(平成25年3月4日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人A及びD(以下、これら両名を併せて「請求人ら」という。)が、被相続人の死亡に係る相続税の申告において、被相続人には請求人ら及び妻であるEに対する借入金債務があるとして、当該借入金債務を債務控除の対象としたところ、原処分庁が、当該借入金債務は債務控除の対象とはならないとして、相続税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行ったことに対し、請求人らが、原処分の全部の取消しを求めた事案であり、争点は、当該借入金債務が相続税法第13条《債務控除》第1項第1号に規定する被相続人の債務で相続開始の際現に存するものであり、かつ、同法第14条第1項に規定する確実と認められる債務に該当するか否かである。

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求(平成24年4月5日請求)に至る経緯は、別表1のとおりである。
 なお、以下、別表1に記載の平成23年11月11日付の各更正処分を「本件各更正処分」といい、同記載の同日付の「過少申告加算税の額」欄に係る過少申告加算税の各賦課決定処分を「本件各賦課決定処分」という。
 また、請求人らは、Aを総代として選任し、その旨を平成24年4月5日に当審判所に届け出た。

(3) 関係法令

イ 相続税法第13条第1項第1号は、相続又は遺贈により財産を取得した者が同法第1条の3《相続税の納税義務者》第1号又は第2号の規定に該当する者である場合においては、当該相続又は遺贈により取得した財産について、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)の金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定している。
ロ 相続税法第14条第1項は、同法第13条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る旨規定している。

(4) 基礎事実

 次の事実については、請求人らと原処分庁との間に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人ら及び共同相続人について
 請求人らは、平成20年3月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したF(以下「本件被相続人」といい、本件被相続人の死亡に係る相続を「本件相続」という。)の共同相続人であり、請求人ら以外の共同相続人は、E(以下、請求人らとEの3名を併せて「相続人ら」という。)である。なお、Dは、本件被相続人の養子であり、本件相続に係る相続関係図は、別紙2のとおりである。
ロ 本件被相続人の銀行借入金について
 本件被相続人は、医療法人G会H病院(以下「H病院」という。)を営むため、自己が所有するa市b町○−○の土地上に330,000,000円で建物を新築(昭和62年4月24日新築登記)したが、その新築資金に関し、本件被相続人は、昭和62年5月30日にJ銀行(現、K銀行。以下「K銀行」という。)d支店(現、e支店。以下「e支店」という。)から300,000,000円の融資を受けた。
 また、本件被相続人は、平成2年5月、f市g町○−○の土地、建物を142,100,000円、h市i町○−○の土地、建物を152,300,000円でL社から購入し、その購入資金について、当該物件の売主であるL社から平成2年10月30日に81,400,000円及び55,900,000円の融資を受けるとともに、同日に、K銀行e支店から88,000,000円及び73,000,000円の融資を受けたが、平成7年7月28日にK銀行e支店から100,000,000円の融資を受けることなどにより、L社からの借入金の残高77,997,714円及び53,563,557円の全額を返済した。
ハ 相続人らから本件被相続人への資金移動等について
(イ) 平成10年1月9日にM組合からN銀行j支店のA名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に8,210,240円が入金され、同年2月24日に同口座から○○○○円が出金された。
 また、平成10年2月12日にP生命からN銀行k支店のA名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に32,337,100円が入金され、同月23日に同口座から○○○○円が振替出金された。
(ロ) 平成10年1月9日にM組合からN銀行j支店のD名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に16,523,108円が入金され、同年2月24日に同口座から○○○○円が出金された。
 また、平成10年2月12日にP生命からN銀行k支店のD名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に32,467,800円が入金され、同月23日に同口座から○○○○円が振替出金された。
(ハ) 平成10年1月9日にM組合からN銀行j支店のE名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に8,210,240円が入金され、同年2月24日に同口座から○○○○円が出金された。
 また、平成10年2月10日にP生命からN銀行k支店のE名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に26,552,500円が入金され、同月23日に同口座から○○○○円が振替出金された。
(ニ) K銀行e支店の本件被相続人名義の普通預金口座(口座番号○○○○。以下「本件口座」という。)には、平成10年2月23日及び同月26日(以下、これら両日を併せて「本件各入金日」という。)に相続人らから別表2のとおりの金員が振込入金された(以下、相続人らから振り込まれた金員を併せて「本件各金員」という。)。
 そして、平成10年3月10日に本件口座から87,073,000円及び50,000,000円が返済金として出金された。
ニ 相続税の申告について
 相続人らは、共同して本件相続に係る相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)を法定申告期限までに原処分庁に提出した。
 なお、本件申告書第13表の「1債務の明細」欄中の、「債務の明細」欄の「種類」及び「細目」欄には、「別紙のとおり」との記載があり、「金額」欄の「合計」欄には、317,911,104円と記載されていた。
 また、本件申告書に添付された「債務の明細書」と題する書面には、本件各金員について、Eから○○○○円、Aから○○○○円及びDから○○○○円の借入金(以下「本件各借入金債務」という。)が存在する旨、また、本件各借入金債務は、E、A及びDがそれぞれ負担する旨の記載がされていた。

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2 主張

原処分庁 請求人ら
 本件各借入金債務は、以下のとおり、本件相続開始日において存在しておらず、仮に存在していても、履行が確実な債務とは認められない。  本件各借入金債務は、以下のとおり、本件相続開始日において現に存在し、かつ、履行も確実であった。
1 民法第587条《消費貸借》に規定する消費貸借契約は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還することを約することが要件であるところ、以下のとおり、本件被相続人が相続人らに本件各金員の返還を約した事実はないと認められ、仮に、医業の状況の好転を同法第127条《条件が成就した場合の効果》第1項に規定する停止条件とする金銭消費貸借契約であったとしても、条件は成就しておらず、契約の効力は生じていないから、本件各借入金債務は、本件相続開始日において存在していない。 1 相続人らは、本件被相続人の銀行借入金の返済が滞ったため、その残額の一部を減少させるために、同人に本件各金員を貸し付けたものであり、返済不要な資金の供与、すなわち、贈与又は債務免除の認識は全くなく、また、同人にも、金員の贈与又は債務免除を受けた認識は皆無であったと推量される。
(1) 本件各金員に関する契約書等が作成された事実は認められない。 (1) 本件各金員に関する契約書等は作成されていないが、相続税法基本通達14−1《確実な債務》には、「債務が確実かどうかについては、必ずしも書面の証拠があることを必要としないものとする」と明記されており、当該契約書等の作成がないことをもって確実な債務が存在しないことにはならない。
(2) 本件被相続人と相続人らとの間において、本件各金員の返済方法、返済期限及び利息を取り決めた事実は認められない。 (2) 資金の移動が明確であること、家族内の貸借であり、相続人らの間では異論がなく、他に相続人となる兄弟もいないので後にもめ事にならないこと及びH病院の業績が好転すれば順次返済するという共通の認識があったことから、返済の取決めをする必要性の認識がなく、また、最終的には相続財産から返済を受けられることから、具体的な返済期日や利息の取決めをしていなかったが、そのことをもって債務の不存在の証明にはならない。
(3) 本件各金員については、10年以上もの間、本件被相続人が相続人らに返済をした事実がなかったと推認される。
 なお、本件被相続人がその孫Q及びR(現、S。以下、これら両名を併せて「孫ら」という。)にした学資の出費が本件各金員の返済の一部であるという主張は、請求人らの推測にすぎない。
(3) 返済の事実がないことは、貸付け後の事情であり、貸付けの事実を否定するものではない。
 なお、本件被相続人が孫らの学資を提供したことは、本件各金員の一部返済とも考えられる。
(4) 本件各借入金債務は、本件被相続人の平成8年分、平成10年分ないし平成12年分及び平成14年分ないし平成17年分の各財産及び債務の明細書に記載されていない。 (4) 財産及び債務の明細書に記載を失念していたのは、単なる事務上のミスである。
2 本件各金員は、上記1の(1)ないし(3)のとおり、契約書等の作成並びに返済方法、返済期限及び利息の取決めがされず、10年以上もの間、返済の事実がなかったと推認されることから、履行が確実な債務とは認められない。 2 過去の判例では、相続税法第14条第1項の規定にいう「確実と認められる」とは、相続開始当時の現況に照らし、その履行が確実と認められるものをいうと解すべき(大阪高裁平成20年11月27日判決・平成19年(行コ)第130号相続税更正処分等取消請求控訴事件)であって、その債務の存在すること及びその債務の履行されることが確実であると証拠上認められるならば、これを「確実と認められるもの」ではないとはいえない(東京高裁平成4年2月6日判決・平成元年(行コ)第70号相続税更正処分取消請求控訴事件)のである。この場合、相続時点において、相続人によって債務が履行されることが確実と認定できるか否かが問題であるというべきであるが、この点の認定に関しては、相続開始後における状況、特に相続人によって現実に右履行がされたか否かの点は、相続開始時点において債務の履行が確実と認められるか否かの認定においても斟酌されて然るべきである(前掲の東京高裁判決)とされているところ、相続人らは、平成20年12月20日の本件相続に係る遺産分割協議において、本件各借入金債務を相続し、相続財産と相殺することによって履行しており、本件各金員は、履行が確実な債務である。
3 仮に、平成11年2月から4月までの間に、H病院に対する調査を担当したT税務署の職員が本件各金員を貸付けと判断していたとしても、本件相続開始日において、履行が確実な債務に該当しないとの判断に何ら影響するものではない。 3 平成11年2月から4月までの間に、H病院に対する調査を担当したT税務署の職員に対して、本件被相続人が相続人らから本件各金員を一時的に借り受けて銀行借入金の返済に充てた旨を申述した際、課税上の問題があるという指摘も指導も全くされなかったのであるから、課税庁は、本件各金員を貸付けと判断していたものと推定される。

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3 判断

(1) 法令解釈

 相続税法第13条第1項第1号は、相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続により取得した財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際現に存するもののうち、その者の負担に属する部分の金額を控除した金額とする旨規定し、また、同法第14条第1項は、前条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限ると規定している。
 そもそも、相続税法上の債務控除の規定の趣旨は、相続税が財産の無償取得によって生じた経済的価値の増加に対して課せられる租税であるところから、その課税価格の計算においては、相続によって取得した財産の価額からその者が負担した被相続人の債務の額を控除して、相続人が現実に取得した経済的価値の増加額を把握し、これを担税力として課税しようとするものであって、この場合における債務の額は、相続人がこれを履行するはずのものであるから、それだけ相続により取得した経済的価値が失われることとなるので、これを控除する趣旨のものであると解され、その債務が自然債務等で履行することが期待できないものであるときは、仮にその債務が存在していたとしても、それは担税力への考慮の必要はないこととなるので、相続税法第14条第1項において確実と認められるものに限る旨を規定して、控除の対象となる債務の範囲を限定したものと解される。

(2) 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件被相続人は、大正○年○月○日生まれであり、本件各入金日における年齢は7X歳であった。
ロ 本件被相続人は、昭和57年2月20日から平成6年12月10日までの間、相続人ら及び孫らに対して、別表3のとおり、a市n町○−○の土地、同市b町○−○の土地及び同市p町○−○の土地の各一部をそれぞれ贈与している(相続人ら及び孫らは、当該贈与に係る各贈与税の申告は行っているが、受贈者への所有権移転登記は、本件相続開始日後にされている。)。
ハ H病院は、昭和63年10月○日に設立され、設立時から平成20年2月29日までの間、本件被相続人が理事長を務め、その後任には、Dが就任して現在に至っている。
 H病院の常勤理事は、本件被相続人が理事長を辞任するまでの間、本件被相続人及び相続人らの4名であり、全員が役員としてH病院の経営に関わるとともに、病院の医師又は医療事務の責任者としての職責を担い、H病院から役員報酬を別表4のとおり、現金で支給され、当該収入で生計を維持していた。
 また、H病院は、本件被相続人から病院用建物を借り受けて営業をしており、別表5のとおり、本件被相続人に対して賃借料を支払っていた。
 H病院の医業収入は、平成5年10月1日から平成6年9月30日までの事業年度に約7億1,032万円であったが、平成6年10月1日から平成7年9月30日までの事業年度には約6億4,355万円、平成7年10月1日から平成8年9月30日までの事業年度には約5億8,587万円、平成8年10月1日から平成9年9月30日までの事業年度には約5億4,869万円、平成9年10月1日から平成10年9月30日までの事業年度には約4億8,185万円、平成10年10月1日から平成11年9月30日までの事業年度には約4億9,628万円、平成11年10月1日から平成12年9月30日までの事業年度には約4億6,049万円、平成12年10月1日から平成13年9月30日までの事業年度には約4億5,735万円、平成13年10月1日から平成14年9月30日までの事業年度には約4億3,857万円、平成14年10月1日から平成15年9月30日までの事業年度には約4億2,151万円、平成15年10月1日から平成16年9月30日までの事業年度には約4億1,375万円、平成16年10月1日から平成17年9月30日までの事業年度には約4億0,426万円、平成17年10月1日から平成18年9月30日までの事業年度には約4億1,001万円、平成18年10月1日から平成19年9月30日までの事業年度には約3億7,676万円、平成19年10月1日から平成20年9月30日までの事業年度には約3億6,861万円と年々減少し、常勤理事に対する役員報酬及び本件被相続人に対する賃借料を順次引き下げていた。
ニ 上記1の(4)のハの(イ)記載のM組合及びP生命からA名義の各普通預金口座への入金は、Aがそれぞれ昭和63年から加入していた共済年金(拠出型企業年金)及び昭和51年頃から加入していた非適格企業年金(拠出型企業年金)を一部解約した解約返戻金であり、Aは、少なくとも、昭和63年3月から平成21年8月までの間、両年金契約の掛金(どちらも、金額を変更できる。以下同じ。)の振替口座であるN銀行k支店の同人名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に、別表6のとおり、両年金契約の掛金をほぼ毎月入金していた。
ホ 上記1の(4)のハの(ロ)記載のM組合及びP生命からD名義の各普通預金口座への入金は、Dがそれぞれ昭和63年から加入していた共済年金(拠出型企業年金)及び昭和56年頃から加入していた非適格企業年金(拠出型企業年金)を一部解約した解約返戻金であり、Dは、少なくとも、平成6年7月から平成20年6月までの間、両年金契約の掛金の振替口座であるN銀行k支店の同人名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に、別表7のとおり、両年金契約の掛金をほぼ毎月入金していた。
ヘ 上記1の(4)のハの(ハ)記載のM組合及びP生命からE名義の各普通預金口座への入金は、Eがそれぞれ昭和63年から加入していた共済年金(拠出型企業年金)及び昭和52年頃から加入していた非適格企業年金(拠出型企業年金)を一部解約した解約返戻金であり、Eは、少なくとも、平成6年7月から平成22年7月までの間、両年金契約の掛金の振替口座であるN銀行k支店の同人名義の普通預金口座(口座番号○○○○)に、別表8のとおり、両年金契約の掛金をほぼ毎月入金していた。
ト 本件被相続人は、本件口座から出金した87,073,000円及び50,000,000円をK銀行e支店からの借入金の返済に充当することにより、繰上返済を行った。その結果、本件被相続人のK銀行e支店への借入金の返済額は、平成9年に年額30,188,892円であったものが、平成11年には年額21,244,524円に減少した。
チ 本件被相続人が原処分庁に提出した平成9年分ないし平成12年分及び平成14年分ないし平成19年分の財産及び債務の明細書(以下「本件各財産債務明細書」という。)の「債務」欄には、本件各金員は記載されていない。
 なお、本件各財産債務明細書の「財産」欄には、現金預金について12,000,000円、家庭内財産2,000,000円等と定額で記載されている年分があるものの、全く記載されていない年分もあるほか、平成9年以前から所有していたr市s町○−○及び○−○の各土地、それらの上に所在する建物(未登記)、有価証券及びゴルフ会員権も記載されていない。
リ 本件各金員について、本件被相続人と相続人らとの間において金銭消費貸借契約証書等の書類の作成はなく、また、返済方法、返済期限及び利息等の明示的な取決めは行われていない。そして、本件被相続人は、本件各入金日から本件相続開始日までの間、相続人らに本件各金員について返済をしたということはなく、また、相続人らが、本件被相続人に対して、本件各金員の返済についてこれを免除したということもない。
ヌ 相続人らは、平成20年12月20日に本件相続に係る遺産分割の協議を行い、相続人らがそれぞれ土地及び家屋等の財産を相続するほか、本件各借入金債務については、本件被相続人がEに対して負っていた借入金債務はEが、本件被相続人がAに対して負っていた借入金債務はAが、本件被相続人がDに対して負っていた借入金債務はDがそれぞれ相続するなどという内容の遺産分割協議が成立した。

(3) 相続人らの答述

 相続人らは、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
イ H病院の収入が減少し、本件被相続人に対する賃借料を引き下げ、役員報酬も減額せざるを得ない状況となった結果、本件被相続人は、K銀行e支店からの借入金の返済が極めて困難な状況となった。本件被相続人のK銀行からの借入金の返済は、H病院の経営にも大きく影響し、その存続にも関わる極めて重大な問題であったので、K銀行e支店の融資担当者の強い勧めもあって、本件被相続人のK銀行e支店への借入金の返済額(利息の支払額を含む。以下同じ。)を減少させるために、孫らの医科大学への進学費用及び老後の生活資金として積み立てていた年金契約を一部解約して、解約返戻金を本件被相続人のK銀行e支店からの借入金の返済に充てた。
ロ 本件各金員について、具体的な弁済方法や利息等の取決めをしなかったのは、まる1資金の移動が全て銀行口座を通して行われており、明確であること、まる2家族内の貸借であり、相続人らの間では誰一人異論を申し立てる者がなく、他に相続人となる兄弟等もいないので後にもめ事にならないこと及びまる3本件被相続人と相続人らの間にH病院の業績が好転すれば順次返済してもらえるという共通の認識があったことから、その必要性の認識がなかったためである。
ハ 本件各入金日以降、H病院の業績が好転するよう努力したにも関わらず、結果的には好転に至らなかったため、被相続人の存命中に返済を受けられなかったが、H病院の厳しい状況を承知していたため、返済のないことは理解しており、また、税理士事務所の事務員から、相続時に相続財産を引き継ぐのだから、最終的には返済されるという話を聞き、それでもよいと考えていた。
ニ 相続税軽減のため、相続人ら及び孫らに対し贈与を行っていた本件被相続人に対して、相続人らが本件各金員を贈与したり免除したりするはずはなく、また、本件被相続人も、生前から常に弁済のことを気にかけており、本件各金員の贈与を受けたとか債務免除をしてもらったという認識は全くなかったと思う。

(4) 判断

イ 本件各借入金債務の存否について
(イ) 本件各金員は、相続人らから本件被相続人に対して貸し付けられたものか否かについて
 上記1の(4)のハ及び上記(2)のニないしトのとおり、相続人らが加入していた年金契約を一部解約した解約返戻金が相続人らの普通預金口座に入金された後、本件口座に移動し、本件被相続人のK銀行e支店からの借入金の返済に充てられているところ、上記年金契約の掛金は相続人らがそれぞれ支払っていたものであり、本件各金員は、相続人らがそれぞれ支出したものであると認められる。
 そして、本件各金員の支出について、相続人らは、本件被相続人への貸付けであったとして、上記(3)のとおり答述するので、以下検討する。
 上記(2)のハのとおり、本件各入金日当時、H病院は、本件被相続人から病院用建物を借り受けて営業を行い、本件被相続人及び相続人らの4名は、H病院の常勤理事としてその経営に関わるとともに、医師又は医療事務の責任者としての職責を担い、H病院からの役員報酬で生計を維持していたこと、上記1の(4)のロのとおり、上記病院用建物は、本件被相続人がK銀行e支店からの借入金でもって建築したものであること、上記(2)のハのとおり、H病院の医業収入は、平成5年10月1日から平成6年9月30日までの事業年度には7億円を超えていたものが、本件各入金日の直前期である平成8年10月1日から平成9年9月30日までの事業年度には5億5,000万円を下回り、約1億5,000万円もの減収となり、別表4のとおり、役員報酬及び賃借料を引き下げていること、上記1の(4)のイのとおり、本件被相続人の法定相続人は、相続人ら3名であり、相続人らが本件被相続人の財産及び債務を相続し、H病院の経営を継承することが予定されていたこと、上記(2)のロのとおり、平成6年までは、本件被相続人から相続人ら及び孫らに対し定期的に贈与がされていたことの各事実が認められる。
 上記事実によれば、本件被相続人に対する役員報酬及び賃借料を減額したことによって、本件被相続人の銀行借入金の返済が滞る事態が生じれば、H病院の経営の維持継続が困難となり、H病院からの収入で生計を維持している相続人らにとって、その生活に直接大きな影響を与えることとなることが容易に想定されることから、相続人らの上記(3)のイの答述内容は、相続人らが本件被相続人に対して本件各金員を支出するに至った経緯として、自然なものということができる。
 もっとも、上記(2)のリのとおり、本件各金員の支出に関して、金銭消費貸借契約証書等の書類の作成はなく、また、返済方法、返済期限及び利息等の明示的な取決めは行われていない上、本件各入金日から本件相続開始日までの間、本件被相続人が相続人らに対して本件各金員に係る返済をした事実はなく、相続人らが本件被相続人に対してその返済を催促した様子もうかがわれないことからすれば、本件各金員の支出が返還を要しないもの、すなわち相続人らから本件被相続人に対する贈与であった可能性を否定できないことはない。
 しかしながら、上記(2)のニないしへのとおり、相続人らは、それぞれが毎月掛金を支払って形成していた拠出型企業年金を一部解約した解約返戻金をもって本件各金員の原資に充てた上、これを父ないし夫に当たる本件被相続人に交付しているのであって、上記(3)のイのとおり、相続人らが、当該年金契約は孫らの医科大学への進学費用及び老後の生活資金として積み立てていたものである旨の答述をしていることを併せ考えると、上記認定の相続人らが本件各金員を支出するに至った経緯を斟酌してもなお、相続人らが本件各金員を本件被相続人に交付するに当たり将来その返済を受ける意思を有していなかったとはにわかに考え難い。
 他方、上記(2)のロのとおり、本件被相続人は、平成6年までは、相続人ら及び孫らに所有土地の一部を定期的に贈与するなどしており、その態様からして当該贈与は相続税対策の目的で行われたものと推認されるから、本件被相続人は、相続税対策のために長年相続財産を計画的に減少させようとしてきた様子がうかがえるのであって、そのような行為をしてきた本件被相続人が当該行為と逆効果となるような行為を行うとはにわかに考え難い(本件被相続人に対して贈与を行えば、贈与税に加え、本件被相続人に係る相続財産を増加させる結果になることは明らかであり、本件被相続人の本件各入金日当時の年齢(7X歳)に鑑みても、本件各金員を贈与して租税負担を増加させるような状況をあえて作出したとは考え難い。)。
(ロ) 以上によれば、相続人らから被相続人に対する本件各金員の支出が本件被相続人に対する本件各金員の贈与であったとみるのは困難であり、本件各金員は、相続人らが答述するとおり、相続人らから本件被相続人に貸し付けられたものであると認めるのが相当である。
(ハ) 原処分庁の主張について
 原処分庁は、本件各借入金債務について、本件各金員に関する契約書等が作成された事実は認められないこと、本件被相続人と相続人らとの間において、本件各金員の返済方法、返済期限及び利息等を取り決めた事実は認められないこと、本件各金員について、10年以上もの間、返済した事実がなかったと推認されること並びに本件各借入金債務が本件被相続人の財産及び債務の明細書に記載されていないことを理由として、本件相続開始日において本件各借入金債務が存在しない旨主張する。
 しかしながら、本件各金員の授受が親子夫婦間で行われたものであり、その方法も口座振替等によっていて資金移動の経過が明確にされていることや、本件被相続人の当時の年齢に照らして将来遠くない時期に到来するであろう相続開始時に本件各金員が最終的に清算されるものであることなどからすれば、本件各金員の授受について金銭消費貸借契約証書等の書類が作成されず、本件各金員の返済方法、返済期限及び利息等について明示的な取決めがされなかったとしても、不自然ではなく、また、上記認定のとおり、本件各金員の支払は、H病院の医業収入が減少したことから、本件被相続人の銀行借入金債務の返済の負担を軽減するために行われたものであり、上記(2)のハのとおり、本件各入金日後もH病院の医業収入は減少し続けたことなどからすれば、本件各入金日から本件相続開始日までの間、本件被相続人が相続人らに対して本件各金員を返済した事実ないし相続人らが本件被相続人に対してその返済を催促した事実がなかったとしても、不自然ではない。
 さらに、上記(2)のチのとおり、本件各財産債務明細書の「債務」欄には、本件各借入金債務は記載がされていないものの、本件各財産債務明細書は、本件被相続人の所得税の申告の際に添付されたものであり、その記載内容が本件相続に直接反映されるとはいえない上、本件各財産債務明細書の「財産」欄にも記載されていないものがあることからすると、本件各財産債務明細書の「債務」欄に本件各借入金債務が記載されていないことをもって、直ちに本件各金員の支払が本件被相続人に対する貸付けではなかったことの裏付けとすることはできない。
 したがって、原処分庁の主張に係る事実は、いずれも、本件各金員の支払が相続人らから本件被相続人に対する本件各金員の貸付けである旨の上記認定の妨げになるものではなく、原処分庁の主張は、採用することができない。
ロ 本件各借入金債務の履行の確実性について
 原処分庁は、本件各金員について、医業の状況の好転を停止条件とする金銭消費貸借契約であったとしても、条件は成就しておらず、契約の効力は生じていないから、本件各借入金債務は、本件相続開始日において存在していない旨、また、本件各借入金債務が、仮に存在していても、履行が確実な債務とは認められない旨主張するので、履行が確実な債務か否かについて、以下検討する。
(イ) 本件各金員は、上記イで説示したとおり、H病院の医業収入が減少したことから、本件被相続人の銀行借入金の返済の負担を軽減するために、本件被相続人に貸し付けたものであり、上記1の(4)のイのとおり、本件各金員に係る貸主と借主が相続人と被相続人の関係にあること、また、上記(2)のイのとおり、本件被相続人は本件各入金日当時7X歳であったことからすると、本件各金員の返済については、本件被相続人と相続人らの間において、H病院の業績の好転を待って返済するものとし、最終的には、本件被相続人の死亡時に相続人らが本件各借入金債務を相続することにより清算する旨の黙示の合意が成立していたものと認めるのが相当である。
(ロ) そうであるところ、上記(2)のハのとおり、本件各入金日後もH病院の業績が好転することはなかったため、本件被相続人が死亡するまで本件各金員が返済されることはなかったが、上記(2)のヌのとおり、本件相続開始時において本件被相続人には積極財産も存在し、相続人らは、遺産分割協議により、本件被相続人の相続財産(積極)を相続するとともに、本件各借入金債務を相続することによりこれを清算しているのであるから、本件相続開始時において、本件各借入金債務を返済(履行)することは十分可能であり、本件各借入金債務は、履行が確実な債務であったと認めるのが相当である。
 また、本件相続開始日において、相続人らが本件各借入金債務に対応する債権を放棄する合理的な理由はなく、放棄したとする証拠も認められない。さらに、以上認定説示したところによれば、本件各借入金債務に係る金銭消費貸借契約をH病院の業績の好転を停止条件とする金銭消費貸借契約であるとみることもできず、本件各借入金債務を自然債務であると解する余地もない。
 以上のとおり、本件各借入金債務は、本件相続開始日において、履行が確実な債務であったと認めるのが相当である。
ハ 結論
 以上のとおり、本件各借入金債務は、本件相続開始日において現に存在し、かつ、履行も確実であったと認められることから、債務控除すべき債務に該当する。

(5) 本件各更正処分について

 以上の争点に対する検討結果を前提として、請求人らの課税価格及び納付すべき税額を計算すると確定申告の額と同額となることから、本件各更正処分は違法であり、その全部を取り消すのが相当である。

(6) 本件各賦課決定処分について

 本件各賦課決定処分については、本件各更正処分の全部の取消しにより、課税標準がなくなったため、その全部を取り消すべきである。

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