原処分庁は、本件調査担当者が請求人Fに対して本件相続に係る関係書類の提示を求めた際に、請求人Fがこれに応じなかった旨主張する。
 しかしながら、上記イの(ハ)のAのとおり、請求人Fが預金通帳などを提示しようと一旦は立ち上がりかけたものの、M税理士の言葉を受けて提示せず、本件調査担当者が再度提示を求めた際にも同税理士の言葉を受けて提示しなかったことが認められることからすれば、請求人Fの行動のみをもって、当初から本件各金融資産を除外して申告する意図があったことをうかがわせる事実と評価することはできない。
D 加えて、原処分庁は、請求人Fの本件被相続人ら名義で貯蓄した預貯金等は夫婦共有財産である旨の申述は、本件当初申告書に本件被相続人名義の財産のみが記載されており、本件相続人ら名義の預貯金は一切申告されていないことからすると、本件当初申告書の記載内容と齟齬するものである旨主張する。
 しかしながら、上記(イ)のとおり、請求人Fにおいては本件各金融資産が本件被相続人に帰属するものであることを明確に認識していなかったことからすれば、本件当初申告書においては、明確にその帰属が本件被相続人のものであると認識できたもののみを記載したものとみるのが自然であって、本件当初申告書に本件被相続人名義の財産のみについて記載し本件相続人ら名義の本件各金融資産を記載しなかったことが、請求人Fの上記申述と格別齟齬するものと評価することはできない。
E 以上のとおり、原処分庁の主張は、いずれも理由がない。

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(3) 各更正処分

イ 請求人Fに対する更正処分
(イ) 本件当初申告書記載の請求人HのL農業協同組合の生命共済金20,000,000円の受取人は、上記(1)のイの(イ)のBのとおり、請求人Fであるところ、請求人Fは、同生命共済を相続税法第3条《相続又は遺贈により取得したものとみなす場合》第1項の規定により相続により取得したとみなされ、上記(1)のハの(イ)のとおり、請求人Hに対する代償債務20,000,000円を負うものと認められる。
(ロ) また、上記(2)のハの(イ)のとおり、相続財産としての本件各金融資産については、請求人Fに相続税法第19条の2第5項に規定する隠ぺい仮装行為がなかったと認めるのが相当であるから、配偶者の税額軽減措置に該当するとして計算すると、請求人Fの配偶者の税額軽減額及び納付すべき税額は別表6の「審判所認定の額」欄のとおりとなり、請求人Fに対する更正処分に係る納付すべき税額に満たないから、請求人Fに対する更正処分は、その全部を取り消すのが相当である。
ロ 請求人Hに対する更正処分
(イ) 請求人Hが相続で取得する財産は、上記(1)のハの(ロ)のとおり、現金20,000,000円と争いのない相続財産本件国債A、本件定額貯金B、本件定期預金C、本件定期預金D及び本件定期預金Eを加算した額29,542,000円となる。
(ロ) その額を基に、請求人Hの納付すべき税額を算出すると別紙3の「3課税標準等及び税額等の計算」の「裁決後の額B」欄の「まる23納付すべき税額」欄のとおり○○○○円となり、請求人Hに対する更正処分に係る金額と同額となるから、請求人Hに対する更正処分は適法である。

(4) 加算税の各賦課決定処分

イ 請求人Fに対する重加算税の賦課決定処分
 原処分庁は、通則法第68条第1項に規定する事実の隠ぺい又は仮装の解釈は、相続税法第19条の2第6項に規定する事実の隠ぺい仮装と同義に解するのが相当であることから、請求人Fには通則法第68条第1項に規定する隠ぺい又は仮装の行為がある旨主張するが、上記(3)のイの(ロ)のとおり、請求人Fに対する更正処分は、その全部を取り消すべきであるから、争点3について検討するまでもなく、請求人Fに対する重加算税の賦課決定処分については、その全部を取り消すのが相当である。
ロ 請求人Hに対する過少申告加算税の賦課決定処分
 請求人Hに対する更正処分は、上記(3)のロの(ロ)のとおり適法であり、また、請求人Hに対する更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実については、通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないので、同条第1項及び第2項の各規定に基づき過少申告加算税の賦課決定処分をしたこと自体は適法であるが、過少申告加算税の額は、別紙3の「加算税の額の計算」の「裁決後の額B」欄の「まる3加算税の額」欄のとおり○○○○円が正当であるから、請求人Hに対する過少申告加算税の賦課決定処分の一部については取り消すのが相当である。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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