(平成25年7月5日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、税理士業を営んでいた被相続人G(平成21年4月○日死亡。以下「本件被相続人」という。)に係る平成21年分の所得税について、原処分庁が、本件被相続人の共同相続人である審査請求人E、同H及び同J(以下、これらの者を併せて「請求人ら」という。)が事業所得の金額の計算上必要経費に算入した未払の退職金はその支払債務が発生、確定しておらず、また、事業税等は本件被相続人の死亡後に納付すべきことが具体的に確定しているから、いずれも事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできないとして更正処分等を行ったのに対し、請求人らが、本件被相続人の死亡によって、その従業者は退職するとともに、本件被相続人の税理士業は廃業となり所得税法第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》の規定を適用できるから、当該未払退職金及び事業税等はいずれも事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができるとして、同処分等の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯等

イ 本件被相続人に係る平成21年分の所得税の確定申告(所得税法第125条《年の中途で死亡した場合の確定申告》の規定に基づくもの)並びに平成24年7月2日付でされた平成21年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、それぞれ「本件更正処分」及び「本件賦課決定処分」という。)の内容等は、別表1のとおりである。
ロ 請求人らは、本件更正処分及び本件賦課決定処分を不服として国税通則法第75条《国税に関する処分についての不服申立て》第4項第1号の規定により、直接、平成24年8月28日に審査請求した。
ハ 請求人らは、Eを総代として選任し、その旨を平成24年8月28日に当審判所に届け出た。

(3) 関係法令

イ 所得税法第37条《必要経費》第1項は、その年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、事業所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他事業所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする旨規定している。
ロ 所得税法第63条は、居住者が事業所得を生ずべき事業を廃止した後において、当該事業に係る費用又は損失で当該事業を廃止しなかったとしたならばその者のその年分以後の各年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額が生じた場合には、当該金額は、政令で定めるところにより、その者のその廃止した日の属する年分又はその前年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入する旨規定している。

(4) 基礎事実

 次の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件被相続人の概要等
(イ) 本件被相続人の税理士業等
 本件被相続人は、昭和37年に税理士登録をし、平成3年頃からは、別表2の区分所有に係る建物(以下「本件建物」という。)内にG税理士事務所(以下「本件事務所」という。)を設けて税理士業を営んでいたところ、平成21年4月○日に死亡した。
 なお、本件被相続人は、平成21年度の固定資産税の賦課期日である平成21年1月1日において、その税理士業務の用に供していた本件建物の専有部分及びその敷地である別表3の土地の各登記簿に、所有者(ただし、土地については持分13,223分の2,237)として登記されていた。
 以下、上記の土地(持分13,223分の2,237)と本件建物の専有部分を併せて「本件被相続人所有土地建物」という。
(ロ) 本件被相続人の相続に係る共同相続人
 本件被相続人の相続(以下「本件相続」という。)に係る共同相続人は、本件被相続人の妻であるH並びに子であるE及びJの3名である。
(ハ) K社
 K社(以下「本件法人」という。)は、昭和41年に設立され、平成3年頃から本件建物内に本店を置く、計理、一般事務代行業務等を目的とする株式会社であり、本件被相続人は、本件法人の設立時から死亡するまで、本件法人の代表取締役に就任していた。
(ニ) Eの税理士事務所
 Eは、平成元年に税理士登録をし、本件被相続人の死亡当時、本件建物内に自らの税理士事務所を設けて税理士業を営んでいた。
 以下、Eの上記税理士事務所を「E事務所」という。
ロ 本件被相続人の税理士業務に係る従業者等
(イ) 本件被相続人は、死亡当時、別表4の各従業者(以下「本件各従業者」という。)及びEとの間で雇用契約を締結し、本件各従業者及びEを本件被相続人の税理士業務(以下「本件税理士業務」という。)に使用していた。
(ロ) 本件法人は、本件被相続人の死亡当時、各従業員を雇用し、記帳代行業務(以下「本件法人業務」という。)を行わせていた。
 なお、本件各従業者の多くは、本件法人の従業員でもあった。
(ハ) 本件被相続人の死亡当時、本件税理士業務に係る就業規則又は退職金規程は存在しなかったが、本件法人には就業規則及び退職金規程(以下「本件法人退職金規程」という。)が存在し、本件法人退職金規程の各定めは、おおむね別紙5のとおりであった。
 なお、本件法人退職金規程の各定めによれば、支給される退職金は、原則として、退職者に係る退職時の基本給与の金額にその退職者の退職事由別(業務上の事由等又は自己都合等)に定められた勤続年数に対応する係数「支給基準率」を乗じる方法で算定される。
(ニ) 本件被相続人及び本件法人は、本件被相続人の死亡当時、それぞれの従業者等のうち、本件税理士業務及び本件法人業務の両方に従事していた者については、本件税理士業務又は本件法人業務に従事した事務量を基に、それぞれの基本給与の金額を算出していた。
ハ 本件被相続人の相続
 Eは、平成21年8月15日、本件相続に係る遺産分割協議により、本件被相続人所有土地建物、本件事務所の空調設備及び器具備品、売掛金、仮払金など本件税理士業務に係る事業用資産を取得するとともに、本件被相続人の借入金、本件被相続人所有土地建物に係る平成21年度の固定資産税及び都市計画税(以下「本件固定資産税等」という。)、本件被相続人の平成20年分及び平成21年分の事業の所得に係る各事業税など本件税理士業務に係る債務を引き受けた。
ニ 本件被相続人死亡後のEの税理士業
(イ) Eは、本件被相続人の死亡後、本件建物内のE事務所において、上記ハのとおり、本件相続により取得又は引き受けた事業用資産及び債務を用い、また、本件各従業者を使用して、税理士業務を行った。
(ロ) Eは、本件各従業者を使用するに当たり、本件各従業者との間で雇用に係る明示の合意をしておらず、また、その勤務条件についても本件被相続人の死亡の前後で変更しなかった。
(ハ) 本件税理士業務に係る関与先については、本件被相続人の死亡後、全てEがその関与税理士となった。
ホ 本件被相続人の死亡に伴う各種届出
(イ) Eは、平成21年4月14日、日本税理士会連合会に対し、本件被相続人の死亡を理由として、本件被相続人の「税理士登録まつ消届出書」を提出してその税理士登録を抹消させるとともに、E事務所の所在地を「a市d町○−○ G税理士事務所内」から「a市d町○−○」に変更した旨記載した「変更登録申請書」を提出した。
(ロ) Eは、平成21年5月12日、M社会保険事務所長(現M年金事務所長。以下同じ。)に対し、事業所名称を「N税理士事務所 G」から「N税理士事務所 E」に変更した旨記載した「健康保険・厚生年金保険適用事業所名称変更(訂正)届(管轄内)」に、「前事業主の債権債務をすべて新事業主が引き継ぎ致します。」と記載した「債権債務引き継ぎ書」と題する書面を添付して提出した。
(ハ) Eは、平成21年8月7日、原処分庁に対し、廃業(事由)欄に「死亡」、事業の引継先の住所・氏名欄に「a市d町○−○」及び「E」と記載した本件被相続人の「個人事業の開廃業等届出書」を提出した。
ヘ 本件各従業者に係る退職金の計上等
(イ) Eは、本件被相続人の死亡後、本件各従業者のうち、本件被相続人の死亡時点で、本件法人退職金規程の定めにより、退職金の支給に必要な勤続年数が満たないなどの理由で退職金を支給しない者を除き、21名分の退職金として別表4の「未払退職金計上額」欄の「合計」欄の金額15,346,100円を、本件税理士業務に係る平成21年分の総勘定元帳の「退職金」勘定(相手勘定は「未払費用」)に計上した。
 以下、上記のとおり計上された未払の退職金を「本件未払退職金」といい、本件未払退職金の対象となった上記の21名を「本件未払退職金対象者」という。
(ロ) Eは、本件各従業者に対し、本件被相続人の死亡を退職事由として発生、確定したとする退職金を支払っていない。
ト 本件固定資産税等の計上
(イ) a市長は、平成21年4月1日付で、本件被相続人宛に本件被相続人所有土地建物に係る平成21年度固定資産税・都市計画税納税通知書を送付し、当該納税通知書は、本件被相続人の死亡後、請求人らに到達した。
 上記納税通知書によれば、本件固定資産税等の年税額は合計○○○○円であった。
(ロ) Eは、本件被相続人の死亡後、上記(イ)の納税通知書に記載された本件固定資産税等の年税額の合計○○○○円を基に、平成21年1月1日から本件被相続人が死亡した日までの経過月数(12月分の○月)に応じてあん分した金額○○○○円を、本件税理士業務に係る平成21年分の総勘定元帳の「租税公課」勘定(相手勘定は「未払費用」)に計上した。
チ 本件被相続人に係る事業税の計上
 Eは、本件被相続人の死亡後、e県税事務所に照会するなどして、本件税理士業務に係る平成21年分の総勘定元帳の「租税公課」勘定(相手勘定は「未払費用」)に、まる1本件被相続人の平成20年分の事業の所得に係る事業税の金額として○○○○円を、まる2本件被相続人の平成21年分の事業の所得に係る事業税の課税見込額として○○○○円を、それぞれ計上した。
 以下、本件被相続人の平成20年分及び平成21年分の事業の所得に係る各事業税を、それぞれ「本件平成20年分事業税」及び「本件平成21年分事業税」という。
リ 本件被相続人に係る平成21年分の所得税の確定申告
 請求人らは、平成21年7月30日、上記ヘの(イ)、トの(ロ)及びチのとおり、本件未払退職金、本件固定資産税等、本件平成20年分事業税及び本件平成21年分事業税に係る各金額が計上された本件税理士業務に係る平成21年分の総勘定元帳に基づき、当該各金額を、事業所得の金額の計算上必要経費に算入するなどした平成21年分の所得税の確定申告書を、所得税法第125条第1項の規定に基づき原処分庁に提出した。
ヌ 事業税に係る納税通知書
 e県税事務所長は、平成21年8月15日付で、本件被相続人宛に、本件平成20年分事業税の金額を○○○○円とする「平成21年度個人事業税納税通知書」を送付し、また、同年10月15日付で、本件被相続人の相続人代表としてE宛に、本件平成21年分事業税の金額を○○○○円とする「納税通知書兼領収証書」を送付した。

(5) 争点

  1. 争点1 本件被相続人の死亡により、本件未払退職金の支払債務が発生、確定したか否か。
  2. 争点2 本件税理士業務について、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったといえるか否か。

トップに戻る

2 主張

(1) 争点1(本件被相続人の死亡により、本件未払退職金の支払債務が発生、確定したか否か。)

原処分庁 請求人
 次のとおり、本件被相続人の死亡により、本件未払退職金の支払債務が発生、確定していない。  次のとおり、本件被相続人の死亡により、本件未払退職金の支払債務が発生、確定した。
イ 一般に雇用契約上の労務の内容は使用者の一身に専属するとはいえないから、使用者の指図の内容、方法によって、雇用契約に重要な差異を生ずるような場合を除いては、雇用契約の使用者たる地位は相続の対象となり、使用者の死亡は雇用契約の終了原因とはならない。
 これを本件についてみると、まる1本件各従業者の就業に関する事項は、本件法人の就業規則の準用によって、労働基準法その他の法令の規定するところにより定まっていたこと、まる2本件税理士業務は、主に、確定申告書など税務書類の作成、監査、提出書類の受理等であり、本件各従業者の多くは本件法人の従業員でもあったこと、まる3本件各従業者は、本件被相続人の死亡後、E事務所で勤務し、本件被相続人の死亡の前後において、その勤務の内容等に変更はないこと、まる4本件税理士業務に係る債権債務は、全て本件被相続人から新事業主であるEに引き継がれたことからすれば、本件各従業者の雇用契約上の労務の内容は本件被相続人の一身に専属せず、使用者の指図の内容、方法によって、雇用契約に重要な差異が生じるとはいえない。
 したがって、本件被相続人の死亡によって、本件各従業者の雇用契約は終了しないから、本件未払退職金対象者が退職したとはいえない。
イ 使用者の営む事業が密接に、使用者個人の資格と結びついている場合には、その事業に関連した権利義務は使用者の一身に専属するものであって、当該事業に係る雇用契約の使用者たる地位も一身専属性を有するから、使用者の相続人が使用者の死亡後に従業員を引き続き勤務させていたとしても、使用者の死亡により雇用契約は終了する。
 税理士業は、その専門性ゆえに国家試験によって資格を得たもののみが行うことが許される事業であり、かつ、個々の税理士の経験、知識、法律的技能、依頼者との間の個々の信頼関係を基礎として成り立っており、使用者の営む事業が密接に、使用者個人の資格と結びついているといえる。
 したがって、本件各従業者の使用者たる地位は一身専属性を有し、本件各従業者との雇用契約は、本件被相続人の死亡によって終了するから、本件未払退職金対象者に退職の事実がある。
ロ 本件被相続人が退職金の額を算定する際に用いていた本件法人退職金規程には、使用者の死亡により退職した者に退職金を支給する旨の定めはないから、本件被相続人の死亡当時、本件税理士業務において、本件被相続人の死亡時に退職金を支給する旨の労使慣行は成立していなかった。 ロ 本件被相続人は、過去に退職した従業者に対し、本件法人退職金規程を用いて算定した退職金を支払っており、しかも、本件未払退職金対象者は、退職金の額を自ら計算することができたから、本件被相続人の死亡当時、本件税理士業務において、従業者の退職時に退職金を支給する旨の労使慣行は成立していた。

(2) 争点2(本件税理士業務について、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったといえるか否か。)

原処分庁 請求人
 次のとおり、本件税理士業務について、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったとはいえない。  次のとおり、本件税理士業務について、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったといえる。
イ 一般に事業の廃止とは、居住者が事業継続の意思を放棄し、事業の廃止に伴う業務を行うことをいうものと解される。
 これを事業主の死亡の場合についてみると、通常の場合、相続人は、相続により被相続人の事業経営者としての地位も承継するのであるから、被相続人の明白な意思により、又は、事業を継続し得ない相当の事情により、相続人が直ちに事業継続の意思を放棄し、相当の期間内に事業の廃止に伴う業務を行った場合には、その事業は被相続人の死亡により廃止されたものと解される。
イ 税理士、弁護士等のいわゆる士業と呼ばれる事業については、その専門性ゆえに国家試験によって資格を得たもののみが行うことが許される事業である。
 このように、税理士の業務は、個々の税理士の経験、知識、法律的技能、また、依頼者との間の個々の信頼関係を基礎として成り立っているものであり、一身専属性の高いものであるから、資格を持った本人の死亡により、税理士業務は相続されず、廃止となる。
ロ 本件においては、Eが、本件相続後に、まる1M社会保険事務所長に対し、本件被相続人の債権債務を全てEが引き継ぐ旨記載した「健康保険・厚生年金保険適用事業所名称変更(訂正)届(管轄内)」を提出したこと、まる2原処分庁に対し、Eを事業主として本件税理士業務を承継した旨記載した「個人事業の開廃業等届出書」を提出したことからすれば、Eが事業継続の意思を放棄したとはいえない。
 したがって、本件税理士業務について、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったといえない。
ロ 本件においても、本件税理士業務について、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったといえる。

トップに戻る

3 判断

(1) 争点1(本件被相続人の死亡により、本件未払退職金の支払債務が発生、確定したか否か。)

イ 法令解釈
 使用者の従業員に対する退職金の支払債務は、雇用契約の終了、すなわち退職の事実が生じたことにより当然に発生するというものではなく、就業規則、退職金規程等で退職金を支給すること及びその支給基準があらかじめ定められているか、少なくとも明確な条件に従って退職金が反復、継続的に支払われることによって労使慣行が成立したといえる場合に発生するものと解される。
ロ 認定事実
 請求人ら提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件被相続人の死亡前の退職金の支払状況等
 請求人らが当審判所に提出した「退職金支給計算書」、「退職金計算書」、「K社社員名簿」、「G事務所使用人登録者名簿」と題する各書類及び平成25年5月13日付回答書並びに本件税理士業務及び本件法人の各総勘定元帳によれば、本件税理士業務の従業者の退職及び退職金の支払に関し、次の事実が認められる。
A 本件税理士業務の従業者の退職
 本件被相続人の死亡前において、別表5の本件税理士業務の各従業者が、別表5の「退職日」欄の日付で本件事務所を退職した。
 別表5のPを除く6名の各従業者は、上記退職日当時、本件法人の従業員等でもあったが、本件事務所の退職に併せて本件法人を退職した。
B 本件税理士業務の従業者に対する退職金の支払
(A) Q及びRについて
 本件被相続人は、Q及びR(以下「Qら」という。)の各退職に際し、Qらに対し、Qらに係る本件事務所での退職時の各基本給与の金額及び各勤続年数に対応する本件法人退職金規程第3条に定める退職事由(自己都合等)に基づく「支給基準率」(以下「自己都合退職基準率」という。)を用いて算定した金額を、本件事務所勤務に係る退職金として支払った。
 本件法人も、Qらの退職に際し、Qらに対し、上記と同様に算定した金額を、本件法人の退職金として支払った。
(B) Sについて
 本件被相続人は、Sの退職に際し、同人に対し、同人に係る本件事務所での退職時の基本給与の金額及び勤続年数に対応する本件法人退職金規程第2条に定める退職事由(業務上の事由等)に基づく「支給基準率」(以下「業務上退職基準率」という。)を用いて算定した金額に、功労金を加算するなどした金額を、本件事務所勤務に係る退職金として支払った。
 本件法人も、Sの退職に際し、同人に対し、上記と同様に算定した金額に、功労金を加算するなどした金額を、本件法人の退職金として支払った。
(C) T、U及びVについて
 T、U及びV(以下、これらの者を併せて「Tら」という。)は、本件法人からの退職により、本件法人が共済契約者である中小企業退職金共済制度に基づく給付金又は本件法人が事業者である日本税理士厚生年金基金規約に基づく給付金をそれぞれ受けたところ、Tら各人の当該各給付の合計金額は、本件法人退職金規程に基づき算定した本件法人勤務に係る金額及び本件事務所勤務に係る金額の合計額をいずれも上回った。
 以下、上記の中小企業退職金共済制度又は日本税理士厚生年金基金規約に係る各給付金を「本件退職共済給付金等」という。
 本件被相続人又は本件法人は、Tらの各退職に際し、Tらに対し、いずれも本件退職共済給付金等とは別に退職金を支払わなかった。
 なお、別紙5のとおり、本件法人退職金規程には、第10条及び第11条において、本件法人が従業員に支給する退職金を算定する際、本件法人退職金規程に基づき算定した金額から本件退職共済給付金等を控除等する旨の定めがあるが、本件事務所勤務に係る退職金の金額から本件法人が契約者等である本件退職共済給付金等を控除等する旨の定めはない。
(D) Pについて
 Pの平成20年分の所得税の確定申告書及び給与所得の源泉徴収票によれば、Pは、平成20年10月25日、本件事務所を退職し、同月26日、本件被相続人が代表者であったX組合に転籍したが、本件被相続人は、Pの退職に際し、同人に対し、本件事務所勤務に係る退職金を支払わなかった。
 なお、別紙5のとおり、本件法人退職金規程には、X組合に転籍した場合、使用者は退職金を支払わない旨の定めはない。
(ロ) 本件未払退職金対象者と本件法人との関係
 請求人らが当審判所に対して提出した本件法人に係る「年間集計表」及び「K社組織図」と題する各書類によれば、本件未払退職金対象者は、本件被相続人の死亡当時、いずれの者も本件法人の取締役又は従業員でもあり、その後も引き続き本件法人との委任又は雇用関係は継続されたことが認められる。
(ハ) 本件未払退職金の算定
 本件法人退職金規程及び「退職給与引当金算定書」と題する書類によれば、本件未払退職金は、本件未払退職金対象者ごとに、本件被相続人の死亡当時の本件事務所での基本給与の金額に勤続年数に対応する業務上退職基準率を乗じる方法で算定されたことが認められる。
(ニ) E事務所における退職金の支払状況等
 Y及びZ(以下「Yら」という。)に係る「退職金支給計算書」と題する各書類、fに係る給与支払報告書、E事務所の総勘定元帳等によれば、本件被相続人死亡後の従業者の退職及び退職金の支払について、次の事実が認められる。
A E事務所の従業者の退職
 本件被相続人の死亡後、本件未払退職金対象者のうち別表6の3名が、別表6の「退職日」欄の日付でE事務所を退職した。
 なお、別表6の3名は、上記(ロ)のとおり、本件被相続人の死亡当時、本件法人の従業員でもあったところ、Yは、E事務所からの退職に併せて本件法人を退職し、Zは、E事務所を退職する前の平成22年7月25日に本件法人を退職し、fは、E事務所の退職後も本件法人に継続して勤務した。
B E事務所の従業者に対する退職金の支払
(A) Yらについて
 Eは、YらのE事務所からの各退職に際し、Yらに対し、E事務所での勤続年数と本件事務所での勤続年数を通算した年数を退職金算定上の勤続年数とした上、E事務所での退職時の基本給与の金額及び自己都合退職基準率を用いて退職金の金額を算定し、当該金額を支払った。
(B) fについて
 Eは、fのE事務所からの退職に際し、同人に対し、E事務所勤務及び本件事務所勤務に係る各退職金をいずれも支払わなかった。
ハ 判断
(イ) 争点について
 上記イのとおり、使用者の従業員に対する退職金の支払債務は、雇用契約の終了、すなわち退職の事実が生じたことにより当然に発生するというものではなく、本件においては、上記1の(4)のロの(ハ)のとおり、本件税理士業務に係る就業規則又は退職金規程は存在しないから、以下、明確な条件に従って退職金が反復、継続的に支払われることによって労使慣行が成立したといえる場合か否かについて検討する。
A 本件被相続人の死亡前の退職金の支給等の状況
 上記ロの(イ)のAのとおり、本件被相続人の死亡前に本件事務所を退職した別表5の7名の従業者について、本件被相続人は、まる1上記ロの(イ)のBの(A)及び(B)のとおり、Qら及びSに対して、本件法人退職金規程の定める方法により算定した金額を本件事務所勤務に係る退職金として支払ったが、まる2上記ロの(イ)のBの(C)のとおり、Tらに対して、本件法人に係る本件退職共済給付金等の合計額が本件法人退職金規程に定める方法により算定した本件法人勤務に係る金額及び本件事務所勤務に係る金額の合計額を上回っていたとして本件事務所勤務に係る退職金を支払わず、また、まる3上記ロの(イ)のBの(D)のとおり、Pに対して、同人が本件事務所を退職し、本件被相続人が代表者であったX組合へ転籍した際、本件事務所勤務に係る退職金を支払わなかったことが認められるところ、上記ロの(イ)のBの(C)及び(D)のとおり、本件法人退職金規程には、本件事務所勤務に係る退職金の金額から本件退職共済給付金等を控除等し、また、従業者が他に転籍した場合に退職金を支給しない旨定められていないことからすると、本件被相続人は、本件事務所を退職した7名中4名(Tら及びP)に対して、本件法人退職金規程と異なる取扱いをしていたことが認められる。
 なお、請求人らは、当審判所に対し、Pに対して退職金を支払わなかった理由について、本件事務所での勤務期間が短かったためである旨記載した平成25年5月13日付の回答書を提出するが、請求人らが当審判所に提出した「G事務所使用人登録者名簿」と題する書類によれば、Pの採用年月日は平成17年4月1日であり、同人が本件事務所を退職した平成20年10月25日の時点で、同人は本件法人退職金規程の定める支給に必要な勤続年数を満たしていると認められるから、上記回答内容は合理的でなく、採用することができない。
 したがって、上記平成25年5月13日付の回答書の内容は、本件被相続人が本件法人退職金規程と異なる取扱いをしていた旨の認定を覆すものではない。
 以上からすれば、本件被相続人は、本件事務所の退職者に対し、本件法人退職金規程の定める条件に従って退職金を反復、継続して支払っていたとはいえない。
B 本件被相続人の死亡後の退職金の支給等の状況
 まる1上記1の(4)のハ及びヘの(ロ)のとおり、Eは、本件税理士業務に係る債務を引き受けているが、本件各従業者に対し、本件被相続人の死亡を退職事由として発生、確定したとする退職金を支払わなかったこと、まる2上記ロの(ニ)のBの(A)のとおり、Eは、本件未払退職金対象者のうちE事務所を退職したYらに対する退職金について、本件事務所勤務に係る未払退職金を上記ロの(ハ)のとおり算定しているにもかかわらず、E事務所での勤続年数と本件事務所での勤続年数を通算した年数を退職金算定上の勤続年数とした上、E事務所における退職時の基本給与の金額及び退職事由(本件事務所勤務に係る未払退職金の算定に当たっては業務上退職基準率が使用されているが、実際に支払われた退職金の算定に当たっては自己都合退職基準率が使用されている。)に基づき、各退職金の金額を算定していること、まる3上記ロの(ニ)のA及びBの(B)のとおり、Eは、本件未払退職金対象者のうちE事務所を退職したfに対して、E事務所勤務及び本件事務所勤務に係る各退職金をいずれも支払っていないことからすると、Eは、本件法人退職金規程の定める条件に従ってE事務所勤務に係る退職金を支払っていないこと、また、本件事務所及びE事務所において、退職金の支払について、明確に定めた基準はなかったことが認められる。
 したがって、Yらに対する退職金は、Eが、YらのE事務所からの退職時の雇用関係や退職事由などに基づき個別的に算定し、E事務所勤務に係る退職金として支払ったものと認められる。
C まとめ
 以上のとおり、本件被相続人は、本件事務所の退職者に対し、本件法人退職金規程の定める条件に従って退職金を反復、継続して支払っていたとはいえず、本件被相続人の死亡当時、本件事務所において、本件未払退職金の発生を根拠付けるような労使慣行が成立していたとはいえない。
 したがって、本件未払退職金対象者に退職の事実があるか否か(上記2の(1)の「原処分庁」欄のイ及び「請求人ら」欄のイ)にかかわらず、退職金支払債務の発生の根拠を欠くため、本件被相続人の死亡により、本件未払退職金の支払債務が発生、確定していたということはできない。
(ロ) 請求人らの主張について
 請求人らは、上記2の(1)の「請求人ら」欄のイのとおり、本件未払退職金対象者に係る退職の事実をもって、退職金の支払債務の発生、確定を主張し、また、上記2の(1)の「請求人ら」欄のロのとおり、本件被相続人は、退職した従業者に対し、本件法人退職金規程を用いて算定した退職金を支払っており、しかも、本件未払退職金対象者は、退職金の額を自ら計算することができたから、本件被相続人の死亡当時、本件税理士業務において、従業者の退職時に退職金を支給する旨の労使慣行は成立していた旨主張する。
 しかしながら、退職金の支払債務については上記イのとおり解するべきであり、上記(イ)のCのとおり、本件被相続人は、本件事務所の退職者に対し、本件法人退職金規程の定める条件に従って退職金を反復、継続して支払っていたとはいえないから、従業者が退職金の額を自ら計算することができたか否かにかかわらず、本件被相続人の死亡当時、本件事務所において、本件未払退職金の発生を根拠付けるような労使慣行が成立していたとはいえない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張には理由がない。

(2) 争点2(本件税理士業務について、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったといえるか否か。)

イ 法令解釈
(イ) 税理士が行う業務は、税理士と関与先との間の契約に基づいて行われるところ、この契約は、個々の税理士の専門知識、経験、技能等及びこれらに対する関与先との信頼関係を基礎とするものであり、当該専門知識、経験、技能等とこれらに対する関与先との信頼関係はいずれも事業主である税理士の個人的な信頼関係に基づく委任契約と解すべきである。
 そして、委任契約は受任者の死亡によって終了する(民法第653条《委任の終了事由》第1号)ことから、税理士が関与先との間で締結した上記委任契約も税理士の死亡により終了すると解すべきである。
(ロ) 所得税法第63条の規定は、事業を廃止して事業所得が生じなくなると、事業廃止後に生ずる当該事業に係る費用又は損失を事業所得の金額の計算上控除する機会がなくなることを考慮して、上記費用又は損失につき、事業所得に係る総収入金額があった最後の年分あるいはその前年分の所得の金額の計算上必要経費に算入できるとしたものであるところ、同条に規定する事業を「廃止」した場合に当たるか否かは、社会通念に照らして客観的に判断すべきである。
ロ 判断
(イ) 争点について
 上記イの(イ)のとおり、本件税理士業務の基となる関与先との間の委任契約は、本件被相続人の専門知識、経験、技能等及びこれらに対する関与先との個人的な信頼関係を基礎とするものであるから、本件被相続人の死亡により、Eに承継されることなく終了しており、また、Eは、同人の税理士業務について、本件被相続人の関与先との委任契約を新たに締結したことが認められる。
 さらに、上記1の(4)のホの(イ)のとおり、本件被相続人の死亡により、その税理士登録が抹消され、Eの税理士名簿に登録された事務所の所在地が「G事務所内」を表記しないものに変更されたことが認められる。
 そうすると、上記1の(4)のニのとおり、Eが本件被相続人の死亡後に本件被相続人と同様に本件建物内において事業用資産及び債務並びに本件各従業者を用いて税理士業務を行っていたとしても、Eの税理士業務は、本件税理士業務とは別個の業務であると認められ、Eが本件被相続人の事業を承継し、本件被相続人と同一内容の事業を行っていたとは認められない。
 このような本件被相続人の死亡後の法律関係及び事実関係を社会通念に照らして判断すれば、本件税理士業務については、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったと認めるのが相当である。
(ロ) 原処分庁の主張について
 原処分庁は、上記2の(2)の「原処分庁」欄のとおり、事業主の死亡により事業経営者としての地位を承継した相続人が事業を廃止する場合には、相続人が直ちに事業継続の意思を放棄し、相当の期間内に事業の廃止に伴う業務を行う必要があるところ、本件においては、Eが、M社会保険事務所長に提出した「健康保険・厚生年金保険適用事業所名称変更(訂正)届(管轄内)」に本件被相続人の債権債務を全てEが引き継ぐ旨記載され、原処分庁に提出した「個人事業の開廃業等届出書」にEを事業主として本件税理士業務を承継した旨記載されていることからすると、Eが事業継続の意思を放棄したということはできず、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったとはいえない旨主張する。
 しかしながら、上記(イ)のとおり、本件税理士業務の基となる関与先との間の委任契約は、本件被相続人の専門知識、経験、技能等及びこれらに対する関与先との個人的な信頼関係を基礎とするものであるから、本件被相続人の死亡により、Eに承継されることなく終了するので、相続人が事業承継の意思を放棄したか否か以前の問題として、Eが相続により本件被相続人の事業経営者としての地位を承継したとはいえないのであり、このことは「健康保険・厚生年金保険適用事業所名称変更(訂正)届(管轄内)」及び「個人事業の開廃業等届出書」の記載内容に左右されるものでもない。
 また、本件において、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったと認められることは、上記(イ)のとおりである。
 したがって、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。

(3) 本件更正処分

イ 事業所得の金額
(イ) 本件未払退職金
 上記(1)のハの(イ)のCのとおり、本件被相続人の死亡により、本件未払退職金の支払債務が発生、確定していたということはできないから、本件未払退職金を平成21年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。
(ロ) 本件固定資産税等、本件平成20年分事業税及び本件平成21年分事業税
 上記1の(4)のトの(イ)及びヌのとおり、本件固定資産税等、本件平成20年分事業税及び本件平成21年分事業税は、本件被相続人の死亡当時、いずれも納付すべきことが具体的に確定していないが、上記(2)のロの(イ)のとおり、本件税理士業務について、本件被相続人の死亡により、所得税法第63条に規定する事業の「廃止」があったといえるから、当審判所が、平成21年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができる本件固定資産税等、本件平成20年分事業税及び本件平成21年分事業税の各金額を算定すると、次のとおりとなる。
A 本件固定資産税等
 上記1の(4)のトの(イ)のとおり、事業所得の金額の計算上必要経費に算入される本件固定資産税等の金額は、○○○○円となる。
B 本件平成20年分事業税
 上記1の(4)のヌのとおり、事業所得の金額の計算上必要経費に算入される本件平成20年分事業税の金額は、○○○○円となる。
C 本件平成21年分事業税
 上記1の(4)のチのとおり、請求人らは、本件平成21年分事業税の課税見込額を事業所得の金額の計算上必要経費に算入しているところ、当該課税見込額は、所得税基本通達(昭和45年7月1日付直審(所)30の国税庁長官通達)37−7《事業を廃止した年分の所得につき課税される事業税の見込控除》の定める算式により合理的に計算できるから、当審判所が、上記(イ)、上記A及びBを基に、事業所得の金額の計算上必要経費に算入できる本件平成21年分事業税の課税見込額を当該基本通達に定める算式により算定すると、○○○○円となる。
(ハ) 事業所得の金額
 上記(イ)及び(ロ)を前提として、本件被相続人の事業所得の金額を算定すると、別表7の「審判所認定額」欄の「事業所得の金額」欄のとおり、○○○○円となる。
ロ その他の所得の金額
 不動産所得の金額、配当所得の金額、給与所得の金額及び雑所得の金額が別表1の「更正処分等」欄の各金額のとおりとなることについては、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所においても相当と認められる。
 したがって、上記各所得の金額は、別表1の「更正処分等」欄の各金額のとおりとなる。
ハ 総所得金額
 総所得金額は、上記イの(ハ)の事業所得の金額及び上記ロのその他の各所得の金額を合計した金額○○○○円となり、この金額は、本件更正処分のそれを下回るから、本件更正処分は、その一部を別紙2から別紙4までの「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

(4) 本件賦課決定処分

 本件更正処分は、上記(3)のハのとおり、その一部を取り消すべきであり、また、上記(3)のハにおいて取り消された後の税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があると認められるものがある場合には当たらないので、同条第1項及び第2項の各規定に基づいて過少申告加算税の額を計算すると別表8の「審判所認定額」欄の「過少申告加算税の額」欄の金額○○○○円となり、この金額は本件賦課決定処分の額を下回るから、本件賦課決定処分は、その一部を別紙2から別紙4までの「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る

トップに戻る