(平成25年9月24日裁決)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の相続税の申告について、請求人が相続により取得した財産の価額から控除した連帯保証債務の金額は、相続税法第14条《控除すべき債務》第1項に規定する「確実と認められるもの」には当たらず債務控除をすることはできないことなどを理由として、原処分庁が相続税の更正処分等をしたことに対し、請求人が、まる1当該連帯保証債務について、求償権の行使が不可能であり、「確実と認められるもの」に当たり債務控除できる、まる2相続財産として申告した貸付金債権は、その回収が不可能であり、零円と評価すべきであるなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 相続税の申告
 請求人は、平成21年7月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したK(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、別表1の「申告」欄のとおり記載した相続税の申告書を、法定申告期限までに提出した。
ロ 原処分
 原処分庁は、これに対し、平成24年4月9日付で、別表1の「更正処分等」欄記載のとおりの本件相続に係る相続税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)をした(本件更正処分等に係る相続税の更正通知書及び加算税の賦課決定通知書を、以下「本件更正通知書等」という。)。
ハ 異議申立て及び審査請求
 請求人は、本件更正処分等に不服があるとして、平成24年6月8日に、異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年9月7日付で、別表1の「異議決定」欄のとおり、いずれも棄却の異議決定をしたことから、請求人は、同年10月7日に、審査請求をした。

(3) 関係法令等

 別紙2記載のとおりである。

(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の間に争いがなく、当審判所の調査の結果によって認められる事実、又は、各事実末尾記載の証拠により認定できる事実である。
イ 本件相続の状況
 本件被相続人には配偶者がおらず、子であるLが唯一の相続人であったところ、同人は平成22年1月○日にM家庭裁判所f支部において相続放棄の申述をしたため、本件相続の法定相続人は、本件被相続人の妹である請求人のみとなり、請求人は本件被相続人の財産を全て相続した。
ロ 本件被相続人が代表者等であった法人の概要等
(イ) N社
A 概要
 N社は、旅館業を目的に、昭和41年7月○日に設立された会社である。
 本件被相続人は、平成18年10月○日に、有限責任社員から無限責任社員に責任変更し、代表社員に就任した。
 N社の事業年度は、毎年7月1日から翌年6月30日まで(平成16年7月1日から平成23年6月30日までの各事業年度を、以下、別表2−1の「事業年度」欄記載のとおり略称する。)である。
B P銀行からの借入金
 N社は、別表3−1の「借入日」欄記載の各日に、P銀行から、同表の「借入金額」欄記載の各金額を借り入れ(以下、各借入れをそれぞれ「3,600万円口」、「3,500万円口」、「25,000万円口」及び「2,500万円口」という。)、本件被相続人は、P銀行との間で、同表の「保証日」欄記載の各日に、当該各借入れについて連帯保証する旨の合意をした(以下、当該合意に係る連帯保証債務を「連帯保証債務1」という。)。
 上記各借入れの本件相続開始日における残高は、別表3−1の「残高」欄に記載のとおりである(残高証明書)。
(ロ) Q社
A 概要
 Q社(以下、N社と併せて「本件各会社」という。)は、不動産賃貸(貸店舗)を目的に、昭和52年9月○日に設立された会社である。
 本件被相続人は、平成18年10月○日に、有限責任社員から無限責任社員に責任変更し、代表社員に就任した。
 Q社の事業年度は、毎年10月1日から翌年9月30日まで(平成15年10月1日から平成22年9月30日までの各事業年度を、以下、別表2−2の「事業年度」欄記載のとおり略称する。)である。
B P銀行からの借入金
 Q社は、別表3−2の「借入日」欄記載の各日に、P銀行から、同表の「借入金額」欄記載の各金額を借り入れ(以下、各借入れをそれぞれ「3,000万円口」及び「4,500万円口」という。)、本件被相続人は、P銀行との間で、同表の「保証日」欄記載の各日に、当該各借入れについて連帯保証する旨の合意をした(以下、当該合意に係る連帯保証債務を「連帯保証債務2」という。)。
 上記各借入れの本件相続開始日における残高は、別表3−2の「残高」欄に記載のとおりである(残高証明書)。
C R銀行からの借入金
 Q社は、別表3−3の「借入日」欄記載の各日に、R銀行から、同表の「借入金額」欄記載の各金額を借り入れ、本件被相続人は、R銀行との間で、同表の「保証日」欄記載の各日に、当該各借入れについて連帯保証する旨の合意をした(以下、当該合意に係る連帯保証債務を「連帯保証債務3」といい、連帯保証債務1及び連帯保証債務2と併せて「本件各連帯保証債務」という。)。
 上記各借入れの本件相続開始日における残高は、別表3−3の「残高」欄に記載のとおりである。
D 代表者借入金
 本件被相続人は、本件相続開始日に、Q社に対する貸付金(以下「貸付金1」という。)46,912,157円を有していた(元帳)。
(ハ) 無限責任社員の責任
 上記(イ)のA及び(ロ)のAのとおり、本件被相続人は、平成18年10月○日に、本件各会社の無限責任社員となり、本件相続開始日においても同様の地位にあった(本件被相続人が会社法第580条《社員の責任》第1項に基づきこれらの無限責任社員として会社債務について会社債権者に対して負うとされる責任を、以下「本件社員責任」という。)。
(ニ) T社
A 概要
 T社は、不動産仲介を目的として、昭和59年11月○日に設立された会社である。
 本件被相続人は、設立当初から取締役に就任していた。
 T社の事業年度は、毎年9月1日から翌年8月31日まで(平成16年9月1日から平成21年8月31日までの各事業年度を、以下、別表2−3の「事業年度」欄記載のとおり略称する。)である。
B 代表者借入金
 本件被相続人は、本件相続開始日に、T社に対する貸付金(以下「貸付金2」といい、貸付金1と併せて「本件各貸付金」という。)5,292,500円を有していた(元帳)。

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2 争点

(1) 争点1−1 本件更正処分等に、行政手続法第14条《不利益処分の理由の提示》第1項及び第3項は適用されるか否か。

(2) 争点1−2 本件更正通知書等に更正の理由が具体的に付記されていないことは、行政手続法第14条第1項及び第3項に違反するか否か。

(3) 争点2 本件各連帯保証債務は、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に当たるか否か。

(4) 争点3−1 本件社員責任は、本件相続開始日において発生していたか否か(相続税法第13条《債務控除》第1項第1号に規定する「相続開始の際現に存するもの」に当たるか否か。)。

(5) 争点3−2 本件社員責任は、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に当たるか否か。

(6) 争点4 本件各貸付金は、財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)205《貸付金債権等の元本価額の範囲》で定める「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に当たるか否か。

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3 主張

 別紙3記載のとおりである。

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4 判断

(1) 争点1−1(本件更正処分等に、行政手続法第14条第1項及び第3項は適用されるか否か。)について

イ 国税通則法(平成23年法律第114号による改正前のものをいい、以下「通則法」という。)第74条の2《行政手続法の適用除外》第1項は、国税に関する法律に基づき行われる処分その他公権力の行使に当たる行為については、行政手続法第2章、第3章の規定は適用しない旨規定している。
 したがって、本件更正処分等には、行政手続法第14条第1項及び第3項は適用されない。
ロ 請求人は、税務署長の更正処分において、行政手続法第3条《適用除外》第1項第6号は、憲法第31条及び同法第32条の規定に反し無効であり、また、通則法第28条《更正又は決定の手続》第2項及び同法第74条の2第1項は、憲法第31条及び同法第32条の規定に反し無効である旨主張する。
 しかしながら、当審判所は、原処分庁の行った処分が国税に関する法律に照らして違法又は不当なものであるか否かを判断する機関であって、行政手続法及び通則法の諸規定が憲法に違反しているか否かの判断については、当審判所の権限に属さないことであり、審理の限りではない。
 したがって、請求人の主張は採用できない。

(2) 争点1−2(本件更正通知書等に更正の理由が具体的に付記されていないことは、行政手続法第14条第1項及び第3項に違反するか否か。)について

 請求人は、本件更正通知書等には、一部簡潔な説明があるのみで具体的な説明がないから、本件更正処分等は行政手続法第14条第1項及び第3項に違反し、違法である旨主張する。
 しかしながら、本件更正処分等には、行政手続法第14条第1項及び第3項が適用されないことは上記(1)のイのとおりであり、加えて、具体的な説明がないという点については、相続税の更正通知書の理由付記について、通則法第28条第2項は、更正の理由を更正通知書の記載事項として掲げておらず、また、相続税の更正通知書に理由を付記すべき旨を定めた法令の規定もないことから、請求人の主張には理由がない。
 なお、本件更正通知書等のうち相続税の更正通知書の「この通知に係る処分の理由」欄には、「あなたが控除した債務は、相続税法第14条第1項に規定する控除すべき確実な債務に当たりません。また、不動産、死亡退職手当金の申告漏れ及び不動産、出資金の評価誤りが認められます。」と記載され、債務控除できない理由、申告漏れとなっている財産、評価誤りとなっている財産が記載されていることから、本件更正処分においては、具体的な説明がされているといえる。

(3) 争点2(本件各連帯保証債務は、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に当たるか否か。)について

イ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) N社
A 資産・負債の状況
(A) N社は、別表4の「被保険者」欄から「保険金額」欄までの記載のとおり、U生命保険株式会社との間で、生命保険契約を3口締結していた。
 N社は、被保険者であった本件被相続人の死亡により、別表4の「保険事故発生日」欄記載のとおり、平成21年7月○日に、上記保険会社に対する各保険金支払請求権(以下「本件保険金支払請求権」という。)が発生し、別表4の「支払日」欄記載のとおり、同年10月23日に、上記保険会社から別表4の「支払保険金額」欄記載の各保険金合計3XX,XXX,XXX円(以下「本件保険金」という。)の支払を受けた。
(B) 上記(A)のとおり、本件相続開始日において本件保険金支払請求権が発生していたことから、N社の本件相続開始日の資産・負債の状況は、別表5−1のとおりであり、純資産額は、1XX,XXX,XXX円であった。
B P銀行からの借入金の状況等
(A) 変更契約の状況
 N社のP銀行からの借入金に係る変更契約の状況は、別表6−1のとおりであり、いずれについても、平成15年12月29日の変更契約において、弁済期限が10年以上延長され、毎月の返済金額も相当額減額された。
(B) 返済の状況
 N社の本件相続開始日の直近1年間における、P銀行からの借入金に係る返済の状況は、25,000万円口について、平成20年8月25日から平成21年2月13日までと同年3月25日から同年11月17日までの期間に返済が滞ったことがあった。
(C) 所有不動産に係る抵当権の設定状況
 別表7−1記載のとおり、N社が所有するほとんどの不動産には、本件相続開始日において、P銀行の抵当権が設定されていた。
(D) P銀行の対応
a P銀行は、返済が滞っても、N社に対し、督促書を送付したことはなく、連帯保証債務の履行を求めたことを認めるに足りる証拠もない。
b P銀行とN社との間で、平成21年6月中旬、本件被相続人が退院したら旅館の処分や弁済条件の変更について話し合う約束ができていた。
(E) 連帯保証債務1の残高
 平成24年10月31日現在の連帯保証債務1の残高は、178,893,445円である。
C 債務免除
 N社は、本件被相続人及び請求人の父であり平成18年10月○日に死亡したV(以下「亡父」という。)から、平成17年6月期に4,500万円、平成18年6月期に2,000万円の債務免除を受けた。
D 死亡退職金
 N社は、本件被相続人の死亡を起因とする退職金の支給について、平成22年4月30日に、同年5月31日までに4X,XXX,XXX円支給する旨決定した。
E 売上げ等の状況
(A) N社の売上金額は、別表2−1の「売上金額」欄記載のとおりであり、平成21年6月期は、平成17年6月期の半分程度まで減少したが、平成23年6月期には、前期に比し118%の増加に転じている。
(B) N社の経常損益は、別表2−1の「経常損益」欄記載のとおりであり、毎期経常損失を計上している。
(ロ) Q社
A 資産・負債の状況
 Q社の本件相続開始日の資産・負債の状況は、別表5−2のとおりであり、純資産額は2,XXX,XXX円であった。
B P銀行及びR銀行からの借入金の状況等
(A) P銀行からの借入金に係る変更契約の状況
 Q社のP銀行からの借入金に係る変更契約の状況は、別表6−2のとおりであり、3,000万円口については、平成15年12月29日の変更契約において、弁済期限が10年以上延長され、毎月の返済金額も相当額減額された。
(B) P銀行及びR銀行からの借入金に係る返済の状況
 Q社の本件相続開始日の直近1年間における、P銀行からの借入金については、弁済条件に従った返済が行われていた。
 また、R銀行からの借入金についても、当初の弁済条件に従った返済が行われていた。
(C) 所有不動産に係る抵当権の設定状況
 別表7−2記載のとおり、Q社が所有するほとんどの不動産には、本件相続開始日において、P銀行の抵当権が設定されていた。
(D) P銀行の対応
 P銀行は、Q社には賃貸収入が安定的にあり、弁済条件に従った返済が行われていたことから、連帯保証人に対して連帯保証債務の履行を求めたことや、期限の利益喪失通知書を送付したことはなく、また、経営に問題はないと判断していたので、経営改善計画についての話合いをしたことはなかった。
(E) 連帯保証債務2の残高
 平成24年10月31日現在の連帯保証債務2の残高は11,657,606円である。
 なお、同日現在の連帯保証債務1との残高の合計額は190,551,051円である。
C 売上げ等の状況
(A) Q社の売上金額は、別表2−2の「売上金額」欄記載のとおりであり、毎期1,000万円を超えている。
(B) Q社の経常損益は、別表2−2の「経常損益」欄記載のとおりであり、平成21年9月期を除き経常利益を計上している。
ロ 法令解釈
 相続税法第14条第1項は、相続税の課税価格の計算上、「控除すべき債務は、確実と認められるものに限る。」と規定しているところ、連帯保証債務は、原則として同項に規定する「確実と認められるもの」には該当しないが、相続開始の時点を基準として、主たる債務者がその債務を弁済することができないため保証人がその債務を履行しなければならない場合で、主たる債務者に求償しても補填を受ける見込みがないことが客観的に認められる場合には、同項に規定する「確実と認められるもの」に当たると解される。
 この点、請求人は、保証債務履行後の求償権の行使が不可能という条件に該当する事実が潜在する場合にも、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に当たる旨主張するが、保証債務は、主たる債務者がその債務を履行しない場合に備えてなされる契約(保証契約)によって生じるものであることから、保証契約が成立すれば、保証人において保証債務を履行する可能性は常に潜在するのである。請求人の主張は保証債務一般の性質を述べるものであって、相続税法第14条第1項の正当な解釈とはいえない。
ハ 当てはめ
(イ) 連帯保証債務1について
A N社は、上記イの(イ)のAのとおり、本件相続開始日には、債務超過の状況にはなく、上記イの(イ)のBの(D)のaのとおり、P銀行が連帯保証人に対して連帯保証債務の履行を求めたことを認めるに足りる証拠もない。
 そうすると、N社は、本件相続開始日において、債務を弁済することができないため保証人がその債務を弁済しなければならない場合であったとは認められない。
 したがって、連帯保証債務1は、「確実と認められるもの」には当たらない。
B 請求人の主張について
(A) 請求人は、N社の資産・負債の状況について、本件保険金の一部は、法人税等の納付に充てられたことなどを理由に、N社が本件保険金支払請求権を有していたことは、同社の資産の増加に寄与する材料とはいえず、本件被相続人が負担する同社に係る連帯保証債務は相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に当たるとの判断を左右するものではなく、また、同社が亡父らから受けた債務免除を考慮すると、同社の債務超過は相当な金額になることを理由として、本件被相続人が負担する連帯保証債務1は、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に当たる旨主張する。
 しかしながら、相続税は財産の無償取得によって生じた経済的価値の増加に対して課される租税であり、取得財産と被相続人の控除債務の現に有する経済的価値を客観的に評価した金額を基礎として課税価格を算出し、控除すべき債務については、その性質上客観的な交換価値というものが把握されないため、その現況により控除すべき金額を評価する旨定められている(相続税法第13条第1項、同法第22条《評価の原則》)ことからすれば、同法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に当たるか否かは、上記ロでも述べたとおり、主たる債務者の相続開始の時点を基準としてその現況により判断すべきであり、本件相続開始日後に、本件保険金の一部が法人税等の納付に充てられたなど、相続開始後の主たる債務者の財産の処分行為によって、相続開始時における主たる債務者の資産・負債の状況に異同を来たすべきものではない。
 そして、請求人の主張するN社が亡父から債務免除を受けた事実は本件相続開始日前に生じたものであり、当該事実を経て本件相続開始日のN社の資産・負債が形成されるに至っているのであるから、このような事実の存否が、相続開始時における債務の確実性を判定する際の根拠となるものではない。
 したがって、請求人の主張には理由がない。
(B) また、請求人は、N社の資産・負債の状況について、同社所有の不動産は、オーバーローンのものか、担保権が設定されているため、同社が所有する不動産を譲渡するに当たっては、同社が所有する不動産全てを一体として処分しなければならないから、同社が所有する不動産はほとんど資産価値がないことを理由として、本件相続開始日の同社の財産状況が相当に悪化していた旨主張する。
 この点に関する請求人の主張は必ずしも判然としないものではあるが、抵当権が設定された不動産であっても、当該抵当権が実行されるまでは所有者において不動産を使用収益することができ、また、そもそも担保権が実行されるか否かは不確実であるため、これをもって資産価値がないとまではいえないから、請求人の主張には理由がない。
(C) 請求人は、N社の収入・支出の状況について、平成21年6月期は、平成17年6月期と比較して売上が半減し、経常損失も計上していたことを理由として、同社が本件相続開始日において弁済不能の状態にあった旨主張する。
 しかしながら、同社は、平成23年6月期には売上げが回復に転じていることからすれば、本件相続開始日には、売上げの減少・経常損失が恒常化し、返済資金を調達できる見通しが皆無であったとはいえない。
 したがって、収入・支出の状況から、本件相続開始日においてN社が弁済不能の状態にあったとはいえない。
(D) 請求人は、N社の借入・弁済の状況について、P銀行との間で、まる1多額の長期借入金があり、まる2異常な借入期間の変更契約を行い、まる3その返済についても滞ったことがあったことなどを理由として、同社が本件相続開始日において弁済不能の状態にあった旨主張する。
 確かに、上記まる1ないしまる3については、それに沿った事実も認められるところ、まる1債務者において多額の長期借入金があったとしても、借入金を活用した事業経営が行われることは何ら不自然なこととはいえず、返済が行われている限り、債権者がそれ以上の返済を求めることはなく、事業経営を継続することは可能である。また、まる2P銀行との間で最終弁済期限に、金銭消費貸借契約を更新したことは、P銀行が、N社の事業継続可能性を認めてこれに応じたものであって、そもそも金融実務において、弁済期限を10年以上延長することは決してまれではない。そして、まる3借入金の弁済の過程において、債務者に返済が滞った事実があったとしても、上記イの(イ)のBの(D)のaのとおり、P銀行は督促書を送付しなかったことからすれば、N社は債権回収のための法的手続をとられるような経営状態ではなかったといえる。
 したがって、請求人の主張する上記まる1ないしまる3の事実から、本件相続開始日においてN社が弁済不能の状態にあったとはいえない。
(E) さらに、請求人は、N社は、P銀行の支店担当者などから経営改善計画を提案され、正式な書面による催告を受けていないが、弁済条件変更の際には、連帯保証債務1の履行の催告の話があり、このようなP銀行の対応状況をみると、同社が本件相続開始日において弁済不能の状態にあった旨主張する。
 しかしながら、上記イの(イ)のBの(D)のbのとおり、P銀行と請求人との間で、N社を処分する話は出ていたものの、同時に、従来の弁済条件変更の話も出ており、金融実務において、弁済条件の変更は、事業を継続することを前提としたものである上、そもそも連帯保証債務1の履行を求められたことを認めるに足りる証拠もないのであるから、本件相続開始日において同社が弁済不能の状態にあったとはいえない。
(F) 請求人は、N社の営業について、まる1借入金の弁済元金をゼロにしない限り金利も払えず、実質の債務が多額となることからすれば通常の営業状態で事業を継続していたとはいえないこと、まる2平成24年10月31日現在、借入残高が192,136,051円もあることを理由として、同社が本件相続開始日において弁済不能の状態にあった旨主張する。
 確かに、本件相続開始日の前後を通じて、N社の経営状態が良好であったとは言い難いものの、既に述べたとおり、同社は、借入金額が多額であっても弁済条件に従った返済を行っており、債権者がそれ以上の返済を求めることもなかったのであるから、同社は事業経営を継続することは可能であり、また、このような状況でも事業を継続している企業は他にも少なからず存在することを併せ考えれば、同社が異常な営業状態で事業を継続していたとまではいえない。したがって、上記まる1を理由として、本件相続開始日において同社が弁済不能の状態にあったとはいえない。
 また、請求人の上記まる2の主張の趣旨は不明であるが、本件保険金による一括弁済がされていない25,000万円口については、元金が、本件相続開始日の202,166,626円から平成24年10月31日には178,893,445円へ減少していることからすれば、N社には、本件相続開始日以後も十分な弁済能力があったことを意味するもので、このような事実からも、本件相続開始日において同社が弁済不能の状態にあったとはいえない。
(ロ) 連帯保証債務2及び連帯保証債務3について
A Q社は、上記イの(ロ)のAのとおり、本件相続開始日には、債務超過の状況にはなく、上記イの(ロ)のBの(B)のとおり、P銀行及びR銀行からの借入金返済状況については弁済条件に従った返済が行われていた。
 そうすると、Q社は、本件相続開始日において、債務を弁済することができないため保証人がその債務を弁済しなければならない場合であったとは認められない。
 したがって、連帯保証債務2及び連帯保証債務3は、「確実と認められるもの」には当たらない。
B 請求人の主張について
(A) 請求人は、Q社の資産・負債の状況について、近年の決算推移を考慮すると同社が債務超過であった旨主張する。
 しかしながら、上記ロでも述べたとおり、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められる」債務に当たるか否かは、相続開始の時点を基準としてその現況により判断すべきことからすれば、主たる債務者の資産・負債の状況について、近年の決算推移を基準として判断する余地はないというべきであり、請求人の主張には理由がない。
(B) 請求人は、Q社の収入・支出の状況について、経常利益の計上額が僅少であるから、同社が本件相続開始日において弁済不能の状態にあった旨主張する。
 しかしながら、経常利益を計上できていることはQ社の経営状態が悪くなかったことを意味するものであり、収入・支出の状況から、本件相続開始日において同社が弁済不能の状態にあったとはいえない。
(C) 請求人は、Q社の借入・弁済の状況について、借入金の返済は亡父及び本件被相続人からの代表者借入金を充てていたのであるから、同社が本件相続開始日において弁済不能の状態にあった旨主張する。
 しかしながら、同族会社においては、その会社固有の資産のみならず、代表者個人の資産も引き当てにするという社会的実態があることからすれば、同族会社の弁済能力を判断するに当たっては代表者の資金注入も積極的要素として考慮されるべきものであり、代表者からの借入金が存在したことをもって、本件相続開始日においてQ社が弁済不能の状態にあったとはいえない。
(D) 請求人は、Q社が営業を今も継続していることについて、その内容は家賃収入の管理程度の業務であるから、同社が本件相続開始日において弁済不能の状態にあった旨主張する。
 しかしながら、Q社には、上記イの(ロ)のCの(A)のとおり、毎期1,000万円を超える売上げがあり、安定的な収入が見込まれていたのであって、収入が大幅に減少する兆候があったと認めるに足りる証拠もなかったことからすれば、むしろ同社は、自己の借入金につき弁済能力を備えていたと評価でき、本件相続開始日において弁済不能の状態にあったとはいえない。
(ハ) まとめ
 以上のとおり、本件各連帯保証債務は、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」には当たらないので、債務控除できない。

(4) 争点3−1(本件社員責任は、本件相続開始日において発生していたか否か。)について

イ 法令解釈
 相続税法第13条第1項は、相続により取得した財産については、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの等の金額のうち当該相続人の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨規定している。
 持分会社において、当該持分会社の財産をもってその債務を完済することができない場合には、当該持分会社の社員は連帯してその会社の債務を弁済する責任を負うとされており(会社法第580条第1項第1号)、仮に被相続人がそのような債務を負っていた場合には、同債務は、相続税法第13条第1項第1号に規定する「被相続人の債務」となる。そして、同号に規定する「会社の財産をもってその債務を完済することができない場合」とは、会社が債務超過の状態にある場合を指すのであるから、持分会社の無限責任社員が会社の債務を弁済すべき責任は、会社が債務超過の状態にあり、かつ、会社債務の完済が自ら不能であるときに初めて生じるものと解される。
ロ 当てはめ
 上記(3)のハの(イ)のA及び同(ロ)のAのとおり、本件相続開始日において、本件各会社は、債務超過の状況になかったことからすると、会社法第580条第1項第1号に規定する「会社の財産をもってその債務を完済することができない場合」には当たらず、本件社員責任は発生していなかった。
 したがって、本件社員責任から生じる債務は、「相続開始の際現に存するもの」に当たらないので、相続税法第13条第1項第1号に規定する債務控除の対象とならない。

(5) 争点3−2(本件社員責任は、相続税法第14条第1項に規定する「確実と認められるもの」に当たるか否か。)について

 上記(4)のロのとおり、本件社員責任は、本件相続開始日に発生していなかったので争点3−2については判断しない。

(6) 争点4(本件各貸付金は、評価通達205で定める「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に当たるか否か。)について

イ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) Q社
 Q社の資産・負債の状況やP銀行及びR銀行からの借入金の状況等については、上記(3)のイの(ロ)のとおりである。
(ロ) T社
A T社の財産・損益の状況は、別表2−3のとおりであり、平成17年8月期から平成21年8月期までの5期全てで、売上金額は○○○○円で休眠状態にあり、常に負債の額が資産の額の3倍を上回るなど債務超過の状態が継続していた。
B T社の代表取締役であった本件被相続人は、平成21年○月○日から同年○月○日まで入院していた。本件被相続人は、退院後の平成21年7月○日に、P銀行g支店支店長と面談したが、その際、経営判断や接客ができる状況にはなく、同月○日に死亡した。
C T社において、宅地建物取引業法に基づく取引主任者の資格を持っている者は、本件被相続人のみであり、かつ、同社には本件被相続人以外の役員及び従業員がいなかった。
ロ 法令解釈
 相続税法第22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別の定めがあるものを除き、当該財産の取得の時における時価によるべき旨定めているが、全ての財産の時価(客観的交換価値を示す価額)は、必ずしも一義的に確定できるものではない。
 そこで、課税実務上は財産評価の一般的基準が評価通達によって定められており、評価通達により算定される価額が時価を上回るなど、評価通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによりかえって実質的な租税負担の平等を著しく害することが明らかであるといった特別の事情がある場合を除き、評価通達に定められた評価方法によって、当該財産の評価をすることとされている。
 当審判所においても、この取扱いは、納税者間の公平や効率的な租税行政の実現等の観点から相当であると認めることができる。
 そして、貸付金債権の評価については、同通達204の本文において、要旨「貸付金、売掛金、未収入金、預貯金以外の預け金、仮払金、その他これらに類するもの(以下「貸付金債権等」という。)の価額は、元本の価額(返済されるべき金額)と利息の価額(課税時期現在の既経過利息として支払を受けるべき金額)との合計金額によって評価する。」と定められている。また、貸付金債権等の元本価額の範囲については、同通達205の本文において、要旨「貸付金債権等の評価を行う場合において、その債権金額の全部又は一部が、課税時期においてその回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときにおいては、それらの金額は元本の価額に算入しない。」とされているところ、「課税時期においてその回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、債務者の営業状況、資産状況等が破綻していることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるときを指すものということができる。
 このような解釈基準は、結局のところ、上記(3)のロの「確実と認められるもの」についての基準とほとんど同様のものというべきである。
ハ 当てはめ
(イ) 貸付金1について
 これを本件についてみると、上記(3)のハの(ロ)のAのとおり、Q社は、本件相続開始日において、弁済不能の状態になかったので、貸付金1は、「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に当たらない。
 したがって、貸付金1の評価額は46,912,157円である。
(ロ) 貸付金2について
 原処分庁は、T社について、本件相続開始日前後において、営業実態は認められないが、解散しておらず、清算手続を行っていないとして貸付金2の回収が不可能又は著しく困難ではない旨主張する。
 しかしながら、債務者について、破産、民事再生、会社更生又は強制執行等の手続が開始していなくても、事業の閉鎖、代表者の行方不明等により、債務超過の状態が相当期間継続していて他からの融資を受ける見込みもなく、再起のめどが立たない場合には、営業状況、資産状況等が破綻していることが客観的に明白であって、債権の回収の見込みのないことが客観的に確実であるときに当たると解されるところ、T社の財産・損益の状況等は、上記イの(ロ)のとおりであり、債務超過の状態が本件相続開始前から相当期間継続しており、本件相続開始日においては、代表者の病気により実質的には事業活動を休止しており、他から融資を受ける見込みもなく、また、再起のめどが立っていなかったといえる。
 そうすると、T社は、本件相続開始日において、営業状況、資産状況等が破綻し弁済不能の状態に陥っていたことが客観的に明白であって、同社に対する債権は回収の見込みのないことが客観的に確実であるときにあったと認められるので、貸付金2は、その全てが「回収が不可能又は著しく困難」であったといわざるを得ないから、貸付金2の評価額は零円となる。
 したがって、原処分庁の主張は採用できない。

(7) 本件更正処分について

 以上の各争点に対する結論を踏まえて、本件相続に係る課税価格を計算すると、別表8のとおり○○○○円となり、これにより請求人の相続税の納付すべき税額を計算すると、別紙1の3「課税標準等及び税額等の計算」の「裁決後の額B」のとおり、○○○○円となる。
 以上の結果、請求人の相続税の納付すべき税額は本件更正処分の額を下回るから、本件更正処分は、その一部を別紙1「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

(8) 本件賦課決定処分について

 本件更正処分は、上記(7)のとおり、その一部を取り消すべきところ、取消後の本件更正処分に係る上記(7)の納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちに本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する過少申告加算税を賦課しない場合の正当な理由があるとは認められないので、同条第1項及び第2項の規定に基づき過少申告加算税が賦課されることとなり、請求人の過少申告加算税の額を計算すると、別紙1の3「課税標準等及び税額等の計算」の「加算税の額の計算」の「裁決後の額B」のとおり○○○○円となる。
 以上の結果、過少申告加算税の額は本件賦課決定処分の額を下回るから、本件賦課決定処分は、その一部を別紙1「取消額等計算書」のとおり取り消すべきである。

(9) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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